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第二話:王女との謁見

 安息日の朝を迎え、ロビンはいつもよりも一時間ほど早く目を覚ました。一見ぼんやりしていて、神経の図太そうな彼にとっても王宮への呼び出しというのは緊張するものなのであった。


 簡単に朝の身支度――顔を洗ったりだとか歯を磨いたりだとか――を済ませるとカーミラに言われたとおり、二日前学院長室から帰ってすぐに箪笥の奥から引っ張り出し、皺という皺を伸ばした正礼装に袖を通す。袖を通した瞬間、少し窮屈に感じた服がびよんと広がり、今の自分の身体のサイズに変化していく。


「うーん、魔術でサイズがぴったりになるとは聞いていたけど……」


 これはちょっと気持ち悪いな、とは声に出さなかった。約束の時間まではあと一時間。学院の正門で二人と待ち合わせである。


 しかし、王女様か。なんでそんなやんごとなきお方が僕に興味を持ったんだろう。ロビンは時間つぶしに紅茶でも淹れながら考える。ロビンの特異性はカーミラの正体を知っている同年代の人間、という一点だけである。カーミラの正体をただ知っているだけであれば、アレクシアも知っているし、学院長も知っている。


 あの日、アレクシアが話した内容からすると、それら全て王女は把握しているはずだ。呼び出すならカーミラとアレクシアだけで良いのではないだろうか。次から次へと出てくる疑問に、百面相していると、いつの間にか紅茶が入っていた。おぉ、無意識に作業をしていた、と自分自身に驚きを感じる。


 紅茶に砂糖を二杯ほど入れ、かき混ぜると、一口飲む。アレクシアは紅茶を上手く入れられた試しがないと言っていたけど、彼女が淹れた紅茶の方が余程ましである。


 さて一時間、されど一時間。既に十分程過ぎてしまっているが誤差の範囲。その時間を何に使おうか、と思案していると、小さな白鳥が窓から入ってきた。配達の魔術だ。白鳥に変身させるのは、確かアリッサだったはずだ。白鳥が手紙に姿を変え、ささやかに装飾の入ったそれを手に取る。


 封を開け、中身を読む。


『今日、一緒にどっか行かない? 王都とか』


 とだけ書かれていた。手紙の右下に「アリッサ」と控えめに名前が書かれている。いや、参った。予定がなければ別に問題ない内容なのだが、如何せん今日はカーミラとアレクシアと王宮へ行かなければならない。うーん、なんて言い訳しよう、とロビンはうんうんと唸った。


 とりあえず、予定があるということは伝えなければいけない。しかし、どんな予定にすればいいだろうか。あの押しの強い自称婚約者を納得させるのは骨である。


 一瞬、カーミラと一緒に王都へ出かける予定がある、という返事が脳裏によぎったが、ロビンの婚約者であると言って憚らない彼女に、別の女性と二人きりで出かけてきますというのは、さすがの彼にも気が引けた。


「うーん、どうしよう」


 段々考えるのが面倒くさくなってきたロビンは、「ごめん、ちょっと女性には言えないやんごとない事情があって行けない。次の安息日でもいいかな?」と紙にペンを走らせ自身の名前を右下に大きく書くと、魔術でアリッサへ向けて送り返した。


 なんと長い時間悩んでいたのだろうか、もう約束の時間まで五分を切っていた。ロビンは急いで昨日支度した手荷物を抱えると、部屋を飛び出した。寮を出て、廊下を突っ切り、玄関を飛び出す。


「ロビン、ギリギリじゃない。何やってたの?」


 カーミラが眉をひそめてロビンを見遣る。アレクシアはちょっと離れたところで腕を組んで立っており、馬二頭分の手綱を握っていた。どうやら、カーミラかアレクシアのどちらかが前もって借りてきてくれていたようだ。


「ごめんごめん、ちょっとアリッサから手紙が来てさ、その返事に手間取ってたとこ」


 ロビンの言葉にカーミラが、え? と驚く。


「アリッサから? 私にも手紙来たけど」


「カーミラにも?」


 なんとアリッサはカーミラにも手紙を送っていたのだという。何を考えているんだろうか、あの自称婚約者は。


「うん。今日どっか行かないか、だって。適当に理由つけて断っておいたわ」


「えっと、内容も全く一緒だね。皆で出かけたかったのかな?」


 一瞬だけ嫌な予感が脳裏によぎったが、あのお人好しなアリッサが策を弄する様な真似をするはずがない、と切って捨てる。きっとグラムやヘイリー、はてはエイミーにも手紙が飛んでいるだろう。


「談笑しているところ悪いが、時間がない。私は走っていく。疲労回復の魔術が使えないからな。二人は馬を使え」


 アレクシアがいつもどおりの能面を貼り付けたような顔で急かしてくる。そんなこんなで一行は王都へ向かったのであった。






 二時間かけて王都の南門まで到着した一行は、馬を繋ぎ場に繋ぎ、世話人にチップを握らせる。馬に速度を合わせるために加減していたとは言え、アレクシアが汗一つかいていないことにロビンは気づき、この人本当に人間やめてるな、と本人には絶対に言えない感想を抱いた。


 南門に入り、身分と名前を告げる。学生二人は問題ない。しかし、アレクシアに関しては学院の教師であるとは言え、一般人である。当然、怪物処理人の権限をここで振りかざすことはする気もないだろうし、ロビンはちょっとだけここで足止めを食うだろうなと考えていた。


「お、ロドリゲスさんじゃないか。最近見ないと思ったら何やってたんだよ」


「今は色々あって魔術学院の教師をやっている」


「ひえぇ、あの有名な魔術学院の教師かい! あんたも出世したね」


 予想に反して、門番と談笑している。少しだけ驚いた顔をしている二人に、アレクシアが耳打ちをする。


「私の家は王都にあってな。まぁめったに帰らない家だが。この門は職務上よく通るんだ」


 無事何事もなく南門を抜けた三人は、街の大通りを歩き、王宮に向かう。何度来てもにぎやかな街である。自然と若い二人は物珍しい様々なものにキョロキョロすることになり、歩く速度が意図せず遅くなる。そして、その度にアレクシアが二人を急かすのであった。初めて来た場所でもあるまい、と。


 何度目かのアレクシアの小言が二人をうんざりさせた頃、三人は王宮に着いた。跳ね橋を渡り、城門の前に立つ門番にカーミラが懐から取り出した手紙を見せる。若い少年少女と妙齢の女性一人という胡散臭さ満載の三人に胡乱げな視線を送った門番は、手紙に刻印された王家の印を視界に入れると、一転して焦り始める。


「エライザ姫殿下に言伝をお願い。公爵家次女のカーミラ・ジギルヴィッツが参りましたと。多分それで通じると思うわ」


 既に焦るに焦っていた門番は、公爵家と聞いて、更に焦ることになった。「し、し、し、少々お待ちを」と、盛大にどもりながら城の中に入っていく門番を見て、ロビンは少しだけ気の毒になった。


 そこから、十分程待つと、城門から一人の女性が出てきた。エライザ王女の侍女である。


「ごきげんよう、カーミラ様。姫殿下がお待ちです」


 カーミラとは顔見知りであったようで、そこからはすんなりとした流れであった。


 カーミラやアレクシアは王宮に何度も足を踏み入れたことがあることもあって、堂々と歩いていくが、一度も入ったことのないロビンにとってはまさに新天地であった。絢爛豪華な装飾品。見るからに高そうな壺や花瓶が等間隔に並び、王家の威信を示している。床には踏んだこともない柔らかな絨毯が敷かれており、その踏み心地の柔らかさといったら。ロビンは生きた心地がしなかった。


 王宮という慣れない場所に気が気でないロビンがあわあわとしている間に目的地に着いたらしい。先頭を歩き一行を案内していた侍女が、大きな扉をノックする。なかから、はぁい、と森の中で鳴く小鳥のように美しい声が扉の向こうから聞こえた。侍女が、扉を開けると、「どうぞお入りください」と三人を手で導く。導かれるままに、三人は部屋の中に入った。


 今までの廊下とは一転して質素な部屋だった。調度品の高級さは、誰が見てもわかる程のものではあるのだが、何分部屋の中に無駄なものが置かれていない。ロビンは王宮という新世界から、また別世界に来たのではないかと錯覚を起こしそうになった。


「久しぶりですわね。カーミラ」


 書類が沢山積み上げられた机に添えられた椅子に、その美しい王女は座っていた。


「ご無沙汰しておりますわ。姫殿下」


「いやだわ、昔みたいにエリーと呼んではくれませんの? 大丈夫ですよ、この部屋は消音の魔術が常にかかっておりますから」


「お戯れを」


「カーミラは相変わらずいけずですね。では姫様とでも呼んでくださらない?」


「承知いたしましたわ。姫様」


 うふふ、と笑う王女に、ロビンは薄気味の悪いものを感じた。彼の洞察力がカーンカーンと目の前のやんごとないお方に警鐘をならしているのだった。これは、子供の頃彼女を遠目で見たときには無かったことだった。


「アレクシア、職務ご苦労さまです。ところで学院勤務の気分はいかが?」


「姫殿下。もったいないお言葉です。教師という職務は私には些か荷が重いと今更ながら感じております」


 そして、エライザがロビンに目を向ける。何故だろう。彼女はこんなにも美しく、こんなにも清楚で、こんなにも華やかなのに、冷や汗が止まらない。あぁ、これはあれだ。数ヶ月前ヘルハウンドに睨みつけられた時によく似ている。いやそれ以上かもしれない。


「ウィンチェスター子爵のご子息ですわよね。アレクシアから報告を聞いています」


「お、王女殿下。この度は私めのような卑しい者をこの場にお招きいただきまして、まこと感謝の極みでございます」


 ロビンが右手を前に出し、左手を背中側へ隠し、左足を下げ、深々とお辞儀をする。この国の最敬礼だ。このポーズは、自身が相対する相手に絶対的に危害を加えず、忠誠を誓うというものだ。ニコリと王女が笑う。


「あらあら、そんなに畏まらなくても良いのですよ。私は王族とは言え、末位。私に媚を売っても将来出世できなくてよ」


 絶対嘘だ。根拠はない。だが、ロビンはその直感に自信があった。


「姫様、ロビンをあまりいじめないでくださいませ」


 カーミラがダラダラと汗を流すロビンに助け舟を出す。ごめんなさい、と王女がくすくすと笑いながら、面を挙げてくださいな、とロビンに告げる。


 エライザが三人をぐるっと見回して、またにこりと笑う。美しい花にも例えられそうなその笑みが、ロビンには酷く不気味なものに感じられた。


「さて、今日貴方達を呼んだのは他でもありません。カーミラ。貴方のことです。アレクシアから事情は全て聞きました。辛かったですね」


 王女が悲しげな顔を見せる。だが、この女は本心から悲しんではいない。ロビンはそう感じた。


「いえ、とんでもありません」


「私の前でぐらい、本音を見せてくれても良いのですよ?」


 カーミラの声が酷く冷たく感じるのは気の所為だろうか。ロビンは、二人の会話を聞きながら思った。


「吸血鬼。他でもない公爵家からそのような存在が出たことは絶対に隠し通さねばなりません」


「存じております」


 カーミラの言葉に、ニコニコと王女が微笑む。


「……ところで、私困っていることがございますの。大切なお友達の貴方なら、この困りごとを解決してくれるんじゃないかと思って」


 カーミラが大きくため息を吐く。


「姫様。いえ、もう面倒くさいわね、エリー。本題はそれでしょう?」


「あら、急に昔にもどりましたね。えぇ、そうよ」


 カーミラが一気に態度を急変させた。今まではお互いの腹の中を探っていたのだろうが、如何せん直情型のカーミラには面倒くさく感じられたのだ。カーミラは王族を前にした公爵令嬢という仮面を取り払った。


「カーミラ。貴方には私の手足として色々動いてもらいたいの。吸血鬼の貴方なら簡単でしょう?」


「はぁ、最初からそれが目的だったのね。いや、わかってたけど」


「ふふ、なんの用もなしに、ただ貴方を慰めるためだけにここまで呼びつけるわけがないでしょう?」


 私を誰だと思っているのだ? とばかりにニヤリと笑う。どうやら、カーミラが仮面を脱ぎ捨てたのと同時に、エライザも可憐なお姫様としての仮面を脱ぎ捨てたらしい。たぬきの騙し合いみたいな会話はもうおしまいということだ。ロビンは、この王女の悪辣さを身を以て感じた。


「えぇっと、これとこれと、あとこれも、あぁこれもあったわ」


 王女が机の引き出しから、いくつもの書簡を取り出して、カーミラにぽいぽいと投げつける。カーミラがその全てを見事にキャッチし、一つ一つ中身を検めていく。


「これは、旅券ね。しかも偽名。こっちは気に食わない相手を黙らせるためだけの書類。こっちは強制的にお金を徴収する権限……、あぁ、もう全部見てらんないわ! エリー、これなに?」


「全部貴方に差し上げるものよ」


「こんなに権限貰っても、使い所が思いつかないのだけれど」


「あら、権限は貰える時に貰える分貰っておくものですよ。全部王家の印が刻印されています、貴方の自由な活動を阻害するものはこの国にはもはや王族ぐらいしかいません」


 エライザがカーミラを笑顔を貼り付けたまま見つめる。しばらく二人のにらみ合いが続いた後、カーミラが再び大きくため息を着いた。


「で? 手始めに何をやらせようっていうの?」


「えぇ。まずは貴方がどれだけ使えるかを確認したいのです。王家直轄領の東に遺跡があるのはご存知ですね?」


「えぇ、アノニモス遺跡ね」


「そこに怪物を中心とした魔獣のコミュニティができたという報告がありますの。近隣の村の住人達が困っています。騎士団を動かそうにも、私では権限が足りなくて」


 カーミラ、貴方が退治してきてくれる? エライザがそう言った。ロビンは、カーミラがこの王女を友達なんかではないと言った意味がようやくわかった気がした。普通の人間は友達をこうも簡単に死地に向かわせたりしない。しかもこの女はそれに一切の躊躇もしていない。


「わかったわ。どちらにせよ、王族の貴方から命令されて、公爵家の私がそれを断れるはずないものね」


「心外だわ。私は命令なんてしていなくてよ。飽くまでお願い」


「白々しい」


 カーミラが毒づく。いや、姫様相手に毒づくカーミラも凄いな、とロビンは思った。ちらりとアレクシアの方をみると、彼女も同様の感想を抱いているようだった。珍しく口をあんぐりと開けて固まっている。


「ロビン、でしたわよね」


「は、はっ」


 ふふ、そんな畏まらなくていいのに、と笑う王女に、ロビンは自分が食虫植物に掴まった蝿にでもなったような感覚を受けた。


「貴方はカーミラの大切な友達ですよね。カーミラをどうか助けてあげてくださいね。どんなときでも」


「も、勿論でございます」


 もうずっとニコニコと笑っている王女に、カーミラが目を三角にする。


「エリー。言っておくけど、ロビンに手を出したら……


「あら、貴方から彼を奪ったりはしないわ、安心して」


「いや、そうじゃなくて」


「彼を人質にしたりとかもしないから、安心して」


「言質、取ったわよ」


「えぇ、取られました」


 話はお終いです、全て終わらせたら報告に来てください、と王女が告げ、手をパンパンパンと三回叩く。退室せよ、という合図だ。三人は、最敬礼をして、踵を返し部屋を後にした。


 廊下で、カーミラがロビンに耳打ちをした。


「ね? 会ってみてわかったでしょ?」


「うん。あの方はなんていうか」


「エリーはね。根っからの為政者なの。そう生まれて、そう教育された人間なのよ。彼女は私が死んでもきっとニコニコ笑い続けているわよ」


「うん、なんとなくわかる気がする」


 カーミラはアレクシアの方を向く。


「ロドリゲス先生も、良くエリーの直属になろうと思ったわね。リスクしかないわよ」


「あ、あぁ。私もリスクは承知の上で、余りある権限を取ったのだ」


 ふぅん、とカーミラが鼻を鳴らした。その後は無言だった。王宮内で話すべき内容は何もなかったからだ。


 一行はこうして、魔術学院への帰路に着いた。

王女が変わり者というよりも、もはやサイコパスです。

エライザ王女は、政治家としては天才です。

生産性もやたらめったら高いので、現在の王様にこき使われています。というよりも、エライザがそうなるように仕向けました。

国のトップがやるような書類仕事なんて、情報の塊みたいなものですからね。その重要さを確り分かっているという点でも優秀です。ちなみに、お兄さんが二人いますが、エライザと違ってボンクラです。

カーミラとエライザは友達ではありませんが、仲は良いです。


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