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第一話:王宮からの呼び出し

 新学期が始まって二日目の放課後、ロビンとカーミラはアレクシアに呼び止められた。何でも、学院長が呼んでいるとのことである。なんの呼び出しだろう、と二人は不思議に思って顔を見合わせた。その様子に、アレクシアが少しばかり申し訳無さそうな顔をした。ロビンは敏感にその表情を察知し、あぁ、ロドリゲス先生に関係したなにかだな、と当たりをつけた。


 アレクシアに伴って、二人が学院長室までの廊下を歩く。なんだろうね、ねー、と話しながら、早足のアレクシアに置いていかれないようについていく。


 学院長室につき、アレクシアが扉をノックする。


「入りなさい」


 いつもであれば優しげなハワードの声が、少しばかり強張った声色に聞こえ、ロビンは少しばかり嫌な予感がした。カーミラも同じ様な予感を感じ取ったのか、自然と二人は顔を見合わせることとなる。


 アレクシアが扉を開け、三人は学院長室に入室する。いつもであれば部屋の奥、大きな机の後ろ側に置かれた少しばかり豪勢な椅子に腰掛けているハワードが、何故か今日は立ち上がって、窓の外を見ていた。


「座りなさい」


 ハワードはこちらをちらりとも見ずに三人にそう告げた。言われたとおり、学院長室に備え付けられている来客用のソファーに座る。ロビンは、このソファーいつ座っても柔らかくて良い座り心地だよなぁ、と益体もないことを思った。もしかしたら、ロビンの脳細胞はこの状況に警鐘を鳴らしており、それに対する現実逃避だったのかもしれない。


 ややあって、学院長がゆっくりと三人の方を振り返った。


「ロドリゲス先生。二人に説明は?」


「いえ、まだです」


「では、まず経緯を説明しなさい? 恐らく、これはロドリゲス先生から伝えるべきことだ」


 ロビンとカーミラの体面に座っていたアレクシアが、ロビンを見て、カーミラを見る。いつになく緊張した面持ちにロビンだけが気づいた。


「二人共。特にジギルヴィッツ。私は謝らなければならない。申し訳ない」


 アレクシアが話し始めた。王家直属の怪物処理人にはいくつもの魔術による契約がなされていること。その内容は怪物処理人毎に差異がある。人格や身分、出自などから、最適な契約を王家の人間が選び、契約を結ぶのである。アレクシアが王家とした契約は非常に多い。例えば、王家は常にアレクシアの居場所と何をしているのかを把握することができる。これは比較的自由に職務の遂行に当たることができる怪物処理人に対する抑止力となるとともに、いつでも呼び戻せるように、そのための契約だ。


 例えば、王家に連なるものに、決して弓を引けないという契約。普通の人間が束になってやっと打倒できる怪物らを単独――まれに複数人で対峙することもあるのだが――で打倒せしめる怪物処理人の力が、その主に決して牙をむかないように、そのための契約だ。


 そして、アレクシアが王家と締結した重要な契約がもう一つある。それは、アレクシアを怪物処理人として登用した王家の人間に嘘をつくことはできないというものである。いや、それでは語弊を招く。あったこと、やったこと、考えたこと、全てを詳らかに報告せずにはいられないという強力な魔術による契約だった。


 魔術薬の中に、強制的に質問に答えさせる――所謂自白剤というものであるが――ものがあるが、それよりも遥かに強力な契約だ。


「私は、連合王国の王女殿下直属の怪物処理人だ。彼女に嘘の報告をすることができない。隠し事もできない。そういう契約になっている」


 カーミラが硬直した。ロビンはカーミラの方を見てはいなかったが、横から発せられる雰囲気でそれを察した。つまり、嘘の報告ができない。いや、「あったこと、やったこと、考えたこと全てを詳らかに報告せずにはいられない」ということは。


 カーミラがため息をつく。


「つまり、姫様に私が吸血鬼だってことが知られちゃったってことですよね」


「その通りだ。申し訳ない。報告を終えた直後にウィンチェスターから手紙が届いてな。急いでジギルヴィッツを救助するために向かったので、そのことをすっかり失念してしまっていたのだ」


「そんな重要なこと普通忘れる?」


 カーミラさん、敬語忘れてるよ、相手は先生だよ、とはロビンは声に出さなかった。夏休みの間――アレクシアがカーミラの救出の功労者になったのが決定的だったのだが――にカーミラとアレクシアの仲はそれなりの回復を見せていた。だが、カーミラとしてはアレクシアを決して許したわけではない、というポーズを依然として取り続けていた。そのため、人目をはばからない時や、なにか思うところが会った時などは、アレクシアに対して多少無礼な言葉遣いをしてみせる。


「……いや、申し開きもない」


 カーミラがじとりとアレクシアを見る。数秒間無言が続き、またカーミラが小さくため息をついた。


「バレちゃったものは仕方がないですね。まぁいいです。姫様は私がどうなろうとそれをおおっぴらに他言する人じゃないのはわかってます」


 アレクシアがあっさりと自分を許したカーミラを、微妙に驚いた顔で見る。表情は微妙に、ではあるのだが、ロビンからすると相当驚いているんだろうことが容易に想像できた。


「ところで、その言い方だと、エライザ殿下と繋がりがあるの?」


 ロビンはカーミラの発言を反芻し聞かずにはいられなかった。


「だって、私、姫様の親戚よ。公爵家ですもの」


 ちなみに、休学中のクレイグも姫様の親戚よ、とカーミラが嫌そうな顔で続けた。


「……あ、そっか。公爵家ならそうでも不思議じゃないよね。なんで気づかなかったんだろ」


「聞かれなかったから言わなかったしね」


 衝撃の事実が飛び出したのにも関わらず、カーミラはあっけらかんとしたものだった。


「多分、その報告が伝わっているのは、姫様とデイヴィッド宰相ぐらいじゃないかしら。姫様、王位継承権的には末位だから、王宮ではそんなに手厚い待遇をされてるとは言えないはずなのよね。書類仕事でも押し付けられてるんじゃないかしら」


 カーミラが少しばかり遠い目をする。


「姫様とは、小さい頃よく遊んだわ。お父様に連れられて王宮に行った時とかにね」


「なんだ、友達いたんじゃない」


 ロビンは、カーミラには一人も友達がいないと思っていた。ところがどっこい、王国のお姫様と友誼を結んでいるという事実を知ったのだ。ロビンがそう突っ込むのも無理はなかった。


「姫様が友達? まさか」


 白銀の少女が顔に似合わない皮肉げな笑顔を見せ、鼻で笑う。


「え? 一緒に遊んだんじゃないの?」


「会ってみればわかるわよ」


 カーミラはそれ以上語らなかった。ハワードがごほんと咳払いをする。話を本題に戻したい、ということである。


「話を戻そう。結論から言うと、君たちには王宮から招致命令が出ている。しかも極秘裏に、つまり他の学生には悟られぬように、だ」


 ハワードが机から、王家の印が刻印された豪勢な封筒を取り出す。既に封が開けられたそれから、中身の手紙のうち、一枚を引っ張り出すと、カーミラに手渡した。彼女が手渡された手紙に目を落とし、その内容に目を見開く。


「私だけじゃなくて、ロビンもですか? ロドリゲス先生はわかるけど」


「あぁ。異例の招致命令だ。だが、王家からの命令だ。是非もない」


 カーミラが白銀の長髪をぐしゃぐしゃとかき回しながらブツブツという。


「あぁ、ってことは、ロビンが私の正体を知っているってことも姫様にばれちゃってるわね。嫌だなぁ。どうしよう」


 ブツブツ呟くカーミラに、ロビンは胡乱げな視線を送る。一方でアレクシアはそんなカーミラの様子を見て、珍しいことにものすごく申し訳無さそうに身体を縮こまらせていた。


「何が嫌なのさ。別に王宮に来なさいって言われただけでしょ?」


「ロビン、貴方は姫様を知らないからそういうことが言えるの。きっと無理難題を押し付けてくる気だわ。どうしよう」


 アレクシアが小さく頷く。


 カーミラは何やら焦っているようだったが、ロビンとしては王宮に呼び出されたこと自体はそんなに大事だとは考えていなかった。むしろ、王宮に呼び出されたことが実家に伝わる方が不味い。だが、極秘裏に来てくれ、ということである。実家に伝わることはないだろう。カーミラはあの美しい王女に対してどんな印象を抱いているんだろう。少し不思議に思った。


 ロビンは一度だけ、エライザ王女の姿を見たことがあった。子供の頃のある日、確かロビンが八歳ぐらいの頃だろうか、父親が珍しく彼だけを連れ出して王都にやってきたことあった。丁度そのタイミングで、エライザ王女が行う国事が開催されていたのだ。ロビンの父は「見たいか?」とロビンに問いかけ、ロビンは控えめに頷いたものだ。馬車に乗りにこやかに手を振る幼い少女のことを、美しいと思った。烏の濡羽色に輝く黒髪とその色と全く同じ色をした瞳。真っ白なドレスを着ていたが、それ以上に真っ白な肌が印象的だった。子供心にその美しさに感嘆のため息を漏らしたほどであった。その頃に、ロビン自慢の洞察力が磨き上げられていれば、彼女の美しさの裏に隠された内面に気づくことができたのかもしれないが、まだ幼かったロビンは彼女の裏側を推し量ることはできなかった。


「王宮への招致の件、承知いたしました」


「あぁ、是非もない」


 ハワードが苦虫を噛み潰したような顔でカーミラに返事をする。この優しくも老練した学院長は、ロビンとカーミラが王宮に行くことを快く思っていないようだった。


「ロビン、王宮へ行くのは次の安息日。つまり後二日しか無いわ。急いで準備して」


「準備って何すればいいの?」


「馬鹿ね。王宮を学生服で歩いたら変な目で見られるに決まってるじゃない。正礼装ぐらい持ってるでしょ? 部屋に帰ったらすぐにでも引っ張り出して、皺伸ばして、いつでも着られるようにしておいて」


「正礼装か。あぁ、タンスの奥に入っていたような」


 父親が学院の入学祝いに買ってくれたものがあったはず。あの時よりも身長が伸びてはいるが問題ない。身体の大きさに自動で合わせてくれる魔術がかかっていたはずだ。文字通り、一生物の服である。


「……持ってない、とか言い始めなくて心底ほっとしてるわ」


「うん、僕も君のその顔をみて、父に感謝してるところだよ」


 ロビンは普段はしゃきっとしているカーミラがここまで取り乱すものだから、なんだか段々末恐ろしくなってきた。


「あと、王族に対するマナーとか、敬礼とかそういうの全部覚えて。多分図書館に行けばそれらしい本があるはずよ、ロビンならマナーとかそういうの分かってるから、覚えるのにそんなに時間がかからないはず。……本当、ロビンが最低限の礼儀を身につけている人で良かったわ。私にとっては親戚の姫様でも、王族は王族よ。無礼を働いて即刻打首とかありえるからね」


「王族に対するマナーかぁ。一生使わないだろうな、なんて思ってたんだけどなぁ。まぁ、無礼打首についてはよーく理解してるよ。僕も王国貴族の端くれではあるからね」


「グラムとかは絶対連れていけないわよね。あいつを姫様の前に連れて行ったら三十分後には絶対死んでるわよ」


 カーミラが穏やかじゃない発言を連発しはじめる。いつの間にか公爵令嬢の仮面もすっぱりと無くなってしまっている。余程、件の姫様と会うのが嫌なのだろうか。ロビンは首を傾げた。


「とにかく、今すぐ帰って準備! 学院長、失礼しますわ」


 カーミラが鼻息を荒くし、学院長から渡された手紙を懐にしまうと、ロビンの腕を引っ張ってずんずんと学院長室を出ていった。乱暴に開けられた扉が、バタンと大きな音を立てて閉まる。部屋にはハワードとアレクシアだけが残される形となった。


「……ジョーンズ学院長」


「なにかね?」


「ジギルヴィッツの反応が予想外過ぎて困惑しているのですが」


「私もだよ。あそこまで予想の斜め上の取り乱し方をするとは思わなかった」


 王宮に二人が呼び出される。そのことをハワードは重く受け止めていた。何故、あの白銀の少女はこうも過酷な運命を背負わなければならないのだろう、と目頭を熱くしたほどであった。


 だが、カーミラの悲壮感などかけらも感じさせない反応に、そんな思いは吹っ飛んでいってしまった。


「どうやら、姫君とジギルヴィッツは気のおけない間柄のようだな」


「ジギルヴィッツの発言を聞くにそうは思えませんが」


 アレクシアが訝しげな視線をハワードに送る。


「いや、一国の王女に向かって、例え本人がいないとはいえ、公爵家の彼女があんな毒を吐くのだ。友達ではないとは言っていたものの、何かしらの信頼関係が既にあるのだろう」


「そういうものなのですかね」


「そういうものだよ」


 ハワードはちょっとだけほっとした表情を見せ、また窓の外を眺める。いつだって変わらない風景だ。この百年。学院長室からの眺めは変わらない。王国には大きな戦争もなく――尤も同盟国の小さないざこざには頻繁に巻き込まれてはいるのだが――、平和そのものだ。


 その平和がこれをきっかけに壊されなければよいが。そう思っていた。だが、カーミラのあの様子を見る限りでは大丈夫だろう。彼女は何かしらの無理難題を押し付けられて帰ってくるだろうが、それをサポートするのもハワードの役目である。ハワードは一度は安堵した心が、再び少しばかり不安に支配されていくのを感じた。


 兎にも角にも賽は投げられた。王女にカーミラが吸血鬼であるという事実が知られてしまった。もうこの先は何が起こるのか、二百年もの経験を持つハワードにもわからなかった。


「なるようになるだけ、か」


 ぽつりと独り言をこぼす。アレクシアがその言葉に少しだけ反応するが、ただの独り言だとわかると、すっと佇まいを戻す。


「ロドリゲス先生。あの二人をよろしく頼みます」


「承知しております。命に変えても」


 アレクシアのその言葉に、ハワードが困ったように笑う。


「ロドリゲス先生。貴方が死んでは、あの子達が悲しむ。もう貴方は、あの子達の身内になっているのだよ。そろそろ自覚しなさい。死ぬことは許さん。あの二人を守り、その上で更に自分自身を守ることを誓いなさい」


 学院長の優しげな声色で発せられた台詞に、アレクシアが瞠目する。そんな自覚はなかった。ましになってきたとは言え、カーミラとは未だギクシャクしている。ロビンに至っては、自分をただの鬼教官としか思っていないだろう。


「あの二人。いえ、ジギルヴィッツを取り巻く人間関係は、酷く優しい心で結束された人間関係だ。確かに彼らを変わり者だと揶揄する生徒は多い。だが、彼ら自身は優しい心を持った、王国貴族としては珍しい真人間なのだよ」


 だから、貴方が死ぬとあの子達はきっと悲しむ、とハワードが告げる。子供を悲しませる、それは大人が絶対にやってはいけないことである、そうハワードは考えていた。教育者として、長い時を生きてきた人間として、前途ある若者たちを悲しみから救う。それこそが、彼の考える教育であった。


「……理解も納得もできておりませんが、承知いたしました」


 アレクシアはとりあえず、未だに困った顔をしているハワードにそう告げる。その言葉によってハワードが更に困った顔をしてしまうのだった。

学院長は有能です。ってか人間二百年近く生きたら、ボケない限り、有能になるとおもうのです。

ってか、一度書いたのを読み返してから投稿しているのですが、学院長の口調が安定してなさすぎることに気づいて、台詞を書き直しまくりました。

ふぅ。ハワードさんよぉ。俺を困らせないでくれよぉ。


姫様とカーミラは天敵です。子供の頃遊んだ仲ではありますが、カーミラは散々姫様に辛酸をなめされられました。そんな関係も友人と言うなら友人なのかもしれません。


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