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エピローグ

 レイナール連合王国の王宮、その一室。王女、エライザ・レイナールに与えられた執務室兼居室。そこに王国の宰相を務めるジェシー・デイヴィッドが呼び出されていた。ジェシーがノックをし、扉を開けると、エライザがボブカットにした黒髪をふわりとなびかせて振り向いた。


「デイヴィッド宰相。この報告をどう見ます?」


 エライザが一枚の報告書、いや議事録と言っても良いかも知れない、それをジェシーに手渡す。髪の色と同じく、真っ黒な瞳をジェシーに向けて、可憐に微笑む彼女はまさに王女そのものだった。ジェシーは渡された報告書の主題を読む。そこには、カーミラ・ジギルヴィッツに関する報告、と書かれていた。


「カーミラ・ジギルヴィッツ……。急に呼び出されたかと思えば、姫様の幼馴染のお話ですか?」


「えぇ、私の大切なお友達の話です。とにかく内容を読んで頂戴」


 エライザに促され、ジェシーは報告書に目を通す。目を通しながら、驚愕を押し殺すことができなかった。読めば読むほど信じられない。


「この内容。事実ですか?」


「アレクシア、あぁ、私直属の怪物処理人からの報告です」


 王家直属の怪物処理人は幾重もの魔術によって様々な契約を主君と結ぶ。その内容は怪物処理人によって微妙に異なっており、怪物処理人の人格や出自などから、王家が数種類の契約を選び締結させる。


 アレクシアはエライザと契約した怪物処理人である。契約の内容はエライザが選び、そしてアレクシアが受諾した。それによって、アレクシアが連合王国内における強力な権限と自由な行動を約束されていた。


 王女が選んだ契約は複数あり、数え切れないが、代表的なものとしてまず一つはその居場所を常に把握する契約である。ロビンの開発した失せ人探しの魔術の上位互換だと思えばよい。主君――つまりこの場合エライザのことだが――が念じるだけで、怪物処理人がどこで何をしているのかを把握できる。


 二つ目は主君に対して決して嘘をつけない、というものだった。虚偽の報告はできない。それは強力な魔術による契約であり、隠すこともできない。つまり、故意に話しませんでした、ということもできないのである。報告を求められると、前回の報告から今までにあった全ての出来事――勿論、本人が覚えている限りのことではあるが――を話さずにはいられない。エライザはアレクシアが帝国出身であることを鑑み、裏切りの可能性を限りなくゼロに近づけるため、この契約を選んだ。


 他にも沢山の契約によって、アレクシアの行動はエライザに縛られている。王国内における強力な権限と少なくない報酬と引き換えであれば、そこまで不平等な契約ではない。それが王家における常識であった。


 アレクシアの報告を受けて、報告書をしたためたのは、他でもないエライザ本人だった。報告はする、だが、それは二人きりのところにしてほしい。それがアレクシアの望みであった。


 エライザはアレクシアを優秀な駒として重用している。元は帝国の平民であった彼女に、ロドリゲスの姓を与え王国の貴族として遇したのも、エライザが彼女の能力を高く評価している証拠である。いずれは怪物だけではなく、王家に弓引く悪しき輩たちをも処理してもらおう、などと考えていた。


 そんな、アレクシアが上げた報告である。事実であると認める他にない。


「あぁ、私の大切な幼馴染のカーミラ。過酷な運命を受け入れられているのかしら」


 ジェシーが報告書を読み終わったのを確認し、エライザは芝居がかった口調でのたまう。


「姫様。カーミラ・ジギルヴィッツは腐っても公爵家の次女。姫様の駒とするには些か問題がすぎますぞ?」


「あらやだ、私そんなこと微塵も考えてなくてよ」


 エライザはにっこりと微笑む。ジェシーにはその笑顔が毒々しい食虫植物のように見えて仕方がなかった。


「ただ、幼馴染の縁で、ちょーっとだけいろんなことを手伝ってもらえれば、って考えているだけ。ねぇ、それっていけないことかしら?」


 戯れを。そんな言葉をジェシーは飲み込んだ。宰相はこの王女の性格を良く知っている。権力に対する欲はない。次の王になろうという欲もない。しかし、彼女は根っからの為政者であった。政治とは、大を生かし、小を殺す。端的に言うとそういうことである。多数派を味方につけ、少数派を切って捨てる。


「下手をすると、内戦になりますぞ」


「あら、宰相。貴方は私がそんなヘマをすると、本当にそう思っているの?」


 ジェシーは口を噤む。確かにこの王女はそんなヘマなどしそうにない。というより、そんな状況になったら喜々としてその状況を利用する一手を指すだろう。


「私は、可愛くて大好きな幼馴染に、ちょーっとお手伝いを頼もうと思っているだけなのですよ。きっとあの娘も喜んで手伝ってくれるわ」


 ニコニコと笑顔を絶やさないエライザを見て、ジェシーは背筋が寒くなっていくのを感じた。この王女は、幼馴染を利用するだけ利用する気だ。しかし、その幼馴染は公爵家の次女。どうしたものか、と思案にふける。が、考えるだけ無駄なのでよした。


「カーミラを王宮に呼び出します。宰相、細かい手続きは貴方にお任せしますわ」


「委細承知いたしました」


 ジェシーはそう言う他無かった。この王女はもはや自身の手に負える相手ではない。何故これほどまでの才を持った方が、王位継承権では第三位なのか。そのことを悔やんだ時期もあった。


 そう、エライザは優秀すぎた。何もかもを見通し、何もかもを駒とし、そして確実に目的を達成する。その才能が確かにあるのだ。それ故に、ジェシーは時折、彼女を末恐ろしくも感じるのだった。彼女がこの国の女王となったときには、名君となるか、暴君となるかの二択であろう。だが、結果的に国は良くなるに違いない。


 ふと、王宮に集まる貴族の一派が、エライザを女王として据えようと計画を練っているという噂を思い出した。だが無駄だ。そんなことをせずとも、彼女が王位を欲すれば必ず彼女はそれを手に入れる。今の所エライザには王位というものに興味がないのだ。だが時間の問題でもあると、ジェシーは考えていた。今の王女としての権限、それでは彼女が考える何らかの目的が達成できないと察した時、エライザは王位を全力で取りに行くだろう。その過程でどれだけの血を見るのかについては、恐ろしくて想像もできないが、エライザであれば恐らく容易くやってのける。ジェシーは王女の美しい笑顔にブルリと身震いをした。


 だが、この王女が王権を握ったとき、この国の行く末がどうなるのか見てみたい。そんな相反する感情もジェシーは心の隅で抱いていた。彼は愛国者だ。国が良くなっていく可能性があるのであれば、人間の感情というものを理解しつつも、自身はそれを持たないこの王女を王とし、生涯仕えていく、そんな未来も多いに有り得るし、望むところである、そう考えていた。


「あぁ、それと」


 ジェシーが話が終わったとばかり思い、部屋を出ようとしたその時、背後から声をかけられた。


「ロビン・ウィンチェスターとアレクシアも一緒に招致してくださる?」


「ウィンチェスター……確か子爵でしたかな?」


「えぇ、ウィンチェスター子爵の四男で、母親はウィンチェスター家に使える使用人だそうよ」


「妾の子ですか。ロドリゲスはわかりますが、何故そんな人物をお呼びになるので?」


 ジェシーが首を傾げる。ウィンチェスター子爵は政治には興味もなく、小さな領地を慎ましやかに経営している貴族である。王家としては言ってしまえば眼中にない人物だ。しかもその四男で妾の子。そんな有象無象を王宮に招致する、その理由がジェシーにはわからなかった。


「彼は、カーミラの秘密を知っているみたいなのですよ。アレクシアの話しぶりからすると、多分一番最初に知ったのではないかしら」


「左様で」


「その話を聞いて俄然彼にも興味が湧いてしまったのですよ。きっといいお友達になれるはずですわ」


 花のような微笑みを浮かべて、ウキウキとした気分を隠そうともしていないエライザが、何を考えているのかジェシーには推し量ることが出来なかった。しかし、ろくでもないことを考えているのは確かである。ジェシーは考えるだけ無駄だ、と思考を放棄した。天才の考えはジェシーのような凡人には理解することができない。


「では、招致するのは、カーミラ・ジギルヴィッツ、ロビン・ウィンチェスター、アレクシア・ロドリゲスの三名でよろしいですね」


「えぇ、ジョーンズ学院長にもちゃんとお話を通しておいてくださいね」


「承知仕りました」


「お話は終わりです。もう行ってよろしくてよ」


 ジェシーはエライザのその言葉に改めて踵を返すと、扉を開け、王女の部屋を飛び出した。毎回こうだ。彼女に呼び出される度に無理難題を吹っかけられる。あの老練の魔術師に話をつける、なんて無理難題に他ならない。ジェシーは扉の向こうにいるエライザに聞こえないように小さくため息を吐いた。






 夏休みが終わり新学期が始まる。最初は貴族舎全学生を集めての始業式である。勿論ロビンやカーミラ、グラム、アリッサ、ヘイリーも参加していた。期末試験の赤点を逃れ、無事進級したことを実感したグラムとアリッサは盛大に胸をなでおろしていた。勿論、無事夏休みの宿題を終わらせたことについてもだ。


 ちなみに入学式は二日後の予定であった。貴族舎の入学式はそれこそ盛大に行われる。とはいえ、学年が違えば交流も少ない。ロビンを始めとする、三年生がこの新学期に入学してくる一年生と交流することはないだろう。


 大広間に集められた学生の前に、学院長が現れる。


「今年度の人事を発表する。レファニュ先生は、諸事情あり学院を去ることになった。その代わりに魔獣と魔法生物の授業は、今まで筋力強化の魔術の授業を担当していたロドリゲス先生が引き継ぐことになる」


 学院長がアレクシアを学生の前に導くと、アレクシアがゆっくりと歩き学生の前に立つ。


「今年度から魔獣と魔法生物について教鞭を執ることになった、アレクシア・ロドリゲスだ。筋力強化の授業については、諸君らに一切の期待もしていなかったが、魔獣と魔法生物についてとなると話は別となる。中間、期末の試験の対象科目ともなるため、心して講義を聞くように。

 ついていけないものは置いていく。生半可な気持ちで講義を受けると怪我をする、そう心得るように。ともあれ、今年度からもよろしくお願いする。」


 アレクシアが、スパルタっぽい挨拶をし、学院長が拍手を促す。大広間は学生たちの拍手でいっぱいになった。


「なぁ、ロビン」


「なに? グラム」


「ロドリゲスってさ、授業が変わってもあんな調子なのか?」


「先生を付けなよ……。多分そう。僕はロドリゲス先生のスパルタっぷりをこの学院で一番知っていると思ってるよ。彼女は手加減ってものを知らない。覚悟しておくことだね」


「うげぇ」


 グラムは舌を出して、嫌な顔をする。その顔を見て、ロビンもスパルタ式で繰り広げられる授業を想像して吐き気を催した。あの訓練みたいな授業がずっと続くのか。ロビンは嫌な想像を首を振って打ち払う。


 兎にも角にも新学期である。新しい何か、は起きないだろうが、何事も始まりというのはワクワクするものである。


「さて、今年度はどんな年になるかな」


 ロビンが期待を胸にひとりごちた。楽しい一年になれば良い。だが、歴史のうねりは否応なしにロビン達を巻き込んでいく。未来の話だ。勿論、そのことを彼らは知る由もない。

第二部が完結しました。

ここまでお付き合い頂いた方々、ありがとうございました。


第三部からは、物語が一気に広がっていく予定です。

というか、書き終わってます。


次に、閑話を一話挟み、第三部が開幕します。

よろしくお願いいたします。


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