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第十五話:ロビンの戦い

 アレクシアが王宮から呼び出された次の日。ロビンは真面目に筋力強化の訓練を行っていた。まずは両腕の強化。その次に両脚の強化。そして、次にそれらを同時に。


 数分間強化を維持し、そしてそれを解く。


 これは、強化されている状態まで持っていくスピードを上げるための訓練だ。今までの訓練によって、彼の強化までにかかる時間は数秒単位まで早くなっていた。成長が実感できたようで嬉しくなる。


 この訓練を三時間。その後昼食を取り、今度は強化を長く維持する訓練を五時間。そこまでやると、すっかり日が暮れてしまっており、自身のマナも空っぽだ。ロビンはこれからの予定に思いを馳せた。


 さて、もう一回、とロビンがむん、と気合を入れようとした時だった。


「ロビン! いた!」


「アリッサ?」


 アリッサが学院の玄関から全力疾走してくるのに気づいた。アリッサはロビンの元まで走ってくると、荒げた息を整えようと胸に手を当てる。数秒間ぜーはーぜーはー、と深呼吸をすると、アリッサが困ったような顔で、ロビンを見つめた。


「カーミラ見なかった?」


「カーミラ? そういえば見てないな」


「今日、約束してて、夏休みの宿題全然やってなくて、手伝ってもらおうと思って。いや、そんなことどうでもいいの! カーミラが約束の時間になっても来ないの! 寮の部屋にも行ってみたんだけど、いなくて! いろんなところ探し回ったんだけど、全然いないの!」


「アリッサ、落ち着いて」


「どうしよう、カーミラがいないと、夏休みの宿題どうしよう!」


 いや、そこかよ。ロビンはこの困った少女をじとりと見つめた。でも、カーミラが約束をなんの連絡もなしにすっぽかすなんて想像できない。使ってみよう。昨日、アレクシアに言われたばかりだから覚えている。失せ人探しの魔術。


「じゃあ、カーミラがどこにいるか、探してみるね」


「え? どういうこと?」


「自分で魔術を開発してみたんだよ。人を探す魔術」


「え、ロビンそんなことやってたんだ。そんな面白そうなこと、私も誘ってよ」


「魔法薬作るので手一杯だって言ってたのは君じゃないか」


「そうだけどさぁ」


 ロビンは不満たらたらな彼女の顔を敢えて無視し、杖を取り出す。


「術式展開。キーコード、失せ人探し」


 カーミラがトイレにいたりとか、お風呂に入ってたりとか、そういった悪いタイミングでなければ、場所がわかるはずだ。そう思いながら、レスポンスを待つ。十秒経った、一分経った。


「あれ?」


 レスポンスがいくら待っても来ない。魔術式通りに動くのであれば、拒否された時はそれがわかるようになっているはずだ。レスポンスが来ないなんてことはありえない。カーミラが眠っていて返事ができない状況であるならば別だが、カーミラの朝の早さをロビンは知っている。寝坊なんてする彼女ではない。


 おかしい。ロビンの脳と経験と直感がうるさいぐらいに警鐘を鳴らしている。


「アリッサ。君は学院長に『カーミラがいない』って伝えて」


「え? なんで?」


「いいから。理由は考えなくていい。ただそれだけ伝えて」


 多分緊急事態だ、とはロビンは言葉には出さなかった。アリッサは、ロビンのいつになく真剣な表情を見て、わかった、と一言だけ呟いて、玄関へ走っていった。


 アリッサが走り去って行ったのを確認した後で、ロビンは両脚に筋力強化をかけ、自分の部屋まで走った。途中で何人かの学生とぶつかりそうになったが、ごめん、と言いながらそれを避け、風のように駆け抜けた。


 部屋に入ると、術式を展開する。失せ人探し。対象はアレクシア。すぐにレスポンスが帰ってくる。アレクシアは今王宮の客室にいる。机からペンと紙を取り出し、一言「カーミラが消えました」、とだけ書き、配達の魔術でそれをアレクシアに送る。


 次に羊皮紙とノートを取り出す。失せ人探しの魔術式だ。羊皮紙に魔術式を一箇所だけ変えて書き殴る。変えた部分は本人の許可が無いと居場所を知らせないという処理の部分。


 羊皮紙に術式を書き終え、杖に記憶させる。


「術式展開。キーコード、強制失せ人探し」


 対象はカーミラ。対象の人間にメッセージを送ることなく、強制的に居場所を特定する魔術になっているはずだ。これで、トイレとかお風呂とか、そういう一人になりたい場所にカーミラがいたら、僕が怒られればいいだけだ。ロビンは自分の頭の中で鳴り響く警鐘が間違いであることを祈った。


 レスポンスが返ってきた。カーミラの居場所は……。


「リシュフィリアの街? しかも裏通り」


 そんな場所にいるなんてあり得ない。王都の裏通りほどではないが、リシュフィリアの街の裏通りも治安の悪い場所だ。乞食や盗人がたむろし、怪しげな店が立ち並ぶ、そんな場所である。自分の嫌な予感が正鵠を射ていたことで、ロビンの背中につうっと冷や汗が伝う。もう一度、紙とペンを取り出して、カーミラの詳細な居場所を書き、アレクシアに送る。


 馬を借りる時間ももったいない。筋力強化を脚にかけ、部屋を出る。


 その数秒後、ロビンがいなくなった部屋に白い鷲が窓から入ってきて、手紙に変わり、ベッドにパサリと落ちる。読まれることのなかった学院長からの手紙にはこう書かれたいた。


「ウィンチェスター。動くでない。危険すぎる。ロドリゲス先生が帰ってくるのを待て」






 走る。走る。走る。筋力強化をかけているとは言え、筋肉を動かせば汗が出る。額から流れる汗を右腕で拭う。急げ。急げ。


 学院からリシュフィリアの街は街道でつながっている。ロビンは普段は意識していなかったその事実を、心の底から幸運であったと感じた。これが草原であったならば、森の中等であったならば、ここまでのスピードは出せない。


 アレクシアは馬より早く走れると言っていたが、ロビンはそこまでのスピードはまだ出せない。とはいえど、常人では考えられない速度で街道を突っ走る。耳元でビュンビュンと身体が風を切る音が鳴り響き、その煩わしさに辟易とする。


 だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。走れ。走れ。


 ロビンの制服が汗でびっしょりになる頃、彼はリシュフィリアの街に着いた。馬を走らせて一時間かかるその距離を、ロビンは一時間半で駆け抜けたことになる。


 一旦筋力強化を解き、尋常ではない速度で走ってきたロビンに眼を白黒させていたリシュフィリアの街の門番に身分を告げる。本当に学生という身分は素晴らしい。なんの疑問も持たれず、街の門を通ることができる。


 リシュフィリアの街の裏通りは、街の西側。大通りを抜け、西通りに出て、そこから小さな小路に抜ける。


 昼間なのに薄ぼんやりとしたその場所は、王都のそれほどではないにせよ立派なスラム街だ。学院の制服に身を包むロビンを、物乞い達が奇異の目で見る。学院から街まで一気に走ってきたせいで、未だ息の整わないロビンの目の前に屈強な男性が立ちふさがった。


「学院のお坊ちゃんが裏通りになんのようだ?」


 ニヤニヤと笑いながらこちらを見つめるスキンヘッドの男をロビンは睨みつける。


「邪魔」


 腕をマナで強化し、はねのける。それだけで屈強な身体を持った男が嘘のように吹っ飛び、壁に全身を強かに打ち付けた。王都でもそうだが、裏通りの人間には魔術師の怖さを知らない人間が多い。身をもって体感した人間の話を聞けば、恐怖の感情ぐらい抱きそうなものだが、頭の悪い人間は人の話から学ぶということをしない。体感しなければわからないのだ。


 ほうぼうから向けられる、興味深げな視線が一斉に化け物を見つめる視線に変わっていくのを感じた。それでいい。今は有象無象にかまっている暇はないのだ。


 ロビンは、裏通りのど真ん中にある一軒の酒場の前で立ち止まった。カーミラの居場所はここだ。扉には、「臨時休業」とかかれた看板がかかっている。扉を開けようとするが、鍵がかかっていて開かない。ロビンは脚を強化し、扉を思い切り蹴り飛ばした。乾いた音を立て、扉が粉々になる。カウンターの奥にいた、恐らく店主であろう人物が何事かとこちらを見ている。


「お、おい。看板が見えなかったのかよ。今日は臨時休業……」


「黙って」


 ロビンは酒場をぐるりと見回す。失せ人探しの魔術は、カーミラがこの酒場の地下にいることまでロビンに教えてくれていた。地下への入り口は……見当たらない。であれば。


「ちょっとどいてくれるかな?」


 強化した腕で店主を投げ飛ばし、カウンターの奥に入っていく。これだ。一見床下収納に見えるが、ここまで大きくある必要はない。取っ手を掴み、鍵のかかったそれを強引に引き剥がしていく。ベリベリ、と音を鳴らしながら扉が剥がれ、地下へ進む階段が現れた。ロビンは扉を後ろへ投げ飛ばしてから、下へ降りていく。


 階段を一段一段降りていく。この先にカーミラがいるはずだ。


 階段を降りきると、広い地下室へ出た。


「ふむ、結界に反応があったと思えば、君か。ウィンチェスター」


「レファニュ先生?」


 まず、目に入ったのはシェリダン・レファニュ。魔獣や魔法生物について学院で教鞭を執る教師だ。そして、その後ろに豪華な装飾の施された椅子に腰掛けたカーミラがいた。


「カーミラ!」


 反応がない。目は開けている、眠っているわけではない。彼女の綺麗な金色の目がくすんでいることにロビンは気づいた。その瞳でぼうっと何もない宙を見ている。明らかに正気ではない。


「無駄だ。ジギルヴィッツ様は君の声等もう、聞こえない」


「何をしたんですか?」


 ロビンの問いには答えず、シェリダンがカーミラに向かって歩き出す。今更ながら気づいたが、カーミラの横には醜悪な顔をした老人が立っていた。


「シェリダンよ、この坊主は何者だ?」


 老人がその醜悪な顔から想像に難くない醜悪な声を皺くちゃの口から紡ぐ。


「ジギルヴィッツ様と懇意にしている学院の生徒です」


「ふむ。この場所を見られたからには生かしてはおけんな」


「仰るとおりで」


「我らヴァンピール教の礎となってもらおうではないか」


「はっ」


 こいつらは何を言っているんだろう。ヴァンピール教? 聞いたことのない単語だ。ロビンが思わず不思議そうな顔をする。その顔を見て察したシェリダンがニヤリと笑い、ロビンを見つめる。


「冥土の土産に教えてあげよう。ジギルヴィッツ様はこれから、ヴァンピール教の現人神となるのだよ。貴き吸血鬼として」


「貴き吸血鬼?」


「そうだ。我々ヴァンピール教は、吸血鬼を信仰する教団。美しく誇り高い、ジギルヴィッツ様を中心に、教団はさらなる結束を生むことになる。

 あぁ、君は彼女が吸血鬼であることは知っていたね。尤も、そうしたのは我々だが」


 ロビンには、シェリダンが何を言っているのかまるで理解できなかった。吸血鬼を崇める教団? カーミラを吸血鬼にしたのがこいつら? なんだ、こいつらは何を言っている?


「シェリダン、戯れはよせ。そやつを殺すのだ。計画を優先しろ」


 老人がシェリダンに向かって叱責する。計画? 計画ってなんだ。ロビンはさっきからずっと、何もかもが理解できない。


「承知しました」


 シェリダンが老人に頭を下げる。


「ジギルヴィッツ様。あの少年を贄としていただけますでしょうか」


 シェリダンが拳大の宝石をカーミラの目の前に掲げ言い放つ。力なく、はい、と言って、ゆらりとカーミラが立ち上がる。


 瞳が赤く染まる。爪が伸びる。ロビンにはその様子がスローモーションのように映った。


 カーミラが跳ぶ。爪を振り上げる。その向き先は誰だ? 僕だ!


 爪が振り払われる。状況を全く理解できていなかったロビンでも、今自分が殺されそうになっていることは分かった。既のところで、爪による一撃を回避する。いや、回避しきれなかった。右肩から前腕にかけて、浅い切り傷ができる。


「カーミラ!」


 ゆらりゆらりと身体を揺らしながら、血のような赤い瞳がこちらを見る。その瞳はロビンをロビンだと認識していなかった。敵意もない。害意もない。殺意もない。ただ人形のように言われるがままに彼を殺そうと動いている、それだけだった。


 どうする? どうすれば良い?


 ロビンは気づく。シェリダンがカーミラに命令する時に何をしていたか。宝石を見せていた。

 筋力強化で鍛えたマナの知覚、それを応用して、自身のマナを薄く部屋中に広げる。すると、部屋中を覆った自身のマナが、あの宝石とカーミラが何かしらのラインでつながっていることを教えてくれた。きっとあの宝石を壊すとかなんとかすれば、カーミラが正気に戻るはず。頼む、そうであってくれ、とロビンは自身の推理が正解であることを祈った。


 ロビンは、カーミラを無視してシェリダンに向かって走り出す。だが、それは失敗に終わった。横から大きな衝撃。ロビンの身体が宙を舞い、壁に激突する。肺の中の息が口から漏れ出る。内臓を痛めたのか口の中に鉄の味が広がった。ずるりと壁から崩れ落ち、ロビンは床に転がった。


 カーミラに蹴られた。そのことに気づくのには少しだけ時間がかかった。


 よろめきながら、立ち上がり、腕と脚を強化する。アレクシアには場所を伝えた。彼女の脚は自分よりも速い。しばらく持ちこたえれば、ここまで来てくれるはずだ。何しろ、ロビンが死んだら、アレクシアも死んでしまうのだ。


 ゆらゆらとしているカーミラを睨みつける。僕は君に殺されてなんてやるものか。ロビンは口の端から垂れた血を拭って、すぐに来るはずの吸血鬼の攻撃に全身で備えた。

ロビン覚醒。では有りません。魔術を使えない人間が弱すぎるだけです。

魔術師がサイヤ人なら、魔術を使えない人間は地球人です。

それぐらい差があります。


キャラクターが勝手に動き始めたのを良いことに、ロビンに筋力強化を覚えさせたのがそもそもの間違いだったのかもしれません。

頭脳派主人公が、何故か脳筋に。。。

ってか、この小説脳筋多いな。アレクシアもカーミラもロビンも肉体言語が得意です。

魔術師らしい戦いができるのはそれ以外です。あ、グラムは剣士系ですね。


さて、ロビンがかっこいい回ですが、基本的にロビンはよわよわです。

カーミラに勝てるはずが有りません。なので時間稼ぎのみを考えているようです。

ざぁこ、ざぁこ、ざこ魔術師。


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