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第十三話:新しい魔術の開発

 夏休みも残り二週間となったある夜、ロビンはジェラルドからの手紙を受け取っていた。傍らにはカーミラがいる。暇つぶしらしい。こちらの予定も尋ねずにいきなり部屋にやってくるのは、正直ちょっとだけ嫌だった。ロビンだって年頃の男の子である。女の子に見せられないようなことをしているタイミングもあるのだ。だが、ロビンはそんなことは口には出さず、表向きはカーミラの訪問を喜んでいた。というか、諦めたというのが正しいかもしれない。


「どれどれ?」


 ロビンがレターナイフを取り出し、丁寧に手紙の封を開ける。ロビンの魔族言語に対する理解は、学院長にジェラルドとの間をとりなしてもらってから格段に深まっていた。カーミラがロビンの後ろから、手紙を覗き込む。本来は個人宛の手紙を覗き込むなんてマナー違反もいいところなのだが、どうせ読まれて困るものでもない。ロビンは気にせず、手紙を開き、目を落とす。


 手紙には要約すると、一度新しい魔術を作ってみたらどうだろう、とそういうことが書かれていた。ロビンの魔族言語に対する理解についてはジェラルドが保証する、簡単な魔術であれば苦労もなく開発できるだろう、と。


「凄いじゃない。魔術大学の助教授のお墨付きを貰ったのよ!」


 カーミラがまるで自分のことのように、喜ぶ。小さくぴょんぴょんと跳ねるその少女をロビンはちらりとみて、今日もカーミラは可愛いなぁ、と思った。


「まさか、僕もこんなに短期間でウェイ先生からこんな返事をもらえるとは思っていなかったよ」


「あら、最後に小さく何か付け足されているわよ」


「ん?」


 ロビンは、手紙の最後のほうに小さく書かれている文字を読み上げる。


「君の優秀さには私も舌を巻いているところだ。もしよければ、学院を卒業した後は魔術大学に入学しないか? 私が推薦状を書くのもやぶさかではない。二年後の話だから、今すぐに結論を出さなくても良い。ゆっくり検討してくれ。

 だって」


「凄い、凄い、凄い!」


 カーミラはさっきから興奮しっぱなしだ。どうどう、と彼女の興奮を押さえてから、ロビンは天井を見上げて考え事をした。


 ジェラルドからお墨付きを貰ったのだ。善は急げであろう。幸いにも魔術式を記述するための羊皮紙は何枚か持っている。試しに簡単な魔術を作ってみようか。そうするといつやるか……うーん。


 うーん、と唸っているロビンをみて、カーミラが不思議そうに首を傾げる。


「何考えてるの?」


「いや、せっかくだから自分で魔術を開発してみようかなって」


「それはいい考えね。明日! 明日やりましょう!」


 自分以上に興奮しているカーミラを見て、やれやれ、と肩をすくめる。明日、明日かぁ。些か急すぎる感じもしたが、いっか。ロビンはそう考えて、カーミラの方を見る。


「そうだね、明日、ロドリゲス先生の特訓が終わったら、空いてる教室使ってやってみるよ。どうせ見たいんでしょ?」


 ロビンの言葉に、カーミラが大きく頷く。好奇心旺盛なこの少女は、実際に魔術を開発するところを見たくて見たくてしょうがないらしい。


「楽しみな予定ができたわ。じゃあ私はそろそろ自分の部屋に戻るわね。明日、あんたの特訓が終わった頃に迎えにいくわ」


「了解。じゃあ、また明日」


「また明日」


 簡単に別れの挨拶を済ませると、カーミラはコウモリになって、部屋から出ていった。


 さて、考えないといけないのはどんな魔術を作るかだ。難しい魔術はまだ書けないだろうから、簡単な仕組みの魔術になるなぁ。そんなことを考えながら、ベッドに寝転がる。


 属性は何にしようか、そもそも魔術の方向性は? 攻撃魔術? 防御魔術? 治癒魔術? いや、どれも既存の魔術で事足りる。作る意味がない。


 数十分うんうん唸りながら考え、はっと閃くと、ベッドから飛び起きる。


 机の椅子に座り、ノートを開いて、思いついた魔術の仕組みと、それがどのように魔族言語で術式となるかを書き殴る。書いては、これじゃだめだ、とページを破り捨て、次のページにまた書き殴る。いや、これは楽しい。新しいものを考えるのがこんなに楽しいなんて想像つかなかった。


 ロビンは己の内から湧き出てくるワクワクした気持ちに打ち勝つことができず、その後も延々とノートに書きまくるという作業を繰り返した。その作業が終りを迎えたのは、数十分経過し、数時間経過し、朝日が東の空から顔をのぞかせ始めた頃だった。


「できた」


 理論は構築できた。魔族言語で記述された術式もバッチリだ。ロビンは満足気に鼻を鳴らすと、ふらふらとベッドに向かい、バタリと倒れ、そのまま眠りについた。






「ウィンチェスター。訓練中だぞ。気がそぞろになっているが、昨日はちゃんと休息をとったのか? 目の下の隈もひどいぞ」


 次の日、すっかり日常となってしまったアレクシアとの筋力強化の特訓に励んでいたロビンに、不思議そうにアレクシアが尋ねた。


「いや、ようやく魔族言語の理解がある程度深まりまして。今日これが終わったらカーミラと一緒に新しい魔術を開発する、って約束してるんですよ。目の下の隈は、昨日どんな魔術を作ろうか考えて、ほぼ徹夜しちゃったんでそのせいだと思います。」


 あ、訓練に影響はないですよ。とロビンが両手を横に振る。しかし、目が思いっきり泳いでおり、訓練に身が入ってないことは誰の目に見ても明らかだった。


「新しい魔術、か」


 ふむ、とアレクシアが形の良い顎に手を添え何か考え事を始めた。


「今日の訓練はここまでとしよう。疲れている状態で練習してもなんの意味もない。その代わり」


「そ、その代わり?」


「私も、その新魔術の開発とやらに、同席させろ」


 うわぁ、予想外な方向から、同席者が増えた。ロビンはため息を吐きそうになるのを必死でこらえた。カーミラとアレクシアの仲は未だ微妙なままだ。板挟みになるのは御免被りたいところだ。


 ちらりと、アレクシアの方を見る。新しい魔術の開発、という言葉に彼女の少ない好奇心がピンポイントで刺激されたらしく、すごく楽しみそうな顔をしている。常に無表情を浮かべているこの鬼教官だ、常人にはわからない程度の表情の変化である。しかし、ロビンにとってはあからさまにワクワクしている彼女の心情が容易に推し量れた。


「新しい魔術を開発するということは、開発した魔術のテストもするのだろう? 訓練でマナを空っぽにしてしまっては、困るのではないか?」


 あぁ、全然考えていなかった。ロビンはアレクシアの言葉に感謝した。確かに魔術を作ってそれで終わり、だと意味がない。魔術を作って、使ってみてテストして、それで初めて成功したと言えるのだ。


「わ、忘れてました」


 ロビンがアレクシアに向かって苦笑いを浮かべる。


「ウィンチェスターは、興味のあることになると、色々と思考が抜け落ちる癖があるな」


 はは、と珍しくアレクシアが声を上げて笑う。訓練を始めた当初、彼女は全然笑わなかった。無表情の仮面を顔に貼り付け、他人には決して心を許さない、そんな空気をまとっていた。今思えば、自分のことが許せなかったのだろう。ロビンは、アレクシアとの今までを思い出す。


 訓練が始まり、一日経ち、二日経ち、そして一週間が経ち、それから数日が経ち、ロビンは初めて優しげに微笑むアレクシアを見た。その後すぐにまた無表情に戻ってしまったのだが、これが彼女の本来の姿なのだ、と彼はアレクシアに対する考えを改めた。


 それ以来、非常に珍しいことではあるのだが、彼女はたまに笑うようになった。カーミラと戦っている時の獰猛な笑みではない、柔らかな笑顔だ。


 その変化を本人は気づいているのだろうか。ロビンは考える。いや、考えても詮無いことだな、と考えを放棄して、アレクシアを見た。


「じゃあ、先生。一緒にカーミラを迎えにいきましょうか」


 アレクシアが少しだけ逡巡し、小さく頷いたのはその数秒後だった。






 基本的に男子寮に女子が入る行為、女子寮に男子が入る行為、それらは禁じられている。学生たちの不純異性交遊を防止するためだ。といいつつ、不純異性交遊の抜け道はいくらでも有り、王都の宿でご休憩をするカップルや、驚くべきことに中庭の隅でことに及ぶカップル等もいた。勿論、不純異性交遊自体も禁止されており、学院の教師陣たちが目を光らせてはいるのだが、思春期の男女が持つ若さというエネルギーと迸るリビドーには太刀打ちできていない、というのが現状であり、これからの確約された未来でもあった。


 異性の寮に踏み入ることが禁止されているため、男子寮、女子寮、それぞれの寮の前には、寮の自室にいる学生を呼び出すための魔術具が設置されている。数字が印字されたボタンが規則正しく配置され、学生たちそれぞれに割り振られた学生番号を押下することで、お目当ての学生に連絡することができる。


 確かカーミラは今日は調べ物を休むと言っていたはずだ。ロビンは昨日の夜にカーミラとした会話を思い出す。きっと自室にいるはずである。彼は、女子寮の入り口に設置されてある学生呼び出し用の魔術具のボタンを押した。


「はい、ジギルヴィッツです」


 魔術具から、カーミラの声が聞こえる。そのまま話せばカーミラまでロビンの声が届く、そういう仕組みになっている。


「あ、カーミラ。ロビンだけど、ロドリゲス先生の訓練が早く終わったから、これから新しい魔術の開発に着手しようと思うんだけど、予定は大丈夫?」


「えぇ、大丈夫よ! 一分待ってて。今そこまで行くわ」


 カーミラの弾んだ声が聞こえ、魔術具がぷつりと音を立て動作を停止する。女子寮から出てくる女子の、「なんでここにあんたがいるの? しかもロドリゲス先生と一緒に」という、不思議そうな視線に居心地の悪さを感じながら、カーミラを待つ。


 一分もかからずに、カーミラが息を弾ませて駆け寄ってきた。


「おまたせ! って、なんでロドリゲス先生もいるのよ」


 カーミラがちょっとだけむすっとした顔になる。彼女らの仲は大分改善されてきたとはいえ、まだお互いわだかまりを残している様子である。


「新魔術の開発と聞いてな。私も興味がある」


「ふぅん」


 カーミラがプイっとそっぽを向き、ほっぺを膨らませた。当初の心から貴方を歓迎していません、という態度をとっていたカーミラからすると、随分可愛い不満の表現方法だった。


「じゃあ、行こうか。一番近い教室でいいよね」


 ロビンは二人を伴って、女子寮から最も近い場所にある教室へ歩き出した。


 教室に着くと、ロビンはノートを広げて、二人に見せる。


「これが、今回開発しようとしている魔術です」


 魔族言語で書かれた魔術式と、その横に大陸共通語で書かれた雑多なメモ。人に見せるにはあまりにも汚いそれだが、興味を持っている二人にとっては関係なかった。


「えっと、つまり、失せ物探しの魔術ですね。ものすごく仕組みは簡単です。

 属性は風なので、インターフェースには風属性を指定しています。

 インプリメントクラスには、術式が書かれています。細かい部分の説明は省きますけど、とどのつまり風のマナを操って、対象の物がどこにあるかというのを探し当てます。見つかったら、風が教えてくれます」


 アレクシアがノートを覗き込む。


「これは、対象を人間にはできないのか?」


「対象を人間に、ですか? ちょっと考えてなかったです。

 でも、ここの術式をこうして……あ、案外簡単にできそうですね」


「ふむ。そっちの方が役に立ちそうだ。それで試してみろ」


 アレクシアの言葉にカーミラが小首を傾げる。


「なんで、失せ物探しじゃなくて、失せ人探しのほうが役に立つんですか? 確かにそっちのほうが役に立ちそうですけど」


「簡単だ。ジギルヴィッツの居場所を特定するためだ」


 アレクシアがじろりとカーミラを見る。カーミラが予想外の返答に「えっ」という顔をする。


「えっと、私ロビンに常に居場所を特定されるってすごく嫌なんですけど。ほら、トイレに行ってるときとか」


 ロビンはそれもそうか、と思案する。


「じゃあ、術式のここの部分に、これを足して……。うん、できた。本人が拒否することができるようになったよ」


「まぁ、それなら……」


 アレクシアがカーミラの方を向いて、話し始める。


「ジギルヴィッツ。貴方の身を守るという誓約を私はしたが、常に貴方のそばにいれるわけではない。勿論貴方の友人らも守らねばならないが、一番トラブルに巻き込まれそうなのは貴方なのだ」


 他の友人らがトラブルに巻き込まれるというのは考えられない、その価値がない、とアレクシアが続ける。


「そのために、ウィンチェスターが貴方の居場所を特定できるようにしておく、というのは重要だ」


「……わかりました」


 カーミラが不承不承ながらも、アレクシアの言葉に小さく頷く。


「えっと、じゃあこの魔術式を羊皮紙に書き写します」


 ロビンはちょっと不穏になった空気を切り裂くように、二人の間に割り込んだ。


 後は簡単だ。術式を羊皮紙に書き写し、杖に記憶させれば良い。術式に間違いがなければ、上手く発動するし、間違いがあれば発動しない。


 ロビンは今回自分が作った魔術式を百回は見直した。間違いがあるはずはない。きっと成功するはずだ。


 手早く、羊皮紙に魔術式を書き、自分の杖の上に置く。杖に術を記憶させるのは簡単だ。杖にマナを流して、命令してやれば良い。魔術学院で真っ先に習うことだ。


 羊皮紙が燃え、杖に術式が記憶される。


「じゃあ、使ってみますね。最初はカーミラの居場所を特定してみようか」


 ロビンがカーミラの方を向いて言う。カーミラがちょっとだけ緊張した顔で小さく頷いたのを確認し、ロビンは術式を発動させる。


「術式展開、キーコード、失せ人探し」


 新しい魔術は、ロビンの目論見通り正常に動作した。カーミラが驚いたような顔をしている。これは、本人の承諾なしでは居場所を特定させない、という術式がもたらすものだ。今、カーミラの頭の中には、「居場所の特定に受諾しますか?」というメッセージが流れていることだろう。


「頭の中で、『はい』って答えてみて」


 ロビンはカーミラにどうすればよいのかを言う。カーミラはまた、小さく頷き、頭の中で『はい』と答えた。


 次の瞬間、ロビンの頭の中に、カーミラが今どこにいるかの情報が流れ込んできた。


「成功、だね」


「凄い! やっぱり凄いわロビン!」


 カーミラが自分よりも魔術開発の成功に喜んでいるのを見て、ロビンは少しだけ苦笑いを浮かべる。


「でも、これ、対象の人に前もって伝えておかないと成立しないですね」


 ロビンがアレクシアの方を見る。


「それで問題ないだろう。大事なのは、ウィンチェスターがジギルヴィッツの居場所を特定することができるということだ。居場所まで特定できれば、私と一緒にそこまで行き、ジギルヴィッツを何らかの脅威から守ることができる」


「まぁ、確かにそうですね。これはカーミラと僕だけの間で使える魔術かな。汎用性ないなぁ」


 ロビンが初めての自分の術式について、少しだけ不満げな声を上げた。


 魔族言語の学習度合いを図るために作ったこの魔術が、すぐに役立ってくれるとは、この段階では誰も予測してはいなかった。

一転して日常回です。

新しいものを開発するのって心躍りますよね。


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