第七話:平民魔術師との交流会
計画の基盤ができれば、準備は粛々と進んでいった。途中途中でカーミラやロビン、アリッサ、グラムの協力を仰ぎながら、ヘイリーは方方の調整に奔走した。まずは場所の確保。学院長と打ち合わせをし、学院で最も広い大広間を押さえた。
次に、料理の手配だ。厨房に勤務する料理人達に頭を下げ、当日の協力をもぎ取った。厨房の料理人達は魔術も使えない平民である。王国に唯一の学院で料理人として登用されていることもあって、料理の腕はピカイチだが、それでも平民は平民であった。ヘイリーは今までの自分であれば、この料理人たちに頭を下げるなんて考えられなかったな、と自身の変化に顔を綻ばせた。この変化がなければ、この料理人達からの協力をこうも簡単にもぎ取ることはできなかっただろう。彼女はその変化をもたらしてくれた、カーミラとロビンに心のなかで感謝した。
料理人たちと打ち合わせをし、貴族も平民も楽しめるようなメニューを考えた。この打ち合わせにはカーミラにも同席してもらった。カーミラが料理上手なのは、ロビンが自慢げに話していたことから知っている。その自慢げな顔の鼻っ柱をぶん殴ってやろうかと思ったのはヘイリーだけの秘密だ。
カーミラが同席してくれたこともあって、当日のメニューについては滞りなく決まっていった。大広間で交流会は行われるため、どうしても立食パーティーとなってしまう。そうなると、お皿を片手に歩き回れるもの、料理人たちは、あれはどうか、これはどうか、と様々なアイディアを出してくれた。カーミラがそれに対して、ここはこうしたほうがいい、とか、こういうのはどうか、と意見をだす。感心したように、料理人たちは頷くと、カーミラの意見を踏まえて、新しいアイディアを出していく。当日の料理のメニューはあまり時間をかけずに決まっていった。
最後に当日の進行である。これが一番厄介だった。平民を蔑んでいる貴族達と、貴族と交流したことのない平民との諍いをどのように防ぐか。その一点につきた。場所と料理に一日しかかからなかった一方で、当日の進行については、残りの全ての時間をかけなければならなかった。衝突を避けるために、自治会のメンバーや、ヘイリーと親しくしている女生徒達、また仲良し四人組が、当日会場の至るところで待機し、仲裁に入ることとなった。
自治会のメンバーについては、あまりいい顔をしなかったが、他でもない学院長からの指示である。否が応でも協力してもらう。ヘイリーは聡明な頭脳から繰り出す論理武装で、自治会のメンバーの反論を次々と封殺していった。
ヘイリーと親しくしている女生徒達の協力を取り付けるのは簡単ではあったが時間がかかった。彼女が一人一人の部屋を尋ね、事情を説明し、平民だからといって下に見てはいけないよ、と諭し、協力してもらうことを約束してもらった。
仲良し四人組は最初からヘイリーに協力することを決めていたのか、特段努力は必要なかった。アレクシアの訓練から一日とはいえ逃げられることが確定したロビンが涙を流しながら、ヘイリーに感謝するという謎な場面もあったが、それも特筆すべきものではないだろう。
そんなこんなで、あっという間に交流会の当日を迎えた。大広間にまばらに貴族舎、平民舎の両方の学生達が入ってくる。平民の魔術師たちは、こころなしかビクビクしているような気もする。普段接することのない身分の高いものと交流するのである。無理もないだろう。ヘイリーはちょっとだけ平民の怖がりように同情した。
一方で貴族の学生らは、いつもどおりに振る舞っていた。仲の良いグループで集まり談笑している。平民者の学生等まるで目に入っていないようだ。まぁ当然でしょう、とヘイリーは心中で納得する。貴族の子女らにとって、一番近い平民とは実家の使用人である。貴族の常識として、使用人はいないものとして扱う、というのが普通であり、それと同列に平民舎の学生を見ているのだろう。
危惧していた衝突は起きなさそうな状態ではあるが、これでは学院長が意図した交流会にはならない。ヘイリーは少しだけ頭を抱えた。一方で、自分も以前であれば、あの様な態度を取っていただろう、ということに気づき、少しだけ恥ずかしくなった。
「ヘイリー、大丈夫? 緊張してない?」
いつの間にか、近くに来ていたカーミラがヘイリーに声をかける。あぁ、今日もカーミラ様はお美しいですわ、とは口に出さずに、ヘイリーは少しだけ引きつった笑顔を向けた。
「ちょっとだけ緊張してるのと、ちょっとだけ不安です」
「私達も協力するから、是が非でも成功させましょう」
カーミラの後ろには、ロビン、グラム、アリッサが立っていた。まずい、あまりにもカーミラ様がお美しすぎて、目に入りませんでしたわ、とは絶対に口にできない。
「カーミラ様、ウィンチェスター、ハンデンブルグ、ホワイト。今日までのご協力、本当に感謝しますわ」
ヘイリーの感謝の言葉に、ロビンが一歩前に出て言う。
「僕の方こそ、一日だけとは言え貴重な休日ができて、君に感謝したい気持ちでいっぱいだよ」
ロビンはニッコリとヘイリーに笑いかけると、それとさ、と続ける。
「そろそろ、僕たちのことを名前で呼んでくれないかな? カーミラみたいに。ほら、僕たちと君はもうとっくに友達だろ? 君はそう思ってないかもしれないけど」
「そんなことございません。カーミラ様もウィンチェスターも、ハンデンブルグもホワイトも私の大切な友達だと思ってますわ」
「はい、またファミリーネームで呼んだー」
ロビンのニヤニヤした顔に、ヘイリーがぐっと息をつまらせる。
「ろ、ロビン」
「うん」
ヘイリーは、次にグラムを見る。
「グラム」
「おう」
そして最後にアリッサを見た。
「アリッサ」
「ふふ、なぁに?」
ヘイリーは自分の顔が熱くなっていくのを感じた。あぁ、恥ずかしい。頬を両手で隠す。
「真っ赤になってるよ?」
ロビンがその様子を目ざとく気づき、言わなくていいのに指摘してくれた。
「う、うるさいですわ、ろ、ロビン! 覚えてらっしゃい」
ロビンはにっこりと笑って、覚えておくよ、とそういった。
交流会は学院長の挨拶から始まった。
「貴族舎の諸君、平民舎の諸君。本日は夏休みという君たちの貴重な時間の中、この交流会に足を運んでくれて、まずはお礼を言いたい。ありがとう。
貴族舎と平民舎の魔術師見習いたちは、長年お互いに一切の交流が無かった。儂はこの現状を非常に憂いている。
貴族舎の諸君。君たちが将来学院を卒業して、何になるのかはそれぞれ違うだろう。だが、君たちの手足となって動いてくれるのは平民舎に在籍しているような平民達だ。例えば、領地に帰り、それを相続して運営していくものもいるだろう。領主となった者は領民の支持を集めなければ、失脚は免れない。そのためにも、貴族ではないものたちの文化や考え方を学ぶのは非常に諸君らのためになると考えている。本日の交流会を有意義にに使ってほしい。
次に、平民舎の諸君。貴族とは会ったことが無いものばかりだろう。もしかしたら、ちょっとしたつながりがある生徒もいるかもしれない。貴族が大切にするものは何なのか、どのように接すればよいのか、そういったことを諸君らは学んでいかなければならない。憂慮すべきことに、未だにこの王国では平民を虐げる貴族がのさばっている。諸君らは今でこそ学院の掲げる『魔術の下の平等』に守られているが、学院を卒業してからはそうはいかない。貴族に対する礼儀。貴族に対する接し方。そういったものを将来のために身につける必要がある。平民舎の諸君らにとっても、本日の交流会が有意義なものになることを願っている。
本来、人間に貴賤はない、と儂は思っている。しかし、この王国で生まれや身分という貴賤があることも事実である。お互いの交流を深め、できれば身分関係なく良き友人を見つけてほしい。これは儂のささやかな願いである。
あまり長々と話しても、諸君らに嫌われるだけなので、これぐらいにしておこう。
今日は飲んで、食して、歌って、そして楽しんでくれたまえ。儂からの話は以上だ」
学院長がスピーチを終えて、部屋の隅にゆっくりと歩いていく。その先には、ヘイリーを含めた五人が立っている。学院長は五人にウィンクをすると、ニッコリと笑った。
次は、実質的な幹事であった、ヘイリーのスピーチだ。緊張でもじもじして、一向に進まないヘイリーに業を煮やしたロビンが、ほら、行ってきなよ、と背中を押す。ヘイリーは振り返って少しだけロビンを睨みつけると、覚悟を決めて、学生たちの前に立つ。
「今日の交流会の実質的な幹事を任されたヘイリー・ウィリアムと申します。
学院長も仰っしゃりましたが、本日は皆様の夏休みの中の貴重な一日をこの交流会に使ってくださり感謝しております。
さて、学院長からこの交流会のあらかたの意図はもう皆様に伝わっていると思いますので、幹事としての注意点をお話させていただきますわ。
まず一つ、諍いを起こさないこと。特に貴族舎の皆様は、平民だからといって、平民舎の皆様を無碍に扱うことは許しません。この会場には、私を始めとした実行委員会が各所にいます。少しでも諍いの種をまこうとした不逞な輩には、それ相応の対応をさせていただきますので、努々お忘れなきように。
二つ目。貴族、平民と立場の違う者たちが一同に会する交流会です。お互いに敬意を払って交流なさってくださいませ。学院長もおっしゃいましたが『魔術の下に平等』でございます。この学院に在籍している以上皆様は平等に扱われる権利がございます。逆に言うと、この学院にいる皆様はお互い平等に扱わなければならない、という義務になります。交流会が平和に何事もなく笑顔で負われるように、皆様のご協力をお願いしますわ。
三つ目。この交流会ですが、学院長の意向で来年以降も毎年行われる予定です。間違っても問題を起こして、来年以降の予定を台無しにするようなことは、謹んでくださいませ。
この交流会が、皆様にとって楽しいものになることを、幹事として願っております。
短い時間かもしれませんが、どうぞお楽しみくださいませ」
ヘイリーがスピーチを終わらせ、一礼をして、四人の元にゆっくりと歩いてくる。四人がいる場所まで、あと数歩というところで、ヘイリーがバランスを崩して転びそうになった。すかさず、グラムが走り寄り、彼女の身体を支える。
「あ、ありがとうございます、グラム」
「緊張したな? 顔がこわばってるぜ」
「そういうのは、言わないのが花ですことよ?」
「ははっ。そりゃちげぇねぇ」
グラムがニヤリ、と笑うと、カーミラがヘイリーの元へ歩いてきた。
「ヘイリー。とっても立派だったわ。頑張ったわね」
ニッコリと笑うカーミラに、カーミラ様、とこぼしながら、ヘイリーは涙ぐんだ。ロビンはその様子を見て、やれやれ、カーミラ信者は今日も平常運転だなぁ、と肩をすくめた。
こうして、貴族舎と平民舎の交流会が幕を開けたのだった。
交流会が始まって三十分ほど経った。ヘイリーは交流会の現状に頭を抱えていた。
どうにも、貴族は貴族たちでかたまり、平民は平民同士でかたまっているのだ。これでは交流会を開いた意味がない。学院長の方をちらりとみると、同じように考えているのか、少しだけ苦い顔をしていた。とはいえ学院長は忙しい。苦い顔をしながら、大広間をこっそりと抜け出していった。
当然人付き合いが上手くない人間がいるのは分かっていた。人見知りの人間が見知らぬ、しかも身分も違う者たちと交流するというのは当然苦痛であろう。それはよーくわかる。しかし、ここまでとは思わなったのだ。諍いが起きる起きない以前の問題だった。
そんなヘイリーの困り顔を見たのか見なかったのか、カーミラは平民達のグループの一つに靴音を響かせながら歩いていった。当然、ヘイリーの腕を引っ張って。ロビンやグラム、アリッサもそれに続く。
「初めまして、平民舎の皆様、私カーミラ・ジギルヴィッツと申します。せっかくの交流会ですもの。ちょっとお話しませんか?」
カーミラの言葉に、グループを構成していた学生達が色めき立った。ジギルヴィッツという家名は、当然王国の中では有名であり、それは平民にとっても例外ではなかった。何しろ公爵家の令嬢である。いきなりはるか高みの身分であるカーミラに話しかけられて、学生たちはどうすればよいのかわからない顔をしている。
しばらく無言の時間が続き、茶髪のボブカットの髪の毛と、髪の毛と同じ茶色の瞳を緊張で少しだけ震えさせながらグループの中でもリーダー格でありそうな少女が意を決したように話し始めた。
「お目通りいただきまして、言外の幸福を感じております。私、エイミーと申します。平民ですので家名はございません」
「エイミーさんっていうのね。初めまして。あ、堅苦しいことはなしでかまわないわ。私、そんなにおこりんぼじゃないの。礼儀なんて犬に食わせてしまって構わないわよ」
にっこりと笑うカーミラに、自然にエイミーも笑顔になる。ジギルヴィッツ公爵家の令嬢が学院に在籍していることは知っていたが、こんなに気さくな人だったとは、平民の学生たちの目が驚きに見開かれる。
「将来、習った魔術を何に使いたいの? 不都合がなければ教えてくれる?」
「私は、宮廷魔術師になりたいと考えています。宮廷魔術省は、魔術の腕だけが全てで、身分の貴賤は存在しないと聞いてますので」
へぇ、そうなの、とカーミラはエイミーに笑いかけ、他の学生達を見回して、告げた。
「皆さんのお話も聞きたいわ。まずはお名前を教えて頂戴?」
平民の学生たちと五人の自己紹介が始まった。カーミラは、未だに少し怖がっている平民舎の学生の話を聞き、時に笑い、時に一緒に難しい顔をして悩んだ。
ロビンはそんなカーミラを見て、出会った当初のことを思い出した。
『君と友達になりたがらない奴なんていないよ。今日話してみてわかった、君は自分が思っているよりずっと素敵な人だ。話してて楽しいし、人当たりもいい。その気になれば友達100人も目指せると思うよ』
ロビンのその見立ては正しかった。彼女はどこまでも人間らしく、人間と交流を図っている。彼女が人気者になっていくのをロビンは自分のことのように喜んだ。
カーミラ達の交流を見た他の学生の一部が、貴族、平民関係なく話し始めるのにそう時間はかからなかった。こうして交流会は交流会の体を成し始めたのであった。
平民舎の魔術師との交流会です。
ヘイリーがとっても頑張りました。
次回、ちょっとした波乱が巻き起こります。お楽しみに。
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