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閑話:ピクニックに行こう

 期末試験も無事終わった。グラムもアリッサも落第は回避できたようで、盛大に胸をなでおろしていた。カーミラは当然上位をキープしているし、ロビンは平均程度の成績を収めていた。


 夏季休暇まで後数日ということもあって、学院全体が浮足立っている。あるものは夏季休暇で旅行に行く計画を立てたり、またあるものは趣味に没頭する予定を頭の中に組み立てたり。


 そんな学院の雰囲気に、仲良し四人組も当然浮足立っていた。いや、正確にはカーミラだけはいつもどおりであったが。


「ピクニックに行こうか。明日の安息日に」


 安息日の前日、ロビンがそう口火を切った。そういえば、カーミラがピクニックに行きたいと以前言っていた。そのことを思い出したのだ。


「ロビン、覚えててくれたのね」


「まぁね、それでグラムとアリッサはどうする?」


 何やら感動しているカーミラを尻目に、ロビンはグラムとアリッサの予定を尋ねる。


「当然! 参加させてもらうぜ」


「同じく、私も」


 どうやら、この四人は暇人の集まりらしい。普通、突然明日ピクニックに行こう、なんて話し始めたら、予定があるからちょっと無理~、なんて言うものだ。ロビンはちょっとだけ苦笑いをして、カーミラの方を向いた。


「今度は思いっきりお弁当を作ってきなよ。前回作れなくてがっかりしてたろ?」


「勿論! 飛びっきり美味しいお弁当を用意するわ!」


 ウキウキとした声を出しながら、カーミラがニコニコと微笑む。うーむ、尊い。ロビンは早くも、このピクニックを提案したことが正解であったと確信し始めていた。


「カーミラ一人じゃ大変そうだから、アリッサも手伝ってあげてよ」


「え? いいけど、私料理なんてやったことないよ?」


 カーミラがぐっと両手を握りながら、アリッサを見つめる。


「大丈夫! 誰にでも初めてはあるものよ! 一緒に頑張りましょう!」


 ははは、とロビンは乾いた笑いをこぼした。アリッサ、君はカーミラから逃げられないらしいよ、とは言わなかった。アリッサの表情を見れば、そんなこと言わなくても今の状況は十分に理解していることが容易にわかったからだ。


「外出許可は僕とグラムで申請しに行ってくるよ」


「え? 俺?」


 ロビンは、そう告げて嫌がるグラムの腕を無理やり引っ張って、学院長室に向かった。






 外出許可は、基本的に学院長に申請する。安息日の全ての学生の予定をハワードが把握するためだ。そんな事務仕事なんて、下っ端に任せればよいのに、本学院の学院長はいつだって働きものである。


 いつのまにか抵抗を諦めたグラムを後ろに、ロビンは学院長室の扉を三度ノックする。


「入りなさい」


 扉の向こう側から、学院長の優しい声が聞こえたことを確認してから、ロビンとグラムは学院長室に入室する。


「外出許可かね?」


「はい、明日ピクニックに行こうと思ってるんです」


 ハワードの問いに、ロビンが手短に答える。


「そうか。明日は快晴だそうだ。ピクニックには最適だろうな。楽しんできなさい」


 そう言って、ハワードは申請用紙をロビンに手渡す。ロビンは参加者の名前と、おおよその外出時間を紙に記入して、ハワードに戻した。ハワードは情報が書き込まれた申請書を見て、不備が無いかを確認する。確かに、とハワードが小さく告げ、椅子から立ち上がると申請書を資料棚にある明日の外出申請書入れに書類をしまう。


「あぁ、そうそう」


 ロビンとグラムが、用は済んだとばかりに、学院長室を退室しようとした時、背後から声がかかる。


「ピクニックには、ロドリゲス先生も連れていきなさい。ロドリゲス先生には儂から伝えておこう」


 アレクシアを連れて行けという指示だった。ロビンはすぐさま二週間前の出来事を思い出す。つまり護衛として、アレクシアを連れていきなさい、ということだろう。グラムはなんで彼女の同伴が必要なんだろう、とクエスチョンマークを頭の上に無数に浮かべたような顔をしているが、その理由については流石にロビンの口からは話せない。


「わかりました、では失礼します」


 ロビンとグラムは揃って、学院長室を退室した。


「なぁ、なんでロドリゲス先生が着いてくるんだ?」


 知らないよ、とロビンが返事をする。グラムの顔は、学生だけのピクニックに教師を連れて行くのは無粋がすぎる、とでも言わんばかりの顔をしていた。理由を知っているロビンとしては、少し申し訳なく感じたが、言わぬが花、知らぬが仏である。


「学院長にも何かしらの考えがあるんでしょ?」


「まぁ、そうなんだろうけどよ」


 納得していない顔だ。何も話せやしないんだから、素直に納得してほしいところではあるが、ロビンにはグラムの気持ちが痛いほどよくわかった。とはいえ、


「いいじゃない。ロドリゲス先生なら、ぼけっと隅っこの方に突っ立ってるよ」


「それもそうか。一緒に楽しみましょう、ってタイプではねぇもんなぁ」


 納得はしていないが、状況として受け入れたようだ。カーミラには黙っておこう。絶対怒る。ロビンは問題を後回しにした。






 次の日の朝。安息日を迎え、ロビンは外出用の服に着替え、集合場所である学院の門前に行った。カーミラとアリッサが既に到着していたようで、待たせたね、ごめん、とロビンは声をかけた。アリッサが、おはよう、と挨拶をし、ロビンもそれに返事をしようしたが、それを待たずにカーミラがずかずかと早足でロビンに向かって歩いてきた。なにやらムスッとした顔をしている。


「なんであいつがいるのよ」


 カーミラがロビンの耳元でボソリとささやく。彼女の視線の先にはアレクシアがいた。少し距離を取った場所で所在なさげにぼうっと突っ立っている。やっぱり怒った。ロビンは自分の予測が当たったことに苦笑いを浮かべた。


「学院長の指示だよ」


「あの狸親父! いらないことしてくれたわね」


 カーミラが、公爵令嬢とは思えない悪態をつく。こらこら、貴族のお嬢様がそんなこと言うもんじゃないよ、と嗜めるが、カーミラの表情は苦虫を噛み潰したようなものを保っている。


「多分、僕らの護衛だよ」


「護衛なんていらないわよ。歩いて三十分の丘に行くだけなんだから」


「それもそうだけどさぁ」


 ふん、と鼻を鳴らして、カーミラがアリッサの元へ戻る。ロビンはその様子に少し苦笑いして、アレクシアの元に向かう。


「ロドリゲス先生。安息日なのにわざわざすみません」


「いや、良い。学院長からの指示だ。是非もない」


 つっけんどんにそう言い放つアレクシアに、ロビンはやれやれと肩をすくめた。ロビンとしてはアレクシア自体に思うところはない。そりゃあんなことがあったからちょっとぐらいは怖いが、誓約も済ませているし、理屈として彼女の存在に納得している。


「ウィンチェスター」


「はい?」


「貴君は、私に思うところはないのか?」


「いやぁ、僕ってそういうの気にしない質なので」


 ははは、と笑いながら、後頭部を掻く。アレクシアは少しだけ目を見開いて、すぐに戻す。洞察力に自信のあるロビンでなければその僅かな表情の変化には気づかなかっただろう。


「なにか?」


「いや、学院長の、貴君が自分の命を軽く見ている、という評価に対して納得したところだ」


「ジョーンズ学院長……」


 そんなことまでロドリゲス先生に話したんですか、とロビンは心のなかでハワードをぶん殴る。プライバシーの侵害じゃないか。ところでこれってプライバシーに当たるんだっけ? ロビンは学院長を存分に心の中でぶん殴り、溜飲を下げた後で、ちょっとだけ首を傾げた。


「ウィンチェスター、貴君のその性根はあまり良くないものだ。徐々に改善していきなさい」


「わかってますよ。これでもちょっとずつ直ってきているとは思うんですけど……」


 ロビンは少しだけ困った顔で、アレクシアに向き直る。


「まぁ、それが問題にならないように、私がいるわけなのだが」


「護衛として、期待してますよ。ロドリゲス先生」


 残念ながら、その辣腕は今日は発揮できないでしょうけどね、とロビンはニコリと笑う。ロビンの笑顔にアレクシアはまたまた驚いたような表情をする。


 ロビン自身も不思議に感じてはいるが、既にこの女性に対する悪意はなかった。殺されかけたというのにだ。ロビンの観察眼は、この教師を今はもう信頼のおける相手であると判断していた。


「悪い! 寝坊した!」


 遅れてやってきたグラムが、肩で息をしながらやってきたのは、そのすぐ後だった。






 学院の裏にある丘。野獣も魔獣も出ないし、ピクニックには最適な場所である。とはいえ、歩いて三十分程度はかかるのだが、普段からフィールドワークに勤しんでいるアリッサを始め、身体を動かすことに抵抗のない四人はあっさりとその距離を踏破する。一方でロビンは、二週間ほど寝込んでいたためか、歩くだけで息も絶え絶えになっていた。


「ロビン、あんた大丈夫?」


「いや、ちょっと疲れただけだから、大丈夫」


 ぜーはー、と荒い呼吸を繰り返すロビンに、アレクシアが背後から声をかける。


「筋力強化の習得を急がねばならんな。あれを使うと自然と筋力も増えていく」


「ご、ご教授のほどよろしくおねがいします」


 ロビンは背後を振り向く気力もなく、アレクシアの言葉に返事をする。カーミラがふん、と鼻を鳴らす。この二人の和解にどれくらいかかるのだろう。ロビンは気が遠くなった。いくら飄々とした性格のロビンであるとはいえ、この二人の板挟みになるのは勘弁だ。二人の仲の修復をサポートしないとなぁ、と酸素の行き渡っていない脳味噌で考えた。


「着いたね!」


 アリッサが声を上げる。丘の上には一本の木が経っている。この丘、フィリギスの丘、の名前の由来にもなっている、フィリギスの木だ。夏に花を咲かせる木で、ちょうどこの時期が満開だ。


 グラムが座って食事ができるように、大木のそばでシートを広げる。風で飛ばないように石を四隅に置き、カーミラが作ってきたお弁当箱を中央に広げる。


 誰からというわけでもなく、感嘆の声が上がった。


「カーミラって料理上手だったんだね」


「妹がいてね。よくお弁当を作ってあげてたのよ」


 彩りもよく、子供が見たら大喜びしそうなお弁当であった。サンドイッチ、チキンのフライ、焼き魚、卵焼き、コロッケ、ウィンナー、小さなトマト、そしてデザートに小さく切ったシフォンケーキまで添えられている。


「私も手伝ったよ!」


 アリッサがはいはーいと手を挙げて自己主張する。アリッサは料理が初めてだって言っていたけど、実際はどうだったんだろう、とロビンはカーミラに耳打ちをする。


「アリッサは役に立ったの?」


「正直に言うと、全然役に立たなかったわ」


「やっぱりね。魔法薬を作るのと料理を作るのじゃ全然勝手が違うもんね」


「本人が気にするから、その話題は今日はNGよ」


「わかってるよ」


 ロビンはくすりと笑って、カーミラの元を離れる。さて、ここからはランチタイムだ。ふと、アレクシアの方を見る。彼女はピクニックに参加する気がないようで、遠くからこちらをじっと見据えて直立している。


「ロドリゲス先生! 一緒にいかがですかー!?」


 カーミラを含め、ロビン以外の全員がげっという顔をするが、無視する。一人だけ仲間はずれ、というのは、仲間はずれにされた方も、した方も気まずいものだ。


「いや! 私は結構だ!」


 ロビンはそんなことをのたまったアレクシアの元へ走り寄ると、嫌がる彼女の腕を引っ張って、三人の元へ連れてきた。筋力強化を使えば、容易に抵抗できそうなものだが、アレクシアはそれをしていない。少しは仲良くなってくれればいいのだが。未だにムスッとしているカーミラを見て、苦笑いを浮かべると、ロビンは号令をかけた。


「じゃあ、食べよっか」






 お弁当がなくなっていくスピードは物凄いものだった。遠慮などどこかに放り投げた様子のグラムが、次々に料理を口に運び、それを見て怒り出すアリッサ。少し遠慮がちに、サンドイッチを手に取るアレクシアと、美味しい美味しいと口にする皆を見て、ご満悦のカーミラ。


 ロビンは、その光景をみて、ピクニックに来てよかった、と心から思った。


「こんな時間を過ごせるとは、思ってもいなかった」


 アレクシアがボソリとロビンに向かって呟いた。


「これから、たくさん過ごすことになりますよ」


 ロビンはニッコリと笑って、アレクシアを見遣る。だから、さっさとカーミラと仲直りしてくださいね、とロビンは無理難題を彼女に押し付ける。まず大人である彼女が歩み寄る姿勢を見せなければ、二人の距離はいつまで経っても縮まらない。これから先長い長い付き合いになるのだ。早急に人間関係の修復作業を完了させなければならない。


「善処する」


 言葉少なにアレクシアは返事をし、控えめにサンドイッチを手にとって頬張り始めた。アレクシアも美味しいと感じているのだろうか。ロビンは彼女の顔をちらりと見る。あ、この顔は美味しいって顔だ。微妙に緩んだ表情を浮かべているアレクシアを見て、ロビンはしめしめとほくそ笑んだ。


「カーミラ」


「何?」


「ロドリゲス先生が、カーミラのお弁当、美味しいってさ」


「なっ、ウィンチェスター、貴様」


 慌てるアレクシアに、くすりと笑いをこぼし、ロビンはカーミラとアレクシアを交互に見る。


「ロドリゲス先生。思ったことはちゃんと言葉にして伝えないと、相手に伝わりませんよ。直接伝えることが大事です」


 ふむ、と少し考え込んだアレクシアは、カーミラを見据えた。


「……ジギルヴィッツ。このサンドイッチは素晴らしい。いつか、作り方を私にも教えてくれないか?」


 カーミラは、ムスッとした顔のまま、少しだけ顔を赤くして、わかったわ、と答えた。


 そうしてピクニックは何事もなく終わり、仲良し四人組とプラス一人に楽しい思い出ができた。

前回、「第二部もよろしく」と言ったな! はははあれは嘘だ!!


日常回です。ロビンがカーミラとアレクシアの仲を取り持とうと頑張ります。

が、彼は生来の面倒くさがりなので、一生懸命にはなりません。

飽くまで、そっと陰ながら手を貸す程度です。


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