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エピローグ

「生きてる」


 目覚めたロビンが発した第一声がそれだった。うーん、流石に死んだと思ったんだけどなぁ、と上体を起こし、周囲を見回す。医務室だ。今日は何日だろう、まぁどうでもいいか。長く横になっていたせいか寝癖だらけになった髪の毛をわしわしと掻き毟る。


 ふと、ベッドにもたれかかる白銀に気づいた。


「カーミラ……」


 ロビンは自身を治療してくれたであろう少女が、なんだか愛しくなって、その細い髪の毛を手で梳くように撫でた。よく見ると髪の毛は白銀の色をしている訳ではなかった。半透明なそれが、陽の光などで白銀に見えていたのだ。近くで見ないと気づかないもんだなぁ。ロビンは苦笑いした。


 身体の様子を見るに、ロビンの最後の願いは聞き届けられなかったらしい。自分は相変わらずちっぽけな人間のままだ。吸血鬼になったことがないので、わかるはずもないのだが、ロビンはなんとなくそれを察した。


「むにゃ、ロビン?」


 お姫様がお目覚めだ。ゆっくりと頭を撫で付けていた手をどけると、ロビンは寝ぼけ眼の少女に挨拶をした。


「おはよう」


「おはよう、ロビン」


 吸血の姫はにっこりと華が咲いたような笑顔を見せた。






 その後は慌ただしかった。保険医を務める、キャサディー・ポープに身体を撫で回され、完治を確認されたり、まだ血が足りないはずだと言われ、造血薬を一気飲みさせられたり、カーミラが突然大泣きし始めたりと、本当に大変だった。


 忘れてはならないのは、アレクシアがやってきたことだ。言葉少なに、すまなかった、と伝え、動けるようになったら学院長室まで来い、と残して、医務室を去っていった。無機質でガラス玉のように感じられた瞳は、一変して生気が宿ったような光を携えており、彼女に何らかの変化が合ったのだな、とロビンは得心した。カーミラは始終ロビンに付き添い、アレクシアがやってきたときには、警戒心をむき出しにしていたが、それは些細なことだろう。


 カーミラによると、ロビンは二週間近くも寝たきりだったようだ。どうりで筋肉が衰えている感じがするわけだ。ロビンは元々非力な自身の筋肉がさらに減ってしまったことに少なからず落胆を覚えた。


 数日経って、保険医から動いても良いというお墨付きをもらったので、ロビンとカーミラは揃って学院長室へ向かった。


 学院長室の扉をノックすると、学院長の声が扉の向こうから響いた。


「入りなさい」


 ロビンは扉を開けて学院長室に入る。カーミラも後に続いた。学院長室のソファーには驚くべきことにアレクシアが座っていた。カーミラの金色の瞳が警戒心に細められる。一度は殺し合った仲である、そう簡単に和解できるようなものでもない。座りなさい、とハワードに告げられ、二人はアレクシアが座っている反対側のソファーに腰掛けた。


「さて、事情は全てロドリゲス先生から聞いた」


 ハワードの言葉にカーミラの身体が硬直したことを、ロビンは気配で察した。全ての事情ということは、カーミラが吸血鬼であることも含めて全て、ということである。


 ハワードはまず、カーミラをその真っ黒な黒曜石のような瞳で見つめた。


「ジギルヴィッツ。君が何者であろうとも、本学院に在籍している限り、等しく儂の生徒だ。そこは忘れないでほしい」


 カーミラが驚きに目を見開く。吸血鬼は人類の敵とされている。良くて退学処分、最悪この場で切り捨て御免という状況まで想定していたためだ。


「君が何故吸血鬼になったのか教えてくれるかね?」


 ハワードの言葉に、カーミラが以前ロビンにした説明と同じことを話す。入学当初図書館に行ったこと。派手な装飾のされた本を思わず手にとったこと。恐らくそれが魔導書(グリモア)であったこと。


「ふむ、グリモアか。学院にそんな危険な代物があるとは考えられないな。作為的なものも感じる。ジギルヴィッツ、今までもそうしていたとは思うが、今後の行動には十分注意すること」


「わかりました」


「吸血鬼を人間に戻す方法については、儂も調べてみる、が、あまり期待はせんでほしい。

 長く生きているが、人間から他の存在に変異してもとに戻ったという例を聞いたことがない」


「ありがとうございます」


 次に、ハワードはアレクシアの方をちらりと見、そして、ロビン、カーミラを見た。


「ロドリゲス先生についてだが……。臨時講師ではなく、正式にリシュフィール学院の教師として採用することとした」


「なんでですか!?」


 学院長の言葉に最も早く反応したのはカーミラだった。カーミラ自身に危害が及んだだけならば、彼女もそこまで大きく反応はしなかっただろう。しかし、アレクシアはカーミラの大事な友人であるロビンを殺しかけた。その処分に納得できないとしても、不思議ではない。


「理由はいくつかある。

 一つは、王家印の入った書簡を持つ彼女を儂がどうこうできる権利が無いということだ」


 どうこうできる権利、という言葉にカーミラは首を傾げた。一方でロビンはその言葉の含むところに気がついた。つまり、本来であれば学院長が直々にアレクシアを殺していた、ということだろう。この老練した魔術師にそれだけの力があるのは学院の誰しもが知っているところだ。


「二つ目の理由は、彼女がこれをしたためたことだ。彼女への罰はこれで十分ではないかと儂は思っている」


 そう言ってハワードは、一枚の羊皮紙をカーミラに手渡した。ロビンも横から覗き込む。


「これは、誓約の魔術書、ですか?」


 驚きに満ちた声で、カーミラが呟く。


「そうだ。声に出して読んでみなさい」


「私、アレクシア・ロドリゲスは、カーミラ・ジギルヴィッツとそれに関連する人物全てを生涯守り抜くことを誓う」


 誓約の魔術書。それは、強力な誓いを行う時に利用される魔術具である。そこに誓約したことを守れなかった時、誓いを立てた者は死ぬ。一般的には、重罪人や、生涯を誓い合った主従関係に使われるものだ。たまに恋人同士が使い合うというのも聞いたことがあるが、リスクが大きすぎるためそういった使われ方はめったにされない。


「つまり、ロドリゲス先生はジギルヴィッツ、君を中心とした交友関係全てを守る、そう誓約したのだよ。

 そして、それを守れなかったらロドリゲス先生は命を落とす。

 つまり、君たちが死んだ時、同様にロドリゲス先生も死ぬ、ということだ。

 まだ誓約の魔術は発動させていないが、君たちの同意が得られるなら、今すぐにでも誓約を発動させるつもりだ」


 カーミラは、何かを考え込むかのように、顔を俯かせて、じっとその羊皮紙を見つめる。その後で、ゆっくりと羊皮紙を学院長に返した。


「私に異論はありません」


「わかった。あぁ、勿論、今回の件で一番重症を負ったウィンチェスターも承諾すれば、という話にはなるが」


 ロビンは突然話を振られて焦った。


「えっと、僕も構いません」


 ロビンはアレクシアをちらと見る。アレクシアもちょうどこちらを見遣ったようで、目が合ってしまった。微妙に気まずい思いをするが、アレクシアが決意の籠もった目でこちらを見据えていたので、ロビンは軽く頷いた。


「あいわかった。では、全て話し終わった後で、誓約を発動させることにする」


 ハワードは羊皮紙を机に大切そうに置くと、またゆっくりと話し始めた。


「三つ目は、秘密を知るものは放逐するのではなく、内に取り込むべきであるという、儂の考えからだ」


 なるほど、理にかなっている。ロビンは感心した。確かに、どこかに彼女を放り出して、秘密をペラペラと吹聴されるよりは、身内として引き込んで秘密がもれないようにしたほうが早い。


「儂の今日話したいことは、これで全てだよ。何か質問はあるかね?」


「私からは特にございません」


「僕からもありません」


 ハワードは、うむ、と頷くと、アレクシアを見遣った。学院長に促され、アレクシアが立ち上がり、深く頭を下げる。


「今回の件、全てに関して謝罪をさせていただく。謝って済むようなことではないと理解している。だが、今後は諸君らの守護者としての責務を確りと果たそうと考えている。何卒よろしく頼む」


 数秒ほど頭を下げたアレクシアがゆっくりと顔を上げる。カーミラとアレクシアの間には、まだわだかまりが残っているようで、二人共見つめ合ったまま微妙な表情をしている。


 ロビンは、この二人が和解するまでは時間がかかるんだろうなぁ、と苦笑いを浮かべた。


「では、誓約の魔術を発動しよう」


 ハワードは羊皮紙を掲げ、何かをブツブツと唱えた。魔法陣が羊皮紙に浮かび上がり、アレクシアの身体が淡く光る。


「これで、誓約はなされた。話は以上とする」


 ウィンチェスターだけは残りなさい、と言い残して、ハワードはアレクシアとカーミラに退室を促した。


 一人残されたロビンは、何故僕だけ残されたんだろう、と、首を傾げた。


「ウィンチェスター。今回の件で、君は災難という言葉では言い尽くせないほど危険な目にあったな」


「えっと、まぁそうですね」


「君は、自分の命をあまりにも軽く考えすぎているところがある」


 何故看破されたのだろう。ロビンの目が驚きで見開かれる。


「これでも、二百年近く生きてきた老人だ。人を見る目には自信があるつもりだよ」


 ハワードは憂うように深くため息を吐くと続けた。


「ジギルヴィッツは君をいたく信頼している。依存していると言ってもいいだろう。彼女の心の支えになってあげられるのは彼女の秘密を知っていて、同い年の君だけだ。

 そのためにも君は自身の生命をもっと大事に扱うことを意識しなければならない。

 ロドリゲス先生は君にとって良い教師となるだろう。彼女の教えを心して学びなさい」


「心得ました」


「ジギルヴィッツが見たというグリモアだが、何やら陰謀めいたものが見え隠れしているように感じる。

 儂も十分に注意して探ってみるが、彼女に最も近い君が巻き込まれる可能性も高い。

 決して探ろうとするでない。また十分に注意して学院生活を送りなさい」


「わかりました」


 その言葉に、ハワードは深く頷くと、あぁ、と思い出したように声を上げた。


「試験前の大切な時間を、病床の身で費やしてしまっただろう。儂の権限で特別に試験を免除することもできるが、どうする?」


「いえ、それには及びません」


 今回の試験範囲程度ならば、問題なく合格点を取れるだろう。普段していた手抜きを今回はしない、それだけでいい。ロビンは学院長からの厚意を丁寧に断った。


「君ならそう言うと思っていたよ。

 では、話は終わりだ。行って良い」


 ロビンはソファーから立ち上がって、学院長に深く礼をすると、学院長室から退室した。


 ハワードは一人になった部屋を見回し、悲しそうな目で呟いた。


「カーミラ・ジギルヴィッツ。ロビン・ウィンチェスター。アレクシア・ロドリゲス。何故、悲しい運命を背負った人間は自然と集まってしまうのだろうな」


 既に起こってしまったことに対して、自身にはどうしようもできない。そんな悲しみが、呟いた言葉には溢れていた。






 学院長室の扉を開けると、カーミラが廊下でロビンを待っていた。


「あ、待っててくれたんだ。あれ? ロドリゲス先生は?」


「自室に戻るって」


「ふぅん」


 ロビンとカーミラは示し合わせたわけでもなく揃って寮に向かって歩き出した。歩きながら、カーミラの表情が優れないことに、ロビンは気づいた。また、妙ちくりんなことで悩んでいるな、と考えたロビンは、カーミラの脇腹を突く。


「ひゃっ」


 情けない声が廊下に響いた。


「なにするのよ」


 じろりと、ロビンを睨めつけたカーミラは、突かれた脇腹をさすっている。


「まーた、変なことで悩んでるでしょ」


「……結局、またロビンが死にかけたわ」


 やっぱりね。ロビンはニコリと笑った。


「生きてるよ。僕は。学院長にも大きな釘を刺された。自分の命を大切に扱いなさいって」


「……ほんとそのとおりよ」


「でも、あそこで君がどうにかなってしまうのを、僕は見過ごせなかった。本来は僕が後悔するか、君が後悔するかの二択だったんだよ。でも、僕は生きてる。後悔なんてしなくていいんだ」


「……うん」


「ねぇ、前に約束した言葉、覚えてる?」


「うん、強くなるって」


「今回は、努力する前にああいうことが起きちゃったから、どうにもできなかったけど、次は上手くやるよ」


「約束?」


「約束」


 カーミラの顔は未だに優れない。ロビンはどうしたものかと思案する。あぁ、そういえば。ロビンは意識を失う直前のことを思い出した。ニヤリと笑いながら、カーミラに声をかける。


「そういえば、なんでもしてくれるって言ったのに、眷属にはしてくれなかったんだね」


「そりゃそうよ! 私は眷属は作らないって、最初に言ったじゃない。却下よ、却下」


「何でもするって言ったのに?」


「言葉の綾よ。忘れなさい」


「はいはい」


 二人は顔を見合わせてクスクスと笑う。いつのまにかカーミラの表情はさっきよりもだいぶマシになっていた。


 ロビンは彼女を必ず守っていこうと、心に決めた。それには、自分を守れなきゃいけない。自分が死んでしまったら、誰がこの少女を守ってやれるというのだ。


「もう一度改めて約束するよ。カーミラ。君を絶対に一人ぼっちになんてしない。誓約の魔術書をしたためても良い」


「私が一人ぼっちになるってことは、あんたが死んじゃったときじゃない。意味ないわよ」


「それもそうか」


 ロビンはカーミラの言葉に苦笑いで答える。


「でも、もう一度誓うよ。君を一人ぼっちにしない」


 ロビンの言葉に、カーミラはにっこり笑ってこう言うのだった。


「わかった。約束ね」

第一部はこれで終了です。

第二部は夏休みのお話になる予定です。


夏休みだからといって、平穏に過ごせると思うなよ。


ここまでお付き合いくださった皆々様方、特に流行にも乗っていないし、

ストーリは私は面白いと思って書いていますが、

そこはよくわかりません。でも、本当にありがとうございました。

評価をくださった方、ブックマークしてくださった方、

ありがとうございました。

引き続き第二部以降もよろしくおねがいします。


読んでくださった方、ブックマークと評価、よければご感想等をお願いします。

励みになります。



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