第十四話:臨時講師
放課後。仲良し四人組と最近噂されるようになった彼らは、図書館で勉学に励んでいた。ロビンやカーミラが図書館にいることは珍しくもないが、そこにグラムとアリッサが混じっているとなると話は別となってくる。グラムは基本的に実技にしか興味がない。知識を蓄えていても、実践において役に立たなければ意味がないという信条からだ。一方でアリッサに関しては、魔法薬学以外に興味がない。更に言うと、魔法薬学の本については読んで覚えるというよりも、リファレンスとして常に側に置いておきたいという気持ちもあり、決して高くはない参考書を何十冊も購入していた。
さて、そんな四人が一同に集まって図書館にいる理由。それは至極単純であった。試験勉強である。学院では授業の合間に教師から出される小試験とは別に、中間と期末、一年に二回の大々的な試験が行われる。各科目において座学及び実技があり、全学生が一斉に試験日に試験を受験する。試験まで約一ヶ月。学生たちは思い思いに勉学に励み、図書館は絶好の試験対策スポットとして有効利用されていた。
ことの始まりは、グラムとアリッサがカーミラに泣きついたことからだった。普段は自身の興味のある分野でのみ勉強及び訓練をするタイプの二人だが、先日の小試験においてあまりにも散々な結果を叩き出し、担当の教師から、このままだと進級は絶望的であるとの旨の、最終通告を受けてしまったのであった。しかもそれが一科目程度であるならばまだ良かった。複数科目に渡って二人は同様の最終通告を受けていたのだ。事態の深刻さにようやく気づき、顔を真っ青にした二人は勉強の得意なカーミラに、お願いです、なんでもしますから、という口約束付きで、勉強を教えてもらうというお願いを聞いてもらったのだった。
学院において、特に貴族舎において、留年するというのは大変不名誉なことであった。爵位を持ち、プライドを飯の種にするとも揶揄される貴族の子女にとって、留年とは実家からの強制帰還命令、つまり自主退学と同義であった。当然学歴はつかず、男子は領地でまともな扱いをされず、女子は政略結婚にも利用されず領地で飼い殺しにされる、などの今後の人生にとって致命的な一撃となるのが通説だ。勿論、ハンデンブルグ伯爵家においても、ホワイト侯爵家においても例にもれず、学院入学の際には両親から、留年なんて不名誉なことになったら、どうなるか覚えていろ、とのどでかい釘を刺されていた。
「グラムもアリッサも頭は悪くないんだから、普段から勉強すればいいのに」
図書館での勉強が一区切りつき、ちょっと休憩、という雰囲気になったとき、カーミラがそう苦言を呈した。
「知識なんて蓄えてなんになるんだよ。男なら腕っぷしと魔術の腕だろ?」
「私、魔法薬学以外に興味持てないの」
グラムとアリッサが口々に反論になってない反論をする。こいつらは、とにかく進級できればよいのだ、勉強したことは試験が終わってしまえば、すぐに忘却の彼方である。ロビンはカーミラに向かって苦笑いを浮かべた。
「二人に何を言っても無駄だよ。グラムもアリッサも趣味に生きてるからね」
「そういうロビンは、ちゃんと勉強してるわよね。試験の点数は奮わないみたいだけど」
カーミラはロビンの学力が二人に比べれば優れていることを思い返した。というか、こうやって一緒に勉強していても、カーミラに引けを取らないほど知識に優れている。なんで、試験の点数が悪いのかしら、とカーミラは小首を傾げた。
「留年しない程度には勉強してるつもりだよ。教科書を読むのも面白いし」
ただ、ロビンは意図的に試験の点数を抑えていた。あまり目立つのもロビンの意に沿う結果にならないことを、ロビンが一番理解していた。
「こいつは、手ぇ抜いてんだよ。試験の点数になんて興味がねぇんだ」
ご明察。グラムとは比較的長い付き合いなので、こんなところも見抜かれてしまっている。
グラムは低い唸り声を上げながら、身体を伸ばした。その後、肩を強めに揉み、凝り固まった筋肉のリセットを図った。
「ところでよ」
ここからはしばらく雑談タイムだな。雑談なんてしてる余裕あるんだろうか。ロビンとカーミラは心配そうに顔を見合わせて、苦笑いする。まぁ、詰め込むだけ詰め込んでも本人たちのためにならない。適度に休憩を与えて、やる気を持続させるようにするのが一番だ。ここは甘んじて雑談に興じよう。ロビンはカーミラにそういう意味も込めて目配せを送った。どうやら、意図は伝わったらしい、カーミラはグラムの方に向き直った。
「アレクシア・ロドリゲスだっけか? どう思うよ」
先生をつけなよ、とロビンがグラムに注意する。この男はもう少し歳上や目上のものに対する礼儀を身に着けた方が良い。そうに決まっている。
「なんか、性格きつそうだったけど、美人な先生だよね。学院長がスカウトしたのかな?」
アリッサがグラムの言葉に身を乗り出す。話題は数日前に臨時講師として学院長から紹介された新任教師に移っていった。
筋力強化の魔術を専門としている、とのことだった。筋力強化の魔術についてはロビンも知っている。入学当初に図書館に関連書籍があり、一通り目を通していたからだ。そうでなくても、名前くらいは魔術師であれば誰でも聞いたことがある魔術だ。必要とするマナは少ないが、緻密なコントロールを必要とし、マナを自身の身体に馴染ませるという工程が必須であるため、習得に非常に時間がかかる、というコストパフォーマンスの悪い魔術として。
筋力強化の魔術と他の魔術の違いは杖を必要とするかどうかである。筋力強化は体内のマナを純粋に身体に浸透させて、その強度を上昇させる魔術だ。マナの属性変換や、振る舞いの指定などは必要ないため、魔術式すら必要としない。膨大なマナを利用して魔術式なしに奇跡を起こす「魔法(魔術師達からは力技で品が無いとされがちな技術である)」に比較的近い立ち位置の魔術である。
臨時講師として雇われたその女性は、その筋力強化魔術の熟練者だという。学院長からは、その女性の紹介とともに、筋力強化は魔術の中でも特に難しく、その女性講師が学院から去るまでに習得できるものは非常に少ないだろう、とお達しもあった。それでも、魔術の体系の中でそういうタイプの魔術があるということを知っておくのは将来役に立つこともあるため、確りと講師から学ぶように、とのことであった。
「筋力強化か、ちょっと興味あるんだよな。でもあのロドリゲスだっけか? 教え方スパルタそうじゃねぇか?」
「先生をつけなってば。まぁ、確かに優しく教えてくれそうなタイプには見えないね」
「逆じゃない? そもそも筋力強化を私達が習得するってことを諦めてる可能性もあるよ」
「あぁ、それあるかもな。どうせ俺らみたいな学生に教えても意味がねぇ、って顔してたような気もするぜ」
アレクシア・ロドリゲス。数日前に大々的に紹介された臨時講師をロビンは思い返す。皆思い思いの感想を抱いているようだが、ロビンが抱いた第一印象はまず、苛烈、その一言に尽きた。次に感じたのは、その目が酷く無機物のような光を抱いているな、ということだった。似たような目を見たことがあった。あぁ、あれだ。自分を見る兄達の目だ。無価値なものを無価値と断じて見る目。
この学院の教師陣は、全てジョーンズ学院長の引き抜きやスカウトによって構成されている、というのは学生の間で有名な話だった。あのガラスのような目を持つ臨時講師も恐らく学院長の肝いりで職員となったのだろう。となれば、学院長が人格者である以上、論理的に信用に値する人物であるはずなのだが……。
「ロビン、お前はどう思うよ?」
グラムに声をかけられて、はっと思考の海を漂っていた意識が現実に戻る。
「僕は……あまりお近づきになりたくないタイプかな」
「お前がそこまで言う奴って珍しいな。何を感じた?」
「いや、眼がさ。なんか嫌な感じっていうか。うーん、上手く言えない」
「そうか、確か明日だっけか? 奴さんの授業は」
雑談をぼうっと聞きながら参考書に目を落としていたカーミラが答える。
「そうね。明日の二時限目の授業ね」
身体強化の魔術。楽しみだわ。と、ちょっぴり期待しているカーミラが少しだけ微笑む。
「俺もちょっと楽しみだなぁ。筋力強化なんて使えたら役に立つこと間違いなしだろ?」
「そうだね。それは心から同意するよ」
ロビンがグラムの言葉に同意する。しかし、ロビンの表情はどこか優れないものだった。グラムがそれを目ざとく見つけて、肩を叩く。
「お前の洞察力を俺は買ってるけど、学院長の推薦だぜ? ちょっと怖いぐらいだって」
「そうだね」
ははは、とロビンが乾いた笑いをこぼす。
「試験勉強の合間に噂話か? しかし、私のことを噂されている、というのはあまり良い気分はしないな」
突如後ろからかけられた言葉に、ロビンは振り返る。他の三人も驚いているようであった。噂をすれば影、とはいうが、ここまでタイミングがぴったりなことも珍しい。
件の人物がそこにいた。アレクシア・ロドリゲス。冷たい目で四人を見下ろす。そして、その冷たい目と対照的に極限まで釣り上げられた頬、そのアンバランスさに、ロビンは少なからず恐怖を感じた。
「べ、別にロドリゲス先生のことを話していた訳じゃないですよ」
「筋力強化、などと聞こえたが」
「あぁ、そういう意味では、ロドリゲス先生の話になるのかもしれませんね。筋力強化の授業、楽しみにしてます」
ロビンはとっさに普段目上の人間に対峙した時につける仮面を被った。人畜無害を装い、私は貴方に敵対していませんよ、という完全降伏のポーズである。
「いい心がけだ。筋力強化の魔術は、わかっているだろうが、非常に難しい。諸君らの中で一人でも習得できることを祈っている」
「僕もそうあればいいなと考えていますよ。こちらのグラムなんかは普段の趣味なんかに役に立ちそうですし」
予想外の人物の登場にフリーズしているグラムに話を振る。
「あ、あぁ。どちらかというと馬鹿な俺ですけど、筋力強化ぐらいは覚えたいな、って思ってます」
「ふむ」
アレクシアは嘆息し、その形の良い顎に手を添えた。無機物のような、ガラス玉のような眼は相変わらずだが、なんだかこちらに興味を持っているようだ。それが良いことなのか、悪いことなのかは、ロビンにはわからなかった。
「時に、そちらはジギルヴィッツ公爵家のご令嬢ではないか?」
「えぇ、初めまして、カーミラ・ジギルヴィッツと申します。明日の授業。私も楽しみにしております」
「聞くところによると、才色兼備だそうじゃないか。魔術の腕も大したものだと聞く。そなたのような人間が、案外すんなりと筋力強化も習得できてしまうのかもしれないな」
「それは私を買いかぶりすぎでございます。ですが、ご教授いただける機会は無駄にはしないことを善処させていただきますわ」
「私も明日の授業が楽しみだよ」
アレクシアがニヤリと笑った。いや、嗤った。ロビンは得も言われぬ寒気を背中に感じた。やっぱりこの人苦手だ。ロビンは改めてそう思った。
「では、明日。授業で会おう」
アレクシアはそう言い残して、彼らの元を足早に去っていった。彼女の姿が見えなくなったことを確認してから、グラムが大きなため息をついた。
「焦ったー。なんだって、あんな話してる時に本人が出てくんだよ」
「噂話なんて、するもんじゃないのよ。どこで誰が聞いてるかわかったものじゃないしね」
カーミラが正論を言う。
「でも、図書館にまで臨時講師が来るとは思わねぇだろ」
「そうだね、なんの用だったんだろう」
ロビンはグラムの言に、確かにそうだ、と首を傾げた。まさか、自分らにただ会いにきたという訳でもあるまい。この図書館は王国でも五本の指に入るほどの蔵書数を誇るため、教師も利用することがあるとは言うが、期末試験が近づいたこの時期においては基本的には学生のスペースである。
そういえば、カーミラのことだけは知っていたな、あの人。ロビンはそこについても不思議に思った。確かに、ジギルヴィッツ公爵家となると、王国で知らない者はいない名家である。しかし、見た目だけで、カーミラをカーミラであると見抜くことはできるだろうか。カーミラはその麗しい容貌から目立つとは言っても、その容貌とカーミラ・ジギルヴィッツという存在を簡単には紐付けることはできないはずだ。
いや、もう一つの可能性があった。他の教師からの情報だ。そう考えれば納得もできる。教師の中でもカーミラは成績優秀、才色兼備な優等生として有名な存在である。
「心配し過ぎか」
ロビンは、自身の不安を首を小さく振って振り払う。
ただ、ロビンはこの時完全に忘れてしまっていた。自分の洞察力と直感が警鐘を上げていた時、その予感は的中しうる可能性が非常に高いということに。
試験勉強って大変ですよね。
無事、アレクシアが学院の臨時講師となりました。
この後のアレクシアの動きに注目です。
読んでくださった方、ブックマークと評価、よければご感想等をお願いします。
励みになります。




