第十七話:それぞれの戦い(後編)
ロビンは目の前のにやにやしながら佇む騎士団長から、アリッサを後ろ手に庇い、そして睨みつける。こいつは、何度殺しても殺し足りない。今すぐにでも飛びかかりたい気持ちでいっぱいだった。だが、ダメだ。アリッサがいる。アリッサを放っておいて目の前の男と戦い出すわけにはいかない。ともすれば沸騰寸前のロビンの頭であったが、その程度のことに思い当たる程度には理性が残っていた。
アリッサは避難させなければいけない、でも目の前のこの憎き男は殺したい。そんなジレンマを抱えたロビンは、一つだけ両方を叶えられる方法を思いついた。
ロビンは後ろにいるアリッサに、自身の杖を渡す。その前に杖の利用者として、アリッサを登録することを忘れない。通常杖は他人に利用されるのを防ぐため、自身のマナを登録し、利用者を限定するものである。杖の利用者を追加するためには、一旦自身のマナを流し込み、杖を「利用者登録可能状態」にしてから、新たに登録する人間のマナを直接流し込む必要があった。だが、脳の強化と、この数ヶ月で鍛えられた驚異的なマナの操作能力を持つロビンにとっては、アリッサのマナを真似ることは容易であった。新たな利用者としてアリッサが正しく登録される。
「アリッサ。この杖には新型の転移術式が記憶されてる。場所をイメージするだけで転移できる魔術だ。キーコードは『転移』。大広間をイメージして、キーコードを言うだけでいい。できるね?」
「え? でも、ロビンは?」
「僕は……」
目の前の男に、並々ならぬ用事がある。そんなことを言おうとしたが、それはビリーによって遮られた。
「坊主は俺に用があるんだ。嬢ちゃん。坊主の策に乗って、逃してやるから、さっさと逃げな」
どうせ最期は全員死ぬんだけどな、とは言わなかった。だが、ロビンには後に続くであろうその言葉が如実に伝わった。させるものか。
「行って!」
「わ、わかった! 術式展開、キーコード、転移!」
青白い光を纏って、アリッサがその場から姿を消す。
「さぁて。坊主。会いたかっただろ? 俺も会いたかった。あの時の嬢ちゃんは一緒じゃねぇのか?」
「カーミラは、多分別の場所で誰かを守ってる。僕とは違う」
そう、ロビンとは違う。カーミラはこの学院全てを守りたいと、そう考えて動いているはずだ。だが彼は違う。ただただ、目の前のこの男を殺してやりたいという復讐心。それだけだ。
ごめん、カーミラ。やっぱり、約束はできなかったみたいだ。ロビンは心の中で、白銀の少女に謝る。どうにもならないのだ。目の前の男。この男のニヤケ面を見るだけで、ロビンの心は憎しみに侵食されてしまう。
脳の強化を続けていたおかげで、目から、耳から、鼻から、血液が滴り落ちる。だが、そんなことはもう関係ない。
「あああああああ!」
先に動いたのはロビンだった。
ロビンがビリーの首を捉え、そのまま牛の様な勢いで前に前に進む。ビリーはニヤニヤ笑ったままロビンを見つめていた。そのニヤケ面をぶん殴ってやりたい衝動を抱えながらも、ビリーを掴んだまま廊下を突っ走る。廊下の端までたどり着き、壁に騎士団長を叩きつける。
ロビンの膂力によって、壁に罅が入り、そして数秒掛けて壁が崩れ、二人は宙に躍り出た。
「ふぅん。まるで別人だ。なんだったか、男子三日会わざれば……なんちゃら、だったかな。坊主。一皮どころじゃねぇな。二皮も三皮も剥けたじゃねぇか」
自由落下しながらビリーが笑う。好敵手を見つけた。そんな微笑みだ。その笑顔に、ロビンは沸騰していた頭に、再度カッと血が昇るのを感じた。こんな人の良さげな笑顔で、こんな人好きのする笑顔で、この男はその笑顔を絶やさずに彼の師を殺したのだ。
同時に着地する。ここは学院の裏庭。そういえば、アレクシアとカーミラが殺し合ったのもここだった。沸騰する頭と、その一方で冷静に状況を観察するもうひとりの彼がぼんやりとそんなことを考える。
「さて、やるか」
「いわれ! なくても!」
ロビンが自身の身体につぎ込むマナを最大まで上げて拳を振りかぶる。マナの込めすぎなのだろうか、プチプチと筋肉の筋が切れるような音が鳴った気がした。
カーミラは貴族舎の玄関、その場所に躍り出た。勝敗はもはや着いてしまっていたらしい。学院の教師十名ほどが地に倒れ伏し、そして敵も同様に倒れ伏していた。その中にただ一人立っている男がいた。この男がそれだ。いっとう邪悪なマナの持ち主。格が違う。このほぼ全員が地に倒れ伏している状況の中、一人だけその場立っているのも納得であった。
カーミラが鉄仮面越しに、目の前の黒尽くめを睨みつける。
「あんた。人間じゃないわね」
「……ほう。一目で見破られたのは始めてだ。貴様も人間じゃあないらしいな」
男と言葉を交わしながらも、倒れている教師たちが生きているかどうかを確認する。マナの流れがかすかに感じられる。どうやら虫の息ではあるが、意識を失いつつもギリギリ生きてはいるらしい。その事実にほっと胸を撫で下ろす。
それと同時に、自身が全力を出せる舞台が整っていることを僥倖だと感じた。教師たちの治療は後回しだ。まずは目の前のこの男を打ち倒す。それが第一歩である。
鉄仮面を被っているため、誰も気づくことはできないが、カーミラの瞳がどす黒く染まり、そして更に白目まで黒く侵食されていく。
爪を伸ばす。翼を生やす。
「……吸血鬼か。王国の学院にまさか貴様のような存在がいるとはな。教師どももなかなかどうして一筋縄ではいかなかった。王国を舐めていたよ」
この作戦は失敗だな、とボソリと男が呟く。
「安心して。殺しはしないわ。私、人殺しはしないの」
その言葉に、男がぷっと吹き出す。肩を震わせて笑いをこらえようとしているが、遂にはこらえきれなかったようで大声で笑い出した。
「こ、この俺を、人、だというのか!? は、ははは」
「何がおかしいの?」
男が笑いながら覆面を取り払う。顕になった男の顔に、カーミラが驚きに目を見開いた。
その顔は醜悪そのものだった。大凡人間とは思えない。そう、どちらかといえば怪物に近い。そんな相貌だった。
「俺の名前はウィル・スワン。帝国の研究所で作られた合成生物だ。名前も知らぬ吸血鬼よ。貴様の様な化け物どもの数多の因子を身体に埋め込まれた、まさに化け物そのものだよ」
ウィルが爪を伸ばす、翼を生やす、それらは吸血鬼のものとよく似ていた。だが、所々に微妙な差異が存在していた。そして、最期に尻尾を生やした。鱗に覆われたいかにも頑強そうな尻尾だ。
「俺は人間じゃない。だから、貴様の言う『人殺し』にはならない。さぁ、殺せるものなら殺してくれ!」
ウィルがその鋭い爪を振りかぶって、カーミラに肉薄する。爪の鋭さはカーミラにまさるとも劣らず、そしてそれにまとわせた濃密なマナによって更に攻撃力を上げたそれが、まさに必殺の一撃となってカーミラを襲う。
カーミラが咄嗟にその爪撃を自身の爪によって弾き返す。だが、次の瞬間、ぶんと振り回された男の尻尾がカーミラの脇腹を強かに打ち据えた。
「ぐっ……」
数十歩ほど吹き飛ばされる形となったカーミラは、翼をうまくつかい、体勢をコントロールして、地面に両足で着地する。奴は!? 先程まで男がいた場所を見遣るが、男の姿はそこにはなかった。
「後ろだ」
背後から掛けられた声に、反応しきれず、男の爪による一撃を背中に受ける。
「いったっ!」
咄嗟に翼をはためかせ猛スピードで空中に躍り出る。
「『痛い』、か。一撃でその四肢を両断しようとしたのだがな」
地面に立ちすくみながら、ギラリとカーミラを睨むウィルが少しばかり悔しそうな顔を浮かべる。
「吸血鬼を舐めないことね。あんたがどれぐらいの化け物か知らないけどね」
ロドリゲス先生のほうが、よっぽど化け物じみてたわ、と付け加えた。
「ほう、俺よりも化け物、か」
「えぇ。そんでもって、綺麗で、かっこよくて、たまーに可愛くて、素敵な女性よ!」
カーミラが急降下し、爪を袈裟懸けに振る。男の爪で防がれ、鍔迫り合いとなる。双方の爪がキチキチと音を立て、火花が散る。その隙を見計らってウィルがまた尻尾をぶんと振り回し、カーミラを打擲せんとした。しかし、カーミラも一筋縄ではない。その攻撃を翼をはためかせて急上昇し、ひらりと躱しから、お返しとばかりに水銃の魔術で、黒尽くめを蜂の巣にしようとした。
だが、魔術は効果が薄いようだ。無数の水の弾が弾け飛び、霧となってウィルの身体を覆い隠す。一秒ほどで霧が晴れ、ダメージ一つ負っていない様子のウィルが姿を表した。
「貴様も怪物なら分かるだろう。魔術は効果が薄い」
「……分かってるわよ」
さてどうするか。カーミラは攻めあぐねていた。彼女は腐っても真の覚醒を経た吸血鬼だ。下からカーミラを見上げている男に殺される未来は全く想像つかない。だが一方で、この男を殺さずに戦闘不能にする未来も描けていないのだ。
「来ないのなら、こちらから行くぞ!」
ウィルが翼をバサリとはためかせて、猛スピードでカーミラに肉薄する。
爪による斬撃が、尻尾による打撃が、無数にカーミラを襲う。勿論カーミラも黙って受けているわけではない。その全てを爪で弾き返し、ギリギリのところで避け、そしてお返しとばかりに反撃する。
参った。勝負がつかない。殺す気で攻撃すれば、あっさりとはいかないが殺せてしまうだろう。だが、それはカーミラの主義に反している。
人殺しはしない。
一度だけ。そうビリーと闘った時だ。相手を殺してやりたい衝動に呑まれかけた。だが、それでも彼女のその信念は今も根強く心の中に一本の芯を打ち立てていた。
男の攻撃をいなし、躱し、弾きながら、カーミラは先程の彼の言葉をふと思い出した。「化け物どもの因子を身体に埋め込まれた」と言っていた。確かに目の前の男からは様々な人間ではない生き物の気配を身体のあちこちから感じ取れる。
だが、魂の在り様。それは人間そのものであった。真の吸血鬼としての覚醒を経たカーミラは、自身の魂が他の人間とは全く違うものとなっていることに気づいていた。一言でいうと、格が違う。「格が違う」という表現に思い至ったときは、あたかも自分が他の存在とは一線を画した、上位の存在であると、自分自身で宣言してしまったような気がして、恥ずかしくなったものだ。
そう。目の前の男の魂は人間なのだ。カーミラとは違う。
吸血鬼に変異させられた人間がどうして元に戻ることができないのか、カーミラは王国に戻って数日程でなんとなく悟っていた。例えば、馬に乗れなかった人間が、馬に乗れるようになったとしよう。では、数年馬に乗らなかったとして、その人間が馬に乗れない状態に戻るだろうか。恐らく戻らないだろう。一度経験し、できるようになったこと。それは例外はあれど体に染み付いて離れない。
魂も似たようなものだ。一度位を上げてしまうと、もとに戻すことはできない。
であればこそ。魂と彼の身体に埋め込まれた数々の化け物の因子が直接結びついていないからこそ、カーミラはその方法を思いついた。
イメージする。そう、イメージだ。
男の身体に埋め込まれている化け物の因子を無理やり引き剥がす、のは無理そうだ。そんなことをしたら下手したら死んでしまう。
だが、それらを一斉に機能停止させたら?
カーミラは得意のマルチタスクで、男との攻防を重ねながら、詳細なイメージを彼女の中心に形作っていく。
男の攻撃を全て捌き切ることはできない。カーミラが殺さないようにと手加減しているとは言え、実力は拮抗している。カーミラの身体には深くは無いが、無数の切り傷が刻まれていた。それに、今は思考の半分をイメージの構築に使っているのだ。必然的に捌ききれなかった攻撃をその身に受ける回数は増えていく。
ウィルも同様だ。致命傷には至らない、浅い傷が全身に刻まれていた。
数分だろうか。十数分だろうか。カーミラとウィルがぶつかり合い、鍔迫り合いし、そして離れ、肉薄し、お互い攻撃しあっていたのは。
そしてようやく完成した。イメージの構築。自身のなし得たい奇跡のその工程を。
「ねぇ、あんた」
攻撃の手を緩めずに、カーミラがボソリと男に話す。
「あんた、自分のこと、人間じゃないって言ったわよね」
「……俺は人間ではない。その様に生まれ、その様に育てられた」
その答えに、ふぅん、とカーミラが鼻を鳴らす。
イメージは構築済み。後は奇跡を起こすだけだ。溜めたマナを開放する。イメージを現実に反映させる。魔法。現人類が捨て去った技術そのもの。その余りあるマナをふんだんに利用した、まさに奇跡そのものである。
その奇跡が、他でもないウィルに襲いかかった。
「こ、これは!?」
男が自身の身体に発生した異変に驚きの声を上げる。翼が消える。爪がもとに戻る。尻尾が消える。その他にも、彼の膂力の元となっていた数々の因子がその働きを停止させていく。
翼が消えたことにより、男は空を飛べなくなり、自由落下を始める。数秒掛けて、学院の玄関前、そこの地面にどさりと身体を打ち付けた。
カーミラがゆっくりと男のそばに降り立つ。
「あんたを人間として認めなかったら……。人間じゃないって断じて殺してしまったら。なら、私も人間じゃなくなっちゃうわ」
でもね、と続ける。
「私を、人間だと、化け物じゃないと、そう言ってくれる人が確かにいるの」
その人に。ロビンに。ただただ、背を向けたくない。胸を張って生きていたい。
「それこそが、私が吸血鬼でありながら、人間であるってことなのよ」
決着は着いた。ウィルはもう闘う力を持たない。その無数の化け物の因子によって裏付けされた数々の能力と強力な膂力は、今や並の人間と同様である。
「だから、あんたは人間よ。それ以上でも以下でもない。例え化け物の因子とやらを身体中に埋め込まれていたとしてもね」
「……俺が……人間……か」
その醜悪な顔からはどうにも表情が伺いしれないが、カーミラは男はなんとなく泣いている、そんな気がした。
「はぁ、はぁ」
グラムが肩で息をしながら、目の前に倒れ伏す騎士達を見遣る。
作戦は成功だった。いきり立って追いかけてくる騎士達を細い廊下に誘い込む。二人以上で攻めようとすれば廊下の壁につっかえて、動きが取れなくなる。
頭に血が上った騎士達が、廊下の壁をぶち破るという方法に思い立つ、その瞬間までが勝負であった。
そして、見事グラムはその勝負に勝ったのであった。とはいえ、彼も満身創痍といえる状態ではあった。
「いつつ。やったぞ、俺。良く頑張った!」
痛む身体にむち打ちながら、騎士たちが起きても動けないように魔術で石畳の床を縄に変え、動けないように捕縛していく。
「よしっ」
身体は痛む。だが、グラムにはまだやることがあるのだ。そう、彼の目的は、ロビンを追いかけることである。
フラフラとする身体を、ともすれば倒れ込んでしまいそうな身体をなんとか支えながら、彼は走り出した。
「ロビン……。無事でいろよ!」
子供たちの戦い、その後編です。
ってか、カーミラチート。チート! ずるい! さすが、カーミラ、ずるいな!
真の吸血鬼として覚醒したカーミラに敵はいません。
アレクシアさんが生きていたとしても、今の彼女には敵わないでしょう。
そして、なんとかグラムが帝国騎士たちをやっつけました。
次回、次次回と続き、本作品は完結となります。
閑話を一つ書きましたが、蛇足になりそうなため、公開するかは迷い中です。
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