*平折の裏側 にゃーん①
閑話になります。
これは第3章-過去編、第78話『過去とおかえりと味噌』の裏側で、平折が何をしていたかという後書きSSをもとに書き直したものです。
いけない事だとはわかっている。
だけど平折は不安な気持ちを誤魔化せないでいた。
「……お邪魔します」
自分の義兄にあたる人物の部屋を、こっそり開ける。
彼は今、自分の友人でもある女の子――それもとびっきり可愛い憧れでもある南條凛と――自分の実父について調べると言っていた。
本音を言えば一緒に付いて行きたかった。
だけど過去のトラウマから、たとえ話だけだとしても、耳に入れるだけの勇気はなかった。
考えるだけでも身体が震えてくるのがわかる。
そうした不安に駆られた時、義兄の匂いや存在を感じられる部屋に忍ぶことは、実は今迄にも何度かあった。
それは最近にもあって、気が緩んでいるのか眠ってしまい、寝顔を見られたのは恥ずかしかったわけなのだが……
(甘えすぎ、だよね)
平折は内心そんな事を思う。
だけど、どうしても自分の中で感情がコントロールできないとき、こうして彼の部屋に忍び込み、その存在を感じ取ろうとする癖が出来ていた。
自分でも、見つかってしまう前に止めないと……などとは思っているのだが、その背徳感もまた、止められない原因の一つだった。
そんなダメさ加減に、平折は大きなため息を吐きつつも、この義兄の部屋の様子を伺った。
ベッドの上には、今朝脱ぎ捨てられたシャツがあるのを見つける。
昴が寝間着代わりに使用しているTシャツだ。
手に取ると少しばかり皺によれているが、彼の匂いを強烈に感じさせるものでもあった。
「まだ帰ってこないよね……?」
誰に確認するまでもなく、独り言ちる。
ふと魔が差し、ブレザーを脱いでブラウスの上から被ってみた。
(ふぁ、おっきい……)
身長が150cmと少ししかない平折と比べ、昴は175cmを少し超える。
元々大きいシャツだということもあるが、ブラウスの上からでも余裕でかぶれる程大きくて、なんだか義兄に包まれるような気分になり、ニヤニヤとだらしない顔になってしまう。
「にゃ~~っ!」
気持ちが高ぶってしまった平折は、そのままベッドに倒れ込み、ごろごろ転がった。スカートが捲れるのも気にせず、ばたばたと足を動かす。
ひとしきりバタ足の練習をこなしたあとは、幾分か冷静になり、なんだか急に恥ずかしくなってしまった。
――まだ帰ってこないと思うけど、こんな姿見つかるわけにはいかない。
平折は名残惜しくもシャツを脱ぐ。
名残惜しいのか自分の匂いが付いているのか、最後にすんすんとシャツを手に鼻を鳴らす。
その拍子に本棚の隅にある、とある本を見つけてしまった。
「『女子大生家庭教師のイケナイ個人授業』……………」
それは紙媒体の、紳士御用達の漫画であった。
豊満なスタイルの女性らしさが強調されたお姉さんが、煽情的なポーズで下着を見せている構図の表紙だ。
平折は知る由もないが、それは去年昴が康寅に無理矢理押し付けられ、忘れてそのままにされた漫画でもあった。
ぶっちゃけ、康寅の趣味である。
だけど、平折にはそうとは受け取れなかった。
「~~っ!」
涙目になった平折は、合掌のポーズでぐぐ~と力を入れる。それは思わずやってしまった、毎日欠かさずしているバストアップ体操のポーズだ。なるべく牛乳を摂取するようにしているのだが、残念だが今の所、一向に報われることはない。
それだけでなく最近昴の近くには、南條凛に有瀬陽乃という特級の美少女がいるのだ。
なんとなく、焦りに似たような気持ちがあった。
そして更に理不尽なことは、異母妹であるはずの有瀬陽乃は、自分より確実にカップ数が2つは大きそうなのである。
気落ちしそうになったが、嫌な気持ちを追い出す様に顔を振り、そして「よし」と頬を叩いて気合をいれる。
『古来より勝者とは胃袋を制した者のことだ』
何も女性らしさというのは、見た目だけではない。
即座に頭の中で冷蔵庫の中のモノを計算する。
昨日のカレーの残りに冷凍のひき肉があったはず。
ハンバーグなら、それほど自分でも失敗をしないはずだ。
――帰ってきたら、ご飯とお帰りの言葉で出迎えよう。
彼が褒めてくれる顔を想像するだけで、先程のイヤな思いは温かいものに上書きされていた。
そんな事を想像しながら、ウキウキ気分でキッチンに降りるのであった。












