*従姉襲来・起
番外編になります。
桜が咲くにはまだまだ先だが、梅の花なら見頃を迎えた3月初め。
銀杏並木の先、歴史ある巨大な講堂、その前にある大きな掲示板。
その前で、1人の少女が喜びの声を上げていた。
「う、受かったー!」
両手を挙げて小さくジャンプ、目には薄っすらと涙。全身でその嬉しさを表している。
そして周囲には、彼女と同じ様に歓喜の声を上げる人たちもおり、その一方で地面に手をついて悲嘆の涙を流しているものも居た。
この悲喜こもごもの受験戦争に於いて、彼女――春日真白は勝利者であった。
そして真白が喜んでいるのは、何も志望大学に合格したからだけじゃない。
(これで……これであの女子校から解放される!)
真白は高校からは女子校に、それも全寮制のところに入れられていた。
お転婆というには少々奔放過ぎる性格が矯正されるように、という両親の願いとは裏腹に、彼女にとっては猫を被り女の武器ともいうべきものを磨く場所でしかなかった。
元気の良さが見てとれる勝気な瞳、肩までかかる長めのボブカット、スラリとして引き締まった身体は、街を歩けば多くの人が振り返るであろう魅力がある。
事実、彼女は女子校という密閉された空間で、カースト上位に君臨していた。
もっとも、突っかかってくる奴に生来の負けん気から反撃して、なし崩し的になってしまったという理由であるが。
隙あらばマウントし、誰かの陰口。打算に塗れた人間関係。そんな群れがいくつも形成され、自分には関係ないと思っていても、動物園の檻からクソを投げつけるゴリラのように突っかかってくる。
それが真白にとっての女子校であり、真実ゴリラの園だった。
もうそこに通わなくてもいい――それが何より嬉しかったのだ。
浮かれた真白はスマホを取り出すと、とある人物に報告を兼ねて電話をかける。
「昴? 久しぶり。うん、わたしだ。真白お姉さんだ。受かった、合格した、だから近いうちに顔を出すからよろしく。拒否権? あはは、面白い事を言うなぁ、昴は」
一方的に用件だけを言って通話を切る。1つ年下の従弟に対して傍若無人に振舞うのはいつものことだ。通話相手もそれがわかっているので、今更特に何も言わない。
(昴、どうしてたかな……)
別に真白は従弟の昴を下僕や手下と思っているわけじゃない。
むしろ年上として、姉として、幼い頃に悲しい別れを経験してしまった年下の男の子を、ずうっと気に掛けてきたのである。
かつての言葉を、決して忘れられない言葉を思い出す。
『真白ちゃんはお姉さんだから。昴のこと、お願いね』
病院の個室。ベッドの上。痩せコケて見る影も無くなった母の妹に当たる人。真白の叔母。
母に連れられて何度もお見舞いに行き、その度に幼心ながら、命を燃やす尽くそうとしている人――そんな印象を受けた。
それでもと、一心に自分の息子へと愛情を注ぎ、その行く末を案じ、母としての強さを見せつける。
だから真白にとって、叔母から頼まれたお願いは特別だった。どうしても守るべき約定になった。
一方、叔母の子供、従弟に当たる男の子も特徴的だった。
見るたびに弱っていく――そんな叔母の姿をあるがままに受け入れて、見守って……そして結局最後の最期のお別れの時にまで泣かなかった。いや、泣けなかったのかもしれない。
――おかあさんがいなくなっちゃったのに、どうして泣きもしないの?!
泣き崩れるおじさんとはとても対照的で、だからどうしても真白は、それが気に入らなかった。
わかってる風なのが癇に障った。泣きもしないで達観しているところが気に入らなかった。そのくせ拳は痛いくらいに握りしめてている。
あぁ、こいつは馬鹿で不器用なんだ。
だから真白は突っかかって、バカみたいに理不尽なことを言いながら殴り掛かって、そして泣いた。泣けなかった男の子の代わりに泣いた。幼い昴に向かってあんたも泣きなさいよと言いながら、わんわん泣いた。
――自分はこの子のお姉さんだ。叔母さんからも頼まれたのだ。だから自分がしっかりと、この子が泣けるようになるまで支えなきゃいけないんだ。
真白は、そんな誓いを立てた。
お久しぶりです。
ホームセンターにいるロシアンブルーの女の子ですが、随分大きくなりました。
片手の上に乗るくらいだったのが、両手のてのひらに乗り切らないほどに。でも相変わらず私が顔を出したら首を傾げてにゃーんって鳴くんです。いやもうこれ尊死ぬ。にゃーん。
あ、新作始めました。












