*とある不動産エリアマネージャーの憂鬱
今回はかなり毛色の違う感じのモノを書いてみました。
本編とはほぼほぼ関係がない感じです。
私は大嶋。
アカツキ不動産のエリアマネージャーだ。
自分で言うのもあれだが、なかなかに良い出世コースを歩んでいる。
そんな私も家に帰れば、中学生の娘に煙たがれるのが悩みの、ただのお父さんだ。
他にも買ったばかりの車や家のローンもあるし、最近お小遣いが地味に減らされていたりと悩みは尽きない。
ともかく、愛する家族の為にもしっかりと働かなければ!
あ、だけど早く家に帰って妻と娘の顔も見たいな……
そんな事を考えながら、定時で帰宅しようとした時である。
難しい顔をした部長に呼び止められたのだ。
「接客、ですか?」
「あぁ、お嬢様の大事な友人をね」
「なるほど、お嬢様の……」
「これがその資料だ。粗相の無いようにな」
アカツキグループでお嬢様と言えば、創業者一族直系、現会長孫娘の南條凛様の事を指す。
私も何度か見たことがある。お嬢様然とした、背も高くスタイルも良い物凄い美少女だ。
まだ高校生とは言え、将来は経営者と参画する事が決定している。グループ内でのセレモニーなどにもちょくちょく顔を出しており、現段階での影響力も計り知れない。
そんなお嬢様の友人とは一体誰なのだろうか?
少なくともアカツキ不動産にとって、とても重要な顧客であることは確かだ。
資料として渡された封筒は、ズシリと重かった。それはもう物理的に。
……いやいやいや、なんかこれ重過ぎない? 何枚書類入ってんの? 本が1冊作れちゃわない?
しかし部長は困惑している私とは対照的に、脂汗がにじみ出るほど真剣な眼差しを向けてきていた。
「それは家に帰ってから開けたまえ。それと……まかり間違っても、広報の奴らに見られないように」
「は、はぁ……」
ポンと肩を叩き去っていく部長は、自分の進退がかかっているかのような真剣さと共に、どこか哀れむような表情をしていた。
それほど厄介な相手なんだろうか?
……
家に帰った私は、早速とばかりに封筒を開く。
厄介な相手だった。
思わず天を仰ぎ、目を瞑る。胃がキリキリと軋みを上げる。
「あら、あなたそれ写真集?」
「嘘っ?! お父さん、それ!」
「いや、その、これは……」
封筒には何枚かの書類と共に、最近発売されたという有瀬陽乃の写真集が入れられていた。
早速うちの娘が私の手からそれを取り上げ、食い入るように眺めている。
ははっ、娘が喜んでくれてお父さんも嬉しいよー。
……現実逃避はさておき。
どうやら接客だか接待だかしろというのは、彼女の事らしい。
部長が広報に見つからない様にと釘を刺したのもよくわかる。
有瀬陽乃は、アカツキグループ広報本部長の娘さんだ。
だというのに資料には一人暮らしをするための物件を、広報部に知られない様って、いったいどういう事なの?!
明らかに問題だらけの案件だ。
しかも資料に目を通していくと、有瀬広報本部長の周囲の人事もなんだか慌ただしいことになっている。
半数近くが専務派と常務派の名前が軒を連ね、あれこれ社内権力闘争の舞台になってませんか?!
「お父さん、これどうしたの?! 貰って良いの?!」
「あ、あぁ、いいぞ」
「まぁまぁ」
胃痛に耐えてしかめっ面をする私に、満面の笑顔を浮かべる娘……対称的な顔だった。それを妻が微笑ましい表情で見ている。
……これは尻込みなんてしていられない。
私は一家の大黒柱なのだ。愛する家族の生活を守るためにも、お父さん頑張っちゃうぞー!
◇◇◇
有瀬陽乃は若者たちに人気の売れっ子モデルだ。私の娘もファンである。
そんな彼女が店に訪れてた時は変装していたが、それを解いた瞬間息を飲んでしまった。バックヤードからも騒めく声が上がる。
社員たちは興味津々だったが、有名人とはいえ、あくまで相手はお客様だ。
皆の教育が行き届いていることに、誇らしくもあった。
しかし――
「なに、緊張してるの?」
「悪いかよ、こういうの初めてなんだ」
「へぇ……ふぅん?」
「……なんだよ」
「……」
その隣の男子高生は誰?!
社員の人達も、物凄い目で見てるんだけど?!
しかも随分仲が良さそうですね?!
そんな相手と店に同伴して部屋を探すって……いやいやいやいやいや!!
有瀬陽乃に恋人がいるなんて聞いたことは無い。
もしそんなことが世間に知られたら物凄いスキャンダルになるし、そもそも有瀬広報本部長がそれを許すとは思えない。
あ、もしかしてこれ、周囲に知られたらダメな奴ですか?
……
ま、まずは目の前の仕事の事だ。
グループ内の権力争いはさほど興味はないが、彼女をきちんと案内できるかどうかは私の出世にも関わってくる。
案内するのは学園前郊外にある高級タワーマンションだ。
お嬢様も現在そちらを一人暮らしで利用しており、友人だというならこれ以上の物件はないだろう。もちろん、セキュリティの面も申し分ない。
自信をもってお勧めできるだけあって、有瀬陽乃も非常に喜んでくれている様だった。
どこになにを置こうかとはしゃぐ様子は、年相応の女の子に見える。
うんうん、物件を案内するという私の仕事は、きちんとこなす事が出来そ――
「この部屋ならおねぇちゃんと住んでも十分な広さだよね。おねぇちゃんに声を掛けたら何て言うかなぁ?」
「おいおい、平折の他の家族はどうするんだよ」
えっ?! 姉っ?! 有瀬広報本部長に隠し子?!
なんかすごく複雑な事情?! いや、その、落ち込まないで?!
あわ、あわわわわわわ……今もしかして凄い事聞いちゃってる?!
何か……何か言わないと……っ!
「あの、部屋はお気に召しませんでしたでしょうか?」
「いえ、そんなことないです! 凄く良いお部屋です!」
ち、ちがーう!
ないわー、我ながら今の台詞はないわー。
しかも明らかにこちらの方が気を使われてしまったわー。
痛い……胃も心も色々と痛い……っ!
少年っ! 彼女を慰めて! その調子で慰め……って、ちょっとうん、すごく大胆、ですね?
こんなところで頭を撫でてその……凄く仲が良いというか……一応ここ、マンションの廊下ですよ? 誰かに見つかる前に人目を気にした方が――
「何を……どういう、ことかしら?」
「っ?!」
「りん……?」
あれ、どこかで見た様な子が……
……
ひ、ひぃっ?! お、お嬢様?!
ちょっとぉ! よりにもよってお嬢様に見つかってるんですけどぉおぉ?!
あとお嬢様、その反応はちょっと……え、あれ……もしかしてその……あの少年に惚れて……?
ははぁん、なるほどぉ。これは青春だね!
訳ありの友人に部屋を紹介しようと様子を見に来たら、その友人が自分の好きな男と一緒にいちゃついてたってとこかな?!
「……っ!」
「凛っ!」
「待って!」
ちょっとぉおおぉおお! お嬢様が駆け出したんだけどおぉおぉ?!
いやそれはね、ショックだろうね?!
居た堪れなくなってどっか行っちゃうよね?!
っていうかですよ、もしかして、お嬢様に想い人がいるだとか、修羅場になっているとかアカツキグループ内でも物凄い秘事なんじゃ……?!
いやぁああぁぁあぁぁっ!!
こんなの私の手に余っちゃうううぅうぅ……
「……おねぇちゃんも大変だぁ」
有瀬陽乃さん? 私も十分大変なんですけどぉ!!
「あ、他にも部屋あるのかな? 案内してもらっていい?」
「っ! はい、こちらにどうぞ」
「さっきの事は内緒でお願いね?」
「もちろんでございます」
……
私は大嶋。
アカツキ不動産のエリアマネージャーだ。
この仕事に誇りを持っている。
だけど明日、心労で有給取れないかなぁ……?
今回で閑章一旦終わり。
次回から本編再会します。
後書きss凛のにゃーんなど残りは次回の閑章に持ち越します。悪しからず。












