裏と表の反応
華々しい騎士達が敵を粉砕して勝利する……というのがスート騎士国の戦争方針だ。
その勝利のため二等国民で構成されている偵察隊が、中央国を名乗る者達の占領領域に突入した。
(な、なんだこりゃ⁉)
三十代半ばで細身。
白髪が多く混じった金髪碧眼の男性、ボーガードの視界は悍ましいの一言だ。
(デカいミミズと肉の触手がのたうってるぞ!)
田畑がある場所は人間よりも大きそうなミミズが掘り返し、その端を肉の触手が蠢いているなど、物質界ではまずあり得ない。
考えられるとすれば、魔界や地獄といった場所から暗黒の生物が入り込み、田畑を荒らしている可能性だが……それにしては妙だ。
(どうして村人は逃げてないんだ?)
ボーガードが遠くから見たところ、村人と思わしき人々は逃げておらず、寧ろ興味深そうに巨大ミミズや触手を観察していた。
(偵察は必要か……)
二等国民として扱われ、虐げられているボーガードに国家への愛国心はない。しかしそれでも仕事は仕事で、彼は恐れの感情を抱いたまま村に接近して事情を聴くことにした。
「な、なあ。川を二つ渡ったところに親戚がいるんだが、この辺りは今どうなってんだ?」
「うん? 新しい神様が食料を運んでくれてるから、その親戚も心配する必要はないと思うぞ」
「新しい神様……食料……あ、あのミミズとか触手みたいなのは?」
「なんでも田畑に栄養を分泌? がどうのこうの。よく分からんが実りが良くなるらしい」
「大事な田畑だろ? そ、それでいいのか?」
「まあ俺らもそう思いはしたけど、このままじゃ食えないことには変わりがねえからなあ……神様を信じるしかないんだわ」
村人は普通で奇妙な肉塊に覆われていたり、ゾンビが喋っている訳ではなかったが、感性は国家のせいで破綻していた。
命に等しい田畑を怪物が蠢いているのに、作物が自分達の口に入らないと達観している彼らは受け入れているなどまずあり得ないだろう。
「それにまあ、マテオさん……って言っても分からないかな? 俺らを支援してくれてる人も関わってるから、酷いことにはならんだろ」
「……」
村人の言葉にボーガードは何も言えなくなった。
いきなり現れた神が善意でそんなことをするはずがない。善意に見せかけた支配の一環だ。お前達のそれは希望ではなく願望である。
そう言うのは容易いが、現実問題として使い潰される寸前の農民から、じゃあスート騎士国に従っていたら今すぐ生活が改善されるのか? と反論されれば答えられない。
「……教えてくれてありがとう。俺は親戚を確認しに行くよ」
軍では二等。もしくは二級国民としてしか呼ばれないボーガードは農民たちの考えを十分理解して、それ以上話すことなく去っていった。
◆
裏方だけではなく公の方も見る必要がある。
四十代程で軽くはないが重くもない丁度いい位置にいる貴族、エルモアを乗せた馬車が使者を名乗る異形、布告官の後を付いていく。
(なぜ私がこんな目に!)
昼夜を問わないような強行軍で、茶色のカールした髪が乱れ、これまたブラウンの瞳が動揺で揺れていた。
中肉中背で武に偏っている訳でも、文に精通している訳でもない彼は、言ってしまえば生贄に最適で、使者として派遣される羽目になった。
これは正式な使者が訪れたのだからその返礼に……というありきたりなものではなく、本当に相手が交渉可能なのか。目的を聞けるのか。という捨て石だ。
ただこの人物、確かに国内の貴族社会では被害者の立場に変じたが、模範的なスート騎士国の貴族らしく民を虐げており、善良で真面目という言葉には程遠かった。
「ひっ⁉」
一応の護衛として派遣されている者が馬上で悲鳴を上げる。
丘を超えるといたのだ。
二万から三万の異形が騒ぐことも、雄叫びを上げることもなく、粛々と行軍していた。
進軍する。進軍する。
最早揺れに揺れて機能していない天秤を叩き壊すため、外からやって来た害悪なる軍勢が蠢いていた。
「使者殿をお連れした! 道を開けられたし!」
まだ距離があるのに布告官が轟くような声を発すると、異形の軍が僅かに動いて道を作る。
蠢く者達の中でも最古参かつ、高度な自由意思に加え発声まで出来る布告官の持つ権限はかなりのものだ。
「し、使者殿! あそこに入ると⁉」
「如何にもその通り。貴殿らが使者としての役目を全うする限り、この身が全てを捨てても安全を保証する!」
怯える騎士達に布告官が嘘偽りなく宣言する。
ただ、念のために告げられた補足。つまり使者としての役目を全うする限りという文言が存在するのは、不変との争いの最中に使者という名の暗殺者が、布告官の主に襲い掛かってきたことが多々あるためである。
(そんなことを言われても!)
当然ながら騎士達は心の中で悲鳴と弱音を漏らす。
この世のものではない軍勢の中を突っ切り、その親玉と会うのは自殺行為に等しく、可能ならば丘から叫んで意思疎通をしたいほどだ。
しかし敵の親玉はよく分かりませんでした。直接会ってもいません。何を考えているんでしょうね? などとふざけた報告をすれば国での死を意味するため、エルモアたちは仕方なく異形の軍勢の中を通るしかなかった。
そして……。
軍勢の中に進んだのに何も、誰も見てこなかった。
これが悪魔なら嗜虐的な笑みを浮かべただろう。嘲っただろう。
だが全てが一切合切の興味を持たず、単なる物体が通っている以上の認識を持っていなかった。
それがなによりも。心底。これ以上なく恐ろしかった。
いっそ威嚇するように吠えてくれたり、人を食べ物と認識して食欲にぎらついた瞳を見せてくれれば、そういう生物なのだと認識して納得できたのにそれすらなかった。
(人⁉)
そんな使者の一行は予想外の光景を目にする。
異形の軍勢の中にぽつぽつと、明らかな人種が紛れ込んで使者たちに視線を向けているではないか。
悪魔の軍勢そのものだと思っていたエルモアはこの事態に酷く混乱して、自国を進軍している者達の正体を掴み損ねた。
「ロザリンド殿、使者の一行をお連れした」
「お勤めご苦労様です」
「っ⁉」
極めつけが現れた。
軍勢の中心に近づいた布告官が報告した人物は、ある程度の地位で好き勝手していたエルモアが、宮殿でも見たことがない美女で、使者の一行は今現在いる場所を忘れて突っ立ってしまう。
(ゆ、ゆ、誘惑の悪魔、もしくはサキュバスか⁉)
男なら誰もが意識を向けて、そのまま言いなりになってしまいそうな美女に、エルモアは自身の常識で推論を組み立てる。
異形の軍勢の中で絶世の美女がいるとすれば、それは男を誑かすことに特化した存在で、やはり南側の混沌勢力が関与しているに違いないというものだ。
「では使者殿、こちらへどうぞ」
「う、うむっ」
そう思っていながら、美女に声を掛けられたなら背筋を正してしまうのは男の悲しい習性か。
女の内面を知らなくても、外面が美しければそちらが優先される種は、言われるがままに促されて地獄へ辿り着いた。
軍勢の中心。
画一的ではなく妙に個性がある異形と、人種に囲まれた最重要区。
「使者……か。よく来た」
使者が来たのはかなり予想外だったのが、ありありと分かる口調で呟く怪物。
高くもないが低すぎはしない男の声、ひとつひとつがエルモアたちの膝を震わせる。
干からびた体に似合わぬ清廉な布を纏っている姿は、冥界の主のような外見で、魔王が地獄から軍勢を引き連れてやって来たと言われれば、エルモアたちはそのまま信じたに違いない。
「中央国の王、シュウイチを名乗らせてもらっている」
「ス、ス、スート騎士国の使者、エルモアにございます」
「用件を聞こう」
エルモアたちは知る由もないが、かなり荒魂や戦神の側面を覗かせている神が、場を和ませるような配慮もなく淡々と言葉を発し、使者として訪れた彼らの用件を尋ねる。
「わ、我らスート騎士国の領土に軍を進ませるのは、い、如何なる理由があってのことでしょうか」
本来は侵略された国の代表として、罵詈雑言を浴びせてもいい立場のエルモアが慎重に言葉を選ぶ。
もしこの異形に囲まれた状況下で、侵略者め死ね! と叫ぶことが出来るなら、中々に気骨がある奴。スート騎士国、侮るべからず。として周囲の人間に認識されただろうが、そんなことは不可能である。
「布告官が宣戦布告した通りだが、例えばの話をしよう。高い高い梯子の上で、国どころか善意ある者達全ての安全のために作業して、尽力している者がいる。そして地上では梯子を支えるために、数十人の人間が歯を食いしばっているのに、大勢いるのだから一人くらいなら引きはがして、金銭を奪ってもいいだろう……と実行寸前。いや、もう既に服を掴んで、懐を漁っている者がいれば、使者殿ならどうするかな?」
「え、あー、それは……」
異形から飛び出してきた例え話が、人類防衛線にちょっかいを掛けようとしているスート騎士国なことなのは明らかだ。
しかし布告官もそうだが、見るのも躊躇うようなミイラの怪物が、あまりにも常識的なことを言うせいで、エルモアは口ごもってしまう。
「ま、まずは正式な抗議と言いますか……」
「そうとも。普通ならそれが正しいだろう。しかし使者殿には悪いが、あまりにも時間が無いし、貴国は約束を守るタイプにも見えない。余所の身ぐるみを剝いでも、後方拠点地としての重要性から、なあなあで済ませられると思っている相手と、お茶を飲むような根気が俺にはない」
エルモアは苦し紛れで発した言葉の返答に、酷い悪寒を感じた。
彼がここにいるのは、一応ながらも使者を派遣して戦争の形式を整えた相手なのだから、なにかしらの交渉や戦争中の取り決めが出来る可能性があると思われたためだ。
しかし、である。
(ち、違うのではないか? ひょ、ひょっとして、本当に形式通りの宣戦布告をしただけで、こちらの反応など大して気にしてないのでは⁉)
エルモアの悪寒が更に酷くなった。
干からびた怪物は持っていた知識。もしくは世間一般の常識を模倣しただけで、宣戦布告は外交の延長や交渉としての取っ掛かりを得るためのものではない。そうエルモアは考えてしまった。
「使者殿、他にはないかな?」
問われたエルモアは、相手がスート騎士国に価値があるから攻めているのではなく、邪魔だから排除していることを察し、震えることしか出来なかった。
それから少し。
猛り荒ぶる戦神が腕を組む。
全員が苦労しているのではない。やろうと思えば国全体に再分配できるのに独占している。それどころかキツネや獣と称して人を追いかける始末だ。
単に虐げていい者から献上させているだけとしか認識していないなら、最も醜い破壊神としてのそれらを灰にして再誕の土壌を整えなければならない。
「国家が我が身可愛さとアホみたいな伝統で、骨と皮だけになった子達を生み出し続けるなら潔く滅べ」
宇宙に悪名を轟かせ、不変の神々では全く理解できない価値観で爆走する狂神は、逃げ去る使者の一団が遠く離れた後、ぽつりと呟いた。
態々宣戦布告をしたのも。
うろちょろしている偵察を全く気にしていないのも。
布告官が使者を引き連れて本陣の場所を教えたのも。
エルモアの危機感を煽ったのも。
「十九手待ってくれい!」
「二十待ったから進歩してる⁉」
シュウイチが敢えて詰んでいる盤面から始めている老人と、大浴場で雑談した結果だ。
いちいち都市戦など面倒極まりなく、残される民の生活環境を維持する必要もある。ならばこそ、纏めて出てきた騎士団と支配階級を野戦にて撃滅するのだ。
◆
とある荒魂
‐定命のために祈りを聞き届け、定命のために身を削り、定命のために這いつくばり、定命のために駆けまわる。それのどこが神だ? 貴様こそがこの世で最も醜悪なる者だ。その指先にも羞恥心はないのか? 情けないとは思わないのか?‐
‐子供の持ってるもんをちらりと見たら、なりたい職業の一位も二位も三位も、生きたい。だった時の俺の気持ちが分かるか? 分からないなら死ね。今、すぐ、ここで!‐
‐狂神め!‐
有機物の精神を絶やそうとした神と、醜悪王と名乗る前の壊れ果てた狂神が激突する直前の会話。
どのあたりが駄目だったか自己分析したいので、一旦スート騎士国で区切る予定です。
リーア聖国編に突入するときは改善して盛り上げたい……。




