13話 歓楽街警備に同行したい
一時間後。
ぺたぺたとスリッパを鳴らしてクロエは食堂に入った。格好は相変わらずのローブ姿だ。
「お湯加減はどうでしたか?」
「よかった」
アイザックはほっとしたように笑う。
「今日はいつもよりお戻りが早かったので、熱すぎたかなと思ったのですが」
実際はそうなのだが、別に「熱い!」というほどではない。
椅子をひいてもらって座り、ワインを飲んでいる間に運ばれてくる料理を見て、白ワインの理由に気づいた。
(今日は魚だ)
ポタージュ。カリフラワーとにんじんのサラダ。鯛のポワレにはレモンとクレソンが添えられていて、彩がとても良い。
(業者は来なかったというが……随分いきがいいな)
皮目がぱりりと焼かれているだけではなく、白い身もぷりんとよく張っている。
「ヨハンナさんが来るときに魚屋をのぞいたらしいんです。いい鯛があったので持ってきてくださいました」
業者は来なかったが、新鮮なのはそういった理由らしい。
「ではいただこう」
アイザックが着席するのを見計らい、クロエは言った。
スプーンをポタージュにくぐらせる。とろりとしたこの流れがすばらしい。口に運ぶともったりと舌に乗る。よく濾されたじゃがいも。甘みは刻んだたまねぎらしい。優しいあまさを引き立てるのは絶妙な加減の塩。
塩。これだよ、とクロエは思う。
いつもこの塩加減にてこずる。
多すぎて水を増やしたり、少なすぎて物足りない気になるのだ。
「この塩加減はどうやって決めるのだ?」
「はかりますが……」
だよな、と思った。
自分は目分量だからだめなのだ……。
フォークをとり、カリフラワーに刺す。硬くもなく柔らかすぎず。口に放り込むと予想外だった。酸っぱかったのだ。
「マリネだ」
ついうれしくなる。
にんじんと一緒だったのでてっきり茹でてグラッセ風になっているのかと思っていた。
あの甘いにんじんがどうにもクロエは苦手だ。
「グラッセはお好きではないようだったので」
「うむ」
うなずいて黙々とフォークを動かし、ワインを飲んだら視線に気づいて動きを止めた。
グラスを唇につけたまま向かいを見ると。
アイザックが微笑んでいる。
「なんだ」
「いえ。だんだんとあなたの表情がわかるようになってきました」
「私の?」
グラスを置き、フォークを取る。
「よく無表情だといわれる」
「の、ように見えます」
「スネークアイと呼ばれていることも知っている」
「なんと」
「だが別にかまわん。これが私だ」
「それでいいと思います」
「そうか」
「いま、にんじんが甘くなくてよかったと思ったでしょう?」
「そうだな」
「わかってよかったです」
変な奴、と自分のことは棚に上げてクロエはナイフを使って鯛のポワレを口に入れる。
「うまい」
焼き加減。
クロエがやれば、焦げるか生かのふたつにひとつであるのに。
なぜこんなに口にいれればほどけるのに、身に弾力が残るのだ。
なにかハーブを使っているのだろうか。まったく生臭くなく、またレモンの酸味がいいアクセントになっている。
無心でナイフとフォークを動かしていると、満足そうな顔でアイザックが自分を見ていて、それからゆっくりと食事に戻った。
「あ、そうだ」
ひととおり食べ終わり、ワインを飲んでからふとクロエは思い出した。
王太子ミハエルが押し付けてきた業務のことだ。
「数日後になるとおもうが、夜勤が始まる。そうなると食事は不定期になるから、なにか簡単につまめそうなものを頼めるか?」
「それは問題ありませんが……。大変ですね。夜間での戦闘訓練かなにかですか?」
同じようにワイングラスを揺らしていたアイザックが尋ねる。
「いや、王太子命令で歓楽街を警備せよ、と」
「……朱紅隊が?」
「言いたいことはわかる。私もさんざん伝えた」
「ということは、それぐらいの異変が起こっているということですね」
「まあ……そうだな」
ああ、そうか。いくら情報統制をしても結局朱紅隊が出て行けば「なにか異変が起こっている」とわかってしまう。
(王太子はその辺わかっているのだろうか)
むっつりとした顔でワインを口に含むと、アイザックが決然とした顔で言った。
「ぼくもそこに同行してはいけませんか?」




