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Endless Sphere Online  作者: てんぞー
二章 帝国-血戦編
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六十二話 絶望の先

「おおおおオオオオォォォ―――」


 咆哮と共に瞬間移動した姿が拳を振り下ろす。一切の優雅さを投げ捨てた本気、決死の振り下ろし、それは野獣のような咆哮を響かせながら爆炎を生み出す。一瞬で拳を振り下ろした空間を煉獄が満たし、そして天井と床を貫通する様に一瞬で融解させる。その熱量が生み出す破壊は人体には絶対に耐えられないものだった。故にそこに人がいたとして、天井や床の様に一瞬で融解し、滅ぶのが必然の道理である筈だ。そう、人間という生き物は丈夫に作られていない。頭に鉢植えを落とされただけで死ぬ事さえある程脆い生き物なのに、融解させられるような熱量に耐えられるはずもない。


 味方を気にする事無く放たれたそれは炎の申し子と呼ばれる属性過多の存在だからこそ許された絶対燃焼領域の一撃。どんな存在であれ、蒸発するか、融解するか、或いは焼死する。そういう運命を相手に叩きつける地獄の煉獄、それが玉座の間を蹂躙する様に放たれた。逃げ場はない。逃げようともしない。故にこれで即死する筈。


 そういう幻想を抱く事は許されなかった。


 その男は歓喜の笑みを浮かべながら上半身に纏う衣服を暴風と熱に揺らして、正面から殴る事で超燃焼の炎を自分から弾いていた。デタラメに思えるその動きだが、その動作には精密に制御された魔術と、そして膨大な魔力、生命力が注ぎ込まれている。腕を振るう、それだけの動作に温度調整、酸素供給、風速調整、運気操作、ベクトル操作、風水、相殺魔術、召喚魔術、武術、様々な要素が詰め込まれている。それを片手で、殴り飛ばす様に、真剣、だが一切の歓喜を隠す事もなく”意識的に”行っていた。


 処理する情報量だけで通常の人間であれば一瞬で脳をパンクさせる、それを笑いながらやり遂げる男の姿は悪魔的としか表現のしようがない。一撃、たった一撃の拳で人間が耐える事のない熱量を正面から砕き、そして拡散させる。砕いたとはいえ、熱量が減る訳ではない。その余波で周りの空間が溶けて行き、完全に玉座の間が崩壊する。だがそんな形式に男は縋らないし、気にもしない。そもそも帝国という形は扱いやすいからそうしているだけであって、執着があるわけではない。


 皇帝であろうと、なかろうと、そんな事は関係ない。


 男は己の渇望を燃やし続けるには己であり続ければ良い。それだけで生きて行ける。


 故に歓喜の笑い声で殺意を祝福しながら正面から打ち砕く。良いぞ、貴様。本気で命を狙っている。本気で命を狙ってくれている。解っている、その先の未知の幸福が欲しいのであろう。誰もが絶望し、挑む前に諦めている。参加していながら本当は可能性はないなんて思っている。それを戯言だって切って捨てる精神力をお前は持っている。やはり素晴らしい。その精神は黄金に輝いている。お前は魔王に立ち向かう勇者の心を持っている。素晴らしい、賞賛させてくれ。全力を出してくれ、それを歓迎し、私も力を振るおう。それこそが魔王と勇者の関係ではないだろうか。


 むちゃくちゃな理論を男は展開し、笑顔と共に常識を打ち砕く。


 魔王的。帝国の皇帝、彼を表現するにはそのような言葉しか存在しない。


 実際、彼は人の敵でありたいと願った。


 何せ、人間とは”忘れる”生き物だからだ。


「あぁ、嬉しいなぁ、楽しいなぁ―――」


「独りぼっちで気持ちよくなって勝手に逝ってろォ―――!!」


 炎を砕いて生みでた安地を、道を、そこを通る様に赤毛の女傑が拳のみで突貫して来る。その動きの全てが高いレベルで洗練されており、かつてない程の命の窮地に対して闘争本能と、そして眠っていた天賦の才が全力で肉体を、彼女を生かそうと働く。窮地でこそ閃き、覚醒し、そして無限に成長し続ける。それこそが天賦の才を得た者の理不尽さ。それを女は両の拳に、そして体全体に力をみなぎらせるように発揮し、一直線に、虚無を蹴って突き進む。空中という何もない空間で虚無を蹴る事で加速しつつ、かつてない程に力を引き出しつつ、それを正面から叩き込む。


 それを男は馬鹿正直に避ける事もなく、両腕を交差させるようにしてガードを取った。勿論、ガードした程度で勢いが消える訳がない。故に衝撃のまま、男は吹き飛ばされる。瓦礫を粉砕し、貫通し、そして床を砕きながら更に下へと着地する。その体にダメージはほぼ存在しないと言っても良い。生物としてのスペックが違いすぎるからだ。次元の違う強さと言っても良い。たとえ一番低い能力を取ったとしても、それは彼の最強の護衛の一番高い能力、それよりも高い。


 そもそもその護衛が動いていないことこそが最大の答えだ。動くな、干渉するなと命令されている事も確かにある。


 だがたとえ、目の前の女たちが本気で攻撃を繰り出そうとも、それは”絶対”に命を脅かす領域に立つ事はない。それは真理であり、真実であり、そして絶対の運命だった。偶然が重なり続けて成長を続けたとしても、この場で男に驚く程の成長を得る事は不可能だった。


 未来は闇に閉ざされている。


 偶然はありえない。


 だからと言って諦める程出来の良い人間ではない。そんな人間だからこそ皇帝は、男は祝福する。彼はただ単純に人々を、民を心の底から愛している。それは国境という垣根を超えても適応されるし、敵であろうと関係なく愛している。ただ嘆くべき事は、人々が幸福という事を忘れる事にある。人は忘れる生き物である。生きる事で忘れながら前へと進んでいる。贅沢をすればするほど、昔感じていた僅かな幸福を忘れてしまう。なんと嘆かわしい事だろうか。誰かが思いださせないといけない。苦境の中にある小さな幸せを。


 ―――そんな事どうでもいいから楽しんで殴っているというのが現実だが。


 信念がある。信じている事がある。思う事がある。狂気に近い願いを抱いている。いや、狂気を食い散らす願いを抱き殺した。それだけ強く、歪んだ、美しくも邪悪な心を抱いている。ただそれでも、ノリで、或いはその場の気分で即座にそれを捨て、好き勝手やってしまうのは強者にしか許されない特権だ。それを男は振るっている。今までそれを振るう事もできなかっただけに、誰よりも、何よりも楽しそうにその理論を振るい、


「では貰っていてばかりでは不公平だからな、私も少々この愛を返すとするか」


 そう言って振るわれた拳にはやはり、人智の限りが注ぎこまれている―――三桁。その体に宿っている能力、それを数値化した場合、それは三桁になる。それが人智の限りを尽くした一撃として放たれる。触れれば必滅は理解しなくても解ってしまう。矛盾をはらんでいるようで、そうではない。逸脱しきった、怪物の様な存在、その攻撃を受けてしまえば一撃で全てが終了してしまう。概念や魔術とかではなく、純粋な、生物としてのスペックの差での問題だ。


 象が蟻を殺すのに特殊な力はいらない。


 それと同じ話だ。


 喰らったら死ぬという事実に無駄な言葉はいらない。


 ガードや透過は一切意味がない。その為、二人の女が必死に回避動作に入る。独りは転移し、もう一人は空を蹴って体を飛ばす。そうやって全力で拳の軌道から逃れるのと同時に、その背後の空間が完全粉砕され、空へと至る風穴が形成される。回避した女二人の代わりに、戦う能力のない男が―――エドガーが持っていた銃を構え、そして皇帝へ、父へと放つ。それを受けようとする事はなく、わざと回避する。皇帝の技量であれば避ける事無く弾丸を掴みとれただろう、だがここまで事態を進めたことに対する敬意を皇帝は息子に抱いていた。


 故に脅威に対して取る行動であるように、攻撃を回避した。


 それが二人の女に動く時間を与えた。


「逝けェェェェ―――!」


 皇帝の横へと出現した炎の申し子―――キャロライナが生命力を、寿命そのものを燃料として燃焼させながら炎を燃え上がらせ、真横から攻撃を、その先の空間全てを焼き払う様に攻撃を放つ。それを皇帝がスウェイとバックステップを織り交ぜた動きで回避しつつ、炎の放たれていない横の空間へと回り込み、瞬間その背後に出現した拳の女傑が―――リーザが無拍子で拳を叩き込む。殺意を込めておきながら気配を殺した必殺の拳、それを回し蹴りが受け流す様に拳を叩く。タイミング的には不可能な瞬間だ。


 だが早い。


 タイミング的に対応が不可能だろうと、それを対応可能にしてしまうだけの能力が皇帝には存在する。キャロライナとリーザが等速の世界で動いているなら、皇帝だけは二倍速、或いは三倍速の世界で生きている。意識して動けば、戦えば一手挟んでいる内に三手挟める様になっている。それだけじゃなく、武術そのものでさえ凄まじいレベルで修練されている為、対応の見切りに無駄が一切存在しない。


 隙も死角もない。


 それが皇族(怪物)という一族。生まれながらにして天賦を約束された覇者。その中でも特に戦うという事に対して才能を与えられた存在。狂気の願いによって届かぬ領域に至った支配者の姿。


 リーザとキャロライナが呼吸を合わせ、拳と炎を芸術の様に合わせ、連撃を重ねて行く。大味の様に見える炎の中に、逃げ道を作り、そこを通してリーザが切り込んで行く。その熱はじりじりと肌を焦がして行くが、それしかない通り道である為、一直線に、我が身を厭う事無く突き進み、拳を叩き入れて行く。必殺の連携、連撃、命を削って放つ技の数々。


 ―――掠りすらしない。


 魂を込めれば、命を賭ければ、受け継いだ技を、覚醒すれば今までやってきた事をやれば。そんな理論で絶望は覆せない。リーザが懸命に拳を振るう。キャロライナが命を炎に変えて燃焼させる。戦う事の出来ないエドガーも援護射撃を行っている。その全てに対応しつつ、ほとんどダメージらしいダメージを受ける事無く、皇帝は健在だった。倒せるという言葉が見つからない。皇帝を打破する未来が見えない。


 それでもなお、懸命に、戦う姿は心を打つ。見えない闇の先へと突き進む姿は光り輝いて見えるのだ。無理、無茶、無謀、そう評価できる行動であろうと、それを笑う事ができない。何時の時代だって一人の”先導者”が人々の前に立って、闇を切り開いてきたのだから。不可能と言われる偉業を成して、そして未来を生み出してきた。それを目前にしているのかもしれない。今迄は決して見る事もなかった光景に、少年の様に心を皇帝は躍らせる。


「あぁ、感謝の言葉を伝えよう。私はこの時を思い出すだけで生きて行ける」


「ざ、けんな……!」


「ここで滅んで行け皇帝ィ!」


「もうこの親父嫌だ……」


 思い思いの言葉を吐きだしつつ、純度の上がった炎が青白く燃え上がり、酸素を一気に燃焼させるように周囲を炎で満たす。その空間の中を皇帝とリーザが生命力任せに我慢する様に走り、殴り、回避し、そして一方的に蹂躙されて行く。攻撃を回避しようが、攻撃の規模が違う。余波だけで服が、そして体がズタズタに引き裂かれる。一番前で戦い続けるリーザは体がドンドン切り裂かれる様にボロボロになり、キャロライナは毎秒命がすり減る。エドガーも、余波を完全に受けてしまえば即死する程度には脆弱。


 奇跡は起きない。


「―――援軍様のお通りだぁああ―――!!」


 完全に意識外から、巨大なデスサイスが空中を薙ぎ払う様に投擲される。完全にシーンに存在しなかったダイゴが、戦利品であるジャックの魂削りの死鎌を投げ、それを奇襲として参戦する。その姿を見れば激戦を潜り抜けた結果として体中に傷が、そして腹に貫通されたような跡が見える。それでも一切性能を落とすことなく、完全な意識外の動作として攻撃を放った。


 それを皇帝は回避し、直後、


 回避しようとした着地、


 ―――空中城が揺れる事でそれがズレた。


「殺る」


 言葉と共に拳、炎、刀が数瞬ズレて振るわれる。皇帝がミスったタイミング、ズレたタイミング、


 それが唯一の好機である。


 奇跡とは偶然の産物であり、積み重ねられた努力は偶然なんてチンケな言葉では表現できない。


 故に努力の結果であれば―――それは必然になる。


 戦いは決して独りじゃないのだから。



                           ◆



「輝けぇぇ―――!」


 聖剣の輝きが臨界に達し、それから放たれた光の波動が直線状の障害物―――つまりは敵を吹き飛ばし、全員殺す。空中城の最奥、動力室付近の戦いは激化の一途を辿っている。途中で遭遇してきた十三将は全て仲間が引き受けた。故に、


 ここ、動力室前にいるのは自分、トモ独りのみだ。


「らぁぁぁ―――!!」


 聖剣を再び振り下ろす。ジャックの件で自分の甘さを自己認識し―――それを捨てた。敵を殺す事、仲間を犠牲にする事、それに躊躇してはいけない。その先にもっと大事なものがあるのだ。また別の所で頑張っている仲間がいる。自分の動きによって助かる者がいる。自分は甘かったという認識を認め、


「積極的破壊活動ォ―――!!」


 若干ヤケクソになっているのは認めなくもない。それでも、刃を振るい、破壊の閃光を撒き散らしながら周りを破壊する。聖剣から放たれる光は浄化のものであるとはいえ、それでも物理的な”圧”が存在する。つまりは超プレッシャーで潰される様な、そんな感覚が存在している。振るい、叩きつけた人間はミンチの様になって爆散する。それが数十、数百というレベルで自分の周りには存在している。何人殺したか、なんて事は解らない。ただ足止めを行っている筈の仲間がいるのに、敵が来ている。それはつまりそういう事なのだろう。


 もしかして他の仲間だって十三将と相打ちになったかもしれない。


「こいつでラストォ!!」


 再度聖剣を振るい、そして奥に存在する空中城のコア、浮遊機関へと向かって攻撃を繰り出す。物理的な防御力は破壊が、魔法的な力は浄化が破壊し、一直線に突き進みながら浄化と破壊を同時に行い、空中城を空中城として成立させている機関、その破壊に爆発の規模から成功したと察する。新たに敵の援軍が後ろから走ってくるのを確認し、ほぼ空っぽの魔力を握り締め、刃を床に突き立て、杖の様に体を支えながら確認する。


「お仕事完了……と言っても最後まで生き残らなきゃ駄目だよな」


 ガク、と空中城が揺れて高度が下がる。空中城が浮遊する為の支えを野くしたため、その姿が下へと向かってゆっくりと下がって行く。ここは芸人を見習って一発テロでもやるべきか、と考えたが、


「キャラじゃないや。それに甘えは捨てた―――あとは殺って前に進むのみか。皆に合流しよう!」


 刃を握りしめ、四肢に力を籠め、そして敵に向かって一気に切り込む。



                           ◆



 必然。ありとあらゆる要素は必然である。”こうあるべくしてこうなった”というのが展開である。伏線が張ってあった、努力をしてきた、そういう実力を保持している。努力は必ずしも報われるわけではない。だが努力なくしては報われる事もないのだ。努力をして、限界を振り絞って、それで漸く報われるか否か、その選択肢が運に託されるのだ。故にその先に出る結果は全て偶然ではなく必然という結果に集約される。偶然はありえない。


 奇跡は存在しない。


 デスサイスを回避した先での回避動作に僅かなズレが生じる。死狂うってまで頑張り、トモが破壊した空中城の浮遊機関。それによって始まった空中城の落下、完全に予想外で意識外だったそれが一番最初、空中城の突入と同様、完全な奇襲となってリズムと動作をズレさせる。故に着地をする前に、キャロライナの魂さえも燃焼させる禁術指定の炎が放たれる。受けてしまえば輪廻の輪にさえ入る事が許されない、不死者滅殺の炎、それが広範囲に、皇帝に避けようのない様に放たれ、今までにない全力を以って皇帝の拳、そして蹴りに素早く迎撃される。


 その動作に合わせる様に無拍子、意識の間隔、動作の間隔に潜り込む、超反射の拳が全てを潜り抜けて繰り出される。至高の一打。そう表現する事の出来る拳が”音速”を超えて皇帝へと向かう。リーザの片腕を使用不能へと追い込むその一撃は一瞬で皇帝へと届き、


 ―――そして体に触れた。


 だが貫通するまでには至らない。ありえない反射神経と空間認識能力で、ギリギリのところで衝撃を逃す事に成功する。それでも全てではない。僅かなダメージが皇帝に通り、その動きはコンマという刻みの領域で遅れ、それを突く様に刀が殺す為の一撃を背後から放ってくる。呼吸の瞬間さえも許さぬように放たれてくる一閃はその胸を抉ろうとした所で、皇帝の両手によって捉えられ、防がれた。


「―――両手を使ったなぁ……!」


 侍が―――ダイゴが悪鬼の様な笑みを浮かべる。


 瞬間、黄金が歩くような足取りで隙間を、空間を、意識を抜いて降臨した。片手にスティレットを握り、歩く様にしか見えない足取りで皇帝の背後を取り、気配も殺意も闘争心も隠したまま、その手に握られた刃を首へと目掛けて振り落とす。一瞬で振り落とされる鋼の刃は切っ先を肌に触れ、喰い込まさせ、そして血の雫を流させ―――そして強引な回避の動作に赤い線が真横へ刻まれる。致命傷には至る事のない浅い傷、それでも血の線を描きながらその動きの軌跡を生み出し、


 この城で、最も技巧に秀でた存在が、最後を決める為にこの瞬間に姿を現す。


 全ては必然。偶然も奇跡も、そんなものは存在しない。リーザ達が懸命に生きようと、諦めずに戦い続けたからこの流れが生まれた。ジャックを相手に戦ったダイゴが生き残ったからこそダイゴが流れを繋げられた。魔剣に自らを”五割”食わせたから完全な奇襲を生み出せた。キメラとして一回改造されたからこそ、皇帝の肌に傷を生むだけの身体能力を得ることができた。トモが甘さを捨て去って目的を達成する事に徹したから隙が生まれた。


 全ては努力によって繋げられた、一つの大きな流れ。


「―――斬る―――」


 その一言のみ。斬るという動作にほかの付属品は必要ない。迷いも、信念も、願いも、不要な装飾だ。斬るという動作必要なのは斬るという意思のみ。それ以外は全てデッドウェイト。体を重く沈める為の重石でしかなく、純粋な斬が生まれなくなる。故に斬る。技名や奥義、必殺技なんてない。斬る事を突き詰めればそれだけで必殺であり、奥義なのだから。剣術の奥義とは即ち基本そのものであり、斬るという動作を永遠に、永劫に繰り返す事でしかない。


 そして振り下ろされた刃は遺失された一太刀であった。振り下ろすという動作に皇帝が行ったように、人智の限りが尽くされている。魔術ではなく、技巧で。あらゆる命を断ち切る、殺す為だけの一閃。構築された状況と環境から、皇帝が回避する事のない、する事の出来ない最高の一撃が放たれる。


 努力とは報わせるものであり、必然しか世の中にはない。


 偶然がなければ奇跡もない。


 それはどうしようもなく当たり前の事。


 ―――血が舞う。


 魔剣が切り裂いた存在が治る事のない斬撃を受け、大量の血を流しながらも不動、立ったまま刃を受け切った。ガードすら取らぬその姿勢は天晴れと評する事も出来たかもしれないが、その事実は口にする事ができない。その場で、レジスタンスの参加者は全員、行われた結果に対して口を紡ぐことしかできなかった。


 ―――カリウスの鎧が切り裂かれ、血が流れている。


 努力は実らないものでもある。


 ただ単純に、命令を無視し、皇帝のルールを破って、庇った。


 皇帝が受ける筈だった必滅の一閃は皇帝ではなくカリウスへと叩き込まれ、帝国の守護者はその存在理由を満たす事ができた。治る事のない傷を受け、時間が経過すれば直にカリウスは死ぬだろう、だがそんな姿を一切見せる事のない強さをそこに証明していた。致死性の斬撃を喰らおうが、守護者として一切膝を折る事もなく、立ったまま皇帝の前に立っている。


 だが、それで決着だ。


 奇跡は起きなかった。


 ―――皇帝を殺すチャンスは永遠に失われた。最初で最後のチャンスは、庇われたことで消失してしまった。


「―――これは、何とも萎える事だな」


「陛下、御身はこの国の支配者。万が一があってはなりません」


「そうだな、それが正しい。正しい故に間違っているとも言う。まぁ、言ってもしょうがない事だな」


 もとよりこの戦いが成立していたのはカリウスが参戦しなかったから、という理由が大きい、皇帝が戦うな、手出しするな、そう言ったからこそ戦いにはなっていた。だがその命令がなければ、既に全滅している。一連の流れを生み出す事さえできなかった。奇襲をする前に全員死んでいる。今の様な都合の良い流れを生み出す力も、時間も、もう存在しない。カリウスが実質死亡確定であろうとこの差は縮まらない。


 皇帝を殺すのは不可能だ。


「それでも―――戦うしかないんだ」


 そう言ってエドガーが不慣れな銃を持ち上げ、構え、撃った。それを楽しそうに、嬉しそうに、未だに心の折れぬ息子の姿を抱きしめたいとさえ思い、祝福する。エドガーのその姿に奮起し、全員が武器を構えようとして―――まず最初にダイゴが倒れる。既にジャック戦で限界を迎えつつあった体が今の流れでついに限界を超え、体の動きを停止させて床に倒れ込まさせる。


 そして再び、今度は五対一で戦闘が開始される。


 フォウルという超級の剣士と、キメラの身体能力を得たニグレドが加わったことで戦術と戦闘密度が一気に上昇する。コンビネーションを行う事もでき、一気に皇帝を追いつめる為に戦闘が激化する。


 だが直ぐにリーザが倒れる。音速を超える一撃を放った対価としてその肉体がダイゴの様に限界を迎えた。連撃の途中で力尽き、攻撃の途中でそのまま気絶する様に倒れ込む。


 その次に限界を迎えたのはキャロライナだ。皇帝の防護魔術に対抗する様に、それすらも焼き尽くす炎を生み出す為に生命力と寿命を削って放つが、ついに体力の限界を迎え、攻撃を放ちながら意識を失って倒れる。


 これで戦力が半減する以上に減る。残されたのはフォウル、そしてニグレド。ダメージで言えば他の三人よりは少ないかもしれないが、フォウルに関しては五割まで引き上げた侵食率と格闘している事と魔力不足である事、ニグレドに関しても正気を取り戻したばかりで本調子ではない事実がある。


 もう既に戦線は崩壊していた。


 カリウスが庇った事はまさしく萎える、と表現しても良い事だった。でも、それでも決してあきらめる事無く戦い続けるその姿勢こそが最も美しいものでもあると皇帝は認める。


 だからこそ―――一切の遠慮や手加減は存在しない。


 フォウルの超絶技巧の剣が殺す為に一閃に四つの軌跡を生み出しながら斬撃を重ねて放つ。どれか一つの軌跡にでも触れてしまえば、たちまち治療不可能な斬撃が通る。それを圧倒的な身体能力とスキルで上から圧殺する様に皇帝は回避し、斬撃に紛れて接近するニグレドの姿を迎撃する。コンビネーションは完璧だ。心で通じ合っていると表現しても良いぐらいには。瞬間移動染みた高速移動を交互に繰り返しながらペースをいきなり切り替え、完全にとらえる事が不可能なように動きをある程度ランダム化、瞬間的に意識外に潜り込みながらの斬撃。


 正しく剣聖と謳われた者の技と領域に踏み入っている。


 が、それでも、


 絶対に届かない。


 隙はもう無い。油断や慢心はない。相手が決死で、本気で、そして素晴らしいものであると、そう認めるからこそ皇帝は絶対に手を抜かない。猛攻の合間に生まれた僅かな隙間に攻撃を通すように攻撃を繰り出せば、それだけで積み重ねてきた連携が崩壊しそうになる。蟻と象の戦いは、蟻が十匹に増え様が、蟻の種類が多少変わろうが、関係ない。


 象が踏み潰す結果だけで終わる。


「勝ったらご褒美を要求するから負けないのよ!」


「そんなもの約束していません!」


 美しい言葉を並べても現実は残酷だ。


 フォウルの持つ技巧も、身体能力という点で圧倒的に凌駕されてしまえば、無効化出来てしまう部分がある。これがカルマ本人であれば数値的な部分は無視して殺せたかもしれないが、五割程度じゃ程遠い。僅かな斬撃を体に刻まれる事と引き換えに、フォウルに拳を叩き込み、皇帝がフォウルを瀕死に追い込む。


 そして残されたのはニグレドだが、彼女の戦闘スタイルは暗殺。乱戦で、或いは誰かと連携する事でこそ輝くスタイル。独りと成れば、その存在を常に把握しているだけで問題がなくなる。背後から斬撃を叩き込もうとした姿を的確に捉え、そしてカウンターが決まり床に投げ出される。


 ―――そうやって、エドガー一人になってしまった。


 全員が倒れ、戦闘不能になり、動けなくなっている。


 それでもエドガーは銃を捨て、そして拳を構えた。


「まだやるのか!」


「あぁ! 始めたからには最後まで付き合ってもらうよ!」


「来い!」


 拳を握りしめ、吠えながらエドガーが皇帝へと向かって走り出す。


 拳は当たるわけがない。


 奇跡が起きてエドガーが勝利する事はありえない。


 息子が親を超える事はありえない。


 レジスタンスの敗北は確定した。


「―――ハハ」


 だが、


「っしゃぁぁぁオラァァァァァ―――!!」


 咆哮が崩れ、地に落ちて行く空中城内に響く。皇帝へと届くはずだった拳は空を切っていた。皇帝が避けたわけではない。エドガーの拳が届く前に、その背後から出現し、一気に駆け抜け、そして先に皇帝の顔面に拳を叩き込んで殴り飛ばした存在がいただけだ。


 質の良い服装に、肩から王族の家紋の装飾されたコートを羽織っている男はそれを脱ぎ捨てながら、


「せんせんふこ―――く! 王国はぁー! 帝国とぉー! 戦争しまぁーす! でも普通に戦ったらだるいから俺とお前で決戦しようぜぇ―――!!」


 そう叫び、中指を立てて皇帝へと向け王国の国王―――アルガン・リヴェル・グラターク・アルディアは宣言した。


 ご都合主義なんてものはない。


 奇跡は起きない。


 全ての出来事には起きるからにはそれだけの理由が存在する。


 ―――王国は漁夫の利の、その瞬間を狙っていた、それだけの話だ。


 故に出来事と物語は必然、


 努力を重ね、実らせた者へと天秤が傾く。


 東西最強の男を決める戦いが始まる。

 お ま た せ。クオリティアップ目指して週1更新化しますよー。


 ちょくちょく王国の介入要素をヒントでバラまいていたけど、予想出来た人はいるんだろうか。まぁ、王ちゃんが直接殴りに行くとか誰も普通は予想しないよな。とりあえず、


 次回でクライマックス的な何かです。東西最強決定戦みたいなノリ。

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