六十一話 殺剣狂想曲
「―――オ、ォ、ォ、ォォォォ―――!!」
超高速で斬撃を繰り出しながら移動する。動きそのものに斬撃が追従し、発生していると言っても過言ではない。ある種の神業、そう表現しても良い動きだ。何故ならあらゆる衝撃や力の類が斬撃へと変換され、放出している。動きながら切っている、という不可思議な現象を引き起こしているのだ。長く続かないとはいえ、それでもその技術はもはや失われた技術。神業と呼ぶには相応しい存在だ。それでもそんな曲芸とも表現できる技術を利用し、移動しないと、
追撃が即座に発生し、まともに戦闘を行う事すら出来ないというのが事実だった。
氷の暴風と死の濃密な気配が同時に襲い掛かってくる。それを高速で移動する事で回避しながら、斬撃を繰り出し続ける事で切り払い、体に届くのを阻止する。それを切りぬけて攻撃を繰り出そうとも、”絶対に”背後をニグレドが取る。そうやって死角から常に繰り出される斬撃を切り払う事で攻撃へと転じるアクションを封じ込められる。攻撃の起点を生み出させてくれない。
「詰みです」
そして起点が潰れればアクションは取れなくなる。どんなに技術が高かろうとも、動けないのであれば初心者と変わりはない。第三の英霊、大剣を握った存在が一瞬で動けない此方へと迫ってくる。その攻撃を透過でやり過ごそうにも、それ対策に虚無の属性が刃に乗っているのが見える。即ち受ければ一撃で両断されて死ぬ。
「―――接続侵食汚染」
迷う事無く侵食率を引き上げ、状況を打破する為の経験と記憶と技術に汚染される。
『三割超えたわ! 気を付けて! スキルも本来の形へと変化しているからね!』
侵食率が上昇した事でスキルが性能上昇するだけではなく、本来のスキルへと弱体化した状態から復帰する。直感的にそれがなんであるのかを理解しつつ空中、動けない状態、空気中の塵を足場に縮地を発動させ、空を進み、大剣の英霊の背後へと無拍子で移動し、
「終わりだ」
一撃で首を刎ね飛ばす。霊体が破壊され、絶命する。契約から解放された魂が輪廻の輪に戻って行く。これで一体、そう言いたい所だが、追撃と言わんばかりにニグレドが正面から斬りかかってくる。舌打ちを響かせながらナイフを弾くが、ニグレドの方が速度で自分を上回っている。キメラとなってから、最初と会った時よりも遥かに能力が強化されている様に感じる。そのせいか、純粋に力負けしている、そんな印象がある。
が、一対一という領域で剣聖の技量を超える方法はない。更に汚染された技量でナイフを一瞬で捌き、カウンターの刃を叩き込もうとして、横へ体を飛ばす。次の瞬間には予測通り、槍が投擲され、体のあった場所を抜けていた。空中でジグザグに動きながら、独りで戦うのは不可能だと判断する。
「―――レギンレイヴゥ! スルーズゥ! ミストォ! 手を貸せぇぇ―――!!」
氷の礫が体に叩きつけられるのを対価に、その時間で召喚術を一瞬で完成させる。天井に魔法陣が展開され、三騎の戦女神が魔法陣を突き破って出現する。ただし、今回出現する彼女たちは何時も通りの姿ではなく、全員が馬に騎乗している。レギンレイヴは白馬の軍馬に、スルーズは金毛の茶色の馬に、そしてミストは黒馬に。そのどれもが鎧によって戦闘用に調練された軍馬であると解り、三騎共々何時もよりも濃い神性を保有しているのが解る。そもそもワルキューレ、或いはヴァルキリーという存在は戦場では馬に乗って英霊を率いる存在故に、
騎乗戦闘でこそ一番実力が発揮できる。
「遅い! 何時まで待たせるつもりだ!」
「もっと早く呼べよ! 戦争だからテンション上げてるのによ!」
「お掃除の時間ですの」
三者、それぞれマイペースに登場しながらも、出現するのと同時に風の如く馬を巧みに操り、三次元的な軌道を描きながら英霊との戦闘に入る。ロベルナが召喚した英霊と合わせ、ホールが一瞬で乱戦の状態へと突入する。時代を超えて英霊と戦女神が戦う戦場が繰り広げられ、ありえない技量で馬を操り、踊るように戦女神たちが戦う姿が視線に入る。
それでも戦うべき相手は一人。
「ニグ、レド……!」
「―――アハハハハハハハァ―――」
狂笑を響かせながら背後に出現される。方向転換しつつ迎撃するが、即座に裏へと回り込む、落下しながら場所を何度も入れ替える様に斬撃を重ねながらニグレドと刃を交える。そうやって漸く着地した直後、後ろへと大きく跳躍し、通りがかったレギンレイヴの馬の後ろへと乗り込む。即座に追撃して来るニグレドよりも早く、振り払う様に一瞬で距離を生んだレギンレイヴの馬から飛び降り、距離ができたところで、ロベルナへと視線を向ける。刃を向け、そして宣言する。
「お前は死ぬ」
「出来るならどうぞ」
経験と記憶から来る殺意が胸を焦がす。侵食に合わせて業が燃え上る。想いが脳を支配し、そして果たすべき事をしっかりと見据えさせる。息を吐きながら大剣を両手で握り、そして正面からロベルナへと向かって踏み出そうとする。瞬間、目の前にニグレドが出現する。いや、これは予想通りだ。そしてその向こう側に、ニグレドごと此方を葬ろうとする、ロベルナの大規模魔術が展開されるのも見える。
そもそも使い捨てのキメラに再生がきく英霊。味方を巻き込む様に魔術を無差別に放てる相手だ。それが直線状に並んだ瞬間放たれる。が、放たれた瞬間と同時に、発生した光の炎は凍り始め、自分やニグレドに到達する前に動きを止める。また同時に発生する雷鳴が凍った魔法を砕き、無断させる。ヴァルキリー達の援護に感謝しつつも、目の前にニグレドへと、
斬撃を繰り出す。
無拍子で繰り出す斬撃を回避する方法は人間の知覚の問題故、不可能に近い。
それを獣の様な咆哮を轟かせながらニグレドが回避する。その反動で筋肉の断裂が発生するのが見えているが、それは無拍子の世界の中で既に再生を始めている。ゆっくり、ゆっくりと時間が刹那の瞬間から元に戻ろうとして、
物理法則を無視して、無拍子のまま戦闘を続行する。
「一つ二つ、三つッ―――!」
無理な動きで回避しようとしたニグレドを一回斬り、二回斬り、三回斬り、そして四回斬る。魔剣で切り裂かれた体は一切の切り傷を見せる事もなく、そのまま床の上へと落ちて行く。そもそもニグレドの暗殺スタイルは奇襲、或いは乱戦でこそ輝く戦闘スタイルだ。どんなに能力が高かろうが、正面からの戦闘であればカルマの経験をインストールした状態のタイマン最強の剣聖スタイルには勝てる訳がない。故に、一対一の状況が生み出された時点でニグレドの救出は確定していた。
倒れたニグレドを一瞬だけ確認する。
息を吐きながら刹那の世界から帰還する。息を荒げながらも床に倒れたニグレドを壁の方へと蹴り押しながらそのまま真っ直ぐロベルナへと向かう。即座に繰り出す斬撃はロベルナの正面に生まれた障壁によって阻まれる。それを斬り、破壊する。
そのお向こう側にいたロベルナはその瞬間にはもう、そこにはいなかった。魔法と気配の痕跡からロベルナの位置を即座に割出、自身の背後、ホールの反対側へと向ければ、既に魔法を放つロベルナの姿が見える。振り返りながら魔剣を振るって魔法を両断する。そうやって切り払って後には既にロベルナの姿が存在せず、全く別の方向から大規模魔術が放たれる気配が感じられる。切り払ったまま素早く移動と切り払いを繰り出し、再び降り注ぐ魔法を無効化する。
『面倒な相手ね。事前に此方のスタイルと戦闘力をしっかり調査して、それで対策をしてきているわ。絶対に近づかない様に転移しながら物量で波状攻撃を行う。魔力に関しても体力に関してもおそらくはあちらの方が上よ。だから逃げ切ればそれで勝てる、そういう認識ね―――間違っていないわ、舐めた戦い方だけど実に正しいわ。格下を封殺するには良い戦術ね。でも、まぁ、この場合私達の方が圧倒的に相性が良いから―――接近さえすれば一撃で殺せるわね』
「問題は接近する方法か」
『にげなくすればいい』
ミリアティーナの声に賛同する。逃げなく、いや、逃げられなくすればよい。相手がゼッケンバルトの様な直接戦闘型であればまだ、苦労したかもしれないが、ちょうど、
相手の全てを封じ込める術を決戦用に組んである。
元はカリウスや対皇帝を想定した最終手段ではあるが、このままぐだぐだ戦っていても時間だけかかる事は理解している為、ニグレドという最優先対象と不確定対象が確保できた今、遠慮する必要はない。自然と相手を追い込めるという事実に笑みが浮かび上がる。自分よりも遥かに強い存在をハメて一方的に叩き落とすというのはきっと楽しいに違いない。
その為にはまず状況まで誘導しなくてはならない。
刃を片手で横へ振り抜いたような姿勢のまま、思考だけど加速させてロベルナの姿を捉える。剣の射程圏内ではなくて良いが、最低限もう少し接近しないと話にならない。いや、そもそも現状遠距離からちくちく攻撃だけを繰り出されているという状況がめんどくさい。ロベルナが召喚し、使役する五を超える英霊達は戦女神三騎が完全に対応してくれている。とはいえ、それで魔力は大分消費しているし、今も維持で苦労している。となると使える召喚術は切り札を考えれば一回のみとなってくる。
―――やり方を考えりゃあいけるか、ダイゴやリーザよりも恵まれてる分、サクサクやらなきゃいけんな。
『手札はあるし、使い方も解っている筈よ、イージー・オペレーションって奴ね。この程度の雑魚、サクっとハメ殺しましょう』
「簡単に言ってくれるなぁ……!」
とはいえ、状況を覆す手段はある。相手がそれに対するカウンターを用意しているかどうかが問題なのだが―――そこらへんはぶっちゃけ、運が絡んでくる。なので一瞬で覚悟を決める。それ以上悩む事もなく、魔術を発動させ、
ロベルナの背後へと出現する。使ったのはシンプルに転移の魔法、キャロライナが使用している縮地法・仙を使いやすいようにカスタマイズし、そして変換させた自分用の転移魔術。それで背後を取られたロベルナの正面に魔法が放たれ、その首筋目掛けて刃を振るう。
「おや、やりますね」
「何度も見てりゃあ覚えるって事だよ」
ロベルナの姿が振り抜かれるのと同時に消える。魔術の痕跡を理解し、そして体内魔力の流れを理解し、追いかける様に短距離転移を繰り返しながらロベルナを追う。避けきれなかったのかローブは切れており、その下から黒髪の女の姿が見えている。性別が理解出来たところでどうしようもなく殺してしまうのだが。最近、そこらへんで一切躊躇する事がなくなった。男や女は関係なく、敵は、
殺す。
「髪が切れてしまったんですが」
「死ねば気にしなくてすむな」
『そういう問題じゃないと思うの』
予想外の所から援護が入りつつも、ロベルナを追撃する。ニグレド、そして英霊という存在がロベルナとの間に邪魔としてはいらない分、一対一で戦える環境は遥かに楽になっている。それでも魔術での最適化はロベルノの方が一歩先を進んでいる。追いつめようと接近しようと、先に逃げられ、
そしてカウンターで魔法が衝撃となって襲い掛かってくる。最も得意とするネクロマンシーではなくても、魔術技能が一流の領域に突入している。それだけで対処が困難になってくる。故に追いつめようとすればするほどさが開いてくる。それは自然の道理だ。相手の方が技術は低いとしても、、”実力”が上なのだから、早々追いつめられる訳がない。
その認識を砕く。
転移し、転移され、距離が開く。一人で戦っている内は絶対に追いつけない。
―――なら二人でやれば良い。それだけの話だ。
ロベルナが転移で離れた瞬間、出現したロベルナの背後から斬撃が発生する。それを反射的な行動でロベルナが回避に成功する。その動きによって今までロベルナが形成していたリズムが途切れる。瞬間的に加速して、リズムの崩れたロベルナへと接近する。その動きを知覚外から行い、そして左手でロベルナを掴み、無拍子の領域でその勢いのまま、マジックジャマーを体内へと叩き込みながら下へと投げる。
数秒間、魔法の使えない状態に陥りながらロベルナが落下する。今の状態で剣を振るえば間違いなく自爆して自分ごと殺しに来るだろうからあえて遠ざけるという選択肢を取りながら、追いかける様に落下しつつ、
その召喚術を発動させる。
「太極―――」
一つ目の陣が形成される。落下しながら自分と、ロベルナを、この部屋全体を飲み込もうと広がる陣は一瞬でその効果を現す。太極陣。その効果は実にシンプルに能動的なスキルの封印、一時消滅。自分から発動しようとする全てのスキルが消滅し、この陣の内側にいる間は全ての者が、等しくその効果を受ける。唯一の例外はこの陣と合わせられる残り二つの陣。
「両儀―――」
着地と同時に発生する二つ目の陣は太極陣と絡み合いながら更に広がる。その効果は太極に続き極悪。陣内の全ての存在のステータスが均等化される。どんなに恐ろしく高い能力を持っていようとも、敵も、己も、全ての存在のステータスが均等化され、平等な力を得る事になる。故に落下し、着地した所で体から力が、魔力が消えてゆくのを感じる。筋力が衰えてゆくのを感じる。体力がなくなって行くのを感じる。だがそれは相手が強者であればであるほど更に強く感じる怖気でもある。
「四象―――」
そして形成される三つめの陣。太極とは違い、受動的なスキルや加護の一切を無効化する陣。直感やバトル中のひらめき、そういう天才的感覚や超人的なご都合主義、神からの愛された幸運とも呼べる数々の力を無力化し、そして一般の人間と変わらない状態へとその体を抑え込む。床に着地した自分も、そして叩きつけられたロベルナも、既に戦闘続行できる状態になっている。相手は立ち上がって体勢を整え直し、そして自分も魔剣を両手で握り、踏み出せる状態だ。
「三つ合わせ回れ回れ万仙陣―――!!」
「これは―――」
立ち上がり、一瞬で逃げようとするロベルナに向かって一直線に向かう。
消えたのは能動的に発動できるスキル。ステータス。そして受動的に発動できるステータス。万仙陣によってシステム的な恩恵は全て消失した。それによって極限まで万仙陣内の全ての存在が、その能力がフラットに、普通の人間になった。それで残されるものは何だろうか? その答えは実に簡単である。システム的な所とは全く関係ない部分、システムの絡まない要素。
―――即ち経験と技術。
ここは俺のキリングフィールドだ。
「―――ちょっと死ねますね」
「死ね」
淡々と殺害作業に入る。万仙陣が出現した事でヴァルキリーの召喚や英霊の召喚は全て消滅している。直線上に邪魔をする存在は一切いない。ステータスもスキルもない。だが鍛えられた技術、そして蓄えられた経験は消えない。故にやる事は今までと一切変わらない。カルマ=ヴァインが重く感じられるが、握り方と重心移動を利用すれば移動中は常に重量を消失させて動かす事ができる。それを利用しつつ一気に歩法でロベルナの正面へと切り込み、刃を振り下ろす。それを回避しようとするロベルナの動きは明らかに鈍い。訓練として一流クラスの体裁きを習得しているのが解るが、
一流と超一流の間には覆せない現実が存在する。
受け継がれた超一流の殺戮技巧で逃れようとするロベルナの動きに合わせて踏み込み、殺す為に刃を振り下ろす。
「くっ―――」
ロベルナの体を刃が抉り、鮮血が溢れる。漸く一撃、ロベルナの体に刻む事ができた。とはいえ、これで満足していては勝つことができない。即座に殺す為に二撃目を急所目掛けて放つ。当たりさえすれば絶対に殺せる。その核心と共に刃を振るい、
鮮血が舞う。
「―――どんな絶望的状況であれ、なんとかするからこその十三将」
深々と刃がロベルナの体に沈み、そして大きくその体が斬られる。だがその感触からしてロベルナに突き刺さった刃の感触が致命傷一歩手前、数分で失血死を狙えるレベルだ。だが、それでもロベルナは逃れる事に成功し、ほとんど暴走のような形で魔力を解放した。
太極陣、四象陣が砕け散る。
万仙陣の回転率が上がる。破壊されればされるほど強固になって残った陣が締め上げる。能動的、そして受動的スキル効果が消え去った代わりに、残った両儀陣の力がさらに上がり、破壊不能な陣となってロベルナも、自分も締め上げる。だがスキルは使用可能になる。それはつまり一気に手札が解放されるという事でもある。魔力は少なくとも、術が使えるのであれば、
陣を破壊する事は可能。
故に両儀陣が破壊され、万仙陣が完全に砕け散る。その反動でダメージが此方へと伝わり、動きが鈍る。元々”数人で展開する事を前提とした陣”であるため、一人で繰り出せばこんな風になるのは眼に見えている結果だ。それと引き換えにロベルナには大ダメージを通した。それでも魔法が解禁されれば癒されてしまう。
「―――チェック―――」
ロベルナが英霊召喚を行いながらそう口にし、それに続く言葉を此方から放つ。
「―――メイト」
瞬間、ロベルナの首が切り裂かれる。溢れ出る鮮血はそれが致命傷である事を証明し、一瞬でロベルナの命を奪う事を証明した。そうやってロベルナの背後に、知覚外から姿を現すのは―――蒼いツウーピースドレス姿のニグレドだった。すれ違いざまにロベルナを殺害した彼女は即座に横へとのがれ、残像となって消える。そのままロベルナの死体が倒れそうになるが、ネクロマンサーであれば死後、動く方法やゴースト化して戦闘を続行する可能性が非常に高い。故に、持ちうる魔力を全て注ぎ込み、
戦闘開始時から決めていた戦闘の流れを最後の召喚術で終わらせる。
「魂に永遠の終焉を―――シュヴェルトライテ」
黄金のヴァルキリーが歩く様に虚空を引き裂いて召喚される。他のヴァルキリーとは一線を超える存在感と圧力、そして神格。騎乗しない状態で出現した彼女は右手に握った黄金の槍を振るいあげ、そして時を歪めて振るう。黄金のヴァルキリーから放たれた閃光は一直線にロベルナの前の空間を貫き、ロベルナを貫通し、そして壁を抜けて真っ直ぐその先へと、死の概念で全てを無常に滅ぼしながら命も、魂をも終焉させた。
「英霊の使役は我々の領分だ。あまり得意そうにするな、泣かしたくなるではないか。……あぁ、輪廻に戻る魂すらないから聞こえんか。フ、フフフ……ハハハハハハハハ―――!! あぁ、いい気分だ。やはり蹂躙するのは心が躍るな。しいて言うならもう少し早く呼び、暴れさせてくれれば文句はなかったな。次の戦場に期待しよう」
もはや終焉によって何もかも消え去った正面の大穴からシュヴェルトライテは視線を逸らし、歪んだ時の中を歩く様に去って行く。ゆっくりと溶ける様に消えて行くシュヴェルトライテの存在を見送り、魔剣を床に突き刺しながらそれに寄り掛かる様に大きく息を吐く。
「あっぶ、ねぇ……! ハァ、ハァ、ギリギリだったわ」
大きく息を吐き、なんとか呼吸を整える。重装備でフルマラソン―――王都で一日中訓練をしていたころを思い出す疲労感が体に圧し掛かっている。魔力を完全に使いきったのもそうだが、神格級を召喚して概念攻撃をやらせたのもかなり痛い。万仙陣は切り札の一つで、シュヴェルトライテもそうなのだ。自分の実力、ギリギリの領域を若干超えて発動するものを連続で行えば反動でダメージが出るのは解り切った事だ。それでも勝利するにはこの手筋しかなかった。
『まぁ、実際ああいう相手は面倒よね。まず第一に人数差を潰して、逃げ回っている所をどうにか止める、そして奥の手、切り札を切らせる前に殺す。言葉にすれば簡単だけど、実際に実行するとなると物凄く面倒よね。まぁ、殺せた以上こっちが大正義なんだけどね。という所で対ショック体勢ー』
カルマの言葉にん? と内心首をかしげていると、次の瞬間、その言葉の一身を理解する。
「フーォーウールー!」
その小さい”ォ”はどう発音したんだ、と一瞬思いながら、投げかけられた言葉の方へと視線を向ければ、超高速で迫ってくる金と青の姿が見える。弾丸の様な姿で迫ってくるそれを見て、あ、避けられないなこれ、とどこか達観した様な様子で眺めていると、予想通りその姿が抱き着く様に吹き飛ばし、床を転がりながらマウントポジションを取ってくる。衝撃に若干クラクラしながらも目を開ければ、目の前には一人の少女の姿がある。マウントポジションを取られている為に髪がだらりと下がり、カーテンの様に周りの視界を閉ざす。
だが、彼女の顔がそのおかげでか良く見える。嬉しそうな笑みを浮かべているその表情は、今まで正気を失っていたころとは違い、理性のある瞳が浮かんでいる。あぁ、やっとニグレドが戻って来た、そう思って息を吐こうとして。
「―――きゃぁ! フォウルよフォウルよ! いや、ウルって言った方が良いのかしら! きゃっ、愛称で呼んじゃった! 恥ずかしい、恥ずかしいわ! でもこれぐらいアピールしなきゃ駄目よね! そう、少し位あざといぐらいじゃないとアピールにならないのよ私! というわけでハローウル! あぁん、やっぱりそう呼ぶとどっか恥ずかしく感じちゃうわぁ……でもでも、フォウル、何て他人行儀に何時までも呼んでいるのもちょっと問題だと思うの、だからこれからは積極的にアピールの意味も含めてウル、って呼んでいきたいと思うのよ! とりあえずただいま、そしてお久しぶり! ウルは元気だったかしら? 私はどちらかというと割と忙しかったし、気が狂いそうだったけどウルの事を思うとちょっと体が熱くなっちゃうからそれで耐え抜いたわよ! あぁ、でもこうやって実際目の前にして話し合えるとなると言葉が浮かんでこないわぁ……ね、ね、どうしよう? どうやって話そうかしら? ウルはどういう話をしたほうが良いと思う? 実は私、昔からコミュ障というか人との話題を合わせる事がすっごい苦手なの! 口を開く度に何かしら話題が外れるから喋る事がすっごい苦手なんだけど、今もこうやってすっごい悩んじゃうの! あぁん、どうしようかしら? 私がいない間にあの撲殺女帝といい雰囲気になっていないかしら? それともあの怨霊ババアに心を奪われていない? ロリコンに目覚めちゃったら折角こういう体になったのにちょっとショックなんだけど……あ、そうだ、戦闘後って割とテンション上がって高揚するから性欲とかが刺激されるらしいけどそこらへん、ウルはどうなの? 娼館とか行っているのを見た事ないけどどこで処理しているの? 何時処理しているの? ちょっと自信を持てる体になったし、ちょっとそこの影で私が相手をしよっか! きゃっ、言っちゃった! やっぱり恥ずかしいわー!」
「久しぶり」
「久しぶり!!」
なんというか……もう……もう……疲れた。
『キャラ変わったってレベルじゃないわー』
『どんびきー』
なんというか、色々と言いたい事がある。心配とか、どうしてたのか、とか。ただ目の前で此方に気にする事無く喋り続けているニグレドの姿を見ると、”完全な形では改造の影響を排除できなかった”というのが良く解る。三回も斬ったのに不可能となると、寧ろ余計なものまで斬ってしまった可能性の方が高い。いや、自己主張が強くなったのは良いのだが、聞きたくもない事まで聞いてしまっているような気がする。それとも今まで我慢していた事を吐きだしている形なのだろうか? まぁ、それはいいとして、
「くんくん! くんくんくん! あぁ、久しぶりの匂いだ……」
『改造されているせいか大分イってるわね。お姉さん基準からしても』
首元に鼻を近づけて匂いを嗅いでくるこの暴走娘の存在をどうするべきか、という事と、そして戦闘後の反動で動けない事でどうするべきか、という事だ。
本当ならこのままエドガー達を追いかけるべきなのだが、現状、追いついても魔力が残っていないから足手まといにしかならない。少し休まないとだめだろう。それに、
名前:フォウル
ステータス
筋力:67
体力:69
敏捷:69
器用:76
魔力:77
幸運:68
装備スキル
【魔人:57】【創造者:57】【明鏡止水:59】【支配者:53】
【血戦血闘:61】【高次詠唱術:51】【魔剣保持者:35】【侵食汚染:35】
【斬殺の咎人:35】【業の目覚め:35】【死剣聖:42】【殺戮の聖者:41】
【刻死斬葬:35】【英雄否定:30】【■■■コード:1】
SP:76
ステータスも大きく変わってしまった。本来の姿を見せ始めたカルマのスキル。これを把握して戦術に組み込まないといけない、という点もある。即座に特攻して足手まといになるのはごめんだ。だから今は、前へと進む前に少しだけ、休みを入れる。その間にニグレドに関する問題を片づけられたら、
「ねぇねぇ、ちょっと舐めても良い? ちょっとだけだから!」
片づけられたらいいなぁ、と幻想を抱いておく。
汚いロリが更に汚い(あざとく)なって帰って来た!! ステータスがおそらくそのうちでてくると思われる。
ロベルナさんがあっさり落ちた理由はズバリ万仙陣がクリティカルなのとキメラの再生速度を忘れていた事。魔剣の由来ではない、フォウル君の切り札ですな。まぁ、魔剣で取得する技量と組み合わせる事が前提なんだけど。
それにしても無口汚ロリから発情キメラという新しいジャンルへ。僕らのニグレドちゃんはいったいどんな方向へ突っ走るのだろうか。




