五十九話 強襲、空中城
―――空は暗雲でおおわれており、一切陽の光が通らない。
空を覆う暗雲からは大量の雨が降り注ぎ、それと合わせて暴風が襲い掛かってくる。紛う事なき大嵐が発生している。数分間もここにいれば体力を奪われそうな、そんな大嵐の中で、大小さまざまな姿が拠点前の平原に存在している。その誰もが完全武装されており、豪雨の中、それを一切気にする事無くしっかりと立っている。そこにいる中で、少々開けた場所に立っている一部は一騎当千と呼べる、”才能”の壁を突破した猛者たちの姿だ。その中で唯一、独りだけ戦闘力をほとんど持たない姿があるが、それを気にする事なく、平原に向かって、
バッテリーされた、百人を超える大規模な魔力を消費し、召喚術を行使する。
「―――来ィたれ、黄龍ゥ!!」
手を天に掲げれば、嵐の中央を突き抜けて来るように黄金の龍が飛翔して来る。その存在は此方の意思をくみ取り、理解し、降りてくると一旦、その蛇の様に長い体を平原の上へと降ろし、動きを止める。その背中へと次々と作戦の参加者たちが飛び移って行く。黄龍は大きい、少なくとも二十人程であれば余裕で乗せて飛べるほどには。故にそれを利用して参加者たちを一気に背中に乗せると、自分も黄龍の頭の上へと飛び移る。片膝をついて黄龍に頼む様にその頭を撫でる。
「お気をつけて!」
「武運長久を祈っております!!」
「頑張れぇ! 頑張れぇ―――!」
「負けるんじゃ、ひっぐ、ないぞ、ぉ!」
見送りに来た多くの姿がある。拠点から直ぐ出たところで待機しており、その視線は嵐に晒されながらもしっかりと此方を見ている。涙を流しながら見送る姿が多く見える。それを気奥の中に焼きつけながら、背後へと視線を向ける。その視線を受け取った独り、アレクサンドリアから借りた傭兵の独り、演奏家がトランペットを取り出し、
そして周囲の音が死滅した。
その中で暴風を纏いながら黄龍が浮かび上がる。その背に二十人近い戦士を乗せ、空へと向かって飛び上って行く。嵐の中を突っ切って、響く雷鳴をその鱗で弾き飛ばしながら、ドンドンと高度を上げて行く黄龍は暗雲の中へと突入する。それと同時に重く、伸し掛かる様な震動が響いてくる。が、それもまた無音の演奏家によって消失する。音とは即ち震動、その衝撃を演奏家が相殺している。そうやって高速で嵐を、暗雲を突き抜け、
暗雲を抜ける。
眼下に黒い、暗雲の雲海が広がり、綺麗な朝日が見える、そんな光景が広がっている。朝日に照らされながら輝く黄龍を遠くから眺める事ができたらきっと美しいのだろう。そんな事を思いつつも、背後では動きに変化が現れる。
まず、第一に先頭、頭の部分にトモがやってくる。そしてそれに合わせる様に演奏家が演奏を止め、別の演奏を始める。また同時に、一気に冷え込み始めた体を温める様に熱が体を満たし始める。そして奪われて行く生命力を補填する様に、作戦の参加者の間にリンクが生まれ、それを通して生命力の供給が始まる。視線を一瞬だけ後ろへと向け、エドガーの姿が数人がかりで固定されているのを確認し、魔術師がハンドサインでゴーを出すのを確認する。これで、準備は完了した。
酸素確保。体温確保。肉体保護確保。生命力確保。
覚悟完了。
「昇れ、黄龍ゥ―――!!」
「―――!!」
黄龍が吠える。轟く咆哮と共に力を纏った黄龍が更に空へと向かって飛翔する。そこには勿論、背に乗っている自分たちの姿もある。その姿は今までよりも遥かに早く、そして容赦がなく―――背に乗っている存在を考慮しない、そういう速度を出しつつある。しかし、元からそれを考慮する作戦だ。故にここにいる者達はそれに耐える覚悟と準備をしてきて、エドガー以外は耐えられる人員にしてきた。そのエドガーに関しても魔術を使う事で疑似的に硬度を引き上げている。
故に準備は完了した。
更に黄龍は高度を上げ―――加速しながら飛翔する。おそらくはこの世界でも前人未到の領域へと。神々の神話でしか語られない様な高さへと、対策をしていなければ普通に環境だけで死ねる様な、そんな環境へと昇って行く。現代では対流圏、と呼ばれる領域から成層圏へと昇って行く。加速して行く黄龍の動きに徐々に体が悲鳴を上げて行くが、それを一切気にする事無く、その頭の上で両手を組み、足を吸い付かせるように立つ。徐々に消えて行く酸素や熱、それが今も維持されている事を理解しつつも、更に黄龍は上がって行き、
成層圏へと突入する。
それでもまだ動きを止める事無く更に高く昇って行く。成層圏といえども、低ければ17km程度の高さしかない。この高さであればまだ”察知される”可能性が存在する。故に圧倒的な速度で加速し、察知されずに移動できる位置まで飛翔する。その速度はやがて人間がギリギリ耐えられる領域から、耐えられない領域へと飛翔しながら変わって行く。ここで予め仕込まれていた回復魔法が発動し始め、切れる皮膚等を治療し始める。それでも高度は上昇し続け、
中間圏と呼ばれる高度ギリギリの領域へと到達する。
温度はマイナス100℃に届くこの領域、一切の対策なしに人が来る事があれば、それだけで死ぬ事の出来る場所。どんな生物であれ、ここまで持ち上げられ、放り込まれれば酸素と温度の問題で簡単に殺せる事ができる。ある意味、究極の殺し方かもしれない―――その労力さえ無視すれば。しかし、重要なのはこの世界における科学は発達していない事。その最先端である帝国でさえ、まだまだ天体等に関する知識は低い、少ない、遺跡からの出土品を利用している状況だ。
故に、成層圏や中間圏、宇宙の概念は彼らには存在しない。
上空は警戒できるだろう。
だが、その更に遥か直上は一切警戒できない、概念として知らないから”理解も知覚もできない”という究極の死角が生まれる。それがダイゴの作戦だった。概念として知らない、経験として存在しない、知識の理解として存在しない。”警戒すべきだと感じても対応できない”という状況と奇襲方法。それをダイゴは思いついた。その内容は、言葉にすれば実に狂っていてシンプル。
―――空中城目掛けて中間圏から音速で直上襲撃。
理解できない。察知させない。対応できない。それだけのシンプルな内容ながら、ありえないと不可能が幾つか混ざっている。だが現代科学で解決できる事は、この世界の魔法で解決できる。飛行機を、ロケットを黄龍で代用し、様々な機械類を魔法で、そうやって補い、代用する事で不可能を無謀へと変換させる。
そうやって到着した空から、黄龍が加速しながら空中城の直上へと向かって一気に急降下を開始する。乗っている人間を一切考慮しない殺人的加速。音速という領域は約340mを一秒で踏破する速度―――人間の体はそれに耐えられるように設計されていない。その為、剣や拳、或いは槍等の武技を修めた者は”音の壁”という到達点で足を止める。人間が放てる最高速度の動きに対して、肉体が耐え切れずに破損する。それ以上の戦闘は勿論、場合によっては障害すら残してしまう。故に音の壁、という明確なラインが存在する。
その速度を通常の速度として、帝都・空中城の直上へと向かって移動する。朱雀等を使って移動したときの比ではない。その数十倍を超える殺人的加速で一気に大地を、空気を、全てを切り裂きながら流星となって突き進む。黄龍の動きで生まれる風はまず黄龍自身がどうにも出来ない為、魔術でそれを退ける必要がある。次には純粋な慣性の問題として、それに体がついて行けずに折れて砕けるという現象も発生するが、肉体を魔術で余すことなく強化しながら再生と治療を同時に全力で行い続ける事で常時”破壊と再生”の状態を維持する。
そうやって気が狂う様なありえない作戦を、力技で強引に実現可能にする。1kmを約三秒、高度50kmから地上までは約150秒、それに帝都までの移動する時間を込めて更に120秒、人命を完全に無視した270秒が完成する。表現すれば五分にも届かない時間―――だが拷問の様な環境下でそれだけの時間を過ごせば、それはほぼ永遠として感じられるだろう。
それを黄龍の頭の上で、先頭で、肌で感じている。
―――このゲームには”攻撃力”も”防御力”も存在しない。
どんなに硬い鎧を装備しようが、肉体が硬化されている訳ではない。どんな強い武器を装備しても、それで拳の威力が上がるわけではない。体を鍛えれば筋力が上昇するが、それも肉体の硬度は魔術を使用しない限りは種族として一定のラインを守んる程度になる。どんなに鍛えても、人間がダイヤモンドの様な硬さを手に入れる事は不可能だ。だから、この作戦の無謀さ、人の身で音速で移動し続けるという狂気が見えてくる。
それでも、
誰一人として脱落していなかった。
たった数日ながら、思いつける限りの対策を立て、そして実行した。胸にあるこの深淵の炎が燃える限り、
負けるつもりはない。
風を、音を、衝撃を、全てを切り裂きながら流星となって駆け抜けて行く。あらゆる事象を置き去りながら、痛みと格闘し続ける。やがて、地平線の果てに空中城の頂上が見える。そこから空中城に突撃するまでは十数秒も必要はない。そして空中城には結界が張られている、侵入者を拒む、そういう結界が。
それを突破する為に、前へと踏み出すのはトモの姿だった。ガントレットに包まれた両手で両手剣の姿を取っている聖剣を握り、それを掲げる様に、暴風の中を耐えて掲げる。それに合わせる様に自分もカルマ=ヴァインを大剣にし、左半身を前に出す様に、刃を後ろへと引く様に構える。それぞれの刃の表面に刻まれている虚無の式が輝きだす。数日に間に最低限のバージョンアップを施される事でパワーアップした虚無の式は魔力を吸い上げながら、無色の光を刀身に宿らせる。
「運命を切り開けセレスの聖剣よ」
「斬り殺せカルマ=ヴァイン」
二対の虚無閃光が巨大な斬撃となって音速で叩きつけられた。黄龍の前面に展開した虚無は”閃光”であるために放たれてからは光の速度で動き、空中城の不可視結界に衝突し、一瞬でそれを食い破った。瞬間的に魔剣から感じる力が減るも、元々カルマ=ヴァインは力を放つような魔剣ではない為、ほとんど問題がない。ただ、本来の作戦通りにはいかない。聖剣が四本足りていない為、結界を食い破る程度の力しかない。
それでも黄龍は結界を打ち破り、減速する事無く鱗の全てを震動させながら咆哮する。
城壁が微小な振動による原子崩壊を受け、消滅して行きながらその巨体を叩きつける。その勢いのまま黄龍の背から飛び降り、半壊した空中城の城壁の上へと着地する。口の中から血の塊を吐いて捨て、軽く凍り付いている自分の指をこりほぐすかのように動かし、体を動かす。視線を周りへと向ければ、自分の様に激突の瞬間に黄龍の背から飛び降りて着地した、他の仲間の姿がある。全員が生存し、到着している事を確認する。それを見て、そして気持ち悪そうに両手で口を押えているエドガーの姿を確認する。
「もう一回!! もう一回!!」
「黙ってろキチガイ! つかマジで成功しやがったわ! 絶対死ぬと思ったんだけどなぁ!」
「つか空の上ってああなってるのか、もう二度と地上から離れたくねぇ」
「ここ、空ですぐぼぉッ」
「また吐血してる……」
「全員元気そうだな!」
どう見ても死屍累々なこの状況でそれが言えるのだから、大した精神力の持ち主だと評価する。ともあれ、とりあえず、ここには二十人の味方が存在する。これが戦力の全てであり、唯一の戦力だ―――そしてこの状態から、更にチームは二手に分かれる事になっている。城壁の上からたっぷり吐き終わったエドガーが復帰しながら口を開こうとした瞬間、
素早く接近して来る影がいくつかある。それが飛び込んでくる前に接近し、すれ違いざまに三人の首を斬り落とし、刃を振って血を払う。反対側へと向ければ、同じ様な斬殺死体が増えている。相手の対応が早い。いや、城へと攻め入ったのだからこれぐらいは当然か、と判断する。しかし、ここは広い。それこそ小さな街レベルの大きさはある様に思える。帝都があまりにも広大だから小さく見えるだけだ。此処を駆け抜けてピンポイントで皇帝を探すのは大変そうだ。
「良し! あんまし喋ってる暇はなさそうだから作戦通りGO! ぎゃあ―――!」
城壁を飛び越える様に出現した姿を炎が薙ぎ払う様に燃やし、一瞬で殺した。やはりのろのろしている暇はない。片手を持ち上げ、召喚術を発動させる。
「適当に暴れて好き勝手に遊べ、魔神アスタロトォォ!!!」
空からから、虚空を砕く様に、平面を破片に変えて巨大な白蛇龍に乗った半裸の男が出現する。極悪と評価できる笑みを浮かべて参上した。笑いながら結界に開いた穴を通り抜け、白い蛇龍から跳躍しながら、
拳を城壁に叩きつけ、吹き飛ばした。
「ハァ―――ハッハッハ! ロノウェから聞いたぞ、面白い奴だとなぁ! 大! 公! 爵! アスタロト参上ォォォォ! ハァ―――ッハッハッハ! 血と! 涙と! 絶叫と慟哭が俺を呼んでいるぞォ―――!」
かなり良い空気を吸っている奴だった。楽しそうに破壊活動を始めるアスタロトの姿を横目で確認しつつ、エドガーが指差す方向を確認し、そちらへと向かって城壁を走り始める。城壁へと上がる階段から兵士が出現して来る。出てくる姿を片っ端から殺し、道を作る。壁を走れば良いではないか、と思われがちだが、壁や屋根の上を走るという事は見られやすい場所を行くという事でもある。
それは相手からしたら探しやすく、そして攻撃しやすい環境でもある。戦闘する人数を制限できる城内を走った方が遥かに生存の目がある。故に迷う事無く階段に群がる姿を切り殺し、そこで足を止めて、キャロライナとエドガー、自分の何時ものパーティーメンバーにレスト、そして他に数名を通す。後ろからやって来た兵士を切り殺しながら、殿を務める様に自分も階段を飛び降りる。
そうやって、帝都・空中城に完全に侵入成功する。
◆
帝都・空中城は浮遊しており、小さな街に匹敵する程の巨大な姿を保有している。その形は通常の城の様にカスタマイズされているが、それに利用されている技術が帝国出土の遺跡である事を忘れてはいけない。その壁や通路は高い耐久性を誇っており、遺跡に似た、ダンジョンのような性質を持っている。つまり、防衛性に優れ、魔力が施設内を循環しているのだ。その為、ここに慣れ親しんだものであれば、城自体から循環された魔力を吸い上げ、魔力を回復させながら戦う事ができる。
ホームグラウンド効果の様なものがある。
そしてそれが単純に極悪な機能として行く道を塞ぐ。
単純に解りやすい図で説明するとすれば、
帝国兵の標準装備である魔導銃、この装備は魔力を弾丸として打ち出す装備である。その為、所有者の魔力がある限りは打ち続けられる。ただその魔力にも限界はある―――しかし外部供給を受けているのであれば、隊列を組んで、枯渇しない限りは連続で、マシンガンの様に放ち続けられる事ができる。
故に、そんな地獄絵図が容易く生み出される。
正面には横一列、そして奥に見える限り続く兵の存在がある。正面に立っている兵士がマシンガンの様に、高威力の圧縮魔力弾を途切れる事無く放ち続けている。それを正面から受け止めれば、魔力結合を分解する様な能力がない限り、体が食い破られて一瞬で血袋となってしまうだろう。ただそれに、正面から切り込む三つの姿がある。
レスト、ダイゴ、リーザだ。
レストはそもそも体を影に変え、物理的な干渉を無効化している。リーザはそれ自体が魔導の否定という性質を保有している。故に魔導銃による放たれる魔導弾は意味をなさない。そしてダイゴはジャック戦での反省を生かし、属性を刃に乗せる事を可能にしていた。結界を破壊する程の威力はでないが、それでも十分に魔力弾程度であれば消し去る力は見せている。そんな風に、三人で前面を抑え、残った面子で、後ろから前線を教え上げる。
「炎魔神の腕」
キャロライナの言葉に従う様に炎の腕が床から突きだされ、それが通路を一気に焼き払いながら薙ぎ払う。それに合わせる様に貫く闇色の魔導が通路を奥まで響き、触れた人物を同化して霧散させる。そうやって一瞬で通路を埋め尽くしていた帝国兵の姿が消失する。しかし、通路に一度に入り込めるのは多くても三十ぐらいだ。その程度の数であれば即座に補充に入るのはたやすい。故にそれを実証するかのごとく、即座に交代で攻め入る人員がやってくる。
「終わりがないなぁ、ちくしょぉ!!」
「ぼやく前に切り込め!」
「俺が前に出る!」
後ろから全員を抜き、斬撃を滞空させる様に切り抜けながら前へと出る。出現して来る兵士を透過で抜けながら、抜けた瞬間に刃を振り、斬殺死体を量産して行く。飛び交う血はやがて重みとなって体を押さえつける。それから逃れる為にも壁と天井を足場に、三次元的な動きで跳躍を繰り返しながら切り進む。それに追いつく様に黒い影が一瞬で接近し合流する。視線を向ける事無く、それが殺人鬼のものだと理解し、一気に道に切り込む。
だが、それでもやはりホームグラウンドという事実が相手に圧倒的な数を用意させる。
殺しても殺しても終わりが見えない。一度に数百殺せる訳ではないのだ。それだけの広さが存在しない場所であるため、殺しても殺しても終わりが見えないような感覚に襲われ、更に殺すしかない。
「ァァァァアアア!! 天絶! 地烈! 風吼! 招来ィイ!!」
予め召喚師、そして用意しておいた三つの陣を召喚術を通して召喚する。この方法は予め用意するという形であるために、その場での魔力消費が少なくなる。それに、相手に支配されている空間で、割り込みという形で陣を叩き込む事もできる。それ故に、相手が支配するこの城という環境で、致死性の高い三種の陣が一気に展開される。雷と風が人体を無差別に破壊しながら、逃れようとする者、前進して来る者を容赦なくバラバラにする外道の結界が生み出される。
「ち、このまま戦ってても詰まるだけだな! 囮をやらせてもらうぜ!」
「お前ら死ぬんじゃねーぞ!」
「後は任せましたからね!」
そう言って外へと飛び出す姿がある。レストを筆頭とするアレクサンドリアの傭兵チームだ。トモのチームが空中城の浮遊機関の破壊へと向かうなか、彼らの役割は純粋な囮だろう―――いや、生存率で考えれば逃げ回り、適当に戦えば良いだけの彼らの方が、強敵と相対しなければいけない此方とは違って、生き延びる可能性は高いだろう。迷う事無く囮になったのもそういう話なのかもしれない。ともあれ、これで残ったのは良く見覚えのある面子ばかりになった。それでも泊まる事は出来ず、展開された十絶の陣を消しながら前へと切り込む。血が舞い、肉が飛び、そして死が舞う。
『それに飲まれちゃ駄目よ。殺す為に来ているんじゃなくて、殺すのはあくまでも手段なんだからね、殺した事をしっかり忘れず、それでいて衝動に飲まれずに前を向くのよ』
「―――」
カルマの言葉を胸に刻みながらも、前進し、通路の奥へと行きあたる。斬撃を飛ばす様に刃を振るえば、壁の向こう側で待機していた兵士ごと壁と扉を切り裂く、破壊する。その向こう側、ダンスホールの様な場所が見える。そこで五十を超える兵士が整列し、銃を構え、その一番奥、中央で見た事のあるカボチャ頭が気怠そうに声を放つ。
「はい、掃射ー」
「会いたかったぜカボチャ公よぉぉぉ―――!!」
掃射の前に、一番前に飛び出したのは狂笑を浮かべたダイゴだった。圧倒的な弾幕に飛び出し、透過も、魔導の否定もないのに、正面から当たる弾丸を切り裂き、弾き、
そして前進しながら正面の敵へと切り込んだ。
「遊ぼうぜぇぇ―――!!」
「お前鋼メンタルすぎて俺が詰まらねぇんだよ!! 良いから帰れよ!! こっちくんな! こっちくんな! あっちの軍服チャンネーの方がまだ遊べそうな気配がするんだよ!」
「ヒャァ! 我慢できねぇ! 皆殺しだぁ!」
ダイゴがカボチャ頭を蹴り飛ばしながら壁へと叩きつけ、追い打ちを繰り出す様に何度も何度も執拗に頭を踏み潰す。それを見ながら叫ぶ声がする。
「キチガイの相手はキチガイに任せて我々は進むぞ……!」
後ろから追いあげる様に炎の壁が出現し、それが腕の形状へと変化して弾幕を受け止める。その向こう側でダイゴと再生したジャックの姿が戦闘に入る。その光景から視線を外しながら、エドガーが指差す方向へと、自分とリーザで露払いをする様に走る。もはやここに来るまで大量の犠牲を重ねすぎてきた。ここで止まる事は出来ない、したくはないのだ。ダイゴならきっと何かやってくれる、そう信じながら走り、通路へと入り、
そして斬り殺しながら進む。
◆
度重なる爆音と悲鳴、怨嗟の声と慟哭。それが絶叫する様にまじりあいながら帝都・空中城には溢れていた。一種の合唱、ハーモニーとして奏でられるそれは、聞く者の正気を疑う歌でしかない。それでも、一度始まった以上、退くという選択肢だけは存在しなかった、存在してはならなかった。もはや”次”という言葉は存在しない。完全に認識の知覚外という性質であるため、一度、経験されてしまえば二度と使えなくなる奇策の類。その為に、今回で決めるしかない。
そう覚悟し、血まみれの道を突き進み、
―――やがて、兵士の姿が少なくなり、消えて行く。
城の奥へと進めば進むほどそれが解ってくる。最初は通路を埋め尽くしていた兵士の姿も、今では散発的に奇襲を仕掛けてくる程度になる。その練度も上昇し、隊長クラスの実力者が出現する様になってくる。それでも、その程度が通じる様なパーティーではない。出現次第、一撃で殺せる。それだけの実力は存在する。だが減って行く数、そして徐々に上昇する敵の強さ、
それはまるでゲームの様な気持ちの悪い誘導だった。
それでもエドガーが指示できるルートは一つしか存在しない。それに従う様に入り組んだ場内を駆け抜けて行くとやがて、ホールへと繋がる扉の前まで到達する。その向こう側から感じる強烈な気配に、扉を開ける事無く、足を止め、そして動きを止める。振り返りながらリーザとキャロライナ、エドガーの姿を見る。
「ホールを抜けた先の通路に階段があって、それを昇れば玉座の間というか謁見の間というか、そういう感じの場所へ行ける筈」
「っつーことは待ち構えるにはここが一番、って事か」
リーザとキャロライナと視線を合わせ、確認を取って頷く。再び視線を扉へと向け、それを蹴り開け、向こう側へと抜ける。
巨大な円形のホールの中央には、二つの姿が見える。一人は獅子の鬣の様に、床まで伸びる長い金髪の持ち主―――ニグレドだった存在と、そしてその横に立っているのは黒いローブで全身を覆い、装飾の入ったフードを被るドルイド、或いはシャーマン風の存在だった。その顔を見る事は出来ないが、相手が即座に誰であるかを看破する事は出来る。
帝国十三将―――ロベルナ、それがローブ姿の正体だ。
即座に武器を構え、三人の前に立つ。此方を見て息を荒げるニグレドの姿を無視し、ロベルナが声を響かせる。忠誠的な、男か女か解らない声だが、おそらくは女、そうだとカルマの経験が反応している。だからそう理解し、相手を見る。が、ロベルナは笑みを浮かべる様な気配を向けてくる。
「ようこそいらっしゃいました、皇帝陛下は王国のリーザ姫殿下、我らのエドガー殿下、そしてキャロライナ様を歓迎しております。もしアレクサンドリア皇女殿下がいらっしゃるなら一緒にと言いたかったのですが……ですがその後様子からして参加していないようですね」
解りやすい話、お前は駄目だからここで死ね、って宣言されたようなものだ。
「っつーわけだ、お前ら。先へ行け。ちょくら斬殺してから追いつく」
「あまり出来ない事を言うべきではないと私は思いますけどね」
ロベルナのその言葉に反応する様に左手を持ち上げ、中指を突きだす。その間にリーザ達が横を抜け、反対側へと移動し、そのままロベルナの横を抜けて奥へと消えて行く。その姿を見つつも、視線をロベルナから外さない。それを解っているのか、ロベルナは軽く笑う様な気配を止めない。
「で、カリウスは?」
「あの方は何と言いましょうか……忠犬ですから、陛下の傍から離れませんよ」
「っつーことはやっぱお前を殺せばあのクソ野郎も殺せるって事か」
「ですから余り大きな事は言わない方がいいですよ? かっこ悪いですから。いえ、まぁ、ご友人を助けられていない時点で察すべきなのでしょうが」
解りやすい挑発だが、ピンポイントで人のキレそうな所を突くのは上手らしい。青筋が浮かぶのを自覚しつつも、次の瞬間には怒りを飲み込んで感情値をフラットの状態へと持ち込み、怒りと冷静さをコントロールする。ふむ、と呟く相手の声を聴く。
「これぐらいはしますか。まぁ、もう死ぬかもしれないんですけど」
気づいた瞬間には、
ニグレドの姿が相手の横にはおらず、
首にナイフが触れる瞬間だった。
「―――アハ、ハ、ハァ、―――アハハハハハハァ―――」
ダイゴよりも遥かに酷い狂笑をホールに木魂させながらニグレドが必殺する為に刃を向けていた。それに対して、無拍子で斬撃のカウンターを―――カルマの技術を―――放ち、刃を弾きながら踏み込んだ瞬間、後ろへと退避するように跳び、そのまま壁へと着地する。
ニグレドが着地する直ぐ横、そこには半透明な霊体の姿の、
ヴァレリーが見える。
その両手にはナイフが握られており、死の概念が纏われているのが感じられる。
再び感じる死の気配に即座に壁を蹴り、天井へと足場を変えれば
凍り付く壁と共に、半透明な霊体ゼッケンバルトが出現するのを見る。
「さて、何秒持ってくれますかね」
「お前が何秒持つかに賭けようぜ」
『ハードねぇ、何時もの事だけど』
嫌になる世の中だ。
だが、やりがいはある。これを倒して駆けつけた俺はきっとカッコいいに違い。
女の子的に子宮にキュンキュンクるに違いない。頑張ろう。
「っしゃああ! 遊ぼうぜニグレド! お前と本気でヤりあった事もねぇもんな! 一回ぐらいはこういうのも悪かぁねぇのかもしれねぇし! 馬鹿騒ぎだ、最期まで楽しまなきゃ損だろうがぁ―――!」
「アハ、アハハ、アハハハハハハハハァ! ハハハハハハァ―――!」
―――こうして空中城の地獄が本当の意味で始まった。
正解は中間圏から音速で直上落下してカチコミでした(半ギレ
何人か正解者がいた人にはプロ読者の称号を与えようかと思うけど何故わかったんだ(困惑
というわけで、ついに帝国編もクライマックス、延々と同じシーンはカットしているのでブツ切り感あるかも? なんてお思いつつ空中城での血戦が各所で開始します。文字通り血まみれになりながら戦うよ!
夢も希望もご都合主義もないんだよ!!
解ってると思うけど絶望っぽい戦闘BGM次回から推奨




