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Endless Sphere Online  作者: てんぞー
二章 帝国-革命軍編
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五十四話 十三将という恐怖

 赤と黒が交差する。高速でぶつかる二つの影、それでも押されているのは赤の方。交差し、殴りと蹴りをぶつけ合う度に体が軽く悲鳴を上げる。少しずつ少しずつ、体が削られて行く。それを赤は自覚しながらも、黒相手に対して一人で戦っていた。その理由は実にシンプルなものだった。


 赤に―――リーザ以外に、ヴァレリーに対して対応できる存在がいないから。


 基地の防壁を蹴りながらリーザが飛び上り、空を蹴って方向転換したヴァレリーが正面から殴り合う。ヴァレリーの拳を迎撃する様にリーザが攻撃を繰り出し、それをギリギリのところで凌ぎ、受け流す。が、それでも一撃二撃、リーザが受け流しきれない拳がある。それがダメージとしてリーザに通ってしまう。当たり前だ、元々未熟なリーザと、そして十三将として極まっているヴァレリーとの間では隔絶された実力の差が存在しているのだから。もし勝負になっているのであれば、勝負になっている状況の方がおかしい。


 それでも、リーザは死んでいなかった。


「―――」


 息を吐き、痛みを殺しながらも動く事を止めない。基地に置いてある鋼材や壁、屋根とかを足場に三次元的な動きを繰り返し、ほとんど残像のみを残すような動きでヴァレリーへと襲い掛かる。それに対応する様に徒手空拳でヴァレリーが対応する―――が、もちろんそれだけではない。良く見ればヴァレリーの両手には黒い靄の様なものがかかっているのが見える。それがなんであるかを、リーザは相対経験から深く理解している。


 故に、リーザは一切恐れる事無く拳を繰り出し、っしてヴァレリーと相対する。その戦闘はリーザが一方的に追い詰められるという内容でしかない。リーザは戦いながら着実にダメージを喰らう。それでいて少しずつ自滅の道をたどっている。ただ結果として言えば、それこそが異常な状態でしかなかった。本来ヴァレリーという将を相手にする場合、消耗戦という自体は発生せずに、戦闘は終了してしまう。


 その両手に纏うのが死である故に。


 そう―――死。絶対無二の安息であり、そして永遠の眠り。振れた者は何であろうと死んでしまう、死の概念。それを拳に、そして触れた得物に纏わせる。故にヴァレリーに必要な武器は何でもいい。それで相手に触れれば相手を殺す事が出来るのだから。それがヴァレリーという将であり、場合に上の存在すら容赦なく殺せる毒。それを武器に戦う相手に対し、持久戦、消耗戦という選択肢はあり得ない。発生しない。


 ―――王族という例外を抜けば。


「ハァ―――ッ!」


 リーザには通じていない。それが王族という例外。ステータスに用意された体力という数値とは別に、データ化されていない”生命力”といえるパワーが存在する。ステータスではない為、確認のしようがないが、それでも王族や皇族などは非常に生命力で溢れている。それこそ常人の十数倍から数百倍程度には。どんな状況、どんな環境であっても常に闘争を続けられるように行われてきた血筋による恩恵。それが死という真逆の概念に対して、正面から戦っている。


 生に対して死。


 死に対して生。


 単純ながら明快。死が襲い掛かるなら、生命力を込めて殴り返せば良い。王族として保有する、誰にも負けない生命力、それを全身にみなぎらせ、軽く髪や眼を焔で灯す様に輝かせながらヴァレリーと殴り合う。唯一、王族という背景を持つリーザだからこそできる方法。これで相対する人間がフォウルやダイゴであれば、間違いなく三秒以内に即死して戦闘は終了する。


「らぁっ―――!!」


「―――」


 だが、ヴァレリーも決して甘い敵ではない。手札が潰されたからと言って、それで焦るほど未熟ではない。同じクラスの化け物と相対すれば、間違いなく対策の一つや二つ用意するであろうとは予想がついている。故に一撃目で殺せなくても、ヴァレリーは焦ることなく最善の選択肢を選び続ける―――つまりは地道にリーザを削るという事。シンプルな対応だが、だからこそ盤石。リーザとヴァレリーの間は天賦の才を入れたとしても、追いつけないだけの隔絶された実力の差が存在する。才能だけで格上を殺せるなんて幻想でしかない。


 それでも、リーザは食らいつく。


「ハハッ―――」


 獰猛な笑みを浮かべながら久々に自分では敵わない絶対強者、それも実家、王国で戦う事があった団長や称号持ちの強者達と同列に扱える様な存在。それが王族という肩書きなしに戦い、殺し合う事が出来るのだ。リーザは己の本性を、王族に流れる修羅の血に逆らわない。その本能を肯定する。故にそれはリーザに応える様に、成長を促そうとする。直感的に今までは利用する事もなかった生命力の使い方を閃かせる、本能的に回避すべき攻撃を回避させる。


 未知の、それも死を内包する存在に全細胞が、天賦の才が、そして王族の血筋が歓喜の声を響かせながら力を引き出す。


 それでもヴァレリーの勝機は揺るがない。そもそもからして二十数年程度の娘と、その倍は生きている女では経験が、練度が圧倒的に違う。故にそういうリーザの成長でさえ、


 既知でしかない。


 そもそも、”そういう”化け物―――たとえば戦闘中に成長する怪物、英雄の素質を持っている超人、運命に愛されるかのようにご都合主義が起きる主人公。そういう存在を殺して、漸く帝国や王国では最強の戦士と認められるのだ。無論、帝国の十三将も、王国の三武神などもそういうカテゴリーに入る存在を殺して来て、蹂躙したからこそ最強の怪物として、守護者として君臨しているのだ。


 実力の差は埋まらない。


 リーザが吠えながら振るう拳をヴァレリーは裁きながらカウンターを着実に叩き込む。その一撃一撃がリーザの体を守護する生命力を着実に削って行く。が、その余波で周りの逃げ惑うレジスタンスは死んで行く。それで良い。


 リーザはヴァレリー以外と相対すれば全滅する。


 ヴァレリーは戦ってさえい要れば虐殺できる。


 この戦場は動かない。



                  ◆



「ヒャハハハーハァーハッハッハッハッハ!」


 耳障りな嘲笑を響かせながら亡霊がガトリングの様に放たれ、怨恨を大地や壁に刻んで行く。懐かしい感覚にとらわれるダイゴはそれが切り払うのが無理だと理解しており、逃げる様にトモの背後へと回り込む。それを目の前に聖剣を突き出す事でトモは防壁を生み出し、襲い掛かる怨恨を、亡霊の弾丸を浄化して対応していた。


「最近レジスタンスいっぱい殺したからなぁ―――この弾丸に、オタクの仲間達の魂があるかもなぁ!」


 遊ぶように、ふざける様に、ジャックはそう叫び、亡霊の放出を止めない。それは紛れもない外道だった。


 ジャック・オーという男には愛国心が存在しない。


 そう、ジャック・オーには愛国心が存在しない。故に心の底から帝国に仕えるという事はありえない。負けそうになれば逃げるし、命乞いだってする。帝国にいるのだっていっぱい人が殺せそうだとか、そういう理由でしかない。そもそもジャックは殺した相手の魂を繋ぎとめ、それを燃料や武器として利用してくる為、周囲からの殺意を凄まじく受け通り、それを楽しむ様に嘲笑している。雑魚が何と言おうとも雑魚であると。お前らの醜い視線が心地よいと。何もできないのに心の中ばかりでは、


「一! 人! 前ぇ! あぁ、どうしたんだい勇者くぅん、聖剣がキラキラしていて目に悪いんじゃないかなぁ? んン? あら、怒っている? 怒っているのかなぁ? ごめんねぇ、反省とか後悔からは無縁の生き物なんだ。それが性だと思って諦めてくれよ。ほら、代わりにさっきそこで死んだレジスタンスの魂をあげるからさぁ!」


 何も通っていない袖、それを持ち上げると闇が凝縮し、人の手の形を取る。それが銃の様な形を指で作り、そして一発の弾丸を放つ。それが真っ直ぐ、聖剣の張る結界へと迫る。それを前に、


 咄嗟にトモが結界を解除し、回避動作に入る。


「いい的だよ、君」


「―――テメェがだよクソカボチャ」


 横へ回避するトモとは違い、ダイゴが前へと出る。怨念をひたすら凝縮した、レジスタンスの魂であったもの、その弾丸を正面から受け、一瞬でダイゴの精神が凌辱される。耐えがたい冒涜的な衝動と破壊が精神を食い破ろうとし、それを精神力のみで屈服させたダイゴがジャックの正面に立った。ジャックの放つ亡霊のガトリング、その矛先は聖剣の勇者に向けられており、ダイゴへとは向けられていない。故に、一発。それを泊まる事なく前進して受ければ、ジャックへと到達できる。



 そして到達したダイゴは迷う事無くカボチャを両断した。


 コートを斬った。


 デスサイズを大きく斬り弾いた。


 そうやって解体した所で、ダイゴが横へとステップを取り、ジャックの死体から離れる。それを見ていたトモが一瞬警戒を落としそうになり、


「まだ死んじゃいねぇ!」


「―――早すぎるネタバラシにも困ったもんだよ。もっと芸に対するリスペクトが欲しいねぇ」


 ジャックの残骸だった存在が半透明の霊体となってバラバラになり、そして溶けあわせる様に離れた地点で再び、無傷のジャックの姿となって再生される。再生された直後をトモの聖剣から放たれる聖属性の光がジャックを薙ぎ払おうと放たれる、しかしそれをジャックは嗤いながら回避し、


 ダイゴがジャックの背後に出現する。再び振るう刃は今度は縦に、両断する様に放たれる。


「驚いた、虚属性はちょーっとばかし痛いけど、まだまだ甘いねぇ」


 ノータイムでくっついたジャックのデスサイズが飛翔しながらダイゴを殺しに来る。それをダイゴは接近する様に飛び越え、回避し、刀をジャックに突き刺す。


「俺ごと薙ぎ払え!」


「できるかぁ―――!!」


 聖剣の浄化能力、それをフルに起動させた一撃ならジャックという不死者を浄化させる事も可能かもしれない―――しかし、トモのレベルの精神力では味方ごと打ち殺すという手段はとれない。それを理解し、ジャックは刀を突きさされている状況で一切動くことなく、見下すような視線をトモへと向けている。


「君、もしかして王国出身とかじゃない? その躊躇の無さはまさに王国の人間って感じでやり辛いんだけど―――ま、そっちの勇者君はなんか甘っちょろくて楽しいからいっかぁ!」


「うるさい死ね」


 聞く耳を持たないダイゴがそのまま刃を振るってジャックを切り裂く。そのダメージはジャックからすれば微々たるものでしかない。霊体という属性を保有している故に、物理的な干渉がほとんど通じない。通じる手段である聖剣に関しては使用者であるトモの精神力が成熟していない。いや、聖国出身という弊害かもしれない。帝国や王国出身であれば先程ダイゴが生み出したチャンス、迷う事無く共々葬る事を行った。それが出来ない。その善性をジャックは目ざとく察知していた。


 そして理解していた。


 ”この二人は遊べる”、と。


 殺意をにじませたダイゴは鋭い視線をジャックから外す事なく、虚無の属性を刀の刃に乗せながら真っ向からジャックを切り裂く。そうやって前線でデスサイズを斬り弾き、ステップを取りながら地面から伸びてくる棘付きの鎖を回避し、ジャックから離れる事無く接近戦を挑んでいる。それに混ざる様にトモが動きに追随する。しかしその動きはダイゴに見劣りしていると言わざるを得ない。


 一つ、トモはダイゴ程精神が振り切っていない。


 二つ、攻撃に出る事で切り払わなくてはならない魂が気になる。


 この二つの要素が極限までトモを鈍らせていた。いや、そもそもからしてダイゴの存在が異常なのだ。フォウルの様に特別な魔剣を保有し、経験と技術をインストールされている訳ではない。リーザの様に特殊な生まれ、特殊な血筋を以って絶対強者として君臨する事を約束されている訳ではない。ダイゴはそういう特殊な背景が存在しない、唯一純粋なプレイヤーだと言っても過言ではない。魔剣も妖刀も、聖剣すらない。


 それでも、精神力で一番飛びぬけているのはこの男だった。


 フォウルよりも、リーザよりも、ダイゴの精神力は桁違いであり、そしてずば抜けて恐ろしい、それだけに尽きる。純然たる人間としてのバグ。そう評価しても良い。才能があるわけでもなく、ただ単純にして明確に強い。それを後は精神力と判断力で補っているだけに過ぎない。


 そのダイゴの強さと、トモの弱さはジャックにとっての恰好の餌でしかなかった。


「いいのかい、聖剣の勇者君? 君の友代、すっごぉーく頑張ってるよ? 殺せないのにねぇ、ほぉら―――」


 刃がカボチャ弾を両断し、体と思われるコートをバラバラに引き裂く。虚無という属性が僅かながら付与されている為に、ジャックの霊体が削れる―――だが年月とは力である。その差は埋めがたい。故にダイゴが繰り出す斬撃による消耗は僅かでしかない。寧ろ慣れていない魔力の操作に消費する精神力の方が消耗が多いくらいで、斬っているのに弱って行く、という状況が出来つつあった。


 とはいえ、疲労程度で折れる心をダイゴは保有していない為、全く変わらないペースで動き回りながらジャックを殺しに行く。


 しかし無駄、圧倒的に無駄。ジャックにダメージは通っても放っておけば回復してしまう程度でしかない。故にトモの奮闘が勝利の為に必要となる。そしてそれに応えるべく、トモも踏み込み、刃を振るう。


 決して間違えてはいけない、強さと言えばフォウル、という形になっているが―――それでも聖剣の勇者、トモもまたプレイヤーという存在であれば最強の一角に立つレベルではあるのだ。ただし、純粋に、


 相性として、一番攻撃が通じる相手でありながら、存在として最悪の相性を選び取ってしまった。それだけの話だった。とはいえ、それでも戦闘は続けなくてはならない。ダイゴの刃が斬撃を描き、そしてその間を縫う様に聖剣がジャックの体を切り裂く。それでジャックの体が削れ、まともなダメージが入る。とはいえ、そのダメージも決して大きくはない。着実に、着実にダメージを重ねて行けば何時か、勝利はつかめる。そんな希望を、


 手に取る様に冒涜者は理解している。


「頑張れ! 頑張れ! ゲヒャヒャハ!  ヒヒヒヒ! ハァハハッハッハッハ―――!」


 誇りも愛国心もプライドもない。


 故に冒涜者は遊び、そして飽きれば殺し、、危なくなれば逃げる。


 この戦場もまた、動かない。



                  ◆



「オォ―――!!」


 凍り付いた雨はもはや氷柱の降り注ぐ地獄となっていた。その環境の中でフォウルが咆哮しながら攻撃を透過し、殺す為に疾駆する。攻撃するタイミング、その瞬間だけは透過を解除しなくてはならない。それに合わせる様に爆炎が広範囲を己ごと焼き、そして一瞬だけ氷も水も存在しない煉獄の空間を生み出す。その炎に焼かれながらフォウルが斬撃をゼッケンバルトと切り結ぶ。ゼッケンバルトがその斬撃を受けながら、カウンターとして刺突剣の鋭い一撃を繰り出す。真っ直ぐ心臓を狙って必殺の一撃は急激な温度低下によってフォウルから回避能力を奪いながら放たれる。透過対策に纏われている透過殺し能力と含めて、それはフォウルに回避の選択肢を与えない。


「無駄だっ!」


 瞬間、ゼッケンバルトの真横にキャロライナが出現する。放たれる豪炎がほとんどビームの様に直線状を薙ぎ払い、氷雪の覇将、その上半身を砕く。その瞬間にフォウルが斬り込み、下半身を分割するが、即座に舌打ちと共に逃れる様に距離を取る。疾走しながら逃亡の動きを取るフォウルを追いかける様に、大地が、そして天が再び凍って行く。全てが氷結し、凍って行く世界の中で大地から足を、胴体を、そして腕、頭とゼッケンバルトが再生し、再臨する。


 その理由は単純にして明快―――魂、或いはコアと呼べる存在を殺せていない。ジャックとはまた違うタイプの不死性。ジャックは純粋に物理がきかない体。ゼッケンバルトは氷化する事によって無限の再生能力を得ている。互いに方向性は違うが、行きつくところはいっしょ、攻撃が通じず、再生するという点になる。凄まじい練度と殺意、それに不死性が合わさる事で絶望的になる。


 が、その状況でフォウルもキャロライナも一切闘志を萎えさせることも、諦める事もない。


 ゼッケンバルトとは二人で五分で戦えている―――それがゼッケンバルトを殺害できるという根拠だった。故にキャロライナもフォウルも一切の遠慮する事無く、魔力リソースを全て吐きだすつもりで戦闘を行っている。そこまでして漸く対等に戦える相手である故に。


 そうやって氷の陣地が形成され、暴風と豪雪が霰と共に襲い掛かる。キャロライナが炎を纏う事でそれを無効化する中、フォウルは透過能力を使い、致命傷となるダメージだけをすり抜ける形で危機を回避して行く。その動きは本来のそれよりも遥かに鋭い―――その動きはカルマという指揮者によって指示されているからだ。


 故にその動きは普段のそれよりも一段階上のキレを持っていると言っても良い。最善のタイミングで最善の行動を取り、そして相手がそれを予測してきたときに限って最悪のタイミングを選ぶことにより、ゼッケンバルトの斬撃を外し、そしてカウンターに斬撃を通す。


「ッシャァ!!」


 再びフォウルの斬撃が首筋を切り裂き、そしてキャロライナの熱戦が心臓を貫通する。高速で疾走しつつ、縮地で場所を入れ替えつつ、そうやって戦闘を行いながら高速でゼッケンバルトを挟撃しても、ゼッケンバルトの動きは鈍く、そして倒れない。


 ―――その思惑は単純にして明快。


「耐えれば終わる勝負だ。焦って勝利を拾いに行く必要はない」


「ちぃ!」


 そう、戦場の推移が彼には見えている。ジャックは遊んでいる、だがヴァレリーとリーザの戦闘は時間の問題でしかない。リーザが未見の強敵相手に才能を開花させ、急速に新たな力をつけているのは事実だが、それでも持って数分、長くて十分程度。そこで確実に殺される。そのイメージが十三将には存在し、このままであれば間違いなく事実として顕現するだろう。故に焦る必要はなく、再生力と最低限の迎撃、そして防御力を高める。そうやって耐える事を選べば、相手は勝手に崩壊し、確実に殺せる。


 己のプライド等よりも守護と勝利を。それが帝国守護者の心得。


 故にジャックは別とし、ゼッケンバルトとヴァレリーは決して焦る事がない。耐えさえすれば勝利できるのだから。


 故に、焦りを殺しながらフォウルの動きが加速される。


 超低姿勢でほぼ大地を這う様にしつつも、全速力でゼッケンバルトを殺す軌跡で斬撃を放つ。超一流の領域に入り切れない、一流にギリギリ届く程度の実力しかないフォウルではカルマの様に連続で断ち切ることなどできない。故にタイミングを、チャンスを狙う事でしか放てない上に、回数制限も存在する―――理不尽な技術である故に、物凄い集中力を要する。


 故に、放つ事が出来ずに普通の斬撃を放つ。召喚術を放てるのであれば、放つべきなのかもしれない。しかし、事実としてそんな余裕がない状況であるという事がある。フォウルが一瞬でも召喚術を放とうとすれば、魔法行動に入る存在が二人になり、ゼッケンバルトを妨害する者がいなくなる。そうなると、確実にどちらかが落とされる。そうでなくてもキャロライナは前衛では劣っている。その為、必然的に前衛として剣に集中しなくてはならない。


 それが戦術を制限する。あと一人、前衛で戦える仲間がいれば、召喚術を通して人数差をひっくり返し、勝率も上げられるのだが、それは望めない事だった。


 それでも、無心で殺しに行く。


「―――斬るだけ、それだけだよな」


 残像を残す事なく特殊な歩法で、範囲攻撃の中を無傷で通り抜ける。物理現象としてありえない事を成就しながらも、一瞬でゼッケンバルトへと接近し、それと同時に斬撃を放つ。大剣の剣閃は短剣や長剣で繰り出されるそれよりも圧倒的に早く、そしてブレがない。余計な動作が一切混ざっておらず、美しいと評価できるレベルで完成されている。それを以って繰り出される斬撃は到達と同時に極まった刺突剣、それを両断しながらゼッケンバルトの腕を切り落とす。


「逃がさん」


 同時に、広範囲を囲む様に煉獄が発生し、それが一瞬で逃げ場を残さない様に圧縮し、炎の球体へと圧壊させて行く。透過で逃げ出すフォウルを掴まんと刺突剣が再生を始めるが、それを超え、超高速でキャロライナの術の範囲からフォウルの姿が逃れる。それと同時に圧壊された空間が爆裂し、それが逆巻きながらファイアタイフーンを生み出す。そこで止まる事はなく、巻き上がった炎が空から隕石の様に降り注ぎ、広範囲を炎で爆撃しながら破砕し、周囲を熱で溶かし、そして氷と雨を蒸発させて行く。キャロライナにとって圧倒的に有利な空間が形成されて行く中で、蒸発されたはずの氷が空間を凍結させ、体を形成して行く。


「またこの流れか!」


「殺しきれんか、二人で殺れるという考えは存外甘かったかもしれんな」


 キャロライナの隣へと着地し、大剣を再び構え直しながら炎を凍てつかせ、復活する十三将の姿を確認し、超高速でフォウルが斬り込む。霊体殺し、その手段があるが、ジャックとはタイプの違う相手であるためにそれが意味をなさない。そのもどかしさが胸を焦がしながらも、フォウルができる事は接近し、殺しに行くことだった。それしか出来ない、それしか方法がない。後は極限までキャロライナに時間と集中力を与え、極大の一撃を放たせる事だった。


 が、それを敵も理解している。長文の詠唱が始まる瞬間には雹がもはや岩塊と言えるサイズ固まり、それが豪雨の如く降り注いでくる。単純に身を守るために張っている炎のバリア、それでは防げないレベルの雹は無詠唱であれ、魔術で炎を迎撃に繰り出さないと消滅させられないレベルの攻撃になっている。事実、迎撃せずに喰らえば、一瞬で体が潰れて死ねる。


 常に死と隣り合わせ、一撃でもまともに喰らえば即死できる。そんな環境の中でキャロライナとフォウルは殺す為の一手を出しこまねいている。


 ―――仲間が足りない。


 ―――時間が足りない。


 ―――実力が足りない。


 帝国守護者、十三将。数値化して考えれば、実力を考えれば二人で”殺せるかもしれない”という範囲にいるのは間違いなく正しい。事実、数値だけを見れば殺せる可能性が存在する。だがそれには常に付随する要素がある。それはモチベーションだったり、天候だったり、そして信念だったりする。この状況、その全てがフォウル達へ牙を剥いていた。戦場を支配する事から戦闘は始まる。そういうのであれば、まさにゼッケンバルトは己に相応しい戦場を掌握していた。殺しても殺しても、雨であり、そしてそれが凍りついて氷となるこの空間、この環境ではゼッケンバルトはほぼ無限に再生する事が出来る。


 無詠唱、ノーアクションで天候を変えるか、軍事基地ごと吹き飛ばす様な大技でもない限り、ゼッケンバルトは即死する事がない。


 それが、十三将という存在の領域。


 才能のある存在が血を吐いて努力を繰り返し、そして偉業を達成する事で到達できる人類の限界点の一つ。その見本が各国の称号持ちであり、そして十三将の存在。故に、戦場で生まれた有利不利は余程の事態でなければ決して覆らない。


 そう、それこそ理不尽で圧倒的に予想がつかず、尚且つ正気が一切の欠片も存在しない行動ではないと、


 盤石の体勢は崩せない。少なくとも、キャロラインとフォウルにそれを崩す方法が、手段があと一手だけ致命的に足りなかった。



                  ◆



 故にそいつの登場はまた以外でもあり、そして予想外でもあった。援軍という状況自体は珍しくはない。逃げ惑い、殺され、蹂躙されてはいるが、仲間であるレジスタンス。戦闘に有効な方法がないから戦闘に混じれないだけであって、チャンスや方法があれば、自分も力を貸す為に参加しているだろう。同じ志の下に集い、そして一緒に肩を並べて戦う彼らは兄弟であり、家族なのだから。


 故に、登場したのは以外でもあり、そして必然でもあった。


 基地の見張り塔、基地の中でも一番高く、そして見晴らしの良い場所、そこに最後の戦闘参加者が出現していた。服装は茶色のズボンに白いチュニックに革のベスト、と全く持って面白味のない格好。髪型も両目を隠す様に伸びた黒髪で、日本人をアピールする様なものだ。そんな最後の仲間は、


 一切躊躇する事を、迷う事もなく見張り塔からジャックのいる方向へと向かってダイブした。


 その両手には輝く聖剣が、


 股間にも輝く聖剣が、


 そしてケツに輝く聖剣が握られていた。


 股間とケツに握られた聖剣が悲しげな色を放っているが、それを気にする存在はいなかった。少なくとも男はその訴える様な光に一切の興味を持たなかった。


 そして、男は―――通称”四刀流”と呼ばれている青年は叫んだ。


「―――虚無式四刀聖剣グランドクロス・オブ・全裸ぁ……!」


 虚無の術式と、聖剣の完全開放と、生命転換が同時に発動し、最も身近な物質―――即ち男の服から全てを虚無に変えながら、


 盛大に自爆した。

 だが! 全部! 虚無式四刀聖剣グランドクロス・オブ・全裸が持って行く!! 名前が無駄に長い! 素敵! 抱いて! 徐々に全裸になってくところがポイント!


 芸人の本気。戦闘に参加していなかったのは純粋に四刀流の人は聖剣持ってても戦闘力がそこまで強くないからです。一発当てるチャンスを狙ってたけど、狙えないので芸に走った感じ。

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