五十一話 短い正気
踏み出す。
踏み出すという動作と共に両手で握っている大剣を振るう。上から下へと振り下ろす全力の斬撃は力を乗せていながら、動作全体が軽い。どの状態からも次のアクションへと入れるように動きが完成されている。そう、技術という面ではこの一つのアクションは完成されている、これ以上技術として伸ばす事の出来る部分がない。故に複数の技術と組み合わせる事によって更に力を引き出す様にする。
今踏み出している左足からアクション同様に力を失くして体全体の動きを軽くしたり、大剣の重量を利用して体の重心を調整し、前へと進むごとに体を加速させたり、複雑ながら戦闘で行える立ち回りとしてカルマから得た四十年の記憶、最も早く完成させ、そして動きの基本となる技術。カルマは本来、魔剣を保有していない。それもそうだ、魔剣カルマ=ヴァインはカルマ自身を材料として生み出された魔剣なのだから、彼女が保有している訳がない。故に、カルマは剣を使っていた。
それも名剣や聖剣の類ではなく、主に替えの利く量産品を。
大剣、双剣、刀、ナイフ、長剣、短剣、あらゆる剣を保有し、それら全てを得手不得手なしで運用し、状況に対して一番適切な剣を選び、それで斬殺する。その為、大前提としてカルマの動きにはどんな剣を握ろうとも、その重さのデメリットを解除し、そして戦闘を全く同じ速度で行えるという事が要求される。それを四十年という短い期間の間に完成させ、到達できる上限へと至ったと考えれば、とてもだが天才という言葉だけでは表現する事が出来ない。普通に考えるのであれば、全ての剣を自分へと最適化させるための技術なんてものはない、何故なら武器は一つに特化させるものであり、そして複数に広げるという事は超一流であるという選択肢を捨てるからだ。
だが彼女は成し遂げた。剣というジャンルに置いて、それを握っている間は常に超一流であり続ける事を。故にその基本となるのがこの動き、全ての技術の出だし、根幹と言っても良い部分。あらゆる剣を使う上で、その重量を無視して振るう技術。それで振るう大剣はまるでナイフのような軽やかさをもって絶死の軌跡を描く。鋼でさえ容赦なく割断する斬撃を前に、
剣聖カルマは後出しから先に到達する斬撃で切り払った。清々しいと言って良い程の異常だった。物理的にそんな事はありえないのに、呼吸も、意識の合間も、それを縫う技術は使わせない様に常に呼吸を切り替えながら戦っている。それでもまるで無視する様に同系統の技術を発動させ、斬撃の前に斬撃を割り込ませる。
スキルではない、技術でだ。スキルが強さを決める法則の中で、カルマは技術を磨き、そして至ったある種、世界観を無視した異常存在である。何せ、彼女は、
”技術を極めようとする修練のついででスキルを極めた”というあからさまに特異な存在なのだから。
故にありえない現象が発生しても、驚きはない。驚く事はありえない。もはや経験してしまい、慣れきってしまったから。だからそんな状況で自分ができる事は、前へとさらに踏み出し、斬撃を重ねる事。それのみ。剣士に後ろはない。下がれば死ぬ。零距離だと剣が振るえないという奴は単純に鍛錬を重ねていないだけだ。たとえ密着した状態であろうとも、剣を効果的に当てる方法は存在する。だからそれを実証する為にも前へと踏み出し、弾かれた状態から刃を戻す。
振るわれる大剣が大剣がぶつかり合い、刃に乗せる斬撃が発生し、お互いの剣が弾かれる。
正面、発生する斬撃と衝撃によって髪が揺れ、スカートが揺れ、スカーフを揺らすカルマの姿がある。その存在はかつての、この世界の暗黒期と呼べる時代で最強の名を得た全盛期の姿となっており、発揮されている実力もその時のものだ。
故に、何十、何百と行っている戦闘の中で、未だに一撃すら通した事がない。
来ると解っていた。
繰り出した斬撃がお互いに刃をぶつけ合う事で見当違いの方向へと向かっている。だがカルマの弾かれたそれだけは折れ曲がる様な軌跡を描き、法則を無視する様に襲い掛かって来た。斬撃が途中で捻じ曲がって襲い掛かってくる、というあまりにも非常識な状況、それに対して冷静にサイドステップを取る様に回避を選択しながら斬撃を流し込もうとする。
それに対応する様に再び大剣と大剣が重なり、
そして発生する力、衝撃、物理法則が斬撃され、切り裂かれ死ぬ。
刃を前へと押す力が切り裂かれたことによって消失し、その一瞬だけ、前進するという力が全て失われた。故に体は強制的に停止する。それも一瞬だけ。体を動かし続ける事は意識してある。故にコンマ以下の時間だけ停止し、即座に仕切り直す為に回避動作と斬撃の動作を織り交ぜ、カウンターを叩き込みに行くが、
そのコンマの間に、カルマが既に背後へと回り込んであり、刃が数センチ、首に沈んでいた。
「―――」
刃が首の半ばまで切り込むが、それでもまだ死亡していない状態で体を弾け飛ばしながら転がり、離れる。そんな隙を逃す程相手は優しくない。転がった瞬間には既に接近しており、体勢を整え直す此方の体に向かって蹴りが入り、斬撃が入り、そしてそれだけで一回死亡する。経験するのは斬首と胸の陥没による心臓の粉砕。蹴りと斬撃で丁寧に纏めて一回殺された。
それでもこの空間には死はない。魔剣の心、カルマと、魔剣の過去の所有者たちの想い出と、そして自分のみが存在する空間。首を斬り落とされ、心臓を潰されて転がろうが、数秒で普通の、無傷の状態へと復帰する。そうやって復帰して武器を構え直すのに一秒、
それで休憩時間は終了だと言わんばかりにカルマが音も気配も姿をも見せずに横へと出現した。まだ死亡したときの激痛が体内を駆け巡るが、それにはもう既に慣れてしまった為、思考の外へと押し出しながら馬鹿の一つ覚えの様に回避と切り払いでカルマの斬撃をいなす。実際、カルマに対して取れる選択肢はそれぐらいだった。
単純に、レベルが高すぎる。あらゆる技術が基本動作に組み込まれている。故に複雑な動きで返そうとすれば、それを集約した基本動作で打ち破られる。ありえないと言いたい所であっても、それを可能としてしまうだけの経験と技術がカルマの中にはあった。彼女は手加減はしていても、一切の遠慮は行っていない。もはや魔人としか表現する事の出来ない技量、
それで正面からカルマと切り結ぶ。
四十年という研鑽を短い時間で入手し、それを使うべき本来の体ではない。故に戦闘と反復動作でひたすら馴染ませつつ、戦闘を通して覚えるべき技術をひたすら経験し、習熟させる。出来ないなら喰らって理解できるようになるまで覚える。
故に繰り出した斬撃が再び斬り殺されて動きが停止しそうになる。その対策として打ち合う瞬間に緩めていた片手を拳として顔面へと向けるが、首の動きでそれを回避したカルマは手首に噛みつき、それで上半身を捻る様に此方を噛んで投げ飛ばそうとする。踏ん張ろうと力を込めた瞬間、投げる動作は終了しており、
振り返る様に斬撃が五閃発生していた。気付けば体が再び解体されている。崩れ落ちる体を魔力で繋げ止めようとしながら、大剣を振るい、斬撃をカルマへと飛ばす。
それをカルマは刃で受け、そのまま斬撃を折り曲げ、此方の顔面へと突き返した。
そしてまた死んだ。一瞬だけ意識がブラックアウトするが、次の瞬間には完全な状態に体が再生している。刃をしっかりと握り直した瞬間、目の前に斬撃が迫っていた。それを切り裂き、割断する。その動きのままに前方へと姿を消して進み、目の前に到着するのと同時に刃を振り抜く。それに対応する様に横へ回り込んだカルマが残像を斬らせながら蹴り飛ばしてくる。その蹴りで股関節を砕かれ、立ち上がれないのを理解した瞬間、既に迫っていたカルマが掬い上げる様に斬撃を放ち、刃ごと体を両断し、また殺して来た。
そうやって殺され、殺され続け、殺され切っている間に、カルマが放ってくる技術を経験に基づき、理解して行く。どういう系統の技術なのか、その動きは何をベースしているのか。予備動作はどういう物なのか、どうやってその予備動作をキャンセルしているのか、繰り出せば一体どれだけの効果があるのか、消費はどれぐらいするのだろうか、そういうことを受けて、見る事で少しずつ理解して行く。本来は一撃必殺の技術だが、この空間に限っては何度喰らおうとも生き返る事が出来る。故にありえないパワーレベリングが行える。スキルも、ステータスも一切上昇しない、技術だけを伸ばす為の時間と空間。
それでも、仲間を救うという目的の為であれば是非もない。未だに足元程度にしか及ばない雑魚ではあるが、盗める技術は盗む。困った時は侵食して覚える、なんて事を言っている暇はない場合だってある。だから覚えられるものは、覚えなくてはならない。
だから殺されて再び立ち向かう。慣性が、斬撃が、推進力が、呼吸が、ありとあらゆるものが切り裂かれて行く。一つ一つを見せつける様に切断しつつも、確実にカルマは殺してくる。
―――そうやって、数時間、ひたすら殺され続けるだけの時間が続く。
◆
そして、朝がやってくる。
夜通しカルマと戦い続けて入るが、それでも肉体は休息を得ている不思議がある。寝袋から上半身を持ち上げつつ横へと視線を向ければ、笑顔を浮かべて眠っているミリアティーナの姿がある。その姿を起こさない様に気を付けながら寝袋の中から這い出て、テントの中でパンツシャツを着替える。下着類はやはり日本人としての習性か、毎日着替える様に心がけている。まぁ、洗濯とかも考えなくてはいけないのが若干面倒な事だ。
魔法を使えば簡単に終わるのだが。
着替え終わってズボンにシャツ姿、というラフな格好になったところで、軽く頭を掻いて、音を立てずにテントの外へと移動する。気配の消し方、姿の消し方、音の殺し方。それらは基本技術としてカルマから流入している。故に一切ミリアティーナを起こす事なく外への脱出に成功し、青い空の下で大きく両手を伸ばし、体を解きほぐす。何だかんだで夢の中でのカルマとの模擬戦は次の日まで疲れを残さないし、肉体に一切影響しない。いや、その気になればカルマだって精神力を直接斬る事だって出来るのだろう。だけど、それがない。一切疲れていない。
それはつまり、カルマが精神力だけを狙って外しているという事だ。或いは戦闘中に発生している疲労、ストレス、そういう精神的な疲れへと繋がる様な要因を戦闘中に斬殺しているのが原因なのかも知れない。ともあれ、普段のカルマはともかくとして、あの全盛期状態のカルマは純粋に心の底から尊敬できる存在だと思う。それだけにすべての動きに混ぜられている技量の高さ、そして強さは圧倒的な物なのだ。
斬撃を捻じ曲げ、自分に向けられた斬撃を支配し、狙ったもののみを切り裂き、そしてそれらを全て内包しつつ圧倒的に届かせる事が出来ないレベルで基礎を高めている。全方位的に隙の存在しない怪物だ。これで遠距離戦を選べば魂を砕く魔法を繰り出してくるのだから本当に容赦がない。一人の男として、あの領域の強さに関しては憧れる者がある。流石全盛期カルマ。
『一応両方ともお姉さんだから切り離して考えるのやめない? お姉さんちょっと傷ついちゃってるわよ? ねぇ、慰めない? 慰めてくれない? 今夜の特訓ちょっとだけ色を付けちゃうわよ? お姉さんちょっとだけ頑張っちゃうわよ?』
「そんなんだからお前の扱いが軽いんだよ」
『えー』
ぶーぶー文句を言っている怨霊カルマは無視し、欠伸を盛大に零した所で軽い体操は止める。今日も体も心も調子が良い。ある程度はカルマのおかげもあるが、”死ぬ程度”でストレスを感じなくなる程度に精神が狂気を帯び始めているのかもしれない。【業の目覚め】は有用な部分があるが、やはりデメリットが大きい。なるべくなら頼りたくはないが、この状況でそうはいってもいられない。
とりあえず、まずは軽く顔を洗おう。そう思ってインベントリから歯磨き代わりの薬草を口の中に放り込み、噛み始める。噛む事で歯を磨くのと同じ効果がある薬草は少々苦いのだが、それでも歯ブラシや歯磨き粉を用意しなくて良い事を考えると非常に便利な道具だ。旅をしている間は大体これを使用している。噛み終わった薬草の処理は吐きだして魔術で燃やせば良いのだから、非常にエコロジカルだ。そうやって薬草を噛みながら拠点内にある井戸まで移動すると、そこにいる姿を見つける。
自分と同じように井戸の前で薬草を噛んでいるのはキャミソールにホットパンツ、という恰好のリーザだった。朝起きたら真っ先にポニーテールで纏められる髪は今日は全部降ろされており、普段は纏められているせいで解らないが、かなり長く、そして髪の量が多いという事が解る。もう既に目が覚めているのか、井戸の前に出くわした彼女は此方に気付くと顔に笑顔を浮かべ、片手を持ち上げる。
「おはよウル。炎貰っても良い?」
「はいよ」
炎を足元に生み出し、軽く視線を逸らす。その間にぺっ、という音がするので、吐き捨てられたのだろう。たっぷり数秒待ってから視線を戻し、自分も口の中の薬草を吐きだして捨て、燃やす。そうやって口の中がさっぱりした所で井戸から水をくみ上げ、それで顔を洗ったり、軽く口の中をゆすいだりし、朝の日課を終える。既に顔を洗い終わっていたリーザが待っていてくれたのか、直ぐ近くで立っている。
二人で並んで食堂へと向かう。どうせダイゴの事だからまた娼婦の所へ突撃しているのだろうし。
「今日は髪を降ろしているんだな? 結構珍しいな」
「うん? あぁ、そうね、殴ったり蹴ったりするときポニテにしておいた方が邪魔にならないし、咄嗟の時に鞭の様にしならせる事もできるからね。だから普段はポニテで纏めてるんだけど……まぁ、出撃するまでは基本、訓練してばっかりだし、体を休める日も必要だし、そういう意味で今日は降ろしているのよ。それに一応男じゃなくて女に生まれてきている訳だし、多少はおしゃれとか違う髪型も挑戦してみるべきかなぁ、と思っていたり」
『あらあら、なんか可愛らしいわね、今日は』
歩きながらリーザが色々と髪型を手で握って試している。アップで纏めてみたり、サイドポニーを試したり、ツインテールで試したり。ただやっぱり、普段から見慣れているという部分があるが、
「やっぱポニテが一番似合っていると思うよ。他の髪型するなら着替える事を視野に入れた方がいいし」
「そう? んじゃあ何時も通りにしておくわ」
そう言ってポケットから髪紐を取り出したリーザはそれでサクサクと髪を纏め、そして見慣れたポニーテール姿に戻る。やはり何時も通りの姿には安心感がある。ただ、この光景にニグレドが混じっていない事を考えると、少々寂しい所がある。まぁ、彼女に関しては次エンカウントし次第、斬り殺して助け出す事を確定しているのだが。体を三分割しても逃亡したのであれば、両手足を斬り飛ばして、消し飛ばせば繋げる事も出来ないから、逃げ出せないだろう。
「しかし、リーザはこっちに来てからどういう活動しているんだ? 俺、ほとんどキャロライナと駆り出されているような形だけど」
「あぁ、うん。まぁ、今はウルの方が強い感じだからしゃーないわね、ちょっと嫉妬するけど。基本的に私とダイゴはもっと細々とした任務をこなしているわよ。素材調達とか、周辺の魔物退治とか。と言っても基本的に貴方達二人を抜けば私がトップに入るからね、この前はドラゴンの首を折るハメになったわ」
「リーザさんはもしかしてなくても私よりも派手な冒険をしているのではないでせうか……」
「喋り方がおかしいわよ」
ドラゴンの首を折りに行く事態とかちょっと意味が解らないです。まぁ、それでもリーザが充実しているのならそれは幸いだ。最近は余り仲間と一緒の時間を取れていない様な気がするから、軍艦奪取の為の作戦が始動するまで、こうやって何気ない時間を仲間と共に過ごしたいと思う。そんな訳で食糧配給を行っているテントの前まで移動すると、焚火の腕大きな鍋をかき混ぜている配給担当の姿が見える。まだ百メートルほど離れていても、良い匂いが風に乗って運ばれてくる。
『うへへへ、良い匂いね』
味覚の共有遮断してやろうか。
『まって、食事は楽しみなの! 何でもするから取り上げないで!』
ほんと残念な怨霊だった。こいつ、どうするべきなのだろうか。全盛期タイムはともかく、普段の彼女に対してリスペクトとか軽く不可能なのだが。まぁ、同居人に関しては優しくやってやるのが慈悲なのだろう、とは思う。そんな事を思いながら食料配給まで移動すると、ボウルの中にスープを入れ、そしてパンを二個渡してくれる。その横ではサラダの準備がされており、それを受け取って近くの木製のテーブルまで移動し、そこに朝食を並べて、リーザと相対する様な形で座る。
「しかしアレね、実家を出て武者修行したり遊んだりするつもりがあったけど、こうやってゴタゴタに巻き込まれるとは一切思ってなかったわ。いや、楽しいからいいんだけどさ。純粋にこんな事態になるとは一回も思ってなかったのよ」
「国を出る時点でこんな状況になる事を予想出来たらすげぇよ。いや、冗談なく。でもレジスタンスに関わりそうってのは結構考えてたことなんだろ?」
まぁね、とリーザが応える。お互いにスープをパンに浸したりして朝食を食べ進める。やはりレジスタンス、というか此方の食糧事情は結構良い。頭の中でカルマが共有している味覚を通して朝食を美味しがっている。生きていて良かったなどと言っているが、お前既に死んでいるだろ。
「まぁ、でも、ぶっちゃけ後方から援護射撃でちょっと混乱させてやろうかなぁ、って思惑はなかったわけでもないわよ? まぁ、予想外にこっちのレジスタンスがみみっちぃ、というか規模がショボかったのが驚きだったけど。まぁ、それでも戦争に合わせて後方でテロでも起こせば陽動程度にはなるんじゃないかなぁ? っては思ってたし。帝国程度にウチのが負けるとは思えないし」
「―――お、それは聞き逃せないなぁ」
そう言って自分の横に滑り込む様に入り込んでくる姿がある。此方も同じ朝食を手に持った、エドガーの姿だった。シンプルな服装はしているが、この男が殿下だと思うと中々に複雑な気持ちになる。というか今、継承権は低いが王国の王女と、帝国の皇子が揃って朝食を食べているという不思議な状況が繰り広げられている。良く考えたら軽くありえない光景だが、帝国の状況、そして軽すぎるリーザのフットワークが実現した夢の共演だった。
「王国の精兵っぷりは良く話に聞いているが、それでも勝利するのは帝国だって断言させて貰う。何せ、王国は訓練を行っていても実際の戦争という出来事に対してはここ数代、経験していない。それに比べ帝国は常に侵略を通して戦時のマニュアルをアップデートしてきた。戦争という事に対しては間違いなく帝国が最強だ」
「ハッ、その程度で自信を持っているとか馬鹿馬鹿しいわね。ウチの騎士団は戦争を想定した訓練を行っている上に何時でも、どんな状況、環境であろうと最善で動けるように訓練されているわよ。それに十三将だっけ? ウチの三武神に比べればカスも良い所よ! 引退してヤクキメてるクソ爺も戦線投入すればいいしね!」
「老人は労われよ!」
「まぁ、確かに三武神の話は聞くけど、それでも数で言えば此方の方が上回っているんだ、囲んで殺せば問題ないだろう」
「馬鹿ねぇ、十三将ってエゴイストばかりなんでしょ? 連携とか出来ているって聞いたことないわよ。忠誠と愛国心はあるらしいけど」
「それを持ち出されると辛い」
三武神―――”あの”王国でも最強と呼ばれる三人の武神を指し示す言葉だ。しかもその称号に関しては一対一で勝負し、勝利する事で獲得可能とか言う狂っている条件の為、ほぼ毎日襲撃者が存在し、三武神はその奇襲や襲撃さえも己の鍛錬として組み込んでいるとかいう、狂いも狂いきった王国の民である。奇襲が出来るなら好きなだけやれ、爆撃も遠距離砲撃も全て許可するとか明言しているらしく、それでも十数年交代は発生していないらしい。
頭おかしい。それしか言葉が見つからない。
『……』
無言でワクワクしているバーサーカーがここにももう一人いたらしい。座ってろ。見た目は良いのに、ホント色々と残念な剣聖だった。
「……まぁ、ここは私情抜きで話にしましょう。現状帝国と王国が戦争した場合の勝率を互いに計算しましょう。私が思うに6:4で王国の方が勝っていると判断するわ。判断は単純に帝国と王国が戦闘を行った場合の兵の練度と取れる戦術の差」
「いや、それを言ったらこっちの方が有利だろ。近接型が多いだろ? 王国兵って。だったらアウトレンジで持続的に銃撃を繰り返せるこっちの方がその場合、遥かに有利だろ」
「馬鹿を言っちゃいけないわ、その程度やるって解っていて対策しない訳がないでしょ。それに銃撃って一発一発の威力が固定されているから訓練さえすれば見切るのも対処するのも難しくはないのよ。ウチの団員はそこらへん、味方の死体を使ってでも状況の突破をする様に訓練されているから、完全に対処法と戦術を覚えさせてあるわよ」
「王国兵こえーよ」
「これだからキチガイの相手は嫌なんだ」
エドガーの眼の中に熱いスープがジャストミートした。悲鳴を上げながら転がるエドガーへと一瞬だけ視線が集まるが、まるで何時もの光景だと言わんばかりにそこから興味を失って視線を朝食へと戻す。エドガーの不幸に関しては何時も通りらしく、そこまで興味を生まないらしい―――あまりにも哀れな光景だった。とはいえ、それで同情が湧く様な事は一切ないのだが。
「第一戦場の推移を決めるのは将兵の質よ。レジスタンスなんかが出没す帝国が従来通りの兵の質を維持できている訳がないでしょ。兵士全員を洗脳しているならともかく、こんな状況で出兵する事に疑問に思っている者だっていっぱいいるのよ、レジスタンスが出没する状況で家族を置いて出兵しなきゃいけない気持ち解る? 自分がいない間に家族に何かあるのかもしれないのよ? そんな状況で何時も通り戦争できるか怪しいわね」
「あー……成程、純粋に戦力とかだけじゃなくて、そういう話もあるのか……」
『お姉さんの生きていた時代だと戦争しなきゃ明日には村が消える、国が消えるって状況だから寧ろ進んで戦争しない奴は死ね! って感じの時代だったのよね。それと比べると今の時代は本当に平和で素敵ね。戦争をするのに理由があるのっていいわね』
暗黒期が酷いってレベルじゃなかった。
「まぁ、それでも私達よりも遥かに頭の良い連中がいるからね、きっとそういう連中が戦力差とかモチベーション差をどうにかしてしまうような戦術を思いついちゃうのよ。そういう意味では帝国側も怖いのよね。軍師によっては劣勢を逆に利用して自分の勝利を引き寄せる様な奴がいるし。まぁ、そういうのは本当に一部の怪物なんだけどね。ただいないってわけじゃないから」
「うーん……考え出すとキリがねぇなぁ。もっと気楽に考えていきたい所だわ。改めてこういうのを全部皇族って考えなきゃいけないんだろ? あーやだやだ、やっぱ親父倒して国を救ったら兄貴か妹に全部仕事をぶん投げて俺は地位捨てて旅にでるか。カバーでバードをしながら歩き回ったけど、やっぱり楽器片手に語り合っている間が一番楽しかったしなぁー」
「ま、それも所詮はレジスタンスが勝利出来たら、という言葉が付くんだけどな」
「それに関しては安心してくれ」
そうエドガーが言う。
「実はさっきキャロライナと会ってな、作戦に関する最終調整と確認を行いたいからメシの後で会いに来てくれって言われてるんだ。まぁ、大方の予想通り軍艦の襲撃に関する話だと思う。偵察とかの話によると軍艦の整備とかが最終段階に迫ってきているらしいし、近日中に襲撃を行うと思うぞ……っと、ごちそう様。んじゃ行ってくる」
「お疲れ」
「行ってらっしゃい」
エドガーがボウルやらを放置して去って行くと、それを回収する人がやって来て、軽く片付けて去って行く。自分もあと少しで食べ終わる。戦争も色々と複雑だよなぁ、なんて思いつつ、この後はミリアティーナを起こさなきゃいけない。再び日課の続きを再開する前に色々と考えていると、リーザの視線が此方へと向けられているのに気付く。
スプーンを咥えつつ、視線をリーザへと向ける。
「どうしたよ」
「ん、いや―――ウル、ちょい背低くなったよね、髪も伸びたし。そろそろ紙紐でも使う?」
「髪はウェイト代わりに使えるからこのままでいいよ」
「あぁ、体移動の一環で利用しているのね」
『女の体だって結構便利なのよね。正面から殴り合うなら男の体が一番なんだけど、女の体はしなやかだし、胸と髪がアレばそれをウェイト代わりに、動きの途中で飛距離を伸ばしたり、距離の計算を崩したり、変則的な動きを行う事が出来るのよね。だから割と便利よ、巨乳と長髪は。髪を伸ばしていると引っ張られる、とか言われているけど何事も使い方と練度よ、練度。ないよりはあった方が便利よ』
カルマの言っている事は記憶にもあるから良く理解している。しかし、気になるのは別の事だ。
「……変わってきている?」
「うーん、まぁ、遠い親戚の弟ってレベル? まぁ、男にしては髪がちょっと長いって感じよね。白い部分が前よりも増えたし。ただ、ほら、私そこらへん過敏だから反応し過ぎているだけかもしれないし」
『まぁ、まだ二割程度だしねぇ』
ま、とリーザは言う。
「どんな姿になっても仲間は仲間よ。女になったらどうすればいいか私が教えるから安心しなさい」
「思いっきり見捨ててるじゃねぇーか! お前解決手段をその前に見つけろよ!」
そうやって朝食の席で馬鹿な話をしつつ、こうやってまた、何でもない一日が始まる。
それもきっと、終わりが見えてきている。
帝国の落日は近いのかもしれない。
全盛期カルマさんのアクションが全体的におかしい件について。
というわけで、中編も終わりが見えてきたので、軽い日常を挟みつつ、次なる任務へ。
それにしても白衣マンへのヘイトの集まりが予想を超えてて笑うしかなかったなぁ。まぁ、今まで明確にヘイトできる相手がいなかったのもアレなんだけど。




