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Endless Sphere Online  作者: てんぞー
二章 帝国-革命軍編
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四十八話 夢の中で

 キメラ研究所を襲撃して、それから帰還し、そしてエドガーから告げられた言葉はシンプルなもの会った。


「襲撃は諦める」


「はぁ!?」


 そうとしか言葉が吐けなかった。監獄、そこを襲撃する事で収容されている大量の同志を解放する。それで得たマンパワーを他の作戦に当てる。そういう手はずだった筈だ。なのに、それを全て否定し、襲撃は諦める、と言ったのだ。どういう事だ。そう言おうとして詰め寄ろうとしたところで、動きを停止させ、そして頭の中で情報を整理し、そして結論に至る。


『おそらく私達がキメラ研究所を襲撃している間に彼方だけで監獄を襲撃したのね。戦力も人員もサポートも此方よりも豊富、あの通り魔一人ぐらいいなくたってどうにかなるだけの実力があるのよ。だから、きっと―――』


「先に解放されてしまった、か」


 その言葉にエドガーは黙ってうなずく。カルマと自分の考えが正しく、そしてどうしようもない事態に直面した事に黙り、静かに報告の為にやってきていたエドガーの天幕、その床に座り、息を吐く。直ぐ近くで話を黙って聞いていたキャロライナは眼を瞑っており、エドガーの放った言葉を聞き入っており、数秒間の無言の後、口を開く。


「……おそらくは何処からか情報が漏れているのでしょう。此方がキメラ研究所を攻略している間に、マンパワーを利用した監獄の奪還作戦を、という風に。彼方の戦力はレストだけではありませんからね、レスト一人で此方の動きを制限するなら安いと思ったのでしょう。作戦を練り直しますので、失礼します」


 そう言ってキャロライナは足早に去って行った。彼女も帰って来たばかりなのに、良く頑張るものだ、と思う。天幕から出て行くその姿を眺めてから、軽く息を吐くと、エドガーが視線を向けてくる。


「今回はネタ抜きだ。しっかり休んでおいてくれ、慣れてない事で疲れただろ」


「……そうだな、ちょっと休ませてもらうわ」


 立ち上がり、エドガーの天幕から出る。そこでもう一度だけ溜息を吐き、そしてテントへと向かう。とりあえずは疲れた。食欲もあまりないから、そのまま自分のテントへと向かうと中に入り、そして床に弾いてある寝袋の上へと転がる。インベントリを開いてその中にインバネスコートを投げ込んだら、そのまま仰向けに寝転がり、片手で顔を覆う様に視界を閉ざし、


 目を瞑る。色々と疲れてしまった―――少し眠り、そして休憩を挟もう。軽くメッセージで帰還した事をダイゴに送り、そしてそのまま眠りにつく。疲労のせいか、眠気が完全に体を支配するのに時間は必要としなかった。



                  ◆



 ―――そして気付けば虚空に立っていた。


 初めての経験に軽く驚き、そして困惑する。自分は眠りについたはずだ、もしかして悪戯か拉致でもされたか? なんて事を思いながら周囲へと視線を向ける。周りに存在するのは一面の闇、そして虚無だ。自分の姿以外は一切の黒によって埋め尽くされた、そんな光景だ。自分は虚無に立っている。しっかりと足元を踏めば、そこには感触がある。虚無に見えて、ちゃんとそこに足場はあるらしい。


「……あっちの方が明るいな」


 視線を前へと向ければ、僅かに明るくなっている所が見える。自分の服装は、寝る前のコートを脱いだ格好で、腰にはちゃんとカルマ=ヴァインの存在がある。ただ、先程からカルマの気配を自分の中に探っているが、そこにカルマの存在を感じられない。成仏したならしたでいいのだが、そんな事はありえない。とりあえずは魔剣を片手に、明るい方へと向かってゆっくりと歩いて行く。帰って来て早々、またトラブルか、なんて事を思いながら歩く。


 無音の世界を数百メートル程歩くと、漸く、音のない世界に音が生まれる。


「……オルゴールか、これ」


 綺麗に、だが小さく響くオルゴールの音が聞こえる。それは光へと向かって歩けば、歩く程に段々と確かな音となって聞こえてくる。無音の世界に響く物悲しげなオルゴールの音を聞きながら光へと向かって歩くと、漸く、何かの輪郭らしきものが見えてくる。歩きつつも目を凝らせば、


 それが燃え尽きた家である事が解る。


 もう既に炎は鎮火されており、家の周りに生える緑は綺麗に焼け焦げ、枯れている。元々は美しかったであろう巨大な木が燃えて折れ、枯れている。その木の根元には一人の少女が立っている。年齢は十歳程の様に見えるその少女は青い髪をしており、シャツとスカートを真っ赤な返り血に濡らしていた。少女の周りへと視線を向ければ、そこには十を超える鎧姿の男たちの姿が見え、その全てが切り裂かれ、殺されていた。少女は涙を流すわけでもなく、ただ茫然と、足元で悲しげなメロディーを流すオルゴールに聞き入っていた。


 その光景を、闇と家の周りの緑の、その境界線から踏み込むことなく眺めている。駆け寄りたいという気持ちはあったが、だが同時に、これはどうしようもない光景だと、そう認める自分の心もあった。


「そう、これはどうしようもない光景。過去の出来事。終わってしまった出来事なのよ。何番目の”私”の出来事なのかしらね、これは。見えるかしら、彼女の手に握られている剣が何なのかを」


「あぁ」


 少女が握っているのはカルマ=ヴァインだった。少女の手のサイズに会う様に、それはショートソードの姿を取っている。だが血に濡れていても輝く様な白の魔剣、その装飾は間違いなくカルマ=ヴァインの姿だった。それを握った少女は顔を持ち上げ―――そこに幼いカルマの顔を見せていた。青かった髪は毛先から段々と白く染まって行き、そして青髪は白髪へと侵食され切った。そうやって、気付けば少女は、何時の間にか幼いカルマへと変貌している。カルマ=ヴァインによって侵食され、最適化されきった存在の末路がそこにはあった。そうやって”生まれなおした”カルマは、溜息を吐き、


『……さて、お墓を用意しなきゃ駄目ね』


 少女にあるまじき冷静さで魔剣をしまい、そして家の裏手からスコップを持ち出し、墓を用意し始める。殺した敵の墓、両親の墓、兄弟の墓、と複数の墓を用意し、少女のカルマはそれらすべてを用意してから、最後に一つ墓を余分に用意し、それぞれの墓に死体を埋め、そして最後の墓に、入り込む。魔法を使ってそのまま自ら墓の下に埋め、


 それで全てが終了した。


 カルマになってしまった少女は死に、そしてカルマは自殺し、また一つ、継承者の物語が終了した。その光景から視線を外し、視線を真横へと向ける。そこに存在しているのはカルマの姿だ。ただし、起きている間に見る様な怨霊の姿ではない。体は透けてはおらず、長く伸びる白髪は首元で一回束ねられており、そこから尻尾の様に伸びて広がっている。頭頂部には少し色が薄れている、赤いヘアバンドが見えるが、純粋に飾りとしての機能しかない様に見える。


 服装もスカートとブラウスという恰好ではなくなっている。首元には蒼いスカーフが後ろに靡く様に巻かれて、上半身はノースリーブの青色のチャイナ服の様なスリットドレス姿になっている。そのスリットドレスのスカート部分は長く、足元に届きそうなほど長く伸びている。だがスリットが深い事を合わせると、足を出す事に苦労はなさそうに見える。スリットの合間から見える足が素足な事から、その下にスカートの類は履いていないようだ。いや、このスリットドレス自体が上下の役割を果たしているから必要ないのだろう。


 しかし普段ののほほんとした怨霊の姿とは全く違う、この姿こそが、


 ”剣聖”カルマの姿であり、呪われ、魔剣の材料にされる前の、堕ちる前の姿なのだろう。


 不覚にもその姿は普段とは違って凛々しく、綺麗だと思える姿だった。


 目を閉じ、肘まで届く長い手袋に覆われた両手で胸を抑えながら、思い出す様にカルマは語る。


「魔剣の中にはね、多くの記憶が渦巻いているのよ。もう既に全てが私となってしまった記憶なんだけどね、ここに―――魔剣の中で時を過ごしていると、こんな風に記憶の整理が定期的に行われるの。そうやってお姉さんになったみんなの事を思い出すのよ。あぁ、そう言えば昔は私、こうだったわね、って感じで。悲しいわね、私はこの光景を客観的に見る事が出来ないのよ。全て主観からしか見る事が出来ないのよ……まぁ、あたり前かしら。私の事なんだから」


「……」


 予想以上に壮絶な内容に、言葉をえらず、黙って頬を掻く。何時もはふざけているカルマだが、良く考えれば彼女の方が遥かに長い時を生き、そして遥かに多くの悲劇を経験しているのだ。それでいて、それを一切普段の生活では見せる事無く、笑って過ごしていられるのだ。ありえない程に心が強い。怨霊という存在でありながら彼女の意思が他人を呪っていない時点でそれを察するべきだ。鋼の精神力で、カルマは一ミリたりとも揺らいではいない。


「ごめんね、この光景を見せたかった訳じゃないんだけど、ちょうど始まっちゃったから」


「いや、うん。ほら、お前は何も悪くないし……」


「ふふふ、別にお姉さんには何時も通りの接し方でもいいのよ? 変にノリを変えられても後でどう接せばいいか解らなくて困っちゃうし……。だから、ほら、フォウル君もそんな顔をしないでスマイルスマイル! もっと笑顔になってくれないと困っちゃうかなぁ、って」


「無理があるだろ」


「で、ですよねー」


 そう言ってカルマは溜息を吐き、視線をまっすぐ、此方の眼へと持ってくる。それを受け止め、自分もカルマへと視線を返す。透き通るような青い瞳。それが彼女の瞳の色だった。初めて、まともに彼女の姿をこうやって確認したな、とおそらくは一番ずっと一緒にいる相手に対して思った。なんで今までこうやって、確認する事さえしなかったのだろうか。そう思っていると、カルマがあのね、と声を置く。


「もう既に解っていると思うと、侵食率が上がって、そして全体から見て二割程、お姉さんと同じになってきているのよ。たぶん、今体は寝ているんだろうけど、その間に上がった数値に追いつく様に体が最適化を施されているわ。私からの経験で言えばまずは軽い要素から、胆となる部分へと移って行くから、髪色が更に白くなったり、ちょっと体格が変わってくると思うわ。それに合わせる様に、ステータスも変動し始めるから」


「おう」


「……そして同時に、私との繋がりが深くなって此処へ、”魔剣の心”って私は呼んでいる空間に入り込めるようになるから。ここは魔剣内部の精神世界とも言えるべき場所。時間の流れは外と等価だけど、ここでどんなに暴れても体が傷つく様な事はないわ。寝ている間にも修練を重ねたいのなら、ここへ来るといいわ。ここならお姉さんも全盛期の力を発揮する事が出来る話から」


 そう言って笑みを浮かべるカルマの姿は普段とかけ離れたレベルで頼りになるものがあった。ただ、


「外の世界では力振るえないのかよ」


「え、なんでがっくりしてるの? ここはお姉さんの全盛期を相手に戦って、ステップアップできる事に喜ぶべきところよ? に、睨まないでよぉ! お姉さん自身が表に出る事は不可能だけど、お姉さんがフォウル君に憑依して戦う事や、現段階では再現不可能な奥義やまだ覚えていない技の類を体を借りて放つ事は出来るんだから!」


「急にぽんこつ剣聖臭で溢れてきたなぁ―――でもお高いんでしょう?」


「それがなんと、ちょっぴり最適化が進むだけなのです!」


「駄目じゃねぇか」


「うん」


 真顔で肯定して頷くカルマの腹に軽くパンチを叩き込み、床に転がる。これでカルマを撃破したのだから、今日からは剣聖を超えし者として賞賛されても良い筈だ。心の中でここから出たらダイゴに自慢してやろう、そんな事を思いつつ、腹を抑えるカルマを見る。こんな事の為に、ここまで引っ張り込んでくる様な女じゃない。それを確信しているというよりは、自分の事だから知っている。カルマの記憶が、その考え方の一部が流入しているから理解できる。


 笑顔と冗談と真実で、本当に伝えたい事を隠している。


 それも、此方を気遣って。


 だから黙ってカルマに視線を向けると、カルマが腹から手を離しながら立ち上がり、そして溜息を吐く。


「自分がもう一人いるのって本当にやり難いわよね。隠そうとしていても自分に隠し事が出来る訳ないのに。……だから教えるけど、この前、キメラ研究所でニグレドちゃんを斬ったわよ」


「―――えっ……?」


 あの異形の集団の中にニグレドが混じっていた? だがそう言われても心当たりは存在しない。なぜならニグレドの面影を持つような存在は一人として存在しなかったからだ。だからカルマにそんな事を言われ、困惑するが、それでもカルマの言葉を正しいとして飲み込めば、心当たりが浮かび上がってこないでもない。ただ、それは物凄い疑問を持って口にする事だ。


「……あの金髪の暗殺者?」


「アレ、ニグレドちゃんよ。肉を斬った時に浴びた血の味、アレ彼女の物ね」


「血の味で判断できるとかマジで魔剣染みてるな」


 笑いながらそう言ったところで、カルマの表情が真面目である事に気づき、そしてマジか、としか言葉を吐きだす事しか出来なかった。アレが、アレがニグレドだったのか。動きのキレも、殺意も、そして姿も狂い具合も完全に自分の知っている姿から大きく逸脱している。どう考えてもニグレドじゃないだろう。


「だ、だって、アレ、容赦なく殺しに来ていたぜ? 死と血を見て発情してたんだぜ、アレ? あんな下品なのがニグレドな訳ないだろ」


「……」


 黙って目を閉じ、カルマが否定の言葉を吐きださない。それ以上に、自分の得ていない経験さえも所有しているこの女が、そういう判断を間違えるとは思えない。故にきっと、彼女は正しいのだろう。アレが、あんな下品な女が、ニグレドなのだろう、きっと。その事実に吐き気を覚えながら軽く頭を押さえる。倒れそうになるのを何とかこらえ、我慢する。斬ったのか。俺は、仲間を遠慮する事無く斬ったのか。いや、多分また出現したら遠慮なく斬り殺すだろう。既に立ちはだかるなら殺す事を覚悟している。


 そう、殺す。一切の躊躇なく殺す。そう言う精神が自分の中に組み上げられている。殺した分を生きる為に殺し、屍を積み上げる。


「冗談……キツイわ」


 小さく笑おうとし、乾いた声しかでない。仲間を全力で斬った事に対して思考は”まぁ、仕方がない”程度で済まそうとしている。それが許せない。仲間だったのを、その程度で済まそうとするのが許せないのに、本気で怒り等を感じる事が出来ない。自分の中で価値観が変わってきている。それが、キメラ研究所での戦闘の結果だと解っている。


「……話しかけてきたって事は助けられるから、なんだよな?」


 その言葉にカルマは眼を開き、そして頷く。


「そうねぇ、お姉さんだったらね」


「……あぁ、成程。そういう事か」


 そして理解した。カルマが何故こんな所へと呼び出し、このタイミングでこの話を切り出したのか。キメラ研究所から脱出直後は疲れているし、正しい判断が出来ないから。だから少し時間が経過し、落ち着いたところで、侵食の話に混ぜる様に本題を入れる。あの金髪の暗殺者がニグレドであり、そして既に狂っており、普通に救う方法は存在しない。ただし、それはカルマにある。つまり、


 侵食させて、体を使わせればニグレドは助け出せると、そういう事だ。


「俺にはそれ、出来ないのか?」


「剣の奥義とは即ち斬る事にあり。四流は剣を振るう。三流は剣で斬る。二流は剣で戦い、一流は何でも斬る―――超一流は斬りたいもののみを斬るものよ。この段階で言えば貴方はまだまだ二流の段階。その証拠に一々技名なんか口にしている時点で程度が知れるわ」


 何時の間にか、カルマの手にはカルマ=ヴァインが握られており、真っ直ぐ、突きつける様に向けている。


「本物は一々流派とか型とか、技名とか奥義とか、そんな”みみっちぃ”存在に縛られないのよ。逆に言えばそういうものに拘っている間は永遠に進めもしないんだけど、お姉さんの様に剣聖の領域に立てば」


 カルマが、重さが存在しない動作で刃を振るう。それはもはや完成されているとしか表現する事の出来ない動作だった。剣の道に極みはない。それは確かな事だ。何故なら状況、相手、そして変化する肉体に合わせて調整を永遠に続けないといけない。振るえば振るう程剣は応え、そして強くなって行く。それが武人という存在の通る道である。だが、カルマにはそのルールが適応されていなかった。純粋な剣技、剣術、或いは剣で表現するなにか、それを極めているとしか表現する事が出来ない動きだった。


 肉体に完全に最適化され、完成された動き。カルマという唯一の存在の為に存在する太刀筋。表現、説明するならそれが一番正しい。何前何万何億という素振りの中で、見切られない、それでいて極限まで強さを求めた一刀、たった一つの動作にそれを感じる事が出来た。


「―――口に出す必要も、意識する必要もないわ。一つの動作に全てがある。斬りたいと思ったもののみを問答無用で斬殺するわ。ま、お姉さんからしてみれば所詮、こんなの作業でしかないわ。何時も通り刃を握って、何時も通り刃を振るう。それだけの作業。でもそれを貴方は出来ないでしょ?」


「……」


 カルマの言葉に答える事は出来なかった。カルマの見せた一振り、それがあまりにも次元の違う美しさを孕んでいたのが一つ、そして彼女の言葉が真実であると直感し、確信してしまったのももう一つの理由だった。そもそも、今の自分は二割方、カルマと同じ思考を持っている。考えを共有していると言っても良い。だから、彼女が嘘をついていないなんてことは解っている。二割、たったの二割だ。それではまだ欠片もカルマの剣の腕に届いていない。剣聖と謳われたその至高の技術に爪をかけた程度でしかなかった。


「ごめんね、お姉さんあまり怖がらせるつもりはないんだけど、それでも、せめて後悔だけはしてほしくないから―――」


 やがてカルマ=ヴァインを通してカルマへと変化して行くという魔剣保有者の運命。その生は苦痛と絶望しか溢れていない。故に後悔のない生を。それのみが魔剣の怨霊として、カルマが提供できる物だった。


「だからね? 次ニグレドちゃんが出てきたらお姉さんにちょっとだけ任せて―――」


 そう言うカルマの口の中に指を突っ込み、そしてそれを広げる。頬を広げられたコミカルなカルマの表情が笑いを誘うが、今は我慢する。


「おう、怨霊のクセに生意気だぞこいつ」


「ふぁ!? ふぉっふぉ! ふぃっふぁいなにふぉするなふぉ! お姉ふぁんのふちびるのびふぁうじゃない!」


「おぉ、見事に何を言ってるか解らないな、こりゃあ!」


 カルマの頬を引っ張って数分ほど遊んでから、頬を解放し、そして両手を腰に当てる。


「だが断る! このフォウル! もはや己に嘘をつく事が出来ない! 業を解放する的なサムシングで己が成すという欲望に身を任せる! そう、カルマではない、汚いロリ、通称汚ロリを助けるのはこのフォウルだ!」


 頬を抑えていたカルマが恨めしい視線を向けながら口を開き、否定する。


「無理よ。悪いけどフォウル君の実力じゃ無理よ」


「あぁ、無理かもしれない。このままじゃぁな」


 だから、


「お前が教えてくれよ、俺に。助け方を」


 そうカルマに言う。いや、だってね、ほら、別に汚染を恐れている訳じゃないんだ。ぶっちゃけ駄目だったらそれに頼るからそれでいいのだ。だけど最初からそうやって用意された簡単な道を走る事に価値はあるのだろうか? と思う。試練を求めている訳じゃないが、簡単に用意されたエンディングを迎えても達成感の欠片もない。不謹慎と言われるかもしれないが、言ってしまえば簡単だ。


 努力もしていないのに助けられたくはない。それだけの話だ。


「だからさ、教えてくれよ。お前が、この夢の時間に、どうやって剣を握ればいいのか、どうやって振るえばいいのか、どうやって斬れば何でも斬れるのか、とか。チートには飽きたんだ、だったらバグでいいからやり方を教えてくれよ。その方が遣り甲斐があるんだよ。俺が俺を試せるんだ……じゃねぇ、俺が助けないと意味がないだろう」


「偶に言動ブレッブレだけど大丈夫?」


「大丈夫じゃない、めっちゃ問題だ」


 だけど、


「問題だけど―――俺の問題だぜ。俺がやらなきゃ駄目だろ。困ったらすぐにデメリット付きとはいえチートに手を出してどうしろってんだよ。萎えるだろ、そりゃあ。与えられたものに満足して踊る様な馬鹿にゃあなりたくないね。使えるものは使う―――だけど使われるのは嫌だ。変わって行くからこそ思う。我は我である。我以上でも以下でもない。故に、自分で出来る事は自分でやるべきであると。だから手を出さないで、貸してくれよ」


 その言葉を受け、カルマは硬直し、驚いたような表情から優しい笑みを浮かべ、そして剣を消した。そのまま近づき、此方よりも背は低いのに、少しだけ背伸びする様な形で手を伸ばし、頭を撫でてくる。


「うん、偉いね、お姉さんなんか感心しちゃった。そっか、教えるか―――本当に、長い事……そんな事、してこなかったなぁ」


「侵食すれば理解出来ちまうからな」


「うん、だから教える必要はないし、意味もなかった。だから誰も教えて、と頼んできたことはなかったわね。そう考えると、フォウル君はやっぱりちょっと変な子なのかしら」


「変だって事は自覚しているんだ、遠慮なく褒めてくれてもいいんだぜ」


「うん、偉い偉い」


 胸を張ると、それを本気で褒める様にカルマが言葉を放つ。一切の冗談はなし、心の底から彼女は賞賛している。故に、


「じゃあ、お姉さんもその心意気に応えて、本気で応えなきゃね。……うん。誰かに教えるなんて本当にもう、覚えてないぐらいに久しぶりだわ。誰に何を教えたのかすら思い出せないぐらいに昔の話だけど、それでも悪い気分じゃないわね、うん。……えへへ」


 期待する様に、何かを楽しむ様にカルマは微笑むと、ガッツポーズなのか、拳をぎゅっと握る。


「それじゃあ早速! って言いたい所だけど、お姉さんもお姉さんで準備とかをしておく必要があるし、今回はこれまでね。今は外の方で貴方を起こそうとする姿があるし、また今夜、眠る時までには準備を整える様にしておくわ。私の人生を通して作り上げた技術の結晶、それをしっかり伝授するんだから、侵食された時と遜色ないぐらいに覚えてね!」


「流石にそれは無理」


「セメント禁止―――!」


 セメント対応に涙目で抗議の声を投げてくる。そんなカルマのノリは何時もの怨霊の時と、同じノリに戻っていた。真面目な話も重要な話もこれまで。そういう意図が態度に見えている。だから笑みを浮かべ、軽くハイタッチを決め、目を閉じる。


 前よりも少しだけ、カルマとの距離が近づいたことを感じつつも、この世界で眠り、現実へと戻る。



                  ◆



「うぉぁ!?」


 目を開けると、目の前にダイゴの顔があった。その手の中に筆が握られているのを確認し、反射的にダイゴを蹴りだしながら、無詠唱で魔法を発動、フィンブルでダイゴを氷結させる。


「グレイプ―――」


「ストップ! ストップ! 俺が悪かったから!」


 氷塊の中から氷を砕く様に脱出しながら、筆を投げ捨ててダイゴが命を懇願している。その姿を眺め、数秒黙り、


「……駅前のステーキハウスで一食分奢りな」


「ペナが重てぇ……! だけど最近外でメシ食う事もないしな。こっちのメシも結構味気ないものばかりだし、たまにゃあ悪くはねぇだろ。それよりもその調子だとなんか元気が出てきたっぽいな。だったら行こうぜ。エドガー殿下がお呼びしているぜ」


 なんでも、とダイゴが付け加える。


「帝国も過激派もビックリさせてやろうぜ、だってよ」

 全盛期カルマさん。きっとガッツポーズをしたら空中城が割れるに違いない。それにしてもスリットドレスとかスリットスカートで生足を見せるタイプって本当にいいよな。


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