四十六話 地獄と研究所とキメラ
キメラ研究所の襲撃は過激派と合同で行う事が決定された。
同志を実験に使われているのは穏健派だけではなく、過激派もそうだ。主義が違うが、それでも願う事は一緒だ。故に、このキメラ研究所という施設の襲撃に関しては穏健派も過激派も共同で行う事が出来る。それが両組織の至った結論だった。少なくとも仲間が実験材料に使われているという状況は度し難い事だった。故に二日、それが両組織を足並みを揃えるのに必要な時間であり、そして共同作戦を決行するのに必要な時間だった。
キメラ研究所は研究所としては規模が大きくても、監獄や空中城程の大きさは持っていない。故に作戦に求められるのは少数精鋭による素早い潜入と制圧だった。そうやって考えられた結果、過激派からは一人、そして穏健派からは二人―――つまりは自分とキャロライナが出る事となった。これはこの後で行う監獄の襲撃作戦の”予行演習”の意味を含めた組み合わせだった。ただそれだけではなく、ある程度の特級戦力を拠点に残しておくという意味もある。
たとえば、自分がいない場合、リーザ等がそのクラスに匹敵する。防備には数だけではなく、ある程度強さを持った者を残さなくてはならないを。故に出る事になったのは自分とキャロライナの二人だけとなった。
そうやって準備を進め。襲撃日は直ぐにやって来た。
拠点からの移動は先日エドガーが使ったアイテムがメインになる。とはいえ、これが使えるのは機会が限られている。なにせ、そのアイテムの原材料には貴重なものが使われており、量産する事が出来ない。故に使用できるのは大きな作戦を行う時のみになる。今回はそうとしてカウントするのか、アイテムを使った転移移動でキメラ研究所に比較的近い地域へと移動し、
そこから半日、地上を目立たない様に移動し、キメラ研究所に近い洞窟の中に入る。そこは元々今回の為に用意され、確保されていた場所であり、洞窟の奥へと入れば、休める場所がある。到着する頃はまだ昼であり、明るい。しかし外からの光は届かない闇の中である為、魔術で光を生み出し、外へと光が漏れない様に気を使いながら待機場を完成させる。
そうやって、行動開始となる夜になるまでを洞窟の中で待機している間に、
相手が来た。
◆
「―――お、どうやら俺が最後だったみたいだな。失礼するぜ」
そう言って合流地点にやって来たのは男の姿だった。一言でその姿を表現するなら”生気がない”だろうか。カーゴパンツを思わせるポケットが複数ついたロングパンツに、黒いシャツ、その上からはハーフサイズのジャケットを羽織っており、その下にはベルトの様なもので腰や体に多数のナイフを装着しているのが見える。髪はぼさぼさ、顔は若干血の気が足りていない感じに薄く、短い茶髪を片手で弄りながら入って来た。見た目で言えば場違いも正しい様な男だが、その存在を観察すれば解る。
この男は危険だ、と。
無気力で無生気に見える様子は偽装でしかない。自分の生きる気配そのものを極限に抑える為にあえてそうしているのだ、と、そのギラついた目を見れば理解する。それに意識も常に前方だけではなく、周囲へと向けており、常に死角を生み出さない様に、視界と意識を向けているのが解る。何時でも得物であるナイフを抜ける様に手はその傍へ、事前動作なしでフルアクションに体を持ち込めるように、自然体でありながら警戒状態を維持している。
手練れだ。
「”通り魔”レストだな。過激派に参加しているとは聞いたが、本当にいるとはな」
「人を合法的に斬れるなら都合が良いからな。ま、いい機会だわ、過激派ってのは。積極的に衝突してくれるから敵には飽きないし、強い奴とも会える。修行するって意味なら良い環境だよ。まぁ、偶にイラっとして殺りたくなる時があるけど、それを抜けばいい場所だよ」
「危険人物だって事は理解したわ」
「味方である内は切らねぇから安心しろ、ボーナスに響く」
どうやら過激派側にはボーナス判定とかが存在するらしい。一瞬で過激派レジスタンスが組織というよりは会社に見えてきたような気がする。
「とりあえずこの三人で研究所襲撃か―――ま、十三将がいなきゃ余裕で行けるだろうな」
そう言ってレストは近づいて座ると、懐から干し肉を取り出し、それを齧り始める。既に自分とキャロライナは軽い食事を終わらせている為、特に何かに手を付ける訳でもなく、そのままレストへと視線を向ける。視線を受け取ったレストは干し肉を噛み千切り、そして此方へと視線を返してくる。
「とりあえず軽く偵察は済ませておいた。正面にはガードが二人いるが、そちらはフェイクだ。本命は屋根の上にあるセンサーの方だ。それで登録された人間かどうかをチェックしている。だから正面からの侵入は無理だ。ついでに言えば窓の類にはライフサーチがかかっているから直ぐにバレる。壁を破壊すれば接触干渉でバレるわな」
「つまり普通には入れない、と」
「あぁ、だが話が正しけりゃあ俺も、おたくらもそんなのは関係ないだろう? 俺も、おたくらもぶっ壊さずに侵入する手段の一つや二つぐらい持ってるんだろうから。っつうーわけでよ、一番警備の少ない場所は見つけておいたから、そっから侵入してサクサク仕事しちまおうぜ。隠密って事はあんまり派手な事は出来ないしな」
「そうだな、暗くなったら行動を開始するか」
「ふむ……それまでは読書でもして時間を潰すとするか……」
まだ暗くなるまでには時間がある。それぞれ、超一線級レベルはあるのだ、これぐらいの警備を抜ける方法は存在している。故に特に相談する必要も、確認する必要もない。本人かどうかはキャロライナがとったし、そこまで過激派と仲良くするのは体裁が良くない。それに、この短時間で相談した所で連携が取れる訳もない。既に主導権は此方にあると、事前交渉で決めてある。その為に人員は此方の方が多い。
そういう事もあり、経験からのフィードバックを合わせる事で戸惑う事もなく、時間になるまで待機する。
◆
「こっちだ」
キメラ研究所という施設は巨大な壁に囲まれたスタイルの研究所であり、まず最初に敷地内に入るのであれば壁を超える必要がある。大きく迂回する形で研究所を正面から見て左後ろへと回り込むと、そこで一旦足を止め、壁の向こう側を伺う。レストが目を閉じ、気配を察する様に黙り込み、
「……此方に視線が向いてない。今だ」
言葉と共に透過で壁を抜け、キャロライナが縮地術で瞬間移動を行い、そしてレストが壁を飛び越えてきた。壁を飛び越える間にレストの姿は完全に影と同化しており、闇の色しか見えない為、目撃したとしてもそれが人であるとは認識できない。そうやって三人同時に侵入が完了した所で、隠れる為の木が一つも存在しない広い空間に出る。
「潜れ」
そう言ってレストの足元の影が揺らめく。そこに入れと言う意味だろう。今は疑う理由もないため、遠慮なくレストの影の中へと飛び込む。その感触はプールに飛び込むのと何も変わらない―――息が出来ない事でさえも。ただ、影の中から外の様子を伺う事が出来る。飛び込んできたキャロライナと共に影の中から、闇となったレストが巡回する警備の視界の間を縫う様に移動するのを眺め、その姿が影のかかった研究所の窓の前に到着した所で動きを止める。
「いいぞ」
レストから来る言葉に反応し、影の中から音もなく飛び出し、静かに呼吸を求める。こういう短い間であればいいが、その影のプールは圧迫感が強い。あまり長居したいとは多めない空間だった。ともあれ、とりあえずは窓の向こう、壁の向こう側の気配を巡らせる。気配は一切感じないし、ここへ来たという事はここが安全な侵入ルートなのだろう、窓を避けて透過し、壁を一切傷つける事無く中に侵入する。またキャロライナも縮地で中に侵入し、
レストは普通に扉を開けて入ってくる。
その体には生命が感じられない。この時、この瞬間だけは肉体が死んでいるのも同様の状態だった。故に窓にかかっているライフサーチの魔法には引っかからず、何事もないかのように研究所内へと三人で侵入する事に成功する。右と左へと視線を向ければ、通路が伸びている様に見える。自分の気配を殺しつつ施設全体の気配を確かめるが、十三将に匹敵する様な狂者の気配は感じない。
運が良いかもしれない。
「地上部分はブラフだ。本体は地下だぜ。あと魔力使うなら隠すか偽装しておけよ。各所にマナサーチついてやがる」
「ういよ」
「了解した」
レストが構造を把握している為、それに従って移動する。通路を左に進み、そこから突き当りを更に真っ直ぐ進み、通路の途中にある扉の前で止まり、その中に入る。扉の向こう側には鉄格子によって閉ざされた扉がある。その鉄格子の向こう側には下へ降りる階段が見える。向こう側に抜けるには鍵が必要そうだったが、レストは影化し、自分は透過し、そしてキャロライナは縮地で鉄格子をすり抜けたため、鍵を探す必要も調達する必要もなかった。おそらく鉄格子にもマナサーチの類がかかっているのだろうが魔力探査に引っかからない様な偽装方法は知識の中に存在する。
カルマの記憶、経験がなければホント自分はダメダメだなぁ、なんて事を階段を降りはじめながら思う。
『だったら少しは待遇を良くしてもいいのよ?』
今でも十分良いと思う。
軽く脳内でカルマとかわしつつも、体の方は動き、口は開かない。地上部分は良いが、地下部分、階段を降り始めると段々と周りの光景がメカメカしくなってくる。明らかにオーバーテクノロジー、現代で言う近未来的なデザインの風景が見える。足元は鉄のパネル、壁は鋼鉄とワイヤー、そして前方にはカードキー認証の扉が見える。
「地下はこんな風になってるか……ま、隙間があるなら俺達にゃあ関係ない話だがな」
「それもそうだな」
ロックに対するシステムが上がってもやる事は変わらない。向こう側に人の気配が存在しない事を確認しつつも、影化、透過、そして縮地で向こう側へと抜ける。RPG系のゲームだったら完全にダンジョンギミックを無視して、デバッグモードで遊んでいるとか、そういう状況だった。ただ扉を抜けた所で、キャロライナが足を止め、ふむ、と声を零す。それにレストが視線を向ける。
「どうした」
「人の気配が少なすぎる。本当にここでいいのか?」
そう言ってキャロライナは人差し指を持ち上げ、そこに焔を灯す。まるで命の輝きを現すそれは揺れる様に、しかし確かに燃えている。
「気配ならあるじゃねぇか」
「それは”気配”であって”人の気配”ではない」
「……もしかして手遅れか?」
自分が放った呟きの様な言葉に、三人全員で黙る。人の気配は少ない―――つまり材料にされてしまい、キメラ、或いはモンスターにされてしまったかもしれない。それでもそれを直接見て、確認しない限りにはどうしようもない話だ。溜息を吐いたところで、進むしかない、と視線を通して確認を取る。レストが先頭に、そして殿を自分が、という形で陣形を組んで前へと進む。鋼鉄とワイヤーで構成されているこの通路は一本道になっており、真っ直ぐ進むしか道はない。
その通路が百メートル程続いたところで、扉が見えてくる。扉横のパネルには”OPEN”という表示があり、鍵がかけられていない事が示されている。となると、普通に開けて子の扉を抜ける事が出来るが、明らかに怪しい。立ち止まり、視線を通して二人を確認する。帰ってくるの頷きだ。そりゃそうだ、結局は進まなきゃどうにもならないのだから。故に扉を開けた先、
そこには部屋が広がっていた。
若干錆びた床に遮蔽物の存在しない部屋、ただ向こう側には隊列を組む様に帝国兵の姿があった。銃を構えてはいるが、発砲する気配はない。部屋の中へと誘い込んでいるのは見えている。このまま先制攻撃を行っても良いが―――それよりも、相手からは情報を引き出せるかもしれない。相手の様子を見る限り、”待ち構える”という動作が見える。つまり、此方の侵入を察知していた、という事だ。
部屋の中に進み入る。
「ふむ、大した歓迎ではないか」
「いやいや、歓迎ならもうちっと派手にしてくれないと。あと酒と女」
「個人的に歓迎ってのは美味い飯を連想するなぁ」
軽口を叩きあう視線の先、帝国兵の集団、中央に立っている、存在、それが一歩前に出る。全員がガスマスクを被っている為、その素顔は見えないが、それでもその形は人間の様に見える。一歩前に出た帝国兵は此方を指差してくる。
「良くぞここまで侵入してきた。だがここが貴様の墓場だ」
そう言った直後、帝国兵が変わった。
プロテクターとスーツが破れ、筋肉が膨張する。ガスマスクが内側から砕かれてはじけ飛び、銃を握っていた手が銃を握りつぶす。そのまま赤い肌、大きさが二メートル程あるオーガの様な存在に、甲殻を与え、犬の顔の様なものをつけた怪物が出現した。その登場と共に帝国兵の背後にいた他の者達も変態を始める。人の姿を捨て、ドンドンと異形の姿へとその形を変貌して行く。肌の色が青く、皮膚から直接服を生やす奇抜な姿の存在がいれば、美しい女へと変態した男の兵士もいた。体全体が甲殻に覆われた存在がいれば、両手を突き破って刃が生え、頭がはじけ飛ぶ代わりに触手が伸びる存在もいた。
ここにいる帝国兵全てが、どう足掻いても本来の姿とは似つかわしくない姿へと変貌した。今迄はただの雑魚でしかなかった気配が、一気に上級のモンスター並のレベルへと上昇した。その見事な変貌ぶりを見届け、レストが両手にナイフを抜き取りながら口笛を吹かす。
「おう、これは流石にちょっとグロいぜ。俺でも驚きだわ」
「誰一人として人間の気配を、心を残していないな。もはや化外としての心が荒れ狂っているのを体内に埋め込まれた何かで操られている傀儡の様だ。慈悲だ、輪廻の果てに幸福を抱きしめるが良い」
「さて、こうなると正面突破する必要が出てきたか―――」
カルマ=ヴァインを抜いて大剣へと変形させた瞬間、前へと飛び出す。同時に降り注ぐ魔術の面制圧を三人同時に、散会しながら回避し、そのまま正面のリーダー格のキメラの首を一刀で刎ね飛ばす。その背後に着地しつつ、目の前に見える二体のキメラを切り払いで同時に胴体を両断する。
『左の子、流体化するわよ』
「グレイプニル」
召喚術を魔法として表現する。神性ですら縛り切る鎖を以って相手を闇の中へと縛り、引きずり込む。流体であろうと関係なく、強制的に”闇”という平面の世界に飲み込まれ、平面化して潰され、即死させる。そのまま属性を循環させ、回転させながら属性を入れ替え、指を銃を構える様な形で横へと放つ。
「光の矢」
閃光が一直線に駆け抜け、五体纏めて貫通する。その貫いた箇所から光が肉体を侵食し、侵食された箇所が光という形で燃え上がりながら肉体と魂を同時に粉砕して行く。視線をそちらから外して大剣を構え直し、振るわれる触手を切り払って対処しつつ、踏み込む。追って来た両手の刃を左手の拳に循環させた魔法を叩きつける事で殴り飛ばす。やる事は同じ、召喚術を通して神器や神話を魔法という形で限定的に再現する。拳に込めていた神話は一つ、
「ギャラルホルン」
終末の咆哮が殴り払った刃を通して敵の全身に浸透し、終末を全身で味わい、終わりを迎えた。一切の破壊が存在しない、生としてのピリオド、終止符が打たれた。そうやって倒れた姿はもう二度と起き上がる事も、再生する事も、蘇生する事もない。足元の鋼鉄に魔剣を突き刺しながら、周囲へと視線を向ける。
そこに生きている敵の姿はもうなかった。部屋の半分は完全に燃焼されて炭になった死体で溢れており、残りは自分とレストの成果である斬殺死体しか残っていない。そうやって敵に処理が完了した所で、隠していた気配を完全に解放する。もはや隠れている意味はないのだから。大剣のカルマ=ヴァインを肩に担ぎつつ、視線をレストとキャロライナへと向ける。
「こいつら、数値で言えば60、70ぐらいはあったよな」
殺した相手のステータス、その体感としての感想だ。もはや姿や感触がモンスターそのものだから容赦なく殺してしまったが、元が人間だと思うと悲惨でしょうがない。
「あぁ、なんつーか……脳味噌が足りてねぇからおかげで簡単に殺せたけど」
「複数の生物を掛け合わせたのであらば、確かに強くなりもしよう。だがそれは生命を冒涜するものでもあるな―――許せんな」
「ま、許せるか許せないかどうかはいいんだよ。重要なのは任務をちゃんと遂行できるかどうかって事なんだよ。俺達の潜入がバレてるって事は援軍で誰頭が此方へ向かってきていてもおかしくはないんだ。十三将クラスが動くとは思えねぇが、それでも面倒な連中が来る前に終わらせて帰るぞ」
「異論はない」
「可能であればこの施設を破壊したい所だが……致し方あるまい、去り際に放火する程度で済ませるか」
放火はするんだな、と思いつつ、振り返り、自分達が入ってくるのに通った扉へと視線を向け、左手を伸ばす。
「―――フィンブル」
吹雪が発生し、一瞬で扉とその周囲を巻き込んで氷結する。扉と壁が繋がる様に凍結したのを確認し、後続の敵が入ってこれないバリケードを完成させる。破れない様な封印を施したわけではないが、それでも突破するにはそれなりの時間を消費する必要があるだろう。そしてその時間は自分達にとって貴重な時間であるに違いない。直ぐに視線を戻し、前方のロックされた扉へと向ける、そこに進み出たキャロライナが腕を振るえば、爆炎と共に扉が溶解する。その扉を駆け足で抜けて行く。
部屋を抜けた先にあったのは通路だが、正面で十字路に分かれており、見える先には幾つかの扉が存在する。指先に焔を灯したキャロライナがそれを観察し、右へと視線を向ける。
「こっちだ」
駆け出すキャロライナの後を追う。彼女の行ったことから、一体何を感知したのかを理解する。生命の波動というものを、仲間のそれをキャロライナは記憶しており、おそらくそれを辿ったのだろう。そしてその方角へと駆けだしたに過ぎない。シンプルだが、近い場所にいるのであれば有効な手段だ。走る彼女の背中姿を追いかける様に、共に駆ける。その先には再び金属の扉が待っているが、
「邪魔だ」
炎が一瞬で扉を溶解し、その向こう側へと道を生み出す。その向こう側には再び大部屋があるが、中には誰もいない様に見え、
「上だ」
殺されている気配を察知し、大部屋に半ば入り込んだところで、頭上から強襲する存在を察知する。真っ先に反応する様に言葉を放ち、そしてレストがそれに応答する様に影を伸ばす。上から襲い掛かる姿達に対して影を網の様に伸ばし、部屋の端から端へと繋げ、上と下で部屋を両断し、
「すまないが遊んでいる暇はないので火葬させても貰おう」
フレンドリーファイアーを一切気にする必要のないキャロライナが頭上の空間全てを焼き払い、一瞬で骨や魂さえも燃焼させ、燃やし尽くす。その間に前へと飛び出し、そして魔剣を振るう。
「シッ―――!」
一刀で目の前の扉を絡める様に切り払い、吹き飛ばす。その背後に待機していた存在ごと吹き飛ばし、そのまま繋げる様に左手を突き出し、
「コール・ヴァルキリー!」
「お久しぶりにお掃除ですの」
戦女神ミストを召喚する。前方に出現した彼女は出現と同時に手を振るい、その動作だけで狭い通路に凄まじい水流を生み出す。その勢いで待機していた伏兵の全てを洗い流し、その先で、
「ぎゅ、ぎゅっ、ですの」
前回の召喚時の様に、水にまき込んだ存在を全て纏め、圧縮し、そして圧壊して行く。物理的な強度や体積、量などを気にする事無く超越する魔力で無理やり物質を圧縮させ、血色の球体を生み出す。そんな彼女の横を抜け、キャロライナを先頭に走る。背後から悲鳴と叫び声、氷が砕ける様な音からミストが露払いを行ってくれているのが解る。魔力をそれなりに持って行っている為、それぐらいはして貰わないと困るのだが。
「こっちかッ!」
そう言うとキャロライナは壁の前で止まり、腕を振るう。キャロライナの正面に熱戦が生み出され、それが一直線に道を穿つ。穿たれた穴の向こう側には複数の鋼鉄の壁が、全て溶けて貫通している姿が見える。いよいよGMが発狂したくなってくるような状況になって来たーそれでも正義は完全にこっちにあるので、一切やめる事はないのだが、
「一応地下だって事を忘れるなよ!」
「酸素がなくなれば召喚すれば良かろう」
「え、出来るのそんな事? マジ?」
レストの視線が此方へと向けられるが、試した事がないので、どうとも言えない。ただやれそうな気配はするのでノリでサムズアップを返す。
「放火解禁だってよ」
「ほう」
テンションが上がってきているのか、キャロライナの踏んだ箇所が燃えている。意識しているのかどうかは解らないが、放火スイッチが入っているらしい。やばくなったらミストを呼んで自分だけ助かる算段を組みつつも、
キャロライナが疾走する道に従い、本来のルートを大幅に無視しながら一直線に、
キメラ研究所の奥へと到着する。
壁を貫通しながら到着したのは牢獄だった。複数の巨大な牢獄の中に大量の人間が押し込まれている。一つの牢獄には五十人ほど詰まっている様に見え、そういう牢獄、或いは檻が複数並んでいるのがこの部屋だった。そこに到着し、足を止め、そして視線が一斉に侵入者であり、救援者である此方へと向けられ、
「き、来たぞ! 助けだ!」
「やっぱり助けは来るんだ!!」
「信じてたぞ!!」
「早くだしてくれぇぇぇ―――!!」
「やっと家族の顔が見れる……!」
一斉に溢れ出す歓声。爆発する人々の声。ついに助けが来たという安堵の声に、周りの人間は誰もが安心し、そして歓喜の声を響かせていた。そう、何故ならキャロライナとレストは有名だからだ。自分はともかく、キャロライナは穏健派の看板とも言える戦力で、レストも過激派としては看板を張る程の戦力だ。それが組んでこんな深層にまで到達している理由は、助けに来る事以外にはない。だから喜ぶ。
『ねぇ』
此処には大勢いる。数で言えば余裕で数百人を超える規模が。一体何時の間に、どうやってこれだけの人間を運んできたのかが実に悩ましい、というか謎だ。いや、良く考えれば帝国には此方と違って圧倒的なマンパワーが存在するのだ。人数的に考えて大部分が過激派の構成員なのだろうが、それでも良くこれだけ捕まえたものだとある種の感心が出来る。
『あのね』
まぁ、だが元々脱出用に転移アイテムを持ってきている。それも複数だ。これを利用すれば一瞬で拠点に戻る事だって出来る。その場合はスパイの事を気にしなくちゃいけないかもしれない。だけど、それで命が救えるのであれば、少しは妥協すべきかもしれない? まぁ、何だかんだで容赦なく人を殺してきている訳だが、やはり命に思う事はある。そこに救える命があるのなら、救うべきではあると思う。博愛主義ではないが、殺している以上、一種の義務でもあると思う。命は愛すべきものであると。
『そうね、だから―――』
歩き、一番近くの牢屋へと近づく。そこで鉄格子の間から手を伸ばして、助けてくれと叫んでいる子供を見つける。年齢で言えばミリアティーナと同じぐらい、それぐらいの少女が必死に助けて、と叫んでいる。故に近づき、そしてしゃがんで目線を合わせ、手を握ってあげる。
「遅れてごめんね」
「ううん、いいの」
そう言って手を握られた少女は安堵したかのような笑みを浮かべる。
「おにいちゃんがたすけてくれるんだよね?」
「あぁ―――助けてあげるさ」
『しっかり殺さないとね』
手を離し、そして牢屋の中へと伸ばす。そのまま牢屋の中の少女の首を片手で掴み、握りつぶして即死させた。
そうやって殺した直後、助けを求める声が笑い声と鳴き声に変わる。
痛みに悲鳴を上げながら、腕や足が、首や頭が変形する。形が変わって行く。人から全く違う存在だったり、機械が腹を突き破ったり、贓物が口から溢れ出る異形へと変貌したり、少女の死を契機に、捉えられている人々はその姿をドンドンと怪物へ、合成魔物へと変態して行く。
少女の首から手を離し、後ろへと数歩下がり、檻から離れる様に立つレストとキャロライナと合流する。二人の表情にあるのはやるせないような、そんな感情だった。
「”人”の気配がない、か。確かにそりゃあそうなるわな」
既に全員、改造済みで、怪物となっていればそりゃそうだ。
「あぁ、ここには一つもないな。この場で私達三人を除けば人間はもう、存在してはいないよ。もはや魂が人の形をしていない。肉体と魂の死こそが安寧であろう」
キャロライナはそれを断言した。殺す事以外に救いはないと。
「となると盛大な釣り餌だったって訳か。いやはや、便利に使われちゃったねぇ、俺ら。まぁ、これだけたくさん木偶があると俺も虐殺し甲斐があって色々と捗るんだけどね―――あんまし気持ちの良い光景ではないわな」
ふぅ、と息を吐きながら視線を持ち上げれば、部屋の奥、上部にこの部屋全体を見る事が出来る様な展望室とも呼べる部屋を見かける。
そこには数人の研究者の姿が見える。観察する様に、研究対象に、モルモットに向ける様な視線を向けてきている。
―――その顔を記憶する。
「待っていろ、今救ってやるからな。穢れたままなんてにはしない、安心して逝け」
「是非もなし。ここに墓標を刻もうではないか。そして、弔いの為の号砲を響かせよう」
「そんじゃ、殺戮作業を始めるとしますか」
そして、キメラ研究所での地獄が始まった。
安定の虐殺オチ。オチとか言っているけどキメラ化された人々は自分の意識を保有されたまま魔物の本能や意識に体を操られていて、もはやどうしようもないのでホント救いがありません。
つまり魂が汚染されちゃってるのね! グロい!! 鬱い!




