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Endless Sphere Online  作者: てんぞー
二章 帝国-革命軍編
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四十五話 緊急任務

「―――温い、温いぞ! 貴様らそれでも戦士を名乗るつもりかァ! 油断も慢心も安心もせず、常に最善を掴みとれ! 死中にて生を掴み続けろ! 勝利は諦めぬ者に、努力し続ける者にのみ微笑む! 腐り諦めた者を待ち受けるのは死、のみ! この程度で腐るのであれば私が殺す! 貴様がヴァルハラに相応しい戦士であると証明して見せろ!」


 壮絶な言葉と共にヴァルキリーが―――レギンレイヴが銀槍を振るう。接近してきた存在を空中へと投げ上げながら、その隙間を縫って接近する存在を左手の盾でとらえ、殴りだす。その姿を超えて殺到する魔法の矢は既に引き戻されていた槍によって振り払われ、無力化する。瞬間、背後に回り込んだ虎人(ワータイガー)が丸太の様に太い鉄の棍棒をレギンレイヴの頭の後ろへと振り下ろす。気配と音を殺してからの奇襲行動、


 それにレギンレイヴは反応していた。


 振り返る事なく槍を戻しつつ蹴りを繰り出し、丸太の様な鉄塊を蹴りを反らす。直撃を免れたレギンレイヴがそのまま後ろへとバックステップを取りながら槍の柄を虎人の腹へと叩き込み、その姿を殴り飛ばす。少し離れた位置でその虎人が屈する事無く着地を決めるのを自分は確認しつつ、視線をレギンレイヴへと戻す。その槍と盾のコンビネーションは凄まじい。槍と言う武器が近接戦において扱い難い武器である事は周知の事実だ。その隙を埋める様に左手の盾を武器として使っているのが一つ、更に体術を絡めている為全身が凶器として機能しているのがもう一つ、


 そして、単純に槍術の技巧が突出している。


 何十人、百人に上るプレイヤーとレジスタンス混同集団、それを相手に調練を自ら戦いを挑む事で行っているレギンレイヴはこの調練で、一切の魔導を使っていない。レベルを合わせる為に魔導の類を自ら封じているのだ。だが、それでも隔絶された技量と力量の差は埋められない。そもそもの存在としての実力差が違う。故にその隔絶された槍の技量で、伸ばしきった状態から力を感じさせない動きで、一瞬で槍を引き戻している。


 達人という言葉を現すには、彼女が相応しかった。


 今の自分が得ている経験、技術の研鑽、それを超えるだけの技量は彼女はここで見せていた。一撃二撃、確かに掠らせるように喰らっている所はある。だがそれは数から来る不利が原因であって、物理的に対応が不可能な動きとしての結果だ。それ以外の攻撃は魔導、物理関係なくほぼ完ぺきに対応しきっている。その中で迎撃を繰り出しつつ、駄目な所には駄目だ、と動きに対して評価も出している。


 凄まじい。本当に凄まじいとしか評価する事が出来ない。これがヴァルハラで英霊を鍛え、そして終末の戦争で先陣を切る戦女神の教導なのだ。今では実力が上がり、召喚のコストや時間が大幅に改善されている。そのおかげでこうやって対多数で戦おうが、此方が気絶しないぐらいには余裕が出来ている。全体の利益にも繋がるレギンレイヴによる教導、ヴァルキリーの中でも一番相性の良い彼女を召喚しての模擬戦。非常に有益に働いている。


 普通は訓練を嫌がる者も、ヴァルキリーの様な美しい存在であれば一にもなく飛びついて参戦して来る。それを利用し、今は平原に大量の挑戦者たちで溢れている。


 その光景を少し離れた位置から、自分は眺めている。多数に混じって戦う事よりも、一対一で戦う事の方が自分にとっては重要である為、こういう祭に参加しても、そこまで意味はないのだ。というか成長を見込めないのだ。乱戦に乗じて殺しに行く技術と言うのはある意味”浅い”技術であるため、あまりやる事がないのだ。だからこうやって離れた場所、召喚術で適当に呼び寄せた椅子の上に座りながら、訓練風景を眺めている。


「お、リーザの奴踏み込んだな。おー、すげぇ、一発叩き込んだ。やっぱアイツだけ格が違うよなぁ」


 リーザがレギンレイヴに吹き飛ばされる前に確実な一撃を通すことに成功している。それを見て、やはりリーザは他とは違うと思う。培ってきた経験と技術が、体に合致している。戦場さえ与えられれば、リーザはまだまだぐんぐんと成長する。天賦の才を保有しているのは決して偽りではない、といった所だろう。


「いやぁ、負けた負けた! つっよいわぁ、あの戦女神! どうしようもねぇわ」


 先程戦闘に参加していた、鉄塊を振るう虎人が横へとやって来て座り込む。悔しそうな事を言葉にしつつも、楽しそうに笑ってステータスを広げ、WIKIを広げる姿はプレイヤーの姿らしい姿だ。超重量のある鉄塊を横に下ろしながら上昇しているステータスを確認しているようだが、楽しそうな表情から満足げな表情へとそれは変わっている様だ。どうやら成長を感じているらしい。


「良し良し、少しずつアサシンスタイルに近づいて来たぞ」


「アサシンにしては存在感ありすぎないか?」


「何言ってるんだよ。暗殺って別に隠れる必要はないんだぜ? 極論奇襲で殺せればいいんだ。だったらガードされても、その上から殺せるように重量と破壊力に任せた鉄塊で奇襲か不意打ちするのが一番殺しやすいんだよ。下手な技術とか必要ねぇしな。まぁ、それでもお前の様な連中からすりゃあ些事なのかもしれないけどさ……」


「いや、そんな事はないよ。どんな道を選ぼうと、それは尊重されるべき事だろ? 俺は応援しているよ。フォウルだ」


 立ち上がり、座っている虎人へと向かって手を差し出すと、男は笑顔を浮かべながら立ち上がり、手を握る。


「サザンだ」


 そう言って握手を交わすサザンの姿は、普通の姿とは違う。何故なら彼は虎人(ワータイガー)という種族だからだ。まず全身を、顔含める部分までが完全に体毛に覆われている。その為に下半身はロングパンツではあるが、上半身は胸を大きく開けたベストを装着しており、毛皮のおかげでそれ以上何かを着る必要としないのだ。獣人型の種族でありながら、基本的にベースは人間となっている。その為、顔を覆っている毛は少しだけ薄く、獣よりも人間に近い顔立ちをしている。というか顔だけを見るなら毛深い人間、という感じだ。虎人であるためにその毛は基本的に黄色だが、髪の毛らしき毛も同じような色で、それを分ける為か、区切る為か、バンダナを額に巻いており、それでオールバックの様な髪型を演出している。


「いやぁ、噂の魔剣聖さんってんはスレやらなにやらで良く話に聞いていたが、あんなのを召喚してるのを見ると、最強のプレイヤーって言われてもしょうがねぇな。だってアレ勝てねぇもん」


 握手を終えて椅子に座り直し、そんな事はないと答える。


「相性があるのは誰もが知っているとは思うけど、それ以外にも色々とあるからな。召喚獣の性格とか、機嫌とか。レギンレイヴは……あのヴァルキリーな? あの人は訓練とかならいいけど個人の決闘とかになると途端に手を出さなくなるんだよ。まぁ、それは他のヴァルキリーも大体はいっしょなんだけど。召喚してはいるけど、基本的には格上の存在で、来て貰っているって事を忘れると、召喚に応じなくなったり、出現して殺しに来たり、とかあるんだわ」


 ―――そこらへんを考えると、四聖獣は物凄く心が広いとも言える。四聖獣の命を引き替えに放つ大技を撃ったりしているのに、未だに召喚に応じてくれるし、助けてくれる。割と雑に扱っているからここら辺、少々反省して報いるべきかもしれない。


「まぁ、仲が良くなってくると早く指名入れろよってコールが着たりもするけど」


 そう言いつつホロウィンドウで受信メッセージボックスを見ると、絵文字付きで召喚する回数の少ないヴァルキリーからのメールが入っている。あのシュヴェルトライテでさえ、暇だから死地に呼び出してくれ、とか言っている。


「なんか一つだけやけに殺意の籠ったメールが入っているな」


「バルドルさんマジバルドルさん」


 つまり、簡単に言えばロッキ死すべし。悪戯で許される年齢を超えているという事はいい加減自覚した方が良い。


「ま、そんな訳で召喚術ってのは見た目通り華やかって訳じゃないんだ。召喚主には絶対服従って事を考えればテイマーの方が楽な部分があるかもしれないな。俺達に関しては先天的な相性がものをいう部分があるし。まぁ、そんな訳で召喚術は奥深いわけよ」


「へぇ……」


 そう言って視線が集団へと向けられ、自分も其方へと向ける。狂笑を浮かべたダイゴが実に楽しそうにレインレイヴの盾に頭突きをかまして動きを止め、刀をぶち込もうとしていた。その発想や行動には一切の美学と言うものが存在していない。利用できるものは利用し、使えるなら何でもやる。そういう精神が見て取れる戦い方だが、不思議と技に関しては綺麗に洗練されている。手段はともあれ、刀を振るう刀術だけに関してはかなり高い技量を誇っている。あの男は自分の様な特殊なイベントに遭遇している訳でもない。なのにここまで、となるとリーザと同類、天賦の才を持つ者であると認めるしかない。


 何か、この世界に来て発掘してはいけない才能を目覚めさせてしまったような気がする。


 アイツ、現代社会で平気なのだろうか。


 平気というか兵器化しつつあるが。


「そういやぁ魔剣聖さんよ、ちょいと気になったんだが、お前さんのパーティーって元々は四人じゃなかったっけ? 暗殺ロリが一緒にいるって話だったけど。というか個人的には技術交換的な意味で一番会ってみたいんだけどなぁ?」


「……それなんだよなぁ」


 もう既に此方に到着してから四日が経過している。一週間後と言われていた監獄襲撃も多少延長はしたが、残り六日と言う風に状況は変わっている。デスペナルティの事を考えると、そろそろ蘇生が終わっていても良い頃、というかとっくの前に終わっていそうな気がするのだ。改めてリーザから聞いたニグレドの死因は全身の複雑骨折に首の切断と脳の破壊、そして心臓の貫通と言う状況だった。殺された状態が酷ければ酷い程、蘇生に時間がかかる。再びこの世界で体を動かせる日までが遠のく。


 それを考慮して世界のクロック加速だったかもしれないが、ともあれ、時間的にニグレドは蘇っていいはずなのだが、


「連絡もなけりゃあ連絡入れる事も出来ないんだよなぁ。メッセ送って、それは確かに届いている筈なんだけどなんか反応はないし。不気味っつーか、まぁ、たぶんリアルで何かあったって感じだと思うんだけどさ」


「あー……リアルはしょうがないわな。リアルがあってのエンフィーだしな」


「そうだな」


 まぁ、連絡がつかないのは心配だが、元々ニグレドは特殊な立場にいたのだ。彼女が言うには父が開発者か何かだった筈だ。その都合でおそらく、一時的に遊べなくなったか何かだろう。あまり深い事を考えるのは得意じゃない為、そこらへんで納得しておく。それよりも今は重要な事があるのだから。具体的に言うと魔力の回復に集中し、レギンレイヴの存在を維持する事なのだが、


「おぉ、ホームラン」


「綺麗に入ったなぁー……」


 野球の様なフルスイングが決まり、人が空に打ち出される。それがレギンレイヴの相手をしていた集団の最後だった。レギンレイヴの周囲には積み重なり、転がる、屍の様な姿が広がっている。その誰もが傷を負っているが、重傷に類する傷が一つも存在しない様に見えるのは間違いなくレギンレイヴが手加減したからだろう。逆に言えばダメージの大きいものはレギンレイヴが咄嗟に手加減しきれなかった相手、実力的に少しだけ、この集団では上の方に入る者達だ。


 レギンレイヴは満足そうに辺りを見渡すと此方の方へと視線を向け、盾と槍を消して歩いてくる。それを迎える様にインベントリから水筒を取り出し、それを投げる。それを受け取ったレギンレイヴは軽く水を飲むと、水筒を返してくる。取り出したときの様にインベントリの中へと戻すと、レギンレイヴが笑顔で此方を迎える。


「練度がバラバラで連携さえ取れていないのは度し難いが、それでも闘志に関しては十分なものがある。何人か邪なものを感じたが故に少々厳しく当たってしまったが、まぁ、戦っている間に人の胸やら尻を見ているのが悪い」


「あぁ、一応気にしているんだ、その恰好」


 レギンレイヴの戦装束は何と言っても下乳が良く見える、素敵仕様だ。戦闘中に胸は揺れるし、スタイルもいいものだから見ごたえはかなりある。そりゃあ邪な感情を抱くのも仕方がないと思えるだろう。


「別にお前や見知った仲間であれば多少の視線は構わんが、あまり堂々と、しかも初対面で眺めてくる輩には手加減は出来ない。ブリュンヒルデはこのあたり相当厳しいぞ。問答無用で去勢するぐらいのことはする」


「ひぃ」


 横のサザンと全く同じタイミングで内股になって股間を抑える。その姿を見たレギンレイヴが軽く笑う。


「まぁ、そういう相手が欲しかったらフレイヤ様を呼ぶが良い。あの方はヴァルハラきってのビッチだ。ビッチの中のビッチだ。何がすごいかってビッチの様に見えない様で物凄いビッチだ。ビッチってどんな生物? って言われたら真っ先に思い浮かべるのがフレイヤ様だからな。まぁ、ビッチ中のビッチ、エリート・ビッチのフレイヤ様であれば一瞬で魅了して昇天させてくれるだろう。たぶんビッチ女王フレイヤ様ならポーズを決めるだけで周囲の男を昇天させるに違いない―――恐ろしいな」


「おい、さっきからホロウィンドウ出現しまくってるぞ」


「俺には、何も、見えない」


 出現しまくる女神からのメッセージを左手でひたすらチョップを叩き込む事で破壊し続ける。ちょっとだけフレイヤの美しさに対して興味があったりしたが、レギンレイヴの話すフレイヤの存在が恐ろしすぎてとてもだが召喚する気なんて失せた。これは間違いなく出禁リスト行きの一つに決定だろう。ついでに心の中でサキュバスを召喚するのもやめておこうと決めておく。


「というかヴァルハラの性事情とか聴きたくなかった」


「そうか? 結構面白いものだぞ、ビッチ女王以外は」


「すいません、そろそろ左手が疲れてきたんでそれ以上ディスるのやめませんか」


「だが本当にビッチだぞあのお方は」


「俺も協力するわ」


 増え続けるホロウィンドウの対処にサザンがチョップに参加する。早く何とかこのヴァルキリーをヴァルハラに返さないと、このホロウィンドウか、或いは直接乗り込んできたフレイヤに殺される、そんな予感が自分の中にはあった。だからとりあえず視線をホロウィンドウからレギンレイヴの方向へと変える。


「良し、用事は終わったな! 帰れ!」


「つれないなぁ。魔力効率や術の精度が昔と比べ、大きく上昇しているだろう? そのおかげでまだまだ現界していられるのだ。ならスルーズではないが、少々遊びまわるのも悪くはないだろう」


 そう言葉を置くと、光がレギンレイヴを包む。それも一瞬だけだが、その後に出てくるのは、何時もとは全く違う姿をしたレギンレイヴだった。戦装束を身に纏っていたその姿は紺色のスカートに白いブラウス、そして長い白髪は半ばから緩い三つ編みになっている、レギンレイヴの姿は一瞬で、恰好だけならどこにでもいる村娘の姿になっていた。町現在の流行よりもかなり地味であり、そして少々古臭いかっこうではあったが、不思議とそれはレギンレイヴとマッチする姿だった。


「こうやって、人の姿を取るのは久しぶりだな。まだ成り立てや見習いだった頃はこうやって人の真似をして、祭等に紛れ込んだものだったが……まぁ、昔を思い出すのは時間が勿体ないし良いだろう。それよりもだ、主よ。そして戦士よ。エスコートを頼みたい所なのだが?」


 美しい笑顔の前に普通なら頷くところなのだが、


「―――その為にとっととビッチ・オブ・ビッチに謝ってね?」


 ご本人が怒りで降臨する前に。



                  ◆



「―――ふむ、成程、これが主達の今の拠点か」


 結局、まだ定時にはなっていない為、レギンレイヴは定時退社する事無くこの世界に留まっている。エスコートを頼むなどと言いつつ、先頭で歩いているのがレギンレイヴだ。彼女の後方二歩程距離を開けて自分とサザンが並んで歩いている。その背中姿からわくわくした様な感情が見られる。どうやらこういう探索を嫌っていないらしい。そんな事を思いつつ、レジスタンスの拠点へと視線を向ける。


 建造物の大半が木製のロッジ、或いはテントだ。どちらも組み立てと解体が容易に行える事を前提としたものであり、バラバラにした場合インベントリにしまう事が可能な材料から構築されている。多少苦労はするかもしれないが、それでもここから移動する必要があった場合、即座に離れる事ができるよう人設計された街、或いは村なのだ。だからと言って、街としての機能は別段存在しない訳ではないが。


 レジスタンスの物品補給所とは別に、趣味で鍛冶屋料理、錬金術を齧っている者は多い。レジスタンスの物資に手を出している訳ではなく、自分で購入したものや見つけたものを暇な時間に加工している生産職の連中が一定割合存在しているのだ。そういう連中が完成させた品はレジスタンスの倉庫へと送られることもあるが、お小遣い稼ぎの為に露店の品として並べられる事がある。これもまた息抜きの一環として認められており、露店コーナーが存在している為、そこへと向かえば露店と共に商品が並べられているのが見える。


 そうやって並べられている商品をレギンレイヴは普通の女の様に眺めていた。露店に近づき、商品を精査している姿を数歩後ろから眺めていると、サザンが言葉を零す。


「なんつーか、女傑かと思ったら普通に買い物しようとしたり、冗談を言ったり上司をディスりまくったり、割と普通なんだな」


「まぁ、割とな。強くて種族が違くて価値観が違うだけ。たったそれだけの話だからなぁ」


 そう言葉を返し、楽しそうに買い物をするヴァルキリーの姿を眺めていると、


「パパー!」


「お、ミリアか」


 ミリアティーナの声がした。その声に振り返れば、此方へと向かって走ってくる娘のような存在の姿が見える。かなりスピードが乗っており、飛びかかってくる気満々のその姿、ステータスを軽く思い出してギョっとするが、それでも父親ポジションとしては絶対に避ける事を許してはならない。


 つまりバッチ来い、覚悟は決めた。


「ごおぉっ、ぐぅっ、ごぉ!」


 ミリアティーナが飛びかかって、そして膝が腹にクリティカルヒットした。そんな醜い声しか口からは漏れなかった。ただミリアティーナ本人はやらかした事に一切気付くことなく、此方の首に手を回して抱き着いたままだ。この子は本当に甘えん坊だなぁ、と腹から広がる痛みに涙をこらえながら思う。


「えらい酷い声が漏れてるけど大丈夫か」


「……大丈夫でごわす」


「大丈夫そうじゃないな」


 サザンに背中を撫でて貰いながら視線を前方へと戻せば、何時の間にかレギンレイヴが移動を再開していた。駆け足でその姿に追いつき、横に並ぶ。追いついて来たのに気が付いたレギンレイヴが此方へと視線を向け、そしてミリアティーナの姿に気が付く。


「ふむ、主程ではないが此方もまた強く呪われている子だな。何やら主は面倒を引き寄せる才能でもありそうだな」


「うっせぇ」


「……ふむ」


 そう呟いたレギンレイヴが顔をミリアティーナへと寄せる。普段、自分以外への他人に接する時は激しく否定、というか軽い、子供レベルの暴力で追い払うものだが、そういう行動をレギンレイヴには繰り出さなかった。子供の姿となっていても、神聖な存在は理解できるのかもしれない。しかしミリアティーナのステータスを思い出せば、その中には信仰や神を狩る様なスキルが存在していた。となれば逆に本来のミリアティーナはレギンレイヴの敵対側ではないだろうか?


 そんな事を考えている間に、レギンレイヴが軽くミリアティーナの頭に触れていた。


「今の私では呪いを多少緩める程度の事しかできんな」


 そう言ってレギンレイヴはミリアティーナの頭から手を離す。それをミリアティーナは不思議そうに見つめているが、彼女の代わりに頭を下げる。


「あ、なんか世話になった感じでどうも」


「気にするな。死後は誰のエインフェリアにするか勝負するために好感度を稼いでいるだけだ」


「口に出したら台無しだなそれ……」


「ちなみにエインフェリアは基本無給だ。ただ休日なんてものはほぼ存在しない。そしてビッチ大帝に喰われる運命だ」


「レギンお前絶対個人的に恨んでるだろフレイヤを!! つかそんな話を聞いてヴァルハラになんか行きたくなる訳ねぇだろ!! 死んでも絶対にエインフェリアだけは勘弁だからな! そして抗議のメールいい加減うるせぇんだよ! ロッキ投げつけんぞ!」


「どうどう」


 最終奥義、ロッキ爆弾。相手は嫌な思いをする。そしてロッキは死ぬ。故に相手は良い思いをする。


 相殺でいい感じになるんじゃないだろうかこれ。駄目か。


 しかし、妙にミリアティーナが静かなのは珍しい。普段は此方を独り占めしようと独占欲全開で蹴りやらビンタを叩き込むものだが。ま、こんな相手もいるんだろう。そんな事を考えていると、


 ぼろろーん、とリュートの音が響くのが聞こえる。その時点でエドガーであると理解する。


 音源へと視線を向ければ、何時の間にか木の上に上り、リュートを構えたエドガーの姿がある。お前のその姿、後で絶対にキャロライナに言いつけてやるからな、と心の中で誓っていると、レギンレイヴが頷きながらエドガーを評価する。


「貴殿―――幸の薄い運命だな。強く生きろ」


「自己紹介前に人生を頑張れって言われた俺はどうすればいいんだ……!」


「笑えばいいよ」


 エドガーが笑い出す姿にミリアティーナが腕から抜け出し、跳躍して木の上へと一瞬で駈けあがると、ローキックで脛に一撃を叩き込み、体が下がってきた所でガゼルパンチを腹に叩き込む。それを受けてゴミの様に転がるエドガーの姿を満足そうに見て、此方へと戻ってくる。この子の将来が激しく不安になってくるが、エドガーの事だからなぁ、と思ってしまうのはどうしてだろうか。


 木から落ちて地面に倒れ伏すエドガーが、ぼろぼろになりながら呟く。


「俺の扱いが……ドンドン……雑になって行く……」


「まぁ……」


「仕方がないよなぁ……」


 威厳の欠片を見せていないエドガーがある意味悪い。何時も通りの駄目皇子の姿に軽く笑いつつ、手を伸ばして起き上がるのを手伝う。その間、ひたすらミリアティーナが起き上がろうとするエドガーに蹴りを叩き込んでいるが、本当に大丈夫かどうか疑わしくなってくる。ともあれ、エドガーが更にぼろぼろになりながら立ち上がると、


「真面目な話をすると伝える事があるからこうやって君を探していたんだけど……ここまでぼろぼろにされる理由が俺にはあるんだろうか。いや、ない。もうちょっとエドガーって奴に優しくしようぜ!」


「すまないが定時退社だ」


「顔を見られた直後定時退社とか言われた俺はどうしろって言うんだ!!」


 良い笑顔でレギンレイヴがヴァルハラへと帰って行く。今回ばかりは本当にエドガーが可哀想になって来たので、同情の視線を向けながら、見下して話しかける。


「で?」


「そろそろ心が折れるから……ってそうじゃないや。来週に計画されている監獄襲撃の前に、一か所襲撃する必要が出てきたかもしれない。だからその話をしたくてリーダーや幹部格を探していたんだ。というわけで作戦会議室へ来てくれないかな」


「下っ端にそういう仕事やらせろよぉ!! だからお前の扱いが軽いんだよ!!」


「大将ってもっとどっと構えてるものだろ? 下っ端の仕事やってりゃあそりゃあこうなるわ」


「えー……頼れる上司ってイメージが欲しかったのに」


 雑用を進んで受ける上司は確かに親しみがあるが、別段頼れるイメージが湧かない。


 最初から手段を間違えているエドガーであった、



                  ◆



 地下の作戦会議室に集まり、そして会議が始まったところで何時も通り、キャロライナが黒板の前に立ち、そして説明を始めていた。その内容は、


「―――キメラ研究所?」


 聞いたことのない言葉にキャロライナが頷く。キャロライナが視線をテーブルに座る一人、おそらくは幹部らしき蜥蜴人(リザードマン)へと向けると、細長い舌を揺らしながら説明を始める。


「合成魔獣を、そして魔物の類の研究を行っている研究所だ。魔物同士を交配させる事だけではなく、錬金術や魔術、呪術を利用した生物と生物を肉体的に融合させる様な研究を行っている研究所だ。ここで行われている機械と魔物の融合が帝国における機械型モンスターや、ゴーレム等の技術の基本となっている。まぁ、生物の実験場って所だよ。俺達蜥蜴人や虎人は元々自然には存在しない生物で、大昔の時代に、今より発展した融合技術を経て生み出された種族だなんて話もあるな」


「なるほどなー」


 それがどうした、という話になるのだが、キャロライナが言った。


「―――捕縛された同志が監獄へと向かう事無く、キメラ研究所に送られている様です」


「馬鹿なっ!! 人体実験は法律で禁止されているぞ!! レジスタンスにだって適応されるはずだ!!」


「処刑部隊がいる時点で人権もクソもないだろう。やると言ったらやる、それが帝国だよ」


 人体実験が繰り広げられている。その言葉に一瞬で会議室が熱気に燃え上る。その事実を受け止めつつ、考える事は別の事だった。


 ―――もしかしてニグレドも―――。


 一瞬だけそう思ったが、否定する。プレイヤーが死亡した場合、その死体は極限まで認識しづらくなり、ほぼ干渉不可の存在となる。デスペナルティを受けて蘇生するまでの数日間、プレイヤーに対する干渉は出来ない。だからニグレドが事件に会っているというのはありえない事だ。とはいえ、それでも連絡がないのは不安だ。そろそろ此方からコロセロスへ変装でもして探しに行く必要があるかも知れない。


「監獄の前にキメラ研究所を襲撃し、苦しめられている同志達を助け出す事に異論のある者はいますか?」


 異論を挟むものはなかった。


「―――今回の件、犠牲にあっているのは私達だけではありません。過激派の所属員もかなり多く送られており、前々から襲撃を計画していたようです。此方もそれに便乗する様に、合同で動く事となる可能性が高い為、それを忘れないでください。過激派や穏健派の括りはこの時だけ忘れて―――」


「人命優先、ってな。仲間を救い出すのに過激も穏健も関係ないだろ」


 エドガーの言葉に肯定の言葉が返され、そして会議室の意見は統一された。


 監獄の前に、キメラ研究所への襲撃を決行する事に、と。

 久しぶりのレギンレイヴさん。初期の頃と比べれば芸が増えたなぁ、と。まぁ、召喚精度が上がれば本体に近づくのは戦闘力だけではなくリアルさ、趣味や趣向と行ったそういう部分もね!

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