四十一話 レジスタンス
コロセロスでの戦闘音が響く中。コロセロスから逃げ出す様に離脱する影が存在する。我真っ先に、と逃げ出す商人やただの見物客たち、そういう姿に乗じてコロセロスの外へと脱出する。そこから止まる事なく移動し続け、そのままコロセロスを一望できる位置まで逃亡する。コロセロスの周囲は見晴らしの良い荒野になっている。故に人が集まるとすぐに集団が形成されるのが見えてしまう。事実、今いる場所には百近い人による集団が形成されつつあり、コロセロスからは此方に追撃の為に集まる帝国兵の姿が見える。あと十数分もあれば追撃の準備は完了するだろう。
「―――遅いわねぇ、王国なら数分で追撃準備完了するわよ」
「お静かに」
修羅の国と一緒にしてはならない。そんな事を思っていると此方に合流して来る姿はもうなくなってくる。その代わりにコロセロスの空に閃光と砲撃が貫き、街の外へと逃亡して行く姿が見える。それを追いかける様に大量の武器が赤い点から投擲され、壁やら大地を粉砕するが、逃亡する姿はそれらを回避して荒野の果てへと素早く去って行く。アレがおそらくロンとカリウスなる人物だろう。ロンクラスの実力で逃亡しなきゃいけないっていったいどういう次元の化けもんなのだろうか。
「さて、これで全員か? 全員だよね? もう待てないから行くぞ―――!」
確認しながらエドガーが宝石を取り出し、
「我らのアジトへ!」
それを大地へと叩きつけた。瞬間、大地を覆い、集まった者達全員を収容する様に魔法陣が出現する。眼が魔法陣を捉えるのと同時に、解析を開始する。エドガーに関しては一度騙されている為、完全な信用を置く事は出来ない。故に軽く解析し、その内容が登録された地点への一方通行的な転移であると把握し、着地後に備えて柄に手をやったまま、
光に包まれる。転移や召喚時特有の光に一瞬だけ目が眩むも、その光が周囲を包むのも一瞬だけ、
光が満ち、そして消える頃には風景はガラっと変わっている。
荒廃していた大地と環境は一気に変わり、広がっているのは緑の平原だった。草木が生えているのが見え、尚且つ近くには湖さえも見える。帝国内には全く見えない程に潤っているその場所へと到着するのと同時に、周囲に警戒する様に視線、魔術反応、そして気配を探る。しかし、物騒に感じるそういう気配は存在せず、エドガーへと視線を向ければ、両手を広げて歓迎する様な姿を見る事が出来る。
「ようこそ穏健派レジスタンスアジト、”アルセーラ”へ―――いや、まあ、ここはその近くの平原ってだけなんだけどね。あぁ、後そうそう、君達プレイヤーにこの場所を開示するとなんか凄まじい速度で情報が拡散するらしいね? だから帝国内のどこか、としか答える事が出来ないからそれに関しては済まない。ただ、まぁ、いい場所だろ? ここが俺達の拠点さ。直ぐ近くに拠点があるからそこへ向かおう」
「待ってくれ、俺達がプレイヤーだって知っているのか?」
エドガーの流れる様な発現に、エドガーはそうだな、と答える。
「―――ぶっちゃけると良く解っていない」
「はあ?」
「いや、親父が―――つまりは皇帝が”そういう存在がいる”って教えてくれたってだけだよ。死んでも何事も無かったかのように蘇り受け入れられ、王に匹敵する潜在能力を保有しながらも一切の違和感を抱かれる事のない存在、プレイヤーが存在すると。まぁ、ぶっちゃけ難しい事はあんまり考えたくないから知っているって程度だけなんだけどな! というわけで歩こう。ここで立ち話をするのもいやだろ? 詳しい話は拠点に戻ってからしよう。その方がお互いに楽が出来るだろうしな。反論なし? ないよな? ―――あの、殺気を込めた視線は向けないでください。はい」
とりあえず、誰もエドガーの言葉には異論を挟まない、挟めない。質問攻めにあってもおかしくはない状況なのだが、不思議とエドガーのキャラというものか、親近感が無駄に彼に対する質問を抑制しているような、そんな気がする。人の心に入り込んでくる才能、そういうものをエドガーからは感じる。個人的には諜報員向けの才能だと思う。
ともあれ、そうやってエドガーと十数人の男たちに先導されて、平原を歩く。数分ほど緑の大地を歩けば拠点のものとみられる煙が見え、騒がしさを感じ、そして更に歩けば木でできた家屋を目撃する事が出来る。ロッジ風の家が並び、エドガーが拠点と表現した場所は少し大きな村の様な規模を誇っている。その入口で見張りをしている兵士の横を抜けつつ、百数人という規模で、レジスタンスのアジトへと到着する。
アジトに到着した所でエドガーは振り返る。
「というわけで改めて―――ようこそ、我が拠点へと! いや、はっはっはっは! まさかレジスタンスに誤解されるとはとんだ災難だったね? だが安心して欲しい、俺、レジスタンス穏健派幹部であるエドガーが君達の身の安全を保障しよう―――ここにいる間はね。おそらく帝国領土に戻れば君達は全員指名手配されているだろう、少なくともそれが出来るだけの技術力が帝国にはある」
だけど、とそこでエドガーは誰かが介入する前に言う。
「ここから出て帝国の他の土地へと行きたいなら送ろう。我々にはその移動手段がある。もし聖国や王国へ行きたいというのであれば、少々時間はかかるかもしれないが、送らせてもらおう。何せ、今回の件に関しては完全に我々に非がある。いや、多少援軍は来るかなぁ、と思ったけどこんなに釣れるとは思ってもいなかったんだ。プレイヤー? のネットワークってすごいね!」
という事で、と言葉を置く。
「ここにいる間は少々働いて貰うかもしれないが、ある程度快適な生活を保障しよう。ただ、個人的な欲望としては是非ともレジスタンスの活動を支援してほしい。今回の件を見れば解ると思うが、帝国は容赦をしない。目撃次第殺す。確認は殺してから行う。そして過激派レジスタンスは街が一つ消えようと、それで目的を達成できるならよしとする。そんな狂気を断じて認めたくはない、それが我々、穏健派なんだ……さて、あまり長々と話すのも嫌われる原因だし、一旦ここまでにしよう。俺はやることがあるから一番奥……あそこだよあそこ。見える? あの一番大きい奴。そうそう、あそこ。あそこにいるから、どうするか決めたらあそこまで来てほしい。そこで君達の意見を聞き届け、対応するつもりだから」
それでは、とエドガーは告げて去って行く。その背中姿を眺めながら、完全に質問とかを投げるタイミングを、責めるタイミングを外されてしまたと思う。いや、それもエドガーの技量と才能なのかもしれない。あの野郎、ただじゃおかねぇ、という事だけを頭に置いておきながら、ダイゴとリーザへと視線を向ける。他のプレイヤー達も自分たちの様にパーティーに分かれて相談を始めている。まぁ、大部分がどういう選択肢を取るかは解っている。未だに背中にしがみ付いていたミリアティーナを背中から解放し、大地に下ろして片手を握る。これで良し、と内心で呟く。ともあれ、
色々と相談したいし、落ち着たい。
「……現状の把握から始めようか」
「と言っても結構シンプルね。貴方、エドガーに乗せられて、利用されたのよ。たぶん最初に接触してきたのは”プレイヤー”かどうかを見極める為、そして二回目が巻き込む為。巻き込んで、そして追い込まれれば最終的に取れる手段は物量戦、なんか不思議なネットワークがあるだろうか、それを頼る事を見越して追い込まさせて、そして街中で発生している内容に対して”過激派と穏健派の争い”って感じで流せば計画を潰せる上に、こんな風に此方側に加担してくれる人材を増やせるわよね」
「完全にハメられたなぁ……って」
リーザが自然にプレイヤーという単語を使っていたが、
「リーザはプレイヤーの意味知っているのか?」
「んや、全然。偶に聞く単語だけど……まぁ、そのうち王国に帰る時があるだろうし、その時にダディにでも聞くわ」
「あん? その言い方からすると王国に帰るつもりはねぇ、って感じだな」
何時の間にか酒瓶を片手にしているダイゴの言葉に対して、リーザは勿論と頷く。
「そもそも王国の領土の外で死んだ場合は全て”自己責任”って事で見捨てるって話し合って決めているからね。そういう条件飲んで好き勝手外に出ている訳だし、まぁ、戦争に関してはロンが情報届けたりしてやってくれるだろうし。それよりも個人的にはニグレドの仇を取りたいというか―――あのファッキン赤鎧野郎を血祭に上げないと気が済まないという訳で」
やっぱり王国王族は王国王族だった。やる事、考える事がなんというか、実に言葉として表現する事が難しい。とりあえず、リーザの意思としてはレジスタンスに協力する意思はある、ただし完全には信用しないという意思を感じ取る。ともあれ、それで正しいと思う。ダイゴへと視線を向ければ、ダイゴも酒を飲みながらサムズアップを向けてくる。つまり此方に任せる、という事なのだと思いたい。
「じゃあ纏めるけど皇帝や帝国はどうでもいいけどカリウスの野郎は確実にぶっ殺して、エドガーもその後で腹パンって方向で。一応王国サイドの人間だから滅ぼせるなら帝国もついでに滅ぼすかやっぱ。まぁ、そんな感じで後はノリで」
「異議なし」
「異議なし」
「いぎなしー!」
「―――殺意充填1000%って感じのパーティーですね……」
「ん?」
かけられた声に視線を仲間から外せば、此方へと向かって軽く手を上げながら挨拶して来る黒髪、一目で日本人だと解るプレイヤーの姿がある。服装は基本的に布の服装の上から革のライトアーマーといった様子だが、左腰に装備されている剣は確認するまでもなく、強い力を放っている。即座にミリアティーナが自分の後ろへと隠れた感触、これは間違いなく、
『聖剣ねー。銘は解らないけど結構強力なタイプね。聖剣が一本だけだし、”聖剣使いさん”かしら』
そう言えば自分がスレを見る、という事はカルマもまた見ているという事だった、という事を思い出す。何だかんだでカルマは姿を出していないとき、身体感覚や味覚を此方の体と同期しているらしく、それなりにエンジョイしているらしい。割とこの怨霊の設定便利だよなぁ、何て感想を抱きつつ、挨拶を返す様に聖剣使いに向けて片手を上げる。
「聖剣使いさん?」
「あ、やっぱり魔剣聖さんで会ってた。とりあえず初めまして、スレでは何度か話しているけどこうやって実際に会うのは初めてなので。出来たら闘技大会で一戦、したかったんですけどねー。いやぁ、まさかこんな事になるとは。あ、プレイヤーネームはトモです」
握手を交わす。
「どーもトモさん、フォウルです。殺せる機会があるなら殺しておくのは間違いじゃないからね。とりあえず殺しておけば悩まされない訳で」
侵食警戒して不殺とか仲間やられているのに守るも糞もない。やられたらやり返す。カリウスだけは絶対に殺す。それだけは全員共通した意思だと思っている。仲間の死には敵の確実な死で報いる。それだけの話だ。
「やはり王国出身の人たちはどっかぶっ飛んでるなぁ……と、フォウルさん達……魔剣聖さんの方が言いやすいや。魔剣聖さん達がレジスタンス参加の方向なら俺もレジスタンス参加の方向で行こうかなぁ、コロセロスの乱闘騒ぎは魔剣聖さんに乗っかったようなもんだし」
「じゃあ俺も参加するか」
そう聖剣を両手と股間とケツで挟む怪物が言った。目撃した瞬間にミリアティーナがダッシュ、股間に蹴りを叩き込んでいたが、それを無視し、聞かなかった事として処理する。そのまま周りへと耳を傾ければ、全体的にはレジスタンスに加担、便乗する様な感じで話が進んでいるのが解る。皆、今回の件は楽しんでいるだけではなく、無差別テロに対して思う事があるらしい。それに此方とは違い、別にハメられたわけじゃないのだ。怒る理由はない。
だから、彼らの動機は軽い。
「あ、これが生の魔剣聖さんかぁ……あ、握手してもいいですか」
「あ、こっちも」
「スキル構成聞いてもいいです?」
「フレ録いいっすか」
「ちくわ―――」
最後の一人だけは腹パンをくらわされ、倒れつつも、自分の周りには多くのプレイヤー達が集まってくる。スレで割と話題に上がったりするのは知っていたが、ここまで知られているというか、話題の人物になっていたとは一切思いもしなかった。軽く握手しながら自己紹介をし、そして全体を確認する。此方に寄ってくるプレイヤーの数は多く、そしてまだちょっと混乱が残っている。
「―――とりあえずここらで一旦、情報の整理しないか? そこらへん得意な奴いるか?」
「あ、俺が軍師プレイやってるんで情報教えてくれればパパっと纏めるぞ」
軍用コートを着た一人の青年がそうやって手を上げて主張して来る。なので彼に近づき、確認の為にスレやWIKIを開きつつも、此方が知っている情報を彼へと伝える準備を始める。昨日の昼、逃亡してからたった今まで、丸一日程の時間が経過している。その間に起きている事を纏めるとなると少々頭が痛くなる思いかもしれないが、こういう状況になってしまった以上、しっかりできる事はしなくてはならない。
◆
茶の軍用コートにジーパンとシャツと、かなり現代に近い服装黒髪の青年がみんなの前に立つ。その姿からほとんど外見に関してはカスタマイズしていないのが解る。彼の勧めで場所はちょっと変わり、レジスタンスの視線が存在しない場所、レジスタンスたちの拠点から少し離れた場所へと移動している。余り離れている訳ではないが、それでも大声を出さない限りは声が拠点へと届く事はない。
「―――えー、という事で情報の整理、纏めを担当するマルクスだ。所謂”軍師プレイ”を希望していてな、ちょっとこういうの憧れたり練習してたりしたんだ―――ぼっちで」
「先生、心を抉るの止めてください」
「はっはっはっは―――じゃあ進めるぜ? とりあえず全体の話の流れを憶測交えて話すとするぞ。まず話の一番最初に来るのはレジスタンスの穏健派、そして過激派の争いだ。過激派が市民とかどうでもいいから皇帝を殺して帝国を代替わりさせるべきって派閥、穏健派が市民とかには配慮しつつも皇帝殺して代替わりしようぜって派閥だ。うん、どっちも殺意で溢れているな。まぁ、それは置いて、重要なのはこの過激派がコロセロス消滅皇帝さようなら大作戦を組んだ事だ。普段は帝都空中城にいるからテロとかが一切通じない皇帝が地上に降りる数少ない機会、これを狙ったわけだな」
そこで情報を飲み込む為に一旦間を置いてから、話が再開される。
「んで、これを事前に察知した穏健派は何としてもこれを止めるっきゃない。つか見逃したら穏健派としての名誉が地に堕ちちまうからだ。というわけで穏健派は潰したいわけだが、これを正面からどうにかしようとすると自陣営に被害が出る。これはどうにかして解決しないといけない、あぁ、困った。なら勝手に頭を突っ込んでくれる奴らを利用しようぜ―――つまりは俺達プレイヤーの存在だ。あのエドガーって兄ちゃんは俺達プレイヤーとスレやWIKIで情報をやり取りしているってのには気づいてたんだ。だったらプレイヤーかどうかを見極めて、関わらせる」
「あとは追い込まれたら勝手に援軍、か」
「大正解。自分の手駒がほとんど動いていないってのが素晴らしいな、このやり方は。問題なのは利用された側からすると悪印象マッハって所なんだけど。それでも全体的にみりゃあ悪印象なのは魔剣聖さん達から見た場合だけだ。魔剣聖さん達は騙されて近づかれた、そして利用されたって感じだけど―――俺達はぶっちゃけ、イベントがあるって情報に便乗して飛び込んできただけだからな。特に怒る様な理由がねぇんよ」
それはそうだろう。突入のタイミングが自分達と、彼らでは違うのだ。彼らは元々”穏健派と過激派で争っている”という状況で飛び込んできたのに対し、此方はその火種として利用されたのだ。そりゃあ向こうは怒らないだろう。ただそれを踏まえて、マルクスは言う。
「で、ここにいる百三人の意見を統一した結果―――再び魔剣聖さん達に便乗するって形で同意したわ」
マルクスのその言葉に周囲で頷きと言葉が返ってくる。
「イベントは楽しむもんだしな!」
「ここにいる連中は闘技都市にいたウォーモンガーばかりだぜ? 魔剣聖さん達と一緒なら多分飽きないだろうぜ!」
「それに俺達を集めたのはそっちですから、イベントが終わるまで面倒を見てくださいよ!」
「すいません、何でもいいから白髪巨乳とか召喚できませんか!?」
仲間が百二人に減った。悲しい現実だが、向き合わなくてはならない。
そんな茶番を乗り越えながら、軽く頭の裏をかいて、視線をリーザとダイゴの二人へと向ける。なんだか二人とも少し恥ずかしそうな表情をしている様に見える。いや、リーザは恥ずかしがっている様に見えて笑っているだけだった。前言撤回しよう、流石王族、ヨイショには慣れているものらしい。ともあれ、とりあえずは不安そうに服の裾を握っているミリアティーナの頭を撫で、ミリアティーナに視線を向けて妙にハァハァと息を吐いている連中に光柱を叩き込んで数をきっちり百人にする。また減ってしまった。
しかし死んでないからセーフ。
「……お前らほんと馬鹿だなぁ、遠慮とかしなくてもいいのにさぁ。まぁいいわ。お前らがそんなに馬鹿ならいいぜ、とことんやろうぜよ、おい。帝国を落とそうじゃねぇの!! 仲間がやられた分はやり返す! ファッキンカリウスの首と皇帝の首でな!! 連帯責任って言葉を教えてやるぜ帝国ゥ!!」
拳を天に向けて付きあがると、それに追随する様に咆哮が平原に響く。その光景を眺め、頷く。
「―――あぁ!」
◆
「テンション任せで馬鹿やった―――」
数分後、プレイヤー集会を完全に解散してから、打ちひしがれる様に草地の上に倒れていた。周りにはほかのプレイヤーの姿はない。その姿はレジスタンスの拠点へ、自分の代わりに報告やら活動やらで動きだしてくれたからだ。とりあえず昨日から戦いっぱなし、傷が開きっぱなしの此方パーティーは休んでくれ、という事に落ち着いているが、正直そんな状態だった。
『”ファッキンカリウスの首と皇帝の首でな!! 連帯責任って言葉を教えてやるぜ帝国ゥ!!” いやぁ、良い啖呵を聞かせて貰ったわぁー』
やめて! 心に響くの!
まぁ、それでもカリウスを殺しに行くのは本気なのだが。そしてそれをやる為には、レジスタンスに協力する以外に方法はない。今のまま空中城へと突撃しても防衛の兵士に殺されるのが関の山だ―――自分とダイゴはともかく、ミリアティーナやリーザをそれに巻き込む事は出来ない。彼女たちはニグレドの死よりも重い存在なのだ。
それが、プレイヤーとNPCの差だ。
「やっほ」
そんな事を考えながら仰向けに寝転がっていると、上から覗き込む様にリーザが視線を向けてきている。軽く返答しつつも、じっくりとリーザの顔を観察する。
可愛い。
いや、冗談抜きで可愛い。後凛々しいとも表現するかもしれない。そういうタイプの顔立ちだ。頬にある浅い傷は間違いなく繰り返されてきた戦闘の痕跡だろうが、露出の多いホットパンツにタンクトップ姿―――と、最近知ったがこれはタンクトップではなく、肩の部分が紐なのでキャミソールというらしいのだが、それによって色々と動きやすさを確保しながら体のラインを確保していて、色々と艶めかしい。いや、彼女自身はこう、エロいタイプじゃないのだ。だが体がエロいのだ。言葉では伝わりにくいかもしれない。ただ真っ赤なその髪は、まるで燃える信念の炎の様で、羨ましいと思う。
「ねぇ、プレイヤーと私達に関してを教えてよ」
「ダイゴから聞けよ」
「やぁーよ。アイツ酒臭いんだもん。シリアスな時まで酒を飲んでいる奴はお断りよ。まぁ、背中を預ける事は出来るんだけど」
「お前ら妙な信頼関係あるよなぁ……」
どっこいしょ、と声を漏らしながらリーザが横に座り、そして倒れ、同じように空を見上げる。
それはまだ蒼く、明るい。しかし視界の端、空の果てでは段々と世界の色を変えて行くオレンジ色が見える。暗くなるまで、時間はそういらないのかもしれない。
「で、プレイヤーって何?」
「お前の世界が実はゲームだったって言われたら信じるのかよ」
「貴方がそう言うなら信じるわ」
『あ、照れてる』
うるせぇ、と心の中で怨霊に怒鳴っておく。リーザが偶に見せるイケメンっぷりには驚かされる事がある。此方が、いや、俺が言うならそう信じる。リーザはそう言った。だから、答える。
「まぁ、簡単に説明してしまうと、俺もダイゴもあの連中も、全く別世界で生きていて、遊ぶためにここに来てるんだよ。だから簡単に成長するし、死んでもペナルティを受けるだけでまた蘇るんだ。そういう”娯楽”なんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
「……なんか、興味なさげだな」
「まぁ、ぶっちゃけそこまで興味ない。まぁ、王族の方でも割と異端児だしねぇ、私は。とりあえず話を聞く限りはニグレドが蘇るって事っぽいし、安心しておくわ。カリウスは絶対殺すけど」
リーザの殺意たっぷりの言葉に苦笑し、黙り、空を見上げる。もうちょっと一悶着があるかと思ったが、リーザ個人は”特に興味がない”という反応だった。ただ、とリーザは付け加える。
「あんましそれ、言わない方がいいわね。それを聞くだけで人を狂わせる魔力があるわ。体を奪えば、もしかして不死になれるんじゃないか? なんて事を思うやつも出てきそうだし。まぁ、突っかかってくる様なら殺せばいいんだけどさ。とりあえずニグレドは蘇るのね。……やっぱなんかちょっともにょるわ」
「もにょっちゃうか」
「うん。もにょる。興味はないけど、なんだかなぁ……」
そう言ってリーザは黙る。
「ま、いいわ。よっこらしょっと」
「おい」
よっこらしょ、と言いながら体を動かしたリーザは頭が此方の腹の上に来るように移動し、腹を枕がわりにするが、それで満足できないのか移動し、そのまま太ももへと下がり、そこで満足するかのように頭を落ち着ける。
「普通女の子がする事だと思うんですけどそれ」
「え、マジで? 兄貴とかダディとかに良くやってもらってたんだけど、じゃあ交代だ交代!」
ガバリ、と起き上がったリーザがそうやって手招きして来るが、それを振り払う様にゴロリ、と逆方向へと体を傾けて、視線をリーザから外す。
「好感度不足です。フォウルくんの心を攻略したかったらもうちょっと好感度を稼いで出直してください」
「やーい、へたれやーい!」
「お前今度ヴァルキリーガチャでボコるわ」
「それじゃんけんで紐を使って手をグーで固定させてからパーを出す様なもんだよね」
最近めっきりヴァルキリーの召喚をしていないなぁ、とか思いつつ、軽く溜息を吐く。
―――思えば、結構遠くへと来てしまった。
始まりは王国で。そこから王都へと向かってニグレドと出会い、リーザと出会い。ダイゴと合流して、大使館で事件を解決したり、そこから帝国へ、そして闘技大会に。たった一ヶ月の出来事だが、まるで一年経過したかのような濃密さを感じている。今では国家転覆を狙うテロリストへとジョブチェンジ。数日中にはおそらく、本格的に活動を開始するだろうと思っている。
しかし長い。本当に長く感じる。何故だろうか。
『お姉さんの経験を背負っているからじゃないかしら? 経験とは記憶でもあるんだし』
あぁ、そういう事もあったなぁ。溜息を吐きながら沈んでいると、バンバンバン、と太ももを叩く音が聞こえる。
「はーやーくー」
「なんだよその積極性は……好感度が足りないから駄目だって言ってるだろ。もっとちゃんとプレゼントを貢いだりしないと」
「大丈夫、こっちからの好感度は高いから!」
「えっ」
視線をリーザへと向ければ、良い笑顔を浮かべる一人の美女の姿がそこにはあった。
なんか、最近色々とフラグの気配を感じるのだが、これはもしや世界に殺されそうなんじゃないだろうか、そう思えてきた。
『少なくとも魔剣には人格的に殺されそうよね』
そこ、煩い。
というわけでここら辺から新章ダヨー。前編終わったのでおそらくこれが中編になると思います。リーザの好感度が妙に高い? 男女のアレコレに特に深い理由はいらんじゃろ。きっとコミュだ、コミュを繰り返すのじゃ。ネトゲ的に考えて。あとは王族という種族の本能。
ともあれ、プレイヤー達とレジスタンスと我らが修羅パーティー-1の状態で、中編始まるよ。




