三十七匹目
「負けちゃった」
「負けちゃったなぁ」
「副団長クラス強いわぁ……」
「実家に帰ったら抗議を入れる方向で」
「とりあえず突っ立ってるのもつまんねーし、何かしようぜ」
そうやってくだらない話をするのはもう、控室ではない。闘技場の正面ゲート、一旦大闘技場の外へと出た、その場所で駄弁っている。全員が受けているダメージは完全に抜けている訳ではないが、それでも立って喋る分には十分回復している。というのも、傷口を塞いで体力を回復させただけで、まだ完全に肉体が回復した訳ではないのだ。流石に戦闘とかは無理だ。だから闘技場で試合を見続けるよりも、療養に集中した方がいいかもしれない。少なくとも今日の試合を総スルーして、療養に集中すれば明日は自由に動き回っても問題がないぐらいには回復する。それは既に把握しているのだ。その理由は簡単だ。
パーティーから少し離れた所にいるライオンの姿をした召喚獣がそれを伝えてくれるからだ。
『できる事なら運動は控えていただきたい。治療したとはいえ、応急処置程度のものだ。じっくり数時間ほど落ち着いてもらえれば今日中に完治させてしまう事も可能ではあるのだが―――』
「それは俺達が暇なのでなしで。サンキュ、マルバス助かったわ」
『いえ、主のお役に立てるとなれば本望故。それでは』
マルバスが闇に溶け、霧散する様に姿を消す。既にその治癒の力は発揮されており、本来は疫病に関連する事に対して強いが、傷に治療だって簡単にこなせる。実際、ダイゴはこのままだと数日は行動不能、自分も動けるのかどうか怪しい所であったため、即座にこの手段を思いついて助かったと思う。それにしてもソロモン72柱の悪魔、かなり良心的というかなんというか。
まぁ、ここは天使たちの名誉の為にも黙っておこう。相性が悪くて天使の類はほぼ召喚できないのだが。
「んじゃ、改めてどうする? 今ここら辺全体が闘技大会で湧き上がってるってか、闘技大会以外にやる事がないって状況だけど。闘技大会、見たいって奴いる? たぶん立ち見になるだろうけど見れるぜ」
そう言うとダイゴとリーザが反応する。
「俺はもうちょい闘技大会を見ていくわ。なんか技を盗めそうな気がするし」
「私はちょっと踊り子に話を聞きに行くわ。王国から来たっぽいし、たぶん色々と情報を持ってきていると思うのよね。まぁ、身内って事で控室に乗り込んでみるから見てなって」
リーザだけはなんか、失敗しそうな気配がする。しかしそうやって二人がいなくなると、残るのは自分とニグレドだけだ。ミリアティーナに関しては未だにベビーシッターの所にいる。彼女を迎えに行くのはもう少し後の話だ。最近はミリアティーナにかかりっきりな部分もあるし、羽を伸ばすという意味で彼女なしでいる時間が少しは欲しいのだ。そういうわけで、ミリアティーナはいない。いるのは自分とニグレドだけだ。故に互いに視線を合わせ、そして息を吐く。
「どこかに行くか」
「うん」
そう言って、二人で歩き出す。向かう場所は特にない。闘技大会が繰り広げられている最中という事もあり、人通りは一時的に少なくなっており、誰もが大闘技場の中にいるというのが解る。まぁ、そうでなければ何故コロセロスへと来たのだろうか、という話だ。誰もが一時の熱狂に全てを忘れ、遊びまわりたい―――特に戦争の前だから、そんな刹那的な快楽に溺れてしまうのだろうか。そんな事を思いつつ、コロセロスには珍しいカフェを発見する。歩き回るのは少々キツイ為、早々とそこに席を取る。サクっとメニューを確認してカフェオレを頼む。基本的に冒険者や戦士ばかりのコロセロスで、こういうオープンカフェは貴重だと思っている。
少なくとも、あまり目撃するものじゃない。酒場でがっつり肉系を食べて酒を飲むのもいいが、個人的にはこういう場所でだらだらと時間を過ごすのも結構好きだ。
それにしても、
「こうやって一緒に冒険する様になって、もう一ヶ月ぐらい経過しているのかな?」
「結構一緒」
だよなぁ、と苦笑しながら答える。少なくとも王都で二週間、こっちへ来るのに二週間近く、ここでも数日経過し、それ以外にもあちらこちらで数日―――トータルで一ヶ月ほど、ゲーム開始してから経過している。最初の数日でニグレドと出会い、そしてそこからはずっと一緒に旅をしてきている。ハッキリ言って、ここまで一緒にいるとは思いもしなかった。一人で旅をして、そしてソロでやって行くものだと思っていた。ダイゴがいるから後々でコンビ組んで、そうやって好き勝手やって行く、そんな感じになると思っていたけど、
「ニグレドが一緒に来るって言った時は驚いたし、今でもまだ驚いているんだけどさ―――なんでついて来たんだ? あの時言った事が全部本当って訳じゃないだろ」
「ん……一目惚れ」
無表情でそういってのけた為、本当かどうかが全く理解できないから、とりあえず冗談として処理しておく。少なくともそうしておいた方が精神衛生上都合が良い。はぁ、と息を吐きながらニグレドの言葉を受け流し、そして店員が運んできたカフェオレを受け取る。それを口へと運びつつも、改めて思う。
「……素敵なゲームだな、ここは」
「うん。私も……ここは凄く好き」
Endless Sphere Online、この世界は生きている。そうとしか表現する事の出来ないリアリティで満ちている。努力しなきゃ強くなれない。だけど、逆に言えば、努力すれば報われる世界でもあるのだ。それがMMOとしての美しさ。ならこの世界だけの美しさはなんだろうか? それはやはり、この世界で生きている人達にある。彼らの手に、体に、顔に触れれば、そこにはちゃんとした感触が存在する。殴れば痛がるし、心臓を刃で貫けば勿論死ぬ。プレイヤーの様にデスペナルティーを受けて蘇る様な事はない。この世界で生きている、世界の住人だ。リアルだからこそ、そう感じる。あらゆることに対して現実とほぼ、違いがない、この世界。
偶にゲームである事を忘れて、異世界だと思ってしまう事がある。そういう時はWIKIやスレを眺める事で一旦、ゲームだという事を冷静に、ゆっくりと思い出す。そうでもしないと勘違いしそうだから。でも、あまりゲームだ、ゲームだ、そう考えるのも嫌だ。
折角リーザと仲間になれたのに、ゲームだから意味はないって……あまりにも悲しすぎる。環境も生まれも違うけど、それでも話し合えば共通の話題で盛り上がれて、同じ食べ物を食べて楽しめて、そして同じ敵と戦って友情を確かめ合って、それが全てゲームだから無駄である、意味はない、価値もない。そう言われてしまうのは、
何か違う。そんな気がする。
特にカルマ=ヴァインを握ってから、その思いは増々強くなってきている。それは間違いなく【業の目覚め】によって渇望が強化されている影響なんだろう。多くの人間からすれば正気か? と疑われかねない状態なのかもしれないが―――それも、悪くはない。悪くはないと思うのだ。
「でもそうなんだよなぁ、考えてみると後一ヶ月しかないんだよなぁ」
夏休みの終わりが後一ヶ月で来る。意識しないでいたが、それを無視する事は出来ない。
「夏休みが……終わったら今まで通りログインする事は出来ないんだ。悲しいよなぁ、今はこうやって毎日来る事が出来るけど、夏休みが終わったらそんな事も出来ない。また大学に行って、課題をやって、バイトして、忙しい日常がやって来るんだ。そしてそれが終わったら社会人にならなきゃいけない。そうしたらもう、本格的にログインするのも難しくなってくる。この世界の現実と、俺達の生きる現実は全然違うんだ。やっぱり、それって悲しいよなぁ……」
無意味。無価値。社会的に与えられるのはその称号だ。それをそうと認めたくはない。だってここまで努力し、情熱を注いで世界を歩いているのだ。そんな風に認めたら、本当に無価値になってしまう。だけど、社会に出る以上はこれが無価値であると、自分から認めないといけないのだ。そのころにはもう遊ぶ事さえないだろう。だから今、この世界で頑張っている自分は、熱狂に胸を焦がされているのだろうか?
或いは一時の狂気に犯されているのだろうか。あまり複雑な事を考える人間ではないが、この夏休みが終わってしまうのは悲しい。そう思ってしまい、溜息を吐くしかなかった。
「あー……何を言ってんだろ。当たり前のことを。変にセンチ入って悪い」
「んーん。いいよ。気にしない」
そう言ってニグレドはケーキを食べ続けていた。相変わらずの甘いもの好きだなぁ、なんて事を想っていると、
「―――おぉ、そこにいるのは魔剣の剣士じゃないか!」
『あ、キャラが濃い人』
聞いたことのある声に振り返ると、吟遊詩人姿のエドガーがいた。リュートを片手に此方を見るその姿は勢いよく両手を振り、かけてくる様に近づき、そして勝手に横に座ってくる。現れた瞬間からニグレドがむくれる様な表情を浮かべる。まぁ、まったりとしたプライベートな時間を邪魔されていい気分はしないよなぁ、と思いつつ座って来たエドガーに視線を向ける。
「んで―――」
「おぉ、流石フォウル君、その姿を見る限り、やはり魔剣と相対する事を選んだんだね? 素晴らしい! その髪、そして目は間違いなく魔剣からの干渉を受けての変化なのだろう? んン? 少々顔が前見た時とは違う感じもするな。それにやはり、雰囲気が少々違う。前よりもなんだか儚げな気配があるね? いやはや、素晴らしい! やはり君なら向き合ってくれると思ったよ。あぁ、ウェイター、私は適当に紅茶でいいよ。適当とは言っているけど気合を入れたので頼むよ? はっはっはっは―――」
「煩い」
銅貨が弾丸の様にニグレドの手から射出され、高速でエドガーの額に命中する。そのままエドガーを吹き飛ばす様に倒すと、ニグレドが満足げな表情を浮かべ、そして視線を此方へと向けてくる。
「要らない」
「誰こいつ、とか何、とかの前に要らないって言葉が出てくる辺りニグレドすげぇよな。大人しくてもウチのパーティーメンバーの一員である事を理解させてくれるぜ。それはそうとして、おい、エドガー、生きてるか」
「……こう見えて女子には割とモテる甘いマスクの持ち主であるつもりなんだけどね。ここまで容赦がないのは初めてだよ。もしかしてデートの邪魔をしてしまったかい? それとも兄妹で団欒? 仲間で休憩時間? だとしたらすまないね。闘技場で君が無様に敗北した所を目撃してしまってね、実はその感想を聞きたかったんだ―――今、どんな気分だい?」
座り直したエドガーの額にカルマ=ヴァインの柄を叩き込んで再び倒す。
『エドガーを倒した! 十の経験値を得た!』
外に出て自己主張はしない代わりに、脳内に言葉を響かせてネタに走る様になったカルマに軽くバッシングを送りつつ、視線をエドガーへと向け直すと、若干ふらふらしながらもエドガーが立ち上がる。
「―――君達少し容赦なさすぎないか」
「タイミングが悪い」
「はっはっはっは―――あ、やっぱり? まぁ、人の心はある程度読めるけど空気を読むのはそこまで得意じゃないんだ。許してくれたまえ」
「それ寧ろ空気が読めない事よりも凄いよな」
「ムカつく」
「得意げな表情を浮かべたのは悪いからローキックは止めたまえ。地味に跡が残らない様な力加減に対して吟遊詩人としての芸術的センスが反応するところが少々怖いのだが、こほん。話を変えよう。試合結果に関して煽るつもりはないのだけれども、それでも選択肢の後押しをした者としては是非ともその結果を知りたくなってね、こうやって接触できる機会をずっと待っていたんだ。というわけで、時間いいかな?」
「始末する」
ナイフを取り出すニグレドをまぁまぁ、と宥める。エドガーの突然の来訪には驚かされるが、それでもエドガー自身に対しては実際に借りがある。先日、エドガーの言葉でカルマ=ヴァインと正面から向き合う事を決めなければ、きっとコロセロスから離れ、ソロで活動を始め、ずっとソロで戦い続ける様な未来が繰り広げられていたのだと思う。侵食する事で制御し。その先で乗り越える事を未来に見出す。その選択肢を生み出したのは間違いなくエドガーだ。だから、あまり彼に対しては強く申し出る事が出来ない。
「まぁ、多少はしゃぁねぇわ」
「ありがとう! 君ならそう言ってくれると信じていたよ! とりあえず色々と話を聞かせてくれ、負けたところまで歌にするから!」
エドガーに問答無用で銅貨と柄が額に再びヒットした。
◆
「―――まぁ、プッシュしたのは私なんだが、実行するとは君も本当に正気かどうか怪しいな! もしかしてマゾヒストのケがあるんじゃないか! 一回そういうプレイを試す事をオススメするよ」
「そろそろマジで泣かすぞオイ」
一切悪びれもせずに謝るエドガーの姿を見て、溜息を吐く。ニグレドの方は完全に機嫌を悪くしているのか、先程から甘いものを頼んでは食べる、頼んでは食べるを繰り返している。まぁ、運動量がすさまじいから太らないって事を考えればそれでいいのだろうが……いや、懐事情的に考えてそこまで良くはない。そろそろ食べるのを止めてくれないとこっちがキツくなる。そう思ったところで、満足そうにエドガーがメモ帳と羽ペンをしまう。
「いやぁ、やはり物語は本人から聞くのが一番楽しいな。おかげでネタが増えたよ」
「あぁ、それはようござんしたね、と。まぁ、これで借りは返したからな? 返したからな?」
「そこまで念を押さなくてもいいじゃないか……」
少しだけエドガーが寂しそうな表情を浮かべているが、間違えてはいけない。この馬鹿の罪状を忘れてはいけないのだ。まぁ、それはそれとして、エドガーの登場でセンチメンタルな気分も、雰囲気も完全に消し飛んでしまった。前回の時もそうだったし、この男には悲壮な空気を吹き飛ばす様な才能を持っているのかもしれない。最近、良くダウナーに入る身としては是非とも羨ましい才能だ。少しでもいいから、その前向きに考える力を此方へと分けていただきたい。
そんな事を思いながらふぅ、と息を吐き、椅子へと座り込むと、此方へと近づいてくる気配を感じる。
若干ふらつきながら酔っぱらった男が此方、いや、正確にはエドガーの方へと流れる様にふらついているのが見える。反射的に酔っ払いか、と思ってしまうが、カルマの経験がそれを否定する。その表情屋動き、姿は完全に酔っ払いのそれだが、
『眼は笑っていないわね。獲物を殺そうと狙う狩人の眼―――暗殺者よ』
理解し、そして視線をエドガーへと向けるが、エドガーは一切気にする様な事も、気付くような気配も見せない。勿論、ニグレドも気づかない。この状況、気付いているのは自分だけか、そう認識した所で左手を胸元まで持ち上げ、中指と人差し指を合わせて立てる様に印を組む。あまり、体を動かせないので激しい運動は行いたくはないのだが、目の前で起きるであろうことを見過ごすのは余り気持ちのいい事じゃない。そう判断し、
召喚する。
「―――サキュバス」
「私! こおーりんっ!」
言葉と共に召喚されるのは紫色の髪の女悪魔だった。吸精魔とも呼ばれる女の悪魔は背中から蝙蝠の様な翼、そして先が矢の様に尖った尻尾を持っている。服装はいかにも、なレオタード姿であり、艶めかしい体を露出の多い服でこれでもか、とアピールしている。エドガーの視線が一瞬でサキュバスに釘づけになるのを見つつ、酔っ払いに扮した暗殺者を指差し、
「情報宜しく」
「いただきまーす!」
「ほぁ!?」
酔っ払いに一瞬で接近したサキュバスが酔っ払いに抱き着き、確保し、そのまま空を飛んでコロセロスの路地裏へとダイブして行く。少しの間だけ抵抗する様な声が聞こえるが、
「あ……あ……アッ―――」
「なにあれ羨ましいぞ。なぁ、もう一度召喚できないのか?」
此方へと嘆願する様な視線を向けるエドガーの頬に一発ビンタを叩き込み、カフェの代金を取り出し、テーブルに置きながら支払いを完了させる。この際全員分を一気に払ってしまったが、それもしょうがない事だろう。とりあえずは立ち上がり、両手で印を結びながら召喚の準備を完了させる。そこで視線をエドガーへと向ける。
「お前宛ての暗殺者だよ。なんか、こう、覚えある?」
「超ある」
顔面を殴るのを堪えて良かった。たぶん今なら本気で殴れた気がする。その前に召喚術を完成させ、朱雀を空から顕現させる。一気にダイブして接近した朱雀の背中に飛び乗り、足と嘴でエドガーとニグレドを確保すると、風と慣性を一切感じさせない朱雀の力に守られつつ、一瞬でコロセロスの反対側へと飛び、逃亡する。反対側へと到着した所で朱雀を送り返す。大闘技場からかなり離れた位置へと来てしまった為、余計に人の気配はない。ただいまはこの状態の方が襲撃者を察知しやすいから、これでいい。それに朱雀の速度には人間の体では追いつけない。今のを見て追いかけてきても、到着するには少し時間を必要とするだろう。
とりあえず、時間は確保できた。エドガーへと向き直る。
「とりあえず吐け、ゲロゲロ吐きだせ。そしてその心当たりとやらを言うんだ。今の俺もニグレドも試合のダメージが残っていて、割と余裕のない状態なんだ。もしお前が吐かないと言うのならサキュバスの代わりにインキュバスを解き放つ」
繰り広げられるインキュバスによる濃厚な尋問タイム。勿論R18だ。あまりの汚すぎる絵面に吐く覚悟は出来ている。
「やめろぉ!! それだけはやめろぉ! やってはいけない事だ!」
「ん……敵」
「マジかよ、早いな」
ニグレドの声に周りを確認する。自分達の今の居場所はコロセロス奥、住宅街の中だ。だが基本的にどこの家も今は空いている。ほぼ全員が闘技場での五回戦目を見るのに忙しいからだろう。これが終われば決勝戦の相手が決まる。そうなると見逃せないのも解る。故に、人気のないこの場所で、気配を追うのは難しくはない。故に住宅街の隙間から浸透する様に接近して来る存在の気配を感じ取れる。相手は己を隠すつもりはないようだ。そう考え、参ったな、と思う。
まだ内臓にダメージが響いている。
たぶん、というか確実にロンは手加減してくれた。でなければあの絶招を喰らった時、体がミンチになっていただろう。だけど手加減されても、内臓をぐちゃぐちゃにされた事実は変わらない。マルバスが治療したとはいえ、今日一日は休まないとどうにもならない。そう考えると近接戦闘は一切出来ない。となれば、できる事は決まっている。
「魔術と召喚術オンリーで戦闘を迎撃を行う。ニグレドは投擲。エドガーは生きろ」
「ん……了解」
「扱いがドンドンぞんざいになって行くなぁ……」
恨むなら自分のキャラを恨め。そう思いながら素早く召喚する存在を決める。住宅街の様な狭いエリアで大型の召喚獣は使えない。そうなると体が小さく、機動力に優れている存在がベストだ。となると選べる者は少ない。
「七尾・幻狐! 天狗! 大鬼招来! いいか、貴様ら。一人も殺すなよ!」
七つの尾をもつ幻狐は完全に俺よりも大きな体を持っている。しかしその白い体は一瞬で市街戦に秀でる小型のサイズへと縮小され、駆けだす。それに習う様に鉄塊を武器として振り回す赤い肌の大鬼と、仮面を被った青年の天狗が風となった市街地の中へと駆けだす。そこから迎撃の為の準備に入る様に魔術を何時でも放てる状態へ移行し、片手をカルマ=ヴァインの柄へと当てておく。その間にエドガーへと視線を向ける。
「お前、一体何をやらかしたんだ?」
片目で幻狐や召喚獣たちの視界を共有する。その中では素早く戦闘を繰り広げながらも”訓練された人間”が抵抗しているのが見える。その服装に統一性はないが、それでも訓練され、王国騎士団ほどではないがそこそこの練度を保有しているのが見える。ただ、現状は召喚獣たちの方が強いらしい。大鬼がホームランを決めた。
「え、えーと……そ、そんな大変な事をやった訳じゃないんだよ? いや、ホント。吟遊詩人に一体何を期待しているんだ、そう難しい事が出来る訳ないじゃないか―――ははは」
「内容を言え、つってんだよ!」
脛にローキックを叩き込んでいると、ナイフが飛翔し、近づいて来た者の足、腕、腿に突き刺さり、その姿を倒す。それを回収する様にやって来た大鬼がその襲撃者を掴み、住宅街の奥へと放り投げた。そうやって他の皆が迎撃している内に、聞きださなくてはならない。
「お前は! 俺以外で! 一体何をやらかしたんだ!!」
「え、えーと……こんなもんを拾った」
そう言って、エドガーは一枚の紙を取り出した。それを素早く取り出し、そして確認する。
そこに書いてあるのはとある指令だった。
―――闘技大会三日目に皇帝が闘技都市へと、決勝戦の観戦の為にやってくる。その日に特注の魔石爆弾を使って街ごと消し飛ばせ、と。あまりの正気を疑う内容に、頭を抱える。個人的な判断だが、そんな事は”不可能”だと思っている。自分が召喚術を使っても街の一区画を吹き飛ばすのが限界だ。そして召喚獣に対しては”カウンター”を叩き込む事で、神話的相性を再現する事で問答無用で滅ぼす事が出来る。それ以外に超高火力な方法を考え付くが、
皇帝が噂どおりの人物なら、超高威力超広範囲の爆弾で、一瞬でコロセロス全体を巻き込んで蒸発させないと駄目だ。ラグのある方法では対応されてしまう。少なくとも、皇帝がリーザの父親、国王クラスならそれぐらいはやってくれる。だからそれから判断し、自分は不可能だと思う。が、エドガーを、そして自分達を狙う相手の殺意は本物で、これは情報を漏らされたりしたら困る、という意思なのだろう。
「……って事はこれが、レジスタンス? 過激すぎやしないか?」
「レジスタンスも穏健派と強硬派で割れているからなぁ」
「そうなのか」
それは初めて聞く情報だった。しかし、
「これ、誰かに言った?」
「勿論真っ先に兵士に届けたさ。ただ悪戯だと思われて笑われてしまったけどね。証拠が全くない訳だし」
そりゃそうだ。こうやって実際に襲われない限りは信じる事も難しかっただろう。ただ、こうやって襲われれば真実として認めるしかないのだ。とりあえず、”敵”はレジスタンスだと把握した。
―――面倒に巻き込まれたなぁ。
そう思いながら素早く考えを巡らせ、そして判断する。
「うっし、サキュバスが満足するまで適当にあしらって逃げて、情報が来てから考えよう。とりあえず逃亡の準備だ、逃亡の。幸いここ数日でコロセロスの事は大体把握できたし、逃げ回ったり隠れたりするのもそう難易度が高い訳じゃないだろ」
「お、おぉ!? 逃亡劇? もしかして逃亡劇かい? これはネタが増えるな……!」
ここで無言のローキックを叩き込んだ自分とニグレドは、決して悪くはないと思う。
今回は短め。
というわけで敗退してからがイベント本番なんじゃよ。




