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Endless Sphere Online  作者: てんぞー
二章 帝国-闘技大会編
35/64

三十五匹目

 翌日。


 ログインして宿の中へと降り立つ。恰好はスラックスにシャツ、手袋とインバネスコートを肩から羽織る、という帝国ルックスのままだ。ただ、武器の置き場を色々と変更してある。ファーレンから持ったダガーはまだまだ良質で、自分が創造できる物よりも性能が高い為、左腰、右手で抜きやすい場所に変えた。また、魔剣カルマ=ヴァインの装着場所も変えた。右手で握って確認するカルマ=ヴァインの大きさは短剣サイズに変化している。勿論、本来は短剣サイズではない。そもそも長剣ですらない。


 その本来はニメートルを超える大剣になる。


 故に魔剣の機構として、どんな状況でも使用できるように、その大きさの可変機能が存在している。これもカルマ=ヴァインの侵食を受けて発現した機能の一つ。そのほかにもカルマ=ヴァインの事以外に、判明したスキルの使い方等、スキルとしては表示されない技術や記憶が流入している。昨日とその前では、はっきりと隔絶した実力が存在すると断言できる。それだけ、カルマ、そしてカルマ=ヴァインの犠牲者たちが経験してきた戦場は尊いものだった。故に短剣状態のカルマ=ヴァインを腰の裏に、インバネスコートの下で隠れる様に装備し、準備を完了させる。マイナーチェンジだが、得た経験に対して少しだけ、装着を最適化させた。それだけの作業だ。


 これで瞬時に武器を切り替えながら戦う準備が出来た。マイナーであるとはいえ、壊れる武器と壊れない武器は信頼性が違う―――これは重要な作業なのだ。反射的な、咄嗟の動きに関わる部分。故に、微調整を抜いてはいけない。


 自分の装着しているブーツや手袋にほつれがない事を確認しつつ、完全に準備が完了する。部屋から出てロビーへと行けば、そこには同じく武装を完了させた仲間の姿がある。ダイゴは羽織を取ってあるし、リーザは動きやすさを考えてハーフジャケットの方を着ているし、ニグレドはブーツを新調している。ミリアティーナは可愛いままだったので、それで良かった。カルマは知らない。


『お姉さんの扱いが日に日に雑になって行くわ、とほほ……』


 そんなだからだよ!


 全員が揃ったところで、言葉は必要なかった。手を出せばミリアティーナがそれを掴み、そうやってしっかり離れない事を確認し、全員で揃って宿の外へと出る。そのまま、大闘技場へと向かってパーティーで向かう。その道中、視線が此方へと向けられるのは間違いなく、先日の闘技場での活躍が原因なのだろう。


 ―――別に恐れられている訳ではない。


 WIKIでは容赦のない要注意人物リストのトップランカー入りをして、スレでも色々と認定されてしまったが、プレイヤーはともかく、この世界の人間からすれば驚くべきなのは実力であって、そして死を振りまいたことではない。そもそも、闘技場では人が死ぬのが本当に当たり前なのだ。死ぬ前に降参しなかったのが悪いのであって、生も死も自己責任。死によって闘士が減る事は実に悲しい話だが、そんな事を気にしなくても人間は腐るほど存在する。冒険者の数は減らないどころか、年々増えている。


 故に、幾ら死のうが構わない。寧ろ観客はそれさえ求めている。一般では見る事の出来ない人と人の戦いから生じる凄惨な死、そして鮮烈な生を。だから、恐怖されるどころか、その手口は評価されている。


 ―――もう、誰かを殺すつもりはないが。


 そんな事を考えつつ闘技場へと到着すれば、受付で此方の事を認識した受付嬢が笑顔で頭を下げる。


「おはようございます”レッツ☆修羅道”の皆様。本戦の方、出場おめでとうございます。順当に勝ち進んで行けば、全部で五回の対戦となり、決勝戦は明日となります。基本的には控室から出る事が出来ないのを先にご了承ください。その為、昼食に関しましては此方から提供いたしますので。それでは質問は?」


 受付嬢にそう言われ、全員で顔を見合わせる。


「―――ベビーシッターやってませんか」



                  ◆



 猛反対されたが、何とかミリアティーナを闘技場のベビーシッターに預ける事に成功し、控室に到着した。意外とこういうシステム充実しているなぁ、と妙な所で帝国に感心しつつ、控室内には自分を含めた四人が存在している。改めてその面子を見渡しつつ、現在の自分達のポジションを確認する。


「俺、魔剣召喚師」


「私、撲殺王女」


「奇襲暗殺ロリ」


「ちんぴら―――おう、なんだよこれ。全員前に出る気しかねーな!」


「まぁ、それが私達らしいんだけど。ウルも前に出る系なんでしょ。つか蹴るの止めろよ汚い方のロリ」


「まぁ、召喚術の大半が”殺し技”だからね。明確に耐えられるって確信した相手じゃなきゃ使えないわ。まぁ、またガルシア団長みたいなクラスの相手が出てきたら容赦なくぶっ放せるかなぁ、あの人級は基本的に十絶の陣を叩き込んでも粉砕しながら突っ込んでくるし」


 まぁ、魔剣なんて便利な武器があるのだ。どう戦おうと侵食は発生するのだから、だったらその分積極的に魔剣を使って戦った方が良いに決まっている。少なくとも使える物を使わずに負けてしまった場合、その時は仲間に対して非常に申し訳なくなる。そんな情けない思いはもう二度と嫌だ。全力は出すし、全力で頼る。それはもう決めた事なのだ。誰が何と言おうと、こういう風にこの世界で歩いて行くと決めた。


 だから、カルマ=ヴァインを抜き続ける。おそらくはカルマにその手を汚させる、その時まで。


「ま、変に気負っていてもアレだしな。お前らが昨日頑張った分は、まずは俺が頑張る所を見せて取り返そうじゃないか」


「お、マジか」


「じゃあ……任せる」


「というわけで一回戦はお前ひとりで頑張れよ。私達後ろで見てるから」


「―――えっ」


 冗談だよな、と聞こうとした所で、


『”レッツ☆修羅道”の皆様、対戦を行うので闘技場へとお進みください。ゲートを抜けたら抜けた所で停止してください』


「さぁて楽するぞー!」


「うん」


「いやぁ、苦労させてすまないなぁ」


「お前ら昨日の事実は根に持ってるだろぉ―――!!」


 叫ぶが、それを受け流す様に三人が先に控室から退出して行く。その背中姿を呆然と数秒間眺めてから溜息を吐き、とぼとぼと歩きだす。控室から出ると直ぐに三人の背中姿が見える。それを駆け足で追いかけ、ダイゴとリーザの背中を叩く様にその横を駆け抜け、闘技場へと繋がる通路もそのまま駆け抜け、


 闘技場のグラウンドへと出る。


 昨日以上に溢れる会場の熱気、そして人々から視線と感情。一斉に、期待が向けられているのが肌で解る。それを感じ取る技術を昨日、魔剣を通して取得したからだ。そうやって闘技場へと足を踏み出し、血を吸い上げた戦場へと立った所で、昨日、自分を狂わせた原因を理解する。そう、業だ。この場は、この闘技場は欲深い人間の業で溢れている。人を殺したい。女を抱きたい。金が欲しい。アイツを殺して欲しい。アイツは勝つだろう。あの戦いは金になる。こうすれば私が勝つ。様々な思想、欲、それが業として一線に繋がっている。この闘技場の大地に染みついている汗と血の様に、闘技場全体には人の業が染みついている。


 それが業を関する魔剣と感応し、力を引き出したのだろうか、狂わせたのだろうか。


『大丈夫よ、貴方はもう平気』


 そう、もう平気。カルマの言葉はなくても解る。仲間という心の支えが存在する。負けたくないという気持ちがある。何よりも自覚している。その事が抵抗心を生み出してくれる。理解しているという事が抵抗の力に代わってくれる。故に、大丈夫だ。熱狂の渦に精神は取り込まれない。心は自分のまま、誰にも干渉される事無く、自由のままだ。


 少なくとも、今は。


 闘技場の反対側から男女四人の集団が出てくるのが見える。それと同時に声が響く。


『さぁ! これにて次の試合! 片方は予選においては圧倒的な力を保持し、大量の血と死をもって予選を突破した強豪! ”レッツ☆修羅道”の皆様! もう片方は聖国出身の冒険者で、つい最近冒険者になったばかりだが、既にBランクの新鋭ルーキーチーム! 調べるとどちらも冒険者としての時期は同じ程度、差はないのか? 或いはあるのか! それを―――』


 意識を声から外して後ろにいる仲間へと視線を向ける。既にダイゴは座って飲み始めているし、ニグレドも何時の間にか干し肉をもぐもぐと食べているし、リーザは壁に寄り掛かって完全に観戦のスタイルに入っている。お前らマジで人に全部戦わせるつもりなんだな、と連中の言葉が本気である事を察し、溜息を吐き、右手を腰の裏へと持って行き、


 カルマ=ヴァインを抜く、


 長剣へと変形した刃は踏み出しながら縦に振り下ろす様に振るう事で大剣へと変化し、左半身を前に出し、大剣を後ろへと持って行くように、両手で押さえる様に構える。仲間と、そして会場の全てから自身へと視線を向けられているのを自覚する。深く息を吐いて深呼吸を繰り返し、それを通して力を自分の中へと溜める。


 そして宣言する。


「―――スキル取得【大剣】、カルマ=ヴァインによる汚染確認、スキル変異(ミューテート)


 元々発生すると解っていた現象、侵食を受けたためにスキルが”変異待ち”している。故に必要なスキルを習得すれば、それは即座にカルマのスキルへと変異される。使いかたも、どれがどれとかも、良く知っている。それは彼ら彼女らの経験であり、己の一部でもあるのだから。


 名前:フォウル

 ステータス

  筋力:59

  体力:63

  敏捷:60

  器用:62

  魔力:63

  幸運:42


 装備スキル

  【魔人:22】【創造者:21】【明鏡止水:22】【支配者:21】

  【血戦血闘:22】【高次詠唱術:11】【魔剣保持者:15】【侵食汚染:20】

  【咎人:15】【業の目覚め:13】【剣聖:10】【聖者:5】【斬打突花:1】

  【英雄喰い:1】


 SP:14


「―――【英雄喰い】取得完了」


 完了した所で、声が響く。


『―――それでは、試合開始―――』


 声が響くのと同時に大地を蹴り、一気に速度を前へと叩き込む。一瞬で髪が後ろへと靡き、風が流れて行く。体には一気に体術が宿った。故にスキルとステータス以上の体の動かし方、そのノウハウが存在する。それを以ってスキル外の影響で、凄まじい速度を発生させる。一歩で二十メートルの距離を踏破する。踏み込んだ地面が強く、そして陥没するのを足の裏で感じつつも、一度も速度を緩める事無く前へと飛び出す。


「魔剣召喚師さん、勝負だぁ―――!」


「ハッ―――」


 前に壁が、大盾のタンクプレイヤーが着地点のまえに立ちはだかる。小さな跳躍と跳躍の間、そこに立つ事によって着地を踏ませずに防御に入るという意思を、


 透過する事で回避する。


「え?」


 行えるのは一瞬。しかし効果は確実なものであり、完全にタンクプレイヤーを透過してその向こう側へと抜ける事が出来る。その背後に存在する二斧を持つ男が素早く反応する様に斧を振り下ろしてくる。一発目を大剣で切り払って受ける。


「二撃目は―――」


 二刀流である相手の方が早い。それが普通。大剣という武器である以上、手数は二刀流や、他の武器に圧倒的に劣る。その代わりに手にしたのが破壊力。それが大剣という武器である筈なのだが、その法則はあくまでも常識でしかない。カルマの経験を駆使すれば既存のスキルを組み合わせる事で短時間の透過能力を再現できれば、逆に透過や物理無効を無視して斬る事だって出来る。だがその名を冠するのは”剣聖”という言葉になる。それはスキルから来るものではなく、


 技量から来るものだ。


 故に、返しの刃は一撃目よりも早い。二撃目、斧の一撃は加速した大剣の動きによって弾かれ、大きく体が開く。大剣を振るう速度はもはや短剣を振るう速度と一切変わりがない。動きに重みがない。技量で動きから重みを奪い去っているのだ。実際の魔剣は重い、それこそ振るい続けるのにかなり体力が要求されるほどに。


「はぁ!? やべっ」


 ただ、そんな事は自然な事である故に意識する事さえせず、


「【魔人】【咎人】【英雄喰い】【剣聖】【聖者】【斬打突花】―――」


 意識してスキルを乗せ、


「夢境の剣」


 意識の死角外から致死性ゼロパーセント、殺傷力が一切存在しない代わりに体を切り裂かず、その精神力だけを両断する斬撃を放つ。繰り出される刃は体を通るが、その刃は一切皮膚やその肉を傷つける事がない。ただのその刃が通った個所、激痛だけが残る。凄まじい精神力を持つ相手であれば、たとえばリーザであれば、精神を斬られた程度でも、痛いとしか感じず、そのまま喰らいながら反撃を繰り出すだろう。だがそんな事が出来る人間は稀であり、そして滅多にいるものではない。


 第一、そういう”強度”の人間であれば見れば即座に解る。


 故に白目を剥きながら倒れて行く姿を掴んで、盾にしながら前進するべきところを横へ蹴りとばしつつ前進する。目の前に見えるのはローブにとんがり帽子の魔女、後衛プレイヤーの姿だ。その姿は焦っている様に見え、接近した瞬間、笑みを浮かべる。


「―――秦天君、天絶の陣!」


「―――」


 一瞬で陣が飲み込む様に展開される。迷い込んだ存在の体をバラバラに引き裂く残虐な陣。それを良く知っている、自分が使用し、利用した戦術なだけに。そもそも十絶の陣は殺す事に特化してある陣ではあるが、陣という特性であるが故に、待ち構える事に使用するのが一番有効である。神話の時代の仙人本人であれば移動しながら維持し、殺しまわる事も出来たかもしれない。しかし、誘い込み、そしてそこで一気に陣を張り、破滅させる。それは有効な手段だ。


 神話の時代、破られているという事を忘れなければ。


 陣が張られ、突入するのと同時に口は動き、叫ぶ。


「招聘―――文殊広法天尊ッ! 打ち破れぇィ!」


 利用しているだけにその弱点は良く理解している。神話の時代で十絶の陣、その一、天絶の陣を打ち破った存在、文殊広法天尊を召喚し、天絶の陣を発動と同時に砕き、無力化する。それに驚愕したおそらくはサマナーの女が驚いた表情を浮かべるが、


「雲曜の太刀・夢境」


 その意識の隙間を抜いて、斬撃を通す。通る刃がそのまま意識を奪い、大地に姿を倒す。振り返れば敵の残りは二人。しかし、両者共に武器を落とし、そして手を上げていた。それを確認してから片手でカルマ=ヴァインを数回転させ、大地に突き刺す。


「参った! ホールドアップ! ステイ! ステイ! 強すぎるって!」


「これでも割と強いって思ってたんだけど、ちょっと自惚れてたかなぁ……降参しまーす」


「いや、降参出来る時にしておくだけ、そういう判断が出来ない連中よりは数倍マシだと思うよ。ただ後衛が近接戦出来ないのは致命的。斧の人に関しては純粋に相性が最悪だっただけ。上から目線かもしれないけど、俺から言えるのはそれぐらい。王国だと後衛も近接やるのが主流だよ」


「マジか、この後王国行こうかなぁ……」


「まぁ、それはそれとして、勝利おめでとう。勝ったんだから絶対に優勝しろよ」


 敗北した事に対して根に持つ事はなく、笑いながら手を振って、闘技場を去って行く。背中姿を眺めてから闘技場の橋へ、仲間の待つ場所へと向かう。そこで待っている仲間達の姿を見つける。帰って来た所で彼、彼女らは手を上げ、祝福しようとするが、


「この仕打ちは忘れねぇから!!」



                  ◆



 ―――次の試合は一時間後だった。


 対戦相手はアナウンスによれば帝国出身の冒険者の五人組。全員がバラバラの服装をしており、統一感のない装備は相手がプレイヤーである事を思わせる。いや、おそらくはプレイヤーなのだろう。此方へと向けられる視線の何割かが知っている様な相手へと向けるものだ。WIKI、或いはスレを通して有名になってしまった、だが、そんな事は一切知った事ではない。


 戦闘が開始され、声が響く。


「砕けよ大地ィ! タイタンギガァ―――ス!」


「来たれ四聖、白虎ォッ!」


 大地が隆起、その下から巨人が出現する。褐色の巨人が大地を睨むのと同時に、空間を砕きながら白い聖獣が出現する。タイタンと白虎、両社は睨みあうのと同時に動き出す。タイタンが拳を振るい、岩の雨を降らすのに対して、白虎は加速しながら爪牙を振るい、斬撃を大地に刻んで行く。そうやって巨人と白虎の戦いは一瞬で相打ちという形で終焉する。しかし、その間にはお互い、次の準備が出来ている。相手の行動は理解できた。それに対するカウンターも理解している。


 即ち、召喚合戦。


 そして、この戦いの終わりを理解する。


「汝大地を駆ける恐怖の象徴! その全てを持って蹂躙せよ!」


「―――喝采せよォ! オォ、喝采せよォ! 汝は死神! 美しき死神! 我らが死を導きたまえよ! ヴァルキリィ―――!」


 闘技場の壁を飛び越える様に巨大な赤い体色の四足獣、ベヒモスが出現する。巨大な角に牙、軽く二十メートルに届く巨体は走り回るだけで辺りに死と恐怖をバラまく怪物でしかない。それに加え、その全身から感じる魔力は、それが魔導にも精通しているという事を証明している。まさに正しい意味での怪物。どうしようもない。手が付けられない。そんな存在を相手する為に召喚されたのは、


 大剣を握る青髪の戦女神だった。


「ブリュンヒルデ、お初目にかかります。夫の魔剣グラムを持参して参上いたしました。あらゆる運命を、あらゆる理不尽を、あらゆる呪いを正面から見据え、突破せんとする心を感じました故、全力を尽くしましょう」


 出現したブリュンヒルデの手に握られた片刃の魔剣はカルマ=ヴァインを遥かに超える禍々しさ、そして呪いを内包した、正しく破滅の魔剣だった。ただその全てをブリュンヒルデは無効化し、そして完全に魔剣を支配していた。神話上、その神格は低いと言われてしまった戦女神ではあるが、それでも神格位を保有する存在。魔剣の呪い程度は届かない。


 飛び出したブリュンヒルデが正面からベヒモスとぶつかり合う。その衝撃が闘技場に吹き荒れ、大地を砕く。次の召喚の準備に入りつつも、確認する戦場は自分と相手の召喚師を除いた三対四の状況になっている。まだ相手が一人も落ちていない。それはつまり、相手の思惑通りに状況が進んでいるという事かもしれない。此方も此方で割と余裕がないのは確かだ。


 そう思っている間にブリュンヒルデがベヒモスを両断した。その切断面は黒い炎によって焼かれており、体が消えて行く。それに合わせる様に、新たな召喚術が相手、そして此方側で完成される。ブリュンヒルデの姿が消えて行くのを認識しつつも、次、今までよりも”重い”のが来るのを理解しつつ、勝利の為の一手を選択する。


「イア! イア! ハスタァ―――!」


「―――出ろ、黄龍」


 闘技場の上空に異形の怪物が、そして金色の龍が出現する。言葉で表現するのがあまりにも複雑怪奇なその怪物、ハスターはおそらく翼とも触手とも呼べる様な器官を広げ、それを通した精神への干渉を始めようとする。それに反応するがごとく、黄龍の身についている鱗の一枚一枚が全て振動を始める。その髭さえも震え、目は溢れんばかりの殺意で満ちている。その視線は正面の冒涜的な支配者の姿へと向けられ、


 黄龍の咆哮が放たれた。


「嘘ぉ!? 格はこっちのが上だろ!?」


 黄龍の咆哮が一瞬で全てを粉砕する。干渉を、体を、影響を、死後残すべき悪意とも冒涜的な殺意の塊というべきもの、その一切の存在を許す事なく、全身から放たれる衝撃波と咆哮によって分解、消滅させられる。それで役割を果たした黄龍は天へと向かって消えて行く。それを黙示する事無く、


 状況は完了した。


 相手は行動を制限する為に、勝つために召喚術を使おうとし、その手が動かず、声が動かない事に気付く。その瞬間には大剣の姿のカルマ=ヴァインを片手で持ち上げ、目の前へと踏み込んでいる。


「簡単な話だ。最初から召喚されていたお前の召喚獣はどれも相性が良くない」


 そう、簡単な話、相性が良くなかった。それだけの話だ。相手は強力だが相性の良くない召喚獣を多用した。此方は相性が良いから力を引きだせている召喚獣を使用した。その結果、一回目のぶつかり合いで此方の方が最終的に有利になると、余裕が生まれると判断した。それを利用して、接戦であるか、或いは同格であると思わせ、


 相手が大物を召喚し、油断した所で詰める。


 大物を召喚した場合、そちらへと誰もが視線を、意識の一部を向ける。ならその瞬間、意識の合間を縫って魔術を通すのは容易い。ずっと前、王国騎士団で、同僚にくらわされたことはやり返しているだけに過ぎない。魔術がメインの相手は声と手を奪う。それだけで戦闘力は九割方奪う事が出来るのだ。簡単で単純な方法でしかない。そしてそうやってチェックが完了した所で、


 刃を振り下ろし、両断する様に刃を体に通す。あっ、というあっけない声と共に相手の姿が崩れる様に倒れる。それに視線を外し、視線を戦闘中の仲間へと向ける。ダイゴが剣士と一対一で戦っているが、ダイゴが相手を上回っており、十数秒後には勝利するのが見えている。ニグレドは相手のシーフらしきプレイヤーと残像を残しあいながら動き回り、姿を霞ませながら交差し、斬撃を繰り出しあっている。そしてリーザだけが二対一という状況で戦っていた。それを一秒もかからず把握し、


 残像を残さない動きで、風となってリーザに襲い掛かる剣士と槍使いの背後へと出現する。素早く反応した槍使いが反転する。だが一気に一対一へと状況が持ち込まれたことで、パーティーで最も能力が高く、そしてスキルレベルが高いリーザが自由になった。


「フ―――」


 目の前の槍使いの横を飛びぬける様に斬撃を繰り出し、着地と同時に振り向きながら透過を利用して槍使いを透過しつつ、その向こう側の剣士の精神を斬る。それに合わせる様にリーザがよろめく二人を掴み、


 それを全力で投擲する。


 超高速戦闘を繰り広げていたニグレドと、その対戦相手。その対戦相手に槍使いと剣士が、両方ともヒットする。思わずガッツポーズを取るリーザを見つつも、ニグレドが刈り取る様に背後へと回り込み、意識を奪うのが見える。


 それが完了するのと同時に、ダイゴが相手をしていた剣士が殴り飛ばされて飛んで行くのが見える。そうやって、敵パーティーの五人全員が気絶して垂れている状況が完成した所で、戦闘は終了した。溢れんばかりの歓声が闘技場内に響き、観客席からいくらか小銭が投げ込まれてくる。


『”レッツ☆修羅道”チーム、またまた余裕の勝利! なんだ、なんだこのチームは! 予選会では散々残虐な戦いを見せていたのに、本戦では自重しているのか!? 死人なしで勝ち残ってしまったぞ! 大きな負傷らしい負傷もなし、このチームは絶好調だ! この勢いを止める事が出来るか? それは次回戦までのお楽しみ! 次の試合は―――』


 会場に響く声を無視し、闘技場に背を向けて歩き出す。


「ふぅー……やっぱり結構レベルが高い。一撃でも喰らうとその分不利になるのが見えているから、なるべくノーダメで戦わないといけないのが辛いな。ここら辺、やっぱタンクが欲しくなってくるわ」


「機動性が高い……パーティーなのに……タンク入れたら……重くなるから……駄目」


「まぁ、このパーティーってなんか練度高いし、パーティーに誰かが入るとしても、中途半端な実力だとおいて行かれるだけだと思うわよ? タンクはそこまで必要じゃないと思うんだけどねぇ、まぁ、ウチの騎士団ぐらいの実力は欲しいかなぁ……」


「勇者パーティーがなんで仲間を多く増やさないかを理解しそう」


「俺達の場合魔王様御一行だけどな」


 戦い方を見るとどうしても勇者というよりは魔王サイドとしか思えない。自分が召喚できる、相性の良い存在も基本的には死神・破壊神・鬼神等の死や破壊が特徴的な存在ばかりだ。ここにカルマの属性が混じって、更にカオスになっているのを忘れてはならない―――今までは相性の悪かった召喚獣も、召喚できそうな気がするし、どこかでチャレンジしておくべきなのだろうか?


 そんな事を思いつつ闘技場の大地から離れ、控室へと向かう。まだまだ一日は始まったばかり。


 まだまだ全五回戦中、二回戦を終了したのみ。五回勝利しなければ、決勝戦へと勝ち残る事は出来ないだろう。この先に出現するのはどれも強敵ばかり。今迄の相手は前哨戦だと言って良い。


 おそらく、いや、確実に自分よりも長く戦い、そして鍛錬を積んできたような相手さえも出てくるだろう。そういう相手と戦えると思うと胸が高鳴る。少しだけ、興奮する。そう、まだ闘技場での戦いは始まったばかりで、これ以上の強敵が待ち構えている。


 何とも飽きさせてくれないのだろう。


 そしてなんともみみっちぃ事だろうか、自分は。


 そんなくだらない事を考えながら控室へと向かう。闘技場側から提供されるお昼には一体どんなものが用意されているのだろう、なんて事を相談しながら。

 そういうわけで始まりました戦闘尽くし。次回もバトル盛りだくさん。前哨戦終わったから次回は強敵ですよ?


 そりゃあかっこよくスキルキメてる奴がいりゃあブームは来るわよ! プチ召喚師ブーム。やっぱりテイマーとサマナーは二分中

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