三十四匹目
夜間は闘技場は閉まっている。夜の闇の中でやっても闘士達には面倒だし、管理だって大変になるらしいからだ。その為、半日が過ぎた時点で初日の闘技場関連のイベントは完全に終了していた。つまり、エドガーと時間を過ごし、そして魔剣の事で悩んでいる内に闘技場の事関連はスルーしてしまったのである。と言っても問題は解決したのだ。堂々と帰る―――事は出来ない。やはり、一回は逃げてしまったという罪悪感がシコリとして残ってしまう。怒られる事、そして殴られる事を覚悟しながら、
コロセロスでの拠点にしている中流の宿に戻ってくる。恰好は帝国で購入したインバネスコートとスーツを組み合わせた姿。髪が伸びたり、色が変わったり、そういうのはもうどうしようもなかった。カルマが言うには切ってもまたそう言いう風に戻る。それが肉体の最適化とか。本当に呪われているんだな、と納得させられる内容だった。実際に試しに切ったら伸びたのだから。
そういう事もあり、気はひたすら重かった。絶対に殴られるなぁ、なんて事を思いつつ宿の前に到着する。この扉を抜ければ皆と会う事が出来る。だがその最後の一歩がひたすら重く感じられた。しかし、ここで突っ立っていても迷惑である事には違いないし、何も進展しないのは確かだった。軽く深呼吸をして、体に活を叩き込み、意気込んで宿の中へと入る。
「た、ただいまぁ……」
勢いよく言うつもりだったが、出てくる声は震えている上に、最後の方では小さくなっていた。あまりにも情けない姿だった。自己嫌悪に陥りそうな中で、宿の中、ロビーのソファを占拠していた四つの視線が此方へと向けられる。ダイゴ、ニグレド、リーザ、そしてミリアティーナの四人だ。その四人の視線を一斉に受け、反射的に体の動きが止まる。まず最初に言い訳をしようなどと女々しい事を考えたが、いざとなると言葉が出ない。
軽くパニック状態に陥り、どうしよう、と頭の中でぐるぐると考えていると、声が来る。
「―――おい、やっと帰って来たな!」
ダイゴが次にいう言葉に身構え、
「心配させんなよ。こっちは心配したんだからな」
「悪い! ごめ―――えっ?」
ダイゴから放たれたのは予想外の言葉だった、怒ってはいるが、それは心配を理由としたものだ。決して投げ出されたことに対する怒りではない。これ、どういう事だ? と内心で首をかしげるが、それよりも先に小さい姿が走って飛びついてくる。ミリアティーナの姿を抱き留め、持ち上げる。その姿は無言で首に手を回し、抱き着いてくる。ぎゅ、っと力を込めて抱き着いてくるその力がかなり強い。少なくとも、子供だと言える筋力を超えており、苦しいとも言える程には。それでも自分がやらかした事の自覚はある。だからこそ、抱き着くミリアティーナを抱き返しているのだが。
「え、えーと……」
「リアクションが予想外って顔をしてんなぁ……寧ろ急にいなくなったんだから心配するに決まってるじゃねぇか」
「闘技場での勝敗なんて些細な事よりも、仲間の方が大事って話よ。急にいなくなったらそりゃあ心配するに決まってるじゃない……それになんか、所々変わっている様な感じもするし」
勿論、視線は眼と、そして髪へと向けられている。前と比べれば長く伸びた髪に、色の変わった眼。自分で認識できるのはその程度だが、他の皆から見ればもっと解る事があるのかもしれない。それに、ここまで自分の事を心配してくれた仲間に対して嘘をつくというのは、ちょっとできない。彼らの心に応える為にも、偽りなく全てをゲロったほうがいいのだろう。
『少し前までビビってばかりだったくせに勇ましいわねぇ』
そこ、煩い。
「じゃあ……なんで急に姿を消したか、言うな」
全員が座っている宿の一階、ロビーの一角。そこに自分のも、他の三人が見える様に座り、そして喋り出す。
◆
たっぷり一時間かけて話をした。
気付けば何時の間にか外は暗くなっていた。たった一時間しか経過していないのに、それでも世界はこんなにも早く進んでいくのだ、と思わせられた。そうやってゆっくりとすべての事を、そして自分の心配を、不安を話した所で、改めてこれは呆れるだろうなぁ、と思った。何処からどう聞いても厭きられる様な要素しかない。少なくとも自分だったら馬鹿と一言ぐらい言ってやってやる。そんな気がするのだが、言い終わったところで、全員が無言だった。
話し終わって無言が満たす数分間、それを一番最初に破ったのはニグレドだった。
話を聞くために頼んでおいたカクテルのグラスを軽く揺らす様に持ちながら、俯いていた視線をニグレドは持ち上げる。
「……つまり……ウルは私達が嫌……になったわけじゃなくて……心配になって……守りたいから……離れたんだよ……ね? だったら……私が言う事は……ない……と思う。ただ……相談して……欲しかった」
何時もほとんどしゃべらず、空気の様に存在感の薄いニグレドだったが、その言葉は彼女の存在感を主張していた。考えれば、旅を始めた時、一番最初に合流し、一緒に活動し始めたのがニグレドだった。そう考えると、彼女としては寂しかったのかもしれない。一番最初からずっと居たのに、何も相談せずに勝手に解決しようとしてしまった、此方の存在が。此方の姿が。そうやって心の内を吐露するかのような、ニグレドの言葉が放たれてから、リーザが立ち上がった。
無言のまま立ち上がって、此方へと近づいてくるリーザの姿にビクリ、と来る。ビンタの一発でもするのだろうか、と相変わらず学習しない自分の思考に辟易としつつ、抱き着くミリアティーナがリーザを睨んでいるのが見える。守ろうとしてくれているのだろうか、彼女は。そんな事を考えている内に、リーザが近づき、
そして膝を折って、視線を合わせて抱き着いて来た。あまりにも予想外すぎるその行動に完全に思考が停止するが、それでもリーザの声は聞こえた。
「馬鹿ねぇ……そんな事気にしなくていいのに。別のにそんな事じゃ怒りはしないわよ。私はいっしょにいるのが楽しいって思ったから一緒にいるんだから、裏切られたら私が馬鹿だって話だし、もし私が正気を失っても、結局は修行が足りなかったってだけの話なんだから」
「いや、違うだろ。今回の件は完全に俺が悪いって」
「それでも、信頼したのは私なんだから、そこまで責任を感じる事も、不安に思う事もないのよ。不安そうでいつ叱られるのか怯えているような表情よりも、私は貴方の笑っているような顔の方が好きよ。そういう所に惹かれて一緒に旅をするって決めたんだから、だからその笑顔を曇らせないで」
「―――」
リーザに対しては何も言い返せなかった。言葉が見つからない。普段見せている粗暴な姿とは一切違い、そこには王国の王女の風格さえ感じさせる慈愛の姿があった。その姿にあっけにとられていると、ミリアティーナが容赦のないビンタをリーザの顔へと叩き込み始める。それで一気にリーザの表情が決壊してシリアスが終了を告げ、気に入らないと表情で告げるミリアティーナとリーザの間で戦争が勃発する。それを無視して後ろで見ていたダイゴが笑い声を上げる。
「―――はっはっはっは! そんな風に言われちゃあ落ち込む事も出来ないよなぁ!! さぁて、美女達に色々と言われたから俺のセリフはねぇ! 期待させてたなら悪いな! それにリアル親友ポジは俺だけだからな! 女どもには絶対手の届かない場所に俺はいるから何も言わなくてもいいんだよ―――おう、晩御飯タカリに行くからな、お前覚悟してろよ」
「前言撤回はえーよ馬鹿! ……クソ」
全員馬鹿だ。そして気の良い連中だ。ここまでストレートに許してくれるとは一切思いもしなかった。いや、心の中ではこんな風になってくれる事を祈っていたのかもしれない。しかしここまで、こんな風に綺麗に収まるとは一切思いもしなかった。なんというか、あまりにもあっさりし過ぎていて現実味がない。そんな事を抱き着きながら蹴りを入れるミリアティーナの姿を眺める。
「はーなーれーるー!」
「ホントべったりね、その子。もうちょっと私達にも懐いてくれてもいいと思うんだけど」
「いや!」
リーザが離れても、ミリアティーナは抱き着くのを止めない。本当に自分にべったりでこの子、大丈夫なのかどうかと思うが、まぁ、いきなり姿を消して戻って来た手前、自分では何も言う事が出来ない。その代わり、ダイゴが話を切り出してくる。
「しっかしお前、えらく姿が変わって来たな。ちと立ってみろ」
「おう」
ダイゴに言われて立ち上がり、自分の姿を三人へと見せる。コートはこの際邪魔だろうから一旦インベントリの中へと戻し、そしてミリアティーナを肩の上に乗せる。頭にしがみ付く少女の重みを両肩に感じつつ、手を広げて自分の姿を確認させる。それを見てふむ、と声を零し、観察される。頷きながら答えるのはダイゴ。
「お前、元々は長髪が似合わない様な顔をしてたよな。なのに髪が伸びても違和感がねぇ……髪が伸びても違和感がない様に顔の形も少し変わって来てんのか? あー……後は眼と髪の色か……それぐらいか?」
「ん……重心が変わってる」
「というよりは体格が少しだけ変わっているのかしら? ついでに体の筋肉も質が変わってきてるかも? いや、変わってきてるのは骨の方かしら。そこらへん自覚がないんだっけ? じゃあきっと本格的に骨や筋肉辺りは変化してないのかしら。んー、変態はどの種族、どんな技能でも骨と肉の変形を伴うから激痛が走るらしいのよね。となるとまだ体の方は影響なし、って所かしら。そう考えたら脂肪率の変化や無意識での重心のコントロールかしらねぇ」
「王国流人体の知識、それは戦いの知識であった」
「人間相手に戦う時は、やっぱり人体に関する知識を覚えておいた方が色々と戦いやすいのよ。尋問や拷問の時にも使える知識だし」
やっぱり王国って怖い。そう思った。
しかし顔、表情、そういうのは良く考えた事がなかった。ミリアティーナを抱いていない逆の手で自分の顔に触れるが、良く解らない。ダイゴが言うには長髪でも違和感のない、そんな顔になってきているとは言う。自分が手鏡を確認したときはそんな事を考えもしなかったのは、特に気にせずに生きてきたからだろうか? それともカルマの記憶を通して、そういう顔を”経験”してたからだろうか? とりあえず、害はない。いや、あるのだがまだない。だから今は問題ない。問題が出てきてから考えれば良い。
「まぁ、若干中性的? そういう感じ? んー、説明し難いわね」
「あんまり……変わってないから……いい」
「まぁ、変わったら変わったで、その時に考えようよ。それよりも闘技場の方は……どうだった?」
あぁ、そうだった、と言葉が返ってくる。真っ先にニグレドがサムズアップを向けて来る。
「心配だったから……」
「き、棄権―――」
「―――完全勝利して……とっとと終わらせた」
「おい」
ニグレドがてへぺろ、なんて表情を浮かべているので、ミリアティーナを近づけ、頬に一発ビンタを叩き込ませてから椅子に座る。その様子を何時の間にか酒を取り出して飲んでいたダイゴが笑いながら説明を入れる。
「いやさ、心配だし不安だったけどさ、それでもなんか人に言えない事情かなんかで離れて、それが原因でイベントとかがおじゃんになったらさ、お前絶対に落ち込んだり後悔する奴だろ? だからさっさと探しに行くためにもサクサクと勝ち抜こうぜって話になってな? そんなわけで全勝して本戦出場決定、明日の朝からトーナメント式の本戦に出場確定だよ」
「まぁ、第一予選の時は盛大に殺しまわったけど、たぶん魔剣の影響で頭がパーになってたんだろうなぁ、不思議とフォウルが消えてからは誰かを殺す事は一回もなかったわよね。まぁ、闘技場全体が変な熱気に包まれているし、あの後は自制心が効いたわよ。おかげで一番派手に殺しまわってた貴方がラスボスで黒幕扱いにされていたけどね。所でウルって言い方真似してもいい? なんか言いやすいんだけど」
「駄目」
「ウル」
即座に駄目と言った言い切ったニグレドを無視してリーザがそう言うと、ニグレドが残像を残して消えるが、それに反応する様にリーザも姿を一瞬で消す。高い技量とスキルが完全に無駄な事に消費されていた。お前ら才能の問題で下位スキルから上位へと上がれない連中に謝れよ、と言おうと思っていると、おたまとフライパンを握った宿の従業員らしき人物が落ち着く様に言って来る。それで反省した二人が帰ってくるが、横に並んで座りながら肘を叩き込みあっているのが見える。
『モテモテね』
ちげーから。
「んで? オメーはなんかないのか? こう、湧き上がるぞ人類愛!! 私は全てを愛しているんだ! ヒャッハー! 人類皆殺しだぁー! とか、ロリクンカクンカぁー! とか、何か業に目覚めたりしねぇの?」
「最後の一つだけ別の意味で業が深いよな。いや、今の所そう言うのは特にないけど、ただ衝動とか、本能的な願いとかには目覚めやすく、そして育てやすい状態にはなっているって聞いたな。おい、ぼっち。ちょっとそこらへんどうなのよ」
「お姉さんはぼっちじゃありませんー。話の流れや空気を呼んで姿を見せずにいる配慮の持てる、良識のあるお姉さんですー」
「でたな諸悪の根源め」
カルマが出現し、ダイゴが投げた言葉に対してカルマは頬を膨らませながらぷんぷん、と怒った様に言葉を放つ。しかし、ダイゴもカルマも本気でお互いにそう言っている訳ではない、”話の流れ”や”話の雰囲気”というものを読んでいるに過ぎない。そういう話から、カルマが選ぶべき話題と言葉を選ぶ。
「そもそも、お姉さんは後年は正気がほとんどないような状態だったし? 魔剣の材料にされてからは自由なんてなかったからそりゃあもう酷いものだったわよ? 魔剣の製錬って素材が”生きた”状態じゃないと意味がないし。まぁ、だから怨霊なんて形で今でも魔剣の中にお姉さんが存在するんだけどね。とりあえず、鋼の自制心とかいうものを持っていればこの段階は割と平気よ? フォウル君の様子を見ている感じ、業の方向性が容赦のなさや戦闘力に直結する部分があるから、人を殺さない様に意識して戦えばある程度は発症を抑えられるんじゃないかしら」
「それ、聞いてない」
「だってお姉さんだって魔剣に存在をロックされているようなものだから、そりゃあ侵食を通して封印された機能や記憶を解放してくれなきゃ何も出来ないわよ。そんな訳でお姉さんの力が欲しかったら何時でも助けを求めればいいのよ? ―――自分と引き換え痛い、痛い! 悪ぶらないから! 悪ぶったりしないから引っ張るのをやーめーてー!」
「だめ」
ミリアティーナがカルマの頬をつまんで引っ張っている。何時も通りのその光景に、安心感を覚え、戻ってこれたのだ、という自覚が胸に広がる。何時もと同じ光景が広がっている、それだけで安心が出来る。漸く、肩から荷が下りた様な、そんな気がして息をたっぷりと吐きだす。そうやってなんとか体を落ち着かせた状態へと持って行く。
正直、今日は疲れた。少し休みたい気分だ。
「とりあえずこれで方針は決まったな。この馬鹿に人を殺させない方向で」
「そうね。寧ろ全員殺人禁止でもういいんじゃないかなぁ、そうしないと”あ、やべ、手が滑った”でなんか皆殺しにしちゃいそうな気がするし、今までの残虐ファイトのイメージを上塗りする必要があるし。というかこれ、明らかに失態だからダディに聞かれたら絶対に宝剣で尻叩きされる……!」
「ミョルニルも……そうだけど……神器や……宝剣……扱いが雑」
「寧ろ流行りでもあるのか? 神器とか宝剣とかをケツバットのアイテムに使うとか。ヘイ、フォウルくぅん! こんどお前の魔剣をケツバットに使おうぜー! ほら! 今朝ケツに聖剣突き刺してるやついたし! いやぁ、あの後のスレは大盛り上がりだったなぁ……」
「お前、スレを見てる暇があったのかよ……」
「ちょっと見ただけ……ちょっと見ただけだから」
声を震わせるように言うダイゴの姿に小さく笑い、そして息を吐く。何とか、丸く収まった。ただこれで全部が終わったわけではない。寧ろ始まったばかりなのだ。スキルを使用し、手鏡を再び生み出す。手袋に包まれた手でその手鏡を通して自分の顔を確認する。ぼさぼさの髪質はそのまま、毛先は白く、そして長く伸びている。結構髪型ではニグレドに似てきたような気もする。そしてその髪の下の自分の顔は、
なんとなくだが、カルマの持つ、綺麗だけど鋭い女性の顔へと少しだけ、近づいたような気もする。この程度ならまだ、自分の顔だと言える範囲だ。ただ、友人であるダイゴでさえ気付けなかったこの細かい変化に気付けるのは―――この動作に、こうやって鏡を見る動きに、既知感が存在するからだ。そう、誰かが、自分以外の誰かがこの動作を昔、繰り返していた。
それは剣の道を究める為に魔剣を求めていた剣豪だったのかもしれないし、
それは偶然に家の倉庫で魔剣を見つけてしまった商会の娘だったかもしれないし、
それは偶然朽ちた遺跡の中で魔剣を見つけてしまった魔物かもしれない。
そうやって魔剣を手にし、同じ様な動作で自分の変化を確認していた存在の記憶が、そして経験が魔剣の中には内包されている。その総数の内のほんのわずか、それが昼間の侵食と汚染を通して自分の中に存在している。それが既知感と、そして理解をくれている。汚染直後は解らなかったこともしばらく時間が開けば落ち着いて参照する事が出来る。だからこれはまだ、始まりでしかない。だが徐々に、徐々に、姿はカルマへと似て行き、最適化される。
魔剣カルマ=ヴァインを手にして訪れる終焉は三種類ある。
最適化が完了し、次のカルマとなるか、
セーフティ機能によって最適化される前に発狂するか廃人になるか、
それとも未来に絶望して自殺するか。
多くの者が発狂し、廃人となり、或いは自殺した事は理解できる。誰もが最後には自殺しようとする。カルマになる直前、まだ”自分”というものが残っている内に自殺しようとする。或いは発狂するのが解ってきた頃に、完全に発狂する前に自殺する。自殺という手段を取らずに克服する道を選んだ者で、それを突破できたものは少なくとも、汚染された記憶にはない。最終的にはカルマになる。
そして剣聖カルマの伝説が一つの時代にしか存在しない事を考えれば、彼女が何故、今も怨霊で居続けるのか、それを考えれば何をしているのかが分かる。
―――自殺だ。
壊せない、克服できない、どうにもならない。
だったら遺跡の奥にでも封印しておくしか出来る事はない。
魔剣カルマ=ヴァインという魔剣を理解すれば、それは正しく魔剣であるという事が理解できる。最初はデメリットの少ない、珍しい魔剣の様に思えるが、それは絶対に違う。使用する者を絶対に時間をかけてでも殺す、しかも自殺という手段を強要させる、そういう魔剣だ。無駄な恐怖は撒き散らさない。無駄な絶望だって発生しない。何故ならそれはもう既に何百とも経験されたことなのだから、恐怖も絶望も色褪せている。故に終焉の時が来ると、
飽きるかのように自殺する。それが魔剣カルマ=ヴァイン。
業に身を焼かれるか、或いは果てに空虚得て死ぬか。魔剣としての銘が全てを証明している。断言するが、自分にこれを突破するだけの精神力が、そして資質があるとは思ってはいない。建国した伝説の英雄であるならともかく、そういう器が自分には存在しない。故に期待しては欲しくないし、期待してはいけない。でも、そういう風に魔剣に喰われるその日まで、
ひたすら虚栄を力に、一緒に居続けたいと思う。
駄目になるその時まではアカがこうとかどうとか、そういうのは一切なしだ。そんなのは余りにもつまらなすぎる。
「うっし、どこまでいけるかは一切解らないけど、皆のおかげで闘技場は本戦出場が確定したんだ―――だったら行ける所まで行こう。俺も魔剣なんかに負けないし、負けようとは思わない。ここからはガンガン皆に頼って、そして頑張るから。一緒に勝ち抜こう」
拳を前に突き出すと、それに合わせる様にニグレドが拳を突き出し、拳に拳を合わせる。
「大丈夫。見捨てない。ダメな子でも……大丈夫」
ダイゴが拳を突き出し、それに拳を合わせる。
「嫌だ嫌だつってもついて行くから覚悟しろよ。こんな乱数が狂ったようにイベントに突入する馬鹿パーティーから抜ける訳がねぇだろ」
リーザが拳を突き出し、それに拳を合わせる。
「そうね、そんな長く一緒にいる訳じゃないのに、もう何年間も一緒にいる様な、不思議とそんな居やすさがあるし、付き合えるところまで付き合えうわよ―――あ、戦争勃発したらたぶん国に呼び戻されるかもしれないからそれは勘弁してね」
まぁ、腐っても王女だしなぁ、と呟きながら納得していると、ミリアティーナが、そしてカルマが手を合わせる。
「お姉さんも嫌われたくないし、手伝うわよー」
「ミリアも、パパを、守る!」
「やっぱ綺麗な方のロリは綺麗だなぁ! おい、ナイフこっち投げんなよ! おい!」
ダイゴが酒瓶でナイフをパリィする光景を見つつ、改めてこの面子で遊び、旅をしていてよかったと思う。若干泣きそうだが、それを堪えながら笑みを作る。
「俺たちの戦いはこれからだ!!」
「シャレにならねぇからそれは止めろー!」
そんな風に、笑いを取り戻す。
◆
「―――まぁ、当たり前だけど変化があるわけないよな」
ログアウトしてリアルワールドへ。現実世界で就寝の準備を進めつつ、歯を磨くために洗面所の鏡で自分の姿を確認する。そこにはもう何年も付き合ってきた自分の顔が存在している。当たり前の話だ。ここはゲームではない、そしてゲーム内のデータは現実へと持ち帰る事が出来ない―――一部の例外を除いて。たとえば技術とか、記憶に残せる事だけは現実へと持ち帰れる。だから勿論、呪いなんてものは存在しない。侵食汚染もゲームの中だけでの存在だ。カルマの記憶なんて現実には存在しない。
全く何時も通りの現実がそこにはあった。
「大吾の奴も冷蔵庫荒らすだけ荒らして帰りやがって」
歯を磨き、軽くキッチンの冷蔵庫の中身を確かめつつそんな事を呟く。現実の大吾、ゲーム内でのダイゴはその宣言通りに夕食をタカリに来た。それはもう凄い勢いで、蝗の様に冷蔵庫の中身を食べつくすと、満足そうに自分の部屋へと帰って行った。お前マジ許さねぇぞ、とは宣言したものの、本日の代償がその程度で済むのであれば安い代償だったとも思う。
あの馬鹿の事だから、完全に罰なしで許した場合、此方が後ろめたい気持ちになりそうだとでも思ったのだろう。だから適当に何か、罰の様なものをくれたのだ。おかげで次ログインしたら、容赦のない腹パンを決める事を心に誓う事になる。
まぁ、何だかんだで此方を気遣ってくれる数少ない友人だ。アイツがそう思う様に、自分も大吾の事は親友だと思っている。恥ずかしい話だから絶対に口に出そうとは思えないが、それでも一番最初にゲームに誘ってくれたこと、そして一緒に遊んでくれている事には感謝している。まぁ、たまにはその気持ちをどうにか形として見せなきゃいけない、とは思っている。
恥ずかしくて出来ないんだが。
「ふぅ……。ま、明日は本戦だし、今日の分も頑張るか」
そう呟き、歯磨きを終わらせるために洗面所へと向かい、
「―――」
鏡に映る、歯ブラシを咥えたカルマの姿を見る。青色の歯ブラシをだらしなく咥え、スウェット姿なのは間違いなく自分だが、その顔と髪型、髪色は間違いなくカルマのものだ。その証拠に、スウェットの下には盛り上がりが、胸の形がある。
瞬きをし、もう一度鏡を確認する頃にはもう既にカルマの姿はなく、自分の姿が写っている。
「……疲れてるのかなぁ」
そう呟き、とっとと寝る事にした。
おや、フォウル君の様子が……?
まぁ、ゲームだし大丈夫! 大丈夫だろ!! 次回、闘技大会二日目!




