三十三匹目
「やっぱエールだよ、エール! この安っぽさがたまらないったらありゃしない! ワインとかも悪くはないがな、やっぱり冷えたエールを飲むのが最高だよ。ん? どうした、全く飲んでいないじゃないか、いかんぞそれは。飲み、喰い、遊び、そして女を抱いてから働く! 男の人生はそういうシンプルなものさ、深く考えずに目の前にある幸福を噛みしめると良い」
そう笑いながら目の前のエールを金髪の男、エドガーと名乗った彼は押し付けてくる。親切の押し売りとはこの男を飾るのにふさわしい言葉だった。さくさくと酒場へと連れ込むと、自分の奢りだと言ってドンドン酒とツマミを用意し、まだ昼間なのに酒盛りを開始していた。普通に考えるとありえないことだったが、現在が闘技大会中である事を考えると、ありえなくもない話なのかもしれない。なにせ、酒場は今満員で、誰が優勝するか、誰がどう戦う、そういう話で溢れているからだ。誰もが酒を肴に話し合い、そして論議している。その中の一風景に自分達は紛れ込んでいる。ある意味正解だったかもしれない。
フレンドリストには自分が表示されないように設定し、追えない様に臭い消しも使っている。ニグレドはスカウトではなく、アサシン。この程度で自分を追えなくなるだろう。ある意味、少しだけ心に余裕ができたとも言える状態なのだ。ただ、ダイゴやリーザ、ニグレド、それにミリアティーナに会えないというのは心に重くのしかかる事実だ。魔剣をどうにかするまでは会わない。それは自分で決めた事なのだ。だったらそれは守らないといけない。
「何をそんな悲しそうな表情をしているんだ? ほら、飲んだ飲んだ」
「はぁ……」
飲み終わらない限り、解放されない様な気がしてきた。
『せいかーい! こういうタイプの人間は自分の意見が通らない限り善意でうっとおしく付きまわるわよ? 諦めて飲んだ方が断然早いわね』
非常に不本意ながらカルマの方から参考になる話が出た。ここは此方が折れるしかない事を悟り、溜息を吐きながらエールの入ったジョッキを握り、それを持ち上げて口へとちびちびと運ぶ。それを見ていたエドガーが漸く満足そうにうなずく。
「どうだエールの味は? 安っぽいだろう? だがこの安っぽさがまたいいと俺は思うんだ。何よりフランクフルトと良く合う! 最近帝国内で”チョリソー”という辛いフランクフルトが流れ始めているが、アレとも実に良く合う。食べた事があるか? チョリソー。初めて食べた時は余りのからさに驚いてしまったが、慣れるとアレは味があって美味いものだ。酒が進むのは実に良い!」
「チョリソーか、嫌いじゃないなぁ……」
エールをちびちびと飲みつつ、フランクフルトを軽く口へと運び、噛み千切る。とはいえ、あまり食欲がないのは事実だ。魔剣の事を考えると、あまり食欲がわかないのだ。当たり前と言ってしまえば当たり前の話だが、こんな状況で豪胆に食事できるほどおおざっぱな人間ではない。迷い、考え、そしてこれからどうするべきなのか、それを悩む様な普通の人間だ。少なくとも普通でいたいと思っている。
魔剣の干渉がある限り不可能だが。
『酷いわねぇ、お姉さんも所詮カルマ=ヴァインの機構のパーツでしかないのよ? できる事と出来ない事があるから責めないでもらいたいわ』
それでも、前もって何も言わなかったのはカルマの罪だ。それに関しては絶対に許すつもりはない。少なくとも、怒りはあるのだ。それをカルマへとぶつけるほど愚かではないし、それを理由に暴れまわるほど惨めでもない。行き場のない怒りと後悔が残っている。とはいえ、あの時これを抜かなければ、間違いなく全滅していた。その可能性が高かった。そう考えると命を救われた、という事もあるのだが。
ただ、もう二度と使いたいとは思えない。
「ふむむ、酒を飲んでもダメかか。困ったな、酒でもどうにもならないとなると俺には完全にお手上げだな!」
「寧ろ酒が最初で最後の手段である事にモノ申したい」
「何を言っているんだ。酒は魔性の雫さ。これを飲めば飲むほど心も体もあったまって、最終的には寒さを感じる不思議な飲みのだよ」
「それ、オチ的に全裸になっただけだよな」
「まぁ、そういう事もあるさ。つまりは始まりと終わりは違う。何かで初めても全く違うオチが用意されているかもしれない。君が一体何に悩んでいるのかは全く分からない。だけど良い方向に向かうかもしれないし、悪い方向に向かうかもしれない。それを今、判断する事は出来ない。けど―――」
「相談すりゃあ少しは楽になるかもしれない、か。そんなお前はなにもんだよ」
良くぞ聞いてくれた、とエドガーは言うと、一歩椅子と共に後ろへと下がりながら、懐から取り出す様にインベントリから幅の広い羽根つきの帽子と、そしてポンチョを取り出す。慣れた動作でそれを一瞬で装備すると、彼はそのままリュートを取り出し、片足を椅子に乗せる様なポーズでリュートを構える。その姿はコルネに似ているようで違う。アレは楽士だったが、此方は、
「吟遊詩人?」
「正解! 旅のって言葉が付くけどね。まぁ、吟遊詩人としてはしょぼくれた顔の観客が気に入らないのさ。ついでに言えば何か話になる様なネタなら更にグッド、という事さ。ただ俺の専門はハッピーエンドなんだ。ネタにするったって、それがハッピーエンドに終わらなきゃ意味ないからな。気楽に飲んで話してみろよ。話せば楽になるかもしれないぞ?」
ぼろろーん、とそうやってリュートを鳴らすエドガーの姿は吟遊詩人らしい、陽気さに満ちている。吟遊詩人、彼らは伝え聞いた伝説や噂話、ニュースを音楽と共に奏でながら旅を続ける者達の事だ。場所によっては密偵なんてこともあるらしいが、大抵の吟遊詩人というのはロマンに負けた馬鹿な連中ばかりだ。酒場でその日の銭を稼いで、そして伝説を謳いながら旅をする。そこに全てを見出してしまった酔狂者。それが吟遊詩人だ。容器にそうやって悩みを相談してみろと、少し前までただの他人だった男がしつこく言って来る。
『別にいいんじゃないかしら? 隠す様な事じゃないし。悪くて気味悪がれて逃げられるだけよ』
そうやって言葉を放ってきたカルマは、妙に実感がこもったかのように言った。まるで自分の経験がそうであったかのように。いや、実際カルマも経験者なのだろう。彼女は彼女自身が使用した経験と、そして彼女を使用して、魔剣の一部となった存在達の記憶が存在しているのだ。だとすれば、似たような経験を過去にしていたとしても不思議ではない。そう思うと、少しだけ、カルマには同情できるのかもしれない。それで許すというのはありえないことだったが。
ただ、悩む。相談すべきか否か。その事で悩む。ただ、カルマの言ったように、もし相手にとって都合が悪かったら距離を取られるか、逃げられるかだけだ。だから恐れる事はない。言う事に決める。
「……魔剣に呪われている」
「ほほう、これはネタになりそうな話が出てきたな。それで、どの魔剣でどんな呪いなんだ? ……あ、魔剣そのものは出すなよ? こんなところで出すのは危ないしな。というわけで情報をさあ、さあ、さあ!」
エドガーのアグレッシブな様子に溜息を放ちつつ、心の中でほ、と息を吐く。拒絶されなかった。それが胸の中に安堵を生み出す。気付かれない様に息を吐きながら、言葉を放つ。
「魔剣カルマ=ヴァインで、その呪いは魔剣が人格や記憶、肉体を使い手として最適化して行く事、そして使い手と周囲の人間がその最適化に反抗できるように、精神的に強靭にするために、少しずつ狂気を引き出して行くという内容」
「―――剣聖の魔剣か」
そう呟いたエドガーへと視線を向け、頭を傾ける。スキルにも【剣聖】というものが存在する。つまりは元の保有者、カルマ自身が剣聖という称号を得た存在であるという事になるが、とてもだが彼女の普段の姿からはそれを想像できない。肉体的に段々と彼女へと近づくのがこの魔剣の仕組みらしいが、本当に彼女に近づいているのだろうか? 今の所、そういう身体的変化は一切感じないのだが。
「剣聖って、なんだ?」
その質問にエドガーは椅子に座り直しながらエールを片手に、説明を始める。
「文字通り剣を握る聖者、あまりにも隔絶した実力を誇る為にそれ以上の称号が存在せず、剣神すらも斬り伏せたと言われる伝説の剣士さ。もはやその強さを証明する言葉はなく、剣にて至れる剣の悟りへと、頂点へと到達した存在として剣聖って呼ばれている人だよ。何百年、或いは千数百年前に実在した人物らしいね。今でもまだ戦乱の時代だが、過去はもっとひどかったらしい。この大陸は未開領域を除けば三大国家によって統治されている」
『だけどそうじゃなかった時代があるのよねぇ……』
「昔は数十、数百という領地や国が覇権を奪い合っていたのさ。あっちで国が出来た。だけどこっちでは国が消えた。そんな事が日常だった混沌とした時代に彼、或いは彼女は出現したと言われている。一本の剣を片手に、戦場から戦場へと渡り歩き、片っ端から敵を皆殺しにして行く。魔術にもかなり精通していたらしく、特に光系の魔法は太陽の如く戦場を照らし、敵を焼き殺したと言われている程の使い手だったそうだ」
『あぁ、そうそう。妙に体が硬い連中とかいたわよねぇ。そういうやつらは直接精神破壊した方が早いから、肉体をすり抜けて直接精神や魂を破壊する方法を身に着けようとしたら何時の間にか極めていたのよね。懐かしい話だわぁ』
思っていた以上に凄まじかった。カルマの表情は懐かしんでいるが、エドガーの表情は真剣なものだ。カルマは信用ならないが、此方の方は遥かに信用できる。つまりは”大体あっている”という認識でいいかもしれない。
「剣聖という剣術の最高峰の称号に付随する様に、稀代の虐殺者であるという話もある。船上で敵対した相手はたとえ元味方であったとしても決して容赦なく切り捨て、自身の糧へと変えた。天使族や悪魔族に関しては単身で幾つか集落を滅ぼす程に暴れまわったとかもあるな」
『むぅ……』
間違ってはいないからカルマは黙る。しかしそこでエドガーはだけど、と言葉を付け加える。
「それは後年の姿だ。後年の剣聖はほとんど無差別に戦場に出現しては人を切っていた、と言われている。そのころは魔剣を手にし、魔剣に喰われていたなんて話があるけどね。それまでの彼女は悪を斬る! というスタンスだっただけに、別人説まで存在するぐらいだから」
「へぇ……」
『後年は恨みを買いまくった結果呪われまくっていて、お姉さんも大分抑えが利かなくなってきたからねぇ。気合と根性で呪いを抑え込んでいても、気付いたら戦場に! ってパターンが日に日に増えて行くし』
ま、とエドガーが言葉を置く。
「そんな訳でカルマ=ヴァインの名前は残っているのさ。曰く、後年の剣聖が握っていた魔剣。剣聖の心さえ蝕み、狂わせた魔剣で、あると」
『まぁ、魔剣の雛型はあったしセーフティ機能もあったけど、そっちの方は精神力でレジスト出来たのよ。お姉さんを殺したのは呪術による呪いよ、呪い』
「―――だからこそ思う、これはきっと君にはピンチであるのと同時にチャンスなのであると」
じゃらーん、とエドガーはリュートを鳴らす。いいかい、と言葉を置く。
「君が恐れている魔剣の呪いは、決して抵抗する事が不可能ではないのだ! そして同時に、抑え込む事だって出来る! 出来る筈なんだ! 剣聖は出来なかったかもしれない! だが”建国王”や”武王”、”征伐者”という過去の英雄たちは誰もが魔剣の呪いを克服し、そして語るべき英雄譚を生み出してきた! そう、君もそうだ」
そしてエドガーは言い放った。
「君は魔剣と向き合って克服するべきだ。間違いない、君には英雄の器がある」
◆
「それができたら苦労しねぇよ」
そこからエドガーと別れ、一人、いや、カルマを含めれば二人でコロセロスの街を歩く様になった。エドガーは言った、魔剣の呪いは抵抗できるものであると。過去の英雄達はそれを乗り越えて魔剣の力を自在に操るようになった、と。だから自分もそんな彼らの様に、魔剣を克服する精神力を付けるしかないのだと。それでしか、魔剣を制御する方法はない。それを聞いて、溜息を吐きながら歩く。相変わらず心が晴れる様な気はしない。
若干気が滅入ったまま、路地裏の中へと入って行き、そして一目から外れたところで背中を壁に任せ、力を抜く。
「……なぁ、カルマ。このセーフティ機能、俺一人に限定するって事は出来るのか?」
「あら、やっとお姉さんを呼んでくれたのね。嬉しいわぁ」
言葉と共に、頭の中に直接語り掛けるのではなく、出現して口でカルマが言葉を放つ。魔剣の怨霊、過去の剣聖、カルマは嬉しそうに、しかしどこか悲しげに笑みを浮かべながら出現する。その複雑な表情が少々癇に障る。だからカルマから視線を外して、もう一度質問する。
「セーフティ機能は狂ってるんだろ? だったら正常化は出来ないのか?」
「誰かと相談したと事で冷静になれたのかしら? まぁ、できなくはないと思うわよ。私が正常な状態を覚えているし、外へと向けられる力を内側へと向けて発揮させればいいだけだし。まぁ、魔剣がなんか昔より強力になっている分、外へと向けられる力が生まれたんだから。それを内側へと向けさせたら侵食が更に加速するわよ」
カルマのその言葉を聞いて、目を瞑って、考える。自分があんな風に、朝、闘技場で笑いながら人を殺す様な姿が、悪化するのだろう、きっと。だけどそれと引き換えに周りの連中の正気を保っていられるなら、きっと、それには価値があるんじゃないだろうか。少なくとも俺が暴走する様であれば、あの三人ならどうにかしてくれる、という自信はある。この世界限定ではあるが、
少しずつ、自分の心が、考えが変わって行く恐怖はあるが、それでも、
仲間が無事なら、そこまで恐れる事じゃない。
「どうやるんだ」
「貴方じゃ無理よ。知識も経験も足りてないから」
「どうしろってんだ」
「私を”降ろす”、か或いは自分から侵食させて該当の知識を覚えるしかないわね。どちらにしろ魔剣の最適化が進む事は確実よ」
「ふぅー……」
鞘にカルマ=ヴァインを入れたまま、それを抜くことなく、無言で立ち尽くす。修正するのに侵食させる必要がある上に、侵食させたら侵食させたで更に侵食されやすくなってくる。今まで以上のペースで強くなれるだろうが、それは自分というプレイヤーを喰らって行く行動だ―――まぁ、本当にひどくなったらキャラ削除&リメイクという手段もあるのだ、と自分に言う。
悲観する必要はないのだ、悲観する必要は。
「お前に俺の体を使わせたらどうなるか解ったもんじゃないからな。大人しく少し喰われてやるよ。……まぁ、たださ」
「何かしら?」
「お前って敵なの? 味方なの?」
『出来るだけ味方でいたいんだけどねぇ、お姉さん、結局は魔剣に縛られている存在だから自由に出来ないのよ』
カルマの答えに息を吸い、そして吐く。そうやって深呼吸を繰り返し、情緒不安定だった自分の精神を何とか落ち着ける。たかがゲーム。そう自分に言い聞かせて、リラックスする。この空間が現実ではない、失敗しても現実には一切の影響がないのだ。そう自分に言い聞かせて、マントの下に隠れているカルマ=ヴァインを鞘の中から抜き、右手で前に突き出す様に握る。柄からその刀身までの全てが真っ白な剣は地に触れても、それを弾く様に斬り、流す。故に刃には一切の汚れがない。メンテナンス要らずの魔剣。血を吸う事はないし、死を振りまく訳でもないが、使い手を破滅させるのは確かだった。
妙にエドガーの言葉が頭に残る。
乗り越えろ、と。英雄譚を紡げ。魔剣の試練を乗り越えろ。
その境地に立て、と。
カルマ=ヴァインを睨む。
「―――接続」
カルマ=ヴァインに接続する。最適化を図ろうとするカルマ=ヴァインのプログラムを、魔術式という形で認識する。複雑すぎるそれは見れたとしても一切理解の出来ない迷宮の様なものだが、それがゆっくりと、握っている手を通して伝わってくるのが見える。その侵食は遅い。徐々に、徐々に、力を引き出そうと、力を鍛えようとする意思に合わせて侵食して来る。故にその法則を無視し、
「侵食」
一気に知識を引き抜こうとする。それの反発する様に魔剣から情報と共に経験が、そして肉体の干渉が始まる。脳裏に映る景色やノイズを無視して歯を食いしばり、そして流入する経験と知識を組み合わせ、欲しい情報を素早く探索し、そして見つける。
「汚染」
見つけた情報をそのまま自分の中へと記録しながら、侵食を終わらせる。魔剣という外付けの記憶媒体、そして俺が本体という関係。やっている事はメモリースティックの内容をPCに書き込んでいる事だけだ―――ただしメモリースティックの方が遥かにデータで溢れ、PCの中身を上書きしてしまうというバグなのだが。ともあれ、記憶や情報のフラッシュバックは全て抑え込んだ。気付かないうちに道路に座り込んでいたが、手からカルマ=ヴァインを握り落とす事はなかった。軽く深呼吸を繰り返し、頭と心を落ち着かせながら、
検索に成功したカルマが本来保有しているスキルと、知識を、そして自分持っているスキルを組み合わせ、左手をカルマ=ヴァインに掲げ、干渉する。根本的な書き換えはする事が出来ないが、それでも軽い干渉は行える。常に自分が保有する魔力の一定量をリソースとして割き、魔剣からの干渉、その対象を自分一人へと矯正させる。それが終わったところで息を吐き、そして魔剣を鞘に戻して立ち上がる。
「……ふぅ、これでもう、リーザ達は大丈夫か」
「リーザちゃん、がね。そこまでダイゴ君やニグレドちゃんの事は心配してないんでしょ?」
事実だ。一番心配しているのはリーザの事だ。自分達と違って、彼女だけがやり直しのきかない体だ。彼女が幻想の存在であっても、笑って一緒に遊び、此方の存在を尊重している分、此方も彼女の存在を尊重する義務がある。それ以上に、仲間としてその人生が狂う事は認められない。それだけの話だ。
息を吐いて立ち上がりながら、髪が舞い降りるの視界の端に映る。手で髪に触れれば、ぼさぼさっとした髪質は変わらないまま、髪の毛が伸びていた。その毛先はカルマの髪の様に白く染まっており、毛先から段々とその根元へと、白が黒を侵食していく様なグラデーションをしていた。スキルを使用して手鏡を作り出し、それで自分の姿を確認する。
「……目の色が変わってる」
「まだそれぐらいで済んで御の字って所ね。あともうちょい進めばどうでもいいところじゃなくて体の形とかを最適化し始めるって感じかしらね。ステータスも私に近づける為に最適化し始められているかもしれないから見ておいた方がいいわよ」
鏡で確認する自分の瞳の色は綺麗な青、サファイアを思わせる色だった。カルマと全く同じ色の目、しかし顔や体に関してはまだ変化が出ていないように思える。それを良しとして、手鏡を消滅させながらステータスを表示させる。
名前:フォウル
ステータス
筋力:59
体力:63
敏捷:60
器用:62
魔力:63
幸運:42
装備スキル
【魔人:22】【創造者:21】【明鏡止水:22】【支配者:21】
【血戦血闘:22】【高次詠唱術:11】【魔剣保持者:15】【侵食汚染:20】
【咎人:15】【業の目覚め:13】【剣聖:10】【聖者:5】【斬打突花:1】
SP:19
「へぇ、現代風だと大体こんな感じになるのね。やっぱり昔とは結構違うわね」
そんな事をカルマ入っているが、そんな事を気にするべきではないぐらいにステータスには変化があった。まず能力がほとんど60台に入っている。それに付け加え、本来は低かった幸運も底上げされるかのように引き上げられている。聞いたこともない、見た事もないスキルが二つほど追加されておきながら、魔剣の侵食具合を教える【侵食汚染】と【魔剣保持者】が恐ろしい程に上昇している。それに【咎人】まで付随する様に上昇している。ツッコミどころは色々とある。普通なら強くなったのを喜ぶのだろう。
喜べない。喜べるわけがない。断頭台へと近づいている、という意味なのだから。
「これで、とりあえずは周りへは迷惑は掛からない、か」
「まぁ、とりあえず業に目覚める事はないわね。その代わり貴方が人一倍迷惑になる可能性が存在するんだけど。でもこれ、本当に心を強く持って、対応すればそう難しくはないのよ。必要なのは心の強さだけなんだから」
「―――心の強さとかどうしろってんだよ」
そもそも全てがデジタル化されているこのVRMMOの世界で、心の強さとか、魂とか、そんな事を言われても困る。どうやって解釈しろというのだ。どうやって対応しろというのだ。システムで数字で、現象として捉えられるものではないのか? 気合を入れろとか、根性を入れろとか、戦闘中痛みに耐える為に踏ん張るのはまだ分かる。だけど呪いに対抗する為に耐えるって、なんだ。
「そう難しい話じゃないわよ。人間、誰しも絶対に譲れない願いや考えが存在する。それを常に胸に抱いておくのよ。我が渇望こそが至高である、と願いを抱くの。何を言われようともこう思うのよ。”あぁ、確かにそうだろう。だけどこの願いこそが私の法則なんだ”って。そうやって自分の願いを抱いている限りは、それを燃料に干渉に対して抵抗できるわ」
「……そうやってたのか」
「そうね、お姉さんもずっと昔にね。そうやって考えた結果が酷い終わり方だったんだけど。結局、他人の考えを尊重できない以上、信念を抱いても英雄が得るのは死という物語の終焉なのよ」
「……」
予想以上にめんどくさいと思えるようになってきた。しかし、それでもこの世界を、このゲームを止めようとは思わない、思えないのは、この世界に魅入られてしまったからなのだろうか。それとも、この魔剣に止めたいという気持ちを食われてしまったからなのだろうか。路地裏でぼーっと時間を過ごす。そのまま数秒間何も考えず、何もする事無く、立ちつくし、
何か、迷子になったような気分になった。
知らないスーパーにやって来て、親とはぐれてしまった子供の様な、そんな気持ちだった。
しかし、願い、願いとは一体なんだ。どんなものを抱けばいいんだ。それが呪いに対する防波堤になってくるのならいい、だがそんな明確な願いを抱いていたわけではない。だがそう、胸にくすぶる様なものはあった、
帝国に来る前に。
王国で、確かに。
そう、アレは激戦だった。戦いながら、本気を感じていた。実力だけの本気ではなく、心の底から絶叫するように、魂で言葉を語っていた。それは間違いなく邪悪な願いだったのだろう。だけど、それでもそれに込められている熱量だけは純粋だった。本物だった。いや、正負関係なく物事に打ち込む情熱は純粋なのだ。その絶対値は、決して騙す事が出来ない。どんな強者でも弱者でも才能のあるでも者ない者でも、その思いに対する熱量は騙せない。
故に、あの王国で死闘を繰り広げた男、キレス、あの男が抱いた思いの”熱量”に対し、羨ましいとも、素晴らしいとも感想を抱いた。あんな風に純粋に願いを抱く事は自分には不可能だからだ。あれがやりたい、これがやりたい、こういう職につきたい。そういう願いはあるのだが、それを狂気とも言える領域へと持って行ける人間は現代社会に存在しない。そこまで持って行くと異常者として社会から排除されるからだ。それでも、
それだけ強く、何かに対して願える事は、きっと素晴らしい事であるに違いない。故に抱いた気持ちは礼賛。
―――その思いはともかく、熱量は常人が真似できる事ではない。故に礼賛されるべきだ。
その上で、その願いと相対したい。羨ましいから。自分もそういうものが欲しいから。確固たる己、これは己の信念であると、私の熱量は負けないという魂が欲しいから。
そういう人物に相対すれば、きっと何かを掴めるかもしれない。そう思う。
つまりは、
「キチガイに会いに行く……!」
そして願いを確かめる。そうやって、心に抱く信念を確かめる。
「あ、その感じ、何か余裕出てきたっぽいわね」
「まぁ、余裕が出てきたっつーか……周りへ被害が出ないって解ると多少は気持ちが楽になるな。犠牲が俺一人で済むってなら始末しやすいだろ」
「そこで始末って言葉が出てくる辺り王国流よねぇ」
苦笑する様に放ったカルマの言葉を聞き、立ち上がりながらマントをインベントリの中へと戻す。もう、これは必要なかった。魔剣の侵食が一気に進んだ今、自分はどれだけ魔剣に侵食されているのか、この抱いている願いが純粋に自分のものかどうか、それを判断する事が出来ない。だけど、仲間達に迷惑は掛からないのは解った。
だったら、後は徹底的に行ける所まで行く。それだけの話だ。
覚悟を決めて前へと突き進め。後退する事で得られるものは何もない。臆していてもなにも始まらない。
ならば行くのみ。
とりあえずは、
「……皆に謝らなきゃ」
「許してもらえるといいわねぇ、もうしっかり半日ぐらい経過しちゃってるし」
「まじかぁ……」
もうそんなに時間が過ぎ去っていたのか。闘技場関係は完全に投げっぱなしにしてしまった。きっと怒っているだろうなぁ、なんて事を思い、謝り方を考えつつ合流する為にフレンドリストを有効化し、
信じる仲間達の下へと向かう。
きっと、彼らの様な素晴らしい存在であれば、自分が間違えても必ず乗り越えてくれるだろうと。
外泊してるのでPCなし、という事でちょっと返信と修正遅れます。これは予め前日に2話パパっと書いて準備した分なので0時に更新されるはずです(そのころ外泊中)
翌日の10時(インド時間、日本時間12時過ぎ)に戻ってくる筈なので修正はそのごろまで待っててね!
あっさり問題が解決した様で、実は【業の目覚め】でメンタル面が不安定になりながらブーストされているだけという。
つまり問題は何も解決していない




