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Endless Sphere Online  作者: てんぞー
二章 帝国-闘技大会編
32/64

三十二匹目

 瞬く間に時は過ぎ去って、闘技大会の日がやってくる。凄まじい量の来場客と共に、都市内は多くの武芸者で沸き立っていた。また同時に、殺気立つような気配も感じられる。多くの人間が今日という日に、生きるか死ぬかの戦いに赴く。一体何人が死ぬのか、それを予想する事は出来ない。だけどこの闘技都市で、殺人は肯定される。熱狂と共に許される都市であり、そして今日という日はまた、特別なのだ。その為いつも以上に多くの人が死ぬのだろう。それを忘れてはならないが、


 ジワリと、自分の胸に熱狂が広がって行くのを感じる。闘技大会は全部で三日かけて行われる。初日は大予選会。ここで大量に弱者がふるい落とされる。そういう仕組みになっている。


 大闘技場の控室、自分達のチームに用意された部屋は何時も以上に静か―――なんてことはなかった。一切の緊張らしい緊張はなく、ダイゴは酒を飲んでいるし、リーザは興奮が抑えられないのかずっとシャドーボクシングを続けている。遠足前の子供の姿がそこにはあった。まぁ、ミリアティーナを何だかんだで控室に連れ込んで面倒を見ている分、意外と自分も心の余裕を持っているのかもしれないと思う。そんな事を考えつつ、カルマ=ヴァインを鞘から抜いて、その真っ白な刀身を眺める。


「どうしたんだ? 魔剣なんか見たりして」


「いやな、【咎人】がもし殺人を通してレベルを上げる事が出来るスキルなら、今日はひたすら殺す事になるんだろうなぁ、って。外れていてほしいもんだけど」


「まぁ、戦えば誰かが死ぬのは当たり前だしなぁ」


「その考え方は一体どこから来たんだよ……」


 とはいえ、ダイゴの言葉に対しては非常に納得、というか同意するのだが。本気で戦う以上、誰かが死ぬのはどうしようもない事なのだ。そもそもこの数日間、闘技場で対戦した相手に関しては九割方殺してきた。その為に【咎人】のスキルだって多少上昇している。色々業が深い世界だ。価値観が違いすぎて、順応するには現代社会でのルールを忘れないとやっていけない。ある意味、この世界に順応し、やって行けるのは”ろくでもない”人間なのかもしれない。


 人間やモンスターをあまりにもあっさりと殺すこの世界では、正気でいるのが難しい。


『控室の皆様、闘技場へとどうぞお願いします』


「ん、時間か」


「血が! 滾る! ぞー!」


 リーザの言葉を聞きつつも、立ち上がり、ミリアティーナの頭を撫でて、いい子で待っていろよ、と言う。幸いカルマが一緒にいるのだから、サンドバッグとして見事に面倒を見てくれるだろう。後顧の憂いはない。そう認識しつつパーティーで控室から通路に出ると、自分達の様に呼び出された多くのパーティーが、闘技大会のチームが通路を歩いている。その姿は全て、闘技場のグラウンドへと向かっている。その流れに混じるように自分達も入り、そして闘技場中央へと向かう。


 中央に出て迎えるのは人々の歓声、そして視線だった。凄まじい量の観客、大闘技場の全ての椅子を埋め、その上で立ち見の客まで入っている。これ以上は観客席から溢れ出る、そういうレベルの数だった。未だかつてない程の熱狂に闘技場が突入する中で、軽くコツン、と背中に感触を得る。視線をその方向へと向ければ、ニグレドが背中を向けて立っている。


「狙われ始めてる」


「マジか……」


 視線を周りへと向けるが、そういう事を探る事の出来るスキルは持っていない。出来るのは継承された経験、【侵食汚染】を通して過去の使い手が得た情報、それを通して判断する事だ。だか大体どこら辺から、視線を辿って狙われている相手を判別しようとして―――失敗する。それが出来るほどにまだ、経験を引き出せない様だ。汚染具合が足りないのかもしれない。そんな事を考えている内に、アナウンサーがルール説明に入っていた。


『さて皆さん、ルールは簡単です。アイテムなしはそのままで―――自分のチーム以外の人間をなるべくたくさん倒してください。生死は問いません。一定数以下になったところで終了します。それでは開始どうぞ!』


 明るい声で宣言されたのは、この状態で敵を殺せ、という内容だった。ざっと見渡せば、この闘技場にいる参加者、出場者たちは人数で百人を超えている。そしてこれが全てではない。予選会は複数に分けて行われるため、まだ数百という規模で参加者が残っている。これを削るには相当な時間が必要とされるから―――これは合理的な判断。ただそれでも、言われている事は”人間を皆殺しにしろ”という内容だ。それに即座に反応できる人間は、


 一歩、狂気に踏み出しているものだ。


「天絶ゥ! 寒氷ォ! 金光ォ陣ンッ! 十絶の―――三陣ンンッ!」


「ハハッ、誰が手加減出来るほど強くはないから、死にたくなかったらさっさと棄権しろよお前ら」


「ま、私は格が違うから手加減しても余裕なんだけどね。つーわけでそこの雑魚二人とは違って、死にたくない奴は来るといいぜ」


「負けない」


 三人が散るのと同時に、カルマ=ヴァインで手首を切り裂き、そして魔剣を握ったまま超高速で印を結び、十絶の陣、その三つを同時に顕現させる。げらげらと笑いながら出現する三人の仙人、秦天君、袁天君、そして金光聖母が見下すような視線を周囲の人間へと向けつつ、三つの陣が張られる。重なるように、自分の領域を食い合う様に、半径十五メートルの距離に広げられた十絶の陣の内の三陣はその中に入り込んだ者を容赦なく喰らう。無数の鏡がまず最初に光を反射して肉を灰へと変換する。それから逃れようとする者は氷山に押しつぶされ、肉塊へと変形される。


 その二つを抜けた者は、そこで自分の意思で自分の体を千切る絶望に出会う。十絶の陣。それは単体であっても恐ろしく殺傷性の高い、殺意しか持たぬ仙人の秘術。だがその本来の極悪さを語るには”組み合わせる”必要がある。恐怖を与え、希望を与え、そして絶望で終わらせる。その流れを生み出す事で人を徹底的に、肉体と精神で殺す。それが十絶の陣使い方ではある。


 とはいえ、それがまだまだ未熟であるのは解っている。


 故に、正面、巨大な幻獣が瞬間的に出現し、十絶の三陣を食い破りに来る。実際、寒氷陣と金光陣は一瞬で砕け散った。だがその最後、逃げる者に絶望を与える天絶陣が五メートルを超える幻獣の巨体を捻り、千切り、そして完全に速度と力を殺して自分の意思でミンチになった。その一連の動作で一気に十数人が死ぬのを眺め、息を吐く。


「はぁ、とんだろくでなしになったもんだ。これだけ殺しても心に響くものが何もない。アレか。物足りないのかやはり。―――ミリアティーナの時は心に響くものはなかったが、それでも楽しかった。そう、もっと俺を追い込んでくれよ。果てを見せてくれ。俺の限界を教えてくれ。駄目なんだ、この程度じゃまだ本気を引きずり出せないんだ」


 叫び声で自分の声が届く訳もない。ただ解るのは、次の瞬間に天絶陣が砕け散った事だった。そしてそれと同時に踏み込んでくる青い剣を持った存在、反射的にカルマ=ヴァインを振るって切り払う。切り払いに合わせて体をずらせば、大地に斬撃が走るのを認識する。刃の振るったその先、結果関係なく斬撃を発生させられるらしい。故に相手と剣を合わせる事は出来ない。考えれば簡単な話だ。


 刃を相手へと優しく投げる。


「―――!?」


「ジャッジメントォッ!!」


 その一瞬に気を捉えた相手に、頭上から光弾が降り注ぐ。一つではなく、複数。それも十や二十という数を自分の周囲にも浮かべ、雨の様に一気に叩き落とす。肉のひしゃげる音と悲鳴が聞こえる中で、目の前の存在は光弾を切り払いながら生存し、此方へと視線を向けている。その眼には強い感情が乗っている。容赦なく人を殺している此方を非難する様な視線だ。


 その視線を受けて愉快な気分になっていると理解するのに必要なのは数瞬だった。


 疑問を思う事は熱狂に消え去って行く。ただひたすら、胸には業が燃え上り始める。


 光弾を切り分けながら進んできた存在と剣を一瞬だけ結び、横へと抜ける。魔剣から流入する経験が次、どのように動けばいいかを教えてくる。どのように動けば相手を一瞬で殺せるか。それを伝えてくれる。


 それをガン無視する。相手のターゲットは自分一人に定められている。久しぶりに戦っていて楽しいという気持ちが湧き上がってきたのだから、これを無視する事は出来ない。故に衝動に任せるがままに大きく、逃げるように距離を取り、そして視界いっぱいに人の姿を確保する。笑みを浮かべ、刃を振るいながら、左手を前へ突き出す。それに反応する様に斬り込んでくる。故に当たり前のように、印を結び、


「天絶陣」


「がぁっ―――」


 正面から天絶陣に飛び込んでくる。一瞬でバラバラになる姿に失望感を感じつつも、トドメに首を刎ね飛ばし、大きく横へと飛びのく。炎と氷、闇の爆撃が一斉に襲い掛かってくる。それを経験は避けきれないと判断する。故に最善は迎撃。そう、もっと俺を狙って来い。その音を口に叫び出しながら、召喚術を起動させる。


「カッコいい所を見せてみろ!ヴァルキリー!」


「ハ、ハハハハ、ハハハハハ!! ハァ―――ッハッハッハ!」


 絶叫の様な笑い声と共に出現するのはミョルニルを握ったスルーズの姿だった。祭の熱狂を肌で感じているのか、狂っていると言っても良い笑いを上げながらその神器が振るわれる。迫っていた魔術の爆撃はミョルニルの一振りでかき消され、そして返しに振られるミョルニルで攻撃を繰り出した数人の魔術師が天からの雷撃を喰らい、灰すら残さずに消滅した。


「アタシは嫌いじゃないぜ、そういうキャラはよぉ! もっと心のままに! 本能のままに! 使命や! 立場を忘れ! 理性も投げ捨てて、心が命じるその感情に任せた闘争を! 論理や価値観を投げ捨てた獣の咆哮を! アタシは嫌いじゃないぜぇ!」


 そう叫び、再び振るわれるミョルニルと共に命が散って行く。消えるスルーズの横を駆け抜けながら刃を振るい、盾を構えるソードマンを盾ごと首を刎ね飛ばす。後ろから迫ってくる気配にバックステップで接近し、背中で押してバランスを崩しながら横へと回り込み、首を切り落とす。そのまま左手で印を組み、召喚術を完成させる。


「暴れろ青竜ゥッ!!」


 天から青竜が降りてくる様に召喚される。魔剣カルマ=ヴァインという触媒としては最高峰の存在を使用している為、どの召喚術も制度としては大幅に上昇している。故にこの青竜もまた、前召喚した時よりも遥かに強い力を兼ね備えている。


「さぁ! 乗り越えてみろ! 死を悼むのであれば、生を想うのであれば、超えてみろ!」


 完全に悪役のノリで叫びながら、空から降りてきた青竜が大地を抉るつつ暴風の斬撃を繰り出し、人を肉片へと変形して行く。その暴威はとてもだが人間にはどうしようもない、自然現象を、自然災害を思わせるものがあった。


 それが、地上を走る四つの閃光によって四つの姿に引き裂かれた。その姿に心をときめかせる。青竜を落とし、殺すなんて大人のミリアティーナ以外は出来ないものだと思っていた。そんなレベルの存在がこの闘技場に紛れ込んでいる。その事に興奮しつつ、視線を閃光の主へと向ける。


 そこには両手に剣を持ち、


 股間に剣を挟み、


 そしてケツに掲げる様に剣を持っている変態の姿があった。


 一瞬で上がっていたテンションとか何やらが全部抜けきった。美味しい酒を飲んでいた中、いきなり素面へ戻されたような感覚だった。その四刀流はさすがにないだろ、としか言いようのない姿だった。同時に、先日見たスレの”聖剣四刀流”の話を思い出し、こいつがそれか、と思い出す。発想が狂っているのになんでまともに運用ができているのだろうか。普通考えて実行してもまともなスタイルとして確立されないだろう。


「―――だがその意気や良しッ! 魔剣の持ち主として! 相対しよう!」


 そう叫んだ瞬間、黒い残像が一瞬で接近して首を刎ね飛ばしていた。


「ニグレド貴様ァ―――!!」


「ぶい」


 次の相手を殺しに向かいながら、ニグレドがブイサインを挑発する様に向けていた。あのロリ、絶対許さないと決めながら魔剣を振るい、どの動作と片手の動作を組み合わせる事で印として完成させる。


「焼き殺せ、朱雀ゥ!」


 まだまだ相手は存在する。それを認識しながら殺す行動を止めない為にも、召喚術を放つ。



                  ◆



 そうやって圧倒的に殺し回り、最終的に残ったのは十五人程だった。大半がソロパーティーであり、四人規模のパーティーは自分のパーティーを除けばあと一か所のみだった。闘技場には大量の死と血が溢れており、観客たちはかつてない程に熱狂していた。そうやって声援に晒されて、一切の戦闘音がなくなって、冷静に闘技場を見る事が出来た。


 大量の肉片と血と、そして怯える様な視線。


 ―――いったい、何をやっているんだろうか。


 戦闘中はどうしてあんな風に動き、あんな風にはしゃいでしまったのだろうか。いや、戦闘は楽しんでいるのは事実だ。実際召喚術を放つのは気持ちが良い。だけど、人を追い込んだり、無駄に挑発したり、試したり、そういうのは自分のキャラではない。普通、自分はそんな事を全くやらない筈なのだ。熱狂に当てられて自分も浮かれていたのだろうか。


 馬鹿みたい、もうちょっと冷静になれよ。


 そう考えると、ここ最近、ちょっとダイゴとリーザの様子がおかしくはないか、と思い始める。


 こう、本来の二人よりも、攻撃的になっているような、そんな気がする。


 ―――それも帝国に来てから。


 トン、と背中に衝撃を感じて視線を横へと向けると、ダイゴの姿があった。


「何を呆けてるんだよ。ほら、さっさと控室に戻ろうぜ」


「お、おう」


 そそくさと去って行く仲間の背中姿を眺めながら、ステータス画面を開く。


 名前:フォウル

 ステータス

  筋力:56

  体力:60

  敏捷:58

  器用:59

  魔力:61

  幸運:36


 装備スキル

  【魔人:22】【創造者:21】【明鏡止水:22】【支配者:21】

  【血戦血闘:22】【高次詠唱術:11】【魔剣保持者:5】【侵食汚染:11】

  【咎人:8】【業の目覚め:11】【剣聖:1】


 SP:19


「……上がってる」


 【侵食汚染】が、そして【業の目覚め】、その両方が上昇している。ついでに【咎人】も大きく上がっている。10レベルを超えている辺りを考えると、やはりあの戦闘中の高揚や、熱狂は、魔剣を通したスキルでの影響なのだろうか? そもそもこれ、


 本当に、この魔剣の被害者俺一人なのか……?


 妙に好戦的なダイゴとリーザ。容赦なく一撃必殺を繰り出すニグレド。もし、あの三人の態度が、【業の目覚め】によって自分が先程、熱狂したかのような変化だったとしたら―――自殺したくなるような恥ずかしさだ。魔剣を手に入れた、デメリットが少ない。そんな事を言っている場合じゃない。改めて理解した。ヤバイ。この魔剣はヤバイ。このまま放置するともっとヤバクなる気がする。そうとなると、闘技大会に参加している場合なんかじゃない。


 もっと早く、この魔剣をどうにかしないとヤバイ。ダイゴやニグレドはリアルがあるから良い。


 だけどリーザは違う、彼女はこちらの世界の住人だ。しかも仲の良い、仲間の一人だ。そんな仲間の人生はたとえ空想の者であろうと、滅茶苦茶にはしたくはない。何てことはない、自覚してしまうと物凄い軽いものだ。スキルの意味が、効果が理解できてしまう。


 使用者を狂わせる。少しずつ、少しずつ、それだけの魔剣なのだ。


 魔剣としてはオーソドックスな能力―――そう考えて拾うんじゃなかったと激しく後悔する。


 間違いなくあの聖剣四刀流が出現するまでは熱狂に喰われていた。アレと会って、完全に一度冷静になって、そのおかげで気付けたような、そんな気がする。そう考えるとあのギャグはMVPだったかもしれない。


 周りを見るともうプレイヤーはおらず、控室へと向かっていた。自分も駆け足で控室へと向かい、扉の前で足を止める。そこで中に入ろうかどうかを悩み、止める。今考えた魔剣の能力が正しいのであれば、一緒にいればいるほど厄介な事になって行くのに違いない。そうなったら一緒にいるだけで駄目だ。控室に入る事なくそのまま大闘技場の通路を、入口へと足を向けて若干駆ける様に抜けて行く。軽く振り返ればそこには誰の姿もない。だからそのまま踏み出そうとしたところで、


「あら、何処に行くのかしら」


 もう一度振り返ればカルマの姿がそこにはあった。その姿を無視して、歩き出す。


「あ、ちょ、無視は酷い」


「……」


 黙ってそのまま足を加速させ、一気に闘技場の通路を抜け、入口、ロビーを通り過ぎる。そのまま闘技場の外へと出たところで肩に羽織っているインバネスコートに袖を通し、その更に上からマントを装着し、すっぽり全身を隠す。マントと付属のフードを被れば、装備を含めて全てが隠れる。その状態でコロセロスの大通り、その人混みの中に自分の姿を流し、隠す。カルマの姿は見えない。しかし、


『お姉さんを無視するのはちょっと酷くないかしら? かなり協力的なつもりなのに』


「頭に直接語りかける事も出来たか」


『必要なかったしねぇ』


 魔剣の怨霊を甘く見ていたツケなのかもしれない。この女、敵ではないが、明確な味方でもなかったのだ。そう思うと頭が痛くなってくるが、今まで魔剣を軽視してきた自分の責任だ。軽く苛立ちながら声をなるべく小さくしてカルマへと語り掛ける。


「この魔剣の影響力ってどんなもんなんだよ」


『最適化は貴方にだけよ? まぁ、セーフティ機能に関してはそうでもないっぽいけど』


 足を止める。


「……セーフティ?」


『そうよ、セーフティ機能。魔剣に組み込まれた唯一の良心よ。魔剣の呪いや干渉能力は確かに凶悪だけども、狂気とも呼べるレベルの精神力が存在すれば抵抗する事が出来るのよ? 遠い昔の王様が証明している様に。だからこの魔剣には一つのセーフティが組み込まれているのよ―――握る者の精神的タガを外して、その性格や思想を開放的にする、ってね。それが多分長年放置されてたことで強化されちゃったんじゃないかしら。そのせいで回りまで影響って感じで。迷惑な武器ねぇ』


「迷惑すぎて笑い声もでねぇよ」


『で、どうするの? お仲間を巻き込みたくないのは良く解るけど』


「魔剣を破壊する」


 それに限る。拾ったこと自体が間違いだった。いい気になっていた自分を殴ってやりたい。改めて理解するとそう思う。とりあえず、ダイゴ達と一緒にいる事は出来ない。ダイゴにはリアルを通して自分で直接説明すればいい、それを通してニグレドとリーザに話を通してもらおう。そうすれば納得してくれる筈だ。それよりも問題は別だ。魔剣は破壊出来ないし、装備解除もできない。この状態をどうにかしなくてはならない。あるいは魔剣そのものを制御できるようにならなくてはならない。だけど魔剣が制御可能になるとは思えないし、破壊出来る訳がない。VRMMOなんだから、


 非破壊物設定があれば、それを突破する事は不可能だ。


 だとしたら制御できるようになる方が遥かに現実的だ。と言っても、それに関しても全く何も見えない。


 群れから孤立した動物というのはこういう気持ちなのだろうか。周りに味方がいない。頼れる者がいない。その代わりにたった一人でどうにかしなくてはならない、そういう使命感だけが存在する。間違ってはいないが、正しくもない。ただ今回の件は自分が原因で、自分一人でどうにかしない限りは周りをドンドン巻き込んで行くだけの話だ。ドコカノダレカと、あまり長居してはいられない。


『でもそこまで心配する事じゃないわよ? 最低で一週間ぐらいはいっしょにいないと効果が発揮されない様だし』


「そんな事よりもどうすれば魔剣を制御できるか、或いは破壊出来るか知らないのか」


『だから精神力で呪いを抑え込むしかないって。お姉さん、その為にセーフティ機能があるって言ったじゃない』


「話にならねぇ」


 それが嫌だから仲間から離れると即座に判断したのに、それしかないとはいったいどういう事だ。あまりにもひどすぎるのではないか、これは。自分一人への干渉だったらまだいい。だけど仲間にさえちょっかいをかけるというのはいくら何でもないだろう。自分の勘違いならいいのだ、それで。だけどダイゴもリーザもニグレドも、自分が気づけなかっただけど、ゆっくりと狂っていったような、そんな気がするのだ。そして疑えば疑う程、その疑念は強くなって行く。


 ―――どうしろってんだ。


 切実にそう思う。そうやって、何時の間にか人混みの中に突っ立っていた。行く場所も解らず、何をすればいいのかもわからず、何を頼れば良いのかも解らない。そんな状態で、衝動的な感情と考えに任せて出てきてしまった。ただこれは間違いではなかったと思っている。アレ以上一緒にパーティーにいたら、自分が彼らを駄目にしていた。


 ただそれはそれとして、自分が何かを成そうとしたいのにする事が解らない、迷子である事に違いはなかった。


「―――どうしたんだ? 泣きそうな顔をしているぞ」


 立ち止まっていると、ふと、そんな声をかけられる。


 そう話しかけてきたのは一人の男だった。


 簡素なシャツにズボン、白と茶の上下はこの世界で平民が着る様なありふれた服装だった。腰まで長く伸びる尻尾のように纏められた金髪を男は持ち、不思議な色の瞳をしている。此方がフードを被っているというのに、その視線は不思議とそれを射抜いて此方の顔を捉えているように思えた。


「……顔は見えない筈なんですけど」


「顔は見えなくても心は伝わってくる……それが人間という生き物だろ?」


 その言葉に溜息を吐く。目の前の男は不思議と、嫌悪感を抱く事の出来ない人物だった。おそらくはこの都市に住んでいる一般人なのだろう、両手が軽く汚れているのが見える。そういうところまで細かく観察する様になったな、と軽く自分の変化に自嘲しつつ、そうだな、と適当な言葉を男に返す。あまり、他人に関わっているような余裕が自分にはない。親切にも話しかけてくれた人には悪いが、


「それじゃ……」


「待て待て待て待て、待つがいい。そんな沈んだ表情をした者を見過ごすなんて俺には到底看過の出来る事じゃない。というわけで困ったことがあるなら相談に乗ろうじゃないか! ハハハハ」


「宗教勧誘は間に合ってるんで」


「待て、私は帝国人だ、聖国の人間と一緒にして貰っては困る」


 男から逃げるように歩き出すが、男はあとを追いかけてくる。溜息を吐くと、カルマの声が脳内に響いてくる。


『あら、別に少し位話したっていいじゃない。貴方のソレは効果を発揮するのに一緒に数日間行動する必要があるのよ? だったら今日一日ぐらい何の問題もないわ』


「あるさ」


 罪悪感が。


 面倒な感情だと解っている。ここがゲームだとも解っている。それでもリアルすぎるバーチャルはまるで現実と遜色がない。リーザの様なNPCでも、実際に生きている様に感じる。実際に肌を着れば血が流れるし、やる事をやれば子供だって出来るらしい。ちゃんとそう認識しているのに、まるでゴミの様に人を殺す事に一切の違和感を感じていなかった。訓練を積んでいるから、教育を受けたから、で言い訳する事が出来ない、


 はっきりとした異常性。


 闘技場で相手を殺すまで斬るなんて事、本来の自分が出来る訳がない。


 現実ではどうかは知らないが、ハッキリ言ってしまえば、この世界にいる間の自分は価値観が大きく変わっていると自覚できる。少なくとも今、ここでなら、自分は表情を一切変える事無く人を殺す事が出来る。それでいい、と認識しているのだ。


「なんでそうも無視するんだ! 酷いじゃないか」


「寧ろ初対面の相手と飲もうとする方が怪しいわ」


「そうかい? ここでは割とある事だよ? だからほら、一緒に飲もう。何がそんなに君の心をかき乱しているのかは解らないが、飲んでしまえば全部流せてしまえるはずさ!」


「何で飲めばなんとかなるって考えてるんだこいつ」


「世の中大体そんなもんだろう? ほらほら、奢るからそんな遠慮する事はないさ」


 そんな場合じゃないのに。今すぐこの街から自分は出ていくべきなのだ。それが自分と、そして周囲の人間の為になる。そう思っているのに、男は無視して肩を組むと、そのまま強引に酒場へと連れて行こうとする。意外な力強さに驚きつつ、口から酒の臭いがするのに気付く。


 こいつ、昼間から酒を飲んで酔っ払ってる。


 酔っぱらってる分、ダイゴよりも酷い。アレは飲んでも酔っぱらわないし。


「さぁさ、行こうか! 良い場所を知っているんだ! さぁ!」


「マジかよー……」


 逃げようとするが、相手は元軍人か何なのか、凄まじい筋力で襟首を掴むと、そのまま笑いながら引きずって行く。引きずられ方からしてバランスが取り辛く、立ち上がれない為に成すがまま、連れ浚われて行く。


 どうしてこうなってしまったのだろうか……。


 今は話しの流れ、というか魔剣とかの背景的にソロゲーのダークファンタジーが始まる様な場面ではなかったのだろうか……。


 そんな陰鬱な雰囲気を完全に吹き飛ばす、笑い声を金髪の男は上げながら、酒場へと連行されて行く。

 魔剣のデメリットが軽い訳ないだろ!! いい加減にしろ!! 呪われていてどうしようもねぇから魔剣なんだよ!!


 というわけで【業への目覚め】は魔剣に搭載されたセーフティ機能として使用者を魔剣の呪いへと抵抗できるレベルに精神力を鍛えようと、本能的な部分に存在する渇望や欲望を狂気レベルで引き出し、育てようとします。


 ただし自分だけじゃなくて周りも。そりゃ魔剣だわ。


 歴代がどういう目にあったかはそのうちカルマさんが語る筈。


 なお業と書いてカルマと読む。


 MVPは聖剣四刀流。君も両手とコカーンとケツに構えて実践だ!!

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