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Endless Sphere Online  作者: てんぞー
二章 帝国-闘技大会編
30/64

三十匹目

 情報料に銀貨を握らせたために金が不足して娼館へと行けなかったというあまりにも悲しみを背負う事態から一日が経過した。ダイゴも似たような理由で散財してしまった為に、男二人揃って血涙を流すイベントが勃発したが、最終的には女子組から散々罵られるという形で終わった。なんでもダイゴも娼館の話は聞いていたので行こうとしていたらしい。まぁ、類は友を呼ぶというやつなのかもしれない。


 ともあれ、帝国内での動き、活動、どうするかはもう決めていた。金策、そしてレベリング、これを同時に行える場所は帝国内、しかもすぐ傍にあった。


 そう、闘技場だ。


 闘技都市コロセロス、そこへ行って登録し、参加すればいいのだ。勝ち残って行けばファイトマネーは出るし、勝てる自信があれば自分に賭ければいいのだ。そうすればお金を稼ぐことはできる。戦う事で経験も得られるし、いい感じに楽しめるのではないのか、という総意だった。少なくとも帝都には残りたいという気持ちが皆、自分を含めて存在しなかった。帝都という都は酷い。長くいればきっと自分まで腐らせてしまう様な、


 そんな気がした。


 だから朝の内に準備を全て整え、そして宿から出る。馬車の手配や依頼を取るのは面倒だという結論から、コロセロスへの移動は空路―――即ち召喚獣に任せた移動をする事に決めた。帝国のギルドで発行してもらった身分証明書がある為、街に入る為のチェックは前よりも楽になっているおかげで、態々護衛の依頼を引っ掛けて商人と一緒に入る必要はなくなったのだ。故に帝都の外でカルマ=ヴァインを抜き、それを触媒に魔力を循環させ、大き目のワイバーンを召喚する。


 戦闘能力を奪う代わりに長く存在し、そして飛行する事の出来るワイバーン。その背にみんなで乗って空を移動する。空路は良い、馬車と違って道を守る必要も、地上を歩き回るモンスターと戦う必要もないのだから。時折、空を飛ぶ怪鳥のモンスターとエンカウントするが、遠距離攻撃手段は持っているし、何よりワイバーンの方が遥かに速度が速い。置いて行くつもりで加速すれば、完全に振り切る事は難しくはない。地形を、そしてモンスターを無視して高速で移動できるワイバーンは凄まじい。その引き換えとして結構狭く、そして不快な感覚が残るが、


 たったの数時間で馬車で半日の距離を進めるともなれば、それも帳消しにできるだろう。


 コロセロスの入り口と思わしき門の前に到着する頃には若干尻が痛んでいたが、空から見る事の出来た巨大な闘技場と、その周りに存在する複数の小型闘技場の姿は闘技都市の名にふさわしい姿だった。若干尻が痛む事に文句を垂れる皆の声を耳にしつつも、こうやって見事に朝からコロセロスに到着する事が出来た。本音を言えば本当にここまで運べるかどうかが不安だったが、ワイバーンの召喚からの運送に成功し、問題のない事を確信する。この移動手段は短距離であれば使える。それを確信させる移動でもあった。


 そうやってサクサクと入る為の手続きやチェックを終わらせ、


 闘技都市、コロセロスに到着する。



                  ◆



「んじゃ、さっそく登録すっか、一番厳しい所で」


「迷いがねぇな、この女帝は」


「戦うなら強い奴相手じゃねぇと意味ないからな!」


 リーザは迷う事無く中央コロシアム、一番大きく、この街の象徴とも言えるコロシアムで戦闘する予定だった。流石に闘技場なんてものを一人やらせる気にはなれない、というかパーティーなので勝手な事は許せない為、こんな風に激しく主張して来る形で意見を押し通そうとしている。まぁ、元々闘技場で稼ぐために来ているのだから間違いはないのだが。溜息を吐きながら全員で中央コロシアムへと向かう。円形の巨大なコロシアム、その正面ゲートから内部へと入り、受付を探す。


 宿やらギルドを探す前に、先に此方で情報を聞いてから準備等を進めようと、そういう魂胆だ。故に受付を発見し、近づくと、何時もは此方に説明とか任せているのに、ダイゴとリーザが前に出て、受付へと接近する。やる気満々の二人の様子に苦笑しつつ、視線をニグレドへと向ける。ニグレド自身は二人ほど興奮している様には見えないが、


「ニグレドちゃんはどうなんよ、闘技場とか」


「嫌いじゃない。一撃必殺……で終わるから」


「殺意満々じゃねーか」


 これぞ王国流、というガルシアの言葉が聞こえてきた気がする。ミリアティーナとニグレド、一体どこで差がついたのだろうか。今でもミリアティーナは首を傾げて何をやっているのか理解していないが、雰囲気的に楽しそうにしている。見ろ、これが正しいロリの姿だ。ニグレドはもはや邪悪で汚い方のロリだ。そう思った直後、考えを理解されたのかローキックが連続で叩き込まれる。このローキックも段々と芸になりつつある気がする。


 そんな風にニグレドと時間を潰していると、ダイゴとリーザが笑顔で帰って来た。


「なんか闘技大会を数日中に開催予定しているんでチーム”レッツ☆修羅道”で登録してきた」


「貴様らァ―――!!」


 即座にゲンコツと腹パンを二人に叩き込み、床に転がす。その姿を端まで蹴り転がしてから見下す様に視線を向ける。


「で、弁解は?」


「ど、どうせ相談しても参加するだろうと思ったし」


「賞金に目がくらみました」


「素直で結構ォ!」


 痛くない程度にダイゴだけを一方的に蹴って解放し、一汗かいたところで笑顔で受付へと近づく。若干引いているような表情の受付嬢がそこにはいるが、とりあえず無視し、話しかける。


「すいません、そこの馬鹿二人と同じパーティーの者なのですが、登録は取りやめなくていいので、とりあえずルールや闘技場という施設そのものについての説明をお願いします。さっき到着したばかりで何が何やら、という状態なので」


 少しだけ呆けた受付嬢だが、すぐさま平静を取り戻すのはさすがというべきなのだろう。


「あ、はい―――では説明させていただきます。基本的に闘技場はこの大闘技場、そして無数の小闘技場に分かれています。イベントに関しましてはこの大闘技場で行われており、通常のモンスター討伐闘技、或いは対人闘技等は小闘技場の方で行われています。それぞれの闘技場にそれぞれ違う役割がありますので、気になるのであればこのパンフレットの方をどうぞご確認ください。お客様の様なパーティー向けの闘技場もありますので、全体としてのステップアップを図りたいのであればそこがおすすめです」


 そこで一旦区切り、話は続く。


「ですが闘技場の利用には何点か注意があります。まず最初に闘技場、そして闘士として登録された方々は誰であっても最低ランクであるEランクからの開始となります。これは闘技場で一定の成果を得るか、或いは実力を証明する事ができればランクの上昇となります。基本的にランクが上昇すればファイトマネーは増え、そして対戦相手も強敵になります。一般的にはCクラスを”才能の壁”と表現しており、上位スキルを覚えられない方々はCクラスで終わる事が多いようです」


 そこで再び一回区切られる。それは彼女が此方に情報を整理する時間を与える為なのだろう。


「一応実力を測る為のテストがありますので、自信があるのであればそちらの方で実力テストを受けるのも良いと思います。基本的に実力がAクラスやBクラスある方にEから上がってもらうのも苦痛ですし、此方としてもそれだけの実力者が大舞台に立てないのは勿体ないですから。自信があるのであれば是非とも。……ちなみにそんな事が出来るのに何故Eランクから始める? と言われますと参加者の中には”男なら黙って成り上がれ”とか言う人口がそれなりに多くて……」


 苦笑し、そこで一区切りしてから話は変わる。


 そこからファイトマネーの金額や、戦闘のルール等に関して説明が入る。基本的にこの闘技都市、戦闘中であれば”殺害は可能”というルールになっている。そもそも殺す気で戦わないと本気で戦う事なんてできないだろうし、それは当たり前の判断だった。それに死人が出るのはショーの一部ともなるらしい為、推奨はしていないがアリとなっている。パンフレットを受け取ってチェックしつつ、基本的な確認を終わらせる。そしてここからが本番だ。


「―――そして闘技大会に関するお知らせです」


 受付嬢のその言葉と共に視線を後ろの二人組へと向けると、びく、っと動くのが見える。


「最近アイツ怖くなったよな……」


「父性よ、父性に目覚めたんだわ! 私もミリアちゃんみたいに甘やかしてよ」


「貴様の様なデカイ子は知らんなぁ……ねー」


「ねー」


 カルマにビンタを叩き込んで遊んでいたミリアティーナが真似する様に返事を返してくる。やはりこの集団一番の癒しはミリアティーナの存在に違いない。


「えーと……宜しいでしょうか? あ、はい。では話を続けますが、闘技大会はランクに関係なく参加する事が出来、そしてチームとして出場する事の出来るトーナメント戦です。このチームですが、一チーム五人まで、という制限を守る事ができればどんな人物であろうと、一人であろうと、全く関係ありません。道具は武器以外の使用は禁止、逃亡の禁止―――戦闘における禁止事項はそれのみ、最強を決めよう。そういう催しです」


 そこで受付嬢が苦笑する。


「現在帝国と王国は戦争に直面し、不景気ですからね、此方の方は。なので少しでも戦士や客を引き戻す為に開かれた舞台なのですが、これが予想以上に人を呼び込んでいるようでして。宿を取るなら早めにしたほうが良いと思われますよ」


「情報どうもです。では」


 受付嬢に感謝して離れると、馬鹿達と合流し、盛大に溜息を吐く。


「―――まぁ、確かに最強を決めようって謳い文句にゃあ引っかかるしかないよなぁ」


 諦めてそう言う此方に対して、輝かんばかりのドヤ顔を決める二人組が妙にムカついた。



                  ◆



 それから素早く宿を確保すると、半分スキップしているような状態のダイゴとリーザに連れられ、ランク決定の為の闘技場へと向かう。勿論、Eランクなんてランクから始めるのは面倒だし、成り上がる事に対してロマンは感じても、拘りはない。ファイトマネーの事も考えるとサクサクと上のランクからスタートしたい気持ちはある。そういう事で闘技場へと全員で向かう。ミリアティーナの面倒は何時も通り、サンドバッグとなっているカルマに任せる事として、サクサクと手続きを終えると、控室へと通されてしまった。


 カルマはちゃんとミリアティーナの面倒を見ているのだろうか? そんな事に若干不安を抱きつつも、リーザとダイゴはワクワクを隠さずにいた。この様子を見ていると、溜息を吐きたくなってくるが、逆に落ち着く。


「いやぁ、やっぱアレだよな。男として生まれたからには絶対に最強を目指さなきゃいけないからな。やっぱこれだよこれ!」


「お前女だろ」


「ここで世界に俺の強さをアピールする事が出来るのか……ひっく」


「お前もう飲むの止めろよぉ! 半分酔ってるじゃねえか! お前ら闘技場の話を聞いてから遠足前の幼稚園児みたいな状態じゃねぇか! いい加減正気に戻れよ!」


「ツッコミ乙」


「お前も敵かよ!」


 やっぱりパーティーメンバーにツッコミ要員を追加するのは必須だな、と確信していると、準備が完了した、と声がかかる。そう言われ控室から闘技場のリング内へと繋がる扉が開き、ダイゴとリーザが我先にと飛び出して行く。お前ら仲が良いなぁ、と呟きながら歩いてリングへと向かう。


 そうやって通路を抜けた先、広がっている土の大地、円形の観客席。小闘技場であり、尚且つランク決めの場ではあるが、まばらに観客が入っているのが見える。人々の視線を受けて戦う、というのは今までとは違う環境だ。ちょっとだけ違う感覚にむずがゆさを感じていると、声が響いてくるのが聞こえる。


『ランク検定を開始します。出てくるモンスターを討伐してください』


「っしゃあ!」


「こいやぁ!」


「完全に頭がイってやがるなあの二人」


「うん」


 リーザとダイゴがやる気満々なので一歩後ろへと下がり、戦闘は彼らに任せるとして、ニグレドと共に傍観に回る。そんな間に闘技場の反対側では扉が開かれ、二つの頭を持つ狼の様なモンスター―――一般的にはオルトロス、そう呼べるような存在が出現する。見た事のないモンスターにへぇ、と声を漏らしている内にダイゴとリーザが前へと全力で疾走していた。対するオルトロスは迎撃する様に二つの口から炎と氷のブレスを同時に吐きだす。


 それをダイゴが刀で切り払った。


 正確に言うなら刀の腹で”叩いた”という言葉が正しい。刀や剣という武器が斬る事を目的としているのは常識だが、水や炎の様な形のない存在は斬る事が出来ても、意味がない。故に剣士がそういう類の攻撃を受けた場合、行う事は簡単だ。斬るのではなく叩く。頑丈な武器で叩き、そして弾いてしまうのだ。そうすれば攻撃を回避する事が出来る。ただダイゴが使っている刀は耐久度の高いものではない。そんな雑な扱い方をすれば瞬く間に壊れる。


 それを一切恐れず、予想し、何十本とダイゴは刀を保有している。


 刀とは消耗品なのだ。伝説や名刀クラスではない限り、ダイゴは刀を消耗品として扱い続けるだろう。そしてそれは、おそらく正しい。


 なおダイゴがそうやってブレスを切り払ったほんの短い一瞬の内にリーザはオルトロスの正面へと接近し、拳の一振りで頭を両方同時に潰した。それにて戦闘終了。オルトロスの討伐完了。戦闘時間は十秒もなかった。追加のモンスターが出るとアナウンスが響くが、どうせあの二人が秒殺するのだから、横へと視線を向ける。


「そう言えばニグレドちゃんって殺人とかは特に平気なん?」


「問題なし。むしろ……急所は狙って……当たり前……躊躇しちゃ駄目。団長が……そう教えてくれて……ずっと訓練してたから……人相手だったら……無双できる」


「あぁ、ここにもまた王国流の犠牲者がいたよ……」


「でも合理的」


「確かに」


 そうなのだ。王国の戦い方は物凄く合理的なのだ。戦い方が洗練されているというか、習って、そして訓練を受けていない人間を見てわかる。何というか、やっぱり殺意に満ち溢れているという言葉が一番正しい。今の所の帝国兵と比べると、王国騎士の方が数倍殺意に溢れている。自分が倒れるなら絶対に道連れにする程度の事はするし。


「おーい! お前らー!」


「私達ばかり戦ってるって文句でてるぞー!」


「マジかぁ」


 そう返答すると、ダイゴとリーザが大きく跳び去る。それに合わせる様に再び開いた闘技場の扉から、今度は全身が鱗に覆われた、四足歩行、翼のない竜の様なモンスターが出現してきた。おそらく低位のドラゴン、ニュートドラゴンかリザードドラゴンとか、そんな感じのモンスターなのだろう、鑑定スキルがないためにそれを判断する事は出来ない。その代わり、自分と相手の間は大きく開いている事だけを理解する。


 なので右手を上げ、【創造者】と【魔人】と【高次詠唱術】で使い捨ての弾丸用光の精霊を生み出す。【魔人】と【高次詠唱術】で重力を操り、【魔人】と【創造者】を組み合わせる事で精霊に質量を与える。そうやって質量を保有する光弾を低位ドラゴンの頭上に出現させ、


「ジャッジメント」


 上から押しつぶした。頭上から高速で、質量を持った属性と物質の混合物が重力の操作によって威力を増しながら落下し、まず最初に胴体を貫いて切断し、次に前足を蹂躙し、後ろ脚を尻尾ごと押しつぶし、そしてそのまま数発の光弾が雨の様に叩きつけられ、たった一体の敵をミンチにするに至った。妙にスムーズに今の一連動作が行えた。というか精霊に質量を与える、というアイデアは今、考えもせずに行えた事だ。


「……【侵食汚染】か」


 見たら【侵食汚染:4】と、レベルが一つ上がっていた。純粋に剣に関わる事じゃなく、スキルの組み合わせや運用法に対しても効果が出るのだろうか? だとしたらかなり素敵な事ではないかと思う。やっぱりこれは良い拾いものだったかもしれない―――カルマの存在を覗けば。そんな事を思いつつ視線を正面へと向ければ、


 ニグレドが残像を残しながら扉から出現する同型のドラゴンの首を一撃で撥ね飛ばしていた。


『Cランクは余裕みたいですね』


 どうやら、まだテストは続くらしい。アナウンスを耳にしながら、また新たに追加されるモンスターへと視線を向け、やれやれと声を放つ。もう少々気合を入れるか、と。



                  ◆



 日はまだ高く上っており、人通りが多い。歩けば絶対に見られるであろう時間帯、それを一切気にする事無く歩く。その人物は全身を黒いフードで隠すというこれはどうしようもなく怪しい姿ではあったが、それでもそれを気にする人はいない。どの国、どの街であれ、そういう恰好をした人間はいる。一々疑ったり怪しんでいてはキリがないのだ。故にその人物が通り過ぎようとも、気にする人間は一切ない。その事で気を良くしているのか、黒ローブの人物は歩きながら鼻歌を歌っている。それはこの世界には存在しない、外の世界の歌、プレイヤーが聴けば一瞬で”あぁ、あのアーティストの”と言える程度には有名な歌だ。


 そうやって黒ローブの人物、プレイヤーは鼻歌を道路に軽く響かせつつも、コロセロスの通りを歩いていた。時折聞こえる爆発や歓声、悲鳴はこの街では腐るほど聞くものだ。このプレイヤーがこの街へと到着してから毎日のように聞いているだけに、騒がしくてもなれるのにはそう時間は必要としなかった。何時もの街並みと街の様子、それをプレイヤーは堪能しつつとある酒場の中へと入って行く。


 その酒場は昼間から繁盛していた。少なくともこの闘技都市、昼であろうと夜であろうと、常に闘技場は稼働している。その為、酒場はどこでも何時でも人と話題に溢れている。その分、トラブルも発生しやすいのが都市としての特徴だが、それを気にする人間はそこまでいない。何故なら得られる利益が膨大だからだ。多少の事であれば目を瞑る。そういう考えが多い故に。


 そんな中で入店したプレイヤーは酒場を見渡すと、目的の人物を見つけたのか、一直線に酒場の中を進み、そして酒場の中央外れにある、小さなテーブルで酒を飲んでいる人物に近寄る。ノースリーブのベストの様な服を直接着た、緑髪に赤いバンダナの男はその腰の剣から冒険者身分である事が伺える。酒場の熱狂の中で嫌に冷静な姿を見せているその人物は、プレイヤーを見かけると笑みを浮かべる。


「遅かったな」


「予想外に手間取ってな。すまないがそこの、エールを頼む」


「しかし選んだ場所が酒場とはな……」


「人のいない場所であれば確かに安心して話せるだろうが、こういう場所であれば逆に周りの喧噪に紛れて盗聴され難いからな。あまり周りの反応を気にせずに話せる。周りにいるのは酔っ払いばかりだから万が一聞かれても平気だしな」


「成程な」


 冒険者を納得させたプレイヤーはさて、と声を零す。


「……今回の闘技大会に皇帝が出てくるという話は本当なのか?」


 プレイヤーのその言葉に冒険者はあぁ、と肯定する様に頷く。エールを持ってくるウェイトレスが近づいたことで二人は一旦黙るが、ウェイトレスが去ったところで再び口を開ける。


「我らが皇帝陛下は何でも努力し、そして小さな幸福を忘れない人の心を愛しているだとか。全くふざけた男だよ。人を自由にすれば、人は堕落してしまう―――だから堕落できないように弾圧しよう。娯楽は用意する。それに溺れる様であれば殺す。誘惑を前に不屈の精神でそれを乗り越え、日々の生活にある小さな幸福を忘れないで欲しい」


「真に狂人の言葉だな。アレで本当に国民を全員愛しており、戦争を行う事で人々の救済へと繋がると信じているから危険だ」


「あぁ―――俺達レジスタンスがどうにかしなくてはならない」


 その言葉を吐き、二人は黙った。そう、二人はレジスタンスの一員だった。今、帝国で一番その未来を憂いている存在達。このまま皇帝の言いなりに国を動かせば、国は滅んでしまう。そう確信している者達だ。


「……闘技大会にレジスタンスから数チーム人間を送り込んだ。最近各地で冒険者のインフレが起きているだろう? アレに合わせて此方でも大量の人材を確保できたからな。おかげで此方の戦力もある程度潤ってきている。闘技大会の優勝者にはおそらく皇帝自身が接触して来るだろう。いや、あの男の性格を考えれば賞賛しないとは思えない。奴は努力を愛しているからな。努力し、勝ち残った人間を祝福しない理由はないだろう。だからそこがチャンスだ。ここで奴を暗殺する」


「とはいえ本当に出来るかどうかが怪しいけどな。帝国十三将の内数名が護衛として間違いなくやってくるだろう。それにそもそも勝ち残れるか、という疑問さえ存在している。ただそれでもこれはチャンスだ。空中城から奴を引きずりだすのは現状、ほぼ不可能だからな」


「あぁ、それには間違いない」


 二人はそう話し合い、そして納得した所でエール等の飲み物に手を付け始める。と言っても二人はここで酔う程飲むつもりも、腹を満たすつもりもない。ただ話を円滑に進める為に飲んでいるに過ぎない。そうやって酒に口をつけて、言いにくい言葉が滑り出しやすいように準備を完了させる。


「―――で、本当に皇帝は殺せるのか?」


「生物として死が存在するかどうかで言えば間違いなく死ねる。そういう生物だ。種族で言えば純人種だからな。だが腐っても皇族、帝国最強の血統、帝国最強の存在だ。あの十三将でさえ皇帝と一対一で戦うなら虐殺されるだけだと言われている……その意味は解っているだろう?」


「……フリズ殿の件か」


 そう言って冒険者の口に浮かび上がるのは皇帝に直接会う事が出来、そして帝国の将来を憂い、嘆願した男の存在だった。帝国の保有する最大戦力の一人だった男。部下には慕われ、その剣技は伝説の”剣聖”の領域にまで到達すると言われたほどの武人だった。横道が出来ない不器用な男であり、そしてだからこそレジスタンスのやり方を良しとせず、一人で正面から皇帝にぶつかるという方法を取った男だった。


 だがフリズは死んだ。


「まさか敗れるとは思いもしなかったな」


 皇帝は言った、何かをするのであれば相応の覚悟が必要であると。故に討たれる覚悟は常に存在する。そういう存在であるからこそ上に立つ意味があるのだと。故に皇帝は勝てたら了承する。そう宣言し、フリズと衆目の前で戦った。


「三手―――たったの三手でフリズ殿が死んだ。正直インフレもいい加減にしろよ、と言いたい所だったが、噂によれば王国の国王もそれぐらいの実力があるとかなんとか」


「生物としての限界を突破している連中だな。さて、”プレイヤー”の皆はどうやらその領域に到達できる潜在的能力があるらしいが、それだけの根気と狂気を併せ持つ存在が出てくるかどうかという所だな。狂気なくしては力は得られない。何とも因果なものだ」


「まぁ、俺も皇帝が奇襲程度で殺せるとは思っていない。第一直接接近して殺すのは悪手だ。暗殺の手段ももっと効率的に、そしてスマートにやらなくてはならん」


「ほう、つまりは?」


 冒険者の言葉に応える様に、プレイヤーが懐から取り出したのは一つの魔石だった。そこには様々な文字が刻印されており、熱が内包されている様に見える。


「様々なスキルを組み合わせて生み出す事が出来た爆弾だが、これ一つで半径十メートル程度だったら簡単に吹き飛ばせる。ゴーレムの上半身さえ跡形もなく吹き飛ばせる破壊力だ。発動は魔力、爆破は即時、発動するまでは検査に引っかからない」


「なんだ、自爆テロでもやる気か? 闘技大会ではアイテムの使用が禁止されているから持ち込む事は不可能だぞ」


「あぁ、それは解っている。だからそう使うんじゃない。そもそも自爆テロをしたところでかの皇帝陛下の事だ、おそらく無手であっても爆破前に察知し、カウンターを叩き込んで投げ飛ばすぐらいの事はしてくれるだろう。だとしたら皇帝本人を狙う事は無意味だ。俺達程度の実力の者が百人集まろうとも、おそらく皆殺しに出来る様な実力の相手にどう戦えばいいか―――」


 そこで一旦言葉を区切ったプレイヤーは、テーブルの上に転がっているクルミの殻を握り、それを潰した。


「街諸共消し飛ばせばいい」


「帝国初期の大失敗を繰り返すという事か。面白い。空中城相手だったら不可能だが、コロセロスに来るというのであれば巻き込んで殺せるな。となると今よりも火力を上げる必要があるな」


「それに関しては任せろ。西に目が向いている間に鉱山を襲撃して占領した。こいつの原料となる元は抑えた。後は合成と錬金術を繰り返して特大のを作り、こいつを召喚できるように召喚師を育てるだけだ。皇帝が街にいる間に召喚師たちに一斉に召喚させ、街諸共消し去る」


「スマートではない。だが悪くはない―――やるか」


 そうやって、密かに、熱狂と共に、


 それこそ聞けば間違いなく皇帝が喜ぶようなシナリオが組み上げられつつあった。

 レジスタンス始動。フラグやら伏線をそこらへんにハンマーでたたき込んでいますな。


 皇帝の実力はアレよ。王族はどこも一緒だって思えばいいよ。

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