二十六匹目
「―――やがて夜は明け陽が昇るゥ、歌えよ大空にィ! 地の底であろうと高らかにィ! 畏み、畏みィ申ォォォすッ! 天照大御神ィィ!!」
相手が戦闘態勢を整えるのと同時に拳を下へと向けて振り落す。それによって空から、大地とすべての障害を透過し、光と炎が弾丸となって襲い掛かり、堕天使を一瞬で閃光と炎に包み込む。先制攻撃を決めたところで一瞬の油断もできない。それは確かだった。何故なら、
彼女は目の前にいたから、
「すまん幻狐」
「コ―――」
自分と幻狐の立ち位置を幻狐に交換させ、振るわれる二刀のデスサイス、それが首と胴体をあっさりと切り裂いて五尾・幻狐を葬り去る。そこでダイゴとリーザが挟み込むように攻撃を繰り出す。素早く、そして隙を潰した動作は一瞬で完了するように思え、
デスサイスの柄が刀の手に、そして肘の内側に押さえつけられる。それは完全に刀を振るう動作、そして拳を振るうという動作を見切った結果、初動を封じる事で動きその物を無力化するという動きだ。だが相手が格上である事は理解している。その為に相手に二手消耗させた。攻撃、迎撃、これで回避と防御をさせないように追い込んだ。
「―――」
ニグレドが背後に出現する。その一撃必殺のナイフが音速の軌跡描きながら首筋へと吸い込まれて行き、
翼によって弾かれた。
ガリ、と奥歯を砕きそうなほど強く噛みしめながら叫ぶ。
「青―――竜ゥ―――!」
体を飛ばしながら召喚した青竜が大部屋の空中に出現する。丁度その首の根元あたりに着地するのと同時に、ダイゴ、リーザ、そしてニグレドが同時に吹き飛ばされる。それによって堕天使の周辺が攻撃可能な場所となる。青竜の全身が脈動する様に風を纏いながら大気を吠えさせる。青竜こそが大気。そういう法則がこの狭い世界では限定的に生み出されており、
大気が堕天使に対して反逆する。
真空の刃と衝撃波がまじりあいながら頭上から風塊が圧殺する為に降り注ぐ。連続で放たれる数百の暴風弾。通常であればミンチ以前に血痕さえも消し飛ばしてしまい、風化させてしまう超暴威。それを堕天使は翼で叩き潰しながら、両手のデスサイスを踊る様に回し、風を絡めとっていた。追撃する為に手を上げた瞬間目が此方へと向けられるのを認識する。
―――脅威として認識された。
瞬間、青竜から飛び降りながら印を組む。それと同時に青竜の上に堕天使が出現していた。召喚した主以外を良しとしない召喚獣の気質が堕天使を殺しにかかる。空中で青竜と堕天使が切り結ぶ。鱗そのものが刃として通り過ぎる空間を風と共に切り刻む。それを堕天使は乗りこなし、躱しながら斬線を青竜の体へと刻んで行く。まだ青竜は落ちない。ならば、
「朱雀ゥ! 白虎ォ! 玄武ゥ―――」
瞬間的に四聖獣を揃え、そしてその全てをリンクさせる。
「四聖、死生ィ昇華ァ―――!!」
着地しながら四聖獣の内包するエネルギーを全て攻撃へと転用し、それを堕天使へと叩きつける。流石にそれは無力化しきれなかったのか、爆撃と衝撃波を受けたその体が部屋の端まで吹き飛び、叩きつけられる。
その姿にリーザが追いついていた。
「オォォォ―――」
蹴り上げた。蹴り上げた体が天井へと到達する前に蹴り下げ、先に着地してそのまま横へと殴り飛ばし、吹き飛ぶ前に掴んで更に殴り飛ばし、反対側へと回り込んで蹴り飛ばしつつ掴み、地面に叩きつけては殴りあげ、ジャンプして掴んで壁に叩きつけ、回転しながら体を地面へと叩きつけて踏み潰しながら蹴り上げて殴り飛ばす。全ての拳、蹴り、投げ、ありとあらゆる動作が疑われる事無く全力でこなされている。百パーセントを超える百二十パーセントの威力のみを追求し、それで連続攻撃を行動させる事もなく続けていた。そうやってリーザは殴り飛ばしたが、
「っ……!」
逆にリーザの拳が出血していた。
―――硬い、純粋に硬い。生物として、そして存在として上位に立っている。このゲーム―――この世界に防御力なんて数値は存在しない、あるのは存在としての硬度だ。故に修練を重ね、自分の拳が痛まないようにグローブを装着しつつ殴る事が出来るリーザの拳が破けている。それは純粋に、技術やそう言う領域ではどうにもならない生物としての上位性を持っているという事にしかならない。素早く印を結び、呼吸を整えながら叫ぶ。
「大物を呼ぶ! 稼げ!」
「任せろォ―――!」
「守る」
殴り飛ばされている堕天使が空中で回転し翼を広げ、体勢を整え直す。瞬間的にダイゴとニグレドが接近する。一人をデスサイス一本でいなしながら、翼を刃の様に合間に入れる事でカウンターを成立させ、ダイゴとニグレドに少しずつだが、ダメージを通している。
おそらく普通の状態、コルネの演奏がない状態で叩き続けていれば、この時点で潰されていた。だがコルネの演奏による筋力と速度の上昇、それがギリギリのところで戦闘を続行させる事を可能にしていた。それでも手数が、そして生物としてのスペックが、堕天使の方が圧倒している。攻撃を避け、流し、そしてカウンターを決めながら舞っている。それは空中に浮かぶ彼女にこそ出来る戦闘方法。空中でノンストップで動き続ける事で、
加速を溜める。
そして瞬間的に速度を放出し、ダイゴとニグレドを同時に斬った。音が支援から癒しへと切り替わるその瞬間、髪ひもが切れ、ポニーテールから髪が広がったリーゼが力を纏いながら接近した。加速を瞬間的に見切り、堕天使の姿を捉える。拳が超加速を得て堕天使の顔面に叩きつけられ、その姿が吹き飛び、
「―――」
ニグレドが追撃する。複数の残像がそのまま刃となって襲い掛かり、吹き飛ぶ飛距離を伸ばし、反撃の隙を与えない―――とはいえ、ニグレドの強さはその殺傷力の高さにある。生物としてのスペックが違う相手に、攻撃が通じない相手であると途端に弱くなるのもまたニグレドの特色。妨害に終始徹しようと限界は来る。堕天使の翼が一瞬の隙を生み出し、ニグレドを吹き飛ばす。
「る、ァ、あッ!」
傷の深い体で無理やり体を動かすダイゴがすれ違いざまに居合を叩き込む。音を立てながら刀が折れる。しかし重傷ではない。戦闘がまだまだ余裕で続行可能な領域で、空中で体勢を整え直す。武器自体は未だ無傷であり、此方の方がダメージレースで圧倒的に負けている。
故に出し惜しみはない。
「時間稼ぎ、完了―――」
祝詞は紡がれた。
「―――汝神話に謳われし理想の王! されど生まれは神の玩具、化身! 立ち上がれ! 振るい立て! 王道はそこにある! 来い、化身―――ラーマァ!」
「ハッ―――」
炎と閃光と共に虚空から褐色の王が出現する。神話において王としての理想とも呼ばれたが、その生まれは神々の問題を解決する為に生み出された化身でしかない。それでもその生を生き抜いた、とある神話に存在する最強の”魔王殺し”の英雄。
「生と死を導く者よ! 汝は美しい……! 来たれ”死高”のヴァルキュリヤァァ―――!」
吠える様に、大きく背を逸らす様に魔力を完全に使い切り、二つ目の召喚を完了する。黄金の魔法陣から出現するのは黄金の乙女だった。白い戦装束に黄金の鎧、黄金の剣、黄金の髪に黄金の槍。その戦女神を語るのであれば黄金という色に尽きる。それは至高を示すものであり、そして彼女隔絶された身分を証明するものでもある。
「フ、フハ、ハァーハッハッハァ! ヴァルキュリヤ・シュヴェルトライテ参上! ついに私を呼ぶか少年! いや、英霊の器よ! 未だその魂は未熟故にヴァルハラへは持って行けぬ―――ここで死なれてもらっては詰まらんのだよ! さぁ、我を楽しませてみろ敵よ!」
「これだから品のない神々には困ったものだ。……だがそうだな、呼ばれてしまったからにはしょうがない。その魂と咆哮に免じて王として! 民を守ろうではないか! は、はははは、ハァーッハッハハ―――!!」
黄金と褐色、二種類の暴威が参上していた。
魔力を全て注ぎこむだけではなく、詠唱、媒体、そして召喚という行動さえも一時的に封印する事を代償に召喚する事に成功した超大物。物凄い疲労が体に押しかかるが―――完全に上位の存在を呼び寄せた事として、二つの存在は完全に制御の範囲外にある。呼びはしたが、コントロールは出来ない。故に倒れる事は出来ない、無様を見せればその瞬間に興ざめだと帰るであろうから。
「解っているではないか―――ほら、行くぞ?」
堕天使が立つ。その眼には明らかな敵意と殺意が宿る。今迄は攻撃され、侵入されていたから防衛行動に入っていた―――これからは殺意を乗せた排除行為に入る。それを構えるだけで堕天使は意識し、そしてデスサイスが風を割断しながら唸る。
「―――グングニル」
至宝による一撃が放たれた。黄金の残像を乗せて放たれた投擲は理解の出来ない衝撃と閃光を巻き起こしながら、当たったという結果を発生の前に刻んでいた。それに割り込む様に堕天使は回避動作、そして防御、迎撃を同時に行っている。デスサイスが槍に触れないようにその周囲の空間を切り裂き、そして当たるというコースを細分化し、破壊しに向かっている。それをシュヴェルトライテは嬉しそうに笑い、
「―――サルンガ」
太陽弓から熱量が放たれる。グングニルの迎撃行動に邪魔が入り、グングニルの切っ先が体に届く。その衝撃に部屋の反対側へと堕天使が吹き飛び、そしてそこに追撃が入る。
「その程度で終わりだと思うなよ―――魔王殺しの一撃」
軽い言葉と共に追撃の奥義が放たれた。太陽弓の持つ熱量に古代インドの奥義が組み合わさり、伝説の不死の魔王さえも一瞬で蒸発させ、滅殺させた破壊が発生される。その破壊力は到底人間の生み出せるものではなく、おそらくはそう出来てもいないのに、余波だけで射線上の床と天井を溶解して行く。それを追撃として喰らった堕天使の姿が炎と閃光の中に消えて行く中、
「ふむ……炎と光には強いようだな」
「あぁ、些か我らでは相性が悪いな」
堕天使がボロボロの体を魔王殺しの一撃の中から引きはがす様に出現させる。肌は焦げており、一部では炭にさえなっている。服装は不自然に残されているのはそれがおそらく、凶悪な防具であるからだろう。魔力を使い果たしたのに、まだ体力を二人に奪われて行く気がする。
「チ、限界が近いか」
「次までにはもっと鍛えておけ」
そう言った瞬間、二つの姿が完全に視界から消失した。同時に堕天使の姿も霞み―――シュヴェルトライテに捉えられる。翼でカウンターを繰り出そうとする上から剣とグングニルを叩き込み、逃れようとするその体に接近したラーマの体術が叩き込まれる。両側から武装と体術で挟み込むその姿は完全に一方的な暴力となりつつあった。このまま続ければ押し通せる。そう思うが、
ラーマとシュヴェルトライテの姿が薄れる。
「敗北は認めんぞ」
「然り、我らを呼び出したのであれば勝利せよ」
堕天使の姿をグングニル、そして貫手が貫通した所で二人の姿が消える。同時に体にかかっていた負荷が一気に消え、体が倒れそうになる―――のを堪える。視線を堕天使へと向ければ、血反吐を吐きながら穴の開いた体を引きずり、立ち上がっていた。服が破れた個所から見える体の穴は、徐々に塞がりつつあった。
―――そこに閉じるのを防ぐように、ナイフが数本突き刺さった。
「負、けッ、か、よォ―――!!」
ダイゴが新たな刀を握り、接近していた。その背後では複数のナイフを手に持ったニグレドがその投擲の準備へと入っていた。そう、まだ負けていない、倒れていない。誰も死んでいない。ならまだ戦い続けられる。
物凄い空気だけどコルネだって演奏でずっと頑張っているのだ、自分達だけ先に諦める訳にはいかない。もはや魔力はなく、武器さえ生み出す事が出来ない。故に拳を握り、突っ込んだダイゴとリーザに合流する様に堕天使へと殴りかかる。堕天使もその体は血にまみれており、動きは明らかに精彩を欠いている―――大体互角の領域へと落ちてきている。
「オ、ぉ、ォォォオオオ―――!」
走って踏み込み、拳を全力で堕天使の顔面へと叩きつける。殴り方が悪かったのか、左手首がおかしな方向へと曲がる。それを知覚しつつ拳を殴り抜く。その間にダイゴが、そしてリーザが数撃繰り出している。
そう、近接という領域で自分は圧倒的に彼らに劣る。だけど、それでも止まるわけにはいかない。
ナイフが突き刺さっている個所に刀が突き刺さる。リーザの拳が傷口を広げる様に抉る。そうやって既に出来ている傷口を広げる様に、場所を入れ替えながら戦う。それを理解する堕天使が浮かび上がって逃げようとする。
「―――逃げたな」
その瞬間、心にできた弱音、空白、そう言えるものにずるり、とダイゴは踏み込みながら入り込んだ。そのまま脱力をしている様に刀を構え、
体に斬撃を生んだ。それを押し広げる様にナイフが投擲され、突き刺さり、そして拳でそれを殴った。
「――――――」
絶叫の声が響く。同時に魔力の爆発を感じ、体が一瞬強張る。
「バカ!」
「しま―――」
その隙を逃す程容易い相手でもない。
次の瞬間に感じたのは痛みだった。堕天使の両手からは何時の間にかデスサイスがこぼれている。その代わりに真っ赤に染まった両手で拳を作り、それを此方の腹に叩き込んでいた。良かった、腹で、と痛みを理解し、浮かび上がる体を感じ取りながら思う。これが胸だったら即死していた。そう思いつつ視線を向ける先、堕天使の腕をリーザが上から殴って軌道を下へ、腹へとそらしている。そのおかげで即死は回避できたのだ。
この刹那にそれが出来る王族マジパネェ、
そう思った瞬間、全身を激痛が貫きながら体が吹き飛んだ。
「ぐっ、がっ、がぁぁぁァ―――!」
それでも気絶しないのは、騎士団での訓練があったからに違いない。あそこでの戦闘訓練、どんな状況でも反射的に行動し続ける事を叩き込んだあの時があったからこそ、気絶せずに、自分が吹き飛ばされたと意識できる。背中に痛みを感じ、それが壁へと叩きつけられた結果だと悟る。口から溢れ出す血を吐き出し、そして痛みを無視して体を持ち上げる。
「まだ、まだァ―――」
【明鏡止水】の効果でギリギリ何かに使えそうな魔力が回復してきている。とはいえ、召喚系自体はラーマとシュヴェルトライテの召喚の代償として発動できない。故にそれ以外の方法を見つけなくてはならないが、正直自分の最大火力は召喚系の攻撃にある。それを抜くとなると戦闘力が大幅に落ちる事は認めなくてはならない。
ならどうするべき―――。
そう思い、血で滲む景色を捉える。
目の前には祭壇があった。
そこに安置されているのは一本の剣だった。スマートな両刃の片手剣。大きさは少々ある。少なくともロングソードと言われる分類程度には。全体的に刃を含めて、全てが白い、そんな剣。丁度武器が必要だったので、
迷わず祭壇の台座から抜いた。同時に魔力を身体能力の補強に使う。【血戦血闘】が体を強化する事を信じ、まだまともに動く右手で片手剣を握り、そして前へと踏み出す。
ロックオンされる様に堕天使の視線が真っ直ぐ此方へと向けられた。
「行、くぞぉ!」
叫びながら堕天使へと向かって行く。既に限界を超えて体を動かしているダイゴも、リーザも、ニグレドもいつ倒れてもおかしくはない。無論自分も―――そして堕天使も。それだけここにいる者は全員限界に突入し、超えている。それでも戦闘を闘志に任せて続行していた。言葉の代わりに獣の様な咆哮を喉から吐きだしながら堕天使へと向かって一気に接近する。剣の使い方は覚えている、理解している。
良く―――良く、理解している。
まるで頭の中に映像が流し込まれる様に理解している。
振るわれる拳に対して反射的に膝を混ぜながら拳を掻い潜り、左肩の上へと刃で拳を滑らせるように移動しつつ、それを一気に速度を入れて刃を逆に返す。横一線に振るわれた斬撃が堕天使の正面に横一文字の傷痕を生み出す。堕天使を相手に、血と斬撃が刻まれる。
それが堕天使の動きを一瞬だけ止める要因となる。
「終わりにしようぜ」
「ナイスファイト」
「私達の勝ち」
「残念だったな」
思い思いの言葉を吐き、打撃と斬撃と刺突、三種四つの攻撃が同時に叩き込まれる。そうやって決めの一撃を受けた堕天使は大きく翼を広げる。それはまるでショックを体から逃がそうとするような姿であり、しかし、その動きはその状態で完全に停止する。
ゆっくり、ゆっくりとその暴威が床に倒れて行く。そうやって堕天使が床に倒れた瞬間、手から武器が零れ落ち、自分も床に倒れる。後を追う様に他にも三つ、どさ、と音を立てながら倒れる音が響く。考える必要もなく、他の三人だろう。完全に無傷なのはコルネぐらいだろうか。そう思うとコルネが羨ましい。この激戦でノーダメージ―――とか考えてみるが、よく考えれば誤射や流れ弾で即死する可能性が一番高いのがコルネだったような気もする。特に超人大決戦時はあの二人、あまりそういう所に気配りしていなかったような気もする。
まぁ、終わったのだ。このまま目を閉じて休もう。それぐらいは許されるだろう。そう思って目を閉じようとして、
「まだ動いているよぉぉぉ!?」
「がぁぁぁ―――!!」
叫びながら倒れる体を持ち上げる。精神力で肉体を凌駕する。コルネの言葉に血で曇る目で視線を堕天使へと向ける。その姿は床に倒れたが、確かにまだ動いている。足掻く様に、床を爪で掻きながら武器を求める様に手を伸ばしている。まだ死んではいない。その事に安心はできない。何時の間にか手に握っていた祭壇の剣を握りしめ、それを持ち上げようとするが、そこまで腕に力が入らず、足が滑る。
そのまま堕天使の上へと、押しつぶす様に倒れ込む。
「―――」
俯けに足掻く堕天使の背中に倒れ、それで一気にその肺から空気を吐きださせたらしく、小さく足掻く様に手を動かし、そして動きを止めた。はぁ、はぁ、とその背の上で荒く息を吐きながら、視線を堕天使の方へと向け、そして動いていない事を確認する。殺せるなら殺したい所だが、少なくともその力はもう、誰にも残されていなかった。喋る事でさえ億劫だった。腕を前へとだらりと伸ばし、そして握っている剣へと視線を向ける。
土壇場で、自分には存在しない様な技量で斬撃を繰り出す事が出来た。騎士団では確かに武器の使い方を習ったが、堕天使の体を切り避ける様な綺麗な斬撃の通し方なんて自分は知らない筈だ。だけど今、自分の頭にはその完璧なやり方が存在し、やろうとすれば直ぐに実践できるだろうと確信している。間違いなく、この剣の効果なのだろう。
「大丈夫かなー……?」
「大丈夫じゃない。他の皆はー……」
「死んでるー」
「辛うじて」
「ヤッベ、ここまでボッロボロなのも久しぶりすぎて色々と楽しくなってきた」
一人だけ別ベクトルにヤバイ方向を突き進んでいるが、流石王国の王族としか言いようがなかった。もう完全に修羅道の末期だろう、リーザは、と結論付けておく。それよりも今は重要な事がある。トドメだ、堕天使が復活する前にゆっくりでもいいから、とどめを刺す必要がある。
「ここにトドメを刺すだけの気力のある方はいませんかー」
「はい! はーい! 私元気! 超元気! トドメ頂戴!」
「お静かに。リーザさんは両手足折れてるから駄目です。いや、容赦なくぽっくりやってるみたいなんで」
コルネの言葉に静かに戦慄する。この女両手足折れている状態で戦っていたのか、と。視線を軽く持ち上げ、ダイゴへと向ける。ダイゴは首を横に振って無理だと示す。ニグレドへと視線を向ければ、ニグレドも完全に目が死んでいる。質問する必要すらない。だから溜息を吐きながら剣を手放し、腕を堕天使の首に回す。そのまま窒息、或いは首の骨を折る為に力を入れようとした瞬間、
「あ、それしない方がいいわよ。たぶん後悔するわよー」
「ハ?」
声は頭上からした。だがそれを確認する前に、自分の体の下にいる堕天使の姿に変化が現れ始める。
成人女性の体は段々と縮んで行く。雄々しい翼も、足も手も胸も、全てが退行するかのように若返り、服装もそれに合わせて変化して行く。息を吐きながら体を横へずらせば、堕天使の姿が段々と幼い少女、それもニグレドよりもさらに若い者の姿へと変化して行くのが見える。最終的に七、八歳程の年齢の大きさで止まると、変化する前と一切変わらぬように気絶し続けている。その変化に思わずマジかよ、と声を零す。
「ね? その子は結局ここに縛り付けられているだけだから、殺しちゃうと後悔するよ。まぁ、殺されかけたから殺し返すのは当然の帰結なんだろうけどね。お姉さん的にはちょっとそういう殺伐したのは悲しすぎると思うのよね」
見たくない。
上へと視線を向ければ、間違いなく誰かいるのだろう。だけどもう疲れきっていて、サプライズとかいらないのだ。だから両手で耳を抑え、その場でまるまる。
「いや、現実逃避しないでよ。ちゃんと直視しようよ。まともに戦っていない僕が言うのは少しおかしいかもしれないけど」
支援要員としてちゃんとお前は働いたからそれでいいのだ。おかげで勝てたのだから。ともあれ、現状を認識しない限りは何も始まらない。そう思い、転がるように視線を持ち上げる。ずっと流れている癒しの竪琴が少しずつ体力と傷をいやしてくれるおかげで、それぐらいは出来る様になった。
そうやって確認する先に存在するのは半透明な女だった。
長い白髪の髪はまるで堕天使の子を想像させるが、こっちの女の恰好が戦装束からかけ離れた、普通のブラウスにスカートだった。しいて言えば大きい手袋を装着していることが印象的な、綺麗な女性だった。半透明であるという事はゴーストか、精霊か、あるいはそういう感じの存在なのだろうが、戦闘前にはいなかった存在だと考えると滅茶苦茶嫌な予感しかしない。
そんな事を考えている間に、リーザが立ち上がった。既に立ち上がれるほどに体力が、そして肉体が回復しているのはさすがの一言に尽きる。でも両手両足の骨が折れているからいい加減休んでいてほしい。見ている方が痛い。というか現在進行形で全身が痛い。キレスの時でもここまでひどいダメージは受けてなかった。それだけの激戦だったという事だ。
ともあれ、無視は出来ない。
「んで、お姉さんはどういう存在かな」
「お姉さんはアレよ、人に幸せを届ける妖精さんみたいな存在よ!! ―――いや、冗談だから。ちょっとお姉さんのお茶目だから許してね? まぁ、真面目に言うと、私はそれよ」
そう言って半透明の女は直ぐ横に置いてある真っ白な剣を指差す。それは戦闘中に祭壇の台座から引き抜いた片手剣だ。
「魔剣カルマ=ヴァイン。貴方が台座から抜いてくれたおかげで漸くこうやって目を覚ます事が出来たわ。いやぁ、寝ている間って本当に暇なのよね。感謝するわ感謝。本当にもう暇だったのよー」
ふぅ、と息を吐きながら体に力を入れ、魔剣カルマ=ヴァインを持ち上げる。何をやろうとしているのかを、ダイゴは察したらしい。近づくと手を肩に回してくれる。そのまま一緒に無言で祭壇の方へと向かい、台座の前へと到達し、
「圧倒的クーリングオフで」
「ぶっちゃけ魔剣とかのリスクの高い武器はちょっと……」
「ちょ、止めて! ストップ! ストップ! そっちはダメ! ……あーあ」
ストップが入るが問答無用で台座の穴にはめる。が、逆に魔剣が穴から射出されて天井に突き刺さる羽目になる。なんだこの無駄ギミック極悪ボス戦の後になんでこんなのが用意されているんだ、と思っていると、
何時の間にか、魔剣を握っていた。天井へと視線を向ければ、そこには天井に突き刺さっていた魔剣の姿はない。今、それは自分の片手に握られている。
「おめでとうございます、実は抜いた時に貴方は呪われましたー、ぱちぱちぱち」
そう言って楽しそうにカルマ=ヴァインの人格らしき存在は少しだけ浮かび上がった状態で足を組んで座っており、楽しそうに手を叩いて拍手していた。マジかよ、と呟くと、ダイゴが此方へと視線を向け、
「うぉっ、ばっちぃ」
捨てられた。
「ダイゴ貴様ぁ―――!」
「呪われた人と一緒にいて友人とかって言われるとその……恥ずかしいから」
「てめぇ―――!」
呪われたとか言われた瞬間離れて行く友人の姿を見て確信した。アイツ、絶対に殺さないと駄目だ。何時か絶対に本気で殺してやる、と心の中で復讐を誓う。最近、この馬鹿は確実に調子に乗っている。だからその天狗の鼻をへし折らなくてはならないのだ―――その命で。
とりあえずの現実逃避を終わらせる。
「んじゃ―――」
そう言葉を置いた瞬間、大部屋の扉が勢いよく開けられる。どたばたと足音と共に大量の人影が侵入して来る。それは間違いなく敵の援軍ではなく、味方の姿だった。
「助けに来たぞ!!」
「援軍の登場だぁ―――!!」
「良く持ちこたえた! 助けるぞ!!」
「仲間を守ってみせるぞ」
雪崩込んでくるキャラバンの護衛仲間達から視線を外す。ケンロー達から支援や声が何もないと思っていたらキャラバンの方へ援軍を呼びに行っていたのだろう。まぁ、元々は相談していたことなので文句はない。文句はないけど流石に遅い。もう既に終わってラウンド2が始まりそうな状況だってのに。
「どうしようこの状況……」
頑張って死なずに済んだのに、なんでこんな微妙な空気が流れる羽目になってるんだろうか。
ラーマ王とオーディンの娘シュヴェルトライテ登場。どっちも神話では最上位に位置する存在だね。つおい。
懐古厨なのでものすっごい古いゲームを遊びなおしてキャラの性能やデザの参考にしてたりする。と言ってもいい感じ無印PS時代辺りなんだけど。あのころはシナリオが容赦なかったりですごい面白かったなぁ、と。
インドにディスクだけでも持ってくればPCで遊べたのに……激しく後悔。




