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Endless Sphere Online  作者: てんぞー
一章 王都編
23/64

二十三話 西へ、西へ

「ハッ、ハッ、ハッ―――」


 荒く息を吐きながら気持ちの良い風が顔を撫でて抜けて行く。顔に感じる風は走る体の動きに速度が出ているからだ。そうやって動かしているのは自分の体であり―――仮想ではなく現実のそれ。青いジャージ姿で公園のコースを朝から走っている。決められたコースを決められた距離だけ、決められた時間に。Endless Sphere Onlineを始める様になって己に与えた軽い運動。夏休みの間、ログインし続ければやがて体が衰えてしまう為、それを解消する為の運動。最初は運動不足解消のために始めた。


 しかしゲーム内で体を動かすのが増えるにつれ、リアルで体を動かす量も増えてきたー単純に鍛錬に慣れてきたようなものなのかもしれない。上がったステータスもスキルも現実に持ち出す事は出来ない。だがタイミングや技術、経験といったものは継承される。それは現実へ持ち出せるものだ。そういうのが目的で軍人にVR空間が用意されたのだから。


 だからこうやって走っている間にも、色々と反射的に行われるものがある。体力配分とか、効率的な体の動かし方、体内の”波”の押さえ方、タイミング、呼吸、意識、仮想現実の世界で、騎士団から学んだマラソンの技術は、経験は現実世界でもしっかりと体を動かすのに活用されていた。おかげで日々の運動がかなり楽になってきている。いや、楽ではなく慣れたのだろう。


 そうやって朝の一時間をマラソンに消費し、部屋に戻ったらシャワーを浴び、朝食を軽く作る。ログインしている時間は結構長い。だから意外と腹に溜まる物を作って食べ、最後のメール等を確かめれば、大体2時間ぐらい起きてから時間が過ぎる。そうなると漸くログインするまでの準備の様な、儀式の様なルーティーンが完了する。


 まだ夏休みが始まって一月目は終わっていない。


 全てが終わったところで頭に何時ものギアを装着し、ベッドに寝っ転がり、


 そして電脳の仮想世界へとダイブする。



                  ◆



 ログインして真っ先にするのはステータスの確認だった。


 名前:フォウル

 ステータス

  筋力:56

  体力:58

  敏捷:52

  器用:48

  魔力:58

  幸運:26


 装備スキル

  【魔人:8】【錬金術:50】【瞑想:50】【索敵:50】【鑑定:50】

  【血戦血闘:9】【召喚師の心得:50】【魔力強化:30】【詠唱術:30】


 SP:25


 今の自分の居場所は中層の宿屋だ。ニグレドと二人で借りていた部屋、そこにいる。昨夜は夜遅くまでリーザを相手にひたすら模擬戦と、そしてスキルトレーニングを集中的に繰り返していた。おかげで【魔人】と【血戦血闘】のレベルも上がった―――しかし【魔力強化】や【詠唱術】達下位スキルと比べると成長率がすさまじく低い。一日に頑張ってレベルが1~2程度しか上昇しないのが非常に恐ろしい。それと比べると下位スキルのなんてレベルの上げやすい事だろうか。ともあれ、昨夜はスキルを幾つか50にしたが、迷ったまま眠ってしまった。団長も下位スキルを早めに上位に入れ替えておいた方が良いと言っていた、WIKIを確認して予習もしておいた。ここは下位スキルを成長させる事で得たSPを消費しよう。


 名前:フォウル

 ステータス

  筋力:56

  体力:58

  敏捷:52

  器用:48

  魔力:58

  幸運:26


 装備スキル

  【魔人:8】【創造者:1】【明鏡止水:1】【支配者:1】

  【血戦血闘:9】【魔力強化:30】【詠唱術:30】


 SP:0


 ゼロの数字が眩しい。【錬金術】と【鑑定】が【創造者】へ、【瞑想】と【索敵】が【明鏡止水】へ、そして【召喚師の心得】が色々と派生が多かったが、【支配者】という生物型の召喚獣への影響力を強める派生上位スキルを選ぶ。【創造者】が10、【明鏡止水】が10、そして【支配者】が5で済んだ。どうやらスキルを習得する時、消費するスキルの数が多くなれば消費するSPも増えるらしい。【支配者】の様な派生系はSPが若干お得っぽい。


 そしてスキルの詳細だが、【創造者】は【錬金術】をベースとしたスキルらしく、物質を生み出したりする事に長けているスキルだ。今迄軍刀とか若干構造の甘いものを作成していたが、魔導銃ぐらいであれば耐久度は低くとも、作成できるようになった。【明鏡止水】は【索敵】よりも【瞑想】の方が影響力の大きいスキルであり、魔力の回復能力が大幅に上がっているスキルだ。今迄は立ち止まらなくては発動しなかった【瞑想】スキルだが、これからは移動中、つまりは戦闘中でも問題ない。それに敵に対する索敵能力は消えても、発動された魔法等に対する探知能力が増えた。


 【支配者】スキルで生物型、つまりは幻狐や鬼、天狗、ヴァルキリーやもし出現する事があれば神々の類、そういう生物的な存在をもっと長く召喚させたり、力を引き出せるようになった。その代わりに前、組み合わせで利用していた精霊の召喚などは少し、使いにくくなった。ついでに普通の魔術もコストがやや重くなっている。それでも今の戦闘、召喚術のベースが生物型召喚獣の使役にある事を考えれば、そう悪くはないと思う。結局、性能はどこか一点で尖らせる必要があるのだから。


 ベッドから起き上がりつつ、ステータスを消す。目標であったスキルのカンスト、そして上位化というのは見事、というか割とぎりぎりで達成できた。しかしステータスもかなり上がりにくくなってきた。一般騎士団員の平均的なステータスに突入、一部ステータスでは抜いているという感じになって来た。後はここからどれだけ抜き出れるか、という所だろう。ともあれ、1日をレベリングや修練に当てても中々上がらないという段階に入って来たのだ、これから上位スキルを上げる時は今まで以上に苦労するだろう。


 それはそれとして、SPは修練量に比例する様で、能力やレベルが上がらなくても頑張れば入ってくるのが割と有情だと思う。運営の良心だと個人的には思っている。


「ふぅ、うっし! 頑張るか!」


 そう言葉を口に出しながらベッドから飛び降りると、眠そうな表情のニグレドが目を擦っていた。そろそろ女子としてその無防備な態度は良いのだろうか、と疑い始めている。なにせ、今の彼女の恰好は下着姿、白いスポーツブラに白いパンツという恰好なのだから。もう完全に性的な目で見れていないのは確実だが。


 ―――それに冒険者でダンジョンの中で寝起きをする場合、必然的に密集して生活するのだから、これぐらいどころか全裸を見る事も普通にあるとか。そう考えるとまだ温いレベルだな、とどこかで納得できる。ただしスタイル的な問題でリーザの事は耐えられる気がしないのでどうにかしたい気持ちが強い。


 不敬罪で拷問とか嫌です。超嫌です。勘弁してほしい。


 体を起き上がらせ、軽く此方でも体操をしながらインベントリから替えのトランクスを取り出し、着替える。今迄履いていた奴はインベントリの中に戻し、洗濯するその時までは他の下着と一緒にしておく。軽く着替え終わったところで視線をニグレドの方へと向ければ、ニグレドの方も目を覚まし始めていた。自分も、彼女も、精神がファンタジー世界慣れというか染まって来たなぁ、と思いつつ手を振る。それを見たニグレドが手を振り返しながらベッドに沈む。ダメか、と呟く。ならば、と呟く。


「んじゃ、俺だけ先に朝ごはん食べちゃおうかなぁ、はちみつがたっぷりのパンケーキだっけなぁ、今日は」


「おはよう。お腹が空いた。食べよう」


「外に出る前に服を着ろ」


 そのまま外へと歩きだそうとする見た目だけロリの頭を掴み、そしてベッドへと投げ返す。



                  ◆



 朝食を終わらせてニグレドと共に宿を出る。そこから仮想へ、戦士ギルドへと向かう。パンケーキをはちみつたっぷりで食べる事が出来たニグレドの表情は実に満足そうなもので、そして帝国は食文化が死んでいるという言葉を聞いて、同時に絶望の表情を浮かべている。おそらく彼女のインベントリには王国の中で美味しいと評判の保存食が大量に突っ込まれているのだろうと思う。それが容易に想像できる。そんなこんなで戦士ギルドへと向かうと、この数日で定位置となったテーブルを囲むソファにダイゴが座っていた。その前にはホロウィンドウが浮かんでいる。


「おいすー」


「おーはおー」


「おぉ、寝坊助共おはよう」


「お前が早すぎるんだよ」


 五時には既に起きている友人の姿に溜息を吐きつつ、素早く幻狐を召喚する。慣れた動作で膝とソファを占拠する様に乗っかって来た幻狐の毛をゆっくりと、そして優しく撫でて行く。ニグレドが合流するその動作に幻狐は気持ちよさそうに目を細め、そしてダイゴは嫉妬の目線を向けている。


「クソ、合法ロリに撫でられやがって!」


「お前そっちかよォ! それはもういいから! んで、お前は朝から何やってんだよ」


 その言葉にダイゴは今見ているページのコピーを作り出し、それをこっちへと投げながら確認を続ける。


「こっちの世界の情報に関しては我らが撲殺女帝に聞けば大体解るからな。俺はWIKIとかスレで情報集めてよっかな、ってね。結構下位スキルカンストしている奴とか増えているし、スキル情報を確認したり情勢確認なぁー……ほら、各国の情報って所で帝国を確認すれば色々と確認できるし。お、こんな酒もあるのか……」


「酒じゃねぇか結局!!」


 溜息を吐きながら自分もWIKIを確認する。個人的にはスレはそこまで見るタイプではない。AAスレとかだったら面白いのでついつい追いかけてしまうが、情報交換系はスレよりも、WIKIの情報提供の所に入力するタイプだ。だから先程習得したスキルをWIKIに叩き込みつつ、帝国にいるプレイヤーが書き込んだ、現在の帝国の情勢を確認する。


 まず、帝国そのものは戦争へと向けて準備を進めている。そのメインの戦力は銃等の近代に近い武装で固めた歩兵、そしてゴーレム系の存在らしい。技術が足りない為に部分的には完成しているロボット、それを意図的にモンスター化、テイムする事で無理やり戦闘ロボさえも作成してしまっているらしい。帝国の保有する奴隷市場も今は性奴隷やメイドよりも、戦闘を行える奴隷が一番の売れ筋らしい。


 そしてその帝国の動きを鈍らせているのがレジスタンス。


 革命軍とも呼ばれ、帝国の皇子の一人が参加している。その目的は現皇帝の打破であり、奴隷制度の終止符と王国との和平らしい。既にレジスタンスに参加しているプレイヤーは多く、英雄を目指して日々、ゲリラ戦術で戦いを繰り広げているらしい。ただ勿論、帝国側にもプレイヤーが存在するらしく、プレイヤー同士での敵対や戦闘が絶えないらしい。


 まあなんとも欲望に素直な事か。実にプレイヤーらしい。この混沌っぷりがゲーマーたるプレイヤーらしさだろう。


「まぁ、これを確認した所で俺達はどうせレジスタンス側だけどな。どこをどう足掻いても帝国側で戦っている姿が想像できねぇわ。何よりも俺達の女帝が帝国の手先になるとかマジないわ。多分その前に自殺するだろ」


「そりゃちげぇねぇわな」


 げらげらと笑う。女帝とは勿論王国王女リーザの事を示している。なぜ彼女が女帝、なんてあだ名を付けられているのは彼女の普段の行動から来る男らしさが全てを物語っている。甘いものが好きなのは女らしいが、面倒だからと髪の手入れはサボリ、拳で語った方が早いと殴りとばし、悪を見かけたら問答無用で殴り飛ばし、そしてネタで殴り飛ばす。細かい事はごちゃごちゃ言わずに蹴っ飛ばし、己の非は大いに認める。


 あと殴り飛ばす。


 豪快なその姿に女帝の名は相応しかった。王女でもいいけど、女帝の響きの方がなんか似合っていたと、パーティー全体での合意だった。


 そんな訳でこの三日、リーザが王族だって事を忘れそうなぐらいに殴りあい、訓練し、そして友好を深めていた。その成果はスキルやステータスを思い出せば良く理解できる。だからWIKIを表示しているホロウィンドウを消し去り、幻狐の毛皮の中に埋もれるように顔を沈める。仲が良くなったのはいいが―――本気で敵地へ来るつもりなのだろうか、あの王女は。やっぱり正気を疑う。


「おいーっす、何だもう揃ってるのか。早いなぁ、お前ら」


 とか思っている内にリーザも揃った。話題沸騰中の王国王女。我らの女帝。


「いや、お前の正気疑ってただけ」


「キチガイ筆頭の王族一族が正気な訳ないだろ!!」


「狂人であったか」


 そんな風にダイゴが呟くが、どう足掻いてもこのパーティーは狂人の集まりなので、今更驚く事でもないと思う。ともあれ、全員が揃ったところで幻狐を帰す。もふもふタイムに間に合わなかった。その事にショックを受けたリーザが崩れ落ちるが、それに一切視線を向ける事もなく、話を始める。


「えーと、それじゃあ本日から帝国行きのキャラバンを護衛するんで、しっかり買い物しているな? 何かミスがあって食料とかが足りなくなった場合は自分で用意したものを食べなきゃいけないからな。王国側は自然が豊かだけど、帝国側は荒野とかが多めで狩りとかには向かないらしいからな。オラ、リーザも何時までも倒れていないで起きろよ」


「この心はもふらない限り蘇らない」


「山田くん運んじゃってー」


「ういーっす」


 荷物を担ぐようにダイゴがリーザを肩に乗せ、運び始める。その動きに合わせてギルドの外へと移動を始める。完全にやる気か、或いは気力を失っているリーザはピクリとも動かずにだらん、とした様子を見せていた。これでも一国の王女だと思うと恥ずかしすぎて、そしてあまりにもだらしなさすぎて何も言えない。担がれた状態でうなーうなー変な鳴き声を漏らしているが、それも一切聞こえないふりをする。


 そのまま王都西門へと行き、王都の外で護衛するキャラバンに合流しようとする。時間はまだ約束された時刻よりも一時間以上早い。しかしそこへと移動すれば、既に何台かの馬車が隊列を組んで移動する準備をしていた。流石にそれを見たリーザが降りて自分の足で立つ。それに合わせてギルドから受け取った依頼受諾証明書を取り出し、キャラバンに近づく。


「すいません! ギルドから護衛を依頼を受けた者です! 此方が帝国行きのキャラバンなんだと思いますけど!」


「あー、はいはい! 此方です! どうぞよろしくお願いします」


 声を上げると、それに反応する様に小太りの男が走ってくる。手をこねる様な動作、実際にやっているのは初めて見るなぁ、なんて事を思いつつ握手を交わす。こういう交渉か、いい印象を与える為の会話スキルは本来王女であるリーザの出番なのだが、本人が欠片もやる気を見せないので、何故か自分が担当するハメになっている。本当に何故だろう。もう少し戦闘以外で頑張ってほしいと思う所である。


「俺達四人で一つのパーティーです」


「はいはい、ギルドからの連絡通りですね。ここから帝国の首都、帝都マリノシュダッドへ10日かけて移動します。契約内容はモンスター、災害、そして盗賊等の襲撃からの護衛です。食事に関しては此方で出しますが、寝袋やテントに関しては此方で出したりはしません―――ただ必要であれば売りはしますよ」


「此方でも確認している通りの契約ですね。では契約成立という事で10日間の間、宜しくお願いします」


「えぇ、宜しくお願いします」


 もう一度握手を交わし、契約内容の確認を終わらせる。商人はそこから忙しそうにキャラバンの方へと戻って行く。その姿を見送ってから仲間達へと振り返る。特にどうこうしろ、という指示がないという事は此方側で勝手に話をつけて決めろ、という事なのだろう。こういう事に関する経験は、おそらくリーザがダントツで重ねている。だからリーザへと視線を向けると、リーザは肩を揺らす。


「基本的にゃあ1パーティー単位でそれぞれの馬車を守らせるんだよ。だって、ほら、知らない連中とパーティー混ぜても連携取りづらいだろう? パーティーの構成がバランス悪くたって慣れた奴との方が実力が発揮しやすいからな。だからそれぞれのパーティに馬車を守らせて、んでソロなんかは開いた隙間を埋める様に配置するんだ。だから私達も適当な馬車を一台ローテしつつ護衛する感じでいいと思うぜ。ただ警戒を行う以上、パーティーを2:2に分けてローテ組む場合は私とニグレドちんを別々にしておく事をオススメするけどな」


「んじゃそれ採用で。俺とリーザ、ダイゴとニグレドでローテを組む感じで馬車を守るか。人選の理由はニグレドが投擲系の遠距離戦闘もこなせるって理由でな、近接と遠距離でバランスよく分けるとこうなる。休んでいる間は適当にスキルトレーニングでもしてりゃあ時間つぶしになるけど……結構暇な10日間になるかもなぁ」


「まぁ、馬車旅ってそんなもんよ」


 リーザの言葉に同意の笑い声を零していると、


「すいませぇ―――ん!! ぐえぇ」


 王都の方から走って来て転ぶ姿があった。タキシード姿の青年は顔面から転んだ様で、痛そうに顔を抑えながら立ち上がると、若干よろよろとしながら立ち上がると、息を吐いて、今度は足元に気を付けながら近づいてくる。近づいてみれば、その顔が若干涙ぐんでいるのが解る。心の中で良く耐えた、と思ったが―――反応からして痛覚設定がオンになているのあろうか? 或いはNPCなのかもしれない。タキシードなんて恰好、プレイヤーでもないとしないとは思うが。


「えっとごめん、これ帝国行きのキャラバンだよね? ギルドで依頼を受けてきたんだけど」


「あぁ、担当の人はあっちの方にいるよ」


「ありがとう! 僕コルネ、楽士だよ! 宜しくね!」


「フォウル、サマナーだ。宜しく」


 コルネは金髪の青年だった。顔は割と若い。少なくとも十六、十七ぐらいに見える。髪も清潔に短く纏められていて、印象としては結構いい感じになっている。そうやってコルネに自己紹介を終わらせると、コルネは担当の商人へと向かって再び走り始め、転び、そして立ち上がる。心の中でその姿に頑張れ、頑張れ、とエールを送りつつ、振り返る。


「楽士って珍しいな」


「ウチの騎士団にも楽士がいる―――ってか音を媒体に力を発揮するから割と戦場では必要とされている存在なんだがな、楽士って。号令を響かせたり、音で支援したり、味方を勇気付けたり。味方に一人はいると結構心強い。たった一人で音の届く範囲全てをカバーできるのが優秀な所なんだよなぁ」


「へぇ、そんなのもいるのか……」


 ダイゴの感心の呟き同様、自分も感心していた。コルネの姿からは想像できないが、それでも有能な能力者である事は間違いがないのだろう、きっと。今日から10日間、どうせ暇なのだからその間に能力の確認でもさせて貰おうとでも思っている。まぁ、相手が隠そうとしない限りは。流石に無理やり使わせる様な事はしたくないが、スキルトレーニングをするなら目撃する機会もあるだろうとは思う。


「改めて思うけど、技能やスキル、できる事の範囲が凄まじいよな。まさか演奏で支援ができるなんて思いもしなかったわ」


「まぁ、意味不明なスキルはそれ以上に多いんだけどな」


 ダイゴの呟きにあぁ、と答える。WIKIをチェックすれば解るが、意味不明なスキルは腐るほど多い。ダイゴの【ちんぴら】もその一つだったりする。そのほかにも色々とスキルは多いし、複合スキルだって条件が謎だったりする。たとえば自分が習得している【魔人】というスキル、自分以外の習得達成報告は存在しないし、同じスキルを育てたとしても、同じ上位スキルが出現するとは限らないらしい。


 スキル自体以外にもトレーニング方法、或いは考えとか、そういう部分にさえスキルは影響され、派生や複合、統合等の細分化が行われるらしい。少なくともそれが検証班による言葉だった。全く同じスキル構成を下位で行っても、最適化される様に上位になるとカスタマイズされる。だから全く同じ能力で同じことをするプレイヤーが存在する事は不可能。それが今の所の結論。だとすれば本当に、味わい深い世界だと思う。


 ただ、まぁ、色々と疑問は残ったりする。


 この世界を動かすのに一体どれだけのマシンスペックが必要なのだろうか? システムは? NPC達のベースとなったAIは? そんな風に疑問を浮かべていると本当にキリがない。その一部の疑問に対してニグレドは答えを持っているのだろうか? いや、多分彼女もそこまで深く知っているとは思わない。何時か、開発者からこの世界の構築に関してを聞けたらきっと、楽しい事なんだろう。


「……ま、いいや。んじゃ最初のローテはどうする?」


 新たにやってくるパーティーを確認しつつ、話し合いを進める事にする。



                  ◆



 一時間が経過する頃には依頼を引き受けたパーティーが全て揃っていた。五台の馬車に対して五つの小規模、三~四人のパーティー、そしてソロの冒険者が四人という、個人としてはかなり大規模な印象を受ける人数だった。ただ、これはキャラバンでも結構小さい方らしく、本格的なものとなればもっと大きくなるとか。


 軽く調べた感じ、どのパーティーもNPCではなく、プレイヤーであった。キャラバン自体はNPCではあるが、護衛側でNPC、プレイヤーではないのはおそらくリーザの存在ぐらいだった。と言っても、気にする事は全くなかった。それぞれの馬車にそれぞれのパーティーを護衛としてセットし、そして話し合った通りにソロの冒険者を馬車の間のつなぎに、カバーとして入れておく。


 その中で自分達が担当するのは中央の荷馬車、一番多く交易品や商品が乗せられている馬車だった。その荷馬車の背後、足掛けの所に腰を下ろす事で足を宙ぶらりんにしつつ馬車に乗っかっている。ここからは見えないが、馬車の両脇を固める様に今はニグレドとダイゴが護衛をしている。勿論歩いて。馬車を利用しておきながら十日という期間の長さは魔術等の補助を受けて全体的にハイペースで移動するも、護衛が歩かなきゃいけないという事を考慮して発生する。長さだ。


 隣にリーザを座らせ、トレーニングに【明鏡止水】を常時発動させつつ、暇な時間をリーザと潰して行く。


「リーザって王女なんだよな」


「まぁな。下から数えた方が早いし、別に女王になる事にも興味はないんだけどなぁ。そこらへんは兄貴達に全部放り投げている。王族としての義務とかも兄貴や姉貴が果たすっつーからなぁ、こう見えて色々とできる事が多すぎて困るんだわ」


 本来であれば、政略結婚の道具となる国の姫。しかし帝国は狂犬、聖国に関しては頭が終わっている。そんな国へ娘を嫁に出していったい何が保障できると言うのか。となると使えるのは自国の貴族との婚姻なのだろうが、王国の政治はそんな事をしなくても安定しているらしく、リーザをそう言う風に使う必要はないらしい。それでも懇意の貴族へ、何かもあるらしいが、それをリーザ本人が蹴り飛ばしている。


「知ってるか? 私の母さんってただの平民だったんだぜ」


「え、アレか、国王さまから迫られたって奴か」


 その言葉に対してリーザは苦笑した。


「逆。ウチの母さんが迫ったんだよ」


 その衝撃的過ぎる言葉に一瞬、固まった。


「母さんさ、ウチの親父に一目惚れだったらしいんだわ。ぜってーに結婚してやる! 愛人でも妾でもいいから! って意気込んでたらしくてさ? でも生まれは平民、貴族どころか王族とも会えるわけがねえだろ? だから母さんさ、自分の長くて綺麗な髪をバッサリ切って売って、それを元手に剣を買ったんだよ―――そうして冒険者になったんだ。王に近づくにはまず功績が必要になるって解ってたから」


 だから、


「王国内でこそこそ行われていた奴隷売買を単身で二十カ所潰して、その上で秘密結社を三個ぐらい潰して、んでそっからまた無双ゲー初めて、その功績を引き連れて王城へ殴り込んだら”好きだ! 愛してます! ベッドへゴー!”って叫んだらしいわ。私が生まれたのって逆レなんだぜ」


「若干コメントに困るけど、大体お前を見ているとあぁ、って納得するわ。流石だな」


「だろ? まぁ、そんなわけでウチの母さんの武勇伝を知っているとなぁ……普通に王族やってるのもアレだって思えるんだよな。上にはもっと優秀な兄貴や姉貴がいるしな。それに半分は平民の血だしな。そう考えるとそこまで価値があったもんじゃねぇ。ダディも好きに生きろって言ってくれるし。となったらアレよ」


 そこで一拍間をあけ、


「母さんに負けないぐらいカオスな恋愛をしてみたいと思うわ」


「インパクト的に不可能に思えるんですがそれは」


 はっはっは、と二人揃えて笑いつつも、馬車は止まることなく前へと向かって進み続けている。自分たちの順番が来るその時まで、ゆっくりと馬車と共に前へと進み続ける。

 というわけで帝国へGO、次回から帝国編。ちょっと長くなります


 純粋なVRMMOものから離れるかもしれないし、離れないかもしれない。

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