二十一話 死霊使い
帝国大使館は上層にあった。比較的にロープウェイに近い場所、訓練場の近くにある。これはやはり、何か問題を起こした場合直ぐに騎士団が制圧できるように配置されているのだろうと思う。来るのは初めてだが、どうやらリーザ本人は割と何度か来ているようで、足取りに迷いはなく、四人で歩いてあっさりと帝国大使館に到着する事が出来た。帝国大使館の前―――十数メートル程離れた位置、他の屋敷の塀の影に隠れる様に大使館の入り口を確認する。そこには兵士の姿が二つある。
王国の騎士団の様なアーマー姿ではなく、もっと近未来的なプロテクターに近いスーツ姿だった。スタイリッシュさで言えば間違いなく帝国兵士の方が圧倒的に上だろう。その手に持っている武装も、ライフルやピストルの様に思える。初めて確認する武装なだけに、首を捻る。
「なぁ、王国美少女ちゃんよ、アレってなに?」
「王国美少女はもういいから。アレは帝国式魔導銃だよ。科学力と魔導学の結晶。遺跡で最初に発見された銃をデチューンして更にデチューンした結果、それを使うなら弓や魔法の方が遥かに良いって結論に至ったんだけど、そこに魔法、或いは魔術を打ち出す機構を加える事で弓とかと並ぶ利便性を得る武器となったんだ。銃そのものに属性が存在していて、後は魔力を流し込むだけで魔法が発動して、弾丸としてそれを打ち出せるのよ。もっぱら魔法が苦手な奴が物理無効を覚えているような連中相手にする為の武器ね」
「弱点は?」
「他の遠距離武器と一緒よ。狙い辛い。素早く動き回れば簡単に回避できる―――まぁ、損代わりに射程が長いから怖いんだけど。んでどうする? 正面突破する? 正式な許可証ないから騙すか、強引に通すか、それともボコるか。それしかないんだけど」
それぞれの場合のリスクを考える。まず騙す場合は必然的に相手が会話する時間を与える。場合によっては情報の伝達の時間もだ。だからこれはあまりオススメできない。強引に押し通す場合、相手に要らぬ疑い、というか警戒心を抱かせてしまう。そして最後にボコる、つまりは正面突破。これは短期決戦を挑むのであれば、一番アドバンテージがデカイと思う。
大前提として犯人があっている、という言葉が付くのだが。考える必要もなく、一番ダメージが大きいのは王女であるリーザの存在だ。ただ、彼女がノリ気であり、戦争が秒読み状態である以上、そこまで気にしなくてもいいのかもしれない。そう考えると強行突破がベストかもしれない。
「俺とダイゴが囮をするから、二人で気絶させて」
「了解」
「任せた」
言葉と共にニグレドが消え、そしてリーザも消える。そういえば純粋な敏捷力ではリーザの方が早いんだったな、なんて事を思い出す。そんな事を思い出しながら、立ち上がると、酒臭いにおいが横から来る。視線をそちらへと向ければ、酒瓶を握っているダイゴの姿があり、此方と肩を組んでくる。まぁ、言いたい事は解るけど、
「昼間から酒かよぉ!」
「いいじゃねぇかいいじゃねぇか! やっぱ酒だよ酒! 命の水ってやつだよこりゃあ! かはははは!」
引きずる様にダイゴが肩を組んだまま、影から日の当たる空間へと引っ張り出す。それに大きくよろめくも、ダイゴは全く気にする事なく笑い、酒を呷る。その様子は間違いなく酒を飲んでいる馬鹿の様にしか見えない。いや、間違いなく馬鹿なのだからそれであっているのだ。溜息を吐きながらダイゴに引きずられ、大使館の近くへとよろよろと近寄って行く。それに反応する様に警備の兵士がライフル型の魔導銃を持ち上げる。
「そこまでだ。ここから先は帝国の領土となっている」
「酔っ払いであったとしても、これ以上近づくなら射殺する」
そう言った直後、影が二人の背後に出現し、当身を叩き込む。そのまま無言で警備兵が二人ともゆっくりと倒れる。それを掴んだニグレドとリーザがゆっくりと大使館前まで引きずり、門に寄り掛からせるように座らせる。その顔に軽く酒をかけたダイゴが、片方の手に酒瓶を握らせる。
「題名、酔っ払いガーディアンズ、明日は無職」
「ナムナム、ご冥福を祈ろう」
「殺してない」
何故かその言葉に不満そうな呟きがあるニグレドだが、それを無視して大使館の土地に踏み込む。そうやって踏み込む大使館の土地、足元を伝わる様に【魔人】スキルが反応する。何やら土地が澱んでいる、或いは歪んでいる様に、軽くそう感じる。ふむ、と呟くが、詳しい事は解らない。風水系の勉強は足りてないからだ。この一件が終わったら少し勉強するのも悪くはないのかもしれない。そう思いつつリーザを先頭に、ダイゴを殿に帝国大使館の扉を開けて入る。
大使館の中は豪華な場所だった。赤いカーペットが足元に広がり、正面には大きな階段がある。まるで一つの屋敷のような場所だった。その中ではメイドや、制服姿の帝国人が此方に視線を向ける事もなく働いている。いや、視線を向けていないのではない。
意図的に無視しているのだ。視界に入れようとしていないのだ。それに、ここにいる者達から感じる気配、【魔人】のスキルを習得している為、それを通して相手がどういう存在であるかを即座に看破する。予想以上に有能な【魔人】スキルの恩恵、それを今度の空いた時間にたっぷり調べる事を誓いつつ、心の中で警戒心と戦闘の準備を整えて行く。そんな此方の内心を知らずか、ダイゴが呑気な声を漏らす。
「ほえー……これが帝国大使館か。アメリカ大使館なら何度かビザの発行の為に行ったことがあるけど、アッチはなんかもっと事務所みたいな感じだったなぁ。こっちはなんか豪華な屋敷みてぇで全然印象が違うじゃねぇか。羨ましいな」
「そらそうよ。大使館ってのはその国の窓口なんだから、他国にナメられない様に豪華にしてなきゃいけないのよ。基本的に国ってのはナメられるだけで一気に落ちぶれていくからね。面子は拘んないといけないのよね。おーい、誰かー! 王女だぞー、ひれ伏せー」
「おっまっ」
リーザがそうやって手を振るが、誰もそれに反応しない。両手を上げた振りもするが、反応しない。そのリアクションはさすがにリーザも傷ついたのかちょっとシュンとした表情を浮かべるが、ニグレドが放つ言葉によって消える。
「臭い」
「お、俺風呂入ったばっかだし! 昨日入ったばっかだし! 臭くないよ! 臭くないよー!」
「王族には一日一回風呂の義務があるから私もセーフよ! 香水だって選んで使ってるし! フローラル王国美少女よ!」
「ちがぇよトンチンカンコンビめ」
リーザとダイゴの頭の裏を叩く。今更ながらこれ、不敬罪で殺されないかと思ったが、リーザが楽しそうにしているのでセーフだと判断し、手に装着している手袋の感触を確かめつつ、戦闘態勢に入る。
「―――腐っているんだ。こいつら全員、姿は人の姿をしているし、たぶん香水かなんかを使ってごまかしているけど、こいつら全員腐っているんだよ。こいつら全員、人間じゃない―――アンデッドよ」
その言葉に、大使館内で忙しそうに働いていた存在が全て、足を止める。視線をまっすぐ入口の前に立っている俺達へと向けた瞬間、リーザが拳を構え、ダイゴが刀を抜き、そしてニグレドがナイフを二本握る。それに合わせる様に入口へと視線を向けたすべてのンメイド、作業員の肌が急に爛れ始める。色素が失われて行く。腐臭と死臭が大使館のホールを満たし、そして肉が床に落ちて行く音が聞こえる。そうやって腐らなかったもmのは体内から肉と皮を破る様に岩と鉄の無骨な体が出現する。おそらくはゴーレムと呼べるような、二メートル程の存在だった。
無言でゴーレムは壁から端を剥がして武器とし、アンデッド達は何時の間にか本来の腐った、半死の姿とぼろぼろの服装を取り戻していた。そうやって完成された”モンスターハウス”と言える光景を、ダイゴは口笛を吹きながら軽口を零す。
「ウォーミングアップにはちょうど良さそうだな」
「うわぁ、何時の間にこんな事になってんだこれ……」
「臭いの嫌い」
「んじゃ、とっとと片付けて主犯のケツを蹴り飛ばすか」
瞬間、アンデッド達が飛び出してくる。それに合わせる様に召喚獣を呼び出す。まだ動かない味方達の姿は間違いなく開幕の一撃を待ってくれているからだろう。だからその期待に応える為にも印を素早く組み、完成させる。
「幻狐・五尾―――招来」
稲妻と共に現れた幻狐が飛びかかってくるアンデッドを吹き飛ばす。雷撃結界とも呼べる半円状のフィールドで吹き飛ばした白い幻狐の体は、前見た時よりも遥かに大きくなっている。それこそ大型犬に匹敵する様な大きさを持っており、もう両手で抱いて持ち上げる事が出来た一尾や二尾の状態とは全く違う姿だった。召喚された幻狐はそのまま吠えるのと同時に狐火は十数と浮かべ、それを吹き飛んだアンデッドへと叩きつけて燃やし殺す。
「アンデッドは基本頭を潰せば終わりだから、一撃必殺を狙う場合は頭な。もしくは炎で一気に焼き殺せ」
リーザがアドバイスを零しつつ踏み込み、ゴーレムを武器の柱ごと殴り壊しながら連撃を叩き込み、人の拳なんかよりも硬いであろう存在を粉砕、破壊しきった。それに合わせる様にダイゴは刀の薙ぎ払いでゾンビの頭を纏めて四個斬り飛ばし、ニグレドがゾンビを狙う様に殺す。リーザ、ダイゴ、ニグレド、その武装が近接武器である以上、砕き切らなくてはならないスケルトンの類とは相性が非常に悪い。故に、
それに対処するのは己の役目だろう。
接近して来るスケルトンの棍棒での攻撃を回避しつつ、回避しながらその頭を掴み、手を通して直接炎上させる。それでスケルトンの無力化は容易完了する。そのまま次のスケルトンには印を組んで衝撃波を発生させて体をバラバラにし、幻狐に狐火で追撃させる。すかさず返ってくる攻撃は接近しながら回避し、そしてカウンターで【魔人】スキルで適当な魔術を叩き込み、滅ぼす。
相手の方が物量が上ではあった。しかし、質というものをその物量で覆す事は出来なかった。最初は十五ほどしかいなかったホールも、増援によって積み重なる死体は四十に届き、そしてそこで戦闘が終了した。横にまでやって来た幻狐の頭を軽く撫でてからその存在を帰し、死体で溢れかえる大使館のホールへと視線を向ける。
「……これで全部?」
「奥に誰かいる」
「んー、こん中に黒幕ちゃんがいないし、多分ソイツじゃね?」
奥へと視線を向ける。この先にキレスがいるのだろう。ふぅ、と息を吐いて魔術を行使する。そのままアンデッドの死体を一つ一つ焼いて行く。アンデッドは確実に骨か死体を焼いたりしないとまた蘇るかもしれない、という厄介さがあるらしい。故に年には念を入れて、しっかり殺しておく。幸い、【魔人】スキルはある程度の対象を選ぶことができる為、無駄に燃え広がったりはしない―――とはいえ範囲内に仲間がいれば普通に巻き込まれるのだが。
「アチ、アチィ! あちぃよ! おい、俺も燃えかけてるぞばーかばーか!」
故意にちょっとだけダイゴを燃やして遊びつつ、アンデッドの処理を完了させて先へと進む準備を完了する。隊列は先程と変わらない。先頭にリーザ、殿にダイゴという形で自分とニグレドを間に挟む。そうやってホールの階段を上がり、燃え上がるアンデッドの死体を横に通路を抜け、大使館の奥へと進む。
気配のある部屋の扉をリーザが蹴り破り中に入れば、執務室が広がっており、その一番奥、窓際に立っている濃い緑色のサーコート姿の男がいる。此方に背中を向けているその存在こそが、キレス・アイネットなのだろう。その姿を目撃した瞬間、
リーザが言葉もなく殴りかかった。
迷いがなく、そして反射的ではなく、理性的に判断した行動だというのが解る。リーザの表情には一切の怒りの感情がないからだ。何かをする前に相手を無力化する。話す事はその後、自分にとっての安全な環境を用意してから。ただ、キレスが振り返るもなく、床から出現したアンデッドがその空でリーザの拳を受け止める事により、攻撃を不発とさせた。舌打ちをしながらバックステップを取り、先制攻撃の失敗を告げていた。
「ふむ―――私も終わりか」
そう言って振り返るキレスは三十ぐらいの男に見える。髪色は金で、短く揃えられている。その表情は軍人の険しい顔つきに似ていると思えた。キレスは此方へと視線を向ける。
「聖国にハメられたか」
「その詳細は気になるけど、連行するわ。大使館内のゾンビパニックに関して聞かなきゃいけないいけないしね」
「……」
何かダイゴが茶々を入れようと口を開いたが、止めたのが解る。こういう状況に間違いなく一番慣れているのがリーザであり、そして王国の法律を理解しているのも彼女だ。何かをする権利があるとすれば、間違いなく彼女が全てを把握している。故に何かを言うわけでもなく、リーザとキネスのアクションを待って黙る。
「っつーわけでおとなしく連行されなさい。ウチは拷問とかは滅多な事じゃしないわよ。多少尋問はさせて貰うけど、人道的扱いは約束するわ。んで、協力してもらえるのかしら?」
リーザのその言葉に対してキレスは答える。
「―――陛下は嘆いておられる」
「はぁ?」
キレスの言った事に対してそう返してしまうのも無理はなかった。キレスは全く見当違いの方向へ話を進めて行く。
「人とは増長するものであると陛下は何よりも理解しておらっしゃる。自由にすればするほど際限なくつけあがる。そして忘れてしまうのだ、本当に大事な事がなんであるのかと。たった小さな幸福から、感動から得られるものを。それは時代が豊かにあるにつれて失われて行くもの……あぁ、陛下は実に嘆いておられる。当然の権利を当然として人は受け取ってしまっている。人は堕落してしまっている」
解らないか?とキレスは此方へと視線を向けながら言う。
「陛下は悲しんでおられる―――故に幸福を味わうために哀しみと痛みを増やさなくてはならない」
「これだから帝国のキチガイ共は……!」
リーザが言葉を放ちながら再び前に出る。それに追従する事は誰にもできなかった。前の前にいる男、キレスの言葉は余りにも異質過ぎた。考えが異次元的過ぎて、それを理解するのに時間を必要としているのだ。ただキレスは叫び、そして手を振るう。
「聖国にハメられようがやる事に変わりはない! 私が帝国の、そして王国の未来の為に礎となろう! ふ、ふふ、フハハハハハ!」
リーザの拳が机、本棚、書類、椅子を砕きながらキレスへと向かう。その姿の前にアンデッドが、ゾンビが三体重なる様に出現する。クッションと盾の役割を果たしながら死体は拳を減速させ、そしてキレスに動く間を与える。即ち更なる召喚の時間を。その時になって漸く自分も、ダイゴも、そしてニグレドも動き出した。だがその時には声が響いている。
「満たせ! 満たせェ! 満ィィたァァァせェェェ!!」
天井からゾンビが湧き出る。床からスケルトンの手が湧き出る。壁からは半透明なゴーストが悲鳴を響かせながら出現する。その総数は二十を超える。リーザが舌打ちを響かせながら後方へ体を丸め、回転する様に下がる。その動きに合わせて繰り出された三線の斬撃が、ダイゴとニグレドによって生み出された斬撃が足場を確保する。そして着地直後、リーザが叫ぶ。
「ホール!」
迷いはなかった。振り返りながら蹴り破られた扉を全速力で駆け抜けて行く。背後からは狂ったような笑い声が聞こえ、そして追いかけてくる亡者の壁が見える。それから必死に走っていると、リーザが軽々と先頭を走っていた自分に追いつき、そして襟首を掴み上げる。
「ゴー!」
「確かにこれなら時間が出来るけどさぁ―――!」
前方へと投げられ、一人だけ先にホールへと戻ってくる。まだ落ちている最中に魔力を練り、上位の存在を自身の領域へと落とし、そして使役する。昼間と同様、再び炎の魔人を自分の背後に召喚し、出現させる。今度は拳を作らず、右手をまっすぐ伸ばしてそれを銃を向ける様に構える。
「汝原初より存在せし永久の焔ァ! 今こそその姿を滅びの刃として変現せよォ―――」
通路から全員が飛び出し、そして通路に存在する亡者や達の壁を確認する。既にイフリートの姿は変形し、その形は五メートルを超える巨大な炎のみで構成された剣へと変わっている。
『ドスコォーイ』
「イフリィィトォ、キャリバァァ―――!」
銃で撃つような動作で放つ。弾丸と化した焔の大剣が一直線に突き進み、そのまま通路に突き刺さり―――暴炎を巻き起こす。凄まじい熱量が生み出す殺意に亡者がありえない痛みを感じ、悲鳴が大使館内を木魂する。絶叫に近いそれは耳を潰す程に響き、両手を使って塞がないと頭がおかしそうになる。床の上に着地しながら、即座に提案する。
「騎士団を呼ぼう」
「どちらかというと大賛成」
「ケーキ食べたい」
「民主的決議で騎士団に後の事は任せる事で一致しました」
「わぁい!」
振り返りながら蹴りを大使館の大扉へと叩き込むが―――扉はびくともしない。追いついたダイゴが、そしてリーザが扉に、窓に攻撃を加える。しかしそれでも破壊は出来ない。何故、と言葉を吐こうとした瞬間、
「逃げ場などないさ」
炎が亡者によって押しつぶされた。
一体一体は弱いレベルにある亡者。鎧袖一触という風に殺せる程度の強さのアンデッドモンスター。それを何十対と同時に出現させ、炎に叩き込み、潰し、昇華させている。片っ端から召喚した亡者を消火剤代わりに消費しているのだ、あの男は。とてもだが正気と言える召喚術の使い方じゃない。自分では想像すらできない方法だ。あえて言うなら、自分が攻撃力、単発型で、
キレスは、物量特化型の召喚師だ。
ひたすら数で押して押して押して押して押して―――押す。
殺されたら次のを。それが殺されたら次のを。そして更に次ので次のを次に。質ではなくひたすら物量で相手を潰す。質にも限度がある。それをひたすら物量で削り続けて殺すという単純明快な戦闘スタイル。亡者を操っている姿からして、地獄という言葉がふさわしい男だった。
「恨んでほしい! そして悲しんでほしい、その先に幸福への理解があるのだから。故にまだ、逃がすわけにはいかない」
「ガチキチじゃねぇかよ……!」
帝国酷過ぎないかこれ、という感想を抱きつつ、視線を扉からキレスへと戻す。どういうわけか扉は開かないし、壊せそうな気配もない。こうなったらあの男を止めるか殺して、別の脱出手段を見つけるしかなかった。両手を合わせ、軍刀を生み出す。それに合わせる様にニグレド、ダイゴ、リーザが前へと飛び出す。その姿に歓喜の表情をキレスは浮かべる。
「さあ! 戦おう!」
両手を広げたキレスの前に魔法陣が出現し、そこから溢れ出す様に三十、四十近い亡者たちが激流の様に溢れ出す。スケルトン、ゾンビ、ゴーストと、低級のアンデッドが節操もなく流れ出す地獄の川が顕現されていた。それに対して一番有効であるヴァルキリーを出そうかと一瞬迷うが―――まだ早いと判断し、手首を噛み千切り、その血を媒体に自然の化身を召喚する。
正面、流れに衝突したダイゴが一瞬で傷だらけになり、そしてニグレドが迂回する様に回り込む動きに対し、床から、そしてキレスの体から亡者やの手が伸びてニグレドを掴もうとする。唯一、リーゼだけが亡者の流れの中を最小限のダメージで、受け流しながら前進している。ニグレドとダイゴが持たない為、素早く召喚を完成させる。
「ウンディーネ!」
『あら、激戦ね。あと貴方、もうちょっと健康的な食生活してくれないかしら? そうすれば血が更にサラサラになるんだけど……』
「は・た・ら・け・ぇ!」
いやーん、なんて言葉を吐きながら完全に体の全てが水で構成された水の乙女は水で生み出された槍を掲げ、味方の傷をいやしながら同時に、水流を生み出し、
正面から亡者の流れを水流で両断した。そこに付け加える様に三又の槍が投擲される。
「当たるかぁ!」
それをキレス本人が飛び越えて回避する。同時にそれを狙う様にニグレドの刃とダイゴの刃が挟み撃ちに入る。それをキレスが拳と蹴りで完全に捌ききり、
「―――殺掌」
一撃必殺の掌底がキレスへと向けて叩き込まれ、キレスの腹を突き破る。
それをキレスは腕を横、腹を行き裂く様に引き抜きつつ、亡者を体に融合させる事によって補い、戦闘を続行した。魔法陣は二倍の量に増え、亡者の量も増える。リーザが今の一撃で殺し入れなかったことに舌打ちを吐きながら亡者の流れから逃れる様に動く。ダイゴとニグレドも協力する様に動き、
そしてそこに合わせる様に召喚獣の召喚を完了させる。
両手で組んだ印はそれが陰陽に属する存在である事を証明し、召喚される前から自身の周りに浮かび上がる炎はぶつかってくる亡者の流れから身を守ってくれている。暴れたいという気持ちが伝わってくる為、遠慮なく印を組んだ手のまま、叫ぶ。
「四聖・朱雀、招ォォ来ィ!」
「―――」
問答無用で不死の存在を浄化し、燃やし尽くす聖獣が狭い空間に出現する。空間そのものを自身の分身である炎で満たしながら、亡者の激流を蒸発し尽くす。その瞬間の好機を逃すわけもなく、一瞬で三人が接近する。刃が、拳が最速最短の道で進み、そしてキレスの首を撥ね飛ばす為に動いている。朱雀もまだ存在している。これであればキレスの亡者たちも殺しきれる。これで終わりだ。
勝利を確信させる流れだったが、
亡者が増えた。
倍に。
朱雀がそれを消滅させ、
更に亡者が増える―――倍に。
その数は既に百を超え、百五十を超えている。それでも朱雀は亡者に対する絶対性からその数をも消滅させる。勝利は見えている。後は必殺の一撃を叩き込むだけ。
そのはずなのに、
「―――私が使役できるのは同時に四百程度までなのだよぉぉ―――!」
亡者が倍化を超えた。
天井、床、装飾品、扉、窓、キレスの体、階段、手すり、ありとあらゆる空間、いや、大使館そのものが亡者の住処となっていた。この場でもうじゃの出現しない場所などなかった。自分達の体だけが違うものだった。浄化をしようと行う朱雀が壁から生える亡者の腕につかまれ、羽を千切られながら生きたまま喰われる。キレスから伸びる腕がダイゴの胸に突き刺さる。床から伸びる腕がニグレドの足を掴み握りつぶす。数が膨大した亡者の流れが一瞬でリーザを飲み込んでその全身を削り始める。
床と壁と天井から生える手が俺の体を掴んで引きちぎろうと肉を掴み、千切って行く。
激痛が体を支配する。痛みが脳の中に響いて行く中で、キレスは嬉しそうな表情を浮かべていた。
「そう、今の君達はどん底にいる! 憎しみと絶望の底、そこではあらゆる出来事が幸福であり、幸運のように思える! ”この世で最も幸福な場所”だ! おめでとう! 祝福させてくれ! 君達は今、陛下に愛される存在となったのだ!」
狂人だった。
間違いなく狂人ではあるが―――本気だった。
心の底から、本気でそう思っていた。少なくとも、理性は消えていない。キレスの中には理性の色があり、理性を保ったまま狂い、判断している。今、俺達が最も幸福な場所にいると。確かに、こんな絶望的な状況にいるのであれば何かいいことがあれば、どんな些細な事であったとしても大きな幸福として受け取ってしまうだろう。酷い暴論だ。
暴論だが、
認めるしかない。
勿論理論や考え方ではない。
―――その情熱を。
その情熱が、熱意が、この男をあんな府に絶叫させ、即死出来る一撃を喰らっても亡者と即座に融合して生きながらえさせる様な行動に移した。
その精神力が羨ましいと思えた。
そしてやはり、
男として、絶対に負けたくはないとも思えた。
口の中にアンデッドの手が付き込まれるが、それを噛み千切りながら吐きだす。いいぜ、お前のその精神力に俺は負けたくはない。その考えは賛同できなくても、その情熱に、輝きには争うだけの価値がある。男であるならば、恰好を付けなくてはならない。だから、
俺の輝きの方が上だと証明する。
「英霊を率いる者よ! 死神として恐れられる乙女よ! 我が全魔力を対価に現れよ、麗しの君よ―――」
瞬間、自身の周囲が弾け飛び、そしてキレスまでの道が一直線に開く。その道を生み出した存在は自分の隣に立っている、”二人”の存在によって生み出された。
「久々の出勤だ、本気で行かせて貰うぞ」
「始めまして主殿、ミストと言いますですの。これからどうぞよろしくお願いしますですの」
銀盾と銀槍の戦女神、レギンレイヴ。彼女と共に現れたのは流れる様な青い長髪に、一切鎧を装着していない、杖を持った戦女神だった。ミストと名乗った彼女もまた、ヴァルハラで英霊を率いる存在なのだろう。横に並ぶ彼女たちの存在感は凄まじく、リーザよりも強いのが理解できる。
「亡者どもめ、ここは貴様らのいるべき場所ではない。ニブルヘイムへ送ってやろう」
「昨日からミョルニルケツバットの刑を喰らっているスルーズの為にも頑張りますの」
ヴァルハラ楽しそうだなぁ、と思いつつ全力で前へと飛び出し、拳を構え、それを到達したキレスの顔面へと叩き込む。それと同時に白い閃光が亡者を消し飛ばし、急速に部屋の温度が下がって行き、亡者の体が砕け散って行く。それで全ての亡者が消える訳ではないが、その勢いは大幅に削れる。他の三人を確認するまでもなく、逃れようとするキレスの足に、
そして自分の足に、纏めて貫通する様に軍刀を突き刺す。
「歯ぁ、喰いしばれぇ―――」
そのままキレスの顔面に拳を叩きつける。その身を守るように体から亡者の手が、顔が生えてくる。しかしそれは出現するのと同時に氷結し、粉々に砕けて行く。
「主殿の晴れ舞台を邪魔する子はメっ、ですの」
「寧ろ滅っという感じだろ貴様」
そんなヴァルハラの乙女の声を後ろに聞きつつ、拳を二撃、三撃と顔面と体に叩き込んで行く。まともな殴り方ではない、力任せの本気の行使。リーザの拳と比べれば無様の言葉に尽きるそれは殴るのと同時に、逆に自分へダメージを帰す自傷行為にも似た攻撃だが、それはキレスにダメージを叩き込む。拳が砕ける様な感触を得つつも、
俺の方が凄い。
それを証明する為だけに、魔力のない体、本気の拳をもう一度キレスの顔面に叩き込み、大きく仰け反らせた。
「がぁっ、ぐっ、だが良い! それでいいのだ! 幸福を思い出した! それだけでいいのだ!」
「ラリってんじゃねぇよクサレキチガイ!」
言葉と共に飛来する刀がキレスの首に突き刺さり、その動きが一瞬停止する。
次の瞬間、二刀のナイフが首を刎ね飛ばして頭を割った。
必殺拳が心臓を貫いて胸を爆散させた。
亡者が生かそうとするその体を、戦女神の力が相殺し、殺す。
軍刀を引き抜きながら折れた拳を握り、そして倒れる死体から視線を外して背を向ける。
「―――お前の思想はクソだし、戦い方もクソだし、やった事もクソだが、その心意気だけは認めてやる。なんだかんだでお前のおかげで一歩前進出来た気がするからな」
口の奥で引っかかっていたアンデッドの肉を吐き捨てながら誰にも聞こえない様、そう呟いた。
ひたすら物量に特化したというタイプのサマナー。召喚しては使い捨てという圧殺スタイル。
アリだと思います




