とりあえずの結論
子供に甘いのは、どこの親御さんも同じなようで。
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
ぱたん、と音がしてお父さんが帰ってきた。
「……つっかれたー」
「御苦労さま」
来客用のソファに飛び込んだ父に苦笑すると、ギッて睨まれちゃったわ。
他人事な態度がいけなかったのかしら。
「逃げおって」
「あら、逃げろって言ったのはお父さんの方でしょ?」
「言ってねえぞ」
「視線では、言ったわよね」
「……まあな。あーもう、どうして今年に限って厄介な連中ばっか……」
「“上”もそれを見越して、お父さんに頼んだんじゃないの?」
「やーだー」
頭を抱えながらじたばたしてるけど可愛くないし、ここであがいたところでどうにかなる訳でもないと思うの。
ゲームでは『臨時講師』なんてただの設定だけど、現実にはそこにいくつもの思惑が絡んでいたりするものよね。
潔く諦めたら?
「あのお嬢さんもやってくれるけどなあ」
「クルエラ嬢?」
「お前それ、外で呼ぶ時は“様”な、“様”」
「分かってるわよ」
校内で学ぶものは皆平等を約束されてはいるけれど、そこはそれ、ってやつよね。
「人目もはばからず堂々と他人の心を操るって、どんだけ肝が太いんだか。入学早々退学者が出るかもしれない事態だとか、しかもそれが魔法学科からだとか、おまけにやったのが大公爵の1人娘って……ホント勘弁してくれっての」
「あ、やっぱりあれって彼女だったの」
「あっさり言うんじゃねえよ、こちとらこれからの事考えると胃が痛くてかなわんわ」
「がんばってー」
「むすめえええええ!!」
血反吐吐きそうなお父さんの事は置いとくとして。
―――クルエラ嬢の属性は『心』
他人の『心』―――『心情』を操って『心象』を操作するから、ああもあからさまに人を攻撃するような事を言っても平気……だと思っているのかもしれない。
「見ていて気持ちのいいものではないのは確かね」
「……オレの苦労を察してくれ……」
そういえば、お父さんの配属先って魔法学科だっけ。
「乙」
「娘が冷たい」
よよよ、と泣き崩れるお父さん。
どうでもいいけど、せっかくセットした髪が崩れるわよ?ああ、もう今更かしら。
「そうそう、そんでなー、クルエラちゃんもそうなんだけど」
「“ちゃん”って」
「えー、だって娘と同い年だしー」
「かわいく言っても、今のお父さんの恰好だと気持ち悪いだけだから」
「ひどい」
せっかくキメた格好しているんだから、言葉づかいもきちんとしません?もったいない。
「あー、だからな?もう1人の方が問題だっての」
「もう1人?」
「なんつったか、あのセイラとかいう『光』の子の方だよ」
父が目撃した情報によると私が離席してすぐに、セイラさんが2人の王子殿下方に向かって「愛想笑いっていうんですか?そういうのよくないと思うんです。感情がこもっていない笑顔なんて、気持ち悪いだけじゃないですか」
……などと言い放ったらしい。
思わず爆笑してしまったわ。
何に対して謝っていいのかわからないけど、とりあえず謝っておきたい。
ごめんなさいね、空気読めない豪胆無比の残念ヒロインで。
仮にも王家の人間に対してその発言って、強心臓にもほどがあるでしょうよ。
しかもどうやら原因が、あの後も私をかばったラビや機嫌の悪かったらしいヴィクトール、それに何故かルーエさんに対してだけキツイ物言いをしたらしいクルエラ嬢に対し、笑ったまま宥めていたり、笑った顔のまま窘めていたのが気に入らなかったかららしくて、と聞いてまた爆笑よ。
笑顔って王家の人にしてみれば武装もいいところだから、一概に悪い事とは言えない部分もあるのだけど、まあ今回は相手が友人同士という事で面白がって見ていただけの部分もあったんでしょう。
だからむしろ彼女は正しい事をしている……んだけど、えーと。
それに、クルエラ嬢に対しても「素直なのはいいことだと思うけど、それでもちょっと言いすぎだよ!」と苦言を呈する場面もあったそうよ。
色々と突っ込みどころのセリフではあるけれど……それにしたって、身分の差を考えれば豪気よね。
ああでも、もしかしたら彼女はあまり身分については実感が無いのかもしれない。
孤児院出身だと言っていたし……実際そういう理由から彼らのような者にも忌憚なく意見を言うなどして、それがかえって攻略対象たちの心を揺さぶる結果になった―――という展開や設定だったものね。
それにしても普通身分うんぬん以前の問題として、本人を目の前に、面と向かって言わないでしょうよ。しかも衆人環視の中でよ?
せめてもう少し包んだ言い方するとか、ねえ……。
まあ『真っすぐな正しさ』というのは『光』の―――そしてヒロインの資質そのものであって、何度も言うようにそれ自体決して間違った事では無いんでしょう。
彼らにしてみればそれがいいのかもしれないし、それこそが彼女を気に留めるきっかけなのかもしれないけれど……でも……だからって、ねえ。
クルエラ嬢は率直で、とか殿下方は言っていたけれど、ある意味それ以上かも。
「とりあえず……無いわね」
「だろう?」
お父さんと2人、頷き合った。
動画とかネットでいうなら、草不可避どころか草刈り案件じゃないの、これ。
「闇の……なんつったか、あの大人しそうな子はともかく、例の2人にはあまり自分から近づくなよ。何に巻き込まれるか分かったもんじゃない」
「はーい」
「……やけに良い返事だな?」
「そりゃあ、まあ。その内嵐の中心になりそうな気もするし、ね」
空気読めないヒロイン役に、何考えてるのか分からないライバル令嬢役の2人。
はっきり言って前者はともかく、後者は確実に危険以外の何物でもない。
だいたい、いくらお父さんの事知っていたとしても初見でいきなり当ててくるかしら?
親からの又聞きみたいなものでしょうに。
確認じゃなくて断定だったあたり、一応理屈としては通っているけど情報の出どころ含めて怪しい……とどうしても思ってしまう。
セイラさんも、クルエラ嬢の事を慕っているようだし……。
―――ヒロインの属性は光だという事もあって、他人の隠しごとや隠された感情を暴くのが得意なはず。
笑顔が胡散臭い(意訳)っていうのも、その辺りからきているのかもしれないわ。
でも少しだけ一緒にいた印象だと、あの令嬢様との事も含め、人を信頼しすぎているきらいがある……気もするのよね。
色味が似ているせいか、そういった点はラビと一緒なのかも。
強すぎる光は強い影を生むとも言うし、誘蛾灯のように良くないものまで引き付けてしまっているのだとしたら……って、なんだか悲観的な物の見方になってきたわね、考えすぎかしら。
でも……例えばそう……例えば、その真っすぐあるべき“光”が“誰か”を盲目的に信じてしまう事によって“重要な事案”について明かす事なく、作為的に曲げられてしまったとしたら?
私の知っている通りには……私の考えている通りには、この先進まないかもしれない。
だからこそ、私は一歩引いた位置から見ていた方が安全のような気がするのだ。
……お父さんの事もあるし。
今後彼女―――彼女たちがどう動くかにもよるだろうけど……ここが乙女ゲームの舞台で、お父さんも実は攻略対象なんだよって言ったら、どんな顔するかしら。
「それと、気をつけろよ」
「ってそれ、もしかして殿下方の話?」
「ああ。属性と色については報告が来ている。『混沌』の『白』だったらしいな」
「うん……」
「しかもそれ、食堂にいた時周囲に話したんだろう?」
「いや、それは……話の流れで……」
「この時期はな、仕方ないが」
そういいつつ、メフィ父さんの表情は何か考え込んでいるようで。
「アルフレア王子とシャリラン皇太子殿下が気にしていた。もしかしたら、目を付けられたかもしれないぞ」
でー、ですよねー。
「シャリラン殿下はともかく、アルフレア殿下は、例えお前が塔関係者だと知っても……いや、塔関係者だとバレたら最後、確実に確保しにかかるかもしれないな」
「げ」
それって、手段問わず将来の手駒にするって事?
「注意しとけ」
「ん……分かった、気を付けるわ」
とはいえ、どうすればいいのか。
考え始めた自分に、メフィ父さんは優しい声で話し続ける。
「とはいえせっかく出来た人の縁なんだ、絶対に関わるなとまでは言わないが。……そうだなラビ少年はともかく他は別に……望まないのなら深く付き合う必要も無いだろ。どうせ学科も違うんだし」
「あ、でもたまに、食事に誘われたりとかするかも」
そんな話もあったものね。
実際にどうかはまた別として。
「なら、誘われたら行くくらいで、ちょうどいいんじゃないか?」
「そうね」
まさか毎日って事もないだろうし。……ないわよね?ちゃんと言ったわよね?私。
その後、あの食堂の利用料金がそれなりにいい値段だと知って、そういう意味でも足が遠のくのであった、なんて。
仕方ないじゃない。生活費とおこづかい連動していると、こういう時不利なのよ。
これが格差ってやつなのね……(絶望)
「あまり頻繁に声掛けられるようだったら、理由くっつけて逃げとけ」
「ん」
良かった。嫌なら逃げてもいいのね。
理解のある親で本当、助かるわ。
「土日休日は、親の仕事の手伝いがあるとかで逃げ出せ。仮にも魔法士どうしなら、守秘義務の一言で深追いされないだろうからな。それと念の為、休みの日には塔のローブ着用の事」
「念入りねえ」
塔支給のローブはここで生活している人たち全員が持たされるもので、父の養い子である自分にも渡されている、長くて大きめサイズの灰色一色なシンプルローブだ。
これのせいで、塔の住人が学園に通う生徒たちから胡散臭い研究しているとあらぬ誤解を受け……しまったそれ誤解じゃない、だいたいあってる。
「様子見もかねてだからな。大丈夫そうなら、私服でうろついててもかまわんさ。これで少しは誤魔化せるだろ」
そっか。
あ、でも、皆には塔の住人だって言っていないけど、言ってもいいのかしら?
「お父さんと私、塔に住んでる研究員一家だって、申告しておいた方がいいと思う?」
「そうだな……」
少し考え込んでしまった。
「さっきも言ったが、王子2人が目を付けているようだしな。大公爵令嬢が騒いでくれたおかげで、それなりに目立ってもいるようだし……」
あ、ゴメン、それ多分ラビのせいも入ってる。
「しばらくは、こっちも様子見だな」
「黙ってるって事?」
「ああ。ただ、寮に居ないのはすぐに分かるだろうからな……そこをどう誤魔化すか……」
そっか。
学園内で会っても「リグレッド」と「メフィ先生」の間柄なんだね。
さみしいような、黙っているのが少し楽しみのような……。周囲には秘密、かあ……。
「あ゛ーもうホンッと、問題山積過ぎ!召喚学科からはラビのやらかした事について報告上がって来てるしよー。もういっそ学舎内魔法禁止にすっかなー。いやでもそうすると実習室だけ別になるのか?そもそも講義時に実践するって場合もあるだろうし……」
そういえば、お父さんってこれでも学園理事の1人なんだっけ。
てことは、こうして何かあった場合責任取らなきゃいけなかったり……?
……この場合、悪役にすら無いはずの破滅フラグがこっちに来たりして……?
お、お父さん頑張ってー!!
「あ、そうそう、もし授業を受け持つような事があった場合、手加減はナシだからな。ちゃんと予習復習は怠るなよ」
「うげ」
ちょっと!?
お父さん、魔法学科の授業担当じゃないの!?
もしかして、召喚学科の講義まで受け持つ気!?
「そういう言葉づかいは止めなさい、女の子でしょうが」
「万年貧乏研究員みたいな、むさくるしい恰好してた人に言われたくない」
「今はちゃんとしてるだろうが」
「「……」」
お父さんの言い分はともかく。
何だか前世記憶でいうところの『傍観』っぽくなってきてて少し不安なんだけど、でも学園生活自体はきっと楽しめるわよね。
できればビッグ5やヒロインたちと関わりの無い、背景仲間の友達が出来るといいんだけど。
ヒロイン……セイラさんとルーエさんみたいな無二の親友とか、やっぱり憧れるもの。
……それにしても……ねえ、ライバルさん。
もしかして貴女……前世のネット小説界隈で一時期派手に一大ジャンル築いていたらしい『アレ』―――『悪役令嬢転生のち「回避してやる!」って気勢上げてる系ヒロイン』さん……だったりしないでしょうね。
いやいや、それは。
……まさかね。




