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魔法の森学園乙女ゲーム狂騒譚  作者: 深月 涼
後期~ルーエの恋~
43/47

相談

「ええと……その」

「はいっ!」

 食い付くわね……。

 思わず頭を抱えたくなる心境になるけど、我慢我慢。

 でもおかげで何を聞きたいのか、何を聞いたらいいのかが何となくつかめてきたわ。

「生徒個人個人の体質等については、食堂の方では把握されて無いんですか?」

「それは……」

 さっそくの質問に、レジルさんは暗い顔をして俯き、首を横に振った。

「少なからずご利用いただいているようですからご理解していただけるとも思うのですが、こちらからできる事といたしましては“体質”や“事情がある”利用者の為の専用食を作るといった配慮程度で、選ぶのはあくまでも利用者……という扱いになります。つまり自己責任ですね。注文する側が誰より一番把握しているはずですから、そもそも適さない料理を注文しなければ済む話なのですよ、本来は。なので、料理人個人が利用者の個人情報を知る事も、本来はあり得ない話なのです」

 そっか……。それもそうよね。

 でも、じゃあ何故?


「レジルさんは、何故彼女の事をそこまで?その、失礼かもしれませんが、本来の職務以上に気にかけている……という事でしょう?」

 普段あまりかかわりの無い男性職員(しかもあまり身近にいない丁寧な物腰の男性)という事で、どうしても気を使ったしゃべり方になってしまうわね。

 話の内容が、個人的な事情に踏み込みかけているという事もあるんでしょうけど。

 問いかけた相手、レジルさんの顔色はすぐれない様だった。

「はい……おっしゃる通りです。逸脱しつつある、というのは自覚しているのですが……。それでも、あの子の笑顔を一度見てしまうと、何となく……次に見かけた時も笑っていて欲しいと思ってしまうのです。美味しいと言って笑うあの子の表情は、本当にまぶしくて……嬉しそうで。見ているこちらも嬉しくなると言いますか………って、自分は何を言っているんですかねえアハハハ!ああ、あのそのっ、全然好意とかでは無いんですよ!?その、年齢の事もありますし、ただ気になるって言いますか、ねえ!?」

 ええと。

 照れながら聞かれても。

 でも、そう。

 自覚はあったのね、色々な意味で。

 ……というか、年齢を気にする前にまず立場じゃないのかしら。

 気にするところ、違くない?


「あー、こちらの事情はともかく……今の話では、ただの食欲不振であるとか単なる小食……といっただけの話では無い、という事なんですね?」

 あ。

 ……まあ、バレる話の持って行き方だったわね。反省。

「本人のいない場所で、あまり個人的な話をするべきじゃないとは思うんですけれどね」

 苦笑し、肩をすくめて見せる。

 これで『あまり突っ込んだ話はしたくない』意図は察してもらえるだろう。

 案の定、彼は深く頷いてくれた。

「そうですね、こちらこそ配慮が足りず申し訳ありません」

「いえ、私としても理解者が1人でも多くいて下さった方が嬉しいですから」

 これは本音。

 現状、あの子を取り巻く『友人たち』が当てになるか微妙だものね……。


 ま、まあいいわ、その話は。

 この人……レジルさんがルーエの事を気にしていて、心配してる……っていうのは本当みたいだし、下手に黙っててかえって相手が勝手に変なちょっかい掛け始めても困る……困る……かしら?

 私が気にするところでもないんでしょうけど。

 ……そうよね、そもそも私を介するところからしておかしいんだわ。本人同士でやり取りすればいいのよ、こんな事情。

 ルーエが気に入らなければ食堂に行かなければいいのだし、それでおしまいになる話なのだから。

 多分……。

 

 これ以上の事で私が出来る事といったら、別に食べ物にこだわりは無いというのと、ここの料理を彼女がかなり気に入っている事を伝えるくらいでしょうね。

「お察しいただけたと思うのですが、彼女は食事をあまり多く取る事が出来ないんです。ですが、彼女の心情として事情を周囲に伝えるのは非常に勇気がいる事なので……」

「ふむ、だとするとやはり体質、ですか。それも稀な。周囲に伝えにくいというのなら、自分を見る目が変わるのを恐れて言えずにいる為、いつもご一緒されてるご友人たちもご存じない、と?」

 この人実は、頭の回転いいんじゃないかしら。それもとっても。

 いえ、馬鹿にする意図とかでは無くて、まるで――――――そうね、シャリラン殿下やお父さん、それに塔のみんなと話している様な気分になったものだから。


 それはともかく。

「概ねそれで合ってる……と思います。でも、言うか言わないか、それは彼女自身がどうにかする問題であって、私が口を挟むべきでは無いとも思っているので。私自身は別口から偶々知る事となりましたが、それを口外する気はありません。約束しましたしね」

「とんでもない、事情があるというお話を聞けただけでも助かります!そうでしたか………味覚に合わない訳ではないのですね……。ああですが、そうなると無理に食べさせるというのは……」

「そうですね、あまり良い事で無い事は確かです。彼女は1度にとる食事量は確かに少ないですが、時間をかければ食べられない事も無いようですから。ああして強いたり、逆に食べられないなら最初から食べるなと取り上げたりするのはちょっと……。さすがに、まったく食べなくても大丈夫な訳ではないですから」

 確かに―――下手すれば私以上に特殊な家系……種族とはいえ、あの子も私と同じ『ハーフ』と頭につく部類に入る。

 つまり、半分はごく普通の人族と一緒だという事だ。

 それが、余計に事情をややこしくしているとも言えるのかもしれない。


「それは……そうでしょうね」

 そんな事情を知らないレジルさんだけど、ごく当然の事として受け止めたらしく深く頷いている。

 この様子なら、大丈夫かもしれないわ。

 きっと、これからもあの子の事、真摯に考えてくれる。

 そうね……だったらせっかくだし、この前から考えていた事を言ってみても良いかしら。

「なので、出来ればお弁当箱(ランチボックス)の様な物の持ち込みが許されればいいと思うのですが」

「この間の様に、ですか。ふむ……希望者には持ち帰り用の箱を用意するのも良いかもしれませんね。お弁当……。うーん、ちょっと自分だけで判断のつく話ではなさそうです。職場で一度聞いてみないと」

「いえ、それこそお気になさらず。レジルさんだけじゃないですもんね、作る人は」

「そうなんですよ」

 苦笑を返してくるレジルさんだけど、私としては、こうしてすんなり分かってもらえるだけ助かるわ。

 気楽に請け負うのでなくて、きちんと考えてくれるところも有難いと思う。

 意見を押し付けてくる訳でもないし……元々、相手の立場に立ってものを考えたりするのが得意な人なのかもしれないわね。


「とはいえ……。そうですね、少し彼女用にメニューを見直してみますか。きっと無駄にはならないでしょうし」

「いいんですか?」

 少し驚いてしまった。

 言った本人が思うべきではないのかもしれないけれど、そこまで特別扱い、してもいいものなのかしら。

「食べたくても食べられないなんて、そんな馬鹿な話も無いでしょう。ましてや、体質とあらば仕方ありません。利用する方の1人でも多く、美味しいご飯を食べてご満足いただけるように配慮するのが我々の仕事ですから」

 そういうものなの……かしら?

 本人がそういうのなら、そうなのでしょうけど。


「ルーエも喜ぶと思います。ただその、今目立つのは……」

「ふむ……確かに。依怙贔屓は、さすがにまずいですよねえ」

 ただのサービスならいいけれど、これはきっと善意。

 だからこそ、あの子“たち”が黙って無い気がしたから。

「次に来た時、帰り際にでも渡す事にしましょうか」

「なら、その時にはカウンターに顔を出すよう言っておきますね」

 ほんの僅かな時間、単独行動とるくらいなら、文句も出ないでしょ。

 「先行ってて」とか、方便ならいくらでもある訳だし。

 お手洗いまで一緒について行くくらいベッタリしているなら、話は別でしょうけど……。

 さすがに……そこまでは、ねえ。

 クルエラだって、同級生を不当に拘束する権利がある訳ではないのだから。

 無いと……思いたいけど。


 少し先の未来について考えていたら、レジルさんがさっきより明るい表情で話しかけて来た。

 口元には、ささやかながら笑みも浮かんでいるみたい。

「できれば、来た時にも顔を出してもらえると助かります。食事している間に詰める事が出来ますから」

「ああ、それもそうですね」

 ……って、本人のいない間に話が進んじゃってるけどいいのかしら?

 いえ、きっとあまり良くは無いのよね。

 ただ……うーん……想像だけど、彼女が拒否するようにも思えないから……。

「その、一応言っておいても良いですか?もし彼女が来なかったとしても、許してもらえます?」

 うかがうようにそう言えば。

「その時は、またあなたに頼りますよ」

 にっこりと、ほほ笑んだ。

 ……ま、いいけど。


 その後、ルーエの好物とかちょこちょこ聞いて、その時はそれで終わった。

 一応、あの子が食堂(の食事)のファンだっていう事の念押しと、夏休み直前の例の事件の際に話題に上がった時の様子について話してみた。

 さすがに詳細な状況を言う訳にもいかず、ぼかした話し方をしたから、きっと仲間内でキャンプに行ったとでも思っているんじゃないかしら。

 あえて追求しなかったけれど。

 引き止めたのを気にしたのか、最後にレジルさんは「今度お礼しますね」なんて言ってくれた。

 ……正直、期待はしてなかったのよね。

 行く事自体しばらく無いだろうと思っていたし。


 けれど次の接点は、意外な方向からやって来た。


「え?それ、私が行っても良いって言ったの?レジルさんが」

『うん……そう。貴女にも……お世話になった、から……って。他の……2人が都合、つかなくて……だったら……って』

「や、私は大丈夫だけど……」

 回線(ライン)越しに聞こえて来る少し戸惑う様な声は、ここしばらく私の周りで何かと話題に上る時の人……ことルーエのもの。

 詳しく聞いてみたところ、どうやら私がレジルさんと話をした後……別の日に、偶然荷運びを手伝う事があったんだとか。


 何でも、本来の手伝い相手……というか同僚の方?が、何らかの事情で不在だった為に立ち往生していたらしくて。

 で、たまたまそれを目撃した彼女たち……ちょうど現場にはクルエラやセイラもいたらしい……は、当然の事としてお手伝いを名乗り出たと。まあ主にセイラなんだけど。

 大部分をルーエの影魔法で亜空間に収納してから持ち運んだ―――傍目には単に付き添っているようにしか見えない―――とかで、お礼に王都の有名レストランの食事券をもらったんですって。3人分。

 ただし問題は彼女たちの内2人、休日全部予定決まっちゃってて時間取れないって事で。

 何でもクルエラとセイラ、大感謝祭の歌姫候補として王城に上がる予定があるんですって。

 

 セイラが推薦されたのは、アルフレア殿下の口添えがあったかららしいわ。ハイハイ予定通り予定通り。

 その一方でクルエラは……………これこそ理由が良く分からない。

 わからないけれど……もしかしていわゆるライバル令嬢としてのお仕事……とか?

 シナリオでは、競い合う2人の歌姫の様子が描かれていたし。

 でもねえ……彼女、ヒロイン(セイラ)と仲良くなってるし、今さら自己主張する理由が無いような気もするんだけど……。


 まあ、その辺の事情はどうでも。

 ええ、多分どうでもよくなるだろうし。

 現状2人ともあくまで候補に過ぎない訳で、現王陛下が指揮を執る以上はコネだけで本採用されるほど甘くないとも聞いているから、そこはちっとも心配していないわ。

 クルエラはともかく、セイラは2度目の王城めいっぱい楽しんでくるって言ってたそうだし……って、本人が一番気楽そうね。

 あの子、本当に神経(ふっと)いわー……。


 そんな訳で、女子3人で行っておいでと渡された券が宙に浮く形になってしまったとか。

 2人とも、酷く残念がっていたらしいけれど……。

 んん?そういえば……この時期、休日に外出する事で発生する各キャラごとのイベントとか……あったような。

 もしかして、クルエラ……?

 …………ああそうか、現段階で一番進行しているらしいアルフレア王子のイベントを優先したのね。

 あら、案外友達思い?

 その割に、ルーエに対する風当たりの強さは……。

 謎だわ。

 まあ、今はそれを置いておくとして。

 困ってしまったのは、後に残されたルーエ。

 いくら職員男性が(この場合名目上だけど)仕事とはいえ、女子生徒と2人だけで外出する訳にもいかないものね。

 そこで、白羽の矢が立ったのが私だったという訳だ。


「でもねえ……ただ外食に行くだけでは理由が弱いから、生徒の自主的な手伝い(ボランティア)が主で、そのお礼に食事を奢った事にする……って、ねえ」

 さすが大人。周囲への配慮か、きちんと理由までくっつけるなんて。

『ダメ……?買い物……してから、ご飯、しよう……って、言ってた……けど』

「いや、ダメって訳じゃなくってね……。あ、そうだ、何を買うのかは聞いてるの?」

 妙に根回しが良いなあと思っただけよ、なんて。

 そんな本音は黙っておきつつ、買い物があるのは本当みたいだし、多少かさばるものであっても持ち歩くだけなら彼女の魔法でどうにかなるかもしれないけれど、もし必要ならジンかトトと一緒に行った方が良いかしら?……などと思って聞いてみたら。


『私が……一緒なら……亜空間、使うくらい……大きいもの……じゃ、ない?』

「つまり当日まで分からない、と?」

『……………うっかり』

 ゴメン、と彼女が小声で謝る。

 あらま、珍し。聞くの忘れちゃったのね。

 それだけ嬉しかったって事なのかしら、レジルさんとお出かけするの。

 だって、ねえ。一応ルーエも貴族位な訳だし。

 美味しいもの、食べ慣れてると思ってたけど?

 だったら、ここで喜ぶ理由なんて……。

 もしか、して?アラヤダ本気?

 つい、妙に世話好き(というかおせっかい)な、オバちゃんめいた思考になってしまったわ。

 ちょっと楽しくなってきたかも。


「ま、いいわ。レジルさんには「喜んでました」って言っておいて。後、お礼も。「ありがとう」って言ってたって」

『じゃあ、受けてしまって……いい、の?』

 困惑していたような声は今、どことなく浮足立っている……期待しているようにも聞こえたから。

「ええ。せっかくのお誘いだしね。王都の有名レストランと聞いては、行かない訳にもいかないじゃない?何よりもったいないもの!」

『うん……楽しみ、ね』

 どうやら、この返答は正解だったみたいだわ。

 ここのところ沈みがちだった彼女の声が、久しぶりに弾んでる。

 ならいっそ、楽しんでしまった者勝ちよね?


『じゃあ……次の休みに』

「ええ。そういえば、集合時間と場所はどうするのかしら?駅に直接にする?」

『……聞いて、おく』

「そうして。決まったら教えてね」

『うん。……ありがとう』

「いいえ、こちらこそ」

 それじゃ、と言い置いて回線を切ったところで思索にふける。

 ……もしかして、これって私ったらお邪魔虫じゃないの?

 空気読んで、後ろについてった方が良いの……かしら?

 と……とりあえず……食事の事だけ楽しみにしておこう。

 うん、そうしよっと。




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