心配
「あ……あの……」
レジルさんからお弁当を受け取って食堂を出た私たちは、人気のない方へと歩いて行く。
本当に体調が悪いなら、それこそ救護室につれて行くべきなんだろうけど……アレってようは方便だし。
人気のない場所を選んだのは、今の内に少し踏み込んだ話がしたいと思ったから。
選んだのは、涼しいというより学園の中でも校舎の陰になっている、やや薄暗い場所。
何も無いせいか学生もあまり寄り付かないそこを目指していたら、どういう訳か本当にルーエの顔色が悪くなってしまったみたい。
元から白い肌だけど、今や建物の影の中にいてさえもはっきりと分かるくらいに青ざめた顔色をしていた。
「ルーエ?」
「…………」
ちょっと。
なんであからさまに怯えてんのよ。
セイラとクルエラの2人がかりで責められてた時だって、ここまで酷くなかったじゃない。
「……知ってるの、ね?」
何……って、ああ。
食堂の時の“アレ”。
普通なら“アレ”が嘘なら単なる一時撤退、本当なら体調を回復させる為の休息に向かったんだとしか思わないんだろうけど、この子の場合は“違う”のね。
さすがは情報収集のプロ。そこから導き出す回答も的を得たモノってね。
実際に頭の回転が速い方だってのは、付き合ってきた中で知れた事だけど。
彼女には、人に知られたくない秘密がある。
コンプレックスと言っても良い。
吃音に近いしゃべり方をするのは、その秘密によって今までまともに同年代の子女と交流を持たなかった事が原因……と、設定ではなっていたけれど。
あくまで設定上の事であって、それが全てじゃないのだろう。
長年の癖という可能性だってあるのだし。
で、それも含めて設定に当てはまる部分が多いのだろうけど、様子を見てきた限りでは少なくとも交友関係を誰とも持って無かった事は確実のようね。
……ならば恐らく、彼女の秘密も設定どおり存在するのだ。
そしてそれは、今まで見てきた中での食事風景にも現れていたのを私は知っていた。
……隠しても、無駄なのよね。
きっと彼女は気付いてしまう。私が知っているという事に。
ならばもうここは、正直に言うしかない。
「ええ。知ってるわ」
「お願い!しゃべらないで!!」
らしくなく、食い気味に懇願するルーエ。
対して、どこか冷静なまま問い返す自分。
「つまり?」
「知られたくない!!」
頭が、というより……これはきっと心が……冷えてきたみたいな気分になった。
自分でも、表情が固まってるのが分かる。
出てくる言葉にも、温かみが感じられない。
変ね、こんなはずじゃなかったのに。
「言わないわよ。……友人、かどうかはともかく、少なくとも私は貴女の事を嫌いだとか思ってないし。だったら、その人が言いたくない事を勝手に誰かに言う必要もないでしょ?」
「でも……」
「言わないわ。それでいい?」
はっきりと言い切れば、こくりと小さく頷くルーエ。
「……まあ私としては、あの子たちの事を思えば早々にバラしてしまった方が身のためだと思うけれどね」
そういうと、彼女は少し震えた。
ふう、と小さく溜息を吐く。
どうやらこの調子では、隠し事せず何もかも話し合えるような親友だと思っているのは“彼女”だけのようね。
心の全てを許しあえるような、信頼に足る人物であるとは思われてないんでしょう。
仲良さそうに見えても、まだまだ壁は分厚いって事なのね。
もっともこれは、本来ルーエとの友情ルート後半で明かされる秘密なんだし、そう考えるとおかしくは無いのでしょうけど。
うーん……今まさに葛藤している最中で、クルエラが余計な茶々を入れるから余計こじれてしまっている……とか?
……本当にあの子、何がしたいのよ。
何だか頭が痛くなってきたけれど、それでもこれだけは言っておかなきゃいけないと思った。
「クルエラはきっと知っているわよ」
その言葉に、はっと顔を上げるルーエ。
いつもの、ややもすると取り澄ました……なんて言われかねないくらい微動だにしない表情筋が、今は悲しげに眉を寄せている。
「それでいてあの態度なら、きっとこれからも“それ”を理由に責められる事くらい……分かるわよね」
「………でも」
でも?
「クルエラが……言う事、嘘じゃない、正論だ、から……。そう見える、事も、知ってる。……もしかしたら、例え、知っていたとしても……本当に、気をつかってくれてるのかも、しれない……し?ただ、食べないだけ、我がまま……って、皆に思われて、いるのなら……それは、それで……いい。本当の、事、知られてしまうより……ずっと。……それに、少なくとも……セイラは、あの子だけは、違うって……きっと、いつか……って。信じたい、の」
えー。
自分自身でどうにもできない事で責められているのに、そこで許してしまうの?
気を使うとか……彼女に限ってそれは無いと思うけどねえ……。
友人を信じたいと思うのは自由だし、嫌な事があったからってすぐに縁を切るってのも確かに短絡かもしれないけれど……。
とはいえ『ゲーム』の事を知らなければ、私が言う事の真偽は分からない……ってのはあるかもしれないわね。
説明も……したところでまず信じないでしょうねえ、前世はともかく『ゲーム』だなんて。
セイラでさえ何もかも打ち明けるくらいに信頼されていないのに、交流の限定されてる私が信じてもらえるかって言うと微妙だし……。
下手すると、余計な事言って仲をぶち壊しにしようとしてる、とも取られないのか。
あ、ちょっとせつないかも。
それに「セイラは違う」なんて言うけど、クルエラの嘘に気付かない……そもそも事情を知らない今のあの子じゃ、自分から相手にやむを得ない事情がある事に気づくなんて高等芸、望み薄な気が……。
元から天然気質で暴走癖のある子だもの。
言わなきゃ気付かず責め続けてしまう方に賭けたくなるわ……。
時間があれば様子見て止めるって手段も使えるんだけど……。あいにく〆切りが……。
かといって、ここまで言う子を無理に引き離すのも……ねえ。そこまでの間柄じゃないっていうか。
じゃあ好きにしなさいよって言いたくなるっていうか。
でも気になるし……。
う、何だか胃のへんが痛くなってきた様な。
「それに私、絶対に行かないから」
え、どこへ?
「『塔』には絶対、行きたくない。『お人形』になんて、絶対になりたくない……っ」
あ。
あー……。
お人形、っていうか実験体ね。
そういえば、彼女のバッドエンドルートは『塔』に連れ去られて消息不明になるんだっけ。
あー……だから私に脅えていたのね。
人目のないところに誘導なんて、彼女からすれば嫌な予想しかないって訳。
……って、そんな人の意思無視するような事するわけないじゃないの、失礼な。
どっかの誰かたちは確かに人には言えない様な非合法な実験もする事があるけど、それも一応各所に申告してからだし、実験体にするにしたってちゃんと認可された……あー……。
結局そこに戻って来るのね。
彼女の血筋……というか『種族』は、その成り立ちからして魔法実験にたびたび“使われてきた”という、ある意味実績があって……。正確には『別物』というか『似て非なるもの』らしいけど。
でもだからこそ怯えていた訳だ。
伝承に残る彼女の先祖が、過去どんな扱いを受けていたか。
自分もそんな風に、意思を無視した扱いをされたくないと。
「私が『塔』の関係者で、2人きりで連れ出されたりしたからビビってる訳?」
ズバリ、聞いてみた。
「……っ、だって、知ってたら……」
やっぱりそこなの。
思わず溜息が出たわよ。
「高度な自我意思のある存在を、そんな非合法な実験に使う訳ないじゃない。使うとしたら、それこそ自ら望んだ者だけよ。それか趣味かマゾだけね」
「……」
冗談にまぎれさせようとしたけど、これは失敗?
と思いきや、彼女が考えてたのはそれとは別の事だったらしい。
「……嘘」
ぴくりと、片眉を上げる。
何の話かしら?
「メフィ先生、嘘吐いた。……塔の、内部関係者……でもなければ、今の言葉、出てこない……はず」
「……」
今度は私が黙る番だった。
「じゃあ、こういう事にしておかない?私は貴女の『本来の種族』については口を噤む。誰にも口外しないわ。セイラにも、一応……クルエラにも。だから、貴女も私の所属については詮索しないで欲しいの。どう?これならお互い弱みを握る事になるわよね?」
「…………わかった。それなら、納得できる」
……まあ、一方的に「私は言いません」って言うよりは真実味が増すかしら?
――――――こういう関係を、望んでいた訳じゃないけれど。
……ホントはちょっぴり嫌だなって思うけれども。
でもま、ルーエがその方が安心だっていうなら。
彼女がこちらについての事情を、他所に口外するとも思わないし。
そういう子じゃない事くらい、短くない付き合いで分かってるもの。
そうそう、これも言っておかなきゃね。
「ルーエ、私、貴女から口にするまでは絶対言わないでおくけど、状況に変化があった場合の保証まではしかねるわよ。むやみやたらに広める真似は絶対しないって誓えるけど、貴女を傷つける人を放置しておけるほど、私人でなしじゃないつもりだから。それと、本当にどうしようもなくなった時には、塔とかそんなの関係無しに助けを求めていいんだからね。貴女を見捨てるくらいなら、どんな人が相手だって物理的に潰すくらいはしてのけるんだから」
「それは……」
さすがに冗談と思ったのか、ルーエの口の端がぴくってした。
少しは、笑えたかしら?
「良い機会だもの、友達になりましょ。……って言って、なるものでもないけどね、友人関係なんて」
少しだけ、自嘲する。
お互い弱み握り合って、その上で友情を口にするなんて、なんて欺瞞。
それでも、ルーエは。
「私は……思ってた、よ……ずっと。友達……って」
さて、そんな事があってからしばらく。
今のところ、ルーエからは何もない。
私は私で例によって頭を抱えていた為、あえて食堂まで足を運ぶ事も無かった……というか、そもそもその時間すら惜しいので……いやでも何かあったなんて連絡無かったし。
安心しちゃいけないところなんでしょうけど、でも私的なやりとりなら少ししてたから……回線(しかも専用)で。
だから多分大丈夫。……大丈夫、よね?きっと。
……今夜あたりにでも、さりげなく聞いてみようかしら?多分向こうも察すると思うけど。
さりげなくって難しい……。
で、そんなしばらく経った休日の事。
自宅の机で資料広げつつ、ウンウン唸っているのにもいい加減嫌気がさしたので、気分転換に学園内をうろついていたところ……食堂の裏手で誰かがぼそぼそと小声で会話?しているのが聞こえた。
あまり人の話を聞くのも悪いだろうと、踵を返そうとした時。
「おや」
「あ……」
見つかる様にばったり出会ったのは、私にしては珍しいと言いたくなる人で。
食堂職員用の出入口らしき狭い三和土に腰かけてたのは、料理人のレジルさんだった。
あら?誰かと話してたような内容に聞こえたんだけど、誰もいない?
「こんにちは」
「どうも、いつもお世話になってます」
向こうから声をかけられたのもあって、とりあえず挨拶くらいはしておくべきかと思ったのだけど。
嘘じゃ、ないわよね?
多少誇張があるけれど、それでも十分社交辞令の範囲内だと思……ったのだけど、相手には苦笑されてしまったわ。
「いえいえ、お嬢さんは中々こちらには来られないでしょう?ですがいつも残さず完食していただいているので、こちらこそありがとうございますと言うべきでしょうね」
あら、バレてた。
というか、めったに利用しない客の事まで良くそんな詳しく覚えているわね。
思わず目がまんまるくなってしまったわよ。
「すみません、皆さまどうしてもよく目立つものですから……」
苦笑させてしまったわ。
それにしても、目立つ、ねえ……。
思わず半目になってしまうのも、無理は無いと思うのよ。
“アレら”と一緒にされてるのか、私は……。
ああうん、考えてみたらお昼の食堂利用って、頻度が少ないとはいえ大抵向こうから声かけられて一緒のパターンが多かったわ。……断り難い雰囲気なのよね、どうしても。
ああいうのも一種の『影響力』っていうのかしら……。
「あの、それで……ですね」
若干遠い目をしていたら、目の前のレジルさんが何やらもじもじと……本当にこういう形容しか思い浮かばないんだけど……していたので、一応「何ですか?」と聞いてみる。
言い難い事でもあったかしら?
「あの子……あれからどうでしたか?」
あの子。
ああ、あの子ね。
「ルーエの事?」
「あっ、ええそうです!その子!」
心配してくれてる、のかしら?
まあ、目の前で騒ぎになりかけたものね。
「大丈夫、って言い切って良いものかどうか少し迷うところだけれど、とりあえずは……そうね、現状維持ってところかしら?ああ、具合悪い云々の方なら大丈夫だと思うわ」
「そう、でしたか」
ほっとしたみたいに息を吐くレジルさん。
やっぱり気にかけてくれてたのね。
「その後、見てないんですか?毎日の様に食堂に行ってるものだと」
直接で無いにしろ、話している中で食に関する話題は出なかった……というか、正直避けてる部分もあったから。
だから実際どうなってるのか、良く分かって無かったんだけれど。
「ちょうどフロアに出ている時間帯で会えるかどうか、運次第……みたいな部分もありましてね」
ああそっか。
本来ならこの人、厨房内での作業の方が多いんだわ。
フロア作業なんて、それこそ魔法で全部どうにかできてしまうのだし。
「あの、それで……現状維持とは?差し支えなければお教えしていただけませんかね。あ、もしかしてあの時ケンカみたいになってしまったの、ずっと継続中なんですか!?」
「あー……えーっと……いやそんな大げさなものでもないんですけど……多分。ただ、少なくともルーエ本人には『早めに仲直りしなさい』とは言っておいたんですけれどね」
正直少し言い難い。
どうしても主語抜きとか意訳とか、ぼかした言い方になってしまうから。
本人のいないところで、あれこれしゃべる訳にもいかないし……。
ケンカ?については、むしろ一方的と言うか……って、そっちの方がもっと酷いかしら。
「その、貴女は彼女のご友人なんですよね?具体的には?親友って言えるほど?」
えっ?なに急に。
「……いや、そこまでは……あ、でもマメに連絡取り合うようにはなったか」
しら……と、最後まで言い切らない内だった。
「なら貴女もご存じだとは思うのですが、彼女、注文量も少なければ消費量も少ない……といいますか、むしろ少なすぎるくらいなんですよ」
「えっと」
「もちろん、朝夕でしっかり取る人もいるでしょう。しかしどうやら彼女はそれに当てはまらないようで……」
どう、言ったらいいものかしらねえ、これ。
私自身この人の事よく知ってる訳でもないのに、どこまで言っていいものなのか……。
ただ、見てる限りでは割と本気で気にしているみたいに見えるし……。
「教えていただけませんか、是非に!」
悩んでいたら、不意に覆いかぶさるよう距離を詰められ、ぎゅうっと手を掴まれた……というか握られた。
「あの子の少食と偏食、直す為にぜひ協力していただきたいんですよ!!もう頼れるのは貴女くらいしかいなくて!!」
えっ!?
ええっ!?
……いやそれ、偏食っていうか……多分違う……んだけど……。
むしろ、魔法学園専属料理人の貴方がそれを知らないの?って、問い返したい気分だわ。
本編に絡まない至極どうでもいい豆知識。
影響力:いわゆるZOC。
なおいつもの面々の場合。表記は某召喚夜準拠で。
闘気:ヴィクトール、抜剣アルフレア
威圧:シャリラン、アルフレア、メフィ、抜剣レディ
眼力:クルエラ、セイラ
なし:ルーエ、グーリンディ、レジル
(非常にどうでもいい注:抜剣→いわゆる抜剣覚醒。簡単にいえば、火力が爆上がりする。Gガンにおける明鏡止水モード(ただしデメリットあり)みたいな……あれ?一般向けの説明になって無い?)




