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魔法の森学園乙女ゲーム狂騒譚  作者: 深月 涼
後期~ルーエの恋~
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ラビの苦悩とルーエの問題

「こほん、まあそういう訳で、魔法陣の設計(図面)を引くのに苦労しているって訳。そのままやると燃費悪過ぎの上……おでぶちゃんになってしまいそうなのよねえ」

「おでぶ、ですか」

 グーリンディ君の呟きみたいな言葉に、こっくり頷きを返す。

 それが要は肥大化って事なんだけど。

「おでぶなのは、それはそれでかまわないんだけど」

「かまわないんだ」

 立ち戻ったシャリラン殿下が、口の端を引きつらせるみたいに笑いながらそうツッコむ。

 どんな姿でも、可愛い私の召喚獣だもの。そこは当然でしょう?

 ただ……今回はどうしても『でぶ』を許すわけにいかないのよねえ……。


「肥大化するって事は、全体の形が崩れるって事ですから。つまりそのまま空を飛ばすには、体勢に無理が出るって事です。なのでその分調整が大変なんですよ。その上、ある程度以上速度出そうと思ったら『ただ大きすぎるだけの体』っていうのはやっぱり邪魔にしかならないんですよね」

 横に広げるだけじゃなくて、その分体高も高くすれば(主に美しさという点で)釣り合いは取れるだろうけど、それはそれとしてその巨体をどう維持し、どう浮かせるか、どう飛ばすかが問題になって来る訳で。

 巨体を維持するにも膨大な魔力が必要、それを飛ばすにも膨大な魔力が必要とか……もうどうしろっていうのかと。

 例え脚力上げて助走させ、それを補助に飛ばすにしても、毎回それが可能な条件が揃うかっていう問題もあるし。

 何よりそれだと、愛嬌はあるかもしれないけれど……きっぱりはっきり美しくない!

 やっぱりドラゴンは、かっこよくなきゃ!


「トトの様に、重力で浮かせて操作するようにすればいいんじゃないかな?」

 それが無理なんですってば。

 私自身の事情もそうだけど、なによりトトの場合は浮く事自体が重要であって速度は関係なかった。

 でも“この子”は違う。

「全てを魔力で賄うのは、やはり難しいんですよ。さっきも言いましたけど、とにかく燃費が悪すぎる。だから、火や風の力を利用しつつ飛ばそうとしているんです」

「そもそも飛ばないという選択肢は」

「無いわ」

「無いよな」

「「そこにロマンがあるんだから」」

「……お前ら」

 まだまだ分かってないわね、ヴィクトール。

 召喚魔法士はロマンを追求する職業よ?

 それを諦める選択肢なんて、最初からあるわけないじゃない!


「まあ、リグレッドの悩みは分かったよ」

「とはいえ、私たちがどうこう出来るものでもなさそうだが」

「自己鍛錬あるのみ、だな」

「そうね……」

 それしかない、か。

 後は、魔法陣という名の設計図面の簡略化を進める事くらいか。……頭こんがらがりそうだけど。

 炎と飛行つけるにしたって、今のままでは魔力がいくらあってもおっつかないのは事実。

 本当に、どうしたらいいのかしら。


「それで?ラビくんは、一体何で悩んでるの?」

 向きを変えたセイラの問いに、それまでなんとなく楽しげな笑みを浮かべていたラビが頭を抱えてテーブルに突っ伏した。

 何その自然な流れ。

 ある意味美しい動作に、彼の苦悩と深刻さがうかがえた。

 やがて、押し殺すようなうめき声が聞こえてくる。

「……決められないんだ」

「えっ?」

 ぽつりとした声に、思わずと言った感じでグーリンディ君が問い返すと、勢い良くガバリとラビが顔を上げた。

「だからッッ、どうするのか全然絞れないんだよッ、新ゴーレムの武装!!!」

 魂からの叫びだった。

 私?知ってたわよ、当然。


「武装、ですの」

「なんというか、ラビらしいね」

「あはは……」

「うんうん」

「え……っと、あのね?わたし思うんだけど、どうしても武器を持たせなきゃいけないの?ゴーレムって、ただゴーレムってだけで強いって思ってたから、無理に強くする必要ないんじゃないのかなって思うんだけど。それに、武器って危なくないかな?ゴライアスくんの戦う姿はかっこよかったし、助かったのも事実だけど……それだけの為の道具にするのは、なんだかかわいそうかなって……。小さいゴンザレスくんみたいのじゃ、ダメなのかなあ」

 事情を察した友人たちが乾いた笑いをこぼす中、しょんぼりとセイラが言う。

 そうねえ、この辺は趣味の違いかしらね。

「うーん……愛玩(カワイイ)系のゴーレムかあ……。でもなあ、何だか物足りない気もするんだよなあ……。それに今から方針変えるとしても、他の奴らと被っちゃうしなあ……」

 そういえば、いたわね。

 あれはどちらかといえば、ゴーレムというよりは人形系専門だったけれども。

「ラビたちは最初から『最強』を目指していたものね。別方面に転換するとなると、夢をあきらめてしまう事になってしまいかねないんじゃないのかしら?」

「それはなんか、嫌だなあ……。それにさ、今はオレだけでやってる事じゃ、ないからなあ」

「そうなんだ……」

 彼の場合は、友人たちと相談しつつやっている部分もあるから。

 どこまで足並みそろえてやってるのかまでは、さすがに把握していないのだけど。


「ふむ。具体的には、どのような案があるのだ?例えばゴンザオーの様な巨大剣とかか?」

「そうっ、そこなんだよ!!」

 とりあえず方針転換案は置いとくつもりなのかヴィクトールがそう聞くと、とたんにラビの表情が輝いた。

「いくつかあるんだけどさっ、とりあえずドリル実装しようぜってなって!」

「あ、ああ」

「だったらハンマーも欲しいじゃん!?」

「そ、そういうもの、かな……?」

「必殺剣はもうやったけど、銃系はまだだしビーム撃ちたいから外せないよなってなって」

「そ、う?」

「それかさ、機体も増えた事だし、いっそゴンとかゴライアス格納できる移動基地みたいなでっかいヤツでもいいかなって!」

「……その基地も、人型に変形するんだね?」

「当然!!」

 鼻息荒く肯定するラビに、周囲は引き気味だ。

 ……良く考えたらこれって、ラビルートの状況と似ている気がするんだけど。

 友人たちと学科の仲間たちの反応が真逆なだけで。

 ………………よし、見なかった事にしよう。


「まあ、それだけ大きなものになるんだったら、武装も数が多い方が良いんだろうけど……」

 ふむう、と考えるそぶりなシャリラン殿下に、ラビが再び突っ伏した。

「だから困ってるんだよ。レディじゃないけど、それだけのものを創り上げて使いこなせるかっていうと……」

 やっぱり、維持魔力(コスト)が問題になってくるわけだ。

 しかも用途が限られるっていう。

 まさか彼を出す為だけにゴンザレスやゴライアスを同時召喚する訳にも行かないし、それこそラビが干上がっちゃうわ。

 周囲との連携が大事になってくるけれど、複数人で1体を召喚するって手が使えれば基地ゴーレムの召喚も夢じゃないんでしょうけど。

 残念ながら、今回の試験の題目には当てはまらないのよねえ。あくまで個人で召喚しなければならないから。

 やるんだったらそれこそ、同好会でも作って自由研究扱いにするとかじゃないと。


「……それ、全部付けるのは、ダメ……なの?」

「そうなんだよ……」

 へこむラビに向かってルーエが問う。

 何だか可哀想なものを慰めるみたいな口調で。

 そうなのよねえ。1つのゴーレムでそれを全部賄おうとするからこそ、少しどころじゃ無く難しい……んだけ、ど。

 ん?ちょっと待った。

「基地変形するのはともかく、武器そのものへの変形なら可能じゃないかしら?同サイズ複数の変形パターンを組み込むだけなら、消費魔力(コスト)面から見る分にはさほど難しくないと思うのよ。それをゴンザレスやゴライアスに持たせればいいんじゃないかしら?」

「ハッ!?」

 なんとなくの思いつきをポロっと口にした直後、がばりと顔を上げたラビの表情ったら。

 今までとまるで違っていたわ。


万能武器(マルチウェポン)、か」

「本来の意味とは少々異なるようですけれどね」

 細かい事は良いのよ、クルエラ!

「紙、紙、誰か紙――――――ッ!!」

 思考が全力で回転し始めたのか、髪を振り乱して紙を求めるラビ。

 攻略対象としての美形っぷりなんて、まるで最初から無かったみたいに台無しよ。

「よければこれをどうぞ」

「ああああああああありがとうーーーーーー!!」

 脇からそっと差し出したのは、いつぞや振りの顔。

「まあ、レジル!」

「あ、レジルさん」

「………ッッ」

 学食の料理人にして“このゲーム”の隠し攻略対象でもあったレジルさんだった。

 へえ。この反応は、ちょっと意外というか。

 セイラもクルエラも嬉しそうだし、人気……というか好かれているのねえ。


「中々ににぎやかで楽しそうでしたので、つい。お邪魔でしたか?」

「いいえ、とんでもないわ!貴方が話しかけてくれてわたくし、本当に嬉しかったんですのよ?」

「そうですよ、クルエラちゃんの言うとおりです!気にしないでくださいっ!」

 貰った紙とペンでさっそくガリガリと書き始めたラビを余所に、レジルさんはセイラやクルエラとにこやかにあいさつを交わす。

 さっきの話、消費魔力は抑えられてもその分設計図面が複雑化するわけだけど……様子を見る限り、なんとかしてしまいそうね。

 さすがゴーレム特化脳。

 そしてそんなラビの姿は(スルー)される、と。

 皆慣れてるわね。

「あっ、でもお仕事中なら引き留めちゃまずいのかな?」

「少しくらいならば問題ありません。そろそろ混雑も終りですからね」

 あら、もうそんな時間?

 休憩もほどほどで切り上げて、そろそろ戻るべきかしら。

 ラビはともかく、私の方は根本が解決して無いわけだし。


「えへへ、いつもおいしいご飯ありがとうございますっ!今日も美味しかったですっ!」

「ええ、本当に。定食(セットメニュー)も組み合わせや内容に変化があって飽きがきませんし。利用者の事を良く考えてくださってるのね。おかげでわたくしも、ここの食事にすっかりハマってしまっているんですのよ。家の料理人たちに申し訳ないくらいですわ」

「来週からだったっけ?大型新メニューって。わたしっ、すっごく楽しみなんだあ!ねっ、ルーエも楽しみにしてるって、言ってたもんね!」

「………ッ」

 セイラの言葉にルーエの方を見れば……なんというかこう、今にも泣きそうな顔をしていたわ。

 どうして?

「ルーエ?」

「…………あ、の」

 見る間に顔は紅潮し、瞳がさらに潤んでいくのが分かった。

 これは……何かあったのかしら?


 そういえば、以前ちらっと聞いた事があったわね。

 どうやらルーエは、彼に好意を抱いているようだって。

 からかいの範疇なのかもしれないと、あまり大ごとに捉えてはいなかった気もするけれど。

 なら彼女の反応は、憧れの人に会えて感極まってしまった……と取る事も出来るのだろうけれども。

 どこか、変な空気。

 ルーエを見るレジルさんの表情も、少し曇って見えるっていうか。

 口元は笑んでいるのに、目元や眉が悲しげに見えてしまうというか。

 ただ私自身、彼の事は良く知らないに等しい訳で。

 ……気のせい、かしら?


「お気に召しませんか?」

 気にかける様な声音。

 すでに食事の終わっていた面々はともかく、ルーエの前にはいまだほとんど手のつけられていない食事が置いてあった。

 小さなパンが少しと、サラダとスープ。

 それだけしか、置いていないにもかかわらず。

 これだって、サラダだけしか取ろうとしなかった彼女のトレイに、強引にクルエラやセイラが乗せてしまったものらしいけれど。


 ルーエには事情がある。

 彼女の友情ルートで明かされるその秘密を、ゲームを知る私も当然のように知識として持っていて。

 だから、無理しないでと言った方が良かったのかもしれないけれど、今日のこの場に後から来た私にはそれを言う機会も無く。

 それでも、もっと気にかけるべきだったかしら?

 ううん、そこまでするほどの関係?私たち。

「ち、が……う……から……」

 いつもは言葉少ないながらもはっきりとしゃべる彼女が、常に無くか細い声で否定し、ふるふると首を横に振る。

 まるで、叱られているようにも見えてしまうわね。

「ルーエって、変よね。だって私たちと一緒にいる時には、学食で出される食事美味しいって言うじゃない?なのに、いっつもそうやって残すんだもん。そもそもそんなに食べようってしないし」

 あ。

 それ禁句。

「無理に同意なさらなくてもよろしいのよ?貴女本当は、さほどここの食事が気に入ってないのではなくて?」

 咎めるような2人の言葉に、ルーエは。

「それは違うっ!!」

 椅子を蹴倒す勢いで立ちあがり、らしくない激しさで即座に否定した。


「座りたまえ、ルーエ嬢。他の皆の迷惑だよ」

 シャリラン殿下の硬い声に、紅潮していた頬は一気に血の気が引いたように青ざめた。

「す、みま、せ……」

 ああ、今度こそ本当に泣きそうだ。

「あの、無理しないでくださいね」

 慰めになっているようないない様な事を言うグーリンディ君。

 急に雰囲気が変わってしまったから、どうしていいのか戸惑っているみたいにおろおろしてる。

 アルフレア殿下とヴィクトールは、難しい顔して黙りこんじゃってるし。

「なあ、どっちなんだ?好きなの?嫌いなの?」

「え……えっと、好き、です……」

 こういう時、単純思考のラビは頼りになるわね。

 私だと、どうしてもどう言っていいのか考えてしまうもの。

 少し様子を見るべきかしら?


「でも、ちっとも口に運んでないじゃない。そんなのじゃ、いつか倒れちゃうよ!」

「わたくしたち、怒っているのではないのよ。ただ、心配しているのですわ」

「…………ごめん、なさい……」

 友人2人の言葉に、余計縮こまってしまったルーエ。

 もう、せっかく持ち直したかなって思ったのに。

「いえ、彼も言ったように無理に食べなくて良いんですよ。むしろそれで具合を悪くしてしまっては、元も子もありませんからね。ふふ、これはこれで挑戦のしがいがあります。君が気に入ってくれるような料理をいつか必ず作ってみせるから、だから少し時間をくれないかな?」

「あ……の……」

 優しい言葉をかけられて、顔を上げたルーエだったけど。

「貴女、お忙しい方にここまで言わせてしまっているのよ?申し訳ないと思わないのかしら?」

「ごめ……ん、なさ……」

 目を釣り上げたのはクルエラで。

 ……このままでは、彼女が責められて終わってしまいそうね。

 男子たちと目が合った。

 ……私か。

 まあ、王子様方が口を出すと大事になってしまいそうだものね。

 同性の友人が心配して説教になりかけてる……くらいで止めておいた方が無難、か。


「ええと……少しルーエの“顔色がおかしい”気がするけど、さっきまではいつも通りだったし、言うほどじゃないけどちょっとだけ具合が悪くなっちゃってるとか?体調が悪ければ食欲無くなるだろうし。私だって不調の時には食べられない時があるんだから、わざわざ目くじら立てる事なんて無いわよ。気にする事無いわ。むしろ料理人は人に食べさせるのが仕事なんだから、食べられるものを作ってくれるというのなら有難く受け取ればいいのよ。ねえルーエ、それ、今すぐは食べられなくても時間をかければ食べられるのよね?」

「え……?」

 何を言われたのか分からないみたいに、きょとんとするルーエ。

 さっきから珍しいものを見ている気がするわ。

 普段からあまり感情が出ないだけに、やっぱり食事に関する事は特別なのかしら。

 それとも『彼』だから?


「よければこれ、詰めてもらえます?」

「あ、ああ、そうですね。では、サラダはパンに挟んで食べやすくした方が良いでしょうか。スープは魔法びんの方に入れておきますね」

「え、あ、あの……」

 本人が動揺しているうちに残った食事を下げ、さっさと向きを変えて戻ろうとするレジルさん。

 あら、どことなくさっきとまた雰囲気が違う?

 ちらりと見えた口元が、笑ってるように見えたわ。

 いえ、さっきからずっと微笑んではいたんだけど。

「そんな!特別扱いだなんていけませんわ!」

「でも、その方が良いかもしれないね。ゴメンね、ルーエ。わたしちっとも気付かなくって」

 憤り止めようとするクルエラを宥め、セイラが申し訳なさそうに謝った。

「えと、ちが……」

「体調が悪いならば、きちんとそう言いたまえ。誰も責めはしないし、かえって体調が悪化してしまう方が問題だ」

「そ、その……」

 シャリラン殿下の(多分乗っかってくれたんだと思うんだけど)その言葉にも、動揺が酷くてまともに返事が返せない、みたいになってしまっているけれど……彼女の為にはその方が良いのかもしれないわね。

 さて、誤魔化しが効いている内に連れ出しますか。


「ルーエ、貴女少し涼しい場所で休んだ方が良いと思うわ。良い場所を知っているから連れてってあげる」

「えっ、あっ」

「(その方が良いでしょう?)」

 こそりと囁くと、びっくりしたみたいに目を見開いた。

 嘘のような嘘じゃない内容の話をして誤魔化した理由も、ちゃんと説明しておかないと。

 わたしだって、勝手に何言ってんのって怒られたくないものね。

「それにラビ、後は学科に戻ってからやりなさい。ここは食堂で、図書館じゃないのよ」

 基本的に筆記用具はまずいでしょうが。

「お、おう!よし、後は皆と相談して……」

「そうしなさい。それと、ペンはちゃんと返しておくのよ。では、すみませんが私たちはこれで」

 離脱しようとする私たちに――――――私に向かって鋭い一瞥をくれたのはクルエラ。

 ワザと……なのかしら?

 彼女もルーエの事情を知っている……その筈だし……。

 ただ、それをあげつらう理由が分からないわ。

 彼女を攻撃して、何か意味があるというの?

 だってルーエは敵じゃない、むしろ味方なのに。

 ……さっぱり分からないわ。


 考えつつも、ルーエの手を引き食堂を出る。

 この場を切り抜けたのは良いけれど、これからどうすべきかしら?

 とりあえず彼女がどうしたいのか、聞いておくことから始めた方がよさそうね。

 言われっぱなしでいいなんて、そんな風に思うならば別だけど。




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