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魔法の森学園乙女ゲーム狂騒譚  作者: 深月 涼
後期~ルーエの恋~
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理不尽はドールハウスでままごとを楽しんでいる

 ゆらり、ちらりと揺れては瞬く虹色の小さな炎。

 その炎に映し出されているのは、1人の乙女―――というにはいささか幼い印象の残る少女だった。

 揺らめく炎のせいかその映像から細部を確認するのは難しく、時折乱れ(ノイズ)が混じり、色の波が踊る為に彼女の色までは分からない。

 けれど、特徴的とさえ言えるほどに巻かれ結い上げられた豊かな髪と、強い意志を表すかのようなやや釣り上がった目は、彼女が誰であるのかをはっきりと示していた。

『……夏休みのイベント……』

『どうして……?セイラは……』

『なぜ……上手く行かない……?』

『“邪魔者”もいないのに……やっぱりルーエの存在が……?』

 どこか聞き取りづらいその音声は、しかしやがてはっきりと聞こえるまでになった。


『……いいわ、後期からまた仕切り直しよッ!ヒロインであるセイラにイベントを起こさせ、鍵となるセリフを自分が言うようにすれば乗っ取れる。これは間違いないはずだわ。好感度調整が上手く行かなかったのは……あの時はアドリブとか入れていたし、ちょっと自由に振舞いすぎたかもしれないわね。イベントトリガーの関係で譲った場面もあったし。でも今回からは完ぺきに真似て、全て私のイベントにしちゃえばきっと大丈夫のはずよ。後は細やかに気遣えば、今度こそ“彼ら”は私に落ちてくれるはずだわ!“イレギュラーのあの子”は気になるけど……だったら物理的に距離を“置かせて”しまえばいいんだし。ちょうどおあつらえ向きに大きなイベントもあるから……。うふっ、お父様におねだりしちゃおーっと!……あっ、でもこのテを使うとなると、ラビまで巻き添え食っちゃうわね……。ま、いっか。あの子そんなに重要キャラでもないし、単純だから巻き返しもラクでしょ!あっ、後期といえば“あの人”との外出イベントもあったわね、だったらそこを確実に押さえるようにしておけば……。アレは期間限定のイベントだし、“あの子”にだってさすがにすべてを予測できないだろうから……。そうとなれば、邪魔になるのはルーエただ1人……ね。余計な茶々入れられても困るもの、早々に排除しないと……。けど、あれはまあ弱みもあるし、そこに付け込めば向こうは強く出られないはずだし……うん、完璧ッ!!』

 両の手を握り込み、何やら楽しそうに決意する少女。

 ……映像は、そこで途切れた。


 何故途切れたのかといえば、単純な話、芯が燃え尽きようとしていたからに他ならない。

 灰皿に残っているのは炎を宿していた木切れ……いや、1本のマッチの残骸。

 しゅ、と微かな音がして、別のマッチ棒に炎が灯される。

 再び揺らめき始めた炎は先ほどとは違う、ごく普通のありふれた赤。

 照らしだされたのは目の前の小さな火と同じく、燃える様な見事な赤い髪色をした青年だった。


「これではっきりとした。『彼女』は『我々』を……手段についてはいまだ判然としないが、少なくとも傀儡と化さんと企んでいる事が。そして不当な手段でもって、友人たちをことごとく追い落とさんとしているという事が。ならば、わたしも決意しよう――――――『悪』は、倒さねばらない、と」


 最後にぽつりと。

 しかしはっきりと言い切る。


「そうだ、『悪』は、滅ぼさねばならない」


 もう1度、はっきりと。


「『悪』と分かったからには、例え相手が誰であろうと鉄槌を下し、知らしめなければならない――――――それが『正義』なのだから」


「そうよぉ、それが『正義』なんだからあ」

 どこかおかしげな少女の幼い声が追従する。

 しかし青年は、それに構う事無く熱の籠った言葉を吐く。


「『悪』には、必ずや報いを受けさせねばならない!!――――――断罪を!そうだ、『悪』には絶対なる断罪を!『悪』は永劫、許されてはならないのだから!!」


 そう―――それはまるで、舞台に立つ独裁者の演説が如く。

 宣言したのは、過去世界において手に入れた『使用者が望む夢幻を見せる魔法の虹色マッチ』でもって“友人であった”者の“悪行”を見破った(・・・・)……セントラーダ第2王子アルフレア、その人であった。

 しかし力強く言い切ったはずのその言葉は、どこか虚ろな響きを帯びてもいて。


『断罪を!断罪、断罪ですって!!くすくすくすっ――――――うふふふ、うふふぁはははははッ、キャハハハハハハハハハハッッ!楽しいわあ!狙いどおりねえ!!あはははははははっ!!さあっ、いよいよ大詰めよ!この日の為に、いーっぱい仕込みして、いーっぱい我慢して来たんだから!せいぜい楽しく踊り狂って頂戴、特別大事にしてきたお人形さんたち!!じゃないと絶対許さないんだから!くすくすくすっ、ふふ、ぁハハハハハハハハっ!!』


 背後に浮かぶ半透明の、青のドレスと白のエプロンを纏った金髪少女の嗤い声が、部屋中に満ちるかのように響き渡った。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「でもでもっ、本当に楽しみだね、感謝祭!わたしっ、子供のころ1度だけ王都に見に行った事があったけど、あれっ、すっごかったなあ!」

 後期が始まってしばらく経つ。

 今私は、いつも通りに全員集合していると知っていて、それでもなお……ラビと共に食堂へと足を運んでいた。

 だって……教室でご飯食べる気分じゃなかったんだもの。

 今の話題は、秋の月の終わりに行われる王都の『大感謝祭』について。

 王宮主体で開催されるから、殿下方もばっちり絡んでくるのよね。

 ………わたしとラビは別の方面から絡む事になったようだけど。

「今年も期待していていいと、父が言っていた。セイラは?もちろん来るんだろう?」

「うんっ!……って言いたいところだけど、正直どうかなあって。だってクルエラもルーエも、ご家族と一緒なんでしょ?ラビ君やリグレッドちゃんは忙しそうだし……」

 少しさびしそうなセイラ。

 貴族位を持つ家は、準備から運営まで関わるから。

 私も、塔の一員として裏方業務に従事する事になったろう。

 通年なら、ね。

「ならば、わたしが招待状を送ろう」

「本当!?やったあ!」

「……」

 あらま、さらっと。

 ごく自然にイベントフラグ立ってるわ。

 彼女、このままアルフレア王子殿下ルート爆走するつもりなのかしら。

 ……狙ってやってるんじゃないところがまたすごいと思うけれど。

 まあ、いいんじゃないの?好きにやって。

 なんて。

 私がこんなに投げやりなのには、理由がある。

 投げやりというか、疲れてて他の事あまり考えたくないだけなのだけど、ね。


「あ゛~~」

「だ、大丈夫ですか?」

「ダメだ~~~」

「こらこら、ラビも。こんなところで突っ伏さないの」

「……珍しいな」

「そうだよねえ。いつも元気な2人が、2人そろって“こんな”になっちゃうなんて」

「ちょっと待って。ラビはともかく私もなの?」

「あ……起きた」

 起きるわよ!まるで私まで“考えなしに行動するアホ”みたいな言い方して!

 四六時中元気の塊みたいなコイツと、一緒にされてたまるもんですか。冗談じゃないっていうの!

 大体『いつも』なんて言えるほど、私たち一緒にいないでしょう!?


「言っておくけど、学科の方はこんなもんじゃ済まないわよ?何て言ったらいいのか……」

 適切な言葉に詰まって探す。

 目を左右にうろうろさせていたら、珍しくラビが―――やっぱり疲れた様子だったけど―――私の言葉の後を引き取ってくれた。

「“ガッすん”が言ってた。『東方文献に曰く、吼えよ阿鼻叫喚』だって」


 ガッすんっていうのは、ラビといっつも一緒にいるゴーレム馬鹿の中でも、3巨頭とか言われちゃうくらい『くれいじー』な友人君たちの内の1人。親友って言っていいかも?

 ラビの無茶な要求にもすらすらっと答えが出てくる辺り、あの子ホントに生粋の住人(この世界の人間)かしらって思う時があるわ。

 ……あれ絶対転生者よね?しかもロボ・メカオタクの。

 そんな子からして、今の現状を地獄に例えたくなるっていうのだから……かなり彼もキているんでしょうよ。

 ラビと私が逃亡したから、もしかして今頃囲まれているんじゃないかしら?

 鬱憤は是非召喚ゴーレムにぶつけて欲しいわ。ええ、是非にね。

 

 まあそれはさておいて。

 ラビの言葉は間違ってない。

 主に東方諸島で広く信じられているという死者たちの行きつく先、死後の世界において生前重い罪を犯した人たちが落とされるという『地獄』。

 まさにそこでうごめく無数の死者たちの姿……に似た光景が見られるのが、我が召喚学科における現在の状況なのだ。

「息抜きくらいさせてくれよ……」

「気分転換って、大事よね……」

「……半分死にかけ?」

「ルーエっ!」

 もう好きに言って。


 こんな状況になっているのには、当然だけれどもきちんと理由がある。

「でもすっごいね!王都の大感謝祭で、召喚魔法のお披露目会するなんて!」

「そうですよ!会場1区画丸ごと貸し切りなんですよね?僕も楽しみになって来ちゃいました!」

「ねえっ!」

花道(ランウェイ)練り歩くって、聞いた。……ゴーレム、も?」

 ええ、そう。そうなのよねえ。その通りよ。


 本来ならば、学年末に行われる学科試験の試験内容である『契約召喚』……つまり一時的な召喚では無く、私やラビでいうところのジンやゴンの様に固定化された召喚獣を呼び出す魔法儀式を、どういう訳か繰り上げて、秋の月最後の4週に渡って催される国家的行事『大感謝祭』―――元は異界の行事『ハロウィン』が起源だと聞いているけれど―――で行う事が決定したというのだからぶっ飛んだ。

 同時に大々的なお披露目会を催し、召喚した魔物はそこで紹介(アピール)するんですって。

 自分の魔力と知識の全てをかけて喚び出す相方だもの、目いっぱい自慢したい気持ちは確かにあるけれど……だからってこれは無いだろうって、学科生全てが驚き憤った。

 もちろん私も冗談じゃないと思ったわよ。

 期限もそうだけど、何よりこんなの失敗できないじゃない!

 ―――が、どうにも貴族院議員のおエラ方からの勧め(実は“圧力”じゃないかと思うわ)だったらしく、お断りしにくい状況なのだという。

 というか、なんで貴族院なの……。


 学園って政治権力とかと無縁だと思っていたけれど、そこら辺は難しい問題みたい。

 それで結局先生方が開き直って、逆に張り切っちゃったらしいのよね。

 今年の学生は優秀な粒ぞろいが揃っているから、彼らの『作品』を広く一般に見せる機会があるとなれば、召喚魔法に馴染みの無い人たちなどは度肝を抜くぞ、と。

 それでもって来年の生徒数獲得倍増も夢じゃないって。

 ……前向きにもほどがあると思うわ。

 

 確かに、召喚魔法に興味を持つ人が世間一般では少数派にあたるらしいというのは知っているけれど……。

 というか実際、護衛魔獣連れて歩いている人なんて街中じゃ見かけないし……。

 だから広く衆目を集めるという意味ではこの方法も、ある意味間違いではないんでしょうね。

 だからって……これはないわー……。

 ……まさかとは思うけど、これ原因は主に私とラビたち……なのかしら?

 ちょっと考えたくないかも……。


「そんなにすごいのかい?」

「すごいっていうか、もうとにかく酷い状況で」

「本当?」

「ホントホント」

 セイラなんかは、びっくりしているみたいだけど……。

「これでもまだ、私たちはマシな方なのよねえ」

「他のヤツらがさ、やっぱ分かんないことばっかりみたいで」

 私が溜息を吐く横で、ラビもちょっと困り顔だ。


 いくら夏休みが終わるまでに何を召喚するか大まかなところを決めていたとしても、学園に来る前から慣れ親しんでいた私たちと他の子たちでは、どうしたって地力が違ってしまう。

 だから今回の期限短縮のおかげで余計焦るわ泣き叫ぶわ、もう毎日が大変な騒ぎよ。

 当然先生もそこは全力で補佐してくれるけど、それだけじゃ足りないから手近にいる私たちなんかにも質問が飛んできて、対応していると今度は自分の作業がどうしても遅くなったりするのよね。

 なので進行度合いは、実はどっこいどっこいだったりするのだ、これがまた。

 だからって、自分がその立場だったらと思うと無碍になんて出来ないし。

 挙句現場の混乱に中てられて、私たちまで頭がおかしくなりそうになって……。

「で、逃げ出した、と」

「まあ……」

 くすくす笑うシャリラン殿下とクルエラ。

 もうっ、他人事だと思って~~~!


「それにしたって、今回ばかりはお手上げよ。自分のだって上手く行って無いっていうのに……。もう頭から湯気出そう」

「そうなのか?……珍しいな、お前が弱音を吐くとは」

 溜息を吐いた私に、意外そうな声をかけるヴィクトール。

「でしたら、こんな場所でのんびりしている間は無いのではありませんの?」

 クルエラはまたそうやっていじわる言うー。

 衆人環境の中で下手は打つまいと思うのもあるし、何より学内だから彼女の最大武器である魔法も使えないから、そういう意味では安心できるけれど……舌鋒鋭いのは変わりないのね。

 こっちには反論する元気も無いっていうのに、容赦ないんだから。

「……何も考えない時間が欲しい」

 切実にね。

 それに、たまにはいいじゃない。ちょっと豪勢に美味しいご飯食べるくらい。


「2人とも、かなり参っているようだな」

「自覚はあるわ。ええ間違いなくね」

「オレもー」

 悩んでいるっていうのも、あるとは思うけども。

「そんなにしんどいのか?」

「……っていうかまあ私の場合だと、私自身と相性の悪い属性を選んで付与しようとしているっていうのも、あるとは思うんだけど……」

 自分で自分の首絞めているというか。

「「「「相性!?」」」ですかっ!?」

 ……なんでそこで異口同音なの、皆さん。


「次に召喚しようとしている『子』は、炎と風の属性を付けようと思っているのね。だけど実は私、炎属性が苦手になっちゃったみたいで」

「ええっ!?」

「そうなのかい?」

「それって……大変、じゃ?」

「これは、また」

「意外な」

「意外です」

 あのねえ。

 まあでも、昔は今ほどでは無かったのよ?


「1学期の終わりから夏休みにかけて……ちょっと……色々“あった”でしょ?その影響か、単純で強い“力”を上手く調節しにくくなっているというか……」

 自分の魔力と周囲の魔力の区別が付けにくい……とか?とにかくそんな感じになってしまって。

「加減が利かないのよねえ」

「お前の口から加減が利かないとか言われると、空恐ろしいものがあるのだが」

 失礼な!

 変な事故は起こしてないわよ、まだ!


 とはいえ、これは炎属性に限った事じゃない。

 特定の形を持たず単純にして強い力ならばなんでも……のようで、実は光や闇属性もそうらしい。

 他に影響がありそうなのは……強いて言うなら波とかその辺り?

 トトの重力属性も、今だったら危ないかもしれないわね。

 あれはもう完成してしまっているから、現状おかしな点などは出ていないけれど。


 逆に物質としての側面が強い水や風、指向性の強い雷属性などは影響が少ない……というか、ほとんど無かった。

「魔力使用量の少ない、短時間で効果を発揮する様な魔法ならさほどでもないんだけど、こればっかりはね……。それに……」

「まだあるのか」

 ヴィクトールったら、さっきからひと言余計よ!

 大体、聞いてきたのはそっちじゃないの、もうっ。


「本体が巨大で、そこから大きさを自由に変化できるようにするっていうのは、もう必須事項みたいなものだから良いんだけど、それに加えて熱線吐かせようと思ったら内燃機関の肥大化がすさまじい事になっちゃって……」

「ちょっと待て、お前は何を召喚しようとしてるんだ」

「「ドラゴンだけど」よな」

「「「……」」」

 ちょっと!?皆して絶句して本気で引くの、止めてくれない!?



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