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幕間 時計塔、12の針

「リグレッド、いるか―――……なんだそれは」

「あっ」

 早い!もう見つかっちゃった!


 過去から戻ってきて数日。

 ようやく気分も落ち着いて、普段通りの生活が送れるようになったと思う。

 まだまだたまに思い出しては、落ち込んだり悲しくなったり少しだけ胸がほわっと温かくなる様な、そんな思い出に浸ったりする時もあるけど、いつまでもとらわれていても仕方ないものね。

 少しずつ、少しずつ前向きに考えられるようになって、このまま後期始業式までには完全復活で出来ていると良い。……そんな風に考える余裕も出来た。


 思えば前期の終業式直前に飛び出して、帰って来たのもその時点だったから、つまりは丸々休みが残っている訳で。

 友人たちや……最早仲間と言っても良いのか考えてしまうあの人たちとは、向こうが実家に帰っているせいもあってまだきちんと会えてないけど……特にヴィクトールなんかは最後まで心配していたと言うから、大丈夫だと安心させてあげたい……気もするし。

 そんな訳で、カラ元気も元気の内とばかり、気分転換に復習も兼ねて久しぶりにお試し召喚してみたのだけど……。


「お父さん、仕事じゃなかったの?」

 今日は塔の仕事があるからって、珍しく出かけてくるとか言って無かった?

「単に呼び出すだけだからな」

 呼び出し?それって家の回線使うんじゃダメなのかしら?

 ま、いいけど。

 それより、目下の問題は……。

「で、それなんだが」

 う、ものすっごいジトッとした目で見られてるんだけど!

 怒ってる?怒ってるの?

 ……あ、ダメだわこれ、怯えた仔犬ちゃんモードが通用しない。

「そ れ は な ん だ ?」

「だから………その……資本主義の猫(ジ○゛ニャン)……です」

「ほぉーう?」

 うわっ、声が超低音!!


 私の隣にいる、箒を持ったちんまい存在。

 腹巻がトレードマークの赤白毛並みな2等身猫さんは、表情も変えぬままくりっと首を傾げた。

「いやほら、掃除と言えば“お掃除妖精(キキーモラ)”だしっ!赤いしっ」

「元来は悪戯する妖精(ほう)だがな。それとそいつは妖精じゃなくて妖怪だ。ついでに言うと赤さは関係ない」

 ああっ、冷静な切り返し(ツッコミ)っ!!

 でもでも、そう簡単にあきらめませんよ!

 今回は(今回も?)一時的だけれど、上手く行ったらお手伝いさんに今度こそ正式採用!……ってねえ、ダメ?どー……しても、ダメ?


「一家に1匹お手伝い妖精……」

「却下」

 ああっ、強制召喚解除おおぉぉぉ!!

 本来力技のはずなのに、構成がきれいさっぱり消えて行くうぅぅぅ!!

 酷いっ!!魔法学技術の無駄遣いだわっ!!

「にゃんぱs……」

「それ違うヤツの鳴き声だろ」

「ツッコミどころ、そこなの!?最後まで言わせてあげようよ、可哀想!!」

「仕様です」

「冷酷!!」

 残念そうに消えて行く赤い猫さんを横目に、こうして私は父によって家を連れ出されたのでありました。

 ……って。

「あの、どこ行くの」

 というか、どこまで連れてくつもりなのよ?

「ああ。……この『上』だ」

 この上。ああ、塔の上って事?なんだ………………ええええええええええっっっ!!??


 引きずられるようにして連れて行かれた先は、今まで立ち入りを許されていなかった『塔』の上層。

 巨大な駆動機関を横目に、昇降機でひたすら上り続ける。

 その間の会話は無言のままで。

 さっきまでごく普通だったのに、今隣にいるお父さんからは少し緊張している様な、少しピリピリした空気を感じなくもない。

 まるで、これから国の会議に出席でもするみたいだわ。

 ……それほど気を引き締めなければならない場所なんだろうか。


 想像が出来なくて困惑する。

 会議だとするなら、誰かがいたりするのかもしれない。

 知っている人なのか、全く知らない人なのか。

 情報があまりにも足りないから、想像するにも色々と考え込んでしまうわ。

 こういう時シャリラン殿下を思い出すのは、常日頃情報は大事だと口癖のように言っている印象があるからかしらね。

 ……ふっと、ごく軽い衝撃があって上昇が止んだ事を知る。

 ガラガラガラ、と蛇腹の扉が開き、私はお父さんにうながされながら外へと出た。

 ガシャガシャと音を立て動き続ける駆動機関は、これよりさらに上方へと伸びており、まるで中心を支える複雑な形の柱のよう。

 私たちはその“柱”の周りにしつらえられた回廊を巡り、やがて『その場所』へと辿りついた。


「ここは……」

 連れてこられたその場所は、まるで、教会のような場所だった。

 両側に並ぶ長椅子には、幾人かの人影が見える。

 全員が前を向いているのでその顔は分からないけれど、老若男女揃っているようだった。

 並ぶ長椅子の群れを分けるのは、正面に広く幅を取られた通路。

 その通路の先、まっすぐ前に向けた視線の行きつく場所には、色とりどりに彩られた彩画硝子(ステンドグラス)が外からの光によって美しく浮き上がっていた。

 ガラスの模様は良く見れば時計盤を表しているようで、まるで影絵でも見ているかのように長針と短針が動いているのが見える。

 時計盤の真下は、祭壇ではなく寝台が設置されており――――――花に埋もれたそれは、まるで棺のよう。

 中には人が―――ううん、女性……それも私と同じような年代の白いエプロンと青のドレスを纏った金髪の少女が、静かに目を閉じ横たわっていた。


「死んで、るの?」

「いや、眠っているだけさ。……永い永い時をな」

 驚き戸惑う私の横で、お父さんが声を発する。

 それはまるで、過去世界で『神様』と対峙した時のような、真面目で少し怖い声だった。

「魔法学園の塔は元々、学園開設後しばらく経ってから『時計塔』として新たに建てられたものだ。そして『ここ』はその文字盤部分の裏側となる。『神』がかくあるべし(・・・・・・)と望み、『我々』が応え創り上げた。世界の裏側(この場)にいる我々『時計塔12の針』は、時折人員を入れ替えつつ、何時の時も世界を支え続けてきた組織であると自負している。まあ主に魔法面からだがな。……この教会はまさしく神をあがめ、世界を支える時計盤と言う訳だ」

 そこまでお父さんが述べた―――まさしく口上と言った雰囲気で―――時だった。

 これまで身動きすらせず前を向いていた聴衆が、一斉に立ち上がりこちらを向いた。


「「「「「「「「「歓迎しよう、新たなる指針!!ようこそ、我らが集いし“盤場”へ!!」」」」」」」」」

 え、ええと……?

 あ、良く見たら知ってる顔もいるじゃないの!なんだ、何が始まったかと思ってびっくりしたわよ!


「よっ!」

「フォンフォン、フォンフォンフォン」

「……よっ、じゃないですよフレディさん!後何言ってるか聞き取れないんですが、ジェイソンさんも!」

 現れたのは、おなじみ塔のマッド研究者コンビを筆頭に。

「初夏の頃以来ですかな」

「ドン=ペリさん!」

「……とうとうガ行ですらなくなりましたか……」

「やあね、冗談よ、ドン=ガ……ドン=ガトーショコラさん?あ!ガパオライスさんだ!」

「もう、“ドン”でよろしいでありますぞ……」

 あれ、泣いてるの?

 久しぶりだから感激しちゃったのかしら、ドン=……ドン=ガル○゜ンおじさんったら。 (アラ伏せ字。)


「お久しぶりね」

「あ、ベア姉さま!こちらこそです!」

「やあ」

「こんにちは」

「ジョニー君にカンちゃん!鉄道は?離れて大丈夫なの!?」

 あわただしくも、再会の時は過ぎて行く。

 それもこれも、普段連絡寄こさない無精な連中が多いのが悪い!

 ……って、あまり人の事は言えなかったわね。


「うふふ、人気者ね。妬けてしまいそうよ?」

「何言ってるんですか、国で2、3の人気を争う寵妃殿下が」

 囲まれる私に、意味深な微笑みをくれる女性。

 そう、この大輪に咲き誇る金色薔薇(ゴールデンローズ)の如きドレスを着こなす妖艶な美女こそ『黄金の魔女』にして『寵妃ベアトリーチェ』様だ。

 相変わらず綺麗(きっれー)よねえ。とても子持ちだなんて思えないくらいよ。

 そういえばここにきたばかりの幼い頃は、おとぎ話に出てくる本物の魔女だと思ってたっけ。

 なんせピッタリなんだもの、雰囲気が。

 怯えていた私も、いつの間にか懐いていたくらいには優しい方なんだけれど、いかんせん普段の言動が遠まわしで妖しく見えるせいか……その、誤解されやすいというか……。

 そこだけちょっと、ねえ。

 現王陛下に見染められて王宮に上がったけれど、実は今も塔に籍を置いていたりするのよね、これが。


「ジョニー君にカンちゃんも久しぶり!」

「そうだよ!本当に久しぶりなんだから!」

「たまには列車にも乗ってよね!」

「そーいうのは、おとーさんに言ってもらわないと……」

 マズイ話になったと視線を逸らせば。

「「出不精なのは君も同じでしょ!!」」

 2人いっぺんにツッコまれてしまったわ。

 ひどーい。そんな事無いのにー。

 もう、と悪態つくけど、それはこっちだって言いたいわ!


 ……こう見えて2人は、世界各地を結ぶ魔法鉄道(魔鉄)の運行を管理する管理者だ。

 魔法の基幹を司るがゆえに、常に鉄道に乗り続けながら世界中を回っている訳だけど……。

 たまには、駅舎で降りているところを見たりもするのよね。

 鉄道通に言わせれば、見た者に幸運を授けるとかなんとか、妙なゲン担ぎにもなってしまっているらしいわ。

 外見年齢的にも近く、やっぱり幼いころにお父さんに紹介してもらった事もあって……そうねえ、顔見知りにちょっと毛が生えたくらいの関係……になるのかしら?

 あまりそういう間柄の子が身近にいなかったから良く分からないけれど、親戚のお兄ちゃん、とか近所の男の子……とかが近いかもしれないわね。

 ……そういえばこの人たち()、年齢変わらない部類だったわ。

 悪魔族ではないみたいなんだけど……つくづく謎よね。


「リグレッド、紹介しよう。こちらは……」

 既知の関係者たちとの面通しが終われば、今度は知らない人との挨拶が待っている。

 って、お父さん!?この方たちってば他国の著名人やお偉方ばかりじゃないの!

 私ですら知ってるって、どんだけ!?

「えっ……あの……あの……」

 動揺する私に、その人は首を傾げる。

「もしかしてその……ノエル、さん?ですか?」

「ああ……知っているのか」

 知ってるも何も……っ、何年か前の大感謝祭で(ゲスト出)演して歌って……っ!!


 驚きすぎて、上手く口が回らなくなってしまってる私の横に来たベア姉さまが、代わりなのか何なのか話し始める。

「今年の大感謝祭に来る予定だとは聞いていたけれど、予定より少し早いようね。このまま滞在するのかしら?もしそうなら、部屋を用意させるのだけれど」

 サラッとバレ――――――!!!

「いや、今回はこれで帰るさ。暑いのは苦手なんでね。……そういえば君は、人形が好きかい?」

「え、その、多少は……」

「そうか!いやぁ、実は妹が人形作りの名人でね。良かったら今度紹介しよう」

「そ、その時は是非……」

「「あ、この件は口外無用よ?」だからな?」

「ハイ……」

 ベア姉さまと共にきっちり釘を刺しに来るこの方は、ノエルさんといって、なんと北の国ノースウィズダムでも高名な冬将軍の息子さんであり、我が国第1王子プリンシファル殿下のご友人だったりするのだ!

 大層見目麗しい方であり、周辺国の女子がこぞって憧れているほどなんだけど……実は私もその1人だったり……。

 おおおおおお……握手とかヤバい、マジやばい。体震えちゃってるわよ……。手、洗えない……。


 それにそれに……っ!

「甥っ子がいつも済まないね。面倒かけるが、これからもよろしく頼むよ」

 渋いオジ様な異国の服着たこのお方は、なんとシャリラン殿下の叔父様だし!

「あ、じゃああの」

「うん?いやウチに欲しい人材である事に変わりは無いんだけどね?どう?嫁に来ない?今なら甥っ子に限定せずとも相手選び放題だぞ?」

 あ、これ本当に血縁だわ。

「だが断る」

「素かよ」

 仲、良いの?お父さん。

「お嬢さんには“周囲の声に惑わされず”是非前向きに考えて欲しいね。なんだったら『体験入内』でもいい。『皇太子妃(きさき)体験アンビリーバブル』……なんつって?」

「だからそこから離れろっつの」

 ……意外、かも。


 言い合いになりかけたのを周囲がまあまあととりなし、ひと息つく感じでお父さんが周囲を改めて見まわした。

「現役全員に声をかけたつもりだったが、結局集まり切れなかったな。9人か」

「12針全員はさすがに無理でしょう。何より魔王の席が現在空いているのだし」

 魔王!?ちょっ……テーマパークの演者(キャスト)の話じゃなくって!?本物がいるの!?マジで!?

 あ、そういや確か、魔王関連の話がどっかで出てたはず……。

 あれって何の……『誰の』話だったかしら?

 掠めた記憶に引かれかけている脇で、大人たちの雑談は続いて行く。

「怪獣島の連中なんかも、来にくくはあるだろうな」

「まあ、遠いしな」

 怪獣さんまでいるの!?この組織!

 しかも遠いから出席拒否って、それでいいの!?12の針!!

「その内映像送るかするか」

「つか『ネット』引けばいいんじゃね?」

 ゆっる!!

 

 ……とまあ、こんな感じで私は……。


「これでお前も『時計塔12の針、13番目の針』として認められた訳だ」

「うん、それはいいんだけど……私も何か役目を持つのかしら?」

 ここにいる人たちはみな、世界の大事に何がしかの形でかかわっている人たちばかり。

 今目の前にいるお父さんにも、少し前まで役目があったみたいだし。

 過去世界で、神様との対話でもそんな話が出ていたもの。

 なら、私も何かすべき事があるのかと、そう問えば。

「いや……お前は特にすべき事は無いよ。さしずめ、予備の針と言ったところか。存在し続ける事だけがお前の役目だ。……今はまだ、な」

 何?それ。

 見れば、周囲の大人たちは(一部外見が少年なのもいるけど)……どこか悲しそうな、苦しそうな目を私に向けていた。

 ああ、これはもしかして、“可哀想な物を見る目”――――――?


「あれを見たろ、リグレッド」

 そう言って、お父さんは祭壇で眠る美少女を指す。

「あそこで眠る“方”こそが―――我らが神、創造と破壊の自由神ディオスクロイ、その“成れの果て”だ」

 え――――――?


「あの、でも、性別も見た目も違うわよ?」

 過去世界で見た神様は、確かに男の子だった。

 白い神に白いウサギ耳、赤い瞳の男の子。

 それが、何故?

「“宿る肉体が変わっている”からな。(ディオス)は、200年前の大戦を経て神の肉体を捨て、(アリス)となった。しかし只人であるからには、いずれ来る老いからは逃れられん。ゆえに“彼女”はこうして時を止めたのさ」

「……それって、お父さんが?」

「もちろん、俺も関わっている。俺だけの力ではないがな。人として過剰な魔法の能力、才能、そういった物を『選んだ人間』に譲渡し神の代行者とした上で、現在の神は眠りについている。いつか現れる『神の器』に巡り合うまでな。それまでの眠りを守るのが、我ら12の針のもう1つの役目というわけだ」

「そう、なんだ……」

 何て言ったらいいのか……あの過去世界と同じくらい昔の事過ぎて、納得するしかする事が無い。

 ……あ、なら、私が選ばれた理由って何なのかしら?

 基準とか、あるの?

 私もいずれ、誰かを見定める時が来るのかしら。

 そういえばお父さん、いつだったか“後を継ぐのは私”みたいな言い方をしていたけど、もしかしてその頃から、こうなることを予期していたって事?


「ねえ、私が13番目に選ばれたのって……」

「候補としてずっと考えていたが、確定的になったのはあの時、過去世界でお前が神と直接対話をしたからだ。……気に入られたんだよ、お前は」

「そうなの?」

 アレを思い出すと、何とも言い難い感情が湧きあがって来るのだけれど。

 綺麗だけど、怖いもの。

 ベア姉さまと似てるけど、全然違う……そう、全然違う“イキモノ”。

 だから、素直には喜べない……気がした。

 

「そういえばお父さん、以前の会議で言ってたよね?『時計塔の主』って。あれって、この……この“子”の事?」

「ああ、その通りだ。『時計塔の主』とは今も眠るあの方の事であり、時計塔とはこの『塔』そのものであり、またこの12の針を指し示す。『塔』の総意ってのは、基本的に12針の考えだって思っていい」

「……眠っているのに、起きてるの?」

 今までの言い方だと、そんな風にも取れる。

 指示があって動く、みたいな……そんな組織のように思えた。


 例えば、肉体こそ時間凍結されているけれど、何らかの理由で意識があったりとか……そんな事ってあるのだろうか。

 相手は神様だし……何が出来てもおかしくない気もするけど。

「いや……こうして眠っている限り、“直接”の干渉は出来んよ」

 そう、なの。



 この時の私は、お父さんの言葉を素直に受け止めてしまっていて、本当の意味に気付く事が出来なかった。


 去り際、くすくすくす……という風の音(・・・)が何故か耳についたように気になったけれど、それも、自分の家に戻る頃にはすっかり忘れてしまっていたのだった。









資本主義の猫の呼び名は、作者の弟が命名したものです。

言うほど最近顔出しして無いけどね、ジバ○。ン



いよいよ次回から、波乱の後期編突入します。




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