交差する時間軸
嫌な予感だけは、十分にあった。
「僕がやるのはね、種をまく事ではなく芽吹かせる事でもないのさ。そう!ただちょっとだけ手助けして、大輪の花を咲かせたいと思うだけなんだよ。それが結果、徒花になるかどうかは彼ら次第。だからね、根底にあるのは彼らの本音だという事を、どうか忘れないで」
そこまで言うと、少年はお父さんの方に顔を向け「後は予定通り頼むよ」と言い残し、すう、と消えうせた。
魔力の残滓を感じさせないくらい、それは綺麗な消え方だった。
最後に「200年後の未来、どうなるか楽しみだね」と、くすくす笑う声だけ残して。
「……」
「……」
お互い黙ったままの時が、少しだけ続く。
ひざまずき、頭を下げていたお父さんは、やっぱり何も言わないまま目の前に横たわる意識の無い少女をそっと抱き上げた。
「ねえ、お父さん」
あの人―――自称……ううん、転移や虹色の炎など、人の手にはあまりそうなほど高度な魔法を息を吸うように行使し、お父さんがこうして頭を下げるくらいなんだから―――きっと多分本物の『神様』―――が言わなかった事を、お父さんが素直に教えてくれる訳無い。
そうは理解していても、それでも私は問う事を止められなかった。
「“今回は”って、何?“予定通り”って、どういう事?」
「……そのままの意味さ」
「え」
てっきり、黙ったまま答えないつもりなのかと思ってた。
そんなの、よくある事だったから。
けれど返事があったのなら、応えてくれるつもりがあるって事?
疑問はすぐに解消された。
「お前も見たように、俺は時を超えて“この場所”へとやって来た。それこそ、幾度となく、な。本来の役目はこうして彼女を保護し、次の担い手に引き継ぐ事。いわばその為の『足場作り』ってとこだ」
「足場……」
「そうだ。……神がこの場を選んだのは偶然かもしれん、気まぐれかもしれん。そこは俺には分からん。だが、この場には『お前』がいた。正確には『お前たち家族』が、だ。そして『神』はひらめいたのさ……『とある暇つぶし』あるいは『神にとっての愉快な遊び』を、な」
「なっ!?」
暇つぶし!?神様の気まぐれな暇つぶしで、私たち家族は殺されたの!?
動揺から思考を読み取ったらしいお父さんは、真面目な顔つきのまま顔を横に振った。
「そうじゃない。お前の親父さんの生い立ちや行動の末にもたらされた結末自体は、神の手の外側―――つまり『歴史』であり『運命』だったという事さ。当初の介入は、その後で行われた。邪魔ものたちを排除し、燃えた家を利用して『彼女』に新たなる保護者を付ける事。これが本来の俺の役目で、お前たち家族の生死は関係が無かった。だから、繰り返す時間の中で、ここを訪れるたびすでに亡くなっていたお前たち家族を救える物なら救ってしまおうと思ったのは、俺の独断だ。しかしな……どういう訳か、そこを神に付け込まれた」
少しだけうつ向いて、お父さんは酷く……なんと言ったらいいのかとにかく酷く……ああそうだ、なんだかものすごく悪い事が起こって、それが全部自分のせいだったんだよって告白したみたいな……自嘲したみたいな、そんな苦い笑いを浮かべた。
「歴史は他ならぬ神の意志によって歪み、別の流れを生み出し始め、今回でその支流が1つ完成した事になる。神が望んだ道筋が、1本の大きな道となったって事だ。……だからこそ、もう“お前の両親”は“戻らない”。俺を、恨むか?」
「……」
ううん、と。頭の中ですぐに出た否定は、どうしても口の中から出てきてはくれなかった。
実感がわかないのは―――パパとママが、まさに今目の前にいるからかもしれない。
驚いた表情のまま、お父さんの魔法によって時を止められているけれど。
だけど、そこには間違いなく『幼い私』が―――2人の腕に抱かれていて―――
お父さんの言いたい事、伝えたい事が何となく分かりかけて、これ以上考えないよう心が止める。
だって、そんなの――――――
「……許さなくて良い、リグレッド。だが覚えておけ。俺たちは、いわば『神』の『駒』だ。そこに選択権は無く、神の意図しない場面で誰かに手を差し伸べる事も許されない」
珍しくきちんと名を呼ばれ、目を見張る。
そんなに重要なことだったのか、と。
「……『駒』っていうのは『私』?それとも『彼ら』?」
ゲームだと、そう思っていた。
『彼ら彼女ら』にとってはゲーム通りでも、自分にとってはまぎれも無い現実なのだと、どこか1歩引きながら見守っている……つもりになっていた。
私たちが『前世』と呼ぶ異世界知識から、この世界はゲームの舞台であり、時の流れはその運命を辿るのだろうと。変化はあれど、大筋においては変わらぬのだろうと。
……それだけは、信じて疑ってなかった。
けれど、その『ゲーム』の中に『神』は確かに存在していない。
さっき『彼本人』が言っていた通り歴史に神様が介入しているのだとしたら、じゃあ『向こうの世界』での『school of Magic forest~きらめく愛の魔法~』という存在はどうなるの?
卵と鶏、そんな言葉が頭をよぎる。
どちらが始まりなのか、それとも全てが嘘なのか。
1つ、考え出すと怖い話がある事に気付いた。
お父さんは人間の寿命からすればありえないくらい、途方も無く長い年を生きて来た大悪魔だと聞いているわ。
けれど、そんなお父さんが過去に戻るたびに禁呪を使っていたとしたら?
それも1度きりではなく、何度も何度も。
さっき『神様』は「長い間ご苦労様」と言っていた。
時間軸は固定され、新しい時間―――歴史の流れがつくられた様な事も言っていた。
ということは、もしかしてお父さんの残りの命はそれほど長くないって事?
例えそれが今すぐで無かったとしても……そう、例えば禁呪を行使するだけの命は無く、ただの人間と変わらないだけの寿命しか残っていないとすれば……?
それなら全てにつじつまが合う。
『ゲーム』で『先生』が失踪した理由が、もし過去から帰れなかったからだとしたら?
そして、こうも考えられる。
主人公と結ばれるにあたっての、種族と寿命の差異を埋める『救済措置』とも。
『彼女』にとっての優しい『設定』は、本当に『優しい』都合なの……?
これがお父さんの言う『駒』であるという意味なのだとしたなら……それはつまりいずれは、ううんきっとすでに、私たちにも当てはまる事じゃないのかしら?
「いや……そうだな。『駒』とはお前であり、俺でもある。さっきも言っただろう?あれが。あれにとっては、生きとし生けるもの全てが玩具に過ぎないのさ。……飽きたら捨てるだけの、その程度の存在だ」
きっと私は、この訳のわからない状況を前に泣きそうな顔をしていたんじゃないかと思う。
そしてそれは、お父さんも一緒で。
……今まできっと、見た事の無い表情。
苦しそうで、怒っているようにも見えて、それでいて……泣きそうな。
学園に入る前『塔』の一員として『狩り』に付き合わされ、手傷どころか生死を彷徨いかけた時だってこんな表情は見せなかった。
「神様は、何を考えて……何を望んでいるの?」
「…………」
おもちゃ、なら。
この世界が全て、神様のおもちゃだというのなら。
私―――たちは、ずっとプレイヤーとしての視線で物を見ていたけれど。
まさか。
震える声で問うた後の、長い長い沈黙の末。
「いずれ、話す事もあるだろう」
そして、それを神も望んでいるはずだ、と。
重苦しい声音で、お父さんは言った。
それだけしか、答えは返らなかった。
「……ねえ、じゃあそれで……役目だっていうその、彼女は?あの子は一体何なの?引き取り手がいるみたいだけど、それだっていつ来るっていうの?」
再び黙り込んでしまったお父さんに話しかける。
今度は、あの重苦しい声じゃ無かった。
「あの子は……これからの世界に必要な子だ。それしか言えん。それと引き取り手なら問題ない。これから来るからな」
「って、お父さん!?」
今も燃えさかる炎の中へと、お父さんは少女を連れて入る。
そういえば、魔法によって生じた炎は『神』との邂逅を経て虹色に変化したままだった。
これって、もしかして―――?
「うわ!?」
「えっ!?きゃっ!?先生、何してるんですか!?」
「先生!?……あれ、さっきの子は?」
「一体、何が……」
大丈夫なのかと考え込み始めた自分の後ろから、聞きなれた声がして思わず振り向く。
「……レディ、無事か?」
「あ、うん。一応」
心配そうな黒の瞳と目が合った。
色々と言いたいんだろうけど、こっちだって言いたい事聞きたい事はまだまだ山ほどあるんだってば!
まったく。
とりあえずお父さん、無言で時間、動かさないで欲しかったかな。
掛けられた声にちょっとだけ驚きながらも表情に出さず、ほぼ条件反射的な反応をしていたらお父さんが全員を呼び集めた。
「おい、お前たち人が来るから移動するぞ」
その腕に少女はいない。
え、ちょっと、まさか!?
「先生?」
「不審火の見回りだろう。これだけハデに燃えているのだから、町から人が来てもおかしくない。見つかると面倒だから離れるぞ」
「けど、彼女が!」
アルフレア王子がそのままにしておけないと声を張り上げるけど。
「あれはあれでいい。彼女に対して『あの炎』は害を与えない。そういうものだからな。言っても納得できるか分からんが、『炎の中から救い出される』という『事実』が必要なんだ。……この世界の歴史には」
「先生……大丈夫なんですね?」
セイラが強い瞳で“先生”を見据える。
先生も強く頷き返し―――「わかりました。わたし、先生を信じます!」
そのセリフに『ああ、世界や歴史がどうであれ、やっぱり彼女らしいな』と思ったのだった。
「セイラが信じるというのならば、私も信じよう」
「先生がこの場に来た理由というのが『あれ』なら、『あれ』をどうにかしなければならないのだろう?帰る為にも従いますよ」
「ボ、ボクも異論はないです!」
「……私も」
「わたくしも、ですわ」
「よくわかんねーけど、皆がそう言うなら俺も特に!」
「ラビ……少しは考えろ。まあ、ここで1人突っ張っても仕方ないからな」
「皆……。正直、そう言ってもらえて助かる。何せ俺たちだけならともかく、こいつらと……例のアレもあるからな。そういった訳で、エルクハートさんと奥さんも一緒にお願いします」
例のアレ、でお父さんが上の方を振り仰いだ。
うん、ラビの召喚した―――犯人たちをいまだに捕まえたままの“アレ”ね。
犯人たちの時間は、まだ止まったままか。
確かにここで意識を取り戻されてもうるさいだけだから、このままの方が楽なのは分かるんだけど……変なところで有能なとこ見せるんだから。
「あなた……」
私たちはともかくパパとママは不安そうな顔だけど、お父さんは諦めずに説得を続けてる。
「ここまで燃えてしまったのですから、家財はあきらめてもらう他ありません。今後についてはこちらの方で当てがありますので、そちらを頼ってもらえると話が早くて助かるのですがね」
「……家内と、娘の安全は」
パパが苦しそうな表情で『私』と……何故か私を見て、その姿を『私』はきょとんと見上げている。
お父さんの方は、幾分かホッとした表情で保証した。
「大丈夫です、問題ありません。エルクハートさんや娘さんの事情についても理解し、助けてくれるような人たちのもとへご案内出来ると保証致しましょう」
「そうなのか?」
顔を見合わせたパパとママは「なら、お願いします」と頭を下げたのだった。
心配する私たちを余所に、お父さんは全員を連れて少し離れた森の中へと入って行く。
やがてガヤガヤと大人の男の人たちがこちらへ来る気配がして、そのまま見守っていると炎に呑まれた家の中にいた少女に気付き……少女の方でも気がついたらしく、流れのままに救いだされた。
男たちが少女に対し何事か語りかけ―――聞こえる範囲であればそれは、この場にいた理由とここが燃えている理由を問うもので、当然ながら少女がそれを理解しているはずも無く―――そもそも少女自身が何かを語る……口から言葉を発する事すらも無く。
ただわずかな話し合いがあったその後に、彼らは少女を連れて引き上げて行った。
私たちが黙って見守る、その前で。
……あれほどまで燃え盛っていた炎は、少女がいなくなってすぐに鎮火した。
まるで……役目を終えたから消えたみたいに思えたのは、さっきの話が頭の中を埋め尽くしていたせいかしら。
時間凍結しているとはいえ目が離せない犯人たちの見張り役として(むしろゴライアスの為かもしれないけど)残っているラビや、ほぼ解決なんだから他はお任せといった風情でくつろぎ始めたシャリラン殿下、危ないから残るようにと言われそのまま留まり『私の家族』と話し込んでいる女子メンバーと、その護衛役として留まるグーリンディ君。
彼らを残し、ジンと共に少しでも何か残っていないかと燃え尽きた家の中を捜索していると、ふと目に止まったのは、真新しい小箱。
「?」
1人、首を傾げる。
燃え落ちた家の残骸に残る、真新しい小箱?
そういえば、さっき少女があの神様と共に現れた時、手から何か落としていたっけ。
ちょうどこの辺りだったかしら?
すでに神様も少女もいないしで、完全に置いて行っちゃったみたいな形になってしまっているけれど、大丈夫なのかしらね。
「どうかしたのか?」
行動がよほど変に見えたのか、珍しい人から声をかけられた。
……アルフレア王子だった。
「大した事ではないんです。ただ、これが……」
かがみこんで拾い上げると、側面に木の皮の様な物がついている。
箱の中身は引き出し式になっていて、中には小さな木の棒……の先端に虹色の塗料のようなものが丸く盛られている物が、まだたくさん詰まっていた。
とどのつまり、それって。
「マッチ箱か。珍しいな」
現代だと着火装置は様々あるので(そもそも魔法で一発という場合も多い)わざわざマッチを使う人はほとんどいない。
一般人の私でさえそうなんだもの、お城住まいだった殿下なんか余計じゃないかしら?
ためつすがめつみていると、脇から少し考え込むようなそぶりのアルフレア殿下が手をのばしてきた。
断る理由も無かったので、そのまま手渡す。
「ふむ。わずかではあるが魔法の気配がするな」
「えっ!?」
「しっ」
大ごとにしたくないのか、殿下は驚きの声を上げた私に静かにするよう人差し指を口に当てる。
ま、まあ、後ろの方で一緒に見回っているヴィクトールが慌てて駆け付け騒ぎかねないし、そうなったら他の皆も集まって来るだろう。
収拾がつかなくなって困る場面が容易に想像できて、思わず口をつぐんでしまった。
「これは私が預かっておこう。……皆に余計な心配はかけたくない。わかるね?」
つまりそれは内密に、という事だ。
「わかりました」
対象物がマッチという事は、殿下の炎属性に何かしら引っかかるものがあったのだろうと思う。
それ自体が魔法なのではなく、魔法道具の類なのかもしれない。
そういう目で見てみれば、確かに箱の中身から魔力が感じられたから。
「何かありましたら、お願いしますね」
言わなくても分かるだろうけれど、異変があったらきちんとした研究機関等に提出して欲しいという事を伝えておく。
できれば『塔』に持ち込んでくれると話が早いんだけど。
そもそも、勝手に持ち帰っても良いものなのかしらね?
そんなささやかな願望や疑問は、そのまま『小箱の存在』ごと忘れるハメになってしまったのだけれど。
と、いう訳でビッグなゲストの白ウサギ耳の少年と、意識の無かった少女の出番はここでおしまいです。
神様については、現代に帰ってから『もうちょい詳しく』の予定。
ついでに意識の無かった少女のその後については、過去作『童話トリップ!』第4章を是非お読みいただければと(笑)




