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魔法の森学園乙女ゲーム狂騒譚  作者: 深月 涼
夏季長期休暇~メフィ先生の過去行~
32/47

雨の日には乙女語りを

 私が持ち帰った『視線の話』を聞いた大人たちが出した結論は、近いうちに襲われる可能性があるので、できるだけずっとそばに控えて家を見張る……というものだったのだけど。

 その話が立ち消えになったのは、シャリラン殿下のひと言がきっかけ。

 小さな“レディ”と“パパ”を送り届けた後、殿下が雨になりそうだと空を見て言うので、先生の指示で一家の住む家に結界を張って対応するという形になったらしい。

 晴れてる中で近所を散策するふりをするならともかく、雨の中で監視し続けるのは害意を持つ存在からしても怪しまれる事この上ないという事と、生徒たちに無理させられないから……というのが先生(おとうさん)の言。

 魔法に関しては嫌悪感と共に『思うところがある』らしいパパだったけど、使える物は使っておいた方が良いという先生の説得が効いたみたいで、最終的には頷いてたっけ。

 ついでにこっそりグーリンディ君とシャリラン殿下合作の警報装置(鳴り響く出力装置はなんと、食堂棟に咲いた花だ)も取り付けて様子を見る事になった。

 かなりの音量が出るらしいその音は、多少の距離があろうと問題無い、深夜であれば叩き起こす程度の“威力”はあるとグーリンディ君はきっぱり言い切っていたけど。


 やはり山の天気だけに変わりやすいという事なのだろう、妙な雲が湧いて出たと思ったらさほど時間もたたない内、昇り始めた月を覆い隠すように広がっていき、夕食をとってそれぞれ就寝の為に解散する頃には、ぱらぱらと落ちていた雨は結構な本降りになっていった。

 ジンを中心に眠れるよう寝具の準備をしたりと何となく落ち着かない一夜を過ごした翌朝、どうやら異常は無かったらしいと安堵したものの、食堂棟で全員が顔を突き合わせる刻限になってもまだ(それ)は止む気配を見せる事が無く。

「止まないねえ」

「止みませんねえ」

 窓の外を覗きながら、セイラとグーリンディ君はのんびりとおしゃべりしているみたいだけど、聞こえてくる言葉にいつものハリと元気が無い。

 まるで萎れた花みたいだわ。

「どうだ?」

「かなり広範囲にわたって雨雲が発達しているようだ。恐らくこのまま丸1日はかかるんじゃないか?」

 アルフレア様とシャリラン様も、お互い難しい顔を突き合わせながら考え込んでしまっていた。

 丸1日って、止むまでにって事ですよね?シャリラン様。


「こうなったら、遠出は無理だな」

 セイラ達から少し離れた場所で同じように外を見ていたお父さんが、どこか溜息でも吐いてるみたいな言い方をした。

「外出自体も控えるべきだろう。この建物周辺ならば問題は無いが、君たちに風邪を引かせる訳にもいかないからな。……出来る限りそばにいたいところではあるが」

 付け加えたひと言は、多分誰に聞かせるでも無いひとりごとみたいなものだったと思う。

 あまりに小さい声だったから、他の子たち多分聞き取れていないわよ。

 “私の家族”に何が起こるか分からないから、出来るだけ見張っていたい―――いた方がいい……のだけれど。

 きっとお父さんは、そういう事が言いたいんだろうと思った。


 いくら何かしたくとも、この雨ではさしあたって出来る事もなさそうなので、やはり各々部屋で待機する事に。

 このまま全員で食堂棟に居ても良いんだろうけど、まずクルエラが「せっかくなので女子同士忌憚無きお話合いがしたいですわ」と言い出し、ラビも「ここだとちょっと狭いからな」と何やら大がかりになりそうな事がしたいと言い出した為、男子(と先生)と女子で別れる事となった。

 暇があるならこちらから聞いてみたい事もあった訳だし、都合が良いといえば良いんだけど……変な事にならなければいいと思ってしまう。

 女の子っぽいおしゃべり……に見せかけた情報戦とか、ね。


 で、予定が決まったら決まったで、俄然張り切り出したのが約1名。

「わたしっ女子会?とかっ、パジャマパーティとかっていうの、初めて!なんだかドキドキしちゃうなあ!ね、ね、せっかくだからお菓子とか作って行かない?」

「そうですわね、お茶請けがあった方が話しやすいですもの」

「甘い物は、幸せになれる」

「……ま、否定はしないわ」

 妙な流れになると決まった訳ではないし、クルエラと2人きりでは無いのだからと思って、少し気楽に構えてみる事にした。

 丸1日しゃべり倒すにしても、燃料があるのと無いのじゃ盛り上がり方が全然違うというもの。

 簡易キッチンへと場所を移す私たちに、男子たちは少し呆れ顔をしていたかもしれないわ。

「楽しそうだね君たち」

「あの、手伝いましょうか?」

「大丈夫!皆の分もちゃあんと作っておくから心配しないで!」

「いや……そういう事が言いたい訳でもないのだが」

「セイラ、君の手作りするお菓子ならきっと、とてもとても甘いのだろうね」

「えーっ!?普通ですよう!」

「ふふ……ほら、また敬語になっているぞ」

「あっ!」

 そうね、今みたいなアルフレア王子とセイラの掛け合いみたいな意味深会話についても突っ込んで聞いてみたくもあるし、今回のこれは、ある意味都合がいいのかもしれないわ。


「それで?何を作りますの?」

「うーん、簡単でたっくさん作れるクッキー……かな?」

「いいんじゃない?マフィンも作れそうだけど、それだと量、食べられないでしょう」

「あ……」

 口を挟んだ私に、何か言いたげに声を上げたルーエ。

 ……別に、他意なんて無いわよ。

「長い時間気合入れておしゃべりするのなら、簡単に摘まめてあまりお腹に溜まらない物の方が良いんじゃない?って話よ」

「そ、そっか、そうだよねっ!

「楽しみ、お茶会」

「ふふっ、お茶会!お茶会!なんて素敵な響きなんだろう!ああっ、本当に楽しみ!ね!」

「女子ってホント、そういうの好きだよなあ」

 貴族の開くお茶会に憧れがあったのだろうセイラが、ルーエと一緒になってめいっぱいおしゃべりするんだ!って浮かれてる。

 で、それを見たラビが「うわあ」と珍しく引いていた。


 普段男友達と一緒になってつるんでてゴーレム話ばかりしているせいか、女子のグループとは少し距離があったものね。

 ……話しにくい自分の話題になった時、いざとなったらヤツの普段の様子をエサに矛先をそらすってのもアリかしら?

「……少し、意外かもしれん」

「そうか?」

 ヴィクトール、ちょっと。その言葉は私に対して?

 あのねえ、私だって女の子だもの。同性との気兼ねないおしゃべりは大好きよ?

 それとも彼、私の事なんだと思ってたのかしら。

 もしかして今まで、女の子扱いされてなかった……とか?

 それはそれで、腹が立つわね。

 お父さんの「そうか?」はまあ……普段から『私』という存在をよく知っているものね。

 不思議でもなんでもないのかもしれないけど。


 それにしても、と手際よくバターやら粉やら混ぜて生地を作るセイラを見ながら思う。

 食事に関しては妥協できなかったのか、あのヴィクトールでさえ「放出系の魔法は不得手だ」とか言いつつラビや両殿下方と組んでオーブン作っちゃうんだから、つくづくここにいるメンバーって規格外ばかりだわ、って。

 ま、こうして恩恵に預かっているのだから、文句は言えないのだけど。

 だけどねえ。

 ……周囲は結界が張られてて安全で、洗濯も魔法でどうにかなって、材料さえあれば料理するにも困らないような。

 ……こんなのんびりした遭難、あっていいのかしら?

 追いかけてきちゃったのは確かに私たちだけど、一応これ、遭難よね?

 ……何だか微妙な気分かも。


「さて」

「では」

「乾杯?」

「普通に『頂きます』じゃ?」

 女子棟にお茶と茶菓子を持ちこんで床にクッションを敷き詰め、車座になって座る。

 飲み食いできないけれど、ジンも一緒。

 頼りにしているからね、警備員さん。

「もふもふ」

 ジンを挟んで、ルーエが私の向こう隣を陣取った。

 何だか嬉しそう?

「少々はしたないですが、まあ仕方ありませんわ」

「さすがに、テーブル一式持ち込む訳に行かないもんねえ」

「メイ、ワク?」

 ルーエ、その言葉危険だから。何か変なの召喚しかねないから止めた方が良いと思うの。

 くつろぐ用の空間は食堂棟に居間を作って対応って形で、各男女棟は基本的に寝泊まりするだけの予定だったから、置いてあるのって寝具かクッションくらいしかないのよね。

 男子には聞かせられない内容になるのは目に見えていたんだし、これはもう仕方ないって妥協すべき?

 なんとなーく、お互いにもじもじし合う。

 約1名、そわそわしてるっぽい子もいるけど。


 この状況で話し合う事なんて1つに決まっているのだから、誰かさっさと口火を切ればいいのに。

 セイラの『心』が『どの辺』を向いているのかも気になるけど、クルエラが何を考えているのかも気になるのよね。

 ぶっちゃけて聞けばいいんだろうけど……何だか言い出しづらいっていうか。

 3人に比べたらそこまで親しくない間柄が、私の口を重くさせる。

「あのさ、えっと……あ、改めて……って言うとなんだか恥ずかしいね」

 困ったように、照れたように言うセイラが、次の瞬間ズバリと斬り込んだ。

「1つ聞きたかった事があるんだけどさ、ルーエって『食堂のお兄さん』と、割に仲いいよね?」


 まさかセイラが友人を槍玉に挙げる(売り飛ばす)とは思わなかったわ。

「え……っと、そう、かな?」

 対する本人(ルーエ)は、どうやら自覚無し……っと。

「そういえば、こちらに来る以前には、レジルさんと良く話をされていましたものね」

 食堂かあ。

 そういえばあそこ、料理(隠しの)人がいたんだったわ。

 色々あって足が遠のいていたから、うっかりその存在を忘れかけていたわ。

「美味しいもの、作れる人は……尊敬、する。特に……あの人の料理は、本当に凄い。食べると、心の中に、ほっとあたたかい灯りがともるような……そんな気持ちに、なれる。よく、話しかけられるのは……多分だけど、私……その、あまりいっぱい、食べられないから。だから、それで」

 『心配だから構われている』って自己判断の様ね。

 けど私、実際に見て無いからなんとも。うーん。

 あの人、どういう(キャラ)だったかしら?


 もにょもにょ言いつつうつ向いてしまったルーエに、こっちもセイラと顔を見合わせてしまった。

 クルエラはクルエラで、何か難しい顔で考え込んでるし。

 もう一度ルーエの様子を良く見れば、何となくだけど、普段から色素の薄い肌の色が心なしか薄ら染まっている気がする。

「意外な……って言ったら失礼かしら?」

「でも、まんざらでもないのかも!」

 右隣のセイラと、顔をくっつけあってひそひそと耳打ち。

 バレてる気がしないでもないけど、こんなの隠しているようで隠してないお約束みたいなものだし、いいわよね。

「料理人さん、ねえ。ルーエって年上趣味?」

「わたしはいいと思うけどな!レジルさん“ああ見えて一応大人”だし、ルーエってあまり甘えたりしないけど、その分向こうがめいっぱい(・・・・・)甘やかしてくれそう!」

 さりげなく褒めて無い気もするけど、セイラの審美眼は信用……できるかしら?

 光属性って事もあって、本質を見抜いたりするの得意そうだけど……。


「他人事……」

 本人置いて盛り上がってたら、さすがにちょっとムッとしたみたい。

 人の恋の話ほど、美味しい話も無いものねえ。

 ちょっと悪かったかな……とちょっぴり反省していたけど、その隙に今度はルーエが反撃に出た。

「そういう、セイラは?」

「あ、それ気になってた」

「わたくしもですわ。むしろこの場においての一番重要な議題でしてよ」

「えっ、えっ!?なんか皆ひどくない!?」

 酷くないわよ。むしろ最重要確認事項よ?

「見てたけど、結構グーリンディ君と仲いいわよね?」

 まずは『気になる人物その1』について振ってみる。

「ええー……。グーリンディ君は……その、普通に友達だよ?話が合うっていうか、一緒にいて優しい気持ちになれるって言うのかな」

 うーん。案外普通の感想ね。

 ……と、思っていたら。

「勉強頑張ってる努力家さんで、いっつも一生懸命で、いざってときに頼りになる人、かな。わたし、グーリンディくんのそういうとこ『好き』だよ。見ててね、自分も頑張ろうって気になるの」

 あらま。……これは案外……。

 お互い自分からグイグイ行くってタイプじゃないから時間はかかりそうだけど、放っておいたらくっつくような気もするし……ほっといたらいつまでたってもくっつかないような気もするわ。

 それこそ、もうグーリンディ君次第って事になるのかしら。

 クルエラがいるから、下手に『イベント』についてとか聞けないのがもどかしい。

 もっとも、シャリラン殿下の件なんかにある様に『イベント』に関係なく感情や交わす言葉に変化があったり、距離が縮まってる可能性もあるんだけど。


「ふーむ」

「へ、変に考え込まないでったら!もう!」

「顔、赤い」

「誰のせいかなあっ!」

 微妙で繊細な話題を振られて意識しちゃったせいか、照れているっぽいセイラ。

 恥ずかしがってるとこ悪いけど、聞きたい人物はもう1人いるのよねえ。

「じゃあ、アルフレア殿下については?」

「あ……あー……」

 グーリンディ君の話題を振った時は、どちらかというと戸惑いの方が大きかったように思う。

 思い返して、はにかむ様な表情も見せた。

 けれどこれは、明らかに違う。

 殿下の事を思い出したのか、かーっと一気に首筋まで赤くしたセイラは、今度こそ絶句してしまったのだから。


「え、セイラ……貴女?」

「ちちちちち違うの!」

 うわ、ものすごい動揺。

「ええっとね、あの、ね……うん、その……しょうがないじゃない!」

 逆ギレ?

「だだだだってさ、王子様だよ!?」

「う、うん」

「え、ええ」

「名前で呼んでいいとか、敬語使わないで欲しいとか……距離も何だか近い気がするし……。そんなの、そんなののぼせちゃっても仕方ないと思わない!?」

「アルフレア王子……積極的?」

「そうなんだよお!」

 頭を抱えて突っ伏してしまったセイラに、ルーエが手をのばしてる。

 慰めたいのかしら?

 席、換わった方が良い?

「ドキドキして、止まらないのっ!ねえ、これって『恋』なのかなあ!」

「それは……」

 ええと。

 肝心の本人が混乱状態のせいで、冷静に『ゲームでは』とか『ルートだと』なんて、考えるどころではなくなってしまった気がするわ。


 整理してみると、こう?

 つまりグーリンディ君とはまだまだ友情枠で、お互いに歩み寄っている感じ。

 一方で、アルフレア殿下がセイラに対してグイグイ行ってる……押せ押せ気味ってこと?

 ゲーム風に言えば、自分から攻略しに行くのではなく、向こうから攻略して来てる感じ?

 私が知らない間に、向こうが『自分から』落としにかかるくらい好感度が上がったって事なのかしら?

 でも……例えば夏季休業中に起こる個人イベントは、もう少しこう何というか、主人公(こちら)側からきっかけを作るものだった気がするわ。

 攻略対象が本気になるのは、それぞれの個別ルートに入った後の話……だったはず。

 人の気持ちなのだから違っていて当然だとも思うけど、どこか違和感を感じてしまうのは、私がゲームの知識を基準にしてしまっているからかしら?

 それはそれで問題の様な気もするけど、かといって他に判断材料がある訳じゃないから困ってしまう。

 クルエラも、同じように考え込んじゃってるし。


「セイラはどう思ってますの?ドキドキする他に、感じる事は?あの方の事を考えるとせつないとか、いないと寂しいとか。そもそも貴女自身、好意を抱いてまして?もちろん、友情という意味では無くててですけど」

「それが自分でも分からないから困ってるんじゃない!うーっ……もういいでしょ!?ねえっ、ほら!わたしもルーエも話したんだし、次はクルエラの番だよ!」

「………え、あ、ええ」

 けれどクルエラはまたも考え込んでしまったのか、少しだけ反応が遅れてしまったみたい。

「ぼんやり?大丈夫?」

「その、ご免なさい。少し『今後』について考えてしまったの」

「うう、あまり真面目に考えなくていいよ?アルだって、きっともっと仲良くなりたいって思ってくれてるだけなんだろうし!」

 それが『どういう風に仲良くなりたいのか』具体描写が無いのは、鈍感なのか、自衛なのか……。

 ヒロインだけに、鈍感だと見る向きもあるけれど。

 そんなセイラをちらりと見、1つ深呼吸したクルエラは、しゃあしゃあと言ってのけた。

「アラ、わたくしは皆さんと友人でしてよ?」






なお石窯スチームオーブンだった模様。




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