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魔法の森学園乙女ゲーム狂騒譚  作者: 深月 涼
夏季長期休暇~メフィ先生の過去行~
31/47

許された遊び

「ダメッ!パパ、おじさんとケンカしちゃだめなのよ!おにーちゃんたちもおねーちゃんたちも、困ってるでしょ!」

「……」

「け、けどなあレディ」

「めー、なのっ!」

 小さな体で精いっぱい大きな声を出し、出来る限りの力でもって引きとめようとする“私”の様子を見て、あれほど敵意を抱いていたパパも、さすがにそれ以上手出し出来なくなってしまったみたい。

 お父さんはお父さんで「おじさん」攻撃に地味にへこんでいるけど、仕方ないわよ、こればっかりは。

 ただ……これもごく当たり前の事なんだろうけど、小さな子が引きとめたくらいでパパの疑念が消える筈もなく。

「この人たちはなあ、危なくって怖い、悪い人たちなんだぞ」

「わるくないもん!」

 即座に否定する私に、パパの目がちょっぴり情けなく下がった。


「いや、だからなあ」

 なおも説得しようとするパパに、小さな私は近くにいたジンに抱きつきギュッとしながら睨みつける。

「やさしいもん」

 不貞腐れた様なその声音に、誰もがハッと息をのんだ。

 それくらい、痛々しい様な声だったから。

「やさしかったもん、みんな。おにーちゃんたちも、おねーちゃんたちもみんなキレイでカッコよくて、やさしくしてくれたもん。それにね、パパ。ジン、怖くないよ。おっきくてちょっと怖い顔してるけど、こうやってぎゅってしてても怒らないのよ。……だからね、みんな、悪くないのっ!悪いのは、いじわる言うパ……!」

「ちょ、ちょっと待った!」

 思わず慌てて止めちゃったわよ。

 泣きそうな顔してたけど、止める勢いでつい抱きしめてしまったせいか涙目のままきょとんとしてしまっていたわ。

 止めたのは……これ以上言うとパパも本人も傷つくんじゃないかって……そう思ったから。

 あとは単に、その後の場面を見たくないっていうか、想像もしたくないっていうか……。

 だって『私の両親(パパとママ)』はいなくなってしまったのだし……変な事でケンカして、おかしな空気になって欲しくないっていうか。

「…………ふう」

 とっさで、自分でも動揺して内心言い訳の嵐だった事もあって、その間ずっと動けず彼女を抱いた姿勢でいたら、あっけにとられたように目を見開いてたパパの顔が、だんだん困ったようなマズイものでも食べた様な、そんな苦そうな表情になった。

 ええと。

「……どうやら、こちらが先走ったようだな。……すまん」

「いえ……疑念はごもっともです。事情があるのはお互いという事で……少し話をしませんか。ある意味都合がいいかもしれません」

「それは……?」

「こうなっては、隠し立てする方がかえって危険かもしれませんから」

 お互いに頭を下げ合う大人たちに、周囲の子供たちの間にホッとした空気が流れる。

 どうやらもう、大丈夫そうね。


「ここでは何ですし、どうぞ中へ。ごく普通の屋内ですから……といっても気にしない訳にはいきませんか」

「いや……まあ」

 そんな風に言ってしまったら先生(おとうさん)、パパ、何と言っていいのか分からないみたいよ?

「パパ?」

「レディは……」

 どこか迷い、言い淀むパパに先生がにっこりと笑顔を見せた。

「もし誤解が解けた様であるならば、よろしければ彼らに任せてみませんか?年少者に対しどう対応するか、これも1つの勉強ですよ。……何より、ここから先はあまりお子さんに聞かせる話ではないでしょう」

「……そう、だな。レディ、“いい子だから”お姉さんやお兄さんと一緒に、ちょっとの間だけ遊んでおいで。けど、あまり遠くに行ってはいけないよ」

「うわあ!いいの!?ジンも!?」

「ああ。いいか?くれぐれもわがまま言ったりして、迷惑かけるんじゃないぞ」

「はあいっ!」

 あらいい返事。

 さっきまでの顔が嘘みたいだわ。


「アルフレア君、シャリラン君、クルエラ君はこっちに。少々『頭を』借りたいのでな」

「かまいませんよ。正義を遂行するため、出来る事があればなんなりと力になりましょう」

「ええ。もとよりわたくしは、その為にここにいるといっても過言ではありませんもの」

「まあまあひっかからなくもないけれど……これからの事を詳しく知る必要があるのは確かか。それに、いい加減元の……(世界に)戻る算段も付けなければ、ね。分かりました、微力ながら力になりますよ」

 ちょっと。

 各々のコメントに、思うところがない訳ではないけれど。

 それ以前の問題って言うか、ハブられたメンツがさりげなくおバカさん疑惑をかけられたんだけど?

 というか、私まで?

 む、という苛立った表情が表に出ていたらしい。

 先生が苦笑しながら口を開いた。

「後は各自頼む。いちいち細かい事までは言わないが、なにぶん小さい子が相手なのでな。自分の事ばかりにかまけたりせず、くれぐれも目を離さないように。(それとレディは、ジンと共に周囲に危険が迫っていないか確認しておいてくれ)」

 名指しで呼ばれてこくんと頷く。

 それを確認できたのか、先生も頷き返してきた。

「おねーちゃん、おにーちゃん!いっしょ、遊んでいいって!」

「よかったねえ」

「うん!」

「しかし……遊ぶといってもどうするべきか」

「殿下たちとも別行動になっちゃうし、危ないみたいだから下手な事は出来ないよね」

「あっち!あっちいこう!いつも遊んでる木があるの!」

「そうなのか?木って、どんなだ?」

「ええっとねえ、おっきいの!こおぉんな、おっきいのよ!」

「でも、あまり遠くへは……行けない」

「だいじょうぶ!すぐそこなの!」

「じゃあ、一緒に行く?」

「うん!」

 『周囲を確認するように』という先生の言葉は、どうやら私にしか聞こえないように言ったみたいね。

 誰も気にする事はなく、頭脳担当が共同棟の中へ入るのを見届けた私たちは、はしゃぐ“私”を囲むようにしながら森の中へと入って行った。


 ジンを先頭に、周囲を探らせながら森の中を歩く。

 小さい子と一緒だけあって、目的地まであっちへ行ったりこっちへ行ったり。

 慣れてるセイラはともかく、ラビやグーリンディ君まで一緒になってきょろきょろしてたのは、こんな風に森を散策する事自体が珍しいからかしら?

「ねえねえあれ!あれ見て!」

「……っ」

「あれ?ああ、虫?レディちゃんあんな高いとこの、よく見つけたねえ」

甲冑虫(アーマーセクト)の一種かな?さっきも剣刃虫(ブレイドセクト)っぽいのいたし……。むう、こうなったら次は虫系で行くかー……?ん、案外それもいいかもしれないぞ。先生に頼んで召喚に必要な物は全部揃えてもらってるから、後は……」

「そういえば田舎の山奥などでは、いまだに捕れるらしいな」

「モノによっては希少ですから、現代に持って帰れればひと財産になりますよ。ここは……まさに宝の山ですね。野生の魔菜花(マナフラワー)もありましたし……」

「……」

「大丈夫?」

「……うん」

 ねえちょっと男子たち。

 楽しそうに虫談義してるとこ悪いんだけど、世の中には虫が苦手な人もいるって事、思い出した方がいいと思うわよー?


 というか皆貴族位の、しかも高位に属する家の子なのに、そんな子供っぽい趣味でいいのかしら。

 あとラビは何狙ってるのよ。というかいつの間に。

 そもそもよ?

「私は、セイラが虫平気なのが意外なんだけど」

 さっきから“私”と一緒になってはしゃいでたし。

 こうしてると『私』なんかよりも、ずっとちゃんとした姉妹みたいだわ。

 髪色も似てるから余計、かしらね。

「そうかな?んっと、わたしってホラ、ずっと小さい子たちと一緒にいたじゃない?だから“そういうの”案外慣れちゃってるのかも」

 孤児院時代にって事ね。

 料理の時といい、今といい……妙な下地ありすぎでしょう。

 確かに……物語の主人公ってこう、ある程度のたくましさや図太さは必要だと思うけど、それにしたって限度があると思わない? 

 男の子主人公(ヒーロー)ならともかく、女の子(ヒロイン)でそれはちょっとどうなのかしら。


「グーリンディ君は、虫、平気なの?」

「あ、えっと、うん、そうなんだ。ほら、薬学錬金って色々な物を素材にするでしょう?多くは植物なんだけど、鉱物を使う事もあれば生物の一部を使う事もある……から。あっ、も、もちろんその、生きたままとかそんなんじゃなくって、だよ!?」

「えへへ、大丈夫。ちゃんと知ってるよ。わたしは魔法学科だけど、それでもちょっとくらいは錬金魔法の事、勉強したもの」

「そ、そっか」

「ほら、先生がカエルになっちゃった時にね……」

「そういえば……」

 2人して話し込むその姿は、かなり親密にも見えるけれど。

 ただ……問題はあの2人が“そっち”方面に疎そうって事なのよねえ。

「見た目は、仲よさそうなんだけど」

「本人たちは……あれで、友達のつもり……みたい」

 思わずつぶやいた言葉に、意外なところから返事が返って来てちょっと驚いた。

「やっぱり?」

「うん」

 ルーエはそこ、断定しちゃうのね。

「じゃあ……アルフレア殿下は?」

「あれは……」

 あら?

 彼女が分かりやすく表情を、しかも悪い方に変化させるって、珍しいわね。

 もっとも、そう言い切れるほど会ってる訳でもないんだけど。

 何かあったのかと問おうとしたその時、ちっちゃな私が再び叫んだ。

「あそこー!」

 見ればそこには、大の大人が何人いても囲みきれないくらい大きな木がそびえたっていて―――


「おっきい木だねえ!」

「でしょうっ!」

 懐かしいな。

 昔、友達もいない私にとっての遊び相手は、この大きな木、だけだった。

 パパと一緒にここまで来ては、木に登ったりお昼寝したり、ママの作った絵本を読んだり。

 ナイフの使い方も教えてもらったっけ。

「ここだけ、皮が剥がれてますね」

「よく見たら、結構傷だらけかも」

「鋭い刃物で刺したような跡があるな」

 皆も気付いたみたいで覗き込んでる。

 そっか、もうこんなに低い位置になっちゃったんだ……。

 自分の身長が伸びた事、それだけの時が経ってしまったんだって事を実感して、少ししんみりしてしまう。


「んとねー、いくよー、見ててねー!えいっ!」

「あ、危ないよ!」

「いいの!大丈夫だから!」

 多分、いいところを見せたかったんだと思う。

 小さな私の気持ちが手に取るように分かってしまって、どうしてかしらね、泣きたい気分になったのは。

 無理をして実力以上に距離をとったせいか、それとも不要な力が入ってしまったのか。

 きっと、どっちもなんだろう。

 不安定な力で投げられたナイフ(それ)は木に当たる前に落ちて、小石か木の根にでも当たったのか、コンという音を立てて地面に転がってしまった。

「う……」

「な、泣かないで!」

「も、もう一度頑張れば当たるよ!」

 顔をくしゃっとゆがめた“私”に、慌ててセイラやグーリンディ君が慰めに入る。

「どっから取り出したんだ?」

「あの親は子供に、こんな危ないものを持たせていたのか」

 地面に落ちたナイフを拾い上げ、しげしげと表裏にしながら見つめているヴィクトールに、私は近寄って『それを寄こせ』と手のひらをさし出す。

「……きっと、防犯の意味もあるんでしょ。『あの人』は、明らかに『何か』に脅えてた。何かが起こるって、きっと前もって知っていたか、察知してたか、想像がついていたんじゃないかしら」

「先生の言っていた『アレ』か」


 お父さんが『大事がある』と言った、その事件なり現象なりについて。

 考えを巡らせた時に思い出すのは、あの最後の時。

 あの時、私の家はきっと何者かに襲われた。

 パパが言っていた言葉の断片も、それを裏付ける様な物ばかりで。

 ―――なら両親は『イベント』のためだけに『世界』に殺されてしまったのだろうか?

 そして先生は、そんな私の家族を何度も助けようとしたけれど『世界』に阻まれ助けられなくて、とうとう禁呪を使わなければいけないくらい追い詰められた、と?

 そしてそれもまた、世界の描いたシナリオの内だった……のかしら?

 

 まだ、そこまで断定するには情報が足りない。

 『先生』ならきっと知っているのだろうけれど、私たちには言わないつもりなのかもしれないわ。

 今、私でさえ具体的にどうするのか知らされていないくらいだもの。

 もっとも頭脳労働担当が招集されているあたり、まさに現在、作戦立案の真っ最中なのでしょうけど。

 ―――ジンの行動に、今のところ不審な点は見えない。

 警報も感知して(おかしな気配も)ないし……。

 だからといって、このまま何もないままとは思えない。

 なら。

 今考えるだけ無駄だというのなら、今出来る事をやるしかない。

 まだ間に合うと信じて、今はただ、パパとママと……そして過去の自分を助けることだけ考えよう。


「リグレッド?」

「……貸して」

 考え込み始めた私を不審に思ったのか、ヴィクトールが怪訝そうに声をかけてきた。

 それには応えず、中々渡そうとしないナイフを無言でもぎ取ると「おい」と文句を言われたけれどそれも聞き流し、小さな私の前で膝をつき“彼女”と視線を合わせた。

「いい、見ててね」

 こうやって、と、どんな動作をしているのかよく見えるように腕を動かす。

「前、どいて」

 ちょうどふさぐ位置にいた4人が慌てて木の前から離れたのを見て、私は右肩の上で構えていたナイフを前方へ向かってすっと“放した”。

 こん!

「ふわ!」

「わー!」

「すっげ!」

「……ド真ん中」

「さすがだな」

 称賛は嬉しいけど、今は素直に喜べないかな。

 『今の』私には、造作も無い事だから。

「おねーちゃんすごい!『パパみたいに』キレイに刺さったの!」

 過去の自分からあこがれる様な視線を受けて、ちょっとだけ感傷的な気分になった。

 少しだけ、誇らしくも思ったけど。

 ―――私だってずっと、『パパみたいに』キレイに投げたいって頑張って来た。

 そう、今のこの子(わたし)みたいに。


 『自分』相手だけど、それでもお姉さんぶりたいのかな……と自己分析しつつ、少しでも伝わればいいとコツを教えた。

「余分な力を抜くと良いよ。それに、まだ筋力……手とか腕とかの力が足りないから、飛距離が短いのは……遠くまで飛ばせないのは仕方ない事なの。じっくり練習すればきっと、これくらい簡単にできるようになるよ」

「本当!?」

「うん」

 何せ、その練習の成果が今目の前にいるんだもの。

 これ以上ないくらいの証明だと思うわ。

 クスリと笑った瞬間、首筋に刺さるものがあった。


 危険探知が働いてる。

 今すぐ何か起こる訳じゃないとは思うけど――――――誰か、見ているような?

「ジン?」

 視線を移せば、ジンもまた森の奥の方を見ていた。

「レディ?」

「……うん」

「戻った方がよさそうだな」

 私と付き合いの長い―――長くなったラビが、瞬時に判断を下す。

 信頼してくれてると思うと、ちょっと嬉しいかもしれない。

 こんな時だけど、少し心が温かくなった。

「えっ、何?何?」

 妙な雰囲気を感じたのか、セイラがきょときょとしはじめる。

 一方で、小さな私はしょんぼりしてしまった。

「もう、お家帰る?」

「うん。何かあった訳じゃないんだけど、ただ、暗くなる前に戻った方がいいと思って」

「そう、ね。足元、危なくなる」

「へいき、なのにー……」

 そういえば、小さな頃はなかなか夜眠れなくって、ぐずぐず言っては両親を困らせていたっけ。

 今ならそれは、人狼の血を引いていて夜目がききすぎるからってわかるんだけど。

 暗くても周りが見えるせいか、眠る気になれないのよね。

 こればかりは慣れだから、何とも言えないわ……。


「パパのとこに、一緒に帰ろう。ママもきっと待ってるよ」

 そう言って目を合わせると、両親の事を思い出したのか“私”は目を見開き嬉しそうに笑った。

「わかった。おねーちゃん、手!」

 差し出したその手は小さくて、やっぱり泣きそうになる。

 にぱっと明るい、何の心配もしていない、何の不安も抱えていない……あんな事がおこるなんてぜんぜん知らない無邪気な顔。

 複雑ではあるけれど、でも、それでも。


 ―――守りたいと思った。この笑顔を。


 つないだ手をギュッと握りしめ「戻ろう」と言う。

 警戒を崩さず戻ったせいか、特に何事も無く先生たちのもとへと戻れたのだけど。

 さっきの『あれ』は、やっぱり誰かがいるってことなのかしら。

 『私たちに危害を加えようとする何か』が―――?




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