父親
私が本当の事を黙っているのは、王子さま方から王家や政府に話が行って、不当に行動を制限されたりしないようにって事からだったはずだけど……って事は、少なくともこの国に関してであればその用心の必要も無いって事なのかしら。
確かに確保される先が陛下だったら安心できるけれど(ある意味安心できないような気もするけど)でも……本当に、いつの間にって感じよ。
そういえば……お父さんは『干渉を望まない』って言ってたし、陛下も『試練』だって言っていたわ。
もしかして、この事?
「春の終わりごろ……ですか。ちょうどその頃、皆で城の見学をした事がありましたが、移動中、ジンに似た毛色の使い魔を連れていた2人組の塔の魔法士がいたのを思い出しました。あれはもしや、先生とリグレッドでしたか?」
いかにも確認、という感じで言葉を発したのはヴィクトール。
アンタほんっとに余計な事しか言わないわね……って、やっぱり気付いてたんじゃないの!やだ、バレてる!?
動揺した私を余所に『先生』は、しゃあしゃあと言ってのけた。
「気付いていたのか、さすがだな。あの時は塔の研究者として行っていたから、ローブで顔まではわからんだろうと思っていたが。だがな、ヴィクトール君。灰のローブを支給されるのは『所属の研究員』あるいは『研究助手』のみなのだ」
「そうでしたか。では、リグレッドは違うのですね」
……言って無い。言って無いわよお父さん。
お父さんは私が『塔に正式に所属している』事も『父の研究助手』である事も『研究員としてみとめられている』事も、ひとっ言も言って無い。
肯定もしていないけれど否定もしていないから、嘘を言っている訳ではないけれど……。
あっさり誘導されてしまったヴィクトールも素直すぎたかもしれないけど、むしろこれはお父さんが悪いわ!
まんま『大人キタナイ』の範疇じゃないの!?
「いや待てヴィッキー。その言い方であれば彼女が塔に所属しているとも取れるぞ?」
ほら見なさいよ!案の定シャリラン殿下が食いついて来てしまったじゃない!
どうするのよ……。
「えっと、よく分からないけれど『ジンに似た毛並み』って事なら、それって別の犬じゃないのかな」
「かもな。色が似ていたんだ。それにそもそも仔犬だった」
犬犬って、ジンは犬じゃなくて狼なんだけれど?
下手に突っ込めないのがちょっと悔しいかも。
「仔犬?あ、でもジンは小型化できるぞ」
な、ってラビ、あんたは余計な事言わなくて良いの!
口を挟む前に、先生が笑って言った。
「犬型、狼型の使い魔なんぞ珍しいもんじゃない。たまたま属性や毛色が被る事くらいあるさ。あの時は……確かちょうど会議前だったからな、他の研究員や管理局員の知り合いと話しこんでいたのだよ」
うわあ、笑顔で誤魔化しきったわよ、この人。
あくまで嘘じゃ無い当たり、タチが悪いわね。
「で?他に疑問はあるか?」
お父さん……先生が、これでこの話は終わりとばかりにぶっちぎり、皆の顔を見回す。
クルエラとシャリラン殿下は難しい顔をしていて、アルフレア殿下もやっぱり何か考えてしまっていた。
おろおろとしているグーリンディ君と、興味無さそうなヴィクトールやルーエはともかくとして、何でこんな話題になったのかよく分かってなさそうな顔でぽかんとしているラビやセイラは……えーと。
まあ、無関係といえば無関係だものね。
さっきのジン疑惑説も、なんとなく知っている話題だったから口を挟んだだけなのかもしれないわ。
「では、先生とリグレッドさんは本当にそれだけのご関係なのですわよね?もっとこう……失礼かもしれませんが、親密なご関係ですとか」
疑ってかかるわね、クルエラも。
「親密、ね。同じ塔内に住んでいるから、ちょくちょく顔を合わせる事くらいあるさ。いわゆるご近所さんというヤツだな」
ちょくちょくどころか毎日じゃないの。
「ご近所さん、ですか」
まだ納得できていないクルエラの隣で、すごい事思いついた!みたいにセイラが声を上げた。
「あ、でも先生とリグレッドちゃんの髪の色って似てますよね!家族同士だと似た様な属性になりやすいって聞いた事ありますし、もしかしてご親戚とかですか?」
髪の色、今の私は真っ白な髪色だけど、昔……ううん、『今の私』は金髪だったのよね。
正直覚えていないんだけど、いつからだったかしら……?
先生と暮らし始めた時にはもう髪の色は白だったはずだから……もしかしたら両親が亡くなった、あの炎の日が原因だったのかもしれないわ。
大きな事件に巻き込まれて衝撃で体質が変わってしまったという話を、どこかで聞いた事があった気がするし。
……教授たちからだったかしら?
あやふやな記憶をたどる様に首を傾げていたら、先生がにやりと笑った。
「面白い推測だが……おい、薬学錬金!」
「はっ、ふぁう!?」
先生の突然の指名に、今まで部外者だと思っていたらしいグーリンディ君が慌ててお茶請けを飲み込んでいる。気の毒な。
それに先生?いい加減面倒になって来てません?……口調、崩れてきてますよ。
「遺伝については学んでいるな?」
「あっ、はい!えっと、人間種族における属性と色の発露は血統に関係なく、環境―――とりわけ受胎後から誕生までの期間中に魔力の影響を受け発現するもの、であると」
「うむ、よく学んでいるようだな、その通りだ。セイラの“ソレ”は、民間で信じられてる迷信のようなものだな。環境が同じだから同系統の属性が発露しやすいというだけだろう。さらに言うなら彼女は人狼の、しかもハーフであり、私の種族は悪魔だという事だ。ゆえに血縁関係などは無く、ほら、顔の系統自体も違うだろう?」
セイラやルーエ、ラビなんかは先生と私の顔を見比べながら、なるほど、なんて言っている。
それでもあきらめ切れないのか、クルエラがさらに言い募る。
「義理の、と付く場合もあるのでは?」
うわ、するどい。
けれど、お父さんはそれも笑ってかわした。
「残念ながら私の親は、ずいぶん昔に無くなっていてね。それこそ、彼女の両親とは年代が合わないさ」
……嘘は、言って無い……わよね。
多分、状況からして私の親の方が古い時代に生きてると思うのだけど。
ごり押しと、嘘ではない誤魔化し塗れの問答は、ラビの「なあ、そろそろ別の話題にしねっスか?シャリラン殿下もさあ、疑ってばっかだと友達できねーぞって、自分で言ってたじゃないですかー」というもっともなセリフで幕を閉じた。
これにはシャリラン殿下も……ついでにヴィクトールも、マズイもの食べたみたいな苦い顔してたけれど。
どうせならゴーレムの話しようぜ!なんて言い出したけど、うん、その話題で盛り上がれるご友人たち、今は全員未来に生きているからね?
私についての質問の割に、返答がほとんど全部先生だったのについては「だいたい全部先生が言ってしまったから」自分から言う事は無い、とした。
余計な事を口にして、庇ってくれたお父さんの苦労を無かった事にする訳にもいかないものね。
納得できたかどうかはともかく、その後の彼らは私について議論する様な事も無く、ちょっとした雑談のみで終わった。
ああでも、塔についての話はしていたわね。
人体実験の噂とか、胡散臭い研究についてとか。
よっぽど怖い話を聞いたんでしょう。
ここぞとばかりにグーリンディ君があれこれ聞いて来てて、先生が苦笑していたわね。
私についても“実は検体役”じゃないか、とか。
公言出来ない事も多いから、言葉を選ぶのに苦労したわよ。
途中でルーエが気分悪そうにしてたから、気遣うフリして強引に切り上げさせたけど。
まあ、彼女もねえ……『色々』あるものね……。
「ねえ、陛下や政府が私の事知ってるって、本当なの?」
いざ解散する段になって、私は他の皆が外へ出るのを待ちながら―――そういうふりをしながら先生に話しかけていた。
「ああでも言わなきゃ、いつまででも手や口を出され続けるだろう?」
小声で話す私に合わせてか、先生も小声で答えてくる。
それは、もっともなんだけど。
「陛下……陛下だけじゃなく国と塔としてになるが『今回』色々と足並みそろえる必要があってな。言っちゃ悪いがお前の件はむしろついでにすぎねえんだわ」
へえ、そうなんだ。
っていうか、『今回』?
気になる言葉に首を傾げた私には答えず、先生は先を続けた。
「まあいざって時は、身を守るために名前を出しても良いって許可は得てる。だからって、あの人の事だからな。本気で行動制限だの強制命令だのしない方だってのは、お前も知ってるだろう?お前さんの本気次第で、それこそどこへだって行けるさ。例えばの話、サザンバークロイツへ留学してその先で就職する事でさえも例外じゃあない。そう、お前自身が本気で望めばの話だがな」
むう。
思わず唸ってしまう。
あの方が自由を尊ぶ方だというのは、それはもうよく分かってるけど。
陛下の御心はともかく、それでも心配の取れない私に先生は軽く肩をすくめた。
「さっきも言ったが今、国政に携わるようなお偉方は、ちょっとばかり特殊な才能を持った子供たちに対してどうこうしようとか、『そんな事』に費やす暇も余裕もねえんだよ。俺は放って来ちゃったけどな」
てへぺろ、とでも言いたげな笑みを浮かべる先生。
「それって、あの時の会議の話?」
「まあな。だから本当に、後ろ盾になるってだけの……まあ名義貸しみたいなもんだとでも思えば良い」
王様が名義貸しとか。そんな簡単にしていいのかしら。
大人が良いというのなら、子供の私は頷くしかないのだけど。
それより……。
「じゃあ塔の話とかは?しちゃって大丈夫だったの?」
そもそも、それから派生するあれやこれを無くすための身元隠ぺいだったはずだけど。
先生は、こちらを気にせずおしゃべりをしながら出て行く彼らを見つめながら言った。
「……シャリラン『殿下』は、学園内によく伸びる手足とよく聞こえる耳を持ってる。だから下手に嘘を吐くよりは、少しでも本当の事を言っておくべきだろう」
それは、なんとなく気付いていたけれど。
むしろ、それだけの理由で?
疑問に思う私に、先生は苦笑を返した。
「そんな彼だからこそ、今回のお前の件については納得がいかなかったのだろう。自信のある諜報分野で自分のかなわない相手が現れた。そこで焦ってしまったんだろうな」
“手元に確たる情報が無いと許せない”などという自尊心の高さは、情報を糧に戦う者としてまだまだ未熟な証拠だ、なんて笑ってるけど。
それ、笑い事にしていいの?
聞いたら聞いたで、学園内にはびこる情報屋は殿下に限らずごろごろしていて、取り締まって地下に潜られると面倒だって理由もあり、外部に流され悪用されない限りは基本放置らしいって返事が返って来たけれど。
学園内の人間関係構築や色恋に関わる問題に発展しかねず、内部の機密に抵触しない限り学園としてはそこまで関知できるかって事らしい。
保護者が絡む場合もあるようだしね。
だからか、学園側がデコイとしてわざと見えるように隠している情報も多いとか。
さすが世界でも名の知れた学園様。呆れていいやら悪いやら。
……クルエラがお父さんの事知っていたのも、この辺が表の事情って事になるのかしら。
とにかく、そういった学園内の情報屋たちとはもちつもたれつ、普段放っておくけど、いざとなったら遠慮なく成果を押収するんですって。
黒いわあ。
まあ、私が塔の関係者だという事は知られてしまったけれど、『塔のローブは持って無い』って事に“なった”から、最悪ローブのフードで顔を隠して誤魔化すっていう本当に本当の最終手段は残されたって事で、そこだけは安心してもいいのかしら?
などと考えながら、こうして過去の世界へ来た初日は過ぎて行ったのだ。
無事に、と言えないあたりがとても残念なのだけどね。
「どう考えても、おかしいだろう!」
「いえその、だからですね。……まいったな、こうなるだろうとは思っていたが……」
翌朝、さて朝食作りに行きますか、などと張り切る我らがセイラ嬢らと共に女子棟を出ると、そこでは何やらもめているらしいお父さんとパパがいた。
パパの足元には、幼い自分がきょろきょろしながらもしっかりとしがみついている。
……何、この状況。
「どうしたんですか?」
「えっと、何かあったんですか?」
「ああ、実はね……」
困り顔の殿下方による説明だと、どうもこの建物群を1日足らずで建てちゃった事で、パパからは不審人物扱いされているらしい。
あら?というか、セイラが結界張っていたはずだけど、認識阻害の効果が上手く働いてないのかしら?
「パ、パパ?ねえ、どうして怒ってるの?」
「いいから前に出てくるんじゃない。というかお前、どうしてついてきたりしたんだ。危ないだろう」
「だってー!おねーちゃんやおにーちゃんたちと遊びたかったんだもん!ねえねえパパ、おにーちゃんたちお家たてたの?すっごいおっきなお家!ねえ、これからみんないっしょに住むのー?そうしたら、ずっといっしょに遊べるね!」
「……いや……こいつらは……」
ものすごい形相で、まるで威嚇しているみたいなパパのその表情から察するに、最早凶悪犯罪者扱いの様な気もするのだけど。
うーん、やっぱり魔法が無い時代だけに、納得してもらうのもひと苦労みたいだわ。
それに“私”にも魔法の効果は無いみたいだし……。
かけた魔法の効果が弱かった?ううん、今も結界がちゃんと機能してるって“見てとれる”からそのセンは無さそう。
だったら、パパや私って『魔法が禁じられた世界』に生きていながら『魔法に対する抵抗力があった』って事……?
それって、どういう……?
「どうしよう、何か、怖いよ」
「……大丈夫……だと、思う……けど」
セイラやルーエなんかは、ちょっと怯えてすらいるみたいで、私やクルエラの後ろでちっちゃく身を縮込ませてしまっている。
「仕方がないとはいえ、こうまで拒否反応を示されるとはな」
「変なの。便利だし、面白いのになー」
ヴィクトールとラビに余裕があるのは、いざとなったら対処できるだけの力があるって自覚があるからかしら。
「ふむ。あの取り乱しよう……尋常ではないね」
「禁じられた魔法が行使された、というだけでは説明がつかないな。何か他に理由がありそうだ」
「そうですね、本当に危ないと思ったら、街に降りて人に助けを求めるという方法だってあると思いますし」
「でも、じゃあ、それをしないのには何か理由が……?」
シャリラン殿下、グーリンディ君、セイラが次々に意見を口にしていく。
「……まさかとは思うが、すでに何らかの魔法被害が発生しているのでは?避難するほどではなく、軽微な」
最後に口を開いたアルフレア殿下の言葉に、脳裏を赤い炎の映像がよぎった。
まさか、もうすでに何者かが“私たちの家族”に危害を―――?
「先生は、彼ら家族に対して重大な危機が迫っていると。魔法被害であれば、行使が禁じられ知識にも乏しいであろうこの時代の人々に対処は難しいかもしれません。……ありえなくは、ありませんわね」
「2人とも……するどい」
「だったら、分かってもらえるまで説明しなきゃですね!私たちは確かに魔法も使うけど、悪い魔法使いじゃないですよって!」
悪いも悪くないも、そもそも魔法を使うこと自体がダメなのに。
まあ、見破られると思わなかった私たちも認識が甘かったのかもしれないけれど。
でも……その説明で、少なくともパパは納得できるものなのかしら?
「やはりお前らは“あいつら”の手の者だったのか。いいぜぇ、そういう事なら容赦はしねえからな!」
“あいつら”?
パパは、自分たちが傷つけられる要因に心当たりがあったって事?
そういえば、ここに来たばっかりの時にも『あいつら』と。
『あいつら』『襲った』『連中』
あれが単なる野盗の話でないのなら、殿下方の推測はあながち間違いではない、と?
ああでも。
考える間もなく、ぞわりと首筋に怖気が立つ。
敵意が殺意に変わろうとするその瞬間。
「やーーーーーーっ!!」
『小さな私』の大きな声が、山間に響いた。




