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魔法の森学園乙女ゲーム狂騒譚  作者: 深月 涼
夏季長期休暇~メフィ先生の過去行~
28/47

賑やかな炊き出し

 そこからは早かった。

 ゴーレムたちと強化ヴィクトールが次々と柱を組んでいき、グーリンディ君が蔦で補強する。

 外観にもそれは発揮され、全体に蔓を生やした建物が3棟出来上がった。

 植物の生命維持の為シャリラン殿下が地表近くに水を呼び、最後に防犯と虫除けと目隠しの為の結界をセイラが張って、完成。

 それぞれ洗面とお風呂まで付いた女子棟に男子棟、そして共用の炊事場と食堂のある棟が1つ。

 一夜城ならぬ一昼城だとはいえ、見た目はそこそこ立派に出来てると思うわ。

「涼しげだし、素敵!わたしっ、こんな風に蔦の生えたお家って憧れてたんだぁ!」

「そ、そうなんだ」

「そうだよ!だからね、すっごく嬉しいの!頑張ってこんな素敵な建物用意してくれたんだもの、グーリンディ君の分のお夕飯、大盛りにしておくからね!」

「そんな、いいんだよ!気にしないで。むしろやりすぎたかなって思っちゃったくらいだし……」

「やりすぎだなんて、そんな事絶対無いよ!それよりも、魔法たくさん使って疲れたでしょ?今日はいっぱい食べて、疲れを癒してね!」

「……うん!こちらこそ、ありがとう」

「うふふ!待っててね、びっくりするくらいおいしいお料理、たーっくさん作っちゃうんだから!」

 セイラの嬉しそうな声に、グーリンディ君が照れて赤くなる。

 ……こんな時でも、いえ、だからこそ、その明るさ前向きさは、自分たちの気持ちを楽にしてくれる。

 一歩間違えば場違いな態度(くうきよめ)になりそうだけど、今に限っては、のほほんと眺めておいた方が、お互いの(精神的安定の)為な気がするわ。


 (主に)セイラの様子を見ながら少々遠い目をしていたら、2人の脇からアルフレアさまが自己主張してきた。

「私も手伝おう。肉体労働は、まかせっきりにしてしまったからな」

「……私も」

「それをいうなら、わたくしも、ですわ」

「今度は私たちの番だよ!みんなっ、頑張ろうね!」

 ……さすがヒロインとでも言えばいいのかしら?

 セイラはすっかり居残り組の中心になってしまっているようね。

 この子って、毎回こんな感じなのかしら。

 ……そうなのかもしれないわね。

 ゲームの中の『彼女』を思い出し、今度こそ私は遠くを見つめ始めた。

 

「……やっぱり手伝った方がいいかしら?」

「ええっ、良いよ、休んでて!体調、まだ戻って無いんでしょ?」

「休息は、大事」

「ご無理なさらない方がよろしいんじゃありませんの?ここで足手まといになる理由もありませんでしょうに」

「もうっ、クルエラちゃんたら心配するのは良いけど、そういう言い方はダメだよっ!」

「……」

 建設組は休憩って事になったけど、普段自炊している人間としてはこういう時ただぼーっとして待っているってだけなのも、それはそれで申し訳ない気がするのよね。

「出来る事があるのにサボっている気がして、何だか落ち着かないのよ。それに……お肉の加工なんて、お姫様には敷居(ハードル)が高いんじゃないかと思うんだけど?」

 秘技、嫌味がえし!……のつもりはないんだけど、なんとなく?

 良い方はアレだけど、向こうも気を使っているっていうのは理解できなくも無いし、無理させたくないのはこちらも同じ。

 私なら経験があるから大丈夫、という意味で名乗り出てみたんだけど、どうなのかしら、これ。

 ……ちなみに我らがヒロインさんは、学園に来る前、割に日常的に鳥の羽毟ったりとかしていたらしいです。

 余った羽はとっておいて、クッションや枕や服に加工したりもしていたとか。

 苦労がしのばれるわあ。


「我々は普段、誰かの作ってくれた物を消費する側だからな、新鮮な気分だ」

「そんなこと言って、アルフレアさまも包丁の使い方、上手じゃないですか」

 包丁というか、ナイフだけどね。ええ、『光り輝く威力の高そうな』ごっついナイフです。

 出力(・・)が高すぎて、ときどき焦がしたりもしているし。

 見かねたクルエラ嬢が、さすがに材料選別してたわ。

 出どころは、恐らく……。

 ……アルフレア殿下って、普段真面目でしっかりしているように見えるけど……実のところネタ要員としての側面も持っていたりするのよね。……ゲーム知識より、だけど。

 つらつらと考えながら見ていたら、殿下とセイラの会話が進んでいた。

「そんな事はないさ。我々は所詮、何かを、いや誰かを守りたいと願ったとしても……最終的には何かを壊して解決する事しかできない。だからこそ、こうして誰かのために一生懸命に何かを作り出そうとする人に、強く惹かれるのかもしれないな」

 ……ん?


「アルフレア殿下……」

「どうか『アル』、と呼んではくれないか?せめて学生でいる間だけでも構わない、いや、なんだったらこの時代にいる間だけでもいいんだ。……私たちは、“友達”だろう?」

 ……あら?

「そんなの、もちろんよ!アル……その、改めて呼ぶとなんだか少し恥ずかしいけど……」

「なんだい?セイラ。恥ずかしがる事は無いさ。堂々としていればいい。親しくなるのに止める無粋な輩などここにはいないし、もし誰かが君を傷つけようとするのならば、私が許しはしない。……必ず君を守って見せる、何を壊してでも、ね」

「そんな物騒な事、言っちゃダメですよ!……アル」

「敬語も無しだ、いいね?」

「はい……うん!」

 さりげなく否定しなかったわね、殿下。

 普段見てないから知らない……って言うか、気付かなかったけどこの2人、いつの間にこんなに仲良くなってたのかしら。

 思わず見入っていて、すっかり2人だけの空間になってしまっていたわ。

 まあ、止める方が無粋なんでしょうけど。

 シャリランさまなんかは、その渋面からして『馬に蹴られたくない』とでも思っていそうね。

 ラブシーンを見た子供みたいに顔を赤くしながら見てるグーリンディ君はともかく、ラビは……分かってなさそうで、ぽけっとした表情のまま彼らを見つめている。

 頬を赤く染めながら微笑むセイラに、妙に押せ押せな感じのするアルフレア殿下。

 2人のやり取りは、お父さんが「いちゃつくならどっか余所でやってくれ」と呆れたように声をかけるまで続いた。


 それにしても、うーん?

 さっきはグーリンディ君と良い感じに見えたけど、今度はアルフレア殿下と仲が良さそうにも見えたわ。

 セイラはいったい、どっちの方が好きなのかしら?

 隙を見て、話しかけてみる?

 セイラだけじゃなくて女の子のおしゃべりって事なら、案外うまく聞き出せるんじゃないかしら。

 キャラ設定や役割からして、ルーエも恋愛方面の話は嫌いではなさそうだし……。

 クルエラ嬢は高位貴族の娘だけあって、話題が個人情報の場合だと口が固そうだけど、ただの雑談(コイバナ)なら目こぼしするかしら?

 それか……そうねえ、ラビの話でもすれば食いついてくれるかもしれないわ。

 ラビの召喚学科での普段の様子は……ああいう子だから想像できるかもしれないけれど、あくまで想像でしかない訳だし。

 きっと絶句するでしょうね、想像以上だったって。


 先生が間に入った事で、ようやく周囲は動き出した様子。

 私やヴィクトールが自主的に食材を切る方に回ると、他の男子たちは残りの3人の女子とにぎやかに話しながら煮炊きを始めた。

 とはいえ、その中でも若干遠巻きなのがシャリランさまで、これは仕方無いのかな、とも思うわ。

 不本意だっていう雰囲気がダダ漏れなのは、やっぱり巻き込まれたからよね。

 それにその直前の、少し怒ったようなあの様子。

 私の公開している情報について、納得いってないのが不機嫌の原因なのかしら?

 まあ、いくら機嫌悪そうに見えてもそこまで空気が悪くなっていないのは、彼がきちんとやるべき事や、やった方がいいと思うような事について手を抜いてないのが分かるから、かもしれないわ。

 こうなったら一蓮托生なのは、彼だって理解できてるんでしょう。

 そう、今はちょっと拗ねているだけで……。


 そんな殿下にはみんな、当たらず障らずだったんだけど……。

「旨そうだなー、ちょっとだけ……もーらい!っ痛(てっ)!?」

 行儀悪く鍋に手を伸ばしたラビが、ルーエにぺしって手をはたかれて不服そうな顔をする。

「つまみ食い、ダメ、絶対」

「つまみ食いじゃねえよ、これは毒味だ毒味」

「……」

「あっ、じゃあ殿下(ほんにん)に味見してもらいます?殿下ならそういうの得意そうじゃないですか!ほら殿下、あーんしてください、あーん!」

「あのねえ……アルが許しても、私は別に馴れ馴れしくして欲しいなんて頼んでいないんだけど?それに君、一体どういう目で私の事を見ているのかな?」

「毒味は大事だぞ、シャリラン。セイラ、私がやろう。あーん」

「はい、アル。あーん」

「あのねえ!本人が毒味してどうするんだい!?」

「だ、大丈夫ですよ、何かあったら解毒剤作りますから!」

「それは大丈夫とは言わないだろう!?」

「大丈夫じゃなかった時の為にも、今、味見(どくみ)が必要なんです!」

「観念したらどうだ?シャリラン」

「アルフレア、君は友人を売るつもりかい!?だからそれを私にさせるのは、何か間違ってやしないかとだね……!」

 光に水、炎に植物が揃っている環境で、食中毒も毒殺も関係ない。

 余計な人目のない場所で、ふざけ合っているだけなのだろう。

 王子も貴族も関係なく、ただの同級生、その友人どうしとして。

 シャリラン殿下も、なんだかんだ言いつつ最終的には巻き込まれてゆき、騒がしい時間は過ぎて行く。

 先生はそれを、どうしてか穏やかな目で見つめていた。


「にぎやかねえ」

「そうだな」

 つい漏らした独り言だったけれど、予想外にも隣から相槌が返って来た。

 振り向いて、ヴィクトールと視線を合わす。

「混ざらないの?」

「いや。必要ないだろう」

「巻き込まれるのが嫌?」

「そういう訳ではない、が、自分としてはこの場にいる方がいい」

 ……ええと?

「ここならば全体を見通せるからな」

 あっそ。

「色気の無いお返事どうもありがとう」

「無くて結構だ」

 そっけなく返される返事だけど、どうしてかしら、不思議な気分。

 怒っているとかイライラしてるとかそういうのじゃなくて、本当にするっと流されてしまっている感じ。

「本当に牙、すっかり抜けちゃったみたい」

 あれだけ、言った端からすぐに噛みついてたのが嘘のよう。

 内容はバカにしてる!って不快になる物ばかりだったけど、今みたいにまったくケンカにならないっていうのも、ほんのちょっとだけ寂しいかもしれない。

 本当の本当に、ほんのちょびっとだけだけど。


「ふ」

 とか思っていたら、何故か笑われてしまった。

「何?」

「いや……確かに牙は抜けたかもしれん。だが……動物の場合、乳歯から生え換わることだってあるだろう?」

「ずいぶん遅い生え変わりね」

「自覚したのが最近だったからな」

 やっぱり不思議かも。

 ちょっとした嫌味くらいは含まれるとして、それでもこうやって自然に話せてしまっているのが。

 小気味良い応酬に、悪くない気分になる。……それが、不思議。

 ずっとケンカしているよりは、きっとずっと良い事なんでしょうけど。

 まあ、いいわ。

「で……今のは自信?」

 ちらりと見ながら問う。

 少しばかりからかいも含めたその質問は、意外にも真面目な声音で返された。

「いや、自戒であり……願望、だな」

 そう言った本人の瞳はまっすぐに前を見つめていて、私は何故かその姿から目を離す事が出来なかった。


 その後、(主に目の前の人たちが)やいのやいのと騒ぎながらもなんとか無事に完成させた夕食は、建てたばかりの食堂棟の中に入ってとる事になった。




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