追いかけた先にあったもの
「灰の塔第4研究回廊在籍、魔法の森学園魔法科講師メフィによる禁呪行使の疑いありとの匿名の通報があったため、塔劾査察法第8条に適合すると判断!セントラル王国第2王子アルフレアの名のもとにおいて、ただいまより緊急監査を行う!今すぐここを開けよ!」
「先生が禁呪を使ってるなんて嘘ですよね!?お願いです、その姿を見せてください!もう、1人で抱え込まないで!わたしっ、力になりますから!」
「ああもう、時間が無いと言っているのに!とっとと開けなさい!王族命令でしてよ!」
「やっぱり、証拠が無いから言いがかりだと思われている……?」
「……まったく、付き合っていられないよ。根拠の無い自信で判断するのは危険だと、そいう話が割に最近あったはずなんだがねえ……」
「シャリラン殿下、その、それは……」
「よくわかんないけど、開ければいいんだったらゴンザオー召喚するか?」
「うわああ!待って、待ってったら!あの、早く開けた方がいいですよ!でないと絶対とんでもない事になりますから!」
アルフレア王子が宣言し、セイラたちが各々説得(一部疑問符が付きそうだけど)をし続ける中、私はこっそり塔の通話回線を開いていた。
『どうした?ずいぶんな騒ぎだな』
『なんなんだ、一体』
応じてくれたのは、テスラ教授とフレディさんの2人。
小声で状況を説明して、入口の大扉を開けてもらうようお願いする。
『この短時間でよく令状が出たものだな。まあ、容疑が禁呪では仕方ない、か?』
『だが、お前はどうなのだ?彼らが内部に入るとなれば、素姓もバレる危険性が高まるぞ』
「構わないわ、だってもう、それどころじゃないんだもの。違ったら違ったでいい、責任は私がとるから」
『……責任などと、そんなに簡単に言うものではない』
『レディ……む』
たしなめるようなテスラ教授に続いて、何か言おうとしていたらしいフレディさんの様子が変わった。
「どうかしたの?」
『まずいな、この魔力の急激な増加は』
『いかん、何やら大規模魔法の予感がするぞ!?』
『おい!?いきなり魔力が膨れ上がったぞ!?どうなっている!』
『個々の研究に口出ししないのが塔の不文律とはいえ、これは……』
「っ!?」
塔の中層部あたりに、異様な魔力の動きを感じて動揺する。
会話に割り込む形になった他の研究者たちも、ずいぶん驚いているみたい。
一部でワクテカしてるのもいるみたいだけど。
―――あの位置は、間違いなく私たち親子の研究室。
単なる実験の失敗ならあれくらいの魔力暴走は無くもないけれど、お父さんが失敗するなんてはっきり言って私がここに来て以来初めてだし、よく見れば暴走というよりは発動直前に行う魔力収集に近い。
あれを意図してやっているというのなら、どれだけ強大な魔法を使うつもりなの、お父さんったら!
「「お願い、開けて!」」
私とクルエラ嬢の言葉が重なった瞬間、ごご、という重い音と共に目の前の大扉が開いた。
「はぁっ!?まさか本当に開いただと!?」
『急げ!我々もすぐに駆けつける!』
「開いた!」
『まさか、本当に禁呪か!?』
「行くわよ!!」
驚くシャリラン殿下の声やら教授やフレディさんの言葉なんかを聞き捨てながら、私はクルエラやセイラたちと共に塔の中へと飛び込んで行った。
「うう、これ一斉に動いたらどうするんですか~」
「こ、怖いかも……」
大丈夫よ、グーリンディ君にセイラ。
一応了解を得て入っているんだから、守護像たちは見守るだけよ。
「大丈夫だ2人とも。いざとなったら私が焼き払ってみせる!」
自信満々に破壊活動宣言しないでください、アルフレア王子。
もっとも、そんな事には絶対になりませんけどね。
「ここからは分かれ道、か?」
「昇降機と階段、ですか」
「先生の部屋って、一体何階……?」
「結構高い位置だったよな」
「前に来た時は、結局中まで入らなかったし……」
「エレベータに乗ったとして間違った階に降りれば、それはそれで手間だな」
「時間の無駄よ!だったらいっそ、階段で1階1階探した方が」
「それも迂遠だろう」
「―――私がやるわ」
話し込み始めた彼らに、提案する。
目線の全てがこちらを向いた時点で、軽く手を振りジンを召喚した。
何が起こるか分からないから、いえ、大体想像はつくから、最初から成狼状態だ。
「“メフィ先生”の魔力を辿って。出来るわね?」
「おん!」
ひと声鳴くと、ジンは身をひるがえして階段の奥へと消える。
「わわっ、ちょっと待ってよー!」
「置いてかないでください!」
全員が慌てて後を追い、私はその最後尾をついて行った。
……魔力を辿るなんて嘘。
これは、探させるフリをして案内させる作戦。
だって一番手っ取り早い方法だったんだもの。
「うわあ、すごーい!」
「すごいですねえ!まさか塔の中にこんなきれいな場所があるなんて!」
階段を上れば、そこは塔内庭園。
そこかしこをちょろちょろと小さな小川が流れ、視界をふさがないようまばらに木が植わっている。
膝ほどまで伸びた水草が一面に生え、その上を専用の木道がまるで迷路のように張り巡らされていた。
侵入者排除の目的もある迷い水路は、ときにわずかな階段で上下する為、初心者はまず案内が無ければ目的地までたどり着けない仕様。
まさに初見殺しというやつね。
ちなみにトラップも仕掛けられていて、落下した先は魔力吸収衰弱コースか、先のガーゴイルさんたちと死のダンスコースの2択だったりする。
死ぬ前に塔から出される仕組みとはいえ、ちょっとお仕置きが過ぎるんじゃないかと思わなくもないわ。
犯人の自業自得だから、あえて意見はしないけど。
そんな、見かけだけは美しい庭園を気にいったのか、セイラとグーリンディ君がつい足を止める。
光と水、緑にあふれたこの場所は、属性的に合致する2人にとっても好ましい場所なのだろう。
「おい、置いて行かれるぞ」
「急ぐんじゃなかったのかい?」
「わわっ」
「今行きますっ!」
時間があれば自慢したい場所ではあるんだけど、今はそれどころじゃないものね。
「もたもたしないっ!」
「「はいっ!!」」
「……いつもと、違う?」
そうね、だいぶ違うわね。
なりふり構わないってやつなのかもしれないわ。
で、そこからは一直線。
住居も兼ねる研究回廊に入り、似たような扉をすっ飛ばして先へ。
やがてジンが足を止めた。
「ここだわ!」
他の人の部屋の扉と変わらないはずなのに、どうしてこうも自信満々なのかしら?
まあ、ジンが足を止めたからなんでしょうけど。
そもそも彼女ったら私の事、無条件で信じてるっぽいけど、どうなの?
一生懸命で、他の事を考えていられないだけなのかもしれないけれど。
ばたむ!と勢いよく彼女が扉を開ける。
わざわざ解錠しなくても扉が開いたという事は、もうすでに教授たちは中に?
考えている間にも、彼らはどやどやと中に入って行く。
プライベート空間はともかく、居間兼応接室に私物を置かなかったのは幸いだったかもしれないわ。
うっかりキッチンとか見られたら、確実にメフィ先生が1人暮らしじゃないってバレちゃうものね。
その分論文が散乱しているようだけど、これはいつもの事だから、むしろいい目隠しかもしれないわ。
アラが出る前に突っ切って、私たちは実験室の前に立つ。
そして驚いた。
「これは……!?」
「なんて魔力濃度だ!」
「驚いたな」
『家』に入った時から漏れ出した魔力の多さは感じていたけれど、まさかこれほどだなんて……。
学園の決闘場の歪みもかくや、といった感じになってしまっているわよ!
多少の魔力では酔わない、耐性の付いている私でも、これはちょっとくらっとしてしまうわ!
「来たか」
「……シュコー」
部屋の前には案の定、教授たちが陣取っていた。
教授たちでも開けられないって事は、どんだけ頑丈に鍵かけてるっていうのよ!
部屋の中に意識を向けてみれば、個人で扱うには膨大すぎる量の魔力に意識を持って行かれがちだけど、中からなにやら文言が聞こえてきて……。
「―――の円環に―――応えよ、我が魂を糧に―――」
糧、ですって!?お父さん、まさか自分の魂を捧げているの!?
「先生!?なんてこと!このままじゃ魔法が……このっ、開け!!」
聞こえたのは、私だけではなかったみたい。
なんと焦れた令嬢様が、部屋の扉を蹴り飛ばしあそばされた。
ちょっと、本気!?
意気込みだけは買うけれど、それで開くほど塔の保安機能は甘くないわよ!?
「「クルエラちゃん!?」さん!?」
「……美しくない」
「だが、このままではまずいのは確かだ。ラビ、ヴィクトール」
名前を呼んだだけで、アルフレア殿下が何をしたいのか分かったらしい。
「ゴンの出番だな!」
「「「違う!」」」
「おい!」
らちが明かないと思ったのか、ドクター・フランケンが厳しい顔つきと視線で開けろとうながす。
「「「せーの!」」」
教授たちを押しのけ前を陣取った彼らが、扉に向かって魔法だなんだで攻撃をかける直前。
『(強制解放!)』
元々は、実験失敗時の緊急介入用機能だ。
密閉された空間の中で魔法が暴走した場合において、そこから逃げ出す為の安全装置。
都合よく魔法強化したヴィクトールの体当たりと同時に扉が開き、男子たちが部屋へとなだれ込む。
「―――っ、嘘だろ!?」
目が合ったお父さんのその、信じられないものを見たような叫び。
申し訳ないけど、地が出ちゃってるわよ?
ああでも、時間が無い!
白銀に輝く魔法陣は、周囲に漂う魔力を吸収し始めている。
発動直前どころか、もうすでに始まっちゃってるじゃないの!
「間に合わん!」
「早く逃げろ!」
教授たちが私たちを逃がそうとするけど。
嘆くより先に、私も、そしてクルエラも駆け出していた。
「バカ、来るな!来ちゃいかん!!」
「嫌です!!先生の言う事なんて聞きません!どうせ、『帰ってくるつもりなんて無い』くせに!」
自信満々に言い切ったクルエラのセリフに、お父さんが目を見張った。
それは、もしかして言い当てられた事に対する素直な驚きだったのかもしれない。
そんな風に驚いた表情のまま、お父さんは輝く魔法陣の中、すう、と消えて行く。
「絶対、逃がさないんだから!」
「まって、クルエラちゃん!」
「危ないっ……!!」
「ちっ、まずい事にな……って、アルフレアさま!?」
「彼女たちを放ってはおけん!」
「くそ、なぜ逃げようとしないんだ、彼女らは!そして君も行くんじゃない、アルフレア!」
「よくわかんねーけど、オレ、ワクワクしてきたかもっ!」
「そんな場合じゃありませんようっ!!」
各々の叫びを残しつつ、彼らは我先に魔法陣へと飛び込んでいく。
当然、私も!
「みんな、後は任せるからね!」
「「「おいいいいいいいい!?」」」
ジンと2人、光を薄れさせ始めた魔法陣に飛び込んだ。
「う……?」
「気が付いたか」
目の前にはどことなく嬉しそうなジンと、お父さんの心配そうな顔。
かなり大がかりな転移だったみたいだし、衝撃と酔いで気を失っていたのね……。
ええと、まあ、勢いで無茶した自覚はあるわ……。
少しだけ反省。
「……ここは?」
「どうやら森のようだよ。ただ、学園内の森とは少し様子が違うようだが」
寝かされていた体を起こすと、そばにいたらしいシャリラン殿下が少し不貞腐れたように言う。
前回は不本意ながらも巻き込んだ側だったし、今回に至っては完全に巻き込まれているものね……。
「魔力の質が、違う……?」
空中に視線を向け、匂いでも嗅ぐようなしぐさでそう言ったのはルーエ。
「かなり鬱蒼としてるわね。……ねえセイラ、貴女……見おぼえないかしら?」
「えっ?……えーっと……ううん、特に……?」
「(おかしいわね。“先生ルート”によれば、この場所は……)」
どうやら彼女は、この場所について心当たりがある様子。
知っているのなら話してほしいんだけど。
っていうか、先生ルートって。
納得はできるけど、複雑だわ。
そういえば……お父さんルートで辿るシナリオって、どんなだったかしら。
いなくなるってそれだけしか頭に無くて、深く考えてなかったわね。……今更だけど。
確かに、禁呪にふさわしい魔力量が必要だったみたいだったけど、陣の構成自体は私にもある程度読めるものだった。
なら、そこから状況が分からないかしら?
それに、陣からあふれていた白銀の魔力光。あれの意味する属性は、お父さんと同じ……。
考え始めた思考は、無情にも霧散してしまう。
「なあ、結局これからどうすんだ?」
そんな、ラビのひと言によって。
「近くに、集落など人のいる場所でもあればいいのだが。そうでなくてもせめて川があれば……」
「もしかしてっ、俺たち遭難!?サバイバル!?」
「はしゃがないでよっ、もうっ!状況によっては、生きて帰れるかどうかも分からないんだよ!?」
くん。
どう聞いてもはしゃいでいるようにしか聞こえない男子たちの声を聞き流しながら、ルーエじゃないけど私も空気の匂いを嗅いでみる。
森というよりは、どこか山の中といった景色ね。
集団で遭難というのも、あながち間違いではない気がしてきたわ。
水の気配の1つでもすればそこに案内できるし、今後の方針も立てやすくなると思うのだけど。
と、……あ、ら?
どこか、何か、ひっかかる?
なんて言ったらいいのか、自分でもよく分からないけど。
覚えがあるとか心当たりがあるだとか、そこまではっきりした感覚じゃない。
けれど、そう、強いて言うなら心の中がざらっとする感じ。
これは、一体……?
「あの、飛び込んでから言うセリフじゃないのかもしれないですけど、あれって単なる転移陣という訳ではないんですよね?」
首を傾げたのはグーリンディ君。
あまり魔法陣そのものに触れるような機会も無いでしょうに、疑問を抱いたって事は、それなりに専門外の分野についても調べていたりするのかしら?
「まあな。……ったく、今回は今までにない事ばかり起きやがる。なにがどうしてこうなった」
お父さんが、頭を抱えてぶつぶつつぶやいてる。
言っている意味は―――今ひとつよく分からないけれど。
とりあえず、私たちまで一緒に“転移”しちゃったっていうのは、お父さんにしても予定外で予想外って事よね。
1人で勝手にいなくなろうなんてするから、罰があたったのよ!
でも……間に合ってよかった。
「とにかく、こうしていても始まらないな。現状を確認するためにもさっそく周囲を探索してみよう。女子たちはここで待っていてくれ。どんな危険があるか分からないから―――」
アルフレア殿下が途中で口をつぐんだのは、木々の間からがさがさという小動物にしてはやや大きめの音が聞こえたから。
うん?変ね。
ジンが反応しなかった?
不思議に思ったものの、そのままお父さんとジン以外は全員警戒態勢に移行する。
私やラビ、ヴィクトールはもちろんのこと、こういった事に不慣れだろうセイラやクルエラ、グーリンディ君までもだ。
―――果たして、森の中から現れたのは1人の女の子だった。
多分、10歳にも満たないくらいの。
「ええと、そこでなにやってるの?」
各々武器を手にしたり構えたりする人―――私たちを前に、キョトンとした表情で首をかしげる少女。
その姿を目にしたとたん、私は不思議と既視感を感じていた。
今度はもう、よりはっきりと。
セイラと似た色の金髪に、黒い瞳。着ているのは正直言って粗末な服。
でも、しっかりごはんを食べているんだろうと察せられる程度にはふっくらした頬をしていて、表情は明るい。
何より、自分たちのような不審者に対して物おじしない度胸もある。
いえ、経験がないのかもしれない……?違う、人から害意を受けた事が無いだけだと、何故か理解できった。
どういう、こと?
混乱する思考の中、惹かれたのはその顔立ち。
誰かを幼くしたらこうなるのではないかという、漠然とした感覚。
もうちょっとで、出てきそうなんだけど……。
いきなりの幼女出現に、どう反応していいのか分からない私たちをひととおり眺め回した後、彼女の視線はジンに固定されて目を見開く。
「大きな狼!あぶないわ!」
慌てる彼女をなだめようと、私はジンの前に出た。
「大丈夫、この子は私の……」
出来る限りの優しい声音で話しかけるけど、言い切る前にジンが勝手に私の横をすり抜け、彼女に向かって頭をこすりつけながらなついた。
「きゃあ!?…………あれ?怒らないの?ふふっ、くすぐったい!」
正直、動揺したわ。
というか、動揺しない理由がないもの!
初対面からジンが気を許すなんて、しかもそれを当然のように受け入れてるなんて、一体この子何者!?
「……運がいいのか悪いのか……」
つぶやいたのは、苦い表情のお父さん。
お父さんは、この子が誰なのか知っているのかしら?
という事は、お父さんもこの場所がどこか知っているという事よね?
知っていてここに来たという事は、何かしら目的があってここに来たという事。
――――――それも、禁呪を使わないと来れないような場所、という事は……。
それって一体、どんな場所?
増えるばかりの疑問に、首を傾げたその時。
ガサガサという大きい音をとらえたかと思えば。
「どうした!?」
飛び込んで来たのは、慌てた表情の若い男の人。
ぼさっとした黒い髪に鋭い目。
けれどああ、その瞳は、その表情は、間違いなく女の子を心配するもので……。
突如としてよみがえる、褪せた色の光景。
ずっとずっと長い事忘れていたはずなのに、見て思い出した事にまた衝撃を受けた。
彼は、この人は……。
「「パパ」!」
私の小さなつぶやきは、少女の愛情のこもった大きな呼び声にかき消された。




