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魔法の森学園乙女ゲーム狂騒譚  作者: 深月 涼
夏季長期休暇~メフィ先生の過去行~
24/47

転生少女の本領発揮

「どうにかしなきゃ」

 少女はつぶやく。

「“好感度”が低いと先生が“いなくなっちゃう”のは分かってた。けど、ここまで思ったように“稼げない”だなんて……」

 小さな声でぶつぶつ言いながら、自らの考えに没頭し続ける。

「イベント自体はどういうものか、ちゃんと分かってた。だから自分なりに精一杯アピールできたと思っていたのに……!!あそこで倒れてか弱く可憐な少女だって強調してみても、付き添いはあの邪魔な親友(ルーエ)だったし、しかもその後、誰も見舞いにすら来ないだなんて……!!」

 担当教師が呪われ、蛙に変えられた事件の事だ。

 彼女なりに頑張ったものの周囲の反応は思わしくなく、望んでいたものとは違う結果であったと判断せざるをえなかった。

「あれ以来、先生との個人的な繋がりも持ててないし……。話しかけてもその辺にいる生徒と同じリアクションなんだもの!やんなっちゃう!」

 思い返したことで当時の怒りが再燃したのか、少々憤慨したものの、少女はまた先ほどの続きについて考え始める。


 事は重大であった。

 何せ、これが『彼女が望んだ物語の筋書き』と同様の流れになるかどうかの、分水嶺となる可能性があるからだ。

「恐らく、先生ルートには分岐しない。彼女も私も“あの子”でさえも、先生との好感度を満たしている様子は無いもの。それに今1人で行ったところで、相手にしてもらえない可能性すらあるんだわ。最悪有無を言わせず門前払いという可能性だって……。そうよ、少なくとも助けが要る。でも“彼らに”信じてって言ったところで“今の”私の話をどこまで信じてくれるか……」

 つくづく悔やまれる。

 いくらゲームの世界に“悪役転生”して浮かれていたとはいえ、もう少し上手くできなかったものかと。

 これが“悪役転生”ならば彼女こそが“真のヒロイン”であり、自分の思い描いた筋書き通りに事は進む筈だと、何の根拠もなくずっとそう思い込んでいた。

 多少のイレギュラーでさえ、自分が繰り広げる恋愛劇に対する軽いスパイスのようなもの、負けるものかとそう思ってきたけれど。

 それがどうだろう。

 今や攻略対象の“彼ら”は、彼女に気を許すことなくそつなくあしらってくる。

 いまだ表面上きちんと扱われてはいるものの、それで十分有難いと思えとでも?……冗談ではなかった。


 それもこれも“あのイレギュラー”が巻き起こした事件のせいだと、少女は思う。

 早々に排除してやろうとイベントを利用してみたりもしたが、その後もことある事に首を突っ込んで来て―――

 挙句の果てに、彼女が過去によかれと思ってやった事が、後々都合の悪い―――悪しき影響を及ぼす結果になるだなんて、そんな事を“彼ら”の目の前で暴露されてみろ。

 上手く行くはずだった攻略は、現に今こうして暗礁に乗り上げかかってしまっている。

 そう、そもそも“ゲーム”の中で出てこなかった事が多すぎるのだ。

 先の件にしてもそうだが“世にあふれていた”悪役転生小説だって、開始半年経たずに“主役であるはずの悪役”が“ざまあ”されるだなんて、そんな話も無かっただろう。

 攻略対象であるはずのキャラクターが、まるで島流しか何かのように舞台の外(外国)へ飛ばされる、なんて事もだ。


 幸か不幸か、攻略対象の自分に対する好感度は下がったようだが、それでもゲーム本編のヒロインは今だ自分の友人で居続けてくれている。

 ついでにその親友も、だが。

 単純で人の裏を読もうともしない天然の(ゲーム)ヒロインはともかく、あの顔面硬直な彼女の考えている事はゲーム時代からよく分からなかったし、明かされる事も無かったようだけれど、現実になった今でさえよくわからない事の方が多い。

 正直、気味が悪いとさえ思う事もある。

 もっとも“当時の自分”が彼女との友情ルートを“まともに”攻略しなかったという事も、多分にあるのかもしれないが。


 だいたい、女子と仲良くなったところで“本命たち”から想われなければ“ゲームをやってる”意味が無いではないか。

 そう思いはするものの……本当に今ここは“ゲーム中”なのだろうか。

 こうなってはじめて考えてみる。

 現実とゲーム、同一の存在だと疑う事すらしてこなかったけれど。

 だってほら、現に今、こうして危機を迎えているではないか。

 ゲームをプレイしていた当時、シナリオには無かった事件すら発生したのだ、“この世界”は。

 皇太子暗殺未遂だなんてとんでもない。

 安全安心、魔法事故だってかわいらしいものしか発生しなかった、愛と夢と希望の物語はどこへ行った!?

 世界自体が信用できないとなると、この後に起こるはずの事件……先生の行方不明……そして退場のイベントも、関わったが故にどんな危険な目に遭うかもわからない。

 何故なら……そのイベントとは……。


 がたり、と常の少女ならば少々らしくなく、大きな音を立てながら立ち上がる。

 つかつかと歩む先は部屋の扉。

 まっすぐ見据える瞳は何か決意した者のそれであり、その後、決して揺らぐ事は無かった―――



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「変ね、それ」

「だろ?シャリラン殿下も首ひねってた。何でだろって」

「そりゃそうでしょうよ。異国の皇太子がきちんと書類、耳揃えて役所に提出して『受理できませんでした』じゃあ」

「だよなあ」

 昼下がり、中庭のテラスで話があると、ここ最近では珍しい事にラビから誘いを受けた。

 行ってみれば話の内容は、ヴィクトールの進退に関する問題だったらしい。

 学期末試験や関連レポートの提出もなんとか無事終わり、長期休暇に入るまでのどこかのびのびとした空気漂う中、顔をしかめている私たちは、どこか不自然に見えたかもしれない。

 けれど、それだけの事があったのだ。

「本当に何でなのかしらね、ヴィクトールの留学に待ったがかかったのって」

 休暇中に向こう……シャリランさまの故国、サザンバークロイツへ向かうはずだったヴィクトールは、どういう訳か“上”からの許可が出ないまま、学園に留め置かれる事となっているらしい。

「“上”が“どこ”かにもよる気がするけど……」

「何言ってんだ?“上”っていったら、この場合王家だろ?」

「……それは、そうなんだけどさ」

 懸念材料というか、事項なら、ある。

 お父さんの……そして陛下も言っていた『時計塔の主』、それに『塔の総意』。

 私は、これらが関係しているんじゃないかと思うのだけど。

「……おと……メフィ先生の様子、少しおかしいでしょう?それも気になるのよね」

「そっか?他学科の先生までは、あまり気にしないからなー」

 う、そういうもの?

 余計な事、言ったかしら?


「っていうかさ、なんで急にメフィ先生の話なんだよ?」

「だって……時期的に合ってるっていうか……」

「んー?けど全然別の話じゃないか?ヴィクトールが留学保留にされてるのと、メフィ先生が“塔に籠って怪しげな実験してる”ってのはさ」

 そうなのだ。

 試験が終わったあたりで、どうやら一般の学生さんにお父さんが塔に戻ってくるところを見られたらしく、それが妙な噂に発展したようなのだ。

 お父さんが塔の所属だという事は今まで特に秘されていた訳ではないのだけれど、それでも全ての学生が知っていたわけでなかったのが大きいのだろう。

 塔という場所自体も、学生にとってはよく分からない胡散臭い場所のように思われているみたいだし。

 ただ……確かにあそこは、多少の無茶な実験も許されているところがあるけれど、そこまで悪し様に言われるほど非道な人体実験なんてしてない……と思うわ、多分。


「……王家に干渉できるとしたら、そこかなって思って……」

「塔がか?それにしたって、研究員になりそうにない騎士科の生徒だぞ?止める理由にはなんねえと思うけどなあ。というかさ、何?お前も先生が変な実験してるって、そう言うのかよ。あんなん、ただの噂だろ?」

「……」

 言えない。本当の事は。

 変な、かどうかまでは言えないし、私自身判断できない。

 だって、ここ最近やっているのは私にも手伝わせないほどに重要な実験らしくて、部屋に近寄らせもしないんだもの。

 たまにそういう事があったから私自身深く考えなかったけれど、それでもここしばらくの根の詰め方は、何かおかしいと感じさせるに足る要素がある……ような気がして。

 否定したくても、直接の関わりが無い事になっている私が否定するのも変な話だし、そもそも全てを否定するだけの材料が無くて困ってるというか……。

 少しだけ覗き見た、あの部屋の中央で明滅する魔法陣。

 そしてお父さんの属性と色。

 それらから推察できる事は―――


「レディ?」

「ああ……ゴメン」

 考え込んでしまったら、心配そうに覗き込まれてしまった。

「……お前も少し変だぞ?やっぱ“事件”に巻き込まれたからか?」

 ここで言う事件って言うのは、多分先ごろあった、シャリラン皇太子殿下の暗殺未遂事件のことだろう。

 今思うと、暗殺未遂にしては穴が大きすぎるような気もするけど。

 それともラビや私が“やらかした”せい?

 ともあれ気を使い、心配してくれる友人に感謝しつつ、私は首を横に振った。

「違うよ、大丈夫。でも、何だかここ最近妙な事ばかり立て続けに起こってて、それがどうにも、ね」

「……それで君はその“妙な事”について、何か知っているのかな?不安になる様な何かを」

「「シャリランさま」殿下」

「……」

「ヴィクトールまで。何かあったのか?」

 そこには私の知るあの飄々とした姿ではなく、強固な意志を宿すような視線でまっすぐにこちらを見てくるシャリラン殿下と、少し困惑した表情で目礼するヴィクトールの姿があった。


「君は、ここ最近の状況が不自然だと感じている。それはすなわち、そう思うに足る根拠があっての事なのではないかな?」

「……」

「殿下」

 表情に笑みを浮かべてはいるものの、心持ち少しキツめの詰問口調に、ヴィクトールが抑えに入ってくれる。

 ちゃんと仕事してるのが珍しいとか思うほどには、どうやら私はいまだに彼の事を傲慢で判断基準に問題アリな人物の印象(イメージ)が染みついているらしい。

 それはともかく、これ、ヴィクトールが止めに入るくらいだものね、周囲にはちらほらだけど人もいるし……あーあ、これから先、石ころローブが本格的に手放せなくなりそう。

 内心げんなりしながらも答えないでいる私を見てどう思ったのか、シャリランさまは柔らかな口調に間違い無く刺を仕込ませたまま続ける。

「だが、不自然なのは君も同じさ。……私に言わせれば、だが。混沌属性で強大な力の持ち主であり、事実その召喚獣も有能ときている。さらにどうやら、我々の知らない情報も握っているようだ。それは我らが魔法学科の担当教師、メフィ先生に関するもの。……違うかな?」

「殿下っ!」

 がたりとラビが立ちあがったけど、シャリランさまは構わず続けるようだ。


「君が有能だというのは分かっていた。先日はそのせいで少し先走ってしまったりもしたがね。しかしよく考えてみると、わが国に招くには君はあまりに謎が多すぎる。そもそもだ、君のような才能の塊のような人物を野放しにしている時点でおかしいと思わないかい?我が国の事例を元にした意見になるが、そのような事は本来ありえないといっていい。必ず何かしらの保護監査が入るものだ。才能を保護し、また他人に害を及ぼさぬようにね」

「害って、レディはそんな事しないっ!いきなり何言いだすんだよ、殿下!」

 まるで悲鳴のような。

 そんなラビの叫びを、また別の闖入者の叫びがかき消した。

「こんな場所にいた!まったく、探しちゃったじゃないの!」

 久しぶりに聞いたその声の主、それは、もう当分会う事も無いだろうと勝手に思っていた―――思い込んでいた、彼女―――クルエラだった。


 一体今日はどうしちゃったの、こんなにいっぺんに色々と起こるなんて。

 シャリラン殿下にしても、少し前までは私が隠しているあれこれに対して暴くのを楽しみにするような余裕があったけど、今は有無を言わせない雰囲気というか、たたみ掛けてくるような圧を感じる。

 とはいえ私が知っている事なんて、事件の像、その全体の半分も無いと思うんだけど。

 こうなったらシャリランさまには、その内本当の事を言わないといけないかもしれない。

 けれど、とりあえず今は、それどころではないようだった。

「クルエラちゃん、待って!」「も、少し、足……っ」「いた。あそこ、シャリラン殿下に他の子も、いる」「シャリラン!すまない」

 彼女の後ろからは、セイラにルーエ、それにアルフレアさまとグーリンディ君が駆け寄ってくる。

 ……何気にレギュラーが全員集合じゃない。本当に何があったの?

 アルフレアさま、すまないって、何?


「シャリランさま、それにラビ、少しわたくしに付き合って頂きますわよ。ヴィクトール、当然ついて来ますわよね?」

 クルエラ嬢が発した言葉、それはまさに、傲然たる女帝が下した至上命令、あるいは反論を一切許さない決定事項であるかのように響いた。

「今私は、彼女と話していたのだが?」

「緊急事態なのよ!ああもう!」

 話を止められて、珍しくもムッとしたらしいシャリランさまに、クルエラ嬢は頭をかきむしるんじゃないかと思うほどに地団太を踏み首を振る。

「何があった?」

 らちが明かないとでも思ったのか、シャリランさまは不機嫌な顔のままアルフレアさまの方を向いた。

 その、返答は。

「それが、私にもよくわからないが、何やら『メフィ先生がいなくなる』と急に騒ぎ出してな」


 とたんに、私の心臓がどくん、と嫌な鼓動を立てた。

 硬直して思考も止まる。

 いま彼女は、ううん、アルフレアさまは、なんと言った―――?

 『メフィ先生がいなくなる』?

 彼女の言う事が本当ならそれは、もしかしてイベントで“そうなる”事を指しているんじゃ―――?


 変よ、変。

 ならなんで『同じゲームの知識がある私』が『メフィ先生がいなくなる』なんて、そんな―――“私にとっても”重大なイベントを覚えていない訳!?

「いなくなるって、どういう事?」

 声はわずかに震えていただろうか。

 信じたくなくて思わず声を出すと、周囲が驚いた様子でこちらを見てくる。

 気にしている余裕は無かった。―――私にも、彼女にも。

「このままだと、メフィ先生が“永遠に”私たちの前から姿を消してしまうっていっているのよ!今メフィ先生は、禁呪に手を出している。これは単なる噂じゃなくって、全部本当の事なの!でも、それにはちゃんと理由があって―――」

 ガンガンと警報が鳴り響く。

 点滅する赤い警告灯のイメージに、意識が遠くなりそう。

 そうだ―――“何故忘れていた”のだろう。

 禁呪、世の(ことわり)に干渉する、禁じられた魔法―――

 “メフィ先生は、○○○を助けるために―――”


 くすくす、くすくす

 どこからか楽しそうな笑い声が聞こえる。


『だって、その方が面白そうだったんだもの』

 誰かの、笑い声が――――――


 そうだ、湖の底から帰ってきた夜、お父さんは私に向かって確かにこう言った。

 『俺が“いなくなった”ら『12の針』の『13針目』を継ぐのは、お前』だと。

 なら、お父さんはそれを知っていた?

 ゲームかどうかなんて関係なく“今”“この時”“この場所”から“未来永劫”消えていなくなる事を“知っていた”の―――?

 

「と、いう訳だ。我々はこのまま“塔”に向かう。現段階でも半信半疑といわざるを得ないうえ、本当にそうであった場合に何が起こるか分からないが、塔に何かあった場合、止められる権限を持つのも止めるだけの力を保有するのも我々だけだろうからな」

 奔流の如く一気に流れ込む情報に呆然としていた私の耳に、アルフレアさまの声が届いた。

「そうかい?私はそうは思わないけどね」

 意識を戻せば、話し合いはまだ続いていて。

 どうやら、アルフレアさまとシャリランさまの意見は分かたれたようだ。

「行くなら勝手に行ってきたまえ。これは君たちの国の問題であり、私にかかわる問題ではないのだからね」


 冷たいようだけど、正論だ。

 禁呪に手を出したというのなら、その後何が起こってもおかしくはない。

 国を預かる使命を背負った皇太子が、異国で何度も危機に陥るなんて笑えないもの。

「そんな!殿下は先生のことが心配じゃないんですか!?だって、よくわからないけど危ないんでしょう!?」

 非難したのはセイラ。

 けれど、感情論で動くのが間違いなのは、ここにいる誰もが分かっている……分かっていた、はずだった。

 重苦しい沈黙の中、シャリランさまは冷たい声で切り捨てようとする。

「危険に手を出したのは先生個人であり、それについて我々が責任を負うべき必要もない。それよりも重要なのは―――」

 父を見捨てた人の伸ばした手は、混乱しておびえる私に届く前に、据わった目をしたクルエラにしっかりと掴まれた。

「悪いけど、殿下がなんと言おうと頭数は必要よ。アルフレアさまだけでは、『塔』は動かないかもしれないもの。それに……こうなったら、全部巻き込んでやるわ!」

 行くわよ!と吠えた女王のもと、一団は移動を開始する。

 引きずられるシャリラン殿下と、自然を装い最後尾にくっついていく私とともに―――






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