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魔法の森学園乙女ゲーム狂騒譚  作者: 深月 涼
学園入学から前期まで~ゲームの始まり~
23/47

星屑にはまだ届かない

「オーライ、オーライ!」

「おい、岩はどこに置けばいい」

「ヴィクトール、それこっち!」

「犬ぞり来たぞ!」

「狼よっ!!」

「そんな事より搬入急げ!そろそろ夕暮だからな!」

「マジかよ!?(ゆう)メシ食いっぱぐれる!」

『そういう問題ではないと思います、ボス!』


 一夜あけて翌日は、湖岸湖底修復工事の日となりました。

 ……なんて。


 勢いで“ぶっぱ”しちゃったからって、関係した人全員集められての修復作業で、それでも丸1日かかったわよ。

 ……トトだけだったら、こんな事にはならなかった気がするわ。

 逃げ切ったはずのドンさんもきっちり召集されてて、それどころか一緒に作業させられてる“用務員(ようせい)さんたち”にブーイング食らってたわね。

 仕方がなかったのかもしれないけど、連帯責任は無い!って主張していたわね。

 でも、それってどうなのかしら。

 あの時“青”への誘導通路やら、湖水の排水やらで手を貸していた妖精さんたち、かなりいたんじゃないの?

 ま、どのみち人手が足りないのだから、それもあって誰も逃げられなかったみたいだけれど。

 そんなこんなで今、ちょっとだけドンさんに対する風当たりが強くなっちゃってるっぽいけれど、気まぐれ妖精さんの事だもの、すぐ他の事に夢中になって遠からず気にしなくなると思うわ。

 あら、それって“誰か”によく似ているような……?

「こらそこ、ぼーっとしてないで手を動かせ!」

「はいはい!」

 終わりが近いから余計に皆、気が立ってるみたいね、怖い怖い。

 ついでに甘いものも怖い……って言ったら、今日の夕飯のデザートに何か1品つかないかしら。



~~~~~~~~~~~~~~~~~


 たっ、たっ、たっ……


 夜、夕食が終わり、各々自由な時間を過ごしている頃。

 鍛錬や作業の為に寮を出た学生の中で、自主的な見回りと自主練の為に学園敷地内を走り込む人物がいた。

 黒い短髪の青年……というにはやや幼い顔立ちの男子学生―――ヴィクトールである。

 自身を鍛える為、暗闇でも見えるよう暗視能力と魔法に対する感知能力を底上げしていた彼は、ふと謎の魔力光を目にした。

「あれは……」

 昼間、1日がかりで修復したばかりの湖。

 光はその方角から上空へ向かってあふれ出しており、美しく輝いていた。

「……」

 無言のまま、彼はそちらへと足を向ける。

 元は森だけあって、学園内には緑が―――木立が多い。

 見通しのきかない庭園部から、学園の外と直接つながる湖へ―――

 たどり着いたそこ―――湖上には、水面から支えもなしに浮かぶ階段が空に向かって昇っていた。


 とりあえず触れてみる。……冷たい。

 材質は、氷か?

 足をかけ、体重を乗せる。

 足場が揺るがないことを確認し、ヴィクトールは躊躇する事なく上へと昇って行った。

 一段一段慎重に足を進める。

 かなりしっかりと固められているようで、薄氷を踏むような感触も、ぱきりと割れる音も聞こえやしない。

 込められている魔力は、実際かなりのものなのだろう。


 ……もしこの構造物が危険なものであるのなら、あるいは人を呼ばなければならない。

 もはやヴィクトールには、一時のような自身を過信する心など持ってはいなかった。

 螺旋状に階段は続く。

 校舎の高さを超え、目線と同じ高さに映る構造物は学園中央の“塔”のみ。

 ため息をつく。

 こんな馬鹿げた魔法を行使できるのは教職員か……さもなければ数人の生徒だけだ。

 ―――果たして頂上には、月光に白く輝く長い髪を風と召喚獣に遊ばせる、赤い目をした1人の少女―――リグレッドがいた。


 小さい魚の召喚獣『トト』を掌の上に浮かべ、足元には青い子犬のような召喚獣を従えている。

 ……またか、と思う。

 だが、美しい、とも。

 ……何故、自分は“あれ”を不信と思ったのだろう。

 いや、何故守護すべき主家の方や高貴な方に近づけてはいけない、と思ったのか。

 魔法の影響は確かにあったのだろう。

 あの一件で、それは証明されている。

 ……だが、本当にそれだけだろうか?

 他に何か要因が無かったか。

 嫌だと思う、その気持ちに。


 チクリとつつかれたような胸の疼きは、まるで忘れている何かの証のよう。

 そう……例えばそう、あと1つだけ足りない何かがあるような。

 それさえ分かれば、この胸の疼痛とも言えぬような微かな感触の理由がわかる気がして。

 月に照らされ輝く髪の白、まっすぐに先を見据える瞳の赤。

 暗い中でも浮かび上がるそれに、幼い頃“誰か”に読み聞かされた、とある童話を思い出す。

 ああ、ならば、足らない物を満たすには―――

 黒を“そこ”に置けばいい。

 いや、置くだけでは足らない。

 “あの”全てを、自分の黒1色で染め上げたら―――


「ヴィクトール?」

 不意に、少女の高い澄んだ声が、自分の名を呼んだ。

「あ、ああ」

 ―――俺は今、何を考えた―――?

 くすくす、くすくす、きゃはは……

 高所に吹き付ける風の中、誰かの笑い声が混じっている。そんな幻聴を聞いた気がした。

 気がしたが……それすらも、気のせいなのか。

 

 ……分からなかった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「どうしたの?」

「……それは、こちらの台詞だが」

 変なヴィクトール。

 月光に照らし出されたその顔は、奇妙に歪んでいる。

 まるで何か、顔をしかめているみたい。

 おかしいわね、いくらこの場が私の魔力で満たされているからって、酔うほどじゃないと思うけど?

 それとも何か、どこからか変な干渉でもされているのかとジンを見たけれど、うーん、とくにおかしな様子も無さそうだし……。

 じっと見つめれば、何か期待するような眼差しで見つめ返されたわ。

 ……もう。おやつなんか無いってば。

 とにかく変な感じはしないし、そしたら普通に体調不良なのかしら。

 ……でも、体調不良で、ここまで来る?

 階段の段数は、結構あったはずよ。

 ……分かった。とりあえずヴィクトールが変なのは分かったわ。


「私は単に、自分の作業(やりたかったこと)をしただけよ。新しい召喚獣()の様子見というか実動実験というか……まあ最終調整の為にいろいろと。下の湖に水を張りなおす作業も兼ねて、ね。ほら、点呼の時間で殿下帰っちゃったじゃない?今回の件で報告もしなきゃならないみたいだったから、後を引き受けたのよ」

「では、あれから残りをお前1人でやったのか」

「そうよ?ま、トトがいたからすぐに終わったけど。で、そのまま帰るのも芸が無いし、せっかく水の満ちた場所にいるんだからと思って」

「それで実験か」

 そこでどーして溜息吐くのよ。

「……“こんなシロモノ”を生み出すくらいだ、こいつもどうせ、ただの水属性ではないんだろう?」

 何だかひねくれた言い回しのようにも聞こえたけど……まあいいわ。今回は聞き流してあげる。

 それに、周囲を……氷の階段を見回す彼に、ちょっと自慢したい気持ちも無くもない。

「ええ、もちろん。水属性を主とし、移動や状況変化に対応する為に重力魔法を使えるようにしているわ。この階段はその両方を使った結果、といったところかしらね。空気内の不要な要素を排除し、水だけを固形化させたの」

「ほう。しかしこれだけ高く伸びる階段を作るには、相当な量の魔力が必要だと思うが」

「そりゃあね。でも、限界を知っておかないと、いざって時に困るし」

「なるほどな、確かに、だ」

 納得したらしいヴィクトールの隣で、私は空を見上げ、そのまま右手をのばしてみる。

 結構高い位置まで昇って来たように思うけど、それでも天の星に手は届かない。

「……やっぱり、無理よね」

「届くかどうか、か?それはお前、当然無理だろう」

 そうでしょうけど!

 最初っから諦めてたら、始まらないじゃないの!


「この氷の階段で、空を目指していたのか?」

「一応の目標は、ね。ねえ、この空の向こうってどんな風になっているか、知ってる?」

「は?」

「“訪問者(ビジター)”たちがいた世界は、空の向こうに広大な空間が広がっていたという話よ。そしてそこに、この大地と同じくらい、あるいは何倍も大きな星が散らばって浮かんでいたって」

 唐突に始まった語りにヴィクトールはついていけてないみたいだけど、私は構わず話し続ける。

「なら、この世界はどうなのかしら。この世界の外側には魔力が取り巻いているとか、それこそ異なる世界が広がっているとか聞くけど、実際に世界の外側を目指した人は、まだ数えるほどしかいない。……帰って来た人もいないらしいけど。解明されていないという事は、可能性があるという事よ。訪問者の世界と同じく星の浮かぶ空間が広がっていてもおかしくないんだわ。それに今見える星は、彼らが見ていた『星』として伝えられているものと同じように瞬いている。『似ている事』と『同じ事』が違うのは分かってるけれど、例え配置が全く違ったものであったとして、少なくともこの“空という場所”に“壁”は無いって信じたい。その証明を、してみたいのよ」

 いつか手にしてみたい、あの星を。

 触れるところまで行ってみたい。

 望むだけなら、タダってものでしょ?

「だから手始めに、出来るだけ高く階段を作ってみたけど、今のトトと自分の魔力ではこれが精いっぱいだったわ。塔の半分すらもいかない高さなんて、泣けてくるわね」

「個人の所有する魔力量としては十分だと思うが……。まあ、このままでは難しいかもしれんな」

「そうね、非効率的だっていうのは分かっていた事よ」

 あっさり言うと、びっくりしたような表情で見返されてしまった。

 そんなに驚くような話かしら?


「単純な話、飛んで行くのが一番早いのよね。過去の偉人たちだって、そうやって空を目指したんだし。だから私も、先人にならってみるべきかしら、とは思ってるの」

「……話がずいぶん飛んだが……それは後期の学年末試験の話か?」

「ええ。姿形だけとはいえ水棲生物と陸上動物が揃ったんだもの。どうせなら、空も揃えないと。でしょう?」

「そのこだわりは分からんが……そんなものか?」

「そうよ。……そうね、これは召喚する人間だからこそ、思うのかもしれないわ」

 考えてみれば、よくこういう話をするのはいつも同じ学科の学友たちかお父さん、あるいは塔の研究者たちばかりで、内情をよく知っていたり興味があったからこそ話が弾んだのかもしれないわ。

「どこまで行くのかわからんが、お前の召喚する(出す)“もの”でそれをやったら、ほぼ敵は無さそうだな」

 だからなんで溜息なのよ。

 それに上には上がいるって言葉があるように、いまだ勝てない人だっている。

 例えばそれはお父さんであったり、塔の研究者たちだったりするのだけど。


「笑えない話だわ……っくしゅん」

 あら。唐突にくしゃみ。

「……さすがに氷の上は冷えるわね。そろそろ帰るけれど、どうする?」

「どうするもこうするも、一緒に降りなければならないだろうが。俺1人残ったところでどうしようもあるまい?……ん、そろそろ点呼の時間か。仕方ないから送って―――と、そういえばお前は寮にはいないのだったな」

 ぎく。

 あー、すっかり忘れてたわ。

 今更ローブとか着こんでも意味無さそうだし……こうなれば、勢いで誤魔化すしか。

「しかし一体どこに住みこんでいるんだ?もしや“メタシティ”……か」

 最後の“か”が間延びしたのは、彼の……そして私たちの足元が揺らいだからだろう。

 彼が一瞬妙な表情で固まった後、しっかりした足場のはずだった氷の階段は、一斉に“割れた”。


 ばりぃぃぃん


「おいっ!?どう……っ!?」

 驚愕しながら落ちていく彼に、思わず笑う。

 だって『ゲームのキャラクターではない彼』ってば、何だかんだ良いリアクションしてくれるものだから、つい。

「あはは、驚いてる!大丈夫よ、下は水なんだし!」

「そういうもんだいではない!」

 風圧で聞き取り難いせいか、どうしても大声になってしまう。

「えー、でも、だってこれ、全部自分の足で降りてたら時間かかるじゃない!」

「だから、そういう問題では、無いと言っているだろう!」

 バランスを崩しておたおたしているヴィクトールは、それでも何故かこちらに向かって腕を伸ばす。

 あ、ら?

 両腕に包まれ、抱きしめられるような体勢になって驚く……けど、驚いている場合じゃなかった!

「と……トト!」

 若干慌てて指示を出し、私たちの周囲を囲むように大きなシャボン玉状の水球を作り出す。

 ぱしゃ

 重力を操作しながらゆっくりと落ちて行き、そっと水面に着地させるとそのままの状態で岸まで移動した。

「はい、到着。……で?いつまでそうしているつもり?」

 私を抱きかかえた状態のまま放心しているらしいヴィクトールに、嫌味っぽく催促。

「あ、すまん。……が、いきなりなんて事するんだお前は。……心臓が止まるかと思ったぞ」

 彼は不満げに言うけど、それって言いすぎじゃない?

 まあヴィクトールの場合、属性相性からいっても“自分が”落ちるのは……考えるだけだとしても、向いてないかもしれないわね。

 高い場所から水面に激突したら、確実に死ねるもの。

「でも楽しかったでしょ?」

 にっこり笑ってみせると、彼はがっくりと肩を落とした。

「……次は命綱か、せめて安全装置(セーフティバー)を用意しておいてくれ」


 今のがとどめになったらしい。

 ジンやトトがいるって事と時間についてを指摘すれば、あっさり寮に戻ると言ってくれた。

 うん、良かった良かった。

 少し背中の曲がった、疲れた様子のヴィクトールを見送る。

 いくらうやむやにする為とはいえ……事前説明しなかったのは、やっぱり悪かったかしら。

 少しだけ罪悪感を感じたけど、茂みの向こうに消えて行った、ぽつりとしたつぶやきは。

「……やわらかかった、な」

 って、ちょ!?


 触っ!?確認!?確認したの!?

 どこ、え、どこでもアウトだけど、乙女として致命的なのは確実に腹なんですけど!?


 口に出せない悲鳴が、頭の中でずっと響いていた。






次回より新章です。




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