召喚、新しい友達
“地下王国”という組織のはじまりは、大戦当時までさかのぼる。
例によって異世界から来た“訪問者”の話になるが、彼らの中には異形の姿をとる者や動物にその姿を変えた者たちがおり、“地下王国”の設立にはそんなネズミの姿をした“訪問者”の1人が関係しているらしいと聞いたことがある。
特定の国には仕えず世界中のあらゆる裏側にこっそり影のように潜み、時に盗み、時に人を害するその本分は諜報活動……らしいわね。
なんせ私自身実物を見た事がなかったから、何とも言えないのよ。
私が知っているこの情報も、結局は学園や塔で聞いた噂程度でしかないのだから。
“失われし古き青”に加え“地下王国”なんてとんでもない単語が出てきちゃったけど、とりあえずやらなきゃいけない事は変わらない。
私たちはドンさんの案内の元、ゴンざれすに照らし出された地下洞を歩き始めた。
「結構長く歩いてる気がするけど、まだ続くのか?これ」
「どこまで降りて行くんでしょう……」
「ご心配にはおよびませぬぞ、ご諸兄の皆さま方。我々は順調に進んで行っておりますとも」
「時折横穴が新たに出来ているようだが、あれは貴方が?」
「わたくしめではございませんが、近隣の者に声をかけましてな。少々手伝ってもらっているのです」
「他にも妖精がいるという事か……」
『ねえラビくん、ネズミは?ネズミがいたりしないよね?』
「大丈夫だって!お前もしっかり探知しているんだろ?」
『それは、そうなんだけど……』
「まったく……ガスのやつ、何だってこんな変な条件付けしたんだ?あいつの発想は素直にすげーって思うけど、たまーに意味分かんない時あんだよなー」
ぶつぶついいながら歩くラビと探索光で前方を照らし出すゴンざれすが先導し、その後ろを私とグーリンディ君、それに進行方向の指示を出すドンさんが付いていく。
最後尾はシャリラン様とヴィクトールで、魔法で一時的に直感力を上げたシャリラン様が後方警戒も兼ね、ヴィクトールはその守護としてしんがりについていた。
……ま、適材適所、よね。
「……罷免された後になって、こうして本来の役割を果たすことになるとは。何とも皮肉だな」
突っ込まないわよ。
「ジンも召喚できたらいいのにな」
「無理言わないで」
ただ歩くだけの時間に飽きてきたのか、両手を頭の後ろにやりながらラビが言う。
でもダメ。
これから大物召喚するんだし、魔力は出来るだけ温存しておかなくちゃいけないもの。
それに今ジンを喚んだところで、もふもふ癒し以外に何か出来るかっていうと微妙、なのよねえ。
光源にするにはジンの雷だと燃費悪すぎだし、狭い洞窟内ではジンの機動力や瞬発力は殺されてしまうもの。
って、さっきそう説明したばかりでしょう?
「何かあったら、ちゃんと守ってよ?」
ラビがいつもみたいに元気よく「おう!」と返事をするのを期待したんだけど、その前に後ろから余計なひと言が飛んできた。
「半分不意打ち気味だったとはいえ、俺を負かしたお前に言われてもな。……そういえば、なぜ今回はこうもあっさり捕われたのだ?人狼のハーフなら、人の気配や悪意には敏感だと思っていたのだが」
それはつまり、落ちてきて気を失うなどだらしない……と、そういうこと?
実力を認めてくれているからこそ、そういう言葉が出てくるんだろうけど……。
言い訳をさせてもらえるなら、センサーが働かなかったわけじゃないのだ。
ただ、あまりに近時だったってだけで。
「学園の安全管理については信頼していたし、実際どういう形で守られているのかっていうのも大体把握していたから、まさかこんな事態になるなんて想像すらしていなかったのよ。いくら私でも気を抜くくらいあるし、予測不能な事態に完ぺきに対処するなんて、きっぱり無理」
それっぽく言うのなら『反応が遅れた』というやつかしら?
後ろを振り向いてヴィクトールの目を見ながら言い切ると、視界の端でシャリラン様が苦笑するのが見えた。
自覚があるなら結構。少しは反省して下さいね。
「とはいえ危険探知が直前になるまで反応しなかったのは、正直気になるところかも。……向こうもそれだけ本気だった、って事かしら」
仕事人に本気で隠れられたら、さすがの私も気付かないかもしれない。
「殿下の妨害が無かっただけでこうも素直に我々を罠にはめる事が出来たのだから、やはり学園のどこかに内通者がいると考えた方がいいのかもしれん」
首をかしげた私に、ヴィクトールも言葉を添える。
意図したつもりはなかったんだけど内容が内容だっただけに、シャリラン様はすっかり気にしてしまったみたい。
「状況が手詰まりであったのは、どちらも同じ、か。それで友人たちを危険にさらしてしまっては意味が無いのだがね」
「シャリラン様、あまりご自身を責めたりしないでください。ボクたちはシャリラン様がわざと巻き込んだ訳じゃないって事をちゃんと理解してますし、今もこうして外に出ようって行動してるじゃないですか。だから殿下も、前向きに頑張りましょう?」
珍しくグーリンディ君が建設的?な意見を出して、それにみんながびっくりする。
でもまあ、その後に照れて「ボク自身あまりお役に立ててないですけど」ってほっぺた引っかくあたり変わってないけど。
その様子を見ながら思ったのは、ヒロインの立場にあるセイラの事。
もしかして、こういう場面でちゃんと表層に出てくるくらい着実に彼女との結びつきは深まっているのかしら?
わずかな変化ではあるけれど、それでも彼が前向きな思考をするようになったのは、セイラという存在がそばにいた事による影響?
それとも、今現在こうして私たちと行動を共にしたから?
学期末試験イベントが起こっているらしいって事で、今一番好感度が高いと予想されるのはアルフレア殿下な訳だけど……これ、どう解釈したらいいのかしら。
向こうからの矢印はアルフレア殿下が一番大きいけど、セイラさん的にはグーリンディ君と仲がいい……とか?
うーん、そもそもこの好感度の測り方自体、合っているのかも妖しい気がしてきたわ。
あまり深く考えずに、見たままを信じた方がいいのかしら。
思考がずれ始めて足が遅れかけたその時、私の前にいたドンさんが声を上げた。
「皆さまお疲れさまでしたな。さあ、到着ですぞ」
扉のようにぽっかり空いた空洞をくぐれば、そこに広がっていたのは青く照らし出された巨大な地下空洞と、地上にあるものよりはいささか面積の小さな、しかし美しさでは決して負けてはいない青の光を放つ地底湖。
そしてその湖面上には、青く輝く美しい宝玉―――
「あれが―――」
誰かが呆けたようにつぶやき、誰かがごくりと唾を飲み込む。
美しくも妖しい、それは純なる魔力の塊。
かつて『大戦』時に使用されたという……秘宝『エンシャッテッド・ブルー』が、そこにはあった。
「これからどうするんだ?」
あっさりとそういったのはラビ。
君はこれを目の前にしてどうしてそう、けろっとしてんのよ。
「さすがは『紙一重』よね」
思わずつぶやくと、聞き咎めたらしいラビがこちらを振り返る。
「『紙一重』って何だ?もしかして、それってスゴイって事なのか!?」
たまに思うんだけど、ラビは少しゴーレム以外の事も勉強した方がいい様な気がするわ。
「……そうね、おいしいんじゃないの?」
前世知識の中から拾い上げたのは、紙に印刷された絵物語の1つについて。
その中に『結婚』=『美味しい食べ物』と勘違いしたサルみたいな少年がいたな、と思いだして、つい。
「そうか!うまいのか!」
……だから、そこで納得しないでってば。
それまんま、野性児の少年じゃないの。
それと、紙一重もそこの秘宝も食べ物じゃないからね。
さすがにゴンざれすもグーリンディ君も、えーって顔してる。
ちょっと、どういう教育をしたの、と後ろを振り向けば、ヴィクトールは頭を抱え、シャリラン様はおなかを抱えて笑っていたわ。
……笑い事じゃなくて、普通に心配するべきおつむレベルだと思うわよ?
―――後日、どうもヴィクトールかシャリラン様あたりに、きちんとした説明を受けたらしいラビがやってきて「天才と馬鹿の紙一重ってなんなんだよー!!呆れられたぞ!褒めてんのかけなしてんのか、どっちなんだよ!」……とくってかかられる事になる。
「(一応)褒めてんのよ」と答えれば「そっかー!」と表情を明るくさせるラビに「(アホとかバカっていうんじゃなくて、これ単純なだけだ……)」と手遅れなものを見る目で見つめてしまったのは、ここだけの話。
まあ、それはともかく。
「これが使えるのであれば、わざわざ彼女に召喚させるまでもない。私が直々に片をつけよう」
凄みのある笑みを浮かべたシャリラン様に、ドンさんは首を横に振る。
「残念ですが、殿下。殿下がご契約したのは“サザンバークロイツの要”のみ。しかも制限の完全解除は成人を迎えられてからとなっておりますゆえ、それまでは他国の“青”にて“魔力循環制御回路陣”の行使は許可できませんぞ」
そうか、シャリラン様はすでに本国の“失われし古き青”と契約を結んでいるのね。
魔力循環制御回路陣というのは、世界中に張り巡らされた魔力の網のようなもの。
セントラール王城のように、それ自体に防御の魔法を込めたりも出来るけど、本来の使い方はそうじゃない。
世界を包むその網はかつて“偽モノの青”と呼ばれ、今は失われし古き青と呼称される要石を通して世界中から魔力を吸い上げてはそれを循環させている。
大戦当時から直後にかけてはある程度一般の人にも使えたらしいけど、やはり大きすぎる力は禍にしかならなかったようで、今では個人で行使する際にいくつか条件があったりと制限されているらしいわ。
公的な魔法機関についての動力もここから供給されていて、学園やラジオ放送の運営や鉄道の運行に利用されているみたい。
そうねえ、前世知識でいうところの電気とほとんど同じじゃないかしら?
で、制限っていうのは、無暗に巨大な力を振るわないための安全装置……みたいなもの?
子供に魔法を使わせないようにするのと同じ……なのかしらね。
「この頭上には学園前に広がる湖がございます。ここから脱出となれば水害は必至。殿下にはリグレッド嬢の召喚後、状況が安定するまでの間、落下する水から我々を守っていただきたい」
「……それもかなりの難事だが、仕方ないな。さすがにこればかりは、他の誰にも出来そうにない」
「我々も、出来る限りお手伝いいたします」
「ボクも蔦の網で、ある程度保護できると思いますっ!」
ため息をついたシャリラン殿下に、ヴィクトールとグーリンディ君がフォローに入ると約束した。
「俺は!?俺は!?」
『ラビくん……君、楽しそうだね』
役割が何となく見えてきて、俄然やる気を出したのはラビ。
「そうですな……恐らくは魔力濃度が上がり、相手もこの場を特定するでしょう。ラビ殿にはそこを抑えてもらう、という事でいかがです?」
「犯人を捕まえるのな!よし、任せろ!ゴン!究極合体の準備だ!」
ちょっとまって。
「では、そろそろ始めましょう」
ドンさんも流さないで!!
「学園所蔵青個人使用要請」
ドンさんが目の前の“失われし古き青”に接続を開始する。
「そういえば、妖精郷の大統領殿だったな」
「あまりそうは見えないけれどね」
かわいい外見してるから、威厳はあまりないもんね。
でも、その魔力や権限は1国の王とほぼ同等。
今もこうして古き青とやりとりして、私が利用できるよう手続きを進めてくれてる。
『―――コード確認、認証。一時使用者として『リグレッド』登録。魔力波形『白』『混沌』……一致。接続開始まで残り3……“ようこそ、ネットワークの世界へ”』
その瞬間、一気に頭が真っ白になった。
「レディ!?」
「おい!?」
「大丈夫ですか!?」
「魔力酔い、か?しかし彼女自身の魔力も魔力容量も膨大であったはず、なのにこのありさまとは……やはり青の力は素晴らしいが恐ろしくもあるな」
『大丈夫?レディちゃん!しっかりして!』
皆の心配する声が飛んでくる。
「……っは」
頭を押さえ、ふらつきながらもどうにか意識を保つことに成功したみたいだけど……なんなの、このじゃじゃ馬魔力は!
油断するとすぐにでも、意識を持って行かれそうよ!
「っく、こんなの、聞いてないんだけど!?」
「ふむ、意外ですな。貴女ならすんなり扱えると思ったのですが」
「“流されない”ようにするだけで精いっぱいよ!」
のほほんと言ってくれちゃって……どうすんのよ、この事態!
「殿下」
「ああ。頼む」
視界と意識の端っこで、ヴィクトールとシャリラン様がなにやら打ち合わせ?
と思いきや、殿下に防御の魔法をかけたヴィクトールがこっちに来た。
肩に、触れる。
「!?」
「……これは」
少しだけ、体の中を通る魔力の流れに支流が出来た感じ。
一体何したの?
「……何となくわかった。リグレッド、お前はこの流れに逆らおうとするな」
「っな」
どういう、事?
「だって、こうでもしないと……っ、自分がどこにいるのか、わからなくなっちゃいそうで……!」
「ふうむ。“色の無い魔力”は“全てを内包する”“混沌”と同一。すなわち自己認識がうまく働かなくなってしまったのでしょう……これは計算外でしたな」
ドンさんが真面目な顔で思案してるけど、その考え、もっと早くに思いついてて欲しかったかな!
「いいか、魔力剣っていうのはな、魔力の無い物に魔力を纏わせて通し強化するものなんだ。今のお前の状況とよく似ている。だから無理に逆らわず受け入れろ。それが無理ならまず自分の外側を流れるようにして……」
「川の中州と同じ、とイメージすると分かりやすいかもしれないな」
ヴィクトールの説明に、シャリラン様が補足を入れてくる。
うん、大体なんとなくわかったかも。
自分の意識に魔力の守り。体の内側に幕を張る感じで。
水に浮かぶ泡でも川を流れる木の葉でもいい、壁を作る必要はないんだ。
それを、この“現実”にひっかけて止めるようにすれば……。
ぎゅ、と。手近にあったものを握る。
それは布の感触。きっと、多分、今近くにいてくれる彼の。
「……仕方がない。いけるか?」
「うん。……銀杖よ来たれ。召喚設定コード、展開」
湖上に浮かぶ石はややゆっくりとくるくる横に回転しながら、まるで青い炎のように輝きを増している。
炎は光の筋となり、いくつもの糸が私と石を結ぶ。
喚び出した本気杖の石突きを地面に打ち付けると、そこから光が円を、模様を描き出していった。
「鼓動、魔力、属性、能力指定と体格設定……形状、吸収と放出……接続、思考……一気に行くわよ!」
「すげえ……」
「きれいです……」
「ああ……美しい」
「生命の誕生というものは、いつの時代も美しいものでありますからな」
複雑に絡み合ういくつもの魔法陣が、激しく明滅を繰り変えす。
多分これ、自分だけでやったとしたらもっと時間かかっていたわね。
慣れたとは言わないけど、コツをつかんでからの召喚は本当にあっという間だった。
「ふおおおおおおお!!かっけーーー!!」
『ラビくん、落ち着いて』
「魚というか……え、魚?」
「エラがあるから魚の範疇だろう」
「そういう問題ですか。……しかし、大きすぎやしないか?」
「最初だからいいの!これから小さくするんだから!」
基本設計しとかないと、大きくするのも小さくするのも手間がかかるのよ。
呆れた声のヴィクトールは無視して、私は“彼”に縮小化の魔法をかける。
目の前に浮かぶ巨大な水球の中には、美しい翡翠色のウロコに覆われた巨大な魚の姿があった。
彼らの言うとおり、魚というにはやや語弊があるかもしれないけれど。
体の中ほどから生えている胸鰭は大きく、まるで竜の翼のようだし、腹鰭もヒレというよりはもはや動物の足に近い形状をしているもの。
そしてその大きさは、目の前の湖の横幅とほぼ同等。
……ネットワークからの魔力が潤沢すぎて、ついうっかり大きさ設定間違えたとか言わない!言わないんだから!
その巨大な“魚”は、魔法によってしゅるしゅると縮み……ついには手のひらに収まるくらいにまで小さくなった。
うん、小さな姿はちゃんとお魚さんしてるわね。
「“我は命を吹き込まん”……貴方の名前は『トト』……よろしくね、新しい“友達”」
すらりとした体をゆらめかせ中空を舞う小さなお魚は、きゅるりと濡れたつぶらな瞳で私の事をじっと見つめた。
というわけで、翠亜種です。




