雪の王子と星の魔女
ベリンダのお披露目をした夜会からふた月後に、テオドールとベリンダの婚約式が開かれた。婚約が継続していたとはいえ、これまで婚約式は行われていなかったのだ。
何しろ婚約したのは、二人がいずれも幼少期のこと。もう少し大きくなってから婚約式を行う予定でいたのだが、その前にベリンダがさらわれ、生存さえ不明の状態になってしまっていた。そんなわけで、改めて大々的に婚約を披露するために婚約式が執り行われることとなったのだった。
婚約式は、王都の大聖堂で行われる。
国内のほとんどの貴族、および魔術師と魔女が招待された。だが、招待客の中にイリーネの姿はない。彼女は「テオドール王子の名前を騙った罪」により、向こう十年間、王宮への立ち入りが禁止されるとともに、王家の行事への参加が禁じられているからだ。
イリーネの父である侯爵も、娘の教育不行き届きについて国王から直々に叱責された。彼は責任を取って、内閣書記官長の職を辞している。実直で真面目な侯爵は、娘のとんでもない仕儀を知らされたとき、卒倒せんばかりだったと言う。
そして我に返った後、妻に対して激怒した。実は娘に「恋のおまじない」を教えたのは、妻だったのだ。それまでは高慢で気の強い妻の尻に敷かれていた侯爵だったが、離縁こそしなかったものの、このときを境に妻の手綱をしっかり握るようになった。
さすがのイリーネも、処分を受けて反省の色を見せていると言う。父の侯爵からも、こんこんと説教されたと聞いている。そうして自らの軽率な行いにより、邪神の手先となって英雄である王子を害する行為に加担してしまったと、遅まきながらもやっと理解したようだ。
これまでの自分の振るまいについても、思うことがあったらしい。「もう恥ずかしくて、とても社交界には顔を出せない」と、しょんぼりしているそうだ。王家からの処分は、まだ年若い彼女にとって、更生をうながすための温情でもあったのかもしれない。
イリーネは法律で裁かれたわけではない。彼女の処分は、あくまでも王家が個人的な付き合いの範囲内で下したものだ。彼女が本当に反省して心を入れ替えるなら、十年を待たずに処分を解かれることだって十分にあり得る。いずれにせよ、王家との関わりを禁じられている彼女とは、少なくとも当面の間、ベリンダが関わる機会はないだろう。
婚約式の準備は、母である公爵夫人がそれはもう張り切った。夏至の夜会の準備でもすごい張り切りようだとベリンダは思っていたが、その比ではない。婚約式の準備では、鬼気迫るとしか表現のしようがないほどの熱の入れようだった。
「婚約式なんて、人生に一度きりのことなのよ。特別な思い出になるよう、とびきりすてきなドレスを用意しましょうね」
以前にも聞いたような台詞とともに、母は金に糸目をつけずに「とびきりすてきなドレス」を製作するよう、ドレス職人に指示をした。「ほどほどで」というベリンダの声は、にっこり笑顔で聞き流された。
そんなわけで、彼女は母の愛情と、公爵家の贅と、職人の技術の粋が詰め込まれたドレスをまとっている。豪華でありながら、上品で可憐なドレスに仕上がっていた。
隣に立つテオドールも、礼装に身を包んでいる。すらりと背が高いので、とても見栄えがする。初めて会ったときには丸々としていたなんて、嘘みたいだ。もともと筋肉量が多く体をよく動かす人だから、無理矢理にたくさん食べさせられさえしなければ、この体型らしい。
大聖堂で引き合わされたテオドールは、ベリンダのドレス姿に目を見張ってから、うれしそうに微笑んだ。
「ベリンダ、とてもきれいです」
「テオさまも、すてきですよ」
はにかみつつ、ベリンダも褒め言葉を返す。
参列者の数こそ多いものの、式典自体はあっさりしたものだ。二人で神官の前に立ち、指輪を交換すれば婚約式は終わり──のはずだった。しかし、ここでテオドールが予定にない行動に出た。なんと指輪を交換した手を取ったまま、彼女にキスをしたのだ。この不意打ちに、ベリンダは真っ赤になる。
だが参列者からは、どっと歓声がわき上がった。続いてパラパラと拍手をする音が広がり、やがて聖堂内に万雷の拍手が鳴り響く。指笛を鳴らす者さえいる。
ベリンダは恥ずかしさのあまり涙目になってテオドールをにらんだが、王子はうれしそうに彼女に微笑みかけるばかりで、少しもこたえた様子がない。たまりかねた彼女は、小声で婚約者に文句を言った。
「大事なことは、ちゃんと相談してくださる約束でしょう?」
「でもこれは、相談するまでもない、一般的な行いですよ」
「そうなんですか?」
テオドールがにこにこと「そうです」と請け合うものだから、うっかり彼女は納得してしまった。丸め込まれたと気づいたのは、だいぶ後になってからのことだ。
婚約式の後は、王宮で披露宴が開かれる。王宮への移動には、もちろんホウキも転移も使わない。屋根のない馬車に乗り、沿道にあふれる、見物に来た市民に手を振りながらの移動だ。
ベリンダの使う魔法は、ホウキで空を飛べることだけは公表しているが、それ以外の「無機物の使役」については秘匿することになった。なぜなら使いようによっては、とんでもなく強力だからだ。
何しろ魔法が使えない者であっても、彼女が使役する道具を使えば、空を飛んだり転移をしたりできてしまう。もちろん使える道具は限られるし、ベリンダがついていないと使えないという制限はあるものの、軍事利用も可能である。その影響の大きさを考えると、うかつに公表すべきではない、という判断に至ったのだ。
婚約披露宴は、立食形式の昼餐会として行われた。
テオドールの三人の姉たちとは、この披露宴で初めて対面した。いずれも結婚して王家を出ており、普段は王宮にはいない。三人ともテオドールとよく似た顔立ちの、美しい夫人だった。ただし落ち着いた雰囲気のテオドールと違い、三人とも明るく華やかで、そしてよくしゃべる。
「『雪の王子』に『星の魔女』だなんて、お似合いな二人ねえ」
「ところで、テオはどうして『雪の王子』なんて呼ばれてるの?」
「さあ。お姉さまはご存じ?」
「いいえ。知らないわ」
えっ……──と、ベリンダは言葉を失った。それ、よりによってお姉さまがたがおっしゃいますか。
思わずぽかんと口を開いてしまいそうになり、しかし気合いで閉じる。テオドールから聞いた話では「『雪の王子』の由来は、姉たちに『雪だるまに似ている』とからかわれたこと」だと言う。なのにどうしたわけか、当の姉たちが、由来を知らないと言っているのだ。
チラリとテオドールの表情をうかがうと、呆けたような顔をしていた。その弟王子に、姉たちは水を向ける。
「テオは、由来を知ってる?」
「さあ。聞いたことがありません」
一瞬にして表情を取り繕い、しれっとしらを切ってみせた婚約者に、ベリンダは吹き出しそうになった。が、何とかこらえる。そこへ、フリッツも話に乗ってきた。
「そう言えば『星の魔女』の由来も、地元の人に聞いてみたけど、誰も知らないって言うんだよなあ」
「あら、そうなんですか」
「ベリンダは知ってる?」
「さあ。わかりません」
婚約者にならって、ベリンダもすっとぼけてみせた。
もともと「星の魔女」と呼ばれていたのは、師匠のモイラだった。名前を継いだだけのベリンダが知らないのも無理はない、と周りは勝手に納得している。まあ、実際、彼女が物心つくかつかないかくらいの幼かった頃、つまり十年以上も昔の話だ。村人たちが忘れてしまっていても、少しも不思議はない。
そして村人たちが忘れているなら、由来が「壊れた屋根をすぐ直せないほど貧乏で、寝室から星が見えたから」なんてことは、今となってはもう誰にもわかりっこないのだ。
ベリンダがそっとひじでテオドールをつつくと、彼は笑いをかみ殺したような顔で彼女の顔をのぞき込んできた。何も言わずに見つめ合っていたが、やがてどちらからともなく、くすくすと笑い始める。
その様子に、テオドールの姉たちは眉を上げた。かすかに呆れを含んだ視線を弟に向けながらも、その表情には愛情がこもっていて楽しそうだ。
「あらあら。仲のよろしいこと」
「本当にお似合いよ」
ベリンダは婚約者と一緒にくすくす笑いながらも、「ありがとうございます」と礼を言った。でも通り名については、決して何も触れない。
だって「雪の王子」と「星の魔女」の由来は、二人だけの秘密なのだ。
テオドールとベリンダの二人は、秘密を共有する共犯者だけに通じる微笑みを、いたずらっぽくそっと交わした。もう婚約を隠す必要はない。けれども、これだけはいつまでもずっと、二人だけが知っている極秘事項のままなのだった。
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