第86話 王女がとんでもない依頼をぶち込んできた
まあ、いろいろあったけど、ようやくここで朝ごはんなのである。
これが楽しみで仕方ない。この村の名物朝ごはんは、一体どのように私を楽しませてくれるのだろうか。
美味しい物漫遊者としては気にならざるを得ないのだ。
わくわくしている私の前に御膳が運ばれてきた。
モグラだった。
まあ、わかってたけどね。1%の望みに賭けてわくわくしてただけなんだけどね。
そりゃ、とれたての新鮮なモグラが手に入ったら、それが食卓にあがるよねえ。
これはさぞかし幻覚ちゃんが喜んでいる事だろう、と彼女の席を見ると、モグラ好きの十歳児がいない。
一体どこに行ったんだ、と思ったら。
村長さんの家の庭の大きな岩の上で、朝日に向ってガッツポーズをする少女の姿が目に入った。
「いやー思わず喜びを全身で表現してきちゃったよ、リンお姉さん」
「よ、良かったね」
でも朝日を背に、逆光の中に浮かび上がる喜びのポーズをした少女の図は、なかなかに決まっていて印象的なシーンだったのだ。
これは脳裏に焼き付けておきたいと思ってしまった程だ。
幸いメガネ君も同じように思ったらしくて、庭に向って幻覚ちゃんの勇姿をノートに写実していたので安心だ。
これでいつでも印象的なシーンが拝見できるのだから。
「どれどれ、どんなのが描けたの?」
「傑作ができました、これは近年稀にみる出来栄えでしょう」(メガネくいっ)
メガネ君がドヤ顔でノートを私に見せてくれる。
わかってるけどね! どうせ幻覚ちゃんの骨格なんだろうけどね!
でも一応つっこんでおかないと気が済まないのよね!
「何で土ドラゴンが開けた大穴の絵を描いてんのよ! そこじゃねーわよ!」
「普段、なかなか遭遇する事ができない土ドラゴンですよ?」
「なら土ドラゴンの絵を描きなさいよ!」
つ……疲れた。モグラご飯を頂こう……
モグラの足に齧りついてる幻覚ちゃんに癒されてしまった。守りたいこの笑顔。
朝ごはんのモグラ特盛御膳を平らげた後で、お姫ちゃんに事情を聞く事になった。
「さて、どうしてあなたが穴の中から現れたのでしょうか」
王侯貴族のやる事は私たち平民にはさっぱりわからないから、理由を聞く必要も無いのかも知れない。
今私たちの目の前に座っているのは、この国の第一王女である。名前は……忘れた。
一度だけ会った事あるのよね、どこかにやる気を置いてきた感じのお姫様だったよ確か。
「私の事はルーアミルでもルアでもミルでも好きなように呼んでくださって結構です」
よしわかった、お姫ちゃんで。
「お姫様もモグラを獲りに地面に潜ったのですか? モグラの魅力には抗えませんもんね、モグラ協会に入ります?」
モグラ協会ってなんだろう。
一国の姫君がモグラを捕まえに地面に潜る国なんて嫌すぎでしょう幻覚ちゃん。
「嫌じゃないよね、夢の国だよね。モグラ第一主義国家。世界の平和はモグラと共にあるんだよ」
変な政治活動はしないでね幻覚ちゃん。
「地下ワールドは魅力満載ですからね、地上世界から転移しても仕方ありません」(メガネくいっ)
「涼しくて過ごしやすいブヒ」
「伝説の宝物を探していたとかですか? 冒険はいいですよね」
皆が色々と予想しているけど、私が思うに単にお姫ちゃんは穴に落ちただけなんじゃないのかと。
信じられないけどたまにいるんだよね、そんなうっかりさんが。
「リン……」
おや? 何かしらフィギュアちゃん。
「話せば長くなる話になるのですが……」
さて王侯貴族が何故穴の中にいたのか、その真相はいかに。
「かいつまむと殺されかけただけです」
最も王侯貴族らしい理由出ちゃったー! かいつまみすぎ!
地面に埋める! あああ、ガタガタ身体の震えが止まらない。どいつもこいつも抹殺と言えば地面に埋めればいいと考えやがって。
あーあ、幻覚ちゃんが固まっちゃったじゃないの。
「地面に埋められたわけでは無いのです、川に放り込まれました」
「な、何故そんな事に」
「王位継承がらみですね。最近王子である兄上の地盤がゆるっゆるのガッタガタで、このまま行くと王位継承も危ないんじゃないかなーと王城内でも噂されていました」
あのポンコツ王子め自分の妹まで抹殺しにきたか、なんと恐ろしいやつ。
「兄上自身はご存じ無いと思います。もし関わっていたなら、最近の兄上を見るにうっかり兄上自身が川に流されそうですし」
うん、私もなんとなくそう思う。
そして誰にも気づかれないまま海まで流れて、漁師さんの網に引っかかってそう。
「父上が最近兄上に不信の念を抱いているみたいなのです、こいつやらかしたんじゃねーのかと。それで私がそれとなく探っていたら邪魔になったんでしょうね」
「王女様が邪魔、ですか」
「兄上に王位について貰わねば困る者の仕業です。権力を得たい、もしくは他国に通じて侵略を容易くさせたいかのどちらかでしょう」
ポンコツ王子が王位にいれば都合がいい事も多いんだろうな。王侯貴族の都合なんてよくわからないけどさ。
「川に放り込まれて溺れていたところを、偶然通りかかった猫が助けてくれたのです」
猫じゃねーけどな。
ドラゴンが偶然通りかかるってどんな状況なんだろ。
「猫は更に私を地下に匿ってくれました」
猫じゃねーけどな。
「犯人はわかっているのですか」
「トファンガの町の領主であるバコ伯爵ですね。橋の上から川にポイされましたね」
出やがったかトファンガの領主め! 私のカリマナを川に放り込んでくれやがったくっそ野郎!
毒殺や刺殺を考えずに、気に入らない者はとりあえず川に放り込んでおけというのがいかにもだ。
なるほどバカ伯爵というのか、さすがに相手が相手だけに珍しく私が名前を覚えたわよ。二文字というのも効いているわね。
「既に名前を憶えられていないけどねリン」
も、文字数が合っていれば似たようなもんでしょフィギュアちゃん。
「私はこれからトファンガの町に向かうつもりでいます。そこで皆さまに依頼があるのですが受けて頂けるでしょうか」
「トファンガへの護衛ですか。どの道私たちも向かう途中でしたのでご一緒できるかと思います」
「トファンガ領主のバカ伯爵を討伐して頂きたいのです」
とんでもねー討伐依頼きたー!
この子もバカ伯爵って言っちゃってるよ!
「モ、モンスター討伐みたいに簡単に依頼しないでください」
「そうですね、リンさんの言う通りです。まずギルドに依頼をして頂かないと」(メガネくいっ)
冒険者の仕事じゃねーって言ってんのよ!
次回 「ハンバーグを守る為、立ち上がれ平民!」
リン、花火師になる決意をする




